猫とは本来狭くて暗いところが好きな生き物である。だからこそ猫である豪徳寺ミケは、暗く狭いという二条件を有しているにも関わらず己に不快を呼び起こす、この籠という乗り物こそがこの世で最悪の移動手段なのだという理解をした。
籠を擁護するならば、それは籠という構造物そのものの問題ではなく、人一人と猫一匹を中に入れているという意識を欠いて、悪路を悪路のままに籠を上下させる未熟な人夫のせいである。が、いくら籠という箱を擁護したところでこの瞬間のミケが世界でも最もとは言わないまでも相当不幸な猫であるという事実を覆すものではない。
ミケと違い、籠の中の人一人である彼女の飼い主の方は世界でも相当不幸な人間ではなかった。彼は籠の乱暴な揺れの中でもその豪胆さか呑気さを遺憾なく発揮し鼻提灯を作っていた。その様がまたミケを苛立たせるのだが。
***
この飼い主とミケの出会いは質屋だった。
ミケは東京のとある質屋に入れられていた。妖怪が質に入れられるというのは実に奇妙なものだが、招き猫が質に入れられていると考えればそう変な話でもない。そしてミケは、自身が招き猫であることも妖獣であることも忘れたかのように、埃の臭いのする暗い店内でただの飼い猫として居候していた。
「いらっしゃい。あんた、見ない顔だね。だから質の引取っていうのはありえなくて、貸出か質流れした物の買い取りのどっちかだね。どっちだい?」
「どちらかといえば買い取りですかね。もっともインスピレイションになるような面白いものがあればですが」
中年に入り始めたくらいの歳の客は猫背から顔を少し上げ、丸眼鏡を鉤鼻の老店主の方に向けた。
「芸術家かな。静物画に使えそうな花瓶が何個かあるが」
「まあ、芸術家というのはある意味正しいのですが、私は画家ではなく作家なのです……。おや、猫を飼っているのですね、可愛らしい」
客の前を三毛猫が横切った。
「それも質として来たんじゃ。だいぶ前に流れたがね」
「へえ。生き物も質入れできるんですね。にしても随分人馴れしている。さしずめこの店の招き猫ってわけですか」
「こいつは特別で、お前さんが言う通り招き猫という名目で質入れされた。が、実のところ招き猫としては欠陥品なんじゃ、こいつは」
老店主は痰を吐いた。
「そうなんですか」
「ああ。招き猫をさせるとこいつは片手を上げる。全うな招き猫ならそれでお金と客が両方来るんじゃが、こいつの場合右手を上げているうちは金、左手を上げていると人しか招けない上に、招けない方は来るどころか離れていく。この商売は客と元手の両方がなくては成立しないのでな。だからこそすぐに欠陥に気がついたんじゃが」
「興味深いことですが、貴方にとってはとんだ疫病神でしょ。置いといて大丈夫なんですか?」
「こいつは昔は質で、今は質流れした商品じゃ。招き猫として使っていないし、そういうつもりも名実ともにないから無害なんだろうな。こいつを質に入れた奴、今思い返せば儂の商売敵だったな。質流れして当然じゃ。大方自分が失敗した後で儂に押し付けて店を傾けせるというのを思いついて、はなから引取りに来るつもりがなかったんじゃな。あんまりにも無害なもんでお前さんと話すまで忘れてたわい」
老店主は唾を飛ばしながら笑っていたが、客はそちらではなく猫を見ていた。そんなに特別な猫にも見えないが、元号も大正に入ったモダンの時代において妖力などという非物質の力を正確に見ることができると言う人など一割もいないだろう。そうして、そんなことをうそぶく輩のうち九割以上はペテンであるからにして、妖獣と猫を見分けられるのは一分。
話を聞いているうちに、客には老店主がこの猫が化け猫と分かる一分なように思えてきた。招き猫でないのを招き猫と偽るならまだしも、その逆をする理由がないのである。仮にこれが普通の猫だとしても、今の話を面白おかしく短編にしたててやればいくらかの原稿料は取れるだろうから損にはならない。
「もう一度お聞きしますが、この猫はお金か客のどちらかしか招けずもう一方を遠ざける招き猫で、かつ質流れした商品ということでいいんですよね?」
「そうじゃ」
「じぁあ、この子を買いますよ」
「ほう。儂の商売敵みたいに送りつけるあてでもあるのかな。だが老人として忠告しとくぞ。この話の教訓は因果応報じゃ。あいつが不幸になったかどうかは知らんが、少なくとも思い通りにはならんと思っとくのが長生きの秘訣だ」
「いやいや。ちゃんと私が招き猫として飼うためにですって」
「正気か」
「正気だし、作家です。この仕事には商人で言うところの客が二通りありましてね。一つは読者。これはいればいるだけ嬉しいものですが互いに顔も見えない付き合いです。で、互いに顔を突き合わせる、招き猫が招くところの客にあたるのを我々は編集者と読んでいます。作家のところに呼んでもいないのにおしかけて『シメキリ』と『ゲンコウ』という二通りの声でしか鳴かない生き物です。全くいないというのも考えものですが、多すぎるとやかましすぎて神経衰弱の元になる。理想的なのは一人か二人だけにたまに原稿を渡してそれを高額の原稿料に変えて悠々自適に過ごす生活です。この子はその願いを叶えてくれますよ。天職じゃあないですか」
「ふむ。本当は素性を話してそれでも貰おうという奇特な奴に二束三文で売りつけてやろうかと思っていたのじゃが気が変わった。それなりに高く、普通の猫の相場で売るがよいかね?」
「構いませんよ。投資と思えば安いものです」
***
作家猫となったミケは飼い主の男に命令されたように金を招き、もとい客を遠ざけ大成果を上げた。それまで箸にも棒にもかからなかった中年作家が生涯の代表作として知られる二作品を書き上げたのも、ミケが来てしばらくしてからの話である。それで各方面から引っ張りだこになるかと思いきや、ある大手新聞社の専属作家に収まり、専らそこに連載を、そしてたまに思いついたかのようにエッセーや短編を出して生活していた。
羽振りの良くなった男は、さらに収入を得て人を遠ざけるべく、連載が終了したところで、伊豆に自ら缶詰されに逗留することとした。作家には伊豆か箱根のどちらかに宿泊する生態があるらしい。
そして、駅から宿に向かう手段はいくらかあるが、そのうちで男が選んだ一つが冒頭のミケの不機嫌に繋がる。ミケには、伊豆の駅まで来るのに乗った汽車が恋しかった。
男が簾を開けて片足を地面につけた瞬間、ミケは逃げるように籠から脱出した。そして目に映る景色があまりにも緑なのを見て、伊豆でも相当奥、温泉街としての開発すらされていない場所に来てしまったのだと悟った。
ミケは東京湾という海を見たことはあれど、本州の外に出たことはない。が、孤島に島流しにされる気分とはこういうものなのだろうというのは井の中の蛙にも知れた。端的に言って淋しい。
一方で男は「よい静けさだ」などと呟いている。呑気を通り越して人というのを嫌悪しているのではないかという勢いだが、ミケの知るこの男は、質屋で最初に見たときの雰囲気にしろ、その後の主に編集者との人付き合いにしろ、やや面倒くさそうにひねくれた応対をすることはあれど、嫌いなものに反応するとき特有の鼻につく感じはしないのである。ミケにはそれとの違いがどうにも引っかかった。
***
この地の俗世からの隔絶されように気をよくした主人は、時折思い出したようにミケを呼びつけて客を避けさせるものの、一日の大半は好きにさせた。
旅館の人のいなさ具合は相当なもので、ミケは自分の飼い主以外の客を見かけなかった。他にこの旅館にいる人間は旅館の持ち主の家族と数人の使用人で、足しても十人いるかどうか怪しい。それでいて広さだけは古風で和風な屋敷相応に一丁前なもので、食べ物もある。結果、明らかに人の数よりも鼠の生息数の方が上回っていた。余暇が生まれたミケの暇つぶしが鼠捕りになるのは当然の流れだった。
無論、ミケが鼠取りに走った最も大きな理由は本能だが、招き猫としてではなく害獣駆除なら大成するのではないかという野心もいくらかあった。招き猫として中途半端なのは才能が欠けているからで、欠けた才能が代わりにどこに割り振られているのかといえば鼠を取るという目的にではないか、と考えたのである。
もし日に一匹でも取れればこの仮定はミケの中でますます確信を深めたであろうし、半匹なら本来どちらか片側に偏るべき才能が間違って半分ずつになってしまったのだと諦めもついただろう。
が、非情にも四日かけて戦果はゼロだった。これは至極当然のことで、招き猫としての才能が半端なのも鼠が取れないのもできるようになる練習をしていないからで、つまりは努力を嫌うミケ自身の性格から出た錆であった。ミケもそれに気が付き、しかしこういう残酷な事実というのは何よりも人を傷つけるもので、だから滞在五日目で鼠を追うのを諦め、主人の部屋で不貞腐れて丸まっていることについては、怠惰と責めるべきではないだろう。
だが、鼠も取れないとなると、いよいよ野生では生きることができない。招き猫社会には嫌気が差して足を洗ったのだと、自分が質流れしたときは清々した気分だったが、どうも不完全な招き猫として、人と金の両方からある程度以上に近づいて生きるしか術はないらしい。この旅館に来たときに感じた淋しさというのも、生きるのに必須な要素が欠乏したことによる窒息にも似た叫びだったのだろうとミケは思った。
飼い主の男は何もかもが逆だ。人口に膾炙した売れっ子作家になったのはミケの働きもあるが、そもそも文才があるのだろう。文化人として貴族的な生き方もできるだろうに、むしろ社会からは距離をとっている。それはミケに金を稼がせていることによる副作用でもあり、彼には人並みかそれ以上の欲があるということの証左だが、仮にこの金銭欲だけがなければ、仙人と区別がつかない人間になっていたのではなかろうか。ミケはどう頑張っても仙人にはなり得ない。
逆だからこそ互いの欠点を補い合えるという面もあろうが、今のミケには男が自分の持っていない物何もかもを持っているように見えて妬ましかった。鼠取りを諦めたミケは部屋に籠もっていたが、男の顔を見て不機嫌な声で鳴いた。
***
「何が不満なんだ。こんなにのどかなところなのに」
ミケは男の察しの悪さにまた唸った。
「ははあ、のどかすぎて暇というわけか。しかし遊びに僕を引っ張るのはもう少し後にしてくれ」
ミケはいよいよ男を引っ掻いてやろうかと爪を出したが、暇という感情はあながち間違いではないと気が付き、それを使うのは思いとどまった。
「ああ、僕は傍から見ると孤独かもしれないな。でも最初からそうだったのではない」
男は低音で独り言を言った。
「僕はこう見ても結婚していてね、子供も二人いた。ただ今は別れた。別れさせた、という方が正しいかな。妻は英学塾の出で、関係性を謙遜せず表現するならインテリゲンツィア仲間だったのだ。だが妻の方がよっぽど優秀だったね。少なくとも社交性において僕と彼女では天と地の差があり、これこそが人として生きるための才能の差だ。彼女は別居前も今も女学校で教鞭を執っている。今も時々仕送りは送るが、子供の養育費以上には送っていなくて、だが催促されたこともない。それだけ上手くやっているということなのだろう」
男は鉛筆を置いたが、きりがよい場所で止めたというわけではないことが、文字の最後が句読点ではないことから予想された。
「翻って、私の作家という職業は実に不安定なものだ。今の生活では予想がつかないかもしれないが文字通りの無一文になることだって一度や二度ではなかった。はっきり言って、私の存在は妻にとって足枷でしかないのではないかと思えてならなかった。妻はそんなことおくびにも出さなかったが、家父長制の病理というべきものだろう。だから偶然まとまった原稿料が入ったときに諸々の準備を整えて私は今の下宿に移った。それで妻は私一人と子供二人の世話をしなければならなかったのが、私の世話がいらなくなって少しは自由になっただろう」
ミケは男の考えに卑屈なエゴイズムを感じ取って不快さに顔をしかめた。が、男の側はミケのネガティブな表情を一種の同情と感じ取ったらしく、馴れ馴れしく背中を撫でた。
「お前の助けで安定した今、家族の元に戻ったらどうだ、と思っただろ? だがそれはできない。お前の『客を遠ざける』方の力が教員である妻にどう作用するか分からないという理由もあるが、それ以上に現状を信用していないんだ」
ミケは、男に撫でられながら、彼は自分の知る飼い主と本当に同一人物なのだろうかと疑問を感じていた。自分の飼い主は俗世を離れた仙人のような者だったはずだが、今自分の背中を撫でている彼は、俗世から離れさせられた毒を吐く類の怪物のように感じられた。
「ああごめん。お前は上手くやっている。上手くやってはいるが、だからこそこれは私の実力とは別の仮面なのだ。その仮面は豪華で肌に吸い付くように貼られているが、それでも仮面とはいずれ剥がれるものだと相場が決まっている。お前の才能関係なく道理として。仮面が剥がれたときに、妻を道連れにするのはあまりにも忍びない」
怪物は人に戻った。
ミケはこの飼い主は自分とまるっきり正反対だと思っていたが、人間社会を必要としているにも関わらずそれから逃れようとする衝動を持っているという点では似通っているのかもしれないと思い直した。自分は不器用で不完全な存在だから、実は精神の一番底の部分では社会に依存しているという事実も素直に受け入れることができるし、逆に社会から離れることもドライな気持ちで実行することができる。が、この男は才能があったが故に、社会との距離感についてはその場しのぎの強引な対応のまま何とかなってしまい、不器用であり続けているのだろう。
ミケはもう少しこの男の飼い猫であってもいいかと思った。少なくとも、鼠取りを諦めて戻ってきたときに彼に対して覚えていた妬ましさは消えていた。
***
伊豆から戻った後も、作家はミケの働きもあり順調な暮らしを続けていた。
が、それは永遠ではない。人の栄華の儚さを昔の琵琶法師は風の前の塵に同じと評した。
その日も風が強い日だった。三月というのに雪が降る帝都に所在する自宅で男は火鉢に手をかざし寒さに耐えていた。
「歳を重ねると雪が嫌いになるな。子供の頃は楽しかったのに。それに、雪の日は大体ろくでもないことが起こると相場が決まっている。また戒厳令が出るのではなかろうか……」
独り言で愚痴をこぼしていた男は突然咳き込んだ。吐き出したもので手と上着が赤く染まっていく。
診断の結果、結核というのは否定され残りの人生がサナトリウムへの追放になることは免れたが、男を診た医者は、悪性腫瘍か何かだろうという結論だった。いずれにせよ死病である。
「金を招いたとしても、身体はどうにもならぬよなあ」
家で臥せていた男は枕元でそう呟き、丁度目の前をミケが通りがかるのを見ると、申し訳なさそうな顔で手招きして頭と背中を撫でた。
男は還暦を迎えるにはまだ少し先という程度の年齢だった。が、撫でる手は、別れたときに既にかなりの老人だった質屋の店主のそれよりも骨ばっていて、彼はもう長くはないのだろうとミケは悟った。
「家の畳で死ぬというのも悪くはないが、最後にあの場所をもう一度見ておきたいんだ」
男は気まぐれに荷物をまとめ、それとミケを持って駅へと向かった。二度目の伊豆旅行である。
無論目的は一度人目を逃れて缶詰した奥地の宿だった。一度目の旅行から帰ったすぐ後に震災があり、被災した建物の修復という名目で伊豆も再開発されて駅の周りはかなり垢抜けた観光地の様相を呈していたが、その波は奥には届かず、件の宿はミケ達が逗留した十七か十八年前と殆ど変わっていなかった。
唯一違いがあるとすれば籠で宿まで上げるサービスはなくなり、代わりに人力車になっていた。これはいくらか開放的で広かったが、むしろそれがミケの中では評価が高かった。
旅館に来ても男のすることは変わらずただ横になるだけだった。最早それしかできないのだ。他の活動といえば、うつ伏せになり原稿用紙に文字を入れていくこと。この期に及んで男はミケにお金を招かせている。金が舞い込む幸運を提供するというのは、言い換えると、その機会を作るための努力を強要することなのかもしれない。体調不良なのに長編を書き進め、「未完の遺作として後世の人達を惑わせてやる」などとうそぶいている。
ミケのすることもあまり変わらない。一度目で鼠は取れないと分かっていたので初日から部屋を拠点にし、時々招き猫の仕事をしたり、周りを散歩したり、男の執筆を観察したりしていた。
「『咳をしても一人』と詠んだのは私の後輩だったな。彼が死んだときは惜しい人が早逝したと嘆いたが、今は向こうに行ったあとの楽しみが増えたと思えるようになった」
ある日、自分を観察していたミケに、男は話しかけた。
「私は幸せな人生を送ってこれたよ。他人から見れば淋しい人生だったかもしれないが、結局人生というのは人と会う疎ましさと人と会わない淋しさにどう折り合いをつけるのかということで、私は人と会うのをより負担に思っていたから少し距離を置いていた、それだけのことだ。もっとも、淋しさを感じなかったのはお前がいてくれていたからなのかもしれない」
男は細くなった腕でミケに触れる。
「私が死ねばお前は一匹になってしまうが、お前の心はどっちなのだろうな。人に会いたければ、机の上に財布を置いておくから、そのお金で東京に戻りなさい。駅に訪れることを日課にしていた犬が上野にいたそうじゃないか。猫が駅に一匹で来たとして今やそれほど不思議なことでもあるまい。あるいは人を疎むのなら」
男は身体を起こし、開けっ放しにしていた障子の隙間から見える外を指さした。
「この仕事をしていると変な噂も入るのだが、山奥に狐狸の住む世界があるらしい。あるいは信州の辺りまで進まねばならぬのかもしれんが、旅費は好きに使ってもいいし、お前とて妖獣ならばなんとかなるだろう」
男は起き上がったついでにちゃぶ台に置かれたまま冷めた湯呑みのお茶をすすってまた横になった。
ミケは考える。招き猫としての己の半端さに由来する跳ね返りもあり、昔はかなり厭世的だったのが、この男と会ってから人の世のありがたみを感じるようになった。彼がおそらくミケと会ってから、厭世に走ったのとは対照的である。もう一度人間社会の中での暮らしをやり直すのもありではないかと、男が与えた選択肢のどちらにするか悩むくらいには心が揺れていた。
ミケは考えた。しかし、考えれば考えるほど、招き猫として人間社会で暮らすことがやっぱりうまくいかないように思えてならなかった。ミケは少なくともこの男との生活で不幸ではなかったが、比較的いい思いをしてこれたのは、飼い主が偏屈者だったという奇縁に由来するというもの以上ではない。奇妙で奇跡的な縁。二度目に期待するのは分が悪い。
ミケの腹は決まったが、しかし男を一人置いていくのは忍びなく、最後に善行を積んでやろうと思った。ミケは命令に反して左手を上げた。
「お客様! 奥さんが子供とお医者様をつれてここに来られるそうです!」
旅館の使用人が電報の紙を持って大慌てで走ってきた。
「馬鹿なことを……」
男は知らせに穏やかな声で一言そう呟き眠った。男が静かに寝息を立てるのを聞いてミケは財布を咥え、誰にも見られぬように忍び足を立てて庭の茂みへと消えた。
籠を擁護するならば、それは籠という構造物そのものの問題ではなく、人一人と猫一匹を中に入れているという意識を欠いて、悪路を悪路のままに籠を上下させる未熟な人夫のせいである。が、いくら籠という箱を擁護したところでこの瞬間のミケが世界でも最もとは言わないまでも相当不幸な猫であるという事実を覆すものではない。
ミケと違い、籠の中の人一人である彼女の飼い主の方は世界でも相当不幸な人間ではなかった。彼は籠の乱暴な揺れの中でもその豪胆さか呑気さを遺憾なく発揮し鼻提灯を作っていた。その様がまたミケを苛立たせるのだが。
***
この飼い主とミケの出会いは質屋だった。
ミケは東京のとある質屋に入れられていた。妖怪が質に入れられるというのは実に奇妙なものだが、招き猫が質に入れられていると考えればそう変な話でもない。そしてミケは、自身が招き猫であることも妖獣であることも忘れたかのように、埃の臭いのする暗い店内でただの飼い猫として居候していた。
「いらっしゃい。あんた、見ない顔だね。だから質の引取っていうのはありえなくて、貸出か質流れした物の買い取りのどっちかだね。どっちだい?」
「どちらかといえば買い取りですかね。もっともインスピレイションになるような面白いものがあればですが」
中年に入り始めたくらいの歳の客は猫背から顔を少し上げ、丸眼鏡を鉤鼻の老店主の方に向けた。
「芸術家かな。静物画に使えそうな花瓶が何個かあるが」
「まあ、芸術家というのはある意味正しいのですが、私は画家ではなく作家なのです……。おや、猫を飼っているのですね、可愛らしい」
客の前を三毛猫が横切った。
「それも質として来たんじゃ。だいぶ前に流れたがね」
「へえ。生き物も質入れできるんですね。にしても随分人馴れしている。さしずめこの店の招き猫ってわけですか」
「こいつは特別で、お前さんが言う通り招き猫という名目で質入れされた。が、実のところ招き猫としては欠陥品なんじゃ、こいつは」
老店主は痰を吐いた。
「そうなんですか」
「ああ。招き猫をさせるとこいつは片手を上げる。全うな招き猫ならそれでお金と客が両方来るんじゃが、こいつの場合右手を上げているうちは金、左手を上げていると人しか招けない上に、招けない方は来るどころか離れていく。この商売は客と元手の両方がなくては成立しないのでな。だからこそすぐに欠陥に気がついたんじゃが」
「興味深いことですが、貴方にとってはとんだ疫病神でしょ。置いといて大丈夫なんですか?」
「こいつは昔は質で、今は質流れした商品じゃ。招き猫として使っていないし、そういうつもりも名実ともにないから無害なんだろうな。こいつを質に入れた奴、今思い返せば儂の商売敵だったな。質流れして当然じゃ。大方自分が失敗した後で儂に押し付けて店を傾けせるというのを思いついて、はなから引取りに来るつもりがなかったんじゃな。あんまりにも無害なもんでお前さんと話すまで忘れてたわい」
老店主は唾を飛ばしながら笑っていたが、客はそちらではなく猫を見ていた。そんなに特別な猫にも見えないが、元号も大正に入ったモダンの時代において妖力などという非物質の力を正確に見ることができると言う人など一割もいないだろう。そうして、そんなことをうそぶく輩のうち九割以上はペテンであるからにして、妖獣と猫を見分けられるのは一分。
話を聞いているうちに、客には老店主がこの猫が化け猫と分かる一分なように思えてきた。招き猫でないのを招き猫と偽るならまだしも、その逆をする理由がないのである。仮にこれが普通の猫だとしても、今の話を面白おかしく短編にしたててやればいくらかの原稿料は取れるだろうから損にはならない。
「もう一度お聞きしますが、この猫はお金か客のどちらかしか招けずもう一方を遠ざける招き猫で、かつ質流れした商品ということでいいんですよね?」
「そうじゃ」
「じぁあ、この子を買いますよ」
「ほう。儂の商売敵みたいに送りつけるあてでもあるのかな。だが老人として忠告しとくぞ。この話の教訓は因果応報じゃ。あいつが不幸になったかどうかは知らんが、少なくとも思い通りにはならんと思っとくのが長生きの秘訣だ」
「いやいや。ちゃんと私が招き猫として飼うためにですって」
「正気か」
「正気だし、作家です。この仕事には商人で言うところの客が二通りありましてね。一つは読者。これはいればいるだけ嬉しいものですが互いに顔も見えない付き合いです。で、互いに顔を突き合わせる、招き猫が招くところの客にあたるのを我々は編集者と読んでいます。作家のところに呼んでもいないのにおしかけて『シメキリ』と『ゲンコウ』という二通りの声でしか鳴かない生き物です。全くいないというのも考えものですが、多すぎるとやかましすぎて神経衰弱の元になる。理想的なのは一人か二人だけにたまに原稿を渡してそれを高額の原稿料に変えて悠々自適に過ごす生活です。この子はその願いを叶えてくれますよ。天職じゃあないですか」
「ふむ。本当は素性を話してそれでも貰おうという奇特な奴に二束三文で売りつけてやろうかと思っていたのじゃが気が変わった。それなりに高く、普通の猫の相場で売るがよいかね?」
「構いませんよ。投資と思えば安いものです」
***
作家猫となったミケは飼い主の男に命令されたように金を招き、もとい客を遠ざけ大成果を上げた。それまで箸にも棒にもかからなかった中年作家が生涯の代表作として知られる二作品を書き上げたのも、ミケが来てしばらくしてからの話である。それで各方面から引っ張りだこになるかと思いきや、ある大手新聞社の専属作家に収まり、専らそこに連載を、そしてたまに思いついたかのようにエッセーや短編を出して生活していた。
羽振りの良くなった男は、さらに収入を得て人を遠ざけるべく、連載が終了したところで、伊豆に自ら缶詰されに逗留することとした。作家には伊豆か箱根のどちらかに宿泊する生態があるらしい。
そして、駅から宿に向かう手段はいくらかあるが、そのうちで男が選んだ一つが冒頭のミケの不機嫌に繋がる。ミケには、伊豆の駅まで来るのに乗った汽車が恋しかった。
男が簾を開けて片足を地面につけた瞬間、ミケは逃げるように籠から脱出した。そして目に映る景色があまりにも緑なのを見て、伊豆でも相当奥、温泉街としての開発すらされていない場所に来てしまったのだと悟った。
ミケは東京湾という海を見たことはあれど、本州の外に出たことはない。が、孤島に島流しにされる気分とはこういうものなのだろうというのは井の中の蛙にも知れた。端的に言って淋しい。
一方で男は「よい静けさだ」などと呟いている。呑気を通り越して人というのを嫌悪しているのではないかという勢いだが、ミケの知るこの男は、質屋で最初に見たときの雰囲気にしろ、その後の主に編集者との人付き合いにしろ、やや面倒くさそうにひねくれた応対をすることはあれど、嫌いなものに反応するとき特有の鼻につく感じはしないのである。ミケにはそれとの違いがどうにも引っかかった。
***
この地の俗世からの隔絶されように気をよくした主人は、時折思い出したようにミケを呼びつけて客を避けさせるものの、一日の大半は好きにさせた。
旅館の人のいなさ具合は相当なもので、ミケは自分の飼い主以外の客を見かけなかった。他にこの旅館にいる人間は旅館の持ち主の家族と数人の使用人で、足しても十人いるかどうか怪しい。それでいて広さだけは古風で和風な屋敷相応に一丁前なもので、食べ物もある。結果、明らかに人の数よりも鼠の生息数の方が上回っていた。余暇が生まれたミケの暇つぶしが鼠捕りになるのは当然の流れだった。
無論、ミケが鼠取りに走った最も大きな理由は本能だが、招き猫としてではなく害獣駆除なら大成するのではないかという野心もいくらかあった。招き猫として中途半端なのは才能が欠けているからで、欠けた才能が代わりにどこに割り振られているのかといえば鼠を取るという目的にではないか、と考えたのである。
もし日に一匹でも取れればこの仮定はミケの中でますます確信を深めたであろうし、半匹なら本来どちらか片側に偏るべき才能が間違って半分ずつになってしまったのだと諦めもついただろう。
が、非情にも四日かけて戦果はゼロだった。これは至極当然のことで、招き猫としての才能が半端なのも鼠が取れないのもできるようになる練習をしていないからで、つまりは努力を嫌うミケ自身の性格から出た錆であった。ミケもそれに気が付き、しかしこういう残酷な事実というのは何よりも人を傷つけるもので、だから滞在五日目で鼠を追うのを諦め、主人の部屋で不貞腐れて丸まっていることについては、怠惰と責めるべきではないだろう。
だが、鼠も取れないとなると、いよいよ野生では生きることができない。招き猫社会には嫌気が差して足を洗ったのだと、自分が質流れしたときは清々した気分だったが、どうも不完全な招き猫として、人と金の両方からある程度以上に近づいて生きるしか術はないらしい。この旅館に来たときに感じた淋しさというのも、生きるのに必須な要素が欠乏したことによる窒息にも似た叫びだったのだろうとミケは思った。
飼い主の男は何もかもが逆だ。人口に膾炙した売れっ子作家になったのはミケの働きもあるが、そもそも文才があるのだろう。文化人として貴族的な生き方もできるだろうに、むしろ社会からは距離をとっている。それはミケに金を稼がせていることによる副作用でもあり、彼には人並みかそれ以上の欲があるということの証左だが、仮にこの金銭欲だけがなければ、仙人と区別がつかない人間になっていたのではなかろうか。ミケはどう頑張っても仙人にはなり得ない。
逆だからこそ互いの欠点を補い合えるという面もあろうが、今のミケには男が自分の持っていない物何もかもを持っているように見えて妬ましかった。鼠取りを諦めたミケは部屋に籠もっていたが、男の顔を見て不機嫌な声で鳴いた。
***
「何が不満なんだ。こんなにのどかなところなのに」
ミケは男の察しの悪さにまた唸った。
「ははあ、のどかすぎて暇というわけか。しかし遊びに僕を引っ張るのはもう少し後にしてくれ」
ミケはいよいよ男を引っ掻いてやろうかと爪を出したが、暇という感情はあながち間違いではないと気が付き、それを使うのは思いとどまった。
「ああ、僕は傍から見ると孤独かもしれないな。でも最初からそうだったのではない」
男は低音で独り言を言った。
「僕はこう見ても結婚していてね、子供も二人いた。ただ今は別れた。別れさせた、という方が正しいかな。妻は英学塾の出で、関係性を謙遜せず表現するならインテリゲンツィア仲間だったのだ。だが妻の方がよっぽど優秀だったね。少なくとも社交性において僕と彼女では天と地の差があり、これこそが人として生きるための才能の差だ。彼女は別居前も今も女学校で教鞭を執っている。今も時々仕送りは送るが、子供の養育費以上には送っていなくて、だが催促されたこともない。それだけ上手くやっているということなのだろう」
男は鉛筆を置いたが、きりがよい場所で止めたというわけではないことが、文字の最後が句読点ではないことから予想された。
「翻って、私の作家という職業は実に不安定なものだ。今の生活では予想がつかないかもしれないが文字通りの無一文になることだって一度や二度ではなかった。はっきり言って、私の存在は妻にとって足枷でしかないのではないかと思えてならなかった。妻はそんなことおくびにも出さなかったが、家父長制の病理というべきものだろう。だから偶然まとまった原稿料が入ったときに諸々の準備を整えて私は今の下宿に移った。それで妻は私一人と子供二人の世話をしなければならなかったのが、私の世話がいらなくなって少しは自由になっただろう」
ミケは男の考えに卑屈なエゴイズムを感じ取って不快さに顔をしかめた。が、男の側はミケのネガティブな表情を一種の同情と感じ取ったらしく、馴れ馴れしく背中を撫でた。
「お前の助けで安定した今、家族の元に戻ったらどうだ、と思っただろ? だがそれはできない。お前の『客を遠ざける』方の力が教員である妻にどう作用するか分からないという理由もあるが、それ以上に現状を信用していないんだ」
ミケは、男に撫でられながら、彼は自分の知る飼い主と本当に同一人物なのだろうかと疑問を感じていた。自分の飼い主は俗世を離れた仙人のような者だったはずだが、今自分の背中を撫でている彼は、俗世から離れさせられた毒を吐く類の怪物のように感じられた。
「ああごめん。お前は上手くやっている。上手くやってはいるが、だからこそこれは私の実力とは別の仮面なのだ。その仮面は豪華で肌に吸い付くように貼られているが、それでも仮面とはいずれ剥がれるものだと相場が決まっている。お前の才能関係なく道理として。仮面が剥がれたときに、妻を道連れにするのはあまりにも忍びない」
怪物は人に戻った。
ミケはこの飼い主は自分とまるっきり正反対だと思っていたが、人間社会を必要としているにも関わらずそれから逃れようとする衝動を持っているという点では似通っているのかもしれないと思い直した。自分は不器用で不完全な存在だから、実は精神の一番底の部分では社会に依存しているという事実も素直に受け入れることができるし、逆に社会から離れることもドライな気持ちで実行することができる。が、この男は才能があったが故に、社会との距離感についてはその場しのぎの強引な対応のまま何とかなってしまい、不器用であり続けているのだろう。
ミケはもう少しこの男の飼い猫であってもいいかと思った。少なくとも、鼠取りを諦めて戻ってきたときに彼に対して覚えていた妬ましさは消えていた。
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伊豆から戻った後も、作家はミケの働きもあり順調な暮らしを続けていた。
が、それは永遠ではない。人の栄華の儚さを昔の琵琶法師は風の前の塵に同じと評した。
その日も風が強い日だった。三月というのに雪が降る帝都に所在する自宅で男は火鉢に手をかざし寒さに耐えていた。
「歳を重ねると雪が嫌いになるな。子供の頃は楽しかったのに。それに、雪の日は大体ろくでもないことが起こると相場が決まっている。また戒厳令が出るのではなかろうか……」
独り言で愚痴をこぼしていた男は突然咳き込んだ。吐き出したもので手と上着が赤く染まっていく。
診断の結果、結核というのは否定され残りの人生がサナトリウムへの追放になることは免れたが、男を診た医者は、悪性腫瘍か何かだろうという結論だった。いずれにせよ死病である。
「金を招いたとしても、身体はどうにもならぬよなあ」
家で臥せていた男は枕元でそう呟き、丁度目の前をミケが通りがかるのを見ると、申し訳なさそうな顔で手招きして頭と背中を撫でた。
男は還暦を迎えるにはまだ少し先という程度の年齢だった。が、撫でる手は、別れたときに既にかなりの老人だった質屋の店主のそれよりも骨ばっていて、彼はもう長くはないのだろうとミケは悟った。
「家の畳で死ぬというのも悪くはないが、最後にあの場所をもう一度見ておきたいんだ」
男は気まぐれに荷物をまとめ、それとミケを持って駅へと向かった。二度目の伊豆旅行である。
無論目的は一度人目を逃れて缶詰した奥地の宿だった。一度目の旅行から帰ったすぐ後に震災があり、被災した建物の修復という名目で伊豆も再開発されて駅の周りはかなり垢抜けた観光地の様相を呈していたが、その波は奥には届かず、件の宿はミケ達が逗留した十七か十八年前と殆ど変わっていなかった。
唯一違いがあるとすれば籠で宿まで上げるサービスはなくなり、代わりに人力車になっていた。これはいくらか開放的で広かったが、むしろそれがミケの中では評価が高かった。
旅館に来ても男のすることは変わらずただ横になるだけだった。最早それしかできないのだ。他の活動といえば、うつ伏せになり原稿用紙に文字を入れていくこと。この期に及んで男はミケにお金を招かせている。金が舞い込む幸運を提供するというのは、言い換えると、その機会を作るための努力を強要することなのかもしれない。体調不良なのに長編を書き進め、「未完の遺作として後世の人達を惑わせてやる」などとうそぶいている。
ミケのすることもあまり変わらない。一度目で鼠は取れないと分かっていたので初日から部屋を拠点にし、時々招き猫の仕事をしたり、周りを散歩したり、男の執筆を観察したりしていた。
「『咳をしても一人』と詠んだのは私の後輩だったな。彼が死んだときは惜しい人が早逝したと嘆いたが、今は向こうに行ったあとの楽しみが増えたと思えるようになった」
ある日、自分を観察していたミケに、男は話しかけた。
「私は幸せな人生を送ってこれたよ。他人から見れば淋しい人生だったかもしれないが、結局人生というのは人と会う疎ましさと人と会わない淋しさにどう折り合いをつけるのかということで、私は人と会うのをより負担に思っていたから少し距離を置いていた、それだけのことだ。もっとも、淋しさを感じなかったのはお前がいてくれていたからなのかもしれない」
男は細くなった腕でミケに触れる。
「私が死ねばお前は一匹になってしまうが、お前の心はどっちなのだろうな。人に会いたければ、机の上に財布を置いておくから、そのお金で東京に戻りなさい。駅に訪れることを日課にしていた犬が上野にいたそうじゃないか。猫が駅に一匹で来たとして今やそれほど不思議なことでもあるまい。あるいは人を疎むのなら」
男は身体を起こし、開けっ放しにしていた障子の隙間から見える外を指さした。
「この仕事をしていると変な噂も入るのだが、山奥に狐狸の住む世界があるらしい。あるいは信州の辺りまで進まねばならぬのかもしれんが、旅費は好きに使ってもいいし、お前とて妖獣ならばなんとかなるだろう」
男は起き上がったついでにちゃぶ台に置かれたまま冷めた湯呑みのお茶をすすってまた横になった。
ミケは考える。招き猫としての己の半端さに由来する跳ね返りもあり、昔はかなり厭世的だったのが、この男と会ってから人の世のありがたみを感じるようになった。彼がおそらくミケと会ってから、厭世に走ったのとは対照的である。もう一度人間社会の中での暮らしをやり直すのもありではないかと、男が与えた選択肢のどちらにするか悩むくらいには心が揺れていた。
ミケは考えた。しかし、考えれば考えるほど、招き猫として人間社会で暮らすことがやっぱりうまくいかないように思えてならなかった。ミケは少なくともこの男との生活で不幸ではなかったが、比較的いい思いをしてこれたのは、飼い主が偏屈者だったという奇縁に由来するというもの以上ではない。奇妙で奇跡的な縁。二度目に期待するのは分が悪い。
ミケの腹は決まったが、しかし男を一人置いていくのは忍びなく、最後に善行を積んでやろうと思った。ミケは命令に反して左手を上げた。
「お客様! 奥さんが子供とお医者様をつれてここに来られるそうです!」
旅館の使用人が電報の紙を持って大慌てで走ってきた。
「馬鹿なことを……」
男は知らせに穏やかな声で一言そう呟き眠った。男が静かに寝息を立てるのを聞いてミケは財布を咥え、誰にも見られぬように忍び足を立てて庭の茂みへと消えた。
ミケは作家に、作家はミケにとてもよい影響を受けながら生きていけたのだと思いました
素晴らしかったです
そして好みとしてラストが本当にいい。落語みたいにストンっとおちて本当にあ、この作品めっちゃ好きだって思えました。
素敵な時間をありがとうございます。お見事でした
文学的で、綺麗な文章と一生が描かれており味わい深く読ませて頂きました。
有難う御座いました。
とても良かったです。
〆もミケならではの形でしっかりまとまってくれるのは流石ノ目さんといったところで…
とても面白かったです。ありがとうございました!