Coolier - 新生・東方創想話

おかえり、私の幻想郷

2024/02/15 22:01:17
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「メリー! メリィーー! メぇぇぇリぃぃぃークリっスマぁぁぁーーーーーースぅ!」
「季節外れ! もう春よ!?」

 メリーは一人で昼飯を食っていた。そこへ万年頭春女、蓮子が乱入してきた。
 メリーは気にせず昼飯のフィッシュサンドを口に入れた。蓮子が話しかけてくる。

「ねえ、メリー。今食べてるそのアジフライサンドもどきは、美味しいかしら?」
「え? まあ美味しいわよ。もどきって言うけど、本物の魚なんて食べたことないから、わかんないし」
「そう。ところでメリー。その今飲んでるメロンの炭酸ジュースもどきは美味しいかしら?」
「え? まあ美味しいわよ。もどきっていうか、メロン風味だから、はじめからメロンが入ってないけど」
「そう! そうなのよ。メリー!」
「……?」
「私たちが今住んでる世界は、まがい物で溢れている!」
「はあ……」

 メリーは、まーた始まった。とジト目で蓮子を見ながら、ジュースを口にする。

「そう! 私たちはホンモノを知らないの! ほら、考えてみて。外の空気は空調管理システムによって完全に制御され、どこへ行っても安心して息をすることが出来るけど、私たちは天然の空気というものをまともに吸ったことがない! ほら、昔はバスを追いかけて、車体から出る排気ガスを真っ黒になりながら吸う文化があったというじゃない。メリーは、そんな体験したいと思わない?」
「思わない」
「ほら、考えてみて。私たちが食べているものは加工されてて安全だけど、あくまでもまがい物。ほら、昔は調理に失敗して、しょっちゅう食中毒を起こして七転八倒してたって言うじゃない。メリーはそんな体験を……」
「思わない」
「ああん、まだ言い終わってないのにー」
「……ったく、何が言いたいのよ」
「メリー! 幻想郷に行くわよ!」
「はああ……?」

 ――幻想郷。それは二人が憧れ続ける世界。だが、今まで行けたためしがない。ついこないだも失敗したばかりだ。

「で、連れられるままに家に戻ってきたのはいいけど、午後の講義は?」
「慌てない慌てない。自主休講。自主休講。それより今度は上手くいくわ。だってこれあるし」

 蓮子は、ポケットからバイザーを取り出す。

「あ、それってもしかして今話題の」
「そ。サイババよ」

 ――サイババ。それは自分で設定した仮想空間に、いつもでもどこでもダイブできるモバイルガジェットだ。それ自体は別に珍しくないが、これは学生の手にも届く優しい値段が特徴だ。それでいて性能は良く、没入感も高い。更に特殊軟質合金を利用しているため、丸めてポケットに入れることが出来る。風変わりな商品名は、昔の偉大なる教祖からとったらしい。

「こいつを使って私が作った幻想郷へ行くのよ!」
「なーんだ。結局まがい物じゃない。期待して損した」
「甘いわ。マリー」
「メリーよ。勝手に私のまがい物までつくらないで」
「確かに、まがい物かもしれないけど、私が細部にこだわって綿密に設定を組んだ世界だからきっと、満足度は高いはずよ!」
「ふーん……でもあなたって普通じゃないところこだりそうだからねえ」

 蓮子は頭がいい。しかし些か頭が良すぎる。故に、常人には理解しがたい言動も多々ある。それになんとかついていけているメリーも割と大概なのだが。

「まあまあ、まずはこれを装着しなさいよ。装着しないことには話が進まないわ」
「もう、わかったから、そんなに急かさないでよ」

 メリーは、されるがままにバイザーを展開して装着し、起動ボタンをポチッと押す。

 目の前の視界がだんだん暗くなる。現実世界と意識が隔離される。周りの音も徐々に聞こえなくなってくる。とうとう部屋の時計の針の音も聞こえなくなる。
 
 しばしの静寂
 やがて視界がぼんやり開けてくる。


 ◯

 見渡す限りに広がる木々と草むら。頭上は青空。地面は焦げ茶色の土、少しほこりくさい。
 童話や寓話に出てきそうな典型的な森の中のようだ。

「へえ……これが」

 そのとき、彼女の目の前に巨大な蓮子が、にゅうっと登場する。

「ひいっ!?」

 メリーは思わず叫び声を上げる。そりゃそうだ。

「どう? 私の作った世界は」
「ええ、なかなかよ。あなたが登場するまではそう思ってたわ」
「ふふ。そうでしょう? 私が毎日見た夢を参考にしながら設定したのよ。リアルに勝るリアリティだと自負してるわ。あ、えと、それからね……」

 長くなりそうなのでメリーは、蓮子の話を無視することにした。
 メリーは息を吸った。いつも吸っている空気ではない。どことなく雑味を感じる空気だ。別に息苦しさはない。現実の幻想郷の空気もこんな味なのだろうか。

「……と、いうわけよ。メリー。さあ、それじゃしばしご堪能あれ!」

 そう言い残して蓮子の姿が消える。姿が消えたといっても、ここは蓮子の世界。蓮子がここの管理人。彼女は存在したままだ。

「……堪能ったって何すればいいのよ?」

 戸惑うメリーが呟くと、どこからともなく蓮子の声がぐわんぐわんと響いてくる。

 言ったでしょ? 地面に寝転んで空を眺めたり、意味も無く歩き回ったり好きにしていいのよ。

「もう。わかったからそんな大声で騒がないでよ。神様さん」

 思わずメリーは耳を塞ぐ。

「耳を塞いでも無駄よ。私は今あなたの脳に直接語りかけてるのだから」
「悪質! ……わかったわ! じゃあ好きにさせてもらうわね」

 メリーは、そのままズンズンと歩き始める。

 あら、お散歩?
「そ、あなたのその声が聞こえなくなるところまでね」
 そんなのないわよ。だってここは私の幻想郷だもの。どこまで行っても私のテリトリーよ
「そんなんどうだっていいのよ!」

 構わずメリーは、見渡す限りの森の中をどんどん進んでいく。

「ねえ、メリー?」

「……もしかして怒ってる?」

「私なんか悪いことした?」

「何か言ってよメリー」

「ねえ……リー」

「……」



 蓮子の声は聞こえなくなった。

 どんなシステムにも必ず限界がある。この世界の主である蓮子の声が聞こえなくなる場所。つまり「この世界の果て」に到達したのだ。

「……ふふ、今頃あの子、さぞ慌ててることでしょうね」

 自分の気配が無くなって狼狽している蓮子を想像しながら、メリーはほくそ笑んだ。

「……ま、レモンピール入りのチーズケーキとダージリンティーで手を打ってあげるわよ」

 そう呟いて前を振り向いたその時だ。

「おい。見慣れない顔だな?」
「え?」

 そこには黒い服を着た金髪の少女の姿があった。黒い服は黒い服でも、古いファンタジーの話で出てくる魔女のような姿だ。

「……あ、ええと、どちら様で?」
「お前は誰だ」

 こいつは一体どういうことか。
 これも蓮子の構築した世界の一部なのか。もしかして自分はまだ蓮子の世界の中なのか。まだ彼女の掌の上で転がされているというのか。メリーは半ば混乱気味にその少女に答えた。

「あなたはこの世界の住人さん?」
「お前は何を言ってるんだ?」
「……ごめんなさい。自分でも何言ってるかわからないわ」
「まあ、とりあえず私の家に来い。話はそれからだな」
「家?」
「ああ、ここは下等な妖怪が沢山いて危ないからな。私の家なら安心立命館だぜ。つか、よくそんな格好で無事でいられたな? お前人間だろ?」
「あ、まぁ……蓮子のおかげかしらね」
「レンコ? 誰だそりゃ」
「私のパーと……」

 そこまで言いかけて、メリーは訝しんだ。
 この少女はなぜ立命館なんてのを知っている。立命館は京都の大学。京都は自分たちが住んでる所。つまり彼女は、蓮子が作成した存在の可能性が高い。
 何故なら蓮子はそう言う、どうでもいいところをこだわる性分だからだ。
 もし、まだここが蓮子の世界の範疇なのだとすれば、この会話も彼女に聞こえていることになる。なんか癪だった。

「パー?」
「パーチクリンよ!」
「なんだそりゃ!?」
「知らないわよ。あんなパーチクリンなんて!」
「はぁ。何か知らんが、お前さん言ってることがハチャメチャクチャだな」
「ええ、ちょっと色々あって冷静じゃないのよ」
「ああ、そうかい。まあ、あれだな。人にはそれぞれ事情が――」

 そのとき突如、メリーの視界が揺らいだ。同時に目の前が一瞬、暗くなる。

(あれ……)

 動揺したメリーは慌てて深呼吸をする。
 新鮮な空気が体の隅々まで行き渡ってくる。さっきとは違ってあまりにも綺麗な空気。
 メリーは、顔を青ざめさせた。

「おいおい、大丈夫か。顔色が兵馬俑並に悪いぞ」

 兵馬俑が顔色悪いと言えるのか考える余裕もなかった。メリーはそのまま走り出す。

「おい。待て! そっちは……」

(ちょっと、ウソでしょ……!)

 メリーは彼女の呼び止めも聞かず一心不乱に森の中を走った。
 時折意識が途切れそうになるが、構わず走った。砂埃が舞い上がり、服が汚れたが、構わず走った。

(帰らなきゃ……!)


 ◯


 メリーが消えた。

 計画は完璧なはずだった。自分の作り上げた幻想郷でメリーと一時を過ごす。その手はずはほぼ完璧に整っていた。ただ一つの懸念を除いては。

 蓮子は己の思考を回転させていく。

 まず、バグは考えにくい。システムは何度も何度も何度もデバッグを重ねた。それでもバグは勝手に生えてくるものと言うが、大方の不具合の対処法は心得ていた。
 バグでないとなると、考えられるのはメリーの『能力』
 メリーの『能力』は、本人の意志と関係なく発動する。しかも、こういう仮想空間みたいなのは、メリーの『能力』と悪い意味で相性が良い。その力で彼女は「ここではないどこか」へ行ってしまったのだ。

 なんてこった。私としたことが、それを見落としていた! この天才宇佐見蓮子一生の不覚!

 思い返せばこの世界は、自分が毎晩見た夢を元に作り上げたもの。もしそれが、何者かによって意図的に見させられていた夢だったとしたら。
 もしかすると『この出来事自体、何者かに仕立て上げられたもの』ということなのか。
 メリーはそれに導かれてしまったということなのか。
 メリーが、どこへ行ったのか。……この際そんなことはどうでもいい。まずはメリーを取り戻さなければ。なんとしても。

 蓮子は即座に仮想空間からログアウトすると、部屋の明かりをつけて横にいるメリーを確認する。
 メリーはバイザーをつけたままハアハアと息苦しそうにしている。それどころか、信じられないことに。徐々に姿が薄くなっているのがはっきりわかった。
 蓮子は即座にメリーのバイザーを剥ぎ取った。
 本来、ダイブ中の人間を物理的に強制ログアウトさせると、記憶の混濁や欠損が生じて精神衛生上、良くないのだが、今はそんなことは言っていられなかった。


 ◯

「……!?」

 地面を走っていたメリーは、突如、目の前がブラックアウトして、そのまま意識を失った。

 次にメリーが、目を覚ますと、見慣れた自室の天井が目に入ってきた。どうやらベッドで寝ていたらしい。
 何やら凄く悪い夢を長い間見ていたように感じた。

(えーと、私、何やってたんだっけ……)

 重い頭を持ち上げ起き上がってみると、床に例のサイババが無造作に転がっていた。
 それを見てメリーの記憶が徐々に戻ってくる。

(……そうだったわ)

 辺りを見回すと、テーブルの上に何やら見慣れない厚紙の箱が置いてあるのが見えた。
 箱には走り書きで「ごめんなさい!」と記されていた。
 ふと、時計を見ると時刻は既に深夜遅くを回っていた。
 箱を開けると、中にはレモンピール入りのチーズケーキと、恒久保温容器に入れられたダージリンティーが鎮座していた。そしてその箱の裏には、蓮子の筆跡でこう書かれていた。

――おかえり 私の幻想郷

 メリーはケーキを一口、口に運ぶ。そしてゆっくり味わうと一言呟いた。

「……甘いわよ。蓮子」

 思わず口元を綻ばせると、隣部屋で寝息を立てている蓮子を呆れ気味に見やった。
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
最初の勢いと後半部のシリアスな展開の温度感の違いが感じ取れました。良かったです。
3.無評価夏後冬前削除
作者さまの新境地だな、新しいチャレンジだな、と感じましたがシリアスパートへの移行がちょっと雑なのか、前半の勢いが失速してしまったように思えてしまったのが残念でした
4.100南条削除
面白かったです
メリーの好みをちゃんとわかってる蓮子がよかったです