Coolier - 新生・東方創想話

永遠が終わるまで

2024/05/21 18:56:30
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 かすかな風が吹き抜けて、蓬莱山輝夜の漆黒の髪を揺らし
た。顔を上げるとよく晴れた青空が広がり、小さな妖精が飛
び回る姿がよく見えた。
「今日はどこに連れて行ってくれるの?」
 視線を地上に戻して、輝夜は問いかけた。
「人間の里に行くと思ったら逆方向に行くなんて。何かある
 のかしら?」
「もちろん。とっても面白い場所があるのよ」
 隣を歩く藤原妹紅が答える。口元には微笑が浮かび、どこ
か浮かれているようにも見えた。
「私の期待に応えるようなものかしら?」
「もちろん。絶対に満足するわ」
「だったら楽しみね♪ ここしばらく屋敷に籠もってばかり
 で退屈だったのよ」
「だから連れ出したんだ。そろそろ刺激が欲しい頃かなって
思ったしさ」
「刺激は幾らでも欲しいわね。永遠が終わるまで生き続ける
ことになるから」
 一瞬だけ、妹紅は何かを言いだけな表情を浮かべた。しか
し、無言のまま歩き続ける。
 銀髪の少女が足を止めたのは、人間の里からやや離れた場
所にある一軒家の前だった。かなり古い建物で、誰も住んで
いないのか手入れはされておらず、一部が朽ち果てていた。
「ここが……面白い場所?」
「もちろん。入るわよ」
 平然と言い切って妹紅は中へと入っていく。輝夜も続いた
が、木や畳が腐敗したような臭いに着物の袖を鼻に当てる。
 長い間放置されてたみたいね。でも……何かあるような気
がする。よく分からないけど。
 嫌な臭いを我慢しながら周囲を見回す。かつて住人がいた
ことを証明するかのように家具などが残されており、綺麗に
すれば住めないことはなかったが、姫君には厳しすぎる環境
だった。
「ねえ、妹紅。何も無いじゃない」
 堪りかねたように輝夜が口を開いたのは、かつて居間だっ
た部屋まで来た時だった。
「そもそもどういう家なのよ、ここは」
「今から十年ぐらい前まで人が住んでたわ。でもその人は身
寄りが無くて、亡くなった後はそのまま放置されてたのよ」
「別に珍しい話じゃないわね」
 内心軽い失望を覚えながら輝夜は答えた。何かあると思っ
たが、気の所為のようだった。
「放置しておくと危ないから取り壊すって話になったの。で
もただ壊すだけじゃ勿体ないし、遊ぶことにしたの」
「遊ぶ? ここで?」
「もちろん。殺し合い、という名の遊びをね」
 輝夜がその言葉の意味を理解した瞬間。
 錆びついた古い出刃包丁が腹部に突き立てられた。

 脳を焼かれるような激しい痛みと、血が沸騰するような熱
さが全身を貫いて、輝夜は一瞬意識が遠くなった。
 同時に、自分の肉体が死に至る感覚を完全に忘れていたこ
とに気づく。
「まさかこんなに油断するなんて思わなかった。もう少し警
戒すると思ってたのに」
 歪んだ笑みを浮かべながら、妹紅は手にしていた包丁をさ
らに深く突き刺して軽く捻る。錆びついた刃が太い血管を断
ち切ったのか、大量の鮮血が吹き出して輝夜の上着やスカー
トを染め上げる。畳の上に血溜まりが生じ、白い壁や襖にも
飛び散っていく。
「どう? 気分は?」
 全身で返り血を浴びながら妹紅は問いかけた。そのまま包
丁を引き抜こうとしたが、輝夜の両手に押さえられる。
「最低で……最高!」
 あっと思う間も無かった。一瞬の内に包丁を奪われて逆に
切りつけられる。腕や胸元が浅く斬り裂かれて血が滲んでき
たが、輝夜が間合いを詰めた瞬間。狙いを澄まして思い切り
蹴り上げる。長い黒髪が生き物のように舞い、襖を壊しなが
ら畳の上に転がる。
「やってくれるわね……」
 腹部からの出血にも構わず、輝夜はゆっくりと立ち上がっ
た。激痛は身体を焦がす熱さに変わり、久しぶりの殺し合い
に燃える心を煽っていた。
「これで死なないなんてさすがね。不老不死になると感覚が
少し鈍く……」
 言葉が終わるよりも早く、輝夜は包丁を手に銀髪の少女に
襲いかかった。いきなり胸元を狙ったものの、両手で受け止
められる。
「離しなさいよ!」
「離すわけないだろ!」
 言い返しながら、妹紅は自らの手を血まみれにしながら包
丁を奪い取って投げ捨てると、怯んだ輝夜の両肩を掴んで、
太い柱目掛けて思い切り叩きつける。背骨が折れたのか、姫
君の華奢な身体が奇妙な形にねじ曲がったが、すかさず体当
たりを仕掛ける。折れたばかりの骨が身体の各所で凶器とな
って突き刺さり、全身から血を流しながら輝夜はその場に崩
れ落ちる。
「まったく……。包丁で刺した程度で死なないなんて勘弁し
 てほしいわね」
 姫君が死んだことを確かめて、妹紅は呆れたようにつぶや
いた。ただの物と化した輝夜の肩を掴むと無理やり起こす。
死に顔を確かめようとした瞬間だった。
「隙あり!」
 輝夜の目が見開かれたかと思うと、妹紅の首に血まみれの
両手がかかった。万力のような力で締め上げられる。
「も……もう……」
「復活したのよ。意外と早かったでしょう?」
 冷ややかな笑みを浮かべながら輝夜は妹紅の身体を土間の
方へと押すと、石造りの竈目掛けて投げ飛ばす。後頭部が凹
んで変形する程の衝撃に意識を失ったのか、銀髪の少女はぴ
くりとも動かなかない。
「あ、面白そうなものがあるわね」
 全身血塗れになった壮絶な姿のまま、輝夜は土間に降り立
つと目についたある物を手にした。それは樽の上に置かれて
いた大きな漬物石だった。
「これも立派な凶器になるのよね。お返し!」
 笑いながら言い切ると、両手で抱えた漬物石を宿敵の少女
の腹部に投げ落とす。内臓が潰れる衝撃でようやく意識を取
り戻したのか、口元から血を流しながら妹紅は目を開けたが、
そこに痛烈な蹴りが直撃して再び意識が遠くなる。
「ほらほら早く死になさいよ。どうせすぐ生き返るんでしょ
 う? 私みたいにね」
 凄惨な笑みを浮かべながら、輝夜は妹紅の腹部を思い切り
踏みつけた。久しぶりの派手な殺し合いに、全身の血が沸騰
していた。
「ほんと間抜けなんだから。蓬莱の薬さえ飲まなければこん
 な事にならなかったのに……あ、いいものあるじゃない」
 輝夜が目をつけたのは、土間の隅に立てかけられていた金
属製の鍬だった。両手で持つと、畑を耕すように妹紅目掛け
て振り下ろす。
 その瞬間、大量の鮮血か吹き上がり、埃だらけの古びた土
間が赤く染まった。銀髪の少女は大きく目を見開いたまま身
体を両断され、そのまま息絶える。
「うわーこんなえげつない殺し方久しぶり♪ ぐちゃぐちゃ
じゃない」
 それでも輝夜は楽しくて仕方なかった。膝をつくと、上半
身だけになった妹紅の身体を持ち上げる。
「いい顔ね。なんでこんな殺され方をするのか分からないっ
 て顔してるじゃない。貴方に一番お似合いね」
 小さな声でつぶやくと、妹紅の唇に自分の唇を重ねる。
「大好き。とっても大好き。何度でも殺したいぐらい大好き」
 相手が何も言わない事をいいことに、思い切り抱き寄せる。
大量の血にまみれながらも、気持ちよくて仕方が無かった。

 何回、死んだのだろうか。
 指折り数えようとして、妹紅は苦笑した。正直、そんな事
はどうでも良かった。
「何笑ってるのよ。気味が悪いわね」
 全体が鮮血で赤く染まり、あちこち切り裂かれて原型を失
いつつある衣装をまとった輝夜が問いかけてくる。その手に
は何度も凶器となった古い包丁が握られていた。
「いや、別に。ちょっとおかしくなっただけ。私たち、こん
 な所で何をしてるんだろうって思ったのよ」
「殺し合い、でしょう?」
「もちろん。でもほんと気持ちいいわね。この家にはかつて
家族が住んでて、それなりに賑わってたんだから」
 意味が分からなかったのか、輝夜は何も言わずに首を振っ
た。攻撃の意思を感じなかったこともあって妹紅は言葉を続
ける。
「それなのに見てよ。この有り様。めちゃくちゃじゃない。
かつて人が住んでたように見えないわね」
「わざと、でしょう?」
「もちろん♪ 最後は好きにしてから壊してくれと頼まれた
のよ。この家に最後まで住んでたおじいさんにね」
 輝夜の顔から皮肉っぽい笑みが消えた。それに気づいて妹
紅は静かに言葉を続ける。
「私はこの家の家族たちと少しだけ知り合いだったの。それ
 で頼まれたのよね。この家を最後まで面倒を見てくれと」
「……だったらなんでこんな事するのよ」
 バツが悪そうな表情と共に輝夜がつぶやく。
 もし最初から知っていたらこんな事はしなかった。
「さっき言ったじゃない。好きにしてから壊してくれって頼
まれたって!」
 一瞬の出来事だった。銀色の髪を揺らしながら妹紅は間合
いを詰めると、隠し持っていた真鍮製の火掻き棒を輝夜の胸
に突き刺した。
「私は願いを忠実に叶えただけ。別に深い意味は無いわ」
「それが……今回の殺し合いというわけね」
「そういうこと。……おっと」
 口元から血を流しながら、輝夜が包丁を振り回してきたの
で妹紅は素手で掴み取った。あっという間に右手が血まみれ
になったが、依然として痛みは感じなかった。
 殺し合いに夢中になると、死に直結するような痛覚でも感
じ取ることはなかった。
「おじいさんも言ってたのよ。この家は穢れだらけだから最
後は思い切り汚してから壊してくれって」
「穢れ?」
「この家、病人が多かったのよ。私がおじいさんと知り合っ
たのも何度も永遠亭に案内したからだし」
 話に夢中になっている間に妹紅の手から包丁が離れた。避
けるよりも早く腹部に突き立てられる。内臓がぐちゃぐちゃ
にされるような感覚に、さすがの不死身の少女も顔を顰める。
「ほんと、儚いものね。次々に家族が病死して、最後に一番
年老いていたおじいさんだけが残されたんだから。だから
願いを聞く気になったのよ」
「……思い出したわ。その家族の話、永琳からも聞いたわ」
 胸に火掻き棒を突き立てたまま、輝夜がつぶやく。口元か
らは血が流れていたが、漆黒の瞳には強い光が宿っていた。
「偶然かもしれないけど、あまりに病気が続き過ぎて気味が
悪いって言ってたわ。まさかその家族の家がここだったな
んて思わなかった」
「だから穢れを祓う必要があるのよね」
 そう言いながら妹紅は凶器の火掻き棒を引き抜いた。全身
に返り血を浴びながら、何度も輝夜の顔や上半身を滅多刺し
にする。
「月の姫君の血で洗い流せば少しは綺麗になるわね。この家、
嫌な気が多過ぎるし」
 輝夜の返事は無かった。真鍮製の火掻き棒で美しい顔など
を徹底的に壊されて、その場に崩れ落ちたからだった。
「また死んだのね。もう十回以上死んだわね。腕を吹き飛ば
されたり、全身滅多刺しにされたり、全身の骨を折られた
り……。でもまだ足りないわね」
 腹部に包丁が刺さったまま、妹紅は輝夜の死体を思い切り
蹴り上げた。まだ復活しないのか、月の姫君は血の海となっ
た畳の上に転がる。
「……。偶然なわけないじゃない。この家には博麗の巫女で
 も祓えない悪意が巣食ってたんだから。命ある人間の業っ
 てやつよ」
 小さな声でつぶやきながら、妹紅は輝夜の死体を持ち上げ
た。無事だった襖に思い切り叩きつける。
「それを消し去るには壊す前に思い切り穢してしまうしかな
 い。そんな事が出来るのは私たちだけなのよ」
「……。そんなことだと思ったわ」
 壊された襖を押しのけながら、輝夜が立ち上がった。綺麗
な衣装は半分以上破けて、肌もあらわになっていたが、気に
している様子ではなかった。
「最初からおかしいと思ったのよ。殺し合いなら竹林でも良
かったんだから」
「おかしいと言ってたわりには楽しそうだったじゃない」
 先程自分の命を奪った火掻き棒を片手に攻撃してくる輝夜
をかわしながら、妹紅は皮肉っぽく笑った。
「やっぱり月の姫君に人間の業は理解できないのね。私は一
 千年以上、ずっと見続けてきたのよ」
「こんな時に自慢話? 反吐が出るわね!」
 一瞬の隙を突いて、輝夜が仕掛けた。妹紅の身体を押し倒
すと、腹部に火掻き棒を突き刺す。肉体だけでなく畳まで貫
通したのを感じて輝夜は会心の笑みを浮かべる。
「別に理解できなくてもいいじゃない。私は姫なんだから」
「は、よく言うわね。地上に落とされて穢れまくったのに」
「どんなに穢されても心までは穢せないわ!」
 妹紅が串刺しになったまま動けないのをいいことに、輝夜
は思い切り妹紅の胸元を踏みつけた。それでも物足りず、馬
乗りになると首に両手をかける。
「やっぱり殺した方がいいわね。どうせすぐ生き返るんだし」
「なんでこの家がこんなに穢れてるか分かる?」
 突然。妹紅が問いかけてきた。驚いて言葉を見つけられず
にいると、笑いながら続ける。
「この家の床下には死体があるのよ。詳しいことは分からな
いけど、たぶんこの家で殺されて埋められたんだと思うわ」
「……。そんな馬鹿な話ある?」
「あるのよね。他人に頼む口減らし、ってやつよ」
 一瞬、心が凍りついたような気がして、輝夜は妹紅から離
れた。自分でも意識しないまま、妹紅の身体から火掻き棒を
抜き払うと両肩を掴んで揺さぶる。
「その話本当なの? 死ぬ前に答えて!」
「めちゃくちゃ言わないでよ。そろそろ死にそうなんだから」
「駄目。そんな事言ってる暇があったら話して!」
「たぶん本当よ。人間の里で突然消えた子供や老人が何人が
いるから。みんな貧しい家の人間だったわ」
「そんな……。だったらなんでこんな所で殺し合いをしよう
って気になったのよ!」
 やっと明らかになった<真実>に、輝夜は叫ぶように問い
かけた。
「さっきから言ってるじゃない。穢れを祓う為よ。こんな馬
鹿な真似ができるのは私たち以外いないじゃない」
「だったら最初から言って!」
「その気になるか分からなかったのよ。それに……本気でや
りたかったし」
「……。馬鹿」
「人間なんて愚かなものよ。私も含めてね」
「私は別だって言いたいの!? 馬鹿妹紅!」
 全身の血が沸騰したような気がして、輝夜は思い切り妹紅
の首を締めた。抵抗することなく、銀髪の少女は絶命する。
「私だって愚か者の仲間なのに。貴方と……同じなのに」
 妹紅の身体から離れて、輝夜は鮮血に染まった畳の上にへ
たり込んだ。
「最初から言ってよ、馬鹿。そんな話だったら私だって協力
したのに。殺したい程憎んでて、殺したい程好きなのに」
「へえ。やっぱり私のことが好きなんだ」
 ゆっくりとした動作で妹紅が体を起こした。輝夜と目が合
うと楽しそうに笑う。
「ま、そうだと思ってたけど。私も大好きだし」
「殺したい程に?」
「もちろん。何百回殺しても飽きたらない程に好き」
 言葉を探すよりも早く、妹紅の血塗れの両手が肩にかかっ
た。そのまま抱き寄せられる。
「そろそろ終わりにしたいけどいい?」
「<今回は>でしょう? どうせ永遠が終わるまで終わるわ
 けないんだから」
「永遠の終わりってあると思う?」
「永琳が言ってたけど、物質を作る陽子って粒子はいつか全
て崩壊するらしいからその時死ぬかもね。といっても十の
三十四乗年以上先の話らしいけど」
「長いけど永遠にも終わりはあるってことね」
「そういうこと」
 その言葉が終わるのと同時に、妹紅の全身が炎に包まれた。
密着する輝夜にも燃え移り、残っていた衣装や肉の焼ける臭
いが鼻を刺激する。
「最後は不死鳥の炎で全部跡形もなく燃やすわ。この家も、
穢れも、床下の死体も、私たちもみんなね」
「いいわね、それ。私も最後まで付き合うわ」
 原型を失っていた衣装が全て焼け、全身が激しい火傷で覆
われても輝夜は笑っていた。
「さすがね。こんな状態になっても笑ってるなんて。手足な
んて炭化してるじゃない」
「私は簡単に死んだりしないわ。妹紅もでしょう?」
「もちろん」
 不死鳥の炎は穢れた家全体を包み込みつつあった。
 それでも、妹紅と輝夜は抱き合っていた。
 次に目が覚めた時には、穢れも呪いも全て浄化されている
と心の何処かで確信しているのだった。
最初は単純に殺し合いする二人を書いていたのですが、話が転がってこんな感じになりました。
輝夜も妹紅も不死身ですが、陽子が崩壊した後も生きているのか気になります。
上杉蒼太
https://x.com/ogasawara_tomo
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
世界の果てで喧嘩して愛し合う二人良かったです。
3.100南条削除
面白かったです
悠久の時を連れ添うであろうふたりの一幕のようでよかったです