駒草山如は竜の頭を模した煙管を廃屋の玄関に掛けた。ここが今日の賭場になる。
他の賭場候補地点でも同じことが言えるが、華やかさの「は」の字もないボロ屋だ。実際、もう少し立派な賭場を作らないかという申し出が常連の山童や天狗からなされたこともしばしばあった。しかし山如は、
「廃墟でよいのさ。賭博ってのは狂人の遊びだ。毎日判で押したような生活を続ける、怪しい場所には立ち入らない。そんな真っ当な奴はお呼びじゃないんだ。山奥のどこかで時たま、隙間風が吹いていそうなあばら家の暗がりで賽を振って札をめくる。そういう上げに上げた敷居に土足で踏み入ってくる輩、丁度お前さん達みたいなのの方がもてなし甲斐があるってもんだ」
と言って断るのだった。
「今回の冬は随分な豪雪だねえ」
山如は縁側を周りながらぼやいた。雪は屋根のひさしより内側にしか積もらないし屋根から落ちる雪もまた同様だが、その分は屋根の外側にどんどん溜まっていくので建物は遠目から見たら巨大なかまくらにしか見えないほど雪に埋まった見た目になっている。建物に立ち入るのにも雪壁の一角を無理やり蹴飛ばして崩して通ったのだった。
山如は入り口を開けてシャベルを取り出した。今年の雪の量がいささか異常なことを差し引いても、少なくともひざ下の高さにまでは雪が積もる。冬場に賭場を開く以上当然想定すべき現象なのである。山如は「堅気」が入らない程度に賭場の敷居を上げることを望んではいたが、物理的敷居の高さは好みではないのである。
「そこの野次馬たち。賭場の周りの雪をどけるのを手伝ってくれないかね」
そして山如は雪に埋もれるようにして隠れて賭場が開くのを待っていた妖怪たちに声をかけた。これもまた冬に賭場を開くたびに起こる現象であり、それを想定した賭場の中にはシャベルを筆頭とした除雪道具が秋の終わりに大量に運び込まていた。
***
基本的に駒草の賭場は冬場は開かれない。その理由は当然雪である。どういう訳か雪かきを手伝ってまで冬の山奥に博打をしに来る酔狂はいて、だからこそ例外的な冬場の賭場は成立しているのたが、そういう客の良心を日常的にあてにするのは山如の哲学に反していた。もし手伝いがいなかったら、安全と動線がきちんと確保される程度に雪を除ける作業を一人でやる羽目になる。想像するだけで手からシャベルを放り投げたくなる。万年雪が残る高地に住んでいるにも関わらず、山如は冬や雪が特別好きというわけではないのだ。
ではなぜ例外的に冬の賭場を開いているのかというと年が明けたから、らしい。らしいとは山如の弁である。主催の山如自身が新年に賭博をするということの意義を一番分かっていない。熱心な要望が方々から寄せられるので習慣として開くようになったが、正月の三が日くらい家で休むとか神社に初詣に行くとか、賭博師風の言い回しをするならば徳や験を貯めることに使えばいいのにと思っている。
「雪だるまか」
「えへへ。素手でただ雪かきするってのも芸がないのでこう雪を集めて素敵オブジェをですね」
「うちはシャベル屋じゃないんだ。そんなに本数置いておけるわけじゃないから道具の配給がないのを悪く思わんでくれ。それと、そこもう少し高さ下げたいから置くのはもうちょっと後にできないかな。一旦玄関前の道作った所にでも」
もう一つ山如が解せない点として、この冬の臨時賭場、定期的に参加者が急増するのである。十二年に一度。今年も急増する年にあたる。厳密には理由そのものはなんとなく察しはついているが、予想している理由は妖怪賭場らしくないもののように思えて確証は持てていない。そういうもやもやした感覚はずっとあって、しかし十二年に一度しか巡ってこない感覚なので特に解決もしないまま今日の今日まで来た。
ただ今回で謎は解いてしまおうと、シャベルに乗せた雪を壁状に投げながら山如は考えていた。この大雪にもやもやが合わされば耐え難いストレスの元になりかねないというのもそうだし、この雪では賭場に来た客は少なくとも翌朝まで帰らないだろう。どうせ宴会騒ぎになるのは分かっていて酒も食べ物も十分に置いてはいるが、酒の肴はいくらあってもよい。
***
「新年早々賭け事とは性が出るね」
理由を聞くといってもあまりにも直球にというのも下品な感じがしてはばかられたので、山如はこういう少し皮肉を込めた挨拶をして回ることで理由を引き出すことにした。大体は向こうも単に挨拶を返すか皮肉に気が付き「冗談きついっすよー」といった返しになるが、時々山如の期待通りに理由を答えてくれるのも現れる。
最初に理由を聞き出せたのは小太りの蟒蛇からだった。
「そりゃあ姐さん、今年は辰年ですぜ。辰年の竜賭場に行かない奴にギャンブラーを名乗る資格はないってもんです」
確かに予想通りではある。周期が十二年なので何らかの暦に由来しているという読みはできて、しかし幻想郷暦の「日と秋の年」に由来しているというのは脈絡がなく間抜けに思える。だからまだ竜繋がりのこじつけができる十二支由来なのだろうというのが山如の読みで、これが当たっていたというわけだ。
しかし、こじつけはこじつけだと山如は思っている。幻想郷暦が暦として成立するのは六十年で一巡する自然の循環を三精、四季、五行で表しているからで部分要素だけを切り取って別の名前をつけてるのは人間が勝手にやってるだけのことだ。
河童に聞いたときにそのことについて山如は問いただした。
「別に反人間ってわけじゃないんだけどね。妖怪には妖怪の暦がちゃんとあるんだから人間かぶれせずにそっち使いなよって思ってしまうよ」
「山の妖怪は閉鎖的なんて言いますけど考え方の中心は受容っすよ。私ら河童も天狗の飛行技術はよく真似しますし、人間文化も遅れてると見下すんじゃなくて優れてるところはガンガン受け入れてこそっす。特に百年前だか二百年前だかだったから人里でも広がった資本主義。あれはマジ最高っす」
「河童が言うと妙な説得力が出るねえ」
こじつけといえば、十二支に動物を当てはめるというのも後から覚えやすくするためにそうしたこじつけだから、十二支思考というのは二重のこじつけというのが山如の持論である。
山如は山童にも同じ質問をする。
「でも姉貴の方こそ今年は自分の年だ! みたいな自信満々な顔してるじゃあないですか。私もそのご利益に授かりたいと常々……」
「んなごますってもあんたの懐には一銭も入らないよ。大体常々思ってるんなら知ってるだろ? いつだって私の年だし私の賭場さ」
「ハハハ。違いないや」
そう言いながら持ち金をあらかた失っているこの山童は論外として、実際常に山如が少しだけ勝ち続けている。山如が儲かるのは賭場を生業にしていることへの正当な対価である上で、勝ち幅が少しだけというのがミソであることは言うまでもない。大勝ちしてしまえば客がイカサマだと怒って離れてしまう。客に不審がられることもない不正含めて山如の掌の上なのである。彼女が大勝ちするときはただ一つ、イカサマで不満を集めている客を相手どっているときだけだ。
それ以前に互いの肩を触れ合わせながら賽子を振っているような千客万来の賭場で全員から金を巻き上げるというのが無理な話である。客の九割は山如とは無関係に遊んでいる。だがそれでも不正を試みたり大勝ちして調子に乗り過ぎたりすると煙で沈静化される。そういう意味でもやはりここは常に山如の賭場なのだ。
新年のこの日も例外ではなく少し荒れた外の天気とは関係なく賑やかながら穏やかに時間は進んでいく。
***
「で、実際のところはどうなのです?」
群青色の服に、服よりも濃い青紫色のマントを羽織った大天狗が山如の隣にズカズカとやって来た。
「なにがどうってんのさ」
「貴方が十二支の辰年をどう思ってるのか、ということですよ。私の予想では実は結構思い入れがあるんじゃないですか? と」
「話し方が部下の鴉天狗に似てる」
「射命丸のことですかね? あれは階層的には当然私より下ですが、直属の部下ではないですよ」
「そうか。それはそうと、お前さんのその質問は、お前さん自信が辰年に思い入れがあることの裏返しじゃないか? 龍の名を持つ大天狗さん」
「憎さ余ってというのが思い入れに含まれるのならそうなのですかね。皆名前繋がりで私を辰年の女扱いするから、十二支が辰になるたびこちとら辟易してるんですよ」
龍は眉間に皺を寄せ、盃に乱暴に酒を注いだ。
「毎年新年の賭場って、鴉天狗だけはそこまで来てないでしょ? 新年会と被るんですね」
「ひとり者種族の山郎女には縁のない風習だねえ。まあ楽しげで結構なことじゃないか」
山如は欠伸をするかのように煙を吐いた。
「……ん? 大将のお前さんがここにいるってことは今年は被らなかったのかい?」
「被ってますよ。ああいうお祭り事は好きなんでいつもなら大天狗としての義務とか抜きに参加するんですけどね。如何せん無礼講なこともあって横から下から辰年いじりが激しい。そのへん天秤にかけて、結論としてはたまにはサボってこっちに行こうかなと」
「トップが不在なのは流石によくないんじゃないか」
「ご心配なく。使いの管狐を出席させて体裁が立つようにしていますから」
山如は、龍の管狐が顔を合わせた天狗全員に主人の不在を詫びて頭を下げている様を想像し、管狐に同情した。
「年女、じゃあないんですよ。年女ってそういう意味じゃねえから。その年の十二支が生まれ年と一致しているって意味だから。じゃあなんですかお前ら自分の生まれ年を誤差一年もなく正確に覚えているんですか。そう思いませんか、太夫さん」
龍は実にめんどくさい口調で山如にくだを巻いた。くだを巻くから部下も管狐なのだろうと思いつつ、酒に酔っているというだけでなくそれだけストレスを貯めていたということなのだろうと山如は考えていた。
しかし実際、妖怪の時間感覚として生年を一年刻みで正確に記憶するということは確かにない。山如が賭場を開いてから二百年は経つが、二百周年どころか百周年すら祝っていないはずだ。増して天狗の場合、只の畜生が妖力を得て天狗になるという出自も多く、そういう後天的な天狗が、卵から孵ったのは何年前だったかなんて覚えているわけがないのだろう。
「まあなんだ、生まれ年が分からなかったとしても十二分の一の確率でお前さんは辰年生まれなんだ。決して低い確率じゃあない。そんなに目くじらを立てなくても」
「一割未満じゃないですか。貴方、本業でもそういうこと言って大穴狙わせて金を巻き上げてますよね? 罪な女だ」
「流石大天狗様、鋭い」
「悪びれすらしないんですから。いやまあ可愛い後輩達が『辰年のめぐちゃーん』なんて言ってくる分には可愛いもんですよ。しかしね、可愛くもない別派閥の息も臭いおっさん天狗が茶化したりとかこっちにとって嫌な要求を通そうと辰年ネタで媚びへつらったりとかしてくる。そういうの味わうとたまには反逆したいなあって気持ちになるんです」
龍は煙管を出して山如に火を頼んだ。山如は自分の煙管の雁首を龍の方に向けつつ、龍の言う所の「息の臭い別派閥のおっさん」がいない山姥社会に心底感謝した。
「で、貴方はどうなのです?」
元の質問に戻った。
「言ってただろ。私は辰年だけの女じゃなくて毎年駒草賭場の太夫さ」
「じゃあ私も。今回もおかげさまでそれなりに勝たせていただきましたよ」
龍は木札の山を山如に見せた。胡坐をかいた龍の両ひざと比べても幅高さともに遜色ないそれは、彼女の言うそれなりの程度の多さを示している。
「おお。景気がよろしい。じゃあついでに私とも……」
「おっと。その手には乗りませんよ。勝ち逃げ上等。私は堅実な大天狗なんです」
そう言って龍は笑った。
「質問の仕方が悪かったですかね。辰という言葉にはこだわらなくて良いのです。我々風に『日と秋』と言い換えても良いですね。つまり何年かに一度、自然の巡りが自身の気質と調和する年というのがある。貴方にとってのそれが人間の言うところの辰年のように傍から見て思えるのです」
「辰とは『しん』、手偏のついた字である振が原義らしいね。草木の形に関わる。五行の循環は十二支とは独立しているから辰年は別に木気じゃないが、『駒草』たる私との相性の良さは確かにあるのかもね」
辰の原義は『漢書』律暦志に由来する。こう言ったら失礼かもしれないが、山如という山郎女種族は普通読みそうにない書だ。そういうところから自分との関連性を引いてくることは、彼女が辰年に並々ならぬ思い入れを抱いていることの証左なのだろうと龍は思った。
「だから貴方は駒草の姓を自分につけ、竜の煙管を吸って……」
「いや、駒草の苗字をつけたのが先で辰年の由来を知ったのが後さ。この煙管も辰年由来じゃない」
山如は煙管を少し離し、目を細めて見つめた。
「竜ってのは実に格好のいい幻獣だろう?」
山如は珍しく恥ずかしそうにした顔でそう言った。
他の賭場候補地点でも同じことが言えるが、華やかさの「は」の字もないボロ屋だ。実際、もう少し立派な賭場を作らないかという申し出が常連の山童や天狗からなされたこともしばしばあった。しかし山如は、
「廃墟でよいのさ。賭博ってのは狂人の遊びだ。毎日判で押したような生活を続ける、怪しい場所には立ち入らない。そんな真っ当な奴はお呼びじゃないんだ。山奥のどこかで時たま、隙間風が吹いていそうなあばら家の暗がりで賽を振って札をめくる。そういう上げに上げた敷居に土足で踏み入ってくる輩、丁度お前さん達みたいなのの方がもてなし甲斐があるってもんだ」
と言って断るのだった。
「今回の冬は随分な豪雪だねえ」
山如は縁側を周りながらぼやいた。雪は屋根のひさしより内側にしか積もらないし屋根から落ちる雪もまた同様だが、その分は屋根の外側にどんどん溜まっていくので建物は遠目から見たら巨大なかまくらにしか見えないほど雪に埋まった見た目になっている。建物に立ち入るのにも雪壁の一角を無理やり蹴飛ばして崩して通ったのだった。
山如は入り口を開けてシャベルを取り出した。今年の雪の量がいささか異常なことを差し引いても、少なくともひざ下の高さにまでは雪が積もる。冬場に賭場を開く以上当然想定すべき現象なのである。山如は「堅気」が入らない程度に賭場の敷居を上げることを望んではいたが、物理的敷居の高さは好みではないのである。
「そこの野次馬たち。賭場の周りの雪をどけるのを手伝ってくれないかね」
そして山如は雪に埋もれるようにして隠れて賭場が開くのを待っていた妖怪たちに声をかけた。これもまた冬に賭場を開くたびに起こる現象であり、それを想定した賭場の中にはシャベルを筆頭とした除雪道具が秋の終わりに大量に運び込まていた。
***
基本的に駒草の賭場は冬場は開かれない。その理由は当然雪である。どういう訳か雪かきを手伝ってまで冬の山奥に博打をしに来る酔狂はいて、だからこそ例外的な冬場の賭場は成立しているのたが、そういう客の良心を日常的にあてにするのは山如の哲学に反していた。もし手伝いがいなかったら、安全と動線がきちんと確保される程度に雪を除ける作業を一人でやる羽目になる。想像するだけで手からシャベルを放り投げたくなる。万年雪が残る高地に住んでいるにも関わらず、山如は冬や雪が特別好きというわけではないのだ。
ではなぜ例外的に冬の賭場を開いているのかというと年が明けたから、らしい。らしいとは山如の弁である。主催の山如自身が新年に賭博をするということの意義を一番分かっていない。熱心な要望が方々から寄せられるので習慣として開くようになったが、正月の三が日くらい家で休むとか神社に初詣に行くとか、賭博師風の言い回しをするならば徳や験を貯めることに使えばいいのにと思っている。
「雪だるまか」
「えへへ。素手でただ雪かきするってのも芸がないのでこう雪を集めて素敵オブジェをですね」
「うちはシャベル屋じゃないんだ。そんなに本数置いておけるわけじゃないから道具の配給がないのを悪く思わんでくれ。それと、そこもう少し高さ下げたいから置くのはもうちょっと後にできないかな。一旦玄関前の道作った所にでも」
もう一つ山如が解せない点として、この冬の臨時賭場、定期的に参加者が急増するのである。十二年に一度。今年も急増する年にあたる。厳密には理由そのものはなんとなく察しはついているが、予想している理由は妖怪賭場らしくないもののように思えて確証は持てていない。そういうもやもやした感覚はずっとあって、しかし十二年に一度しか巡ってこない感覚なので特に解決もしないまま今日の今日まで来た。
ただ今回で謎は解いてしまおうと、シャベルに乗せた雪を壁状に投げながら山如は考えていた。この大雪にもやもやが合わされば耐え難いストレスの元になりかねないというのもそうだし、この雪では賭場に来た客は少なくとも翌朝まで帰らないだろう。どうせ宴会騒ぎになるのは分かっていて酒も食べ物も十分に置いてはいるが、酒の肴はいくらあってもよい。
***
「新年早々賭け事とは性が出るね」
理由を聞くといってもあまりにも直球にというのも下品な感じがしてはばかられたので、山如はこういう少し皮肉を込めた挨拶をして回ることで理由を引き出すことにした。大体は向こうも単に挨拶を返すか皮肉に気が付き「冗談きついっすよー」といった返しになるが、時々山如の期待通りに理由を答えてくれるのも現れる。
最初に理由を聞き出せたのは小太りの蟒蛇からだった。
「そりゃあ姐さん、今年は辰年ですぜ。辰年の竜賭場に行かない奴にギャンブラーを名乗る資格はないってもんです」
確かに予想通りではある。周期が十二年なので何らかの暦に由来しているという読みはできて、しかし幻想郷暦の「日と秋の年」に由来しているというのは脈絡がなく間抜けに思える。だからまだ竜繋がりのこじつけができる十二支由来なのだろうというのが山如の読みで、これが当たっていたというわけだ。
しかし、こじつけはこじつけだと山如は思っている。幻想郷暦が暦として成立するのは六十年で一巡する自然の循環を三精、四季、五行で表しているからで部分要素だけを切り取って別の名前をつけてるのは人間が勝手にやってるだけのことだ。
河童に聞いたときにそのことについて山如は問いただした。
「別に反人間ってわけじゃないんだけどね。妖怪には妖怪の暦がちゃんとあるんだから人間かぶれせずにそっち使いなよって思ってしまうよ」
「山の妖怪は閉鎖的なんて言いますけど考え方の中心は受容っすよ。私ら河童も天狗の飛行技術はよく真似しますし、人間文化も遅れてると見下すんじゃなくて優れてるところはガンガン受け入れてこそっす。特に百年前だか二百年前だかだったから人里でも広がった資本主義。あれはマジ最高っす」
「河童が言うと妙な説得力が出るねえ」
こじつけといえば、十二支に動物を当てはめるというのも後から覚えやすくするためにそうしたこじつけだから、十二支思考というのは二重のこじつけというのが山如の持論である。
山如は山童にも同じ質問をする。
「でも姉貴の方こそ今年は自分の年だ! みたいな自信満々な顔してるじゃあないですか。私もそのご利益に授かりたいと常々……」
「んなごますってもあんたの懐には一銭も入らないよ。大体常々思ってるんなら知ってるだろ? いつだって私の年だし私の賭場さ」
「ハハハ。違いないや」
そう言いながら持ち金をあらかた失っているこの山童は論外として、実際常に山如が少しだけ勝ち続けている。山如が儲かるのは賭場を生業にしていることへの正当な対価である上で、勝ち幅が少しだけというのがミソであることは言うまでもない。大勝ちしてしまえば客がイカサマだと怒って離れてしまう。客に不審がられることもない不正含めて山如の掌の上なのである。彼女が大勝ちするときはただ一つ、イカサマで不満を集めている客を相手どっているときだけだ。
それ以前に互いの肩を触れ合わせながら賽子を振っているような千客万来の賭場で全員から金を巻き上げるというのが無理な話である。客の九割は山如とは無関係に遊んでいる。だがそれでも不正を試みたり大勝ちして調子に乗り過ぎたりすると煙で沈静化される。そういう意味でもやはりここは常に山如の賭場なのだ。
新年のこの日も例外ではなく少し荒れた外の天気とは関係なく賑やかながら穏やかに時間は進んでいく。
***
「で、実際のところはどうなのです?」
群青色の服に、服よりも濃い青紫色のマントを羽織った大天狗が山如の隣にズカズカとやって来た。
「なにがどうってんのさ」
「貴方が十二支の辰年をどう思ってるのか、ということですよ。私の予想では実は結構思い入れがあるんじゃないですか? と」
「話し方が部下の鴉天狗に似てる」
「射命丸のことですかね? あれは階層的には当然私より下ですが、直属の部下ではないですよ」
「そうか。それはそうと、お前さんのその質問は、お前さん自信が辰年に思い入れがあることの裏返しじゃないか? 龍の名を持つ大天狗さん」
「憎さ余ってというのが思い入れに含まれるのならそうなのですかね。皆名前繋がりで私を辰年の女扱いするから、十二支が辰になるたびこちとら辟易してるんですよ」
龍は眉間に皺を寄せ、盃に乱暴に酒を注いだ。
「毎年新年の賭場って、鴉天狗だけはそこまで来てないでしょ? 新年会と被るんですね」
「ひとり者種族の山郎女には縁のない風習だねえ。まあ楽しげで結構なことじゃないか」
山如は欠伸をするかのように煙を吐いた。
「……ん? 大将のお前さんがここにいるってことは今年は被らなかったのかい?」
「被ってますよ。ああいうお祭り事は好きなんでいつもなら大天狗としての義務とか抜きに参加するんですけどね。如何せん無礼講なこともあって横から下から辰年いじりが激しい。そのへん天秤にかけて、結論としてはたまにはサボってこっちに行こうかなと」
「トップが不在なのは流石によくないんじゃないか」
「ご心配なく。使いの管狐を出席させて体裁が立つようにしていますから」
山如は、龍の管狐が顔を合わせた天狗全員に主人の不在を詫びて頭を下げている様を想像し、管狐に同情した。
「年女、じゃあないんですよ。年女ってそういう意味じゃねえから。その年の十二支が生まれ年と一致しているって意味だから。じゃあなんですかお前ら自分の生まれ年を誤差一年もなく正確に覚えているんですか。そう思いませんか、太夫さん」
龍は実にめんどくさい口調で山如にくだを巻いた。くだを巻くから部下も管狐なのだろうと思いつつ、酒に酔っているというだけでなくそれだけストレスを貯めていたということなのだろうと山如は考えていた。
しかし実際、妖怪の時間感覚として生年を一年刻みで正確に記憶するということは確かにない。山如が賭場を開いてから二百年は経つが、二百周年どころか百周年すら祝っていないはずだ。増して天狗の場合、只の畜生が妖力を得て天狗になるという出自も多く、そういう後天的な天狗が、卵から孵ったのは何年前だったかなんて覚えているわけがないのだろう。
「まあなんだ、生まれ年が分からなかったとしても十二分の一の確率でお前さんは辰年生まれなんだ。決して低い確率じゃあない。そんなに目くじらを立てなくても」
「一割未満じゃないですか。貴方、本業でもそういうこと言って大穴狙わせて金を巻き上げてますよね? 罪な女だ」
「流石大天狗様、鋭い」
「悪びれすらしないんですから。いやまあ可愛い後輩達が『辰年のめぐちゃーん』なんて言ってくる分には可愛いもんですよ。しかしね、可愛くもない別派閥の息も臭いおっさん天狗が茶化したりとかこっちにとって嫌な要求を通そうと辰年ネタで媚びへつらったりとかしてくる。そういうの味わうとたまには反逆したいなあって気持ちになるんです」
龍は煙管を出して山如に火を頼んだ。山如は自分の煙管の雁首を龍の方に向けつつ、龍の言う所の「息の臭い別派閥のおっさん」がいない山姥社会に心底感謝した。
「で、貴方はどうなのです?」
元の質問に戻った。
「言ってただろ。私は辰年だけの女じゃなくて毎年駒草賭場の太夫さ」
「じゃあ私も。今回もおかげさまでそれなりに勝たせていただきましたよ」
龍は木札の山を山如に見せた。胡坐をかいた龍の両ひざと比べても幅高さともに遜色ないそれは、彼女の言うそれなりの程度の多さを示している。
「おお。景気がよろしい。じゃあついでに私とも……」
「おっと。その手には乗りませんよ。勝ち逃げ上等。私は堅実な大天狗なんです」
そう言って龍は笑った。
「質問の仕方が悪かったですかね。辰という言葉にはこだわらなくて良いのです。我々風に『日と秋』と言い換えても良いですね。つまり何年かに一度、自然の巡りが自身の気質と調和する年というのがある。貴方にとってのそれが人間の言うところの辰年のように傍から見て思えるのです」
「辰とは『しん』、手偏のついた字である振が原義らしいね。草木の形に関わる。五行の循環は十二支とは独立しているから辰年は別に木気じゃないが、『駒草』たる私との相性の良さは確かにあるのかもね」
辰の原義は『漢書』律暦志に由来する。こう言ったら失礼かもしれないが、山如という山郎女種族は普通読みそうにない書だ。そういうところから自分との関連性を引いてくることは、彼女が辰年に並々ならぬ思い入れを抱いていることの証左なのだろうと龍は思った。
「だから貴方は駒草の姓を自分につけ、竜の煙管を吸って……」
「いや、駒草の苗字をつけたのが先で辰年の由来を知ったのが後さ。この煙管も辰年由来じゃない」
山如は煙管を少し離し、目を細めて見つめた。
「竜ってのは実に格好のいい幻獣だろう?」
山如は珍しく恥ずかしそうにした顔でそう言った。
もうちょっと話の続きが読みたい気もしますが
多分それは作者様の書きたいところではなかったのだろうと
楽しめました。
関係ない関係ないと言いつつも一家言ある二人が微笑ましかったです