Coolier - 新生・東方創想話

ニワトリ・ファースト

2023/12/23 19:51:15
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 布都が洋菓子にはまった。
 元来物部布都という女は古風である。
 環境がそうさせた、というのは語弊がある。廟全体の風土は古風とは対極の位置にある。青娥様は常に時代の最先端で、最近は外の世界の文化を(自分の都合のよいように曲げて)伝えるというポジションにいる。太子様は目覚めるや否や洋装を採用し、欲霊の騒ぎが落ち着くと更に現代的に派手なマント付きの服装を仕立てて人里政治に参入した。二人共、それぞれ裏と表から民衆を操る者なので大衆の流行りに機微ということなのだろう。
 一方布都は政治を解さない。「我は太子様の尖兵ぞ」とイキっているが、まあその自称通りに屠自古共々単なる兵卒であり駒であり豊聡耳神子のスピーカー以上にはならないのである。布都が風水師以上の役割を果たそうとしないこと自体は良いことである。尸解以前のように策謀家としての手腕を発揮されては幻想郷、より局地的には廟そのものの平和が危ういことになってしまう。ただ、布都が政治的文化的トレンドから外れ続けている限り、彼女に時代遅れとの烙印が押されることは免れ得ない。
 外来人によるオカルト騒ぎのとき、彼女は江戸時代の怪談話を最先端のオカルトだと披露して失笑を買った。服装も頑なに和装を貫いている。復活してしばらくは「我の生きていた時代にそんなものはなかった」というただ一点により下着すら穿かぬ徹底ぶりだったが、こればかりは周囲の必死の説得により穿くようになった。大躍進である。一応彼女なりの現代への適応の現れが衣の丈を膝上まで切り詰めるというところに見られるのだが大分ズレた応答な気がしないでもない。しかもこれが道士たちには実に好評なのが、布都の感性も人間の趣味も両方分からぬとなるところである。
 ああそうだ。菓子の話だった。ほんの数ヶ月前まで、布都の中でナウでヤングな菓子といえばあんこをふんだんに使った和菓子だった。数ある布都の面白時代遅れエピソードの一つではあるが、仕方のないことでもあろう。彼女が生きていた飛鳥時代において餡といえば肉まんの中身のような肉と野菜の詰め物だった。菓子とは果物のことであり、砂糖は希少な薬だった。小豆と砂糖を煮詰めたあんこが一般的になったのは江戸時代のことだから、皿屋敷が最新オカルトである布都にとっての最新鋭菓子が和菓子なのは必然なのだ。むしろ同情してあげるのが人情なのだろう。私は人間ではなくてキョンシーだから嘲笑するが。
 そんな布都がついに洋菓子を知った。寺の入道使い、布都とは真反対にハイカラの極みたる尼僧一輪の影響である。仏敵の最右翼、歩く廃仏毀釈はパフェとケーキによって見事に籠絡された。これもまた仕方のないこと。パフェとケーキが美味すぎるのが悪い。
 他の廟関係者はもっと昔に洋菓子を通過していたが、目を輝かせて洋菓子の味を熱弁する甘味処帰りの布都を前に、確かに洋菓子は美味しいという意見の一致をみて廟に第一次洋菓子ブームが巻き起こった。
 最初は単に人里からの帰りに洋菓子を買って廟の八つ時に食べる、という程度の動きだったが人里の甘味処が持ち帰りで提供している洋菓子が余りにも少ないという不満がすぐに沸き起こった。
 これに対して太子様は、「ないなら作ればいいじゃない」という提案をした。このお方はそういう人だ。天球儀から希望の面に至るまで、大体の問題は自作すれば解決すると思っている。本人がハイスペックすぎて事実大体なんとかなっているのが偉人の偉人たる所以なのだろう。
「それは素晴らしい提案にございまする。しかし材料もまた、人里だと安定して手に入る、とはいきませんな」
 それで布都はまず手始めに、と鶏を飼い始めた。私にとっての悲劇の始まりである。


***


 鶏が鶏を飼い始めたと、当時は私含め全員が爆笑していた。
 鶏とは布都のあだ名である。化け狸の親分の術を受けたときに布都の化け先が鶏になることに由来している。同理由で太子様がミミズクとあだ名されていた時期もあったが、太子様が十七条の憲法の十八番目に「人をミミズクと読んではいけない」という修正条項を加えてそれを破った道士の一人が厳罰に処されてからは誰も呼ばなくなった。だが「人を鶏と読んではいけない」とは言われていないので布都は相変わらず鶏と呼ばれ続けている。
 しかし、私はすぐに笑えない事態に陥ってしまったのだと思い知らされた。
 単純な話で、鶏というのは実に煩いのである。そりゃ私も無知ではないので鶏が朝に鳴くことくらい知っていた。しかし愚かにも朝にしか鳴かないものだと勘違いしていた。訂正しよう。鶏は日が出ている時間帯はずっと鳴き続けるのだ。朝限定ならまだ許せた。地獄の数時間を耐えればあとは昼間ぐっすり。現実は私が横になっている時間ずっとコケコケ喚いている。
 青娥様は鶏の害悪性をあらかじめ知っていたようで廟に防音の術を施していたが、私は警備キョンシーなので常人より耳が良い。ありがたいことに音は小さくなったが完全遮断ではなく小さくコケコケが響いて結局耳障りなのである。同じ耳の良い仲間の太子様は防音のヘッドホンを元々していたから二重に対策していて、しかも昼行性だから目覚まし代わりになるとむしろ喜んでいた。私にもヘッドホンをよこせ、昼型に改造しろと青娥様に要求してみたがにべもなく断られた。畜生め。
 しょうがないので廟、というかもう仙界全体がコケコケ鳴るので幻想郷側に出て寝ることにした。一歩進む毎に、明日にでもあの鶏共がローストチキンになっていないだろうかと心の中で怨嗟の声を飛ばす。百羽単位の牧場なら馬鹿げた願望だっただろうが、今のところ三羽なので微妙に現実味のある願いに思えた。
 途中夜雀とすれ違った。何でも食べることに定評のある私だが、今は安眠を妨害されてまで卵を食べたいと思わないという気分になっていたのでもしかしたらミスティア達とも分かりあえるのではと思ったが、冷静に考えて鶏に対して早急にローストチキンになってほしいという念を加える輩を反鳥肉食連合の皆さんは仲間に加えようとは思わんだろうと我に返った。鶏を家畜とみなす側からもみなさない側からも疎外されてるのだなと、珍しく切なさからため息をついた。
 寝床に決めたのは命蓮寺の墓地だった。廟の次に慣れた場所だからという理由で選んだのだが、どういうわけか見慣れた墓地の風景ではなく、大きい墓石が倒れているわ、墓やら石畳の道やらが砕けているわ酷い有様だった。怪獣のような何かが暴れていたのだろう。そういえば最近怨霊騒ぎが寺の方でもあったらしいから、怨霊がなぎ倒して行ったのかもしれない。いくら物理で仏教を説く連中とはいえ自分達が管理する墓を荒らすほどの脳筋ではあるまい。
 見た目は直線に整った墓場の方が好みだが、崩れた石の陰に隠れれば見つからずに安眠が得られるからこれはこれで悪くない……。そう思っていた時期が私にもあった。
 しばらく寝ていると明らかに体を炙られている熱と閃光に叩き起こされた。眩しすぎて起きてからもしばらく何が起こったのか分からなかったが、光から逃げながら観察したところ、寺の本尊の虎が軽蔑の目をこちらに向けながら宝塔の光を照射しているようだった。
 こいつも私を疎外するのかと憤慨したが、寺の奴等に嫌われるのは元からだし、憤慨したところで勝てる相手でもないので逃げた。キョンシー走りを背中から容赦なく撃ち抜いてくるせいで肉が一割は吹き飛んだが、キョンシーには数十キロの肉体があるのだ、数キロくらいどうということはない。
 廟に戻ったら青娥様がいて、「随分と派手にやられたわねえ」と一部始終を見ていたかのような驚きゼロの声を発しながら修復してくれた。鶏は相変わらず喧しかった。
 体が治っても鶏に破壊された頭は治らず(脳が腐っても感情はあるのだ。この場合は残念なことに)、安眠を求めて青娥様の(
かんざし
)
を盗み地下に逃げた。
 夢殿大祀廟の入口がある洞窟。廟は封鎖されていて地上との出入り口も埋め立てられているが、簪で地上の地面あるいは洞窟の天井を壁抜けすれば問題にはならない。
 廟入口の扉にはやたらと髭の長いおっさんが四人描かれている。道教の偉い人なのかもしれないが私は道士じゃないのでさっぱり分からん。廟が開いていた時代は変な絵だなあとしか思っていなかった。
 今見ても変な絵は変な絵なのだが、意外と愛嬌がある顔だなとか捨てられて可哀想にとかいう感情も湧いてくる。睡眠不足で少し感性が狂ってしまったのかもしれない。あるいは適応本能か。鶏がどうにかならない限り、私はこのおっさん共と同棲し続けないとならないのである。私は春画や官能小説の女じゃないので、素で逆ハーレム(しかも好みの顔じゃないのと)を築けるほど太い神経を持ち合わせてはいない。
 寝転がって暇つぶしに簪を観察する。立場上青娥様の私物には触れやすくはあるが、それでもよく盗み出せたものだ。という考え方をすると私には意外と盗みの才能があるのだなという結論になるが、まあ普通に考えて青娥様が私を憐れんでわざと盗ませてくれたのだろう。その憐れみを従者の聴覚を下げる方向に使って欲しかった。
 もしかしたら私が簪を盗んだら鶏を殺して食べるのに使うのではと予想していたのかもしれない。青娥様も鶏を疎ましく思っていたが自分が手を汚すのではなく代わりにやってくれそうな人にそれとなくなすりつける。青娥様はそういうお方だ。ありそうな話である。
 青娥様に誤算があったのだとすれば、私は予想より怠惰な性格だということだ。鶏には死んで欲しいし鶏は食べたい。でも自分で屠殺するのはやっぱり面倒なので、墓所寝を試みていたときと同様に、明日にでもローストチキンにならないかなあということをご利益があるように見えなくもない扉のおっさん四人衆に祈りつつ、目を閉じるのだった。


***


 布都がクリスマスにはまった。
 意外にも布都は元からクリスマスという風習を知っていた。しかし当初はそれがキリスト教の行事であるという本質的すぎて逆に偏りまくった見方をしていたことにより「異教の行事にうつつをぬかすなどけしからん」とアンチクリスマス勢筆頭だった。
 布都を宥めたのが親クリスマス勢の方の筆頭たる青娥様だった。
「そんなに敬虔な気持ちでクリスマスをしてる人なんて今日びほとんどいませんわ。みんな、なんとなくプレゼントを貰えたりご馳走を食べれたりする日だと思って過ごしているのです」
 と、プレゼント配り(
押しかけセールス
)
ついでに空き巣をする不信心サンタクロースは布都を言いくるめた。
 概ねご馳走というところに布都は食いついた。
「なるほど。年末になるたび甘味処の洋菓子がちょっと豪華になっていたのもクリスマスが原因であったか」
 こうしてついに廟でもクリスマスをしようということになった。
 クリスマスといえば鳥の丸焼きである。本場だと七面鳥という鳥らしいが、幻想郷にはいない。布都に至っては八岐大蛇はワンチャンいても顔が七個の鳥なんてと思っていそうである。では代わりの鳥は……。いる。
 弁明するが提案したのは私ではない。確かにあれらに一番迷惑していたのは私という自信はあったし、しめしめとも思ったが「丁度よく三羽いるではないか」と言って嬉々として全部〆たのは他ならぬ布都だ。
 布都は布都なので、首を落として逆さ吊りにした鶏を「我は屠殺の仕方は分かるが鶏の料理の仕方は分からん」と屠自古にぶん投げ、クリスマス料理のもう一つの定番ケーキ作りを始めた。
「まずは何にしても卵じゃな、卵……」
 布都は気がついた。今朝産まれた卵は朝ご飯の目玉焼きに化けて既に胃袋に収まっていたことに。そして新しい卵は最早、首も羽毛も内臓も肉から奪われた鶏の死体は生み出してくれないことに。
 数多の政敵をお手玉にし葬ってきた歴史的悪女もこの鶏三人衆の捨て身の策謀は読めなかったらしい。安定した洋菓子の自給手段を失ったことを悟った布都は、玉ねぎに負けた屠自古と並んで慟哭していた。
 私はその醜態をしかと見届けてから寝室へと向かった。やっとふかふかお布団の中でゆっくりと朝寝昼寝を楽しむことができる。


***


 年が明け、布都がまた洋菓子にはまった。短き安寧の日々の終わりである。
 言うまでもなくまた鶏を飼い始めた。さらに悪いことに、「洋菓子はバターにクリームと兎角牛乳を使う。しかし幻想郷では牛乳の取り扱いは決して多くはない。ここに気が付けなかったのは我の失態よ」と一生気が付かなければよかった真理に到達してしまった。
 布都は牛を二頭持っている。鶏は三羽だ。モーモーコケコッコーと響き渡る畜生の声に耐えかねて、また私は青娥様の簪を借りて地下に避難する。そして年末の貴き者の生誕祭の食事がローストビーフとフライドチキンになることを黒髭のサンタクロースに願いながら、洞窟の硬い地面を枕にして眠りにつくのだった。
あるとき眠りから醒めたら「洋菓子にハマった布都が鶏を飼い始め騒音に芳香が苦しむ」までのプロットと冒頭一文が脳内に入っていて、サンタさんからのプレゼントだと思うことにしました。まあ、この出来事があったの11月なので多分サンタさんは関係ないのですが
東ノ目
https://twitter.com/Shino_eyes
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コメント



0.150簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100福哭傀のクロ削除
地の文が理性的だったのでてっきり屠自古視点かと思いましたがそんなことはなかったぜ。
話の始点からオチまできれいにまとまっていて
何よりテンポが良くて読んでいてとても楽しめました。
死んでなお眠りを求める怠惰な死体に
安らかな眠りが訪れることを祈って
3.80ひょうすべ削除
おもしろかったです。
ちゃんと仕事してる星とか、さらっと憲法を濫用してる神子様とか、細かい描写が想像できて素敵でした
5.90夏後冬前削除
面白く楽しめました。思っていた以上に理性的な芳香だった。洋菓子にハマったから家畜を飼い始めるのは頭TOKIOなんだよなぁ。
6.100南条削除
面白かったです
布都ちゃんが新しいものを覚えるとその都度ろくなことをしないところが最高でした
8.100名前が無い程度の能力削除
このシニカルさ加減が最高でした。芳香の語彙がところどころ乱暴なのも大雑把さが出てていいなあと感じました。
9.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。卵のために鶏を飼う、牛を飼うという短絡的で行動力の塊みたいな布都と、それを迷惑そうに俯瞰で見ているシニカルな芳香という構図がより滑稽さを増している感じがしました。そそのかされてすぐに鳥を食べてしまうのもいかにもですね。
11.100名前が無い程度の能力削除
懲りない布都と、憲法を濫用している神子が面白かったです。