二人の様子が変だ、っていつから気がついたんだっけ?
サニー、ルナ、あの二人。二人はいつもバカばっかり。私がいなきゃ、私の輝く星のような頭脳がなかったら、二人はきっと退屈で退屈で干乾びちゃうでしょうに、その私に隠し事をしてるって……私が気が付かないとでも思ったの?
でも……いったい何を隠してるのかしら?
「スターってば大丈夫? ボーっとしちゃって、シビレタケでも食べた?」
ルナの心配そうな声音にも私はいつも通りの微笑みを返す。企みを探る時に大切なこと、企みなんて気がついてない無いフリを決め込むこと。
ええ、そう。もちろん見過ごすつもりなんてない。だって二人が私に隠そうとするなんてよっぽどのことだから、さぞかし面白いことに決まってる。
けれど……どうして私にも教えてくれないの? そんなこと今までなかったのに。共有した挙句意見が割れてバラバラになったことは何度もあるけど、最初からなにも教えてくれないなんて。
「スターはいつもぼーっとしてるじゃん」
「それはそうだけど、スターが毒キノコ食べたなら高確率で私達も同じもの食べてるわけだし……」
「あのね、そしたら同じ症状がもう出てるでしょう? なんでも無いわ、おやすみ二人とも」
「まあ、それもそうだけど……おやすみ」
めいめい寝室に散る私たち。そりゃ、泣く子も黙る光の三妖精といっても寝る時まで三位一体じゃいられない(狭いし暑苦しいもんね)。
少し冷たいベッドに潜り込む。今年の冬は特に冷え込むみたいで、あったまるまではほんとに地獄! 冷気を無視して無視して、目を閉じて真っ暗闇。シンとなった世界に大樹が見を揺する音、葉っぱたちが風にざわめく音。
静謐な世界、でも、生命全部が消えたわけじゃない。巣に戻った小鳥たちの気配。夜に喜び飛び交う虫たち。梟の目を盗んで駆ける鼠たち。
私には生命の気配がわかる。どういう仕組みでわかるのかはわからないけど、とにかくわかる(持って生まれた才能ってやつよ)。だから寝る前はこうして気配を探り、危険がないか監視するのも私の役目。
(外は異常なし……)
少なくとも外には。問題は、この後。
能力をめいっぱいに集中させるのは、うんと難しい本を読む時みたいな感覚。ぐつぐつと頭の中が煮えるのを感じながら、私は家の中の気配を探る。といっても目星はついていて、ぶわっと脳内に広がったのはサニーの寝室のイメージ。その中でうごめく二つの生命のヴィジョン。
(異常あり……やっぱり今日もなんだ)
ベッドの中で極めて重なり合う二つの生命の気配がある。大きさは並の妖精ほど。
うん、もちろんそれはサニーとルナに決まってる。ただ私の能力でわかるのはそこまでで、何をしてるかまではわからない。時折に身じろぎするのを感じるくらい。
家の壁は厚すぎて声なんて聞き取れないし、私は今日もモヤモヤするだけ。
あの二人、なんなの? ルナはどうして自分の部屋で寝ないのよ。ふたりきりでなにしてるの? きっと何かまた悪巧み。私の勘はよく当たるんだから。
ああモヤモヤモヤモヤ……。
こんなんじゃ眠れない。夜なのに眠れない。もうずっと寝不足で、ぼーっとしてるのは明らかにそのせい。つまりサニーたちのせい。
ああもう、ほんとになんなんのよ。どうして私だけ除け者なの! 二人のバカ!
◯
「ねえスター、本当に大丈夫? 顔色やばいよ」
「べつに、平気……」
「ふたりとも静かに! 久々の宴会、久々の悪戯チャンスなんだから慎重にやらないと!」
「私の能力で聞こえてないってばぁ」
いつものように博麗神社、いつものように薮に隠れて、いつものように悪戯の機会をうかがう私たち。
ああ、頭が重い。眠れないって拷問ね、本当に。それもこれもこの二人が――はぁ。
「ふふふ、集まってる集まってる。この頃は寒くって宴会もめっきりだったからね、腕がなるわ!」
「今日は雪見酒だっけ? 霊夢さん張り切ってたし、あんまり台無しにするとやばいんじゃない?」
「だからこそよ! 怖気づいたのルナ! スターもなにか言ってやってよ!」
「んえ? ああ……そういえば今日はあんまり見ない人たちがいるわね」
博麗神社の宴会って基本的に来る者拒まずの姿勢だけど、いつもの常連っぽい客もいれば時々しか見かけないレアな客もいる。そして初見客ほど脅かしやすいしから、それを見分けるのって意外と大切。
「たぶん妙蓮寺の人たちかなぁ。お寺だとお酒飲めないし、肉も食べられないから、ああして発散してるのかも」
「えー、それって神社に来ても飲んじゃダメじゃないの……?」
「仏様が見てなければいいんだよきっと」
「てきとうだなぁ。壁や障子にすら目と耳があるんだから、仏様が悪事を見逃すとは思えないけど」
「私に言われてもねぇ」
そうだ、壁に耳あり障子に目あり。あなたたちの企みだって私にはお見通しなんだから。
でもそのせいでこっちは頭痛――あぁ、お酒を飲みすぎた後みたい。二人の会話もほとんど頭に入ってこない。
薮に積もった雪の冷たさだけがじくじくと身を震わせる。このまま眠ったら気持ちいいかなぁ。とろんとまぶたが降りてくる。妙蓮寺の人たちのご飯、おいしそうだなぁ。あの尼さんが食べてるお肉、なんだろう……。
「……えーっと、これが『ふらいどちきん』? 聖が見たら卒倒しちゃうわこりゃ」
「仏様がみてなけりゃぁいいんれすよぉ! じゃんじゃん食べてくらさい姐さん! どーーーーせ下僕共に貢がせた金れすから!」
「ちょっと飲み過ぎだって女苑。そのお酒……うわぁ、随分高かったんじゃない?」
「アッハハハ! どーれもいいでしょどーれも! べつに姉さんと聖夜に飲もうと思っれたりしてませんから! ぜーんぜん! あんなやつ! あんな威張り散らしたオラオラ天人のどこがぁ! うわああああああああああああん」
「せ、聖夜? それって異教徒の――ていうかあなた、泣き上戸だったのね……」
ぼうっとした頭に響くギャンギャンという叫び声。じゃらついた身なり、見たこともない人だ。ねーさんだの、あねさんだの、延々叫び続けてる。
「姉さん! 姉さんとわらし! ずっと一緒らったのに! なんれなのよぉおおおお!」
「はぁ、もう。あなたもねぇ、曲がりなりにも御仏の道を志してるなら知ってるでしょ。愛別離苦! 親しい人もいつかは別れが来るものだわ。まったく子供みたいに喚いて……」
「そんなのいやらああああ! 姉さああああ――ギャフっ」
「ちょっと静かにしてなさい」
拳を叩き込まれて静かになった女苑という人は、その後も「ねえさん、ねえさん……」とうわ言をつぶやき続けていた。
親しい人とは別れが来るもの。そうなの?
あの人は大切な誰かと別れたんだろうか。テンジン。それって別の誰か? お姉さんとは別の人? その人とお姉さんに除け者にされて、離ればなれ。きっとそれで泣いてるんだ。
でもアイベツリク。愛ってなに? 別れが来るもの、別れが来るもの、怖いもの。
「スター、大丈夫?」
「あ、うん……ねえルナ、愛ってなに?」
ルナは新聞なんかを愛読してるだけあって、人間の事情にもけっこう詳しい。頭脳なら私だって負ける気はないけど、頭脳と知識はまた別だから。
「あい? ああ、愛ね。私たち妖精には関係ないけど……まあ、人間が持つおためごかしの感情ね。大切な人同士が感じ合うんだとか」
「私たちの間にもそれはあるの?」
「あっははは! まさかぁ。私たちってそういうんじゃないよ。もっとずっと良いものでしょ」
「ルナ! スター! 何してるの、作戦を決行するわよ! いざいざぁ!」
そうして私たちはサニーに引っ張られて行って、これまたいつも通り会話なんて有耶無耶になった。
でも私の頭は変わらず淀んでいたし、あの盗み聞いた言葉が指先に刺さった棘のようにうじうじと痛みを引いていた。アイベツリク、アイベツリク、アイベツリク……。
◯
「……で、私にどうしろって? にしても凄い目のくまだなぁ。妖精も寝不足は堪えるのか」
私の話を聞き終えて、けだるげながらも好奇心を宿す魔理沙さんの瞳。だから嫌だったのに! 人間に弱みを見せるなんて!
けれど他にどうしようもなかった。私だって寝不足なんか初めてだし、こんなに頭が覚束ないなんて知らなかったもの。
で、魔理沙さんはしげしげと私の観察を続けながら、手元ではなにかの道具をカチャカチャと弄っている。この人の落ち着きの無さは妖精に負けず劣らずだ。
「二人は、サニーとルナは何を隠してるんだと思いますか?」
「聞いてみたらいいじゃないか、二人に、直接」
「できませんよそんなの」
「なぜ」
「なぜって……」
なぜって、なぜだろう?
言われてみれば確かに直接聞いたら良かったじゃない。ううん、できないわそんなこと。できないってなぜ?
そんなの決まってる。そんなのは……怖いから。何が? アイベツリク。なんだっけ、その言葉。
「おまえらって『三匹で一匹』みたいな感じかと思ってたけど、意外とそうでもないんだな?」
魔理沙さんの失礼な言葉にも今は、反論する気力がない。それより今、なんだか無性にお家が恋しくなってきた。
なんだってこんな他所の、それも人間の家に来てるんだろう?
ああもう! やっぱり相談に来たのは間違いだった。妖精のことは妖精で解決しなくっちゃダメなのよ、スターサファイア……
「なんだよ、もう帰るのか」
「帰ります!」
「心当たりならあるけどな。妖精でなく人間の話だが」
魔理沙さんの目はもう手元の方に戻っていた。興味の対象がすぐに変わるみたい。やっぱりこの人は、人間より妖精に似ている。
早く帰ろう。でも魔理沙さんの言葉が気になる。私はバカみたいにぼーっと立っている。そんな私と、作業に熱中する魔理沙さん、その間に「会話」が行われてるってちょっと信じられない気分。
「人間の?」
「ああ。毎晩ベッドに入って二人きり、だっけ? 人間もそういうことをする時があるよ」
「そうなんですね。病気みたいなものですか?」
「似たようなものかも知れん。寝床でまで、一睡もできないくらい他人を強く求めるほどの、異常な感情のほとばしり」
顔を上げた魔理沙さんの金色の瞳がぎょろりと動き、私を見つめた。
「つまり、愛ってやつだ」
「あい……」
「好きってことさ。妖精には難しいか?」
「わ、わかりますよ。アイベツリク、の愛でしょう」
「そんな言葉よく知ってるな」
「でも、だ、誰がですか。誰と誰が……」
「おまえらのうちの、あと二人がだよ。互いに好きあってる、愛し合ってるから、ベッドの中でまでくっついてるんじゃないかって話」
「あは、あはは……ついに頭おかしくなったんですね?」
喉が引きつって乾いた笑いが出る。
「愛」し合ってるって? あの二人が? サニーとルナが?
「愛」なんて人間の感じるおためごかしの感情。ルナはそう言ってたのに。私たちはそんなものじゃない。私たち妖精はもっと、私たち三月精はもっとずっと違うって――
「私はいつだって真面目だぜ」
「う、じゃあもし、もし三人の中の二人が愛し合っちゃったら、残りは、残りの一人はどうなるんですかっ……!?」
「残りの一人は余り物になる。愛し合う二人を引き裂くことはできない」
ズン、ってお腹に衝撃が来た。
そうなんだ、やっぱりそうなんだ! サニーとルナは、やっぱり私を除け者にして、二人で愛をやってたんだ。
あはは! やっぱり私の勘はよく当たる! あはは、ははは……。
「はは……わ、わたし、わたしどうしたら……」
「いいじゃないか、変わらず友達付き合いで。友人ほど人生を良くしてくれるものはないぜ……って、おまえは妖精か。まあ、失恋の痛みは誰にでもあるもんだよ……あー、いやまあ、私も恋だの愛だのって実際には知らないんだけど……っておい、聞いてるか?」
「はい……」
「まあその、なんだ。人生いろいろだよな。とりあえず茶でも飲んでいったらどうだ。この頃めっきり冷え込むしな」
私はそれに甘んじることにした。
◯
紅茶で温まった体も冬の空を少し翔べば、たちまちすぐに冷え切ってしまう。
まっすぐ家を目指したはずなのに随分と遠かった。巨木が見えて、私は反射的に能力を使う。射程めいっぱいだったせいでまたズキズキ頭がいたんだけど、反応はなかった。サニーも、ルナも、家にはいない。
何だか疲れた、今は眠りたい。なのに頭の中じゃ忌々しいあの言葉、アイベツリクがまだぐるぐるしてる。
「ねえ?」
「ひぃあっ!?」
「そんな驚くかよ!? おまえ気配がわかるんじゃないのか!?」
「な、なんだ、ピースか……」
「なんだってなんだよ」
あんまりにも家の中の気配に集中してたものだから、クラウンピースの存在に気が付かなかった。心が乱れるとこんなふうに能力も乱れるものらしい。知らなかったけど、結構危険ね。
「サニーとルナが探してたぜ。どこ行ってたんだ?」
「二人は?」
あんまり私が食い気味に聞き返したせいで、ピースは少しビビったみたいに頬をかいて答えた。
「えー……さぁ、向日葵畑を探すとか言ってたっけな? っておい! ちょっと、どこ行くんだよ! 向日葵畑はそっちじゃないってば!」
「知ってる!」
その時ったらもう本当にお家が恋しかったけど、温もりが欲しかったけど……だけど私は、寒い寒い空に向けて翔ばずにはいられなかった。そういえばお腹も空いた。紅茶は空腹を促進させるって聞いたことがある。なんもかんも最悪! どんなに早く翔んでもケロッと着いてくるピースを含めて!
「待てってばー! あたいだって暇じゃないんだぜ、あいつらがさぁ、スターがどうしても心配だって言うから探してやってんの!」
「知らない! ちょっと一人になりたいの!」
「なんだよ喧嘩したのか? その目……狂気にあてられてるみたいじゃん。スターらしくもない」
「あんた私の何を知ってるのよ」
「そりゃどーせ私は余所者だけど……なー、どこまで行くんだよ」
「着いてこなくていいってば」
「んなこと言ったって……なんだっけ、沈みかかった船? 降りかけの船だっけ? とにかく止まってくれよ、さもないと――」
「さもないと、なに!」
「さもないとさー」
その続きはすぐにわかった。
でも、しかたないよね? この零下の空を全力飛行したのなんてほんっとうに久々だったし、疲れきって翔べなくなってもしかたないじゃない。ぜえはあと肩で呼吸する私に、ピースはなんだか申し訳なさそうな目を向けてきた。
「さもないと、あたい一応地獄の妖精だし、やっぱそっちが先にばてちゃうよなー」
「はぁはぁ……わかったわかったから、ちょっと休ませて……」
ここはどこか――たぶん妖怪の山の麓あたり? どこでもよかった。きっとサニーもルナも来ない場所ならどこでもよかった。
雪の上に腰を下ろす。ぶるるっと震えが来た。ピースの方は何てこともないみたいだ。地獄の妖精だから体温が高いのかな。
「で?」
「なにが『で?』よ。なんにも知らないくせに」
「知るわけ無いだろぉ! あたいは部外者なんだから」
「じゃあ放っておいてよ!」
自分でもなんか面倒くさい妖精になってるってわかってたけど、止められない。
そのまま呆れてピースがどっかいなくなってくれればよかった。でも意外に彼女は落ち着いていて(やっぱり『伊達に地獄を見てねえぜ』ってこと?)、最後には私が白旗を上げる方になった。
「何だって構うのよ」
「だから言ってるじゃん、沈みきった船だって」
「何なのよそれは」
「あー、沈みきった船の乗員は哀れだから見捨てず助けてやれ……ってことかな? とにかく! おまえらがしょぼくれてるとあたいも張り合いないんだってば」
「……ふん。だって、だって仕方ないじゃない。私の居場所はもうないんだから。もう三月精じゃなくなったのよ。だってサニーとルナは、二人は、愛し合ってるんだもん!」
「あ、あい? あの二人が? 本気で?」
「だって私は知ってるの。サニーとルナは毎晩二人、同じベッドの中で愛し合ってるんだから!」
「……あー、それにどんな意味が?」
「私もよく知らないけど、とにかくそれが証拠なんだって! 魔理沙さんが言ってたの!」
魔理沙さんとのやり取りを話したら流石にピースも納得したみたいだった。
いつになく難しい顔で唸ってるけど、唸りたいのは私の方だってば。
「けどさぁ、それこそ魔理沙さんの言う通りに友達でいたら良くない?」
「ダメ、そんなの」
「なんでだよー! いいじゃないか、友達で! あたいらだって友達だろ!? うまくやってきてるじゃん!」
「だって……ううん、それこそあなたにはわからない。わかってもらえない。ピースが悪いんじゃない、これは私たち光の三月精の問題だから」
……まあ、本当にこんな言い方あんまりだってわかってるけど、他に言葉を探すほど私にだって余裕はなくて、なのにピースはただ「ふうん」と喉をならしただけだった。
それに私たちっていつも三人だから判らなかったけど、こんな風に誰かが話を聞いてくれるありがたさ、そういうのもあるんだって知った。それと、こんな風にうまく気持ちを整理できないのがすごく惨めだってことも。
「けどさ、これからどうするんだよ。そんな風にいつまでも家に帰らないのか?」
「帰らない」
「じゃあ、どうするんだよ」
わからない。どうしたらいいんだろう?
アイベツリク。あの泣き喚く女苑さんの姿が脳裏に焼き付いている。サニーとルナは愛し合ってるの? 三角関係。私はどうなるの? 私は除け者。私に居場所はない。二人を引き裂くことはできない。だから私に居場所はない……帰れない。帰りたくない。だって、二人に会うのが怖い。なんで怖いんだろう。わからない。私たちずっと友達じゃない。でも、怖い。胸の奥がぞわぞわして、足元が崩れていくような気分。
だから、決めた。
「家出する。新しい場所に住む」
「本気で?」
「うん」
「……ま、あたいは止める権利もないけどさ。そういえば昔は魔法の森に住んでたんだっけ? じゃあそっちに戻るとか?」
「ううん、魔法の森はダメ。だって……だってさ、今の家と近すぎる。もっとずっと遠いところじゃないとダメ」
「間違っても地獄に行こうとなんかするなよ」
たしかに地獄は魅力的な場所だ。見たこともない新しい場所。それにピースのお友達だって言えばきっとよくしてくれるよね。
でもやっぱりダメ。
だって地獄は星が見えないもの。
◯
忍び足で家に戻ったころ、空はゆっくり暮れかけていた。
二人が戻ってないことは確認済み。空き巣になった気分でこそこそ部屋に戻り、大切なものだけ鞄に詰める。本とか、きれいな石とか……きのこの盆栽はちょっと、入りきらないな。代わりに拳大の種駒を詰めこんで……うーん、それくらい。
そのまま出ていくと、待っていたピースが驚いた顔で鞄をみやった。
「そんだけでいいの?」
「これで全部よ。私たちは人間みたいにうじうじ思い出の品を残したりしない、でしょ」
「そうだけど……でもさ。思い出になるようなもの、なんかあるんじゃないか。なんでもいいからさ」
「なんだってあなたが心配するの」
「……とにかくないのかよ、なにか!」
「なにかって言われても……」
せめてなにか無いかと探ってみて、見つけた。たった一つだけ。
「強いて言えば、名前」
「名前? えーと、それって『スターサファイア』のこと?」
「そ」
ぽかんとしてるピース。サニーとルナはまだ気配も見えない(私にかかれば文字通りね)。
だからってピースに話す必要はなかったんだけど。もしかしたら私も聞いてほしかったのかもしれない。私たち光の三妖精のこと。その昔話。こんなのサニーとルナとの間では当たり前だったけど、他の誰にも話したことはなかったから。
「むかしむかしあるところに……」
私は決まりきったフレーズで昔話を始める。
「スターサファイア、サニーミルク、ルナチャイルドという光の三妖精がいた。でも本当はね、最初からそんな名前じゃなかったの。私は星灯りの妖精と呼ばれてた。サニーは陽射しの妖精。ルナは月光の妖精だった。てんでバラバラな三人の妖精。むかしむかしはまだ互いに顔も知らなかった。でもみんな、自分こそが一番美しい光の妖精だって思っていたわ。だから、自分以外にも光の妖精を名乗ってるやつがいるって聞いて、同じことを考えたの」
「なんとなく予想はつくけどな」
「ご想像の通り。その自称光の妖精共を倒せば、自分が真に一番美しい光の妖精になる! と考えた。三人は太陽と月と星が一堂に会する時と場所……黄昏時の丘の上に集まった。それからは大変だったわ。三日三晩寝ずの弾幕ごっこ! あれは楽しかったなぁ。私だけじゃない、三人全員がそう思ったの。なぜなら全員疲れてぶっ倒れた後にサニーが……陽射しの妖精が『私たちチームになろうよ!』と宣言した。そして月光の妖精は『なら私の家を使っていいよ』と申し出た。でもね、私には何も出せるものがなかったんだ」
「そうなの?」
「ミニマリストだったの」
「ふーん……」
「だからね、私からはこの星のように輝ける頭脳を提供することにした。陽射しの妖精、月光の妖精、星灯りの妖精じゃ呼びにくいもんね。そして陽射しの妖精は乳歯みたいな八重歯があったことから、サニーミルクと名付けられた。月光の妖精は子供っぽい性格だったので、ルナチャイルドと名付けられた。そして私、星灯りの妖精は青く輝く宝石のように美しいことから、スターサファイアと名付けられたのよ」
「……その名前の由来って他の連中は知ってるのか?」
「どうでもいいじゃない、そんなこと」
あの頃はまだ、三人でいることがどれほど大切になるかなんて想像もしてなかった。光の三妖精というより、光の妖精が三人集まってるだけだったから。
けどそれもお終い。私たちはもう光の三妖精じゃない。あれ、でもそうしたら私は何になるんだろう? スターサファイアは光の三妖精の中にしかいないのに。だけどいまさら星灯りの妖精に戻ることもできない。私は……私は……?
「……もう行くわ」
「二人にはあたいから伝えておくよ」
「あなたってそんなに義理堅かったのね」
「地獄はけっこう義理と人情の世界なんだぜ。ほら」
差し出されたピースの手。何を期待してるのか私がわからないでいると、
「握手だよ握手! 別れの時は握手するもんだろ!」
「それも地獄の常識?」
「あたいの流儀! ほら!」
この子、こんなキャラだっけ?
でも嫌な仕事を任せちゃってるのも私だし、おとなしく手を取った。地獄の妖精だけあってか、その手はほのかに温かい。
「地獄に比べりゃ幻想郷は狭いもんだし、また会えるよな?」
「たぶんね」
そして今度こそ、私は一人になった。
◯
冬枯れの森を見下ろして、沈みゆく夕日に背を向けながら私は一人翔んでいる。
今宵は新月、月は昇らない。たなびく朧雲が星々の煌めきも覆ってしまった。
ただ、寒い。あてども無い旅路。
それでも長く、長くずっとずっと翔び続けた。限界を迎えるまでずっと。遠い遠い星を目指す夜鷹みたいに。一人の夜は静かで、寂しくて、とてもとても寒くって。翔び続ける、翔び続ける、どこまでも、どこまでも……。
けれどいつしか横風は強く強くなって、たなびく程度だった雲は星灯りを覆うほどに分厚くなって、最初はちらつく程度だった雪もいまやごうごうと荒れ狂う吹雪になった。もうこれ以上は前も後ろも、上も下もわからない。だからせめて雪風を防ごうとなんとか降り立ったけど、そこに私を守ってくれるものはなかった。猛吹雪の中の雪原。一寸先も見えない。縮こまって、体の芯がガタガタと震えるのを必死に耐える。ああ、でも、私は髪を伸ばしててよかった。せめて風除けにはなるものね……。
「こんなところで独りかい、お嬢ちゃん」
聞こえる。声。知ってるような、知らないような……。
手足の先まで凍りついちゃったみたいに感覚がない。だんだん寒さがなくなっていく。頭がぼーっとする……。
「だれ……」
「死神」
「ふぅーん」
「反応薄いなぁ。お嬢ちゃん、自分の状況がわかってんのかい? 猛吹雪の中で今まさに凍死しようとしてるって」
「私は妖精だから」
「妖精だから死なない?」
「ちょっと休むだけ……うん、それがいいわ。どうせ行く宛もなかったから、次に生じたところにしましょう」
「あっははは。妖精ってのはバカだねぇ」
背中から笑い声が響く。私、寒さで幻覚を見てるのかな。死神が妖精に用があるわけないのに。
「ま、こんな風に魂を取り立てるのはあたいの本職じゃないんだけど、閻魔様からの特命でね。妖精の霊魂なんざ珍しいから、念のためさ。最近は地獄もなにかときな臭い。取り合いになると困るんだ」
「珍しくもないわ……れんこんなんて……」
「あんたこれから死ぬんだよ」
「私が……」
話が頭にうまく入ってこない。この人は、この死神さんは何を言ってるんだろう?
死ぬわけないじゃない、妖精が死んだりするわけない……もう肩から先の感覚がない。足もふとももから先が消えてしまったみたい……私は……
「たしかに妖精は死なない。燃ゆる生命力そのものだから」
「そうよ……」
「でもお嬢ちゃんからはその生命力が失せかけてる」
「そう……」
「もっとわかりやすく言おうか。あんたの心はもう生きようとしていない。生も死もどうでもいいと断じてしまっている。だからあんたはここで終いさ。寒さのせいで死ぬんじゃないよ。そら、手足をよく見てみな……といってもできないだろうけど」
私の手足。吹雪の白に霞んで見えない……ちがう。かざした手のひらの向こうで闇が渦巻いている。私の体が消え始めている。
それは私が生きようとしていないから。おかしいな、私はこれから一人で生きていくって思ってたんだけど。私は、私はスターサファイアでもなく、星灯りの妖精でもなく、だれでもなく、なんでもなく……ああ、そうね。確かにそれってとっても……とっても、生きるよりも死に近い。
「なぜかしら……私はそんなつもり、ないのに。死んでもいいなんて思ってもみなかった。いったいどうして?」
「さあね。妖精なんて普通は遊ぶことしか興味ないもんだが、あんたは狂気に当てられたんだろう」
「知らないわ……知らない。いったいどんな狂気なの」
「つまり、愛ってやつさ」
「誰がなの……誰と誰が……」
「そんなのは知らんね。ただほら、妖精王もこじれた愛のために大変な騒動を起こすだろ。愛憎は生命力のもっとも原始的な萌芽だし、妖精がそれに感化されるのはさもありなんだ」
愛憎。ふうん、愛ってこういうものなんだ。死神さんに言われて今、なんだかすぅっと腑に落ちた。
考えてみれば変な話。サニーとルナが愛し合ってるとか、なんとか、それがなんだっていうの? 魔理沙さんやピースの言う通り、それで私たちの何かが変わるわけじゃないってのに。
でもスターサファイア、あなたは仲間はずれにされたら嫌じゃない?
ええそう。でもそんなのいつものこと。喧嘩もするし、時々は誰かが渋々従ったり、すっかり除け者になることもあったじゃない(今の今まで忘れてたけど)。
だのに今はこんなことになってしまって、二人の様子がどうしても我慢できなくて。
二人の間「だけ」に強い気持ちが、愛が、そこにあるなんて許せなくって。
これから死ぬって言われても、頭に浮かぶのはサニーとルナのことばっかりで。こわくって。さみしくって。つらくて。かなしくて。
愛別離苦。
ああ、そっか。愛してるから、別れが辛い。愛してるから、離れるのが苦しい。
最初からわかっていたことじゃない。愛してるのは一体誰なの、スターサファイア? 誰が、誰を愛しているの?
サニーとルナが愛し合ってる。違う。違うでしょ、ほんとはわかっているんでしょ。
愛しているのは私。私が愛しているんだわ。私が、サニーとルナを愛してるんだ。だから辛いの。だから苦しいの。サニーとルナに置いていかれるのが怖いの。二人に除け者にされるのが苦しいの。嫌で、切なくて、堪えられなくて、孤独で、狂おしい。
「そっか。これが愛なんだ」
「んんー?」
「私、わかったの。私もサニーとルナが好きなんだわ。今すぐ抱きしめたい。二人『だけ』なんて許せない。私、私たち、もう一人でなんていられないもの。私たち三人で光の三妖精なんだもの!」
「お、おいおい……なんだいこりゃあ……!?」
ふつふつと……あんなに凍え切っていた胸の奥から、奥から、不思議と熱いものが湧いてくる。
もう蹲ってなんていられない。溢れる力を両足一杯に込めて立ち上がる。気がつけば、辺りにごうごう渦巻いてた吹雪はどこにもない。そこはただただ広く続くまっさらな雪原、それを照らし出す星々の輝く幾千幾億の灯り……。
手をかざすと、私の手、確かにそこにあった。指の隙間から星の光がのぞいていた。弾けるような声に振り返ると、ねじくれた大鎌を持った赤い髪の死神が腹を抱えて笑っていた。
「あっははは! あはははは! いやぁ参った参った! バカには勝てんとはよく言ったもんだ!」
「あなたが、死神?」
「なんだ今更かい。あたいは死神、小野塚小町さ。ま、もう会うことも無いだろうけど」
「私は死ぬんじゃないの?」
「ああ、確かにそのはずだった。ついさっきまではね。今はもう切っても突いても殺せやしない。あんたみたいに生命力に満ち満ちた妖精が死ぬもんか。いやしかし恐れ入ったよ、やっぱり妖精ってのは馬鹿馬鹿しい存在だな!」
「……たしかに、今はもう死んでたまるかバカヤローって感じだわ」
「だろうね。まったく馬鹿げてる……あたいはいったい何のために来たんだかねぇ」
「私が死んでから来たら良かったのに」
「そうしたはずなんだが。ふつう死神ってのは命が尽きる頃合いを見計らってくるもんさ……うーん、妖精相手は初めてだし目算を誤ったかな? そもそもあたいの専門じゃないし~」
「そんな適当な……」
「でも結果的には良かったよ。あたいもこんな湿っぽい仕事は趣味じゃなかった。ほら、お迎えだよ」
「お迎え?」
聞き返した時にはもう、死神は影も形もなくなっていた。そういえば幻想郷にはサボり魔の死神がいるって聞いたけど、あれが? だとしたら寿命の計算ができないのも納得だけど。
なんて考えていたら、いきなり視界が吹っ飛んだ。ぼふっと雪の冷たさと柔らかさ。それから遅れて聞こえてきた、私の大好きな声。
「「スタぁああああっ!」」
二人に押し倒されて星空がよく見えた。雪の上は冷たいけど、二人分の体温はそれよりずっと暖かい。
「いきなりいなくなってなに考えてんの!? バカバカバカバカぁ!」
「心配じだよぉおおおお!」
サニーはぎゃんぎゃん喚くし、ルナはびえんびえん泣き叫ぶ。うるさくってかなわない。一人でいるとあんなに静かだったのに、ほんとに。
「はぁ……ていうか二人とも、なんで場所がわかったのよ。私だってここがどこか知らないのに」
「そ、それはあたいが……」
「ピース? あなたもいるの?」
「そうだよ、ピースが教えてくれたんだもん!」
「そうそう! ピースが握手するふりしてこっそり松明の生命力をスターに渡してなかったら、きっとそのまま遭難してたんだから!」
「うおああ全部バラすなよ!?」
やかましい二人の裏からおずおず現れるピース。彼女のこんな神妙な顔色を見るのは初めてだった。
「いやさ、悪いなとは思ったんだけど……でもどうしても心配で!」
「そうだよ! 私たちがどんなに心配したかわかってるの!?」
「ルナなんか泣きすぎて湖ができそうだったんだから!」
「なっ……サニーだって人のこと言えないくせに!」
「なによ!」
「やろうってわけ!?」
「あーもう二人ともうるっさい! 少し黙ってて! ……はぁ、でもピースってほんとお人好しね。ほんとに地獄の妖精なの?」
「うーん……地獄育ちだから、かな?」
ピースはピースで何かもじもじしていたけど、やがて思い切ったようにまた口を開いた。
「スターさ、なんでそんなに心配するんだってあたいに聞いただろ」
「そうだっけ?」
「そうだよ! んでさ、あたい地獄じゃずっと一人だったから……よくわかるんだ。一人はよくないって。友達は大切だって! だから、だからな、おまえらいつもあんなに仲良さそうなのにバラバラになっちゃダメなんだよ! 確かにあたいにはスターの気持ちわからないけど、どんな理由があっても友達は友達だろ!?」
私もピースの過去はわからない。どれくらいのあいだ一人でいたのかも。でも、彼女の優しさは痛いほどに感じる。きっとそれで十分。
それに、松明の炎の生命力。たしかにさっきの私ってちょっと情熱的すぎたよね? 狂気的なほどに。もしかしたら……ううん、きっとそう。
「ありがとう、ピース。私、あなたのおかげで助かったみたい」
「べ、べつに助けたわけじゃないけどなっ。おまえがあんまり訳わかんない理由でいじけてるから、サニーとルナがかわいそうだっただけだし!」
「そうそう! スターってばなんで家出なんかしたの!? 夕ご飯のときいつもルナがスターのお皿からちょろまかしてたから!?」
「そ、それを言うならサニーが勝手にスターの髪飾り使って無くしたせいだと思うけど……!」
どっちも初耳だった。最近ごはんの後もなんだかお腹が空くし、お気に入りの髪飾りがいつの間にか無くなったりしたけど、なるほど二人のせいなのね(そんなことだろうと思った!)。
まあそのことは後でとっちめるとして、今は正直に話すべきだって気がした。なにより……言うべき言葉があるでしょう、スターサファイア?
「二人とも……それにピースも! ごめんなさい、心配かけて!」
本当は頭も下げるべきなんだろうけど、あいにく二人にのしかかられてるからできなかった。代わりに至近距離で浴びせられる猛反撃。
「ほんとに!」「心配したんだから!」「バカ!」「おかえり!」「あはは……やっぱおまえらは三人揃ってんのがいいよ」
「……こほん。で、でも、情状酌量の余地はあると思うけどね!? サニーもルナも、私だけ除け者にして『愛』しあって!」
「あい……?」
「愛ね。そう言えば前にそんなこと言ってたけど……それって人間の感情よ、私たちには関係ないって言ったじゃない」
「うそ! だって毎夜毎夜二人してサニーのベッドに潜り込んでたじゃない! それが『愛』の証拠なのよ!? 魔理沙さんが言ってたんだから! どう!?」
「どう!? って言われても……ルナは何か知って……ルナ?」
「ばばばばっ」
「ば?」
「ばれてたっ!?」
「ルナ!? 私なにも知らないよ!? わ、私のベッドでなにしてたの!?」
不思議なことに困惑してるのはルナだけだった。うーん、おかしいな。愛って基本的には二人の関係だって魔理沙さんは言ってたけど。ああでも、私が二人に感じてる気持ちは一方的なものだし、それでもいいのかな?
「あ、あれは別に……その……愛とかじゃなくって……」
「あれ、そうなの?」
「じゃあなんなんだよー! 寝てる間に私に悪戯してたなー!?」
「ちがうよ! はぁ、私ってほんとバカだ……スターの能力のこと、すっかり忘れてた……あれはその……寒くって」
「寒さとサニーとなんの関係があるの!」
「だってぇえ……あったかいんだもん」
「あったかいって……サニーのベッドが?」
「そうじゃなくてぇ……サニーがあったかいの! ほら、サニーってもともと陽射しの妖精でしょ。だから体温高いの」
「……ちょっとお手を拝借」
「ひゃんっ」
確かに握りしめたサニーの手は、ルナの手よりあったかい。ていうか二人にのしかかられてるこの状況、明らかにサニーの側の方があったかい。
「ようするに」
私は整理する。
「ルナはサニーから暖を取るためにベッドに潜り込んだってこと?」
「うん」
頷くルナ。
「言いたいことはいろいろあるけど……とりあえず、なんで私も誘わなかったのよ」
「だって……こ、子供っぽいかなぁって……あはは」
チャイルドのルナが今更なにを言ってるのやら。そんなことみんなとっくに知ってるってのに。そんな妙な見栄っ張りで私、死ぬ直前まで行ったってわけ?
「で、それにサニーは気が付かなかったの? 一度も?」
「うーん……そういえば朝なぜかルナが隣で寝てたことが何度かあったような……なかったような……」
「バリバリ覚えてるじゃない!? このバカ! バカルナとバカサニー!」
「自分だって早とちりしたくせに! 今年は寒かったんだから仕方ないでしょー!?」
「そうだそうだ! バカスター!」
「うるさいバカ!」「バーカバーカ!」「バカァー!」
「……やっぱおまえら、三人でいる方が面白いな! あたいも混ぜろー!」
ひとしきり罵り合って、それから今度は、ひとしきり笑った。私たち三人、ううん、四人で笑いあった。
ほんと、バカみたいね。
◯
「で……なんでこうなってるわけ……すっごく狭いんだけど……」
右側でルナが情けない呻き声をあげるのを、無視する。
「私を除け者にした罰よ」
「家出したスターへの罰は……?」
「ご飯をちょろまかしてた分と、髪飾りをなくした分、それで差し引きチャラね」
「あ、暑いぃ……」
左側でサニーが溶けかけているのを、やっぱり無視する。自分の体温で苦しむって、水槽の中の河豚(見たことないけど)みたいでちょっとおもしろい。
「う~ん、たしかにサニー側があったかいわね。ルナはむしろひんやりしていて……ちょうどいいかな~」
「狭いぃ……」「暑いぃ……」
「そう? 私は快適だけど」
嘘だ。ほんとは私だって狭いし暑い。そりゃ私のベッドに三人も詰めてるわけだから当たり前だ。さっきから汗はふきだして止まらないし、伸ばした足は常にどっちかの足とぶつかってる。
それでもいい。ううん、そうじゃなきゃいや。
「ほ、ほんとにこのまま寝るの?」
「もちろん」
「うぇえ……」
目を瞑っても眠れやしない。頭がぼーっとするばかり。
それでも、いいの。
私だって温もりがほしい。今日だけはサニーとルナの温もりが。死神のお姉さんと話していた時、その間の凍てつく吹雪がまだ胸の奥に残響してる。
ようするに……さみしい。こころぼそい。一人でいたくない!
なんて、ぜったい言ったりしないけど。
「それじゃおやすみ、二人とも」
大好き、愛してる。
なんて、やっぱりぜったい言ったりしないけど!
「狭いぃいい!」
「暑いぃいいい!」
「うるさい! 黙って寝る!」
「横暴!」「うがー!」
結局、私たちは一睡もできなかった。すったもんだのすえに。あ、でもこれがベッドで愛し合うってことなのかな?
だとしたら……ううん、やっぱりこんなのはもう十分! 愛するって難しい!
サニー、ルナ、あの二人。二人はいつもバカばっかり。私がいなきゃ、私の輝く星のような頭脳がなかったら、二人はきっと退屈で退屈で干乾びちゃうでしょうに、その私に隠し事をしてるって……私が気が付かないとでも思ったの?
でも……いったい何を隠してるのかしら?
「スターってば大丈夫? ボーっとしちゃって、シビレタケでも食べた?」
ルナの心配そうな声音にも私はいつも通りの微笑みを返す。企みを探る時に大切なこと、企みなんて気がついてない無いフリを決め込むこと。
ええ、そう。もちろん見過ごすつもりなんてない。だって二人が私に隠そうとするなんてよっぽどのことだから、さぞかし面白いことに決まってる。
けれど……どうして私にも教えてくれないの? そんなこと今までなかったのに。共有した挙句意見が割れてバラバラになったことは何度もあるけど、最初からなにも教えてくれないなんて。
「スターはいつもぼーっとしてるじゃん」
「それはそうだけど、スターが毒キノコ食べたなら高確率で私達も同じもの食べてるわけだし……」
「あのね、そしたら同じ症状がもう出てるでしょう? なんでも無いわ、おやすみ二人とも」
「まあ、それもそうだけど……おやすみ」
めいめい寝室に散る私たち。そりゃ、泣く子も黙る光の三妖精といっても寝る時まで三位一体じゃいられない(狭いし暑苦しいもんね)。
少し冷たいベッドに潜り込む。今年の冬は特に冷え込むみたいで、あったまるまではほんとに地獄! 冷気を無視して無視して、目を閉じて真っ暗闇。シンとなった世界に大樹が見を揺する音、葉っぱたちが風にざわめく音。
静謐な世界、でも、生命全部が消えたわけじゃない。巣に戻った小鳥たちの気配。夜に喜び飛び交う虫たち。梟の目を盗んで駆ける鼠たち。
私には生命の気配がわかる。どういう仕組みでわかるのかはわからないけど、とにかくわかる(持って生まれた才能ってやつよ)。だから寝る前はこうして気配を探り、危険がないか監視するのも私の役目。
(外は異常なし……)
少なくとも外には。問題は、この後。
能力をめいっぱいに集中させるのは、うんと難しい本を読む時みたいな感覚。ぐつぐつと頭の中が煮えるのを感じながら、私は家の中の気配を探る。といっても目星はついていて、ぶわっと脳内に広がったのはサニーの寝室のイメージ。その中でうごめく二つの生命のヴィジョン。
(異常あり……やっぱり今日もなんだ)
ベッドの中で極めて重なり合う二つの生命の気配がある。大きさは並の妖精ほど。
うん、もちろんそれはサニーとルナに決まってる。ただ私の能力でわかるのはそこまでで、何をしてるかまではわからない。時折に身じろぎするのを感じるくらい。
家の壁は厚すぎて声なんて聞き取れないし、私は今日もモヤモヤするだけ。
あの二人、なんなの? ルナはどうして自分の部屋で寝ないのよ。ふたりきりでなにしてるの? きっと何かまた悪巧み。私の勘はよく当たるんだから。
ああモヤモヤモヤモヤ……。
こんなんじゃ眠れない。夜なのに眠れない。もうずっと寝不足で、ぼーっとしてるのは明らかにそのせい。つまりサニーたちのせい。
ああもう、ほんとになんなんのよ。どうして私だけ除け者なの! 二人のバカ!
◯
「ねえスター、本当に大丈夫? 顔色やばいよ」
「べつに、平気……」
「ふたりとも静かに! 久々の宴会、久々の悪戯チャンスなんだから慎重にやらないと!」
「私の能力で聞こえてないってばぁ」
いつものように博麗神社、いつものように薮に隠れて、いつものように悪戯の機会をうかがう私たち。
ああ、頭が重い。眠れないって拷問ね、本当に。それもこれもこの二人が――はぁ。
「ふふふ、集まってる集まってる。この頃は寒くって宴会もめっきりだったからね、腕がなるわ!」
「今日は雪見酒だっけ? 霊夢さん張り切ってたし、あんまり台無しにするとやばいんじゃない?」
「だからこそよ! 怖気づいたのルナ! スターもなにか言ってやってよ!」
「んえ? ああ……そういえば今日はあんまり見ない人たちがいるわね」
博麗神社の宴会って基本的に来る者拒まずの姿勢だけど、いつもの常連っぽい客もいれば時々しか見かけないレアな客もいる。そして初見客ほど脅かしやすいしから、それを見分けるのって意外と大切。
「たぶん妙蓮寺の人たちかなぁ。お寺だとお酒飲めないし、肉も食べられないから、ああして発散してるのかも」
「えー、それって神社に来ても飲んじゃダメじゃないの……?」
「仏様が見てなければいいんだよきっと」
「てきとうだなぁ。壁や障子にすら目と耳があるんだから、仏様が悪事を見逃すとは思えないけど」
「私に言われてもねぇ」
そうだ、壁に耳あり障子に目あり。あなたたちの企みだって私にはお見通しなんだから。
でもそのせいでこっちは頭痛――あぁ、お酒を飲みすぎた後みたい。二人の会話もほとんど頭に入ってこない。
薮に積もった雪の冷たさだけがじくじくと身を震わせる。このまま眠ったら気持ちいいかなぁ。とろんとまぶたが降りてくる。妙蓮寺の人たちのご飯、おいしそうだなぁ。あの尼さんが食べてるお肉、なんだろう……。
「……えーっと、これが『ふらいどちきん』? 聖が見たら卒倒しちゃうわこりゃ」
「仏様がみてなけりゃぁいいんれすよぉ! じゃんじゃん食べてくらさい姐さん! どーーーーせ下僕共に貢がせた金れすから!」
「ちょっと飲み過ぎだって女苑。そのお酒……うわぁ、随分高かったんじゃない?」
「アッハハハ! どーれもいいでしょどーれも! べつに姉さんと聖夜に飲もうと思っれたりしてませんから! ぜーんぜん! あんなやつ! あんな威張り散らしたオラオラ天人のどこがぁ! うわああああああああああああん」
「せ、聖夜? それって異教徒の――ていうかあなた、泣き上戸だったのね……」
ぼうっとした頭に響くギャンギャンという叫び声。じゃらついた身なり、見たこともない人だ。ねーさんだの、あねさんだの、延々叫び続けてる。
「姉さん! 姉さんとわらし! ずっと一緒らったのに! なんれなのよぉおおおお!」
「はぁ、もう。あなたもねぇ、曲がりなりにも御仏の道を志してるなら知ってるでしょ。愛別離苦! 親しい人もいつかは別れが来るものだわ。まったく子供みたいに喚いて……」
「そんなのいやらああああ! 姉さああああ――ギャフっ」
「ちょっと静かにしてなさい」
拳を叩き込まれて静かになった女苑という人は、その後も「ねえさん、ねえさん……」とうわ言をつぶやき続けていた。
親しい人とは別れが来るもの。そうなの?
あの人は大切な誰かと別れたんだろうか。テンジン。それって別の誰か? お姉さんとは別の人? その人とお姉さんに除け者にされて、離ればなれ。きっとそれで泣いてるんだ。
でもアイベツリク。愛ってなに? 別れが来るもの、別れが来るもの、怖いもの。
「スター、大丈夫?」
「あ、うん……ねえルナ、愛ってなに?」
ルナは新聞なんかを愛読してるだけあって、人間の事情にもけっこう詳しい。頭脳なら私だって負ける気はないけど、頭脳と知識はまた別だから。
「あい? ああ、愛ね。私たち妖精には関係ないけど……まあ、人間が持つおためごかしの感情ね。大切な人同士が感じ合うんだとか」
「私たちの間にもそれはあるの?」
「あっははは! まさかぁ。私たちってそういうんじゃないよ。もっとずっと良いものでしょ」
「ルナ! スター! 何してるの、作戦を決行するわよ! いざいざぁ!」
そうして私たちはサニーに引っ張られて行って、これまたいつも通り会話なんて有耶無耶になった。
でも私の頭は変わらず淀んでいたし、あの盗み聞いた言葉が指先に刺さった棘のようにうじうじと痛みを引いていた。アイベツリク、アイベツリク、アイベツリク……。
◯
「……で、私にどうしろって? にしても凄い目のくまだなぁ。妖精も寝不足は堪えるのか」
私の話を聞き終えて、けだるげながらも好奇心を宿す魔理沙さんの瞳。だから嫌だったのに! 人間に弱みを見せるなんて!
けれど他にどうしようもなかった。私だって寝不足なんか初めてだし、こんなに頭が覚束ないなんて知らなかったもの。
で、魔理沙さんはしげしげと私の観察を続けながら、手元ではなにかの道具をカチャカチャと弄っている。この人の落ち着きの無さは妖精に負けず劣らずだ。
「二人は、サニーとルナは何を隠してるんだと思いますか?」
「聞いてみたらいいじゃないか、二人に、直接」
「できませんよそんなの」
「なぜ」
「なぜって……」
なぜって、なぜだろう?
言われてみれば確かに直接聞いたら良かったじゃない。ううん、できないわそんなこと。できないってなぜ?
そんなの決まってる。そんなのは……怖いから。何が? アイベツリク。なんだっけ、その言葉。
「おまえらって『三匹で一匹』みたいな感じかと思ってたけど、意外とそうでもないんだな?」
魔理沙さんの失礼な言葉にも今は、反論する気力がない。それより今、なんだか無性にお家が恋しくなってきた。
なんだってこんな他所の、それも人間の家に来てるんだろう?
ああもう! やっぱり相談に来たのは間違いだった。妖精のことは妖精で解決しなくっちゃダメなのよ、スターサファイア……
「なんだよ、もう帰るのか」
「帰ります!」
「心当たりならあるけどな。妖精でなく人間の話だが」
魔理沙さんの目はもう手元の方に戻っていた。興味の対象がすぐに変わるみたい。やっぱりこの人は、人間より妖精に似ている。
早く帰ろう。でも魔理沙さんの言葉が気になる。私はバカみたいにぼーっと立っている。そんな私と、作業に熱中する魔理沙さん、その間に「会話」が行われてるってちょっと信じられない気分。
「人間の?」
「ああ。毎晩ベッドに入って二人きり、だっけ? 人間もそういうことをする時があるよ」
「そうなんですね。病気みたいなものですか?」
「似たようなものかも知れん。寝床でまで、一睡もできないくらい他人を強く求めるほどの、異常な感情のほとばしり」
顔を上げた魔理沙さんの金色の瞳がぎょろりと動き、私を見つめた。
「つまり、愛ってやつだ」
「あい……」
「好きってことさ。妖精には難しいか?」
「わ、わかりますよ。アイベツリク、の愛でしょう」
「そんな言葉よく知ってるな」
「でも、だ、誰がですか。誰と誰が……」
「おまえらのうちの、あと二人がだよ。互いに好きあってる、愛し合ってるから、ベッドの中でまでくっついてるんじゃないかって話」
「あは、あはは……ついに頭おかしくなったんですね?」
喉が引きつって乾いた笑いが出る。
「愛」し合ってるって? あの二人が? サニーとルナが?
「愛」なんて人間の感じるおためごかしの感情。ルナはそう言ってたのに。私たちはそんなものじゃない。私たち妖精はもっと、私たち三月精はもっとずっと違うって――
「私はいつだって真面目だぜ」
「う、じゃあもし、もし三人の中の二人が愛し合っちゃったら、残りは、残りの一人はどうなるんですかっ……!?」
「残りの一人は余り物になる。愛し合う二人を引き裂くことはできない」
ズン、ってお腹に衝撃が来た。
そうなんだ、やっぱりそうなんだ! サニーとルナは、やっぱり私を除け者にして、二人で愛をやってたんだ。
あはは! やっぱり私の勘はよく当たる! あはは、ははは……。
「はは……わ、わたし、わたしどうしたら……」
「いいじゃないか、変わらず友達付き合いで。友人ほど人生を良くしてくれるものはないぜ……って、おまえは妖精か。まあ、失恋の痛みは誰にでもあるもんだよ……あー、いやまあ、私も恋だの愛だのって実際には知らないんだけど……っておい、聞いてるか?」
「はい……」
「まあその、なんだ。人生いろいろだよな。とりあえず茶でも飲んでいったらどうだ。この頃めっきり冷え込むしな」
私はそれに甘んじることにした。
◯
紅茶で温まった体も冬の空を少し翔べば、たちまちすぐに冷え切ってしまう。
まっすぐ家を目指したはずなのに随分と遠かった。巨木が見えて、私は反射的に能力を使う。射程めいっぱいだったせいでまたズキズキ頭がいたんだけど、反応はなかった。サニーも、ルナも、家にはいない。
何だか疲れた、今は眠りたい。なのに頭の中じゃ忌々しいあの言葉、アイベツリクがまだぐるぐるしてる。
「ねえ?」
「ひぃあっ!?」
「そんな驚くかよ!? おまえ気配がわかるんじゃないのか!?」
「な、なんだ、ピースか……」
「なんだってなんだよ」
あんまりにも家の中の気配に集中してたものだから、クラウンピースの存在に気が付かなかった。心が乱れるとこんなふうに能力も乱れるものらしい。知らなかったけど、結構危険ね。
「サニーとルナが探してたぜ。どこ行ってたんだ?」
「二人は?」
あんまり私が食い気味に聞き返したせいで、ピースは少しビビったみたいに頬をかいて答えた。
「えー……さぁ、向日葵畑を探すとか言ってたっけな? っておい! ちょっと、どこ行くんだよ! 向日葵畑はそっちじゃないってば!」
「知ってる!」
その時ったらもう本当にお家が恋しかったけど、温もりが欲しかったけど……だけど私は、寒い寒い空に向けて翔ばずにはいられなかった。そういえばお腹も空いた。紅茶は空腹を促進させるって聞いたことがある。なんもかんも最悪! どんなに早く翔んでもケロッと着いてくるピースを含めて!
「待てってばー! あたいだって暇じゃないんだぜ、あいつらがさぁ、スターがどうしても心配だって言うから探してやってんの!」
「知らない! ちょっと一人になりたいの!」
「なんだよ喧嘩したのか? その目……狂気にあてられてるみたいじゃん。スターらしくもない」
「あんた私の何を知ってるのよ」
「そりゃどーせ私は余所者だけど……なー、どこまで行くんだよ」
「着いてこなくていいってば」
「んなこと言ったって……なんだっけ、沈みかかった船? 降りかけの船だっけ? とにかく止まってくれよ、さもないと――」
「さもないと、なに!」
「さもないとさー」
その続きはすぐにわかった。
でも、しかたないよね? この零下の空を全力飛行したのなんてほんっとうに久々だったし、疲れきって翔べなくなってもしかたないじゃない。ぜえはあと肩で呼吸する私に、ピースはなんだか申し訳なさそうな目を向けてきた。
「さもないと、あたい一応地獄の妖精だし、やっぱそっちが先にばてちゃうよなー」
「はぁはぁ……わかったわかったから、ちょっと休ませて……」
ここはどこか――たぶん妖怪の山の麓あたり? どこでもよかった。きっとサニーもルナも来ない場所ならどこでもよかった。
雪の上に腰を下ろす。ぶるるっと震えが来た。ピースの方は何てこともないみたいだ。地獄の妖精だから体温が高いのかな。
「で?」
「なにが『で?』よ。なんにも知らないくせに」
「知るわけ無いだろぉ! あたいは部外者なんだから」
「じゃあ放っておいてよ!」
自分でもなんか面倒くさい妖精になってるってわかってたけど、止められない。
そのまま呆れてピースがどっかいなくなってくれればよかった。でも意外に彼女は落ち着いていて(やっぱり『伊達に地獄を見てねえぜ』ってこと?)、最後には私が白旗を上げる方になった。
「何だって構うのよ」
「だから言ってるじゃん、沈みきった船だって」
「何なのよそれは」
「あー、沈みきった船の乗員は哀れだから見捨てず助けてやれ……ってことかな? とにかく! おまえらがしょぼくれてるとあたいも張り合いないんだってば」
「……ふん。だって、だって仕方ないじゃない。私の居場所はもうないんだから。もう三月精じゃなくなったのよ。だってサニーとルナは、二人は、愛し合ってるんだもん!」
「あ、あい? あの二人が? 本気で?」
「だって私は知ってるの。サニーとルナは毎晩二人、同じベッドの中で愛し合ってるんだから!」
「……あー、それにどんな意味が?」
「私もよく知らないけど、とにかくそれが証拠なんだって! 魔理沙さんが言ってたの!」
魔理沙さんとのやり取りを話したら流石にピースも納得したみたいだった。
いつになく難しい顔で唸ってるけど、唸りたいのは私の方だってば。
「けどさぁ、それこそ魔理沙さんの言う通りに友達でいたら良くない?」
「ダメ、そんなの」
「なんでだよー! いいじゃないか、友達で! あたいらだって友達だろ!? うまくやってきてるじゃん!」
「だって……ううん、それこそあなたにはわからない。わかってもらえない。ピースが悪いんじゃない、これは私たち光の三月精の問題だから」
……まあ、本当にこんな言い方あんまりだってわかってるけど、他に言葉を探すほど私にだって余裕はなくて、なのにピースはただ「ふうん」と喉をならしただけだった。
それに私たちっていつも三人だから判らなかったけど、こんな風に誰かが話を聞いてくれるありがたさ、そういうのもあるんだって知った。それと、こんな風にうまく気持ちを整理できないのがすごく惨めだってことも。
「けどさ、これからどうするんだよ。そんな風にいつまでも家に帰らないのか?」
「帰らない」
「じゃあ、どうするんだよ」
わからない。どうしたらいいんだろう?
アイベツリク。あの泣き喚く女苑さんの姿が脳裏に焼き付いている。サニーとルナは愛し合ってるの? 三角関係。私はどうなるの? 私は除け者。私に居場所はない。二人を引き裂くことはできない。だから私に居場所はない……帰れない。帰りたくない。だって、二人に会うのが怖い。なんで怖いんだろう。わからない。私たちずっと友達じゃない。でも、怖い。胸の奥がぞわぞわして、足元が崩れていくような気分。
だから、決めた。
「家出する。新しい場所に住む」
「本気で?」
「うん」
「……ま、あたいは止める権利もないけどさ。そういえば昔は魔法の森に住んでたんだっけ? じゃあそっちに戻るとか?」
「ううん、魔法の森はダメ。だって……だってさ、今の家と近すぎる。もっとずっと遠いところじゃないとダメ」
「間違っても地獄に行こうとなんかするなよ」
たしかに地獄は魅力的な場所だ。見たこともない新しい場所。それにピースのお友達だって言えばきっとよくしてくれるよね。
でもやっぱりダメ。
だって地獄は星が見えないもの。
◯
忍び足で家に戻ったころ、空はゆっくり暮れかけていた。
二人が戻ってないことは確認済み。空き巣になった気分でこそこそ部屋に戻り、大切なものだけ鞄に詰める。本とか、きれいな石とか……きのこの盆栽はちょっと、入りきらないな。代わりに拳大の種駒を詰めこんで……うーん、それくらい。
そのまま出ていくと、待っていたピースが驚いた顔で鞄をみやった。
「そんだけでいいの?」
「これで全部よ。私たちは人間みたいにうじうじ思い出の品を残したりしない、でしょ」
「そうだけど……でもさ。思い出になるようなもの、なんかあるんじゃないか。なんでもいいからさ」
「なんだってあなたが心配するの」
「……とにかくないのかよ、なにか!」
「なにかって言われても……」
せめてなにか無いかと探ってみて、見つけた。たった一つだけ。
「強いて言えば、名前」
「名前? えーと、それって『スターサファイア』のこと?」
「そ」
ぽかんとしてるピース。サニーとルナはまだ気配も見えない(私にかかれば文字通りね)。
だからってピースに話す必要はなかったんだけど。もしかしたら私も聞いてほしかったのかもしれない。私たち光の三妖精のこと。その昔話。こんなのサニーとルナとの間では当たり前だったけど、他の誰にも話したことはなかったから。
「むかしむかしあるところに……」
私は決まりきったフレーズで昔話を始める。
「スターサファイア、サニーミルク、ルナチャイルドという光の三妖精がいた。でも本当はね、最初からそんな名前じゃなかったの。私は星灯りの妖精と呼ばれてた。サニーは陽射しの妖精。ルナは月光の妖精だった。てんでバラバラな三人の妖精。むかしむかしはまだ互いに顔も知らなかった。でもみんな、自分こそが一番美しい光の妖精だって思っていたわ。だから、自分以外にも光の妖精を名乗ってるやつがいるって聞いて、同じことを考えたの」
「なんとなく予想はつくけどな」
「ご想像の通り。その自称光の妖精共を倒せば、自分が真に一番美しい光の妖精になる! と考えた。三人は太陽と月と星が一堂に会する時と場所……黄昏時の丘の上に集まった。それからは大変だったわ。三日三晩寝ずの弾幕ごっこ! あれは楽しかったなぁ。私だけじゃない、三人全員がそう思ったの。なぜなら全員疲れてぶっ倒れた後にサニーが……陽射しの妖精が『私たちチームになろうよ!』と宣言した。そして月光の妖精は『なら私の家を使っていいよ』と申し出た。でもね、私には何も出せるものがなかったんだ」
「そうなの?」
「ミニマリストだったの」
「ふーん……」
「だからね、私からはこの星のように輝ける頭脳を提供することにした。陽射しの妖精、月光の妖精、星灯りの妖精じゃ呼びにくいもんね。そして陽射しの妖精は乳歯みたいな八重歯があったことから、サニーミルクと名付けられた。月光の妖精は子供っぽい性格だったので、ルナチャイルドと名付けられた。そして私、星灯りの妖精は青く輝く宝石のように美しいことから、スターサファイアと名付けられたのよ」
「……その名前の由来って他の連中は知ってるのか?」
「どうでもいいじゃない、そんなこと」
あの頃はまだ、三人でいることがどれほど大切になるかなんて想像もしてなかった。光の三妖精というより、光の妖精が三人集まってるだけだったから。
けどそれもお終い。私たちはもう光の三妖精じゃない。あれ、でもそうしたら私は何になるんだろう? スターサファイアは光の三妖精の中にしかいないのに。だけどいまさら星灯りの妖精に戻ることもできない。私は……私は……?
「……もう行くわ」
「二人にはあたいから伝えておくよ」
「あなたってそんなに義理堅かったのね」
「地獄はけっこう義理と人情の世界なんだぜ。ほら」
差し出されたピースの手。何を期待してるのか私がわからないでいると、
「握手だよ握手! 別れの時は握手するもんだろ!」
「それも地獄の常識?」
「あたいの流儀! ほら!」
この子、こんなキャラだっけ?
でも嫌な仕事を任せちゃってるのも私だし、おとなしく手を取った。地獄の妖精だけあってか、その手はほのかに温かい。
「地獄に比べりゃ幻想郷は狭いもんだし、また会えるよな?」
「たぶんね」
そして今度こそ、私は一人になった。
◯
冬枯れの森を見下ろして、沈みゆく夕日に背を向けながら私は一人翔んでいる。
今宵は新月、月は昇らない。たなびく朧雲が星々の煌めきも覆ってしまった。
ただ、寒い。あてども無い旅路。
それでも長く、長くずっとずっと翔び続けた。限界を迎えるまでずっと。遠い遠い星を目指す夜鷹みたいに。一人の夜は静かで、寂しくて、とてもとても寒くって。翔び続ける、翔び続ける、どこまでも、どこまでも……。
けれどいつしか横風は強く強くなって、たなびく程度だった雲は星灯りを覆うほどに分厚くなって、最初はちらつく程度だった雪もいまやごうごうと荒れ狂う吹雪になった。もうこれ以上は前も後ろも、上も下もわからない。だからせめて雪風を防ごうとなんとか降り立ったけど、そこに私を守ってくれるものはなかった。猛吹雪の中の雪原。一寸先も見えない。縮こまって、体の芯がガタガタと震えるのを必死に耐える。ああ、でも、私は髪を伸ばしててよかった。せめて風除けにはなるものね……。
「こんなところで独りかい、お嬢ちゃん」
聞こえる。声。知ってるような、知らないような……。
手足の先まで凍りついちゃったみたいに感覚がない。だんだん寒さがなくなっていく。頭がぼーっとする……。
「だれ……」
「死神」
「ふぅーん」
「反応薄いなぁ。お嬢ちゃん、自分の状況がわかってんのかい? 猛吹雪の中で今まさに凍死しようとしてるって」
「私は妖精だから」
「妖精だから死なない?」
「ちょっと休むだけ……うん、それがいいわ。どうせ行く宛もなかったから、次に生じたところにしましょう」
「あっははは。妖精ってのはバカだねぇ」
背中から笑い声が響く。私、寒さで幻覚を見てるのかな。死神が妖精に用があるわけないのに。
「ま、こんな風に魂を取り立てるのはあたいの本職じゃないんだけど、閻魔様からの特命でね。妖精の霊魂なんざ珍しいから、念のためさ。最近は地獄もなにかときな臭い。取り合いになると困るんだ」
「珍しくもないわ……れんこんなんて……」
「あんたこれから死ぬんだよ」
「私が……」
話が頭にうまく入ってこない。この人は、この死神さんは何を言ってるんだろう?
死ぬわけないじゃない、妖精が死んだりするわけない……もう肩から先の感覚がない。足もふとももから先が消えてしまったみたい……私は……
「たしかに妖精は死なない。燃ゆる生命力そのものだから」
「そうよ……」
「でもお嬢ちゃんからはその生命力が失せかけてる」
「そう……」
「もっとわかりやすく言おうか。あんたの心はもう生きようとしていない。生も死もどうでもいいと断じてしまっている。だからあんたはここで終いさ。寒さのせいで死ぬんじゃないよ。そら、手足をよく見てみな……といってもできないだろうけど」
私の手足。吹雪の白に霞んで見えない……ちがう。かざした手のひらの向こうで闇が渦巻いている。私の体が消え始めている。
それは私が生きようとしていないから。おかしいな、私はこれから一人で生きていくって思ってたんだけど。私は、私はスターサファイアでもなく、星灯りの妖精でもなく、だれでもなく、なんでもなく……ああ、そうね。確かにそれってとっても……とっても、生きるよりも死に近い。
「なぜかしら……私はそんなつもり、ないのに。死んでもいいなんて思ってもみなかった。いったいどうして?」
「さあね。妖精なんて普通は遊ぶことしか興味ないもんだが、あんたは狂気に当てられたんだろう」
「知らないわ……知らない。いったいどんな狂気なの」
「つまり、愛ってやつさ」
「誰がなの……誰と誰が……」
「そんなのは知らんね。ただほら、妖精王もこじれた愛のために大変な騒動を起こすだろ。愛憎は生命力のもっとも原始的な萌芽だし、妖精がそれに感化されるのはさもありなんだ」
愛憎。ふうん、愛ってこういうものなんだ。死神さんに言われて今、なんだかすぅっと腑に落ちた。
考えてみれば変な話。サニーとルナが愛し合ってるとか、なんとか、それがなんだっていうの? 魔理沙さんやピースの言う通り、それで私たちの何かが変わるわけじゃないってのに。
でもスターサファイア、あなたは仲間はずれにされたら嫌じゃない?
ええそう。でもそんなのいつものこと。喧嘩もするし、時々は誰かが渋々従ったり、すっかり除け者になることもあったじゃない(今の今まで忘れてたけど)。
だのに今はこんなことになってしまって、二人の様子がどうしても我慢できなくて。
二人の間「だけ」に強い気持ちが、愛が、そこにあるなんて許せなくって。
これから死ぬって言われても、頭に浮かぶのはサニーとルナのことばっかりで。こわくって。さみしくって。つらくて。かなしくて。
愛別離苦。
ああ、そっか。愛してるから、別れが辛い。愛してるから、離れるのが苦しい。
最初からわかっていたことじゃない。愛してるのは一体誰なの、スターサファイア? 誰が、誰を愛しているの?
サニーとルナが愛し合ってる。違う。違うでしょ、ほんとはわかっているんでしょ。
愛しているのは私。私が愛しているんだわ。私が、サニーとルナを愛してるんだ。だから辛いの。だから苦しいの。サニーとルナに置いていかれるのが怖いの。二人に除け者にされるのが苦しいの。嫌で、切なくて、堪えられなくて、孤独で、狂おしい。
「そっか。これが愛なんだ」
「んんー?」
「私、わかったの。私もサニーとルナが好きなんだわ。今すぐ抱きしめたい。二人『だけ』なんて許せない。私、私たち、もう一人でなんていられないもの。私たち三人で光の三妖精なんだもの!」
「お、おいおい……なんだいこりゃあ……!?」
ふつふつと……あんなに凍え切っていた胸の奥から、奥から、不思議と熱いものが湧いてくる。
もう蹲ってなんていられない。溢れる力を両足一杯に込めて立ち上がる。気がつけば、辺りにごうごう渦巻いてた吹雪はどこにもない。そこはただただ広く続くまっさらな雪原、それを照らし出す星々の輝く幾千幾億の灯り……。
手をかざすと、私の手、確かにそこにあった。指の隙間から星の光がのぞいていた。弾けるような声に振り返ると、ねじくれた大鎌を持った赤い髪の死神が腹を抱えて笑っていた。
「あっははは! あはははは! いやぁ参った参った! バカには勝てんとはよく言ったもんだ!」
「あなたが、死神?」
「なんだ今更かい。あたいは死神、小野塚小町さ。ま、もう会うことも無いだろうけど」
「私は死ぬんじゃないの?」
「ああ、確かにそのはずだった。ついさっきまではね。今はもう切っても突いても殺せやしない。あんたみたいに生命力に満ち満ちた妖精が死ぬもんか。いやしかし恐れ入ったよ、やっぱり妖精ってのは馬鹿馬鹿しい存在だな!」
「……たしかに、今はもう死んでたまるかバカヤローって感じだわ」
「だろうね。まったく馬鹿げてる……あたいはいったい何のために来たんだかねぇ」
「私が死んでから来たら良かったのに」
「そうしたはずなんだが。ふつう死神ってのは命が尽きる頃合いを見計らってくるもんさ……うーん、妖精相手は初めてだし目算を誤ったかな? そもそもあたいの専門じゃないし~」
「そんな適当な……」
「でも結果的には良かったよ。あたいもこんな湿っぽい仕事は趣味じゃなかった。ほら、お迎えだよ」
「お迎え?」
聞き返した時にはもう、死神は影も形もなくなっていた。そういえば幻想郷にはサボり魔の死神がいるって聞いたけど、あれが? だとしたら寿命の計算ができないのも納得だけど。
なんて考えていたら、いきなり視界が吹っ飛んだ。ぼふっと雪の冷たさと柔らかさ。それから遅れて聞こえてきた、私の大好きな声。
「「スタぁああああっ!」」
二人に押し倒されて星空がよく見えた。雪の上は冷たいけど、二人分の体温はそれよりずっと暖かい。
「いきなりいなくなってなに考えてんの!? バカバカバカバカぁ!」
「心配じだよぉおおおお!」
サニーはぎゃんぎゃん喚くし、ルナはびえんびえん泣き叫ぶ。うるさくってかなわない。一人でいるとあんなに静かだったのに、ほんとに。
「はぁ……ていうか二人とも、なんで場所がわかったのよ。私だってここがどこか知らないのに」
「そ、それはあたいが……」
「ピース? あなたもいるの?」
「そうだよ、ピースが教えてくれたんだもん!」
「そうそう! ピースが握手するふりしてこっそり松明の生命力をスターに渡してなかったら、きっとそのまま遭難してたんだから!」
「うおああ全部バラすなよ!?」
やかましい二人の裏からおずおず現れるピース。彼女のこんな神妙な顔色を見るのは初めてだった。
「いやさ、悪いなとは思ったんだけど……でもどうしても心配で!」
「そうだよ! 私たちがどんなに心配したかわかってるの!?」
「ルナなんか泣きすぎて湖ができそうだったんだから!」
「なっ……サニーだって人のこと言えないくせに!」
「なによ!」
「やろうってわけ!?」
「あーもう二人ともうるっさい! 少し黙ってて! ……はぁ、でもピースってほんとお人好しね。ほんとに地獄の妖精なの?」
「うーん……地獄育ちだから、かな?」
ピースはピースで何かもじもじしていたけど、やがて思い切ったようにまた口を開いた。
「スターさ、なんでそんなに心配するんだってあたいに聞いただろ」
「そうだっけ?」
「そうだよ! んでさ、あたい地獄じゃずっと一人だったから……よくわかるんだ。一人はよくないって。友達は大切だって! だから、だからな、おまえらいつもあんなに仲良さそうなのにバラバラになっちゃダメなんだよ! 確かにあたいにはスターの気持ちわからないけど、どんな理由があっても友達は友達だろ!?」
私もピースの過去はわからない。どれくらいのあいだ一人でいたのかも。でも、彼女の優しさは痛いほどに感じる。きっとそれで十分。
それに、松明の炎の生命力。たしかにさっきの私ってちょっと情熱的すぎたよね? 狂気的なほどに。もしかしたら……ううん、きっとそう。
「ありがとう、ピース。私、あなたのおかげで助かったみたい」
「べ、べつに助けたわけじゃないけどなっ。おまえがあんまり訳わかんない理由でいじけてるから、サニーとルナがかわいそうだっただけだし!」
「そうそう! スターってばなんで家出なんかしたの!? 夕ご飯のときいつもルナがスターのお皿からちょろまかしてたから!?」
「そ、それを言うならサニーが勝手にスターの髪飾り使って無くしたせいだと思うけど……!」
どっちも初耳だった。最近ごはんの後もなんだかお腹が空くし、お気に入りの髪飾りがいつの間にか無くなったりしたけど、なるほど二人のせいなのね(そんなことだろうと思った!)。
まあそのことは後でとっちめるとして、今は正直に話すべきだって気がした。なにより……言うべき言葉があるでしょう、スターサファイア?
「二人とも……それにピースも! ごめんなさい、心配かけて!」
本当は頭も下げるべきなんだろうけど、あいにく二人にのしかかられてるからできなかった。代わりに至近距離で浴びせられる猛反撃。
「ほんとに!」「心配したんだから!」「バカ!」「おかえり!」「あはは……やっぱおまえらは三人揃ってんのがいいよ」
「……こほん。で、でも、情状酌量の余地はあると思うけどね!? サニーもルナも、私だけ除け者にして『愛』しあって!」
「あい……?」
「愛ね。そう言えば前にそんなこと言ってたけど……それって人間の感情よ、私たちには関係ないって言ったじゃない」
「うそ! だって毎夜毎夜二人してサニーのベッドに潜り込んでたじゃない! それが『愛』の証拠なのよ!? 魔理沙さんが言ってたんだから! どう!?」
「どう!? って言われても……ルナは何か知って……ルナ?」
「ばばばばっ」
「ば?」
「ばれてたっ!?」
「ルナ!? 私なにも知らないよ!? わ、私のベッドでなにしてたの!?」
不思議なことに困惑してるのはルナだけだった。うーん、おかしいな。愛って基本的には二人の関係だって魔理沙さんは言ってたけど。ああでも、私が二人に感じてる気持ちは一方的なものだし、それでもいいのかな?
「あ、あれは別に……その……愛とかじゃなくって……」
「あれ、そうなの?」
「じゃあなんなんだよー! 寝てる間に私に悪戯してたなー!?」
「ちがうよ! はぁ、私ってほんとバカだ……スターの能力のこと、すっかり忘れてた……あれはその……寒くって」
「寒さとサニーとなんの関係があるの!」
「だってぇえ……あったかいんだもん」
「あったかいって……サニーのベッドが?」
「そうじゃなくてぇ……サニーがあったかいの! ほら、サニーってもともと陽射しの妖精でしょ。だから体温高いの」
「……ちょっとお手を拝借」
「ひゃんっ」
確かに握りしめたサニーの手は、ルナの手よりあったかい。ていうか二人にのしかかられてるこの状況、明らかにサニーの側の方があったかい。
「ようするに」
私は整理する。
「ルナはサニーから暖を取るためにベッドに潜り込んだってこと?」
「うん」
頷くルナ。
「言いたいことはいろいろあるけど……とりあえず、なんで私も誘わなかったのよ」
「だって……こ、子供っぽいかなぁって……あはは」
チャイルドのルナが今更なにを言ってるのやら。そんなことみんなとっくに知ってるってのに。そんな妙な見栄っ張りで私、死ぬ直前まで行ったってわけ?
「で、それにサニーは気が付かなかったの? 一度も?」
「うーん……そういえば朝なぜかルナが隣で寝てたことが何度かあったような……なかったような……」
「バリバリ覚えてるじゃない!? このバカ! バカルナとバカサニー!」
「自分だって早とちりしたくせに! 今年は寒かったんだから仕方ないでしょー!?」
「そうだそうだ! バカスター!」
「うるさいバカ!」「バーカバーカ!」「バカァー!」
「……やっぱおまえら、三人でいる方が面白いな! あたいも混ぜろー!」
ひとしきり罵り合って、それから今度は、ひとしきり笑った。私たち三人、ううん、四人で笑いあった。
ほんと、バカみたいね。
◯
「で……なんでこうなってるわけ……すっごく狭いんだけど……」
右側でルナが情けない呻き声をあげるのを、無視する。
「私を除け者にした罰よ」
「家出したスターへの罰は……?」
「ご飯をちょろまかしてた分と、髪飾りをなくした分、それで差し引きチャラね」
「あ、暑いぃ……」
左側でサニーが溶けかけているのを、やっぱり無視する。自分の体温で苦しむって、水槽の中の河豚(見たことないけど)みたいでちょっとおもしろい。
「う~ん、たしかにサニー側があったかいわね。ルナはむしろひんやりしていて……ちょうどいいかな~」
「狭いぃ……」「暑いぃ……」
「そう? 私は快適だけど」
嘘だ。ほんとは私だって狭いし暑い。そりゃ私のベッドに三人も詰めてるわけだから当たり前だ。さっきから汗はふきだして止まらないし、伸ばした足は常にどっちかの足とぶつかってる。
それでもいい。ううん、そうじゃなきゃいや。
「ほ、ほんとにこのまま寝るの?」
「もちろん」
「うぇえ……」
目を瞑っても眠れやしない。頭がぼーっとするばかり。
それでも、いいの。
私だって温もりがほしい。今日だけはサニーとルナの温もりが。死神のお姉さんと話していた時、その間の凍てつく吹雪がまだ胸の奥に残響してる。
ようするに……さみしい。こころぼそい。一人でいたくない!
なんて、ぜったい言ったりしないけど。
「それじゃおやすみ、二人とも」
大好き、愛してる。
なんて、やっぱりぜったい言ったりしないけど!
「狭いぃいい!」
「暑いぃいいい!」
「うるさい! 黙って寝る!」
「横暴!」「うがー!」
結局、私たちは一睡もできなかった。すったもんだのすえに。あ、でもこれがベッドで愛し合うってことなのかな?
だとしたら……ううん、やっぱりこんなのはもう十分! 愛するって難しい!
感動しました!
身もだえしているスターがかわいらしかったです
時折シュールだったりギャグだったりを交えながら、
話の筋は割りと王道の三角関係?っぽくて着地点を楽しみにしていました。
ビターエンドもありかと思いましたがそういう流れではありませんでしたね。
クラピがとてもいい子で可愛かったです。
お見事でした