Coolier - 新生・東方創想話

ウィアザペイルボディズ・ウィズザダーティソウル・アンダザペイルムーンアンドダークダークスカイ

2024/08/23 21:48:09
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我ら哀しき死体なり
我らが魂穢れたり
闇夜の蒼い月の下





 迷いの竹林には不死鳥が住んでいる。
 月下の夜。冬と春の境界線上を彷徨う薄生あたたかな風にギシギシと竹の揺さぶられる音の中、不死鳥は嘆息する。灰染めの髪をやはり気怠げな風になびかせながら。星のない夜を仰いで。

「私は迷子預かりセンターじゃないんだけどな……」

 迷いの竹林の名の通り、不死鳥の生活圏には比較的に迷子が多い。そこはかとなく多い。そんなところに住む方が悪いという意見の向きもあるかもしれない。実際不死鳥の力を持ってすれば一帯の竹林を完全に焼き払い、迷いの竹林あらため迷いようのない竹林跡地に変えることもできた。ちょうど不死鳥にとっての憎き宿敵にも被害が及ぼせて一石二鳥に思えた。
 ただ。どうにも彼女は優しかった。
 ゆえに迷子も捨ておけない。いつでも両手いっぱいの文句を抱き抱き抱えながら、べそをかく子供(時には大人、捨てられた老人を含む)を竹林の外まで連れてってやる。時に感謝されることもある。彼らは定命だからだ。迷えば死ぬからだ。不死鳥が遠い昔に失くしてしまった弱さである。
 が、

「私は迷子ではぬぁー」

 が、どうにも。

「ぬぁー?」
「私は迷子ではぬぁあーい!」

 どうにも今回は外れクジのようだった。

「そうか。じゃどうぞ心ゆくまでお迷いください。死ぬまで邪魔しないから」
「むぁーーてぇーー!」
「これだもんなぁ」

 そもそも怪しいと思って然るべきだった。背格好は子供ほどだが、まずシルエットが妙だった。両腕をぴんとまっすぐ突き出したままふらふら歩き、その歩き方もテクテクというよりはぴょんぴょんという感じで。
 それに服装も考えてみれば変だった、と不死鳥は思い返す。郷のガキンチョにしては大陸風だし、こんないかにも万国労働者風の帽子が郷で流行るとも思えない。
 
「ぬぉあーーおぁおぁおーー! ぐぉおおーー!」

 咆哮。それと妙に香ばしい芳香。わずかに入り混じる死臭。不死鳥は頭をおさえる。
 しかしこの状況をみて一事を万事彼女の落ち度に換言することもできない。なにせ不死鳥は不死ゆえに不死鳥と呼ばれて久しい。そして恐怖とは、警戒心とは、死を恐れる定命者にのみ与えられた福音だ。不死鳥が遠い昔に失くしてしまった強さである。

「わかった! わかりましたよ。どうせ暇は無限に持て余してる。相手してあげるから静かにしなさい」
「おぉう」
「まず名前! 名前だな。どこのどいつだ、おまえ」
「わすれた」
「はぁ?」
「じょうぉーだんだ。ゾンビジョークだ」
「ゾンビ?」
「ゾンビではない! キョンシーだ!」
「キョンシー?」
「キョンシーではない! 我が名は宮古芳香! うぉーぼえておけぇーい!」
「都良香? 詩人の?」
「あぇ?」
「そんななりだったかなぁ……」
「私は芳香だ」
「だから良香じゃないのか? 会ったことあるっけなぁ。一千年より前のことは思い出すのが億劫なんだよな……」
「え、えー? あれー? おかしい! 会話が通じてない! さてはおまえ会話が下手だな!」
「人のこと言えるタイプかよ!?」

 まあいいや、と不死鳥は考えるのをやめた。仮に目の前の輩が都なにがしとかいう詩人と同一人物だったとして、不死鳥には関係のないことだった。少なくとも一千年前以上の人物だ。旧友と呼べるほどの間柄じゃなかったのは確かだし、それなら初対面といたく変わらない。不死鳥はべつに懐かしの古都トークに花を咲かせたいタイプでもなかった。

「私は妹紅。藤原妹紅だ」
「藤原! なんだか懐かしい響きじゃなぁ」
「知ってて訪ねてきたのか?」
「しらん」
「あっそ。じゃあなにしに来たんだよ」
「なにしに来たんだっけ?」
「覚えてないのかよ」
「覚えてないんだっけ?」
「……脳みそ腐ってるんじゃないの」
「脳みそ腐ってるんだっけ?」
「腐ってるよ」
「失礼な! 私の脳みそは腐ってなどいぬぁー! 防腐剤も毎朝毎晩食べておる!」
「めんどくさいな! じゃあそれでいいよ! あと防腐剤食うなよ!」
「食わんでどーするのだ。臓腑血肉が腐るであろう」
「いや……」

 もういいや、と不死鳥はツッコミを放棄した。
 それに。
 不死鳥の目は節穴ではない。
 無駄話を続ける間に、この芳香を名乗る者がどういう存在なのか概ねわかりかけてきた。

(というか、自分で言ってたけどな)

 キョンシー。そういえば額に妙なお札を貼り付けているなと不死鳥は気がつく。基本的に不死鳥は引きこもりの部類なのでそういう新しいファッションなのかと思っていた。が、状況を総合して考えればこの札は、術師がキョンシーに勅令を与えるための禁術の札であろう。
 
(つまりこいつは、どこかの術師の命を受けてここに来た?)

 この芳香という死体、自己判断で動くようにはどうにも見えない(ようするに『こいつバカっぽいな』というのが率直な不死鳥の感想だった)。あるいは仮に自己判断で来たにせよ、迷いの竹林には死体の喜ぶようなものなどない。なんでもキョンシーは人肉を食らうという。だがここに暮らすのは大勢の兎と、人の形をした不死鳥くらいのものだ。

「……おまえ、誰かに命令されてここに来たんじゃないのか?」

 努めて先の会話の延長であるよう見せかけながら、不死鳥は問いかける。単なるはぐれキョンシーならそれで良い。が、裏で糸を引くものがいるとなると話は別だ。ただでさえ操死術などという禁術中の禁術を使いこなす術師。おおよそロクデナシの類だろうと想像しないで済ますとしたら、それはあまりに人が良すぎる。その愚鈍さはもはや悪だ。

「命令……」
「例えば、この竹林でなにかを探してこい……とか」
「なにかを……」

 それにしても歯痒いのはこのキョンシーの低レスポンシビリティだった。これでは術師の企みを阻止しようとしてるのか、手助けしようとしてるのか、もはや不死鳥にもよくわからない。だが放置してもおけない。不死鳥は術師の企みを見過ごすほどお人好しではなかったが、術師の企みを見過ごせない程度にはお人好しだったから。

「うぉお……そうだ……私は、主よりとある命令を受けて……」
「受けていたのか……!?」
「受けて……いたような……」
「いたような……?」
「いない、ような……」
「いないような!?」
「やっぱりいたような……!」
「どっちなんだ……?」
「いや! やはりそうだ! だいたいキョンシーが意味もなく竹林に来るはずがぬぁい!」
「いまさらかよ!?」
「思い出したぞ! 確かに私は勅命を受けてこの竹林に参ったのだ! 不老不死の秘薬を回収せよとの命を受けて!」
「なっ……」

 不老不死。
 不老不死の秘薬?
 空気の質が変わる。温度が数度下がったような、あるいは、急に十数度も暑くなったような。
 実際、竹林の温度は急激に上昇を始めていた。不死鳥の表情が昏い炎に燃えている。すとんとステップ距離を取り、その背に翻る真紅の翼。
 一方死体はだらりと両腕を伸ばしたままに垂らした姿勢でその輝かしい様を見やっては、口元から牙を覗かせて、

「そうだぁ……うぉもい出したぞ……不老不死の秘薬の在処は、銀の髪の不死鳥に求めよと……私は勅命を受けたのだー……」
「そーいう悪役っぽいのは久々に見たよ」
「おおぉ……見ればおまえ、銀の髪で不死鳥ではないか……!?」
「……それも、いまさらだけど」
「不老不死の秘薬はどこにある! くぉおたぁあえぇよぅ!」

 どうにもキョンシーのハイテンションに合わせる気になれない不死鳥が気怠げに髪をかきあげる。
 真っ赤な瞳。炎の瞳。燃えあがる翼。けれどその顔色は冷たい。死人のように冷たい。キョンシーの肌と比べてもなお。

「やめときなよ。不老不死なんぞ碌なことはない」
「おまえはその番人か!?」
「べつに守りたいと思ったことはないが」
「では私に引き渡せぇい!」
「そりゃ無理だな」
「ぬぉう。番人じゃないって言ったのに」
「番人ではないけど。強いていえば、その秘薬は私自身ってことだ。だから渡しようがない」
「……? 会話下手……?」

 キョンシーがカクンと首を傾げ、不死鳥はがくんと肩を落とす。
 べつに説明する義理はなかったのだが、どうにもこのままでは引き下がってくれそうにない。もっとも説明して引き下がってくれるとも思えなかったけれど……いずれにせよ、不死鳥は我慢強かった。待ち合わせに百年単位で遅刻されても怒らないくらいには我慢強かったから。

「おまえが求めている秘薬……蓬莱の薬は、もう私が食べてしまったんだよ。だから渡しようがないのさ」
「ぬぁにぃ!? なぜ私が来るまで待てなかったのだ!」
「あと千数百年ほど早く来てくれりゃあね。こっちもありがたかったんだけど」
「ふむぅ……しかし食い意地の張った奴だなぁ」
「べつに腹が減って食ったんじゃないから」
「そしてお気の毒なことになった」
「ほんとにね」
「ほんとぉに、お気の毒だ。食い意地など張っていたせいで、ここで私に食われてしまうとは!」
「んん?」

 夜風にざわめく竹林の慄く声が、キョンシーの獰猛な吠え声を覆って隠す。不死鳥が羽ばたく。キョンシーのキョンシーらしい鋭い死爪と牙が、先程までそこにいた不死鳥の代わりに無数の竹の緑を切り裂いて、その全てがどさどさとキョンシーに倒れかかった。あたかも、長く竹林の住人をしてきた不死鳥を援護するかのように。だがキョンシーはキョンシーなのでその程度のことを意にも解さない。斬、斬、斬! とマーダークロウの閃くままに、即席の竹材がバラバラと散らばっていく。

「あーあー、そんな乱雑にやっちゃ売り物にもならない」
「ぐぉお!」
「ひゃっ」

 キョンシーが腕を振るうたびに一塊の竹藪が切り刻まれ、月光はいよいよ二つの死体を明るく照らす。不死鳥の赤と、月光の青、そのどちらもをいっぱいに浴びた真っ白い牙がまた開かれ、その顎門が閉じられ、不死鳥が悲鳴をあげる。

「ちょっと待て! 待ってってば!」
「ふぁふふぁ!」

 不死鳥が咄嗟に盾にしたしなやかな竹の一本に食らいついているせいで、キョンシーの声音は滑らかとは言い難い。バキャ、と凄まじい顎の力が生の竹を噛み砕き、飲み下し、いくらか筋をぺいっと吐き出し、低く唸った。

「なんだ!」
「これはなにをされてるわけ? 薬が手に入らない腹いせ?」
「私は食ったものの魂を取り込めるのだ」
「ふむ?」
「おまえを喰らえば秘薬を持ち帰ったことになるのだ」
「ふむ」

 果たしてそんなことが可能なのだろうか。不死鳥は自らの酷薄な運命と、死を得るために費やした途方もなく無駄な試みの数々の日々を回顧してやまない。だがそういう説明を聞いてくれそうな手合いでもない。
 そもそもキョンシーの理屈によれば、べつに襲われるのは不死鳥でなくてもいいはずだ。少なくとも後もう二つ、蓬莱の薬の染み込んだ魂のアテがある。だが。

(はぁ……私って優しすぎるのかな)

 べつに「アテ」の方がどんな苦労を背負い込もうと知ったことじゃ無かった。まあたかだかキョンシーの一体や百体や百万体、連中にとってはものの数でもないだろうが。奴らの目を白黒させたければ百万体のキョンシーの大隊を百万大隊ほど用意せねばなるまい。
 焔混じりの溜息が溢れる。
 それよりも、心優しき不死鳥にはキョンシーの方が哀れでならなかった。ただでさえ哀れなのだ。自らの意思ですらなく蘇り、不死を押し付けられた死体など。

「どうしても諦めちゃくれないのか」
「キョンシーに諦めるとかそーいうのはぬぁい」
「だよねぇ」
「観念してその魂を差し出すがよい!」
「だな。観念したよ」
「およよ?」
「おまえを荼毘に付す」
「お」

 不死鳥は、誰かの命を奪う瞬間を気持ちいいと思ったことは一度もなかった。それは人間が相手でも、妖怪が相手でも同じこと。何度も何度も何度も何度も様々な理由でその瞬間を経験したが、一千と数百年、ついぞ慣れることはなかった。
 だから今回の後悔もきっと、白い服にべたりと飛んだ血の色より赤く残るのだろうと不死鳥は観念した。富士山の火口に広がった血飛沫より黒く残るのだろうと覚悟した。なにせ、こんな罪もない死体を殺すのだから。
 それでも致し方ないことだった。キョンシーが不老不死の薬……つまり蓬莱の薬を目当てにしている以上、どうしようもないことだった。

「しかしほんとに……」

 もちろんキョンシーが薬を手に入れられる可能性は零に近しいだろう。だが零ではない。例えば不死鳥の一握の肉でも渡してしまえば、つまりそんなものを操死術師に渡してしまえば、後はもうどうなるかわからない。べつにどこぞの術師が自分と同じ咎と苦しみを背負う分にはなんら問題ないのだが……万一にもあれが流出すれば、巡り巡ってなにも知らぬ者が「うっかり」口にしてしまうかもしれない。

「なんだって不老不死なんぞ求めるのかね……」

 もちろん。
 もちろん不死鳥にとってはどこぞの「うっかり」な誰かのことだって、やはり知る由もない。
 ただ、不死鳥は優しかったので。千と数百年間擦り切れるほど此岸を彷徨い、ついに死神に縁を切られたことを悟ってなおなお、優しさだけは失わなかったので。
 不死鳥は人でいたかったので。
 目の前の死体を荼毘に付すことに決めた。

「死蝋ってのはよく燃えるだろうな」
「うおぉおお!?」

 その時になにが起きたのか、きっとキョンシーは認識さえできなかったに違いない。もっともキョンシーという存在が認識とか恐怖とか皮膚の燃え尽きる苦しみとか肺腑を焼かれる痛みとかなんとかそれらのもの一切合切を理解していればの話であるが。
 どちらにせよ。
 青白い炎が、青ざめた弔いの火葬火が、キョンシーを包み込んでは風にゆらめく。白く濁った瞳が驚いたように不死鳥を、それから自分の指先を見つめている。

「うぉお……」

 炎の勢いは増しつつあった。キョンシーの衣装や、あるいはその肉、ともすると可燃性の防腐剤などの餌に焔が貪欲な好奇心を示した兆候だった。
 声にならない声をあげてキョンシーが不死鳥をなお喰らおうとするが、不死鳥の羽ばたきにあおられてすっ転ぶ。
 不死鳥は両の瞳を閉じた。見ていたくなかったのかもしれない。だが。

「……?」

 顔を上げた不死鳥を見下ろす蒼白い月。蝙蝠や鴉の一匹もいない空。だというのに。

「……だ」

 その口は「誰だ?」と問いかけようとしたのかもしれないし、そうでないかもしれない。
 が、どちらにせよ不死鳥の肉体は瞬間電圧一億ボルトの衝撃を受けて消し炭となった故、二の句を継ぐことはできなかった。
 雷雲が轟く。月夜が急速に漆黒の雲に覆われていく。
 雨だった。

「芳香っ! 大丈夫か!?」

 なんの兆候もなかった空が今やバケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨を吐き出している。荒れ狂う雷神の奏奏と物理的に十分な水量が、キョンシーを食い尽くしかけていた炎をあっけなく消しとばしていた。

「うぉー、屠自古だ」
「喋んな! てか骨とかなんとかいろいろ見えちゃってるけど大丈夫なのかよ!?」
「もー少し燃えてたら火葬されてたけど今は燃えてないので火葬されない」
「そ、そうか……まあ良かったよ……」
「いいや、よくない」

 驟雨にぬかるんだ竹林に、不死鳥が舞い戻る。雨はもう止んでいる。一瞬のうちに薙ぎ倒されてめちゃくちゃになった竹林の様を別にすれば、たちの悪い幻か蜃気楼かのようだった。不死鳥は嘆息して自分の形に焼け焦げた地面を一瞥し、肩をすくめる。

「お嬢ちゃんがそのキョンシーの御主人様かい」
「なんで生きてんだよおかしいだろ死ねよきもい」
「ひど……死んではいるのに……」
「げっ、まさかおまえ、太子様のおっしゃっていた竹林に住む蓬莱人か……」
「そういうお嬢ちゃんは操死術師というよりは亡霊に見える」
「この下半身見たら誰だってわかるわ」
「そのキョンシーの保護者?」
「こいつは、こんなのでも、私の友達だ。一千年を共に過ごした家族みたいなものだ!」
「そりゃあまた……」

 不死鳥は思った。「キョンシーが家族とはまた随分な家系図だな」と。しかしそのまま口にすれば二度目の稲妻が落ちてきそうな予感がしたので、口をつぐんだ。死ななくても痛いものは痛いし、それに口調は乱暴だがキョンシーよりは話の通じそうな相手だったから。
 
「ま、続柄はどうでもいいよ。それよりお引き取り願えないかな? そのご家族も、この竹林からも」
「ああ! 言われなくても出てってやんよ! 蓬莱人ってのは長生きの割にゃ恐ろしくケチくさいってわかったからな!」
「いやケチとかそーいう問題じゃないと思うが」
「ホームラン級のケチだろ。そりゃあ私有地に入った松竹泥棒はなますに刻まれても文句が言えないとは聞くけどさ、たかが筍でここまでやるか!?」

 いまだ烈火の如く怒り狂う亡霊に、しかし、不死鳥はただ眉をひそめた。
 今のはなにかの聞き間違いだろうか? しかしなんの間違いだろう? あるいは言い間違いか。だがやはり、なんの?

「ええと」
「そりゃ私だって筍の炊き込みご飯は大好きだけどよ! こんな残酷なっ……芳香はただ、私たちに美味い飯を食わせてくれようとしただけなのにっ!」
「待って。ちょっと待って。待ってくれ頼むから」
「なんだよ!」
「たけのこ……?」
「筍だよ」
「それは、ええと、あれか? おまえらの界隈じゃ不老不死の薬をそう呼ぶのか? なんか竹みたいにぐんぐん育って縁起がいいみたいな」
「は? おまえ頭大丈夫?」
「だよなぁ」
「まあ不老不死の薬とかそういうのなら、私らの世界じゃ丹って呼ぶけど。『た』しか合ってねえけど」
「そりゃ律儀にどうも……」

 どうもなにかしら食い違いがあるらしいと、不死鳥は一人で頷く。怪訝げに首を傾げる亡霊に向け、あらためて、口を開く。

「その丹を奪いに来たのか?」
「だから筍だっつってんだろ。もっぺん雷落とすぞ」
「わかんないなぁ」
「わかんないのはこっちの方だ! どうして筍狩に来ただけの芳香をこんな目に合わせた!」
「……はっ。そうだ! そのキョンシー! そいつに聞いてみたらいいだろ! たしかに私は聞いたぞ。不老不死の薬を手に入れに来たと!」
「あぁ? ったくしょーがねーな。ねえ芳香! 芳香ちゃん! あなたは青娥に筍を取ってこいと命じられたんだよね?」
「いや、そんなの知らん」
「んなっ……」

 凍りついた空気。三者三様に冷めた瞳。こればかりは自分の炎でも暖めようがないだろうなと、不死鳥はぼんやり思った。
 こほん、と小さな咳払いが一つ。

「筍狩りだよね? おまえ脳みそがほら、あれだから。ちょっと腐り気味だから……」
「えぇー。たしかに娘々は……でも屠自古がそう言うなら、どうだったかなぁー……」
「いや誘導尋問じゃん。だからそいつは不老不死の薬を求めてるんだよ」
「あのなぁ! ありえないんだよそれは! 太子様も、アホの布都も! すでに尸解仙になって死と老いを克服してる!邪仙だって不老不死みたいなもんだ。なんだって今更不老不死の薬なんかが要るんだ! それも、こんな危険を冒してまで!」
「そんなの私が知りたいよ」
「しかし私は確かに筍狩りだと聞いたのに……なぜ青娥殿は……そのような……」
「単に騙されてただけなんじゃないの?」
「……はっ!」

 瞬間、亡霊に稲妻が落ちる。不死鳥は何事か口を挟もうとしたが、亡霊が概ね悪霊とか怨霊にランクアップしている様を目にして、平和的に月を眺めることにした。
 まだ先程の黒雲の切れ端が居残って、朧月夜のようになっている。だがじきにまた晴れるだろう。眩しくって眠りにくいから、月なんて出ていないほうがよほどありがたかったが。
 一方で、亡霊(あるいは悪霊とか怨霊)は無い足で地団駄を踏んで頭を掻き毟っていた。キョンシーはそれを、無い足元に転がったまま、煤混じりのよだれを垂らして見守っていた。単に視線を動かせなかっただけかもしれないが、とにかく。

「くそぉ、そういうことかよ……無理だとは思ってたんだ、芳香におつかいなんて複雑なこと……! そもそも芳香には筍狩りなんて伝えてなかったんだ! 最初っから蓬莱人にぶつけるつもりだったんだあいつ!」
「おぉあー、そうだったのかぁー」
「ちゃんと嫌なことは嫌だと言えって教えたろ!」
「べつに嫌ではないが」
「……うーんわからない。なんにもわからないんだが、とりあえず、自分のキョンシーを私にぶつけてなんの意味があるんだ? 危うく火葬されかけたのに」

 不死鳥はそう尋ねながら、我ながらまったくもって正当な疑問だなぁ、と感心したが、亡霊の逆ギレは容赦なかった。

「知るかよ!! 死ね!!」
「死ねたらいいのになぁ」
「負荷試験だとよ!!」
「は?」
「だって普通……そりゃてっきりおつかいのことかと思ってた……戦闘能力の負荷試験かよ!? だからあいつ『屠自古ちゃんが行ってくれるなら安心だわ♪』とかなんとか抜かしてたのか!? ぐぁーー! あの邪仙を信じちゃダメだって骨身にしみてるはずなのに! なんだって! 私のバカ! バカァーーーーッ!」
「……そいつも、一千年を共に過ごした家族」
「あんな奴は家族じゃねえ!!」

 地面に叩きつけられた帽子が跳ね上がってはまた亡霊の頭におさまった。いやぁ器用なものだなぁ、とか、不死鳥はだんだん面倒な気分になってきた。

「じゃあ結論を確認すると、蓬莱の薬……不老不死の薬を手に入れに来たんじゃないんだな?」
「当たり前だろ! 私以外は全員とっくに不死身なんだよ! そんなもんいるか!」
「おまえは」
「私はそんなバカバカしいもんに興味は無い!」
「そうか……そうか」

 そう息を吐く不死鳥の声は、そこはかとない疲労と安堵がちょうど均等に入り混じっていた。不老不死でも疲れるものは疲れる。
 千切れ飛んだ暗い雲。月が覗く。ほの明るい三日月が。
 立ち尽くす不死鳥をよそに、亡霊はもうキョンシーを引っ張り上げて、帰り支度を初めていた。炭化しかかった腕の表面がはらはらと地に落ちる。が、中は思ったより焼け焦げていない。おそらく術師が防腐加工だけでなく耐火加工も施したのだろう。たいした用意周到さ。不死鳥は呆れてものも言えなかった。

「ほら、ちゃんと立って芳香」
「おんぶしてくれ屠自古ぉー」
「あぁーん?」
「熱で骨が歪んだ。歩けん」
「はぁ……やってやんよもう! ちゃんと掴まりな!」
「腕曲がらないから掴まれん」
「あぁーーもぉーー!」

 そのまま俵の要領で担ぎ上げられたキョンシーの、淀んだ瞳が不死鳥を向く。あれだけの炎であぶられてなお、その額に張り付いた御札には焦げ目一つ付いていない。強力な術。強力な呪い。荼毘の炎を以てなお、キョンシーの魂を解き放つには足りなかったらしい。

「死に損ねたねぇ、おまえ」

 ひとりごちたつもりだった不死鳥は、けれど、予想外の返答にびくりと目を開く。

「私は死にとうない。死ぬのだけは嫌じゃ。あれだけは」
「……ま、考え方はいろいろある」
「だがおまえの炎は優しかったぞ」

 そして亡霊とキョンシーが竹林を去り、不死鳥は独り残される。
 彼女の友はあいも変わらず竹藪と、月と、星のない夜だけだった。

「なんのために私は殺したり殺されたりしたんだろうなぁ」

 が、長く生きていればいるほど妙なことにも出逢うものだと、不死鳥は確率論よりも経験則から知っていた。その理解に従い不死鳥は、もうキョンシーのことも、乱暴な怨霊のことも考えないことにした。
 ただ。
 少しだけ、本当に少しだけ。怨霊の切った啖呵だけは、逆トゲのように胸にしばらく食い込んでいたけれど。

「一千年を共に過ごした、家族か……」

 もしそんなものが自分にもいたら、いったいどうなっていただろう?
 もしそうだったら、あるいは……。
 しかし不死鳥はすぐ「もし」など柄にもないことだとかぶりを振った。
 無限の時に縛り付けられた不死の罪人は知っているからだ。過去のことをいくら思っても、それを変える法はないのだと。どうしようもなく知っていたからだ。
 涙を拭う代わりに欠伸を大きく一つして、めちゃくちゃになった竹林を寝床に不死鳥は、また、明日に産まれる時を待つことにした。

後日、匿名の差出人によって神霊廟に大量の筍が届けられ、折しも炊事当番だった屠自古により(神子が留守の日以外は全て屠自古が当番を買って出ている)大量の筍ご飯が振る舞われたという。
しかしウキウキで食卓についた邪仙の茶碗には、一片の筍も見当たらない稗飯がよそられていたと、物部布都の大福帳には記録されている。

にゃんにゃん
ひょうすべ
https://twitter.com/hyousubesube
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100削除
面白いです、いろいろ腐っている芳香ちゃんがひたすらかわいいです
3.100東ノ目削除
芳香アホ可愛いけれど結局誰も幸せになっていないので争いは愚かだなあと思いました
4.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。なんとも不毛な……妹紅のやさしさが染み入ります。
5.100南条削除
面白かったです
一番割を食っているのは妹紅だと思いました
屠自古が芳香のことを大事にしていてよかったです
7.90福哭傀のクロ削除
平安の苦労人が二人そろうとどうなる。苦労するだけだった。かわいそう。文章の言い回しは好きな反面若干くどく感じた気がしました
8.100初瀬ソラ削除
『死神に縁を切られた』という表現が気に入りました。幻想郷特有の日常観がここにあったような気がします。楽しませていただきました!