男は近所でも評判の働き者でした。
毎日毎日朝も早くから農作業へ出かけ、精魂込めて作物の世話をするのです。
お昼になると家から持ってきたお弁当を広げます。
包みの中には大きなおにぎりが二つと小さなおにぎりが一つあります。
料理上手と近所で評判の妻が作ったおにぎりです。一見するとただのおにぎりですが、香の物や佃煮を刻んで混ぜ込んだり、味噌を塗って焼きおにぎりにするなど、とても手が込んでいて美味しいのです。
男は妻の料理が大好きでした。
大きなおにぎりを二つ、むしゃむしゃと食べてしまいます。
小さなおにぎりは男が手を触れもしていないのに、いつの間にか無くなっています。男はそれを不思議がる様子もなく、空になった包みを畳みます。これは、いつものことなのです。
以前、男は大きなおにぎりを二つだけ持ってきていました。
ところがある日、不思議なことが起きました。
その日のおにぎりを食べようとしたときでした。
「半分、ちょうだい」
そんな声が聞こえたような気がして男は周囲を見回しました。誰もいません。
まさかと思いお弁当の包みを見ると、残ったもう一つのおにぎりがちょうど半分くらい欠けていたのです。
野良の獣でもやって来て囓ったのかと思いましたが囓られた歯形などはありません。よく見てみると、欠けた半分は囓られたのではなく、きれいに手で半分に割ったような形をしています。
誰かが半分持っていってしまったのでしょうか。しかし、一つ目のおにぎりを食べている間は誰も見かけていません。
不思議なこともあるものだ。と男は思いましたが、不思議と恐怖は感じませんでした。
もしかすると妖怪でしょうか。
男は祖父から話を聞いたことがありました。昔はこの幻想郷も、妖怪と人間の争いが絶えず大変だったのだと。男も若い頃にあった異変を覚えています。畑の周りや里が真っ赤な霧で覆われた事件です。里中にも体調を崩した者が出て大変でしたが、博麗の巫女と里出身の魔法使いの力で無事解決しました。
今では妖怪賢者様や博麗の巫女様、御阿礼の子の尽力でずいぶん平和になっています。
妖怪は確かに恐ろしいけれど、無闇に襲うような妖怪はずいぶん減った、それどころか中には友好的なものもいるのだ、と聞くこともあります。里で人間のふりをしておとなしく働いている妖怪がいるという噂もあります。
人を襲わずにおにぎりだけを食べてしまう妖怪だっているかも知れません。
「それにしても半分だけ持っていくとは、遠慮というものを知っている妖怪なのだな」
男はおにぎりを律儀に半分にしていく妖怪を想像して笑ってしまいました。
そして次の日も。また次の日も。おにぎりは欠けました。
おにぎりの半分とは言え、こう毎日取られていてはたまりません。
「すまんが、明日から小さなおにぎりを一つ増やしてくれないか」
男は家に帰ると妻にそう頼みました。
「まぁ、可愛い妖怪さんなのですね」
詳しい話を聞いた妻も笑うと、次の日から小さなおにぎりが一つ、お弁当の包みに増えました。
お昼になると、小さなおにぎりは綺麗になくなりました。
不思議なことに、それから男の田畑は獣の被害が減っていきました。
おにぎりの妖怪さんが護ってくれているのだろう、と夫婦は喜びました。
時が過ぎて、夫婦には子供が生まれました。
その頃にはおにぎりはなくならないようになっていましたが、妖怪さんがいつ帰ってきてもいいように小さなおにぎりは毎日お弁当に入れるようにしていました。
また時は過ぎ、子供は元気に近所で遊ぶような歳になりました。
昨日は誰と遊んだ、今日は誰と遊んだ。男が家に帰ると息子はその日に遊んだことをお話します。男はそれを聞くのが楽しみでした。
遊んでばかりではありません。今では周りの援助により、里の寺子屋でほぼ無償で勉強を教えてくれるようになっているのです。
これもまた稗田家の、そして里一番の大商店、さらには外の世界から来たという山の神様の尽力だと言うではありませんか。
しかも、教えているのは半妖だと言います。そして誰もそれをおかしなことだとは指摘しません。
里も色々と変わっていく。しかし里が良くなるなら、それはとても嬉しいことだと男は思いました。
子供の話の中に出てくる遊び相手は、近所に住んでいて男も知っている名前ばかりです。
ところがただ一つだけ、知らない名前が混ざっていました。
そんな名前の子は近所にはいないはずです。息子の話によると寺子屋にはいなくて、遊ぶときにだけ現れる女の子だそうです。遠くから遊びに来ているのでしょうか。
男は、女の子の名前に不思議な懐かしさを感じました。もしかしたら、自分が子供の頃の友達の名前でしょうか。
更に時が過ぎて、息子も立派に大きくなって綺麗なお嫁さんをもらいました。
お嫁さんは、男の妻の料理を習ってやはり料理上手になりました。
年老いた男は家で縄をなったり孫の子守をしたりして過ごしています。農作業に行くのは一人前になった息子の仕事です。
男がいつものように縄をなっていると、お嫁さんが言いました。
「お義父さん、山の風祝様がついに神様に成られるそうですよ」
世の中は色々と変わっていくのだな、と男は思いました。
いつの間にか代替わりしていた博麗の巫女、里出身の娘で今では人をやめたと噂されている魔法使い、里の中で薬屋や団子屋を営むようになった兎妖怪。
それがおかしいことだとは思いません。それでも、もう自分の知っている世の中とは違うのだと思うと、男は少し寂しく感じてしまうのです。
その日、農作業から帰ってきた息子がお嫁さんに言いました。
「すまんが、明日から小さなおにぎりを一つ増やしてくれないか」
息子の言葉を聞いた男は、無意識に微笑んでいました。
変わらないモノもある。
それはとても嬉しいことだと、男は思いました。
毎日毎日朝も早くから農作業へ出かけ、精魂込めて作物の世話をするのです。
お昼になると家から持ってきたお弁当を広げます。
包みの中には大きなおにぎりが二つと小さなおにぎりが一つあります。
料理上手と近所で評判の妻が作ったおにぎりです。一見するとただのおにぎりですが、香の物や佃煮を刻んで混ぜ込んだり、味噌を塗って焼きおにぎりにするなど、とても手が込んでいて美味しいのです。
男は妻の料理が大好きでした。
大きなおにぎりを二つ、むしゃむしゃと食べてしまいます。
小さなおにぎりは男が手を触れもしていないのに、いつの間にか無くなっています。男はそれを不思議がる様子もなく、空になった包みを畳みます。これは、いつものことなのです。
以前、男は大きなおにぎりを二つだけ持ってきていました。
ところがある日、不思議なことが起きました。
その日のおにぎりを食べようとしたときでした。
「半分、ちょうだい」
そんな声が聞こえたような気がして男は周囲を見回しました。誰もいません。
まさかと思いお弁当の包みを見ると、残ったもう一つのおにぎりがちょうど半分くらい欠けていたのです。
野良の獣でもやって来て囓ったのかと思いましたが囓られた歯形などはありません。よく見てみると、欠けた半分は囓られたのではなく、きれいに手で半分に割ったような形をしています。
誰かが半分持っていってしまったのでしょうか。しかし、一つ目のおにぎりを食べている間は誰も見かけていません。
不思議なこともあるものだ。と男は思いましたが、不思議と恐怖は感じませんでした。
もしかすると妖怪でしょうか。
男は祖父から話を聞いたことがありました。昔はこの幻想郷も、妖怪と人間の争いが絶えず大変だったのだと。男も若い頃にあった異変を覚えています。畑の周りや里が真っ赤な霧で覆われた事件です。里中にも体調を崩した者が出て大変でしたが、博麗の巫女と里出身の魔法使いの力で無事解決しました。
今では妖怪賢者様や博麗の巫女様、御阿礼の子の尽力でずいぶん平和になっています。
妖怪は確かに恐ろしいけれど、無闇に襲うような妖怪はずいぶん減った、それどころか中には友好的なものもいるのだ、と聞くこともあります。里で人間のふりをしておとなしく働いている妖怪がいるという噂もあります。
人を襲わずにおにぎりだけを食べてしまう妖怪だっているかも知れません。
「それにしても半分だけ持っていくとは、遠慮というものを知っている妖怪なのだな」
男はおにぎりを律儀に半分にしていく妖怪を想像して笑ってしまいました。
そして次の日も。また次の日も。おにぎりは欠けました。
おにぎりの半分とは言え、こう毎日取られていてはたまりません。
「すまんが、明日から小さなおにぎりを一つ増やしてくれないか」
男は家に帰ると妻にそう頼みました。
「まぁ、可愛い妖怪さんなのですね」
詳しい話を聞いた妻も笑うと、次の日から小さなおにぎりが一つ、お弁当の包みに増えました。
お昼になると、小さなおにぎりは綺麗になくなりました。
不思議なことに、それから男の田畑は獣の被害が減っていきました。
おにぎりの妖怪さんが護ってくれているのだろう、と夫婦は喜びました。
時が過ぎて、夫婦には子供が生まれました。
その頃にはおにぎりはなくならないようになっていましたが、妖怪さんがいつ帰ってきてもいいように小さなおにぎりは毎日お弁当に入れるようにしていました。
また時は過ぎ、子供は元気に近所で遊ぶような歳になりました。
昨日は誰と遊んだ、今日は誰と遊んだ。男が家に帰ると息子はその日に遊んだことをお話します。男はそれを聞くのが楽しみでした。
遊んでばかりではありません。今では周りの援助により、里の寺子屋でほぼ無償で勉強を教えてくれるようになっているのです。
これもまた稗田家の、そして里一番の大商店、さらには外の世界から来たという山の神様の尽力だと言うではありませんか。
しかも、教えているのは半妖だと言います。そして誰もそれをおかしなことだとは指摘しません。
里も色々と変わっていく。しかし里が良くなるなら、それはとても嬉しいことだと男は思いました。
子供の話の中に出てくる遊び相手は、近所に住んでいて男も知っている名前ばかりです。
ところがただ一つだけ、知らない名前が混ざっていました。
そんな名前の子は近所にはいないはずです。息子の話によると寺子屋にはいなくて、遊ぶときにだけ現れる女の子だそうです。遠くから遊びに来ているのでしょうか。
男は、女の子の名前に不思議な懐かしさを感じました。もしかしたら、自分が子供の頃の友達の名前でしょうか。
更に時が過ぎて、息子も立派に大きくなって綺麗なお嫁さんをもらいました。
お嫁さんは、男の妻の料理を習ってやはり料理上手になりました。
年老いた男は家で縄をなったり孫の子守をしたりして過ごしています。農作業に行くのは一人前になった息子の仕事です。
男がいつものように縄をなっていると、お嫁さんが言いました。
「お義父さん、山の風祝様がついに神様に成られるそうですよ」
世の中は色々と変わっていくのだな、と男は思いました。
いつの間にか代替わりしていた博麗の巫女、里出身の娘で今では人をやめたと噂されている魔法使い、里の中で薬屋や団子屋を営むようになった兎妖怪。
それがおかしいことだとは思いません。それでも、もう自分の知っている世の中とは違うのだと思うと、男は少し寂しく感じてしまうのです。
その日、農作業から帰ってきた息子がお嫁さんに言いました。
「すまんが、明日から小さなおにぎりを一つ増やしてくれないか」
息子の言葉を聞いた男は、無意識に微笑んでいました。
変わらないモノもある。
それはとても嬉しいことだと、男は思いました。
こいしちゃんがいい子で本当によかったです
息子が半分にちぎられるのかと思いました
ちょっと悪い子だけど良い子なこいしちゃんよい