「いやぁーーー! 姉さぁーん! 向こうからでっかい鉄の塊が、軽やかにスキップしながらこっちにやってくるわ! 助けてぇーーー!!」
やたらと説明的な穣子の叫びに気づいた静葉が振り向くと、血相を変えて走ってくる彼女の後ろから、ジャバラ状の手足の生えた鈍い銀色のでっかい鉄の塊が、山の木々をなぎ倒しながら、こっちに向かってきているのが見えた。
「姉さん! 早くあれなんとかしてよー!!」
「わかったわ」
静葉は弾幕を張ろうとして重い腰を上げようと思ったその時、鉄の塊が穣子に向かってノーモーションタックルをぶちかますと「もげら!?」と、珍妙な叫び声をあげながら、そのまま穣子は機械とともにどこかへいってしまった。
「あら……。行っちゃったわね」
静葉は「もげら」って叫び声は、流石に無理があるんじゃない? と、心の中で穣子にツッコミつつ、自分の足ではもう追いつけないと判断し、おそらくこの騒ぎの元凶であろう者のところへ向かった。
「あれ? 珍しいね。静葉さんがここに来るなんて」
彼女が向かった先は河城にとりの住処。
彼女は椅子の上で優雅に足なんか組んで、自作の水たばこなぞをゴボゴボ音を立てて嗜んでいた。
「さて、河童さん。私が今日ここに来た理由分かるかしら?」
「え? 何さ。いきなり……」
怪訝そうな表情のにとりに構わず静葉は続ける。
「あなた、私の妹分かるわよね?」
「もちろん。穣子さんでしょ? お芋の」
「そう。そのお芋が、なんか鉄の塊にタックルされたままどこかに行ってしまったんだけど」
「ぼえ゛っ!?」
静葉の言葉に、にとりは思わず「げっほ! ごっほ!」と、咳き込みながら、口から加湿器のごとく、煙をぼあっと吐き出してしまう。辺りにきゅうりの青臭いフレーバーが充満するが、静葉は意に介さず話を続ける。
「……ねえ。あれ、あなたの機械よね」
「う、うん、ま、まぁ……」
「責任取ってくれるわね」
「せ、責任って……?」
「あなたも一緒に探すの手伝ってくれるわね」
「え」
「…………手伝ってね?」
「アッ、ハイ」
こうして、にとりは、不本意ながらも静葉に従うことになってしまった。
□
ゴッチャン、ゴッチャン、ゴッチャン、ゴッチャンと、力士が喜びそうな音を立てながら、珍妙な機械が森の中を疾走していく。
「うっひょぉーーーい! おっひょーーーーーーい!? わっひょーーーーい!?」
その機械に、ぶら下がるような格好で巻き込まれている穣子の体は、寒さも相まってもうダメだった。
単に手を離せば済むことだったのだが、それは端から見ているから言える岡目八目な意見であり、当の彼女は一手先すら考える余裕もなかった。
とにかく、彼女は目の前のことをなんとかしようするだけで必死だった。
穣子は精一杯考えた。無い頭を振り絞って考えた。そして出した結論はこうだった。
――そうだ! この機械と同化してしまえばいいのよ!
すかさず彼女は、よせばいいのに神の力を使って光のような姿となり、そのまま機械の中へと入り込む。
たちまち無骨な手足の生えた鉄の塊だった機械が、仰々しい光を放ちながら、手足の生えた神々しいイモのような鉄の塊へと姿を変えていく。
こうして機械と神の融合体 ヤキモンが誕生した。
□
「あいつは知り合いに頼まれて作った、スーパーウルトラデラックスファイナルロマンシングきゅうりの漬物製造マシーンだったんだけど、ネジを一つ締め損ねて、ハイパーゴールドラグジュアリーフルオートマチック真ファイナルヴァーチャルロマンシングきゅうり製造マシーンになってしまったんだよ」
「よくわからないけど、ようは暴走し始めたって事ね」
「そうそう、そういうこと。なんとかしなきゃとは思ってたんだけど……まさか穣子さんに行くとはおもわなんだ……」
「きっと、お互い似た波動を感じたのかもしれないわね。そっちがきゅうり製造マシーンで、こっちは焼き芋製造マシーンだから」
「なるほど! 流石、静葉さん。名推理!」
などと、適当な事を言いながら、二人はにとりが用意した、しーあーるえっくす、なる真っ赤な車で平野を激走している。にとり曰く、こいつは所持している乗り物の中で、いちばん速くてハンドリングがエクセレントバッチグーとのことだが、その代償に紙のような耐久力のため、ちょっとの衝撃で壊れてしまう恐れがあるらしい。
実際、今も車のあちこちから、車体の軋む音が聞こえてきているし、車自体の振動も、もの凄いヤバい。
そんなまるで「走る棺桶」なんかを何故わざわざ持ち出したのか、もしかして嫌がらせか。と、静葉は思ったが、今は一刻を争う時でもあるので、にとりとしても、きっとやむを得ず、とにかく速い車を使おうとした。と、いうことなのだろうと、勝手に結論づけることにした。
「で、ところでにとり。闇雲に走ったところで見つからないと思うけど、何かアテはあるの?」
「心配ご無用! こんなこともあろうかと思って、ヤツには発信器が内蔵されているんだ。このレーダーを使えば、ヤツの居場所は、まるっと丸わかりさ!」
そう言って彼女は、丸っこい懐中時計のようなものを懐から取り出し、静葉に渡そうとする。
静葉は「そんなものを取り付けると言うことは、ハナからあの機械を信用していなかったんじゃないか」と思いつつ、それを受けとる。
「これどうやって使うの」
「光が二つ点滅してるだろ?」
「ええ」
「赤い光が私たちで、もう一つの白い光が、ヤツさ!」
「つまり、この白い光を目指していけばいいって事ね」
「そういうこと! そこに向かうから案内よろしく! じゃあ行くぞぉー! サイバースポーツ魂を見せてやらぁー!」
そう言って彼女は車を更に加速させる。と、ともに車体の軋む音が更に大きくなる。
静葉は今の加速による振動で、勝手に点いた天井のルームランプを見つめながら、さて、どのタイミングでここから脱出しようか。と、思わず考えた。
□
「いやぁーーー! 咲夜さぁーん! 向こうからでっかい神々しい鉄の塊が、軽やかにスキップしながらこっちにやってきましたよー! 助けて下さーい!」
やたら説明的な美鈴の叫びに気づいた咲夜が振り向くと、血相を変えて走ってくる彼女の後ろから、神々しい鉄の塊(ヤキモン)が、猛スピードでこっちに向かってきているのが見えた。
「はやくなんとかしてくださぁーい!!」
「まったく……。侵入者を排除するのが、あなたの仕事でしょうに……」
呆れた様子で咲夜が能力を使って時間を止めようとした瞬間、ヤキモンが例によってノーモーションタックルを美鈴にかまし、彼女は「しぇんみぃ!?」と、悲鳴を上げながら、そのまま勢いよく吹っ飛ばされたが、構わず咲夜は時間を止めた。
「……さてと、どうしたものかしらね」
少女としてあるまじき無様な格好で、空中に静止している美鈴を尻目に、咲夜がヤキモンの方を見据える。一方のヤキモンは、そのジャバラ状の腕をくねくねさせながらその場でジャンプをしている。
「は……?」
咲夜が思わず目をこすってもう一度確認するが、やはりヤツは脚をくねらせながらその場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「ちっ……。面倒ね!」
咲夜がしかたなく能力を解除すると、遠くの方で美鈴が地面に墜落する音が聞こえたが、構わずナイフの弾幕を放つ。しかし、全てヤキモンのその鋼鉄ボディに吸収されてしまった。
「……なんなのこいつ!? ならば……」
と、咲夜が二の矢を放とうとした時だ。
リバース 焼き芋ふぉーゆー
ヤキモンの中から機械っぽい声で、そう聞こえたかと思うと、突如、頭上に空間を覆い尽くすほどの焼き芋が展開される。
「は……?」
思わずあっけにとられてしまった彼女に、そのまま大量の焼き芋がどすんと音を立てて落下した。
□
「にとり。もうすぐ追いつけるみたいだけど」
レーダーを見ていた静葉がにとりに告げる。
「オッケぇー。こっちの方っていうと……。紅魔館か! よーし! いっけぇー!」
車の方は、もう既に屋根が吹き飛び、さながらオープンカーのような姿になってしまっている。それを見たにとりは「まったく、これじゃまるでデルソルみたいじゃないか」などとブツブツ言いながらも、目をらんらんと輝かせハンドルを握っている。
さながらランナーズハイならぬ、ドライバーズハイといったところか。
このまま大気圏を突破しかねない彼女の様子に、身の危険を感じた静葉が脱出を試みようとしたその時だ。
目の前に紅魔館の門が見えてきた。と、思った次の瞬間、突如、目の前に人影が現れた。
「うわぁおうぇいえぁあぃやいぁーーーーーー!!?」
にとりは慌ててブレーキをかけるが、車は急には止まれないとばかりに、砂煙を上げながらそのまま突進し続ける。
「ちょあーーーっ!!」
と、いうかけ声とともに、その人物――紅美鈴が車に向かって跳び蹴りを放つと、車は軽々と上空に吹っ飛ぶ。その隙に静葉は車から脱出する。
そのまま車は、来世でまた会おう、と、ばかりに爆発四散し、逃げ遅れたにとりの「デトロイトォーー!!」という断末魔が辺りに響き渡ったが、悲しいかな、それに気づいた者は誰一人としていなかった。
一方、静葉は落下の勢いを利用してそのまま急降下しながら蹴りを放つ。
「それ。静葉、えくすとりーむ」
彼女がヤキモンに二段蹴りを放つと、ヤキモンの体から穣子がはじけ出てくる。
彼女の体は紅魔館の外壁と門壁に次々とぶつかりながら、ゴム鞠のようにはじけ飛び、最後はもんどり打って地面に顔から突き刺さった。
一方のヤキモン本体も吹き飛び、そのまま自分が生成した大量の焼き芋の中に勢いよくつっこんだ。
「さてと……」
静葉はそのまま地面にふわりと着地すると、スカートの埃を払う。
「……あちゃぁ。こりゃ片付けが大変そう」
傍で見ていた美鈴が、場の惨状に思わずうめく。すると静葉が告げる。
「まだ終わってないわよ。門番さん」
そう言いながら彼女が、焼き芋の山に目を移したその時だ。突然芋の一つが、こちらに向かって吹き飛んでくる。静葉はそれをかわすが、更にたくさんの焼き芋が、さながら弾幕のように次々と展開する。その中心に手足の生えた鉄の芋――ヤキモンの姿があった。
芋符 焼き芋りべりおん
ヤキモンからそう聞こえたかと思うと、次々と焼き芋が二人に襲いかかる。
静葉はすかさず巨大な紅葉状のバリアを張ってそれを防ぐ。
「……困ったわね。攻撃は防げるけど、これじゃ近づけないわ」
「ここは私にまかせて下さい!」
美鈴はバリアから抜けて、ヤキモンに向かって駆け出す。
「ハッ! そんな直線的な攻撃、私には効かないわ!」
そう言いながら空中へ飛び上がると、ヤキモンに向かって一直線に蹴りを放つ。
「……あなたの攻撃も十分、直線的だけどね」
静葉の突っ込みお構いなしで、蹴りはヤキモンに命中する。その衝撃でヤキモンの四肢が吹き飛び、本物の焼き芋そっくりの姿になるが、撃破には至らず。
「うーん、決定打にはならないか……」
美鈴が不満そうにつぶやいたその時だ。突如、目の前の大量の芋が、一瞬にして切り刻まれる。
――ほら、美鈴、今よ!
「その声は……。よーし、もう一丁!」
美鈴は再びヤキモンに対し間合いを詰めると、渾身の掌底を放つ。
「これで終劇!」
掌底は見事に命中し、ヤキモンは門壁にたたき付けられ、そのままめり込んだ。
「フッ。この狼藉ものめ! 紅魔館の門番を舐めるな!」
そう言いながら、美鈴はヤキモンに向かって、勝利のポーズを取る。
「……あら、最初に慌てふためいて、私に助けを求めてきたのは誰だったかしら?」
その彼女の横に、いつの間にか涼しい顔した咲夜の姿があった。涼しい顔をこそしているが、少し服は汚れていて、全身が焼き芋臭い。
「咲夜さん。やっぱり無事だったんですね。芋に潰されたときはどうしようかと……」
「私が、あんなのでやられるわけないでしょ。さすがに、ちょっと痛かったけどね。さて、それよりも……」
二人は壁にめり込んだ鉄の焼き芋を見やる。
「こいつをどうしてやろうかしら」
「窯に放り込んで、本当に焼き芋にしてやるってのは?」
「こんな硬いの食えるわけ無いでしょ?」
「そこは気合いで……」
「それが出来るのはあなただけよ」
などと、言いながら二人がヤキモンに近づいたその時だ。
もはやこれまで ならば せめて さいごは はなばなしく……
ヤキモンから、そう聞こえたかと思うと、中からカチカチカチと音が聞こえ始める。
「……ねえ、咲夜さん。私、凄く嫌な予感がするんですが」
「奇遇ね。私もよ。美鈴、逃げ……」
次の瞬間、ヤキモンは二人を巻き込んで、その場で大爆発を起こす。
一足先に、穣子を回収してさっさとその場から離れていた静葉は、あきれた様子で紅魔館から湧き上がる黒煙を眺めていた。
□
「……と、いうのが、今回の騒動の顛末よ」
「はぁ……」
家の縁側で、静葉の話を聞いていた文は、思わず困惑の表情を浮かべる。
「いい記事になりそう? このヤキモン騒動」
「うーん。どうでしょうねぇ。良くて三面記事じゃないでしょうか。そもそも何なんですか。ヤキモンって」
そう言って文は、もてなしのふかし芋を口に入れる。
「それは穣子に聞いた方が早いわよ」
「……とのことなんですが、そこんとこどうなんですか? 穣子さん」
「え……? 私なの?」
二人のそばで寝っ転がっていた穣子は、振り返って目を丸くさせる。
「当たり前でしょ。穣子。あなたは当事者なんだから」
「あー……うーん。そうね。そっかぁ」
穣子は座り直すと、渋々語り始めた。
「……あいつはねぇ。私と融合したことによって自我を持っちゃったのよ。あいつは元々はきゅうりのつけものを製造するマシーンだったらしいんだけど、私の影響受けて、焼き芋をつくるのが自分の使命と思い込み、自らをヤキモンと名乗って、焼き芋を作りまくってたってワケ。ただ、自我を持ったことへの喜びのあまりに、ちょっとはっちゃけ過ぎちゃったって感じ。生の喜びって言うの? まあ、仕方ないと言えば仕方ないんだけどさー。ただ、なんていうか奴は間違いなく芋の歴史には名を刻めたんじゃないかなって思うわよ?」
「何ですか。芋の歴史って」
「芋の歴史は芋の歴史よ。皆、それぞれ歴史があるっていうじゃない」
「クロニクルならぬ、イモニクルってわけですか。なるほど。全然わかりませんね!」
「私だってわかんないわよ!? だって私、今回は完全に被害者よ! 被害者! わかる!? 私は巻き込まれただけなの!」
吐き捨てるように言うと、穣子は、ふて腐れ気味にふかし芋を口に放り込んだ。
「あら、そうかしら? あなたがあいつと融合したりしなければこんなことにはならなかったはずよ」
「そ、それは……んぐ!?」
静葉の一言に穣子は思わず言葉を詰まらせる。ついでに芋も喉に詰まらせた。
静葉は、むせ込む穣子に、あきれた様子で水の入った湯のみを渡すと、同じく呆れた様子でいる文に尋ねる。
「ところで、河童さんは何してるの?」
「ああ、にとりの奴なら、紅魔館からの多額の弁償代を請求されて、それを支払うために新しい装置の作成に励んでいるとか……」
と、その時だ。
「うわぁーーーーー!!? 助けてくれぇええええーーーー!!!」
三人が叫び声に気づき振り向くと、血相を変えて走ってくるにとりの後ろから、ジャバラ状の手足の生えた鈍い銀色のでっかい鉄の塊が、山の木々をなぎ倒しながら、こっちに向かってきているのが見えたという。
やたらと説明的な穣子の叫びに気づいた静葉が振り向くと、血相を変えて走ってくる彼女の後ろから、ジャバラ状の手足の生えた鈍い銀色のでっかい鉄の塊が、山の木々をなぎ倒しながら、こっちに向かってきているのが見えた。
「姉さん! 早くあれなんとかしてよー!!」
「わかったわ」
静葉は弾幕を張ろうとして重い腰を上げようと思ったその時、鉄の塊が穣子に向かってノーモーションタックルをぶちかますと「もげら!?」と、珍妙な叫び声をあげながら、そのまま穣子は機械とともにどこかへいってしまった。
「あら……。行っちゃったわね」
静葉は「もげら」って叫び声は、流石に無理があるんじゃない? と、心の中で穣子にツッコミつつ、自分の足ではもう追いつけないと判断し、おそらくこの騒ぎの元凶であろう者のところへ向かった。
「あれ? 珍しいね。静葉さんがここに来るなんて」
彼女が向かった先は河城にとりの住処。
彼女は椅子の上で優雅に足なんか組んで、自作の水たばこなぞをゴボゴボ音を立てて嗜んでいた。
「さて、河童さん。私が今日ここに来た理由分かるかしら?」
「え? 何さ。いきなり……」
怪訝そうな表情のにとりに構わず静葉は続ける。
「あなた、私の妹分かるわよね?」
「もちろん。穣子さんでしょ? お芋の」
「そう。そのお芋が、なんか鉄の塊にタックルされたままどこかに行ってしまったんだけど」
「ぼえ゛っ!?」
静葉の言葉に、にとりは思わず「げっほ! ごっほ!」と、咳き込みながら、口から加湿器のごとく、煙をぼあっと吐き出してしまう。辺りにきゅうりの青臭いフレーバーが充満するが、静葉は意に介さず話を続ける。
「……ねえ。あれ、あなたの機械よね」
「う、うん、ま、まぁ……」
「責任取ってくれるわね」
「せ、責任って……?」
「あなたも一緒に探すの手伝ってくれるわね」
「え」
「…………手伝ってね?」
「アッ、ハイ」
こうして、にとりは、不本意ながらも静葉に従うことになってしまった。
□
ゴッチャン、ゴッチャン、ゴッチャン、ゴッチャンと、力士が喜びそうな音を立てながら、珍妙な機械が森の中を疾走していく。
「うっひょぉーーーい! おっひょーーーーーーい!? わっひょーーーーい!?」
その機械に、ぶら下がるような格好で巻き込まれている穣子の体は、寒さも相まってもうダメだった。
単に手を離せば済むことだったのだが、それは端から見ているから言える岡目八目な意見であり、当の彼女は一手先すら考える余裕もなかった。
とにかく、彼女は目の前のことをなんとかしようするだけで必死だった。
穣子は精一杯考えた。無い頭を振り絞って考えた。そして出した結論はこうだった。
――そうだ! この機械と同化してしまえばいいのよ!
すかさず彼女は、よせばいいのに神の力を使って光のような姿となり、そのまま機械の中へと入り込む。
たちまち無骨な手足の生えた鉄の塊だった機械が、仰々しい光を放ちながら、手足の生えた神々しいイモのような鉄の塊へと姿を変えていく。
こうして機械と神の融合体 ヤキモンが誕生した。
□
「あいつは知り合いに頼まれて作った、スーパーウルトラデラックスファイナルロマンシングきゅうりの漬物製造マシーンだったんだけど、ネジを一つ締め損ねて、ハイパーゴールドラグジュアリーフルオートマチック真ファイナルヴァーチャルロマンシングきゅうり製造マシーンになってしまったんだよ」
「よくわからないけど、ようは暴走し始めたって事ね」
「そうそう、そういうこと。なんとかしなきゃとは思ってたんだけど……まさか穣子さんに行くとはおもわなんだ……」
「きっと、お互い似た波動を感じたのかもしれないわね。そっちがきゅうり製造マシーンで、こっちは焼き芋製造マシーンだから」
「なるほど! 流石、静葉さん。名推理!」
などと、適当な事を言いながら、二人はにとりが用意した、しーあーるえっくす、なる真っ赤な車で平野を激走している。にとり曰く、こいつは所持している乗り物の中で、いちばん速くてハンドリングがエクセレントバッチグーとのことだが、その代償に紙のような耐久力のため、ちょっとの衝撃で壊れてしまう恐れがあるらしい。
実際、今も車のあちこちから、車体の軋む音が聞こえてきているし、車自体の振動も、もの凄いヤバい。
そんなまるで「走る棺桶」なんかを何故わざわざ持ち出したのか、もしかして嫌がらせか。と、静葉は思ったが、今は一刻を争う時でもあるので、にとりとしても、きっとやむを得ず、とにかく速い車を使おうとした。と、いうことなのだろうと、勝手に結論づけることにした。
「で、ところでにとり。闇雲に走ったところで見つからないと思うけど、何かアテはあるの?」
「心配ご無用! こんなこともあろうかと思って、ヤツには発信器が内蔵されているんだ。このレーダーを使えば、ヤツの居場所は、まるっと丸わかりさ!」
そう言って彼女は、丸っこい懐中時計のようなものを懐から取り出し、静葉に渡そうとする。
静葉は「そんなものを取り付けると言うことは、ハナからあの機械を信用していなかったんじゃないか」と思いつつ、それを受けとる。
「これどうやって使うの」
「光が二つ点滅してるだろ?」
「ええ」
「赤い光が私たちで、もう一つの白い光が、ヤツさ!」
「つまり、この白い光を目指していけばいいって事ね」
「そういうこと! そこに向かうから案内よろしく! じゃあ行くぞぉー! サイバースポーツ魂を見せてやらぁー!」
そう言って彼女は車を更に加速させる。と、ともに車体の軋む音が更に大きくなる。
静葉は今の加速による振動で、勝手に点いた天井のルームランプを見つめながら、さて、どのタイミングでここから脱出しようか。と、思わず考えた。
□
「いやぁーーー! 咲夜さぁーん! 向こうからでっかい神々しい鉄の塊が、軽やかにスキップしながらこっちにやってきましたよー! 助けて下さーい!」
やたら説明的な美鈴の叫びに気づいた咲夜が振り向くと、血相を変えて走ってくる彼女の後ろから、神々しい鉄の塊(ヤキモン)が、猛スピードでこっちに向かってきているのが見えた。
「はやくなんとかしてくださぁーい!!」
「まったく……。侵入者を排除するのが、あなたの仕事でしょうに……」
呆れた様子で咲夜が能力を使って時間を止めようとした瞬間、ヤキモンが例によってノーモーションタックルを美鈴にかまし、彼女は「しぇんみぃ!?」と、悲鳴を上げながら、そのまま勢いよく吹っ飛ばされたが、構わず咲夜は時間を止めた。
「……さてと、どうしたものかしらね」
少女としてあるまじき無様な格好で、空中に静止している美鈴を尻目に、咲夜がヤキモンの方を見据える。一方のヤキモンは、そのジャバラ状の腕をくねくねさせながらその場でジャンプをしている。
「は……?」
咲夜が思わず目をこすってもう一度確認するが、やはりヤツは脚をくねらせながらその場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「ちっ……。面倒ね!」
咲夜がしかたなく能力を解除すると、遠くの方で美鈴が地面に墜落する音が聞こえたが、構わずナイフの弾幕を放つ。しかし、全てヤキモンのその鋼鉄ボディに吸収されてしまった。
「……なんなのこいつ!? ならば……」
と、咲夜が二の矢を放とうとした時だ。
リバース 焼き芋ふぉーゆー
ヤキモンの中から機械っぽい声で、そう聞こえたかと思うと、突如、頭上に空間を覆い尽くすほどの焼き芋が展開される。
「は……?」
思わずあっけにとられてしまった彼女に、そのまま大量の焼き芋がどすんと音を立てて落下した。
□
「にとり。もうすぐ追いつけるみたいだけど」
レーダーを見ていた静葉がにとりに告げる。
「オッケぇー。こっちの方っていうと……。紅魔館か! よーし! いっけぇー!」
車の方は、もう既に屋根が吹き飛び、さながらオープンカーのような姿になってしまっている。それを見たにとりは「まったく、これじゃまるでデルソルみたいじゃないか」などとブツブツ言いながらも、目をらんらんと輝かせハンドルを握っている。
さながらランナーズハイならぬ、ドライバーズハイといったところか。
このまま大気圏を突破しかねない彼女の様子に、身の危険を感じた静葉が脱出を試みようとしたその時だ。
目の前に紅魔館の門が見えてきた。と、思った次の瞬間、突如、目の前に人影が現れた。
「うわぁおうぇいえぁあぃやいぁーーーーーー!!?」
にとりは慌ててブレーキをかけるが、車は急には止まれないとばかりに、砂煙を上げながらそのまま突進し続ける。
「ちょあーーーっ!!」
と、いうかけ声とともに、その人物――紅美鈴が車に向かって跳び蹴りを放つと、車は軽々と上空に吹っ飛ぶ。その隙に静葉は車から脱出する。
そのまま車は、来世でまた会おう、と、ばかりに爆発四散し、逃げ遅れたにとりの「デトロイトォーー!!」という断末魔が辺りに響き渡ったが、悲しいかな、それに気づいた者は誰一人としていなかった。
一方、静葉は落下の勢いを利用してそのまま急降下しながら蹴りを放つ。
「それ。静葉、えくすとりーむ」
彼女がヤキモンに二段蹴りを放つと、ヤキモンの体から穣子がはじけ出てくる。
彼女の体は紅魔館の外壁と門壁に次々とぶつかりながら、ゴム鞠のようにはじけ飛び、最後はもんどり打って地面に顔から突き刺さった。
一方のヤキモン本体も吹き飛び、そのまま自分が生成した大量の焼き芋の中に勢いよくつっこんだ。
「さてと……」
静葉はそのまま地面にふわりと着地すると、スカートの埃を払う。
「……あちゃぁ。こりゃ片付けが大変そう」
傍で見ていた美鈴が、場の惨状に思わずうめく。すると静葉が告げる。
「まだ終わってないわよ。門番さん」
そう言いながら彼女が、焼き芋の山に目を移したその時だ。突然芋の一つが、こちらに向かって吹き飛んでくる。静葉はそれをかわすが、更にたくさんの焼き芋が、さながら弾幕のように次々と展開する。その中心に手足の生えた鉄の芋――ヤキモンの姿があった。
芋符 焼き芋りべりおん
ヤキモンからそう聞こえたかと思うと、次々と焼き芋が二人に襲いかかる。
静葉はすかさず巨大な紅葉状のバリアを張ってそれを防ぐ。
「……困ったわね。攻撃は防げるけど、これじゃ近づけないわ」
「ここは私にまかせて下さい!」
美鈴はバリアから抜けて、ヤキモンに向かって駆け出す。
「ハッ! そんな直線的な攻撃、私には効かないわ!」
そう言いながら空中へ飛び上がると、ヤキモンに向かって一直線に蹴りを放つ。
「……あなたの攻撃も十分、直線的だけどね」
静葉の突っ込みお構いなしで、蹴りはヤキモンに命中する。その衝撃でヤキモンの四肢が吹き飛び、本物の焼き芋そっくりの姿になるが、撃破には至らず。
「うーん、決定打にはならないか……」
美鈴が不満そうにつぶやいたその時だ。突如、目の前の大量の芋が、一瞬にして切り刻まれる。
――ほら、美鈴、今よ!
「その声は……。よーし、もう一丁!」
美鈴は再びヤキモンに対し間合いを詰めると、渾身の掌底を放つ。
「これで終劇!」
掌底は見事に命中し、ヤキモンは門壁にたたき付けられ、そのままめり込んだ。
「フッ。この狼藉ものめ! 紅魔館の門番を舐めるな!」
そう言いながら、美鈴はヤキモンに向かって、勝利のポーズを取る。
「……あら、最初に慌てふためいて、私に助けを求めてきたのは誰だったかしら?」
その彼女の横に、いつの間にか涼しい顔した咲夜の姿があった。涼しい顔をこそしているが、少し服は汚れていて、全身が焼き芋臭い。
「咲夜さん。やっぱり無事だったんですね。芋に潰されたときはどうしようかと……」
「私が、あんなのでやられるわけないでしょ。さすがに、ちょっと痛かったけどね。さて、それよりも……」
二人は壁にめり込んだ鉄の焼き芋を見やる。
「こいつをどうしてやろうかしら」
「窯に放り込んで、本当に焼き芋にしてやるってのは?」
「こんな硬いの食えるわけ無いでしょ?」
「そこは気合いで……」
「それが出来るのはあなただけよ」
などと、言いながら二人がヤキモンに近づいたその時だ。
もはやこれまで ならば せめて さいごは はなばなしく……
ヤキモンから、そう聞こえたかと思うと、中からカチカチカチと音が聞こえ始める。
「……ねえ、咲夜さん。私、凄く嫌な予感がするんですが」
「奇遇ね。私もよ。美鈴、逃げ……」
次の瞬間、ヤキモンは二人を巻き込んで、その場で大爆発を起こす。
一足先に、穣子を回収してさっさとその場から離れていた静葉は、あきれた様子で紅魔館から湧き上がる黒煙を眺めていた。
□
「……と、いうのが、今回の騒動の顛末よ」
「はぁ……」
家の縁側で、静葉の話を聞いていた文は、思わず困惑の表情を浮かべる。
「いい記事になりそう? このヤキモン騒動」
「うーん。どうでしょうねぇ。良くて三面記事じゃないでしょうか。そもそも何なんですか。ヤキモンって」
そう言って文は、もてなしのふかし芋を口に入れる。
「それは穣子に聞いた方が早いわよ」
「……とのことなんですが、そこんとこどうなんですか? 穣子さん」
「え……? 私なの?」
二人のそばで寝っ転がっていた穣子は、振り返って目を丸くさせる。
「当たり前でしょ。穣子。あなたは当事者なんだから」
「あー……うーん。そうね。そっかぁ」
穣子は座り直すと、渋々語り始めた。
「……あいつはねぇ。私と融合したことによって自我を持っちゃったのよ。あいつは元々はきゅうりのつけものを製造するマシーンだったらしいんだけど、私の影響受けて、焼き芋をつくるのが自分の使命と思い込み、自らをヤキモンと名乗って、焼き芋を作りまくってたってワケ。ただ、自我を持ったことへの喜びのあまりに、ちょっとはっちゃけ過ぎちゃったって感じ。生の喜びって言うの? まあ、仕方ないと言えば仕方ないんだけどさー。ただ、なんていうか奴は間違いなく芋の歴史には名を刻めたんじゃないかなって思うわよ?」
「何ですか。芋の歴史って」
「芋の歴史は芋の歴史よ。皆、それぞれ歴史があるっていうじゃない」
「クロニクルならぬ、イモニクルってわけですか。なるほど。全然わかりませんね!」
「私だってわかんないわよ!? だって私、今回は完全に被害者よ! 被害者! わかる!? 私は巻き込まれただけなの!」
吐き捨てるように言うと、穣子は、ふて腐れ気味にふかし芋を口に放り込んだ。
「あら、そうかしら? あなたがあいつと融合したりしなければこんなことにはならなかったはずよ」
「そ、それは……んぐ!?」
静葉の一言に穣子は思わず言葉を詰まらせる。ついでに芋も喉に詰まらせた。
静葉は、むせ込む穣子に、あきれた様子で水の入った湯のみを渡すと、同じく呆れた様子でいる文に尋ねる。
「ところで、河童さんは何してるの?」
「ああ、にとりの奴なら、紅魔館からの多額の弁償代を請求されて、それを支払うために新しい装置の作成に励んでいるとか……」
と、その時だ。
「うわぁーーーーー!!? 助けてくれぇええええーーーー!!!」
三人が叫び声に気づき振り向くと、血相を変えて走ってくるにとりの後ろから、ジャバラ状の手足の生えた鈍い銀色のでっかい鉄の塊が、山の木々をなぎ倒しながら、こっちに向かってきているのが見えたという。
暴走してる鉄の焼き芋が笑いを誘いました
『そうなるか……?→まぁでも……なっとるかぁ……』の連続で相変わらず勢いに負けました。
なんというかロボットアニメ?とかのギャグ回的なカオスを感じました。
お芋が不憫でした