omake 01
『……と、いうわけで』
無限の暗闇と誰のものでもない瞳で満ちた、どこでもない空間。そこに、場違いに澄んだ穢れなき鈴の音のような声が響く。
『いきなり後戸の神に呼び出されたと思ったらドレミーは泣いてるし、天邪鬼は目覚めてるしで、もうわけがわからなかったわ。いったいなんだったのかしら』
「そ、それは大変でしたね……」
声に応えるのはこの空間の主――八雲紫。普段は超然とした態度を崩さない幻想郷の賢者だが、今は忌々しげに頭を抑えている。
『まあけど、あの様子なら無理して物語を完遂させる必要も無さそう。悪いわね、せっかく手引してもらっておいて』
「物語ですか……? むしろうちの摩多羅がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません」
『べつに構わない。それに私としては友人の取り乱す姿を久々に見れたし。あれのドヤ顔が崩れるのはめったにないことだから』
「はあ……」
紫は相手の言葉に心底安堵したようで、深くため息をつく。
それが聞こえているのかいないのか、声は諫めるような音色で会話を締めくくった。
『それではまた。あなたも陰謀は程々にね……誰も彼も疑ってばかりでは、いつか天邪鬼のように孤立してしまうわよ』
「……御忠告痛み入りますわ」
そして無音が満ちる。
否、どこかで扉の開くような音がした。
「勝手に入らないでくれる? ここ私有地なの」
先程とは質の違うため息を吐き出しながら、紫は振り返りもしない。
それで少し寂しそうに、後戸の神秘――摩多羅隠岐奈は肩をすくめた。
「いくらアポ取っても御狐様に突き返されるばかりでねぇ」
「……はぁ。あの子もまだまだ未熟ね。こういう手合いは約束だけして放置するくらいはしないと懲りないのに。今度教えておくわ」
「約束だけして放置……ね。おまえが月の民にされたみたいにか?」
「……」
無視されたのを仕返しする子供のように意地悪く、摩多羅は続ける。
「鬼人正邪暗殺計画。私も独自のルートで調査させてもらったよ」
「聞いたわ全部。夢世界の支配者とずいぶん仲良しだったみたいで」
「おほん……にしても、今回のは結構悪どかったんじゃないか? いくらあやつが国家反逆罪未遂とはいえ」
あやつ、とは当然鬼人正邪のことを指している。幻想郷に国家反逆罪の刑法はないが、現に賢者が言うのだからあながち間違いとも言えない。
たいして紫の応答は、仕事が忙しい時に生徒に絡まれた教師のようなおもむきだ。
「あのね、物騒な言い方するからでしょ。私はただ天邪鬼の力を天探女様にお返ししようとしたの。この前の異変からあれは、いよいよ個としての独立を強めている。いずれは天探女の神格にすら影響を与えるほどに。私はそれだけ伝えて、ちょっとお手伝いしただけ」
「それで天探女は厄介な分家を吸収できて、幻想郷は革命思想を拗らせたお騒がせ者を退治できる。ウィン-ウィンだな。本当にそれだけか?」
「月相手に駆け引きかます余裕なんかないわよ。結局は天探女御本人も興味を失くしたみたいだし」
「ふふ……無駄に大物を頼るから失敗するんだ。いくら天邪鬼が危険因子とはいえ、私らからすれば所詮は野良妖怪のはず。なぜ自分で始末しなかったんだ?」
沈黙。
弱みを嗅ぎつけた摩多羅が意地悪く笑う。とはいえそれは敵意ではない。頭の良い友人を珍しくやり込めて、純朴に嬉しがっているにすぎない。
「当ててみせよう」
「いらない」
「怖かったんだろう? 幻想郷の中でことを起こせば必ずあの小人姫が現れる。天邪鬼と違って彼女は幻想郷にもかなり馴染んでいるし、あの博麗霊夢とも懇意にしている。その玉突き反応が巡り巡れば、天邪鬼が幻想郷の一員として受け入れられてしまうかも……そうなれば始末する所の話じゃない。どうだ図星だろう!」
ビシ! と突きつけられる指は当然紫には見えていないが、摩多羅は満足げだった。
「はぁ……全く誤算だったわ。まさか身内から横槍が入るなんて」
「そうかっかするな。今回は私も骨折り損でね。夢の世界というやつの情報が欲しかったんだが、あれはダメだな! 危うく小人の姫も失いかけて、あの獏女に借りを作っただけだ! はっはっはっ!」
「ふん。なにが可笑しいんだか……ていうかあなたの目的は夢の世界なんかじゃないでしょ? なにせあなたは障碍の神、被差別民の神……小人と天邪鬼が放っておけなかっただけじゃない。ほぉ~んとにお優しい神様だこと」
「げほっごほっ……! さ、さあ……なんのことやら……」
ペースを握り返されそうになると露骨な咳払いでごまかす。
わかりやすいやつ。紫はもう呆れてため息もでない。
「あーあ。天探女様が意外と満足げだったのがせめてもの慰めだわ」
「その保守的思考は相変わらずか。まあまあプラスに捉えようじゃないか。打出の小槌を持つ小人姫と天探女の血を引く天邪鬼。これは使いようによってはとてつもない鬼札になるぞ。月の連中にくれてやるなんぞ勿体ない!」
「あっそ。じゃあ天邪鬼の面倒はあなたが見てよね。今後あれがなにかやらかしても私しーらない」
「え、ええ!? それは違くない!? あの二人組ますます勢い付いてなにをするかわかったものじゃ……」
「鬼札なんでしょ? 大切に抱えといてよね。私はやけ酒でもしよーっと」
「お、おい待て! ちょっとぉ!」
気がつけばもう八雲紫はこの空間のどこにもいなくなっていた。
あとに残された神秘が肩を落とし、しかしすぐにまた立ち直る。
「ま、最後くらいあいつに花を持たせてやるか」
そして摩多羅もまた消え去り、本当に誰もいなくなった。
闇に蠢く無数の瞳もまたその役目を終えたのを悟り、一斉に閉じた。
◯
omake 02
博麗霊夢は困惑していた。
神社で飼っていた――もとい面倒を見ていた小人が、この頃は公然と悪友を連れてきて憚らなくなったせいだ。
「だぁーかぁーらぁー! それじゃ弱者が感じている鬱屈が伝わらないってば! もっとメッセージ性をこめた事件を起こさないと!」
「はっ! 革命家素人は黙っとけよ! いいか、あんまり露骨にメッセージ性を込めるとかえって本質が伝わりにくくなる。におわせるだけでいいんだよそういうのは」
「なんだよ偉ぶって! 夢の世界じゃ昔の私に『姫~姫~』って泣きついてたくせに!」
「げっ――そ、そこは見られてないはずだぞ……」
「ドレミーさんに教えてもらったからねぇ~」
「殺す! 今すぐあの獏畜生殺しに行く! ていうか元凶あいつだろ! 後戸の国で一発ぶん殴っとくべきだった! どさくさに紛れて消えやがって!」
「ちょっとぉー! その前にメッセージ性を――」
「だからそんなもんいらねえってば!」
ぎゃいのぎゃいの。
博麗霊夢は困惑していた。なぜこいつらはよりにもよってここで、この神社で、悪巧みの計画なんぞしてるんだ。
もちろん力づくで追い出すのは容易い。
が。
霊夢には負い目があった。あの天邪鬼が夢の世界に囚われていた時、針妙丸の頼みを無碍に断ったという負い目が。
……それにどうせ悪巧みをするなら、全てここで筒抜けになっていたほうが都合は良い。
「正邪のバカ! わからず屋! 天邪鬼!」
「へーんどうせ私はわからず屋で天邪鬼で――バカとはなんだバカとは!? おまえよりはマシな頭だ!」
「姫~! 姫~! 針妙丸ちゃんがいじめるよぉ~!」
「殺すっっっっ!」
ぎゃいのぎゃいのぎゃいのぎゃいのぎゃいのぎゃいの。
そして。
静かになりたいと思っても叶わないので、そのうち霊夢は考えるのをやめた。
正邪と針妙丸の異変後の話としては割りと王道の構成に見えますが、
描写がしっかりしているのと作者様が光の側にアクセル振り切ったのが読んでて気持ちがいい。
優しい幻想郷。いいですね。
あくまで個人的にはおまけはなくても良かったかもくらいの。
楽しませていただきました。
あと本筋には関係ないんですがドレサグの微妙に漫才感のあるやり取り物凄く好きなのでこの関係性で別に作品が欲しいです。物語形式にしてサグメの能力を躱す発想は思いつかなかった。
針妙丸がひたすら健気でとてもよかったです
土壇場で折れた剣がまた活躍するのところが素敵でした
少しだけ登場人物の語りと心の動き方に違和感を持ってしまった部分もあるのですが、ドレミーの語り通りのハッピーエンドで晴れ晴れしました。
これ以上ないぐらいの説得力が込められた素敵なお話でした。
面白かったです。