Coolier - 新生・東方創想話

秘匿のグルメ

2024/06/13 22:31:00
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 店内の壁にはぎっしりと人形が並べられていた。それら全ては、金髪碧眼且つ西洋風のいわゆる「お人形さんのような」姿のモノで統一されており店主の趣味が顕著だった。当の店主はというと、椅子に座りティーカップを携えて本を読んでいた。その席には、なぜか椅子が三つあった。それぞれが別な意匠の彫刻が施されていて、なんだか騎士の円卓のような、魔女たちのお茶会のような、そんな雰囲気に満ち溢れていた。

 それ以外には私達のような「客向け」のテーブルがいくつか。そのどれもが机一つに対して椅子二つの、ペアで来ることが前提になっているかのようなレイアウトだ。キッチンは、客には見えないようドアの向こうにあるらしく、そこからメイド服を着た女性たち(アキハバラにいるようなフリフリのものではなく、中世ヨーロッパの宮殿にいそうな方のメイド服だ)が出たり入ったり忙しなかった。やはりというべきか、マエリベリー・ハーンことメリーは、壁の人形にシンパシーを感じているようで、熱心に見回していたが、注文された品を届けに店員がやってくると落ち着き払って「わたくし、人形なんかにウキウキしませんわ」と澄まし顔をする。帰りがけに「どこで買えますか?」なんて訊いていたのを忘れはしない。

 さて、運ばれてきた料理はアップルパイが一つずつと、私にミルクティー、メリーにはレモンティーだ。インターネットの口コミで広まったこの店の評判は留まるところを知らず、海外の人にも好評な、本格的なモノである。ホール状にあったものを八等分に切り分けられた1ピースが私達の取り分だ。もとはパイ生地が網掛けになっていたものが切られているせいで中の砂糖漬けのリンゴが顔を出している。それぞれの飲み物に目立った外見的特徴はないが、強いて言うならばカップが豪華である。ソーサーも豪華である。添えられたティースプーンすらも豪華である。
 ナイフとフォークが各テーブルに備え付けてはいるが、見ているだけで今にも崩れてしまいそうなパイは、そのまま手掴みで食べたほうが良さそうだ、と向かいに座るメリーとアイコンタクトを取る。おしぼりで手をきれいにしてからアップルパイをグワシと持つと、メリーはギョッとした。私の意図がうまく伝わっていなかったみたいだ。まぁ、そんなもんだろう。思考を言葉にせず伝えられるなんて魔法だからね。手の中のアップルパイを、なるべく零さずに口に運ぶ。けれどもその過程で発生する揺れと私の貧弱な握力によってポロポロと崩れてしまう。もはやそういうものだと割り切りながら咀嚼すると、パイ生地は前歯に心地良く抵抗しながら噛み切られてそこにあったリンゴと共に舌の上に載る。リンゴ。古くは青森で生産されていたが、天然のものは人工林檎に取って代わられたはずなのに、すごく美味しい。もしかしたら天然物なのかもと疑うほどに美味しい。メリーは少しだけ微妙そうな顔をしていた(本人曰く「アップルパイ」とはこんな形じゃない、とのこと。生まれ故郷の問題だろう)。

 皿の上にはアップルパイが纏っていた衣が残り、身体の中には『幸せ』が満たされていた。

   秘匿のグルメ【一匙の魔法と共に】 完
クリームパンとコーヒーと共に書きました。
光之空
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。アップルパイおいしそう
3.100南条削除
面白かったです
アップルパイをおいしそうに頬張っている蓮子がかわいらしかったです