「ええ~マジですか魔理沙さん!?」
「そんな~。あなた素質があるからスカウトしたいってずっと言ってるのに。二童子の席はちゃんと空けてるから、気が変わればいつでも言ってね?」
「そうですか…頑張ってください。…………でも、里のいつもの騒がしさがこれから少し減ってしまうのは、やっぱりちょっと悲しいかな」
「…………本気なのね?魔理沙」
「…………………………………………………りさ」
ーーー!
「…………魔理沙」
霊夢、お前起きてくれたの
「どうして」
……霊夢
「どうして私だったの」
霊夢、待ってくれ
「あなただったならよかったのに」
やめてくれ霊
「あなたのせいで、幻想郷が」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
「っっ!…………………………久々に見たな…」
どうやらいつの間にやら眠っていたらしい。
爽やかな晴れの日。冬の白化粧が剥がれて神社廻りの桜の木々が賑やかになってきた。境内の掃き掃除を一頻りし終え、縁側で一休みをしていたら知らぬ間にこののどかな陽気に当てられていたようだ。以前のこの時期は覚える事、やらねばならぬ事が山盛りでろくに休めず、やっとひと段落ついたかと思えば、その頃にはもう噎せ返るほどにカンカン照りで一向に休まる気がしなかった。そもそも自宅のある森が常にじめっとしてこんな日和はあまり感じてこなかったから、今みたいな寝落ちは結構新鮮な感覚だった。
「あら、魔理沙起きたのね。疲れている様だったから起こさなかったわ」
少しでも心に余裕ができたのかなとか呑気に考えていると、既に来ていた常連に声をかけられた。茨木華扇である。見ると、視界の端で武芸の鍛錬をしていた。生憎武芸についてはさっぱりだが、そんな私が見ても洗練された美しい動きだ。
「型って言うんだっけ?それを見世物に催しを開けば、神社の懐もちょっとは潤うのかな」
「霊夢みたいなことを言うのね。見世物じゃないわよ」
「…………そうだな」
言われてみれば、確かに霊夢が言いそうなことだ。
だが実際にこうしてこの神社に住んでみて、かつて何度となく聞いた霊夢の魂の叫びが身に染みて理解できる。本当に人が来ないのである。この一年間で果たして此処で人間を見ただろうか……と記憶を探ってしまう程度には来ない。忙殺されていたので覚えてられないというのもあるが。代わりに来るものといえば、今目の前にいるような人ならざる者が殆どだ。博麗神社の本来の存在意義的には参拝客はゼロでも一応は大丈夫だが、こうも閑古鳥の巣窟と化すと寂しくもなる。
「人外呼ばわりとは失礼な。一応まだ半分くらいは人間のつもりだし、人間の味方よ」
「あのナチュラルに脳内読まないでもらえます?サトリ妖怪かよ」
「あなたの考えてることなんて分かりやすいのよ」
「霊夢が機能しないんだから、もう少し妖怪も暴れると思ったんだけど、この一年はそんなことは殆どなかったな」
「逆ね。巫女が機能しないからこそ妖怪たちも大きく動けない。何の拍子で本当に取り返しのつかないことになるか分からないもの」
「それもそうか。あいつはそういう役割もあったね。さすがに動きづらいか」
「みんな初めてだからね。まあ二度もこんなことがあっちゃたまったものじゃないけど」
などと、公開練習を続けながら口を開ける華扇。こうして喋っていても呼吸ひとつ乱れていない。器用なことで。
霊夢が永い眠りにつき、私が色々な成り行きから巫女代理を行うようになってはや一年。神社の数少ない客人たちの中にも、最近はあまり顔を見せなくなったものもいる。例えば隙あらば神社に転がり込んで酒を浴びていた伊吹萃香はここ数ヶ月一切来なくなったし、神社の真下に居座っていた火遊び妖精は何時だったか「実家に帰省する」と言って、それきり地下に気配はない。他の妖精に関しても、見かける頻度は減っていた。少名はこうなる以前に元の大きさに戻っており、自分の城に帰っている。神社廻りに関してだけ言えば、霊夢が眠ったことで間違いなく以前より活気は少なくなっていた。最近は里以外にはあまり出向けてないが、他も少なからず何かが変わっているのだろう。
「みんな経験がないのよね。『自分の終わり』を明確に突き付けられたのって」
「私たちなんて、ふとした時に頭に過って、何とも言えない不安に襲われたりするけどな。寝るときとか」
「妖怪たちはそういうことをする必要がなかったから、どう受け止めればいいのか分からない者も多いみたいよ」
「ふーん」
「年長の者はもうある程度整理がついているみたいだけど、まだ日が浅い妖怪たちは大変でしょうね」
「そう考えると紫は苦労者だな。霊夢に代わって今なお東奔西走。まぁあいつが調停してくれてるおかげでまだ大きな騒動は起こっていないから、感謝しかないよ」
「里も今のところは一大事みたいにはなっていないわね。妖怪たちは賢者たちが頑張れば何とか制御できるけど、人間たちまではなかなか見きれないもの」
「そこはブン屋もうまい具合に情報操作やってくれてるんだな。霊夢が動かない、っていうのも里の人間では阿求と小鈴くらいしか知らないんじゃないか?神社に人が来ないのもこうなるとメリットだな」
「それもいつまで隠し通せるか、って感じね」
いつの間にか本日の分は終了したそうで、運動終わりのストレッチを行っていた。幻想郷がこれからどうなってしまうのか分からないなかでも、華扇は自分のペースを乱すことなく過ごせているように見えてしまう。きっと自分の中の芯がしっかりとできているからなのだろう。その姿が羨ましかった。
「…………ごめんな。私の所為で、幻想郷全体を巻き込んでしまって」
「私は何回同じ言葉を返せばいいのかしら?あれはああなることを予測してあなたたちを守ることができなかった私たちの失態よ。あれで油断しない人間はいないわ。あなたの責任じゃない」
「……どうなんだろうな」
頭の中が堂々巡りする。心に余裕ができたことで、落ち込む余裕も前よりできているようだった。
「そもそも幻想郷が本当に終わってしまうのかも、正確なところは分からないでしょ。時がきたその瞬間に全てが弾け飛ぶのかもしれないし、知覚できないほどゆっくりとしか変化しないのかもしれない。これまでと何かが変わるのは間違いないけれど、どうなるのかは誰にも分からないのよ」
「誰も分からないからこそ!」
あっ、まただ。またやってしまう。
「今こうなっている明確な原因が私にあるっていうのが際立つんだよ!」
華扇に当たっても、何にもならないのは分かっているのに。
「責任感じなくていいと言われて、はいそうですかと過ごせるかよ……」
抑えきれない。
「……そこをなんとかできるよう、今紫が必死になって頑張っているのよ。負い目を感じているのは、あなた一人だけじゃない」
「………………」
「今日はここまでにしておきましょう。心配しなくても、また話し相手になりに様子を見に来るから」
「…………うん、ごめん」
「別にいいわよ。でも……何も聞かずに寄り添ってくれている人は、傷つけちゃだめだからね」
後始末を終えた華扇はそう言うと、その後は振り返らずに鳥居をくぐり、そのまま見えなくなった。
「あっ、仙人さんバイバ~イ」
いつの間にか起きていたあうんが華扇を石段の上から見送っている。終わるとこちらの方へ振り向き、屈託のない笑顔で腕をぶん回している。…たしかに、この子に関しては、心配させちゃいけないな。
まだ昼過ぎかと思っていたがそんなことはないようだ。かすかに山の方の空がうっすらと赤みがかってきた。今日は何もできなかった、まあそういう日もあるだろう。
「そろそろ夕飯の支度をしないとな、何にしよう……」
「魔理沙、ちょっといいかしら」
準備のため立ち上がろうとした瞬間、背中の方から声がかかる。いくら心地がよくても既に来客がいる中で眠るほど無作法ではない。後ろの居間には誰もいないはずである。であるならば、声の主は一人しかいない。
「…どうしたんだ、紫」
そう言って振り向くと、なかなかお目にかかれない賢者の姿がそこにはあった。最後に会ったのは年末だが、心労だろうか、いくらかやつれて見えた。
「………どうしたの」
「あの日振りの異変発生よ。直ぐに支度をして、魔理沙」
幻想郷の崩壊まで、あと八年と十月。
「そんな~。あなた素質があるからスカウトしたいってずっと言ってるのに。二童子の席はちゃんと空けてるから、気が変わればいつでも言ってね?」
「そうですか…頑張ってください。…………でも、里のいつもの騒がしさがこれから少し減ってしまうのは、やっぱりちょっと悲しいかな」
「…………本気なのね?魔理沙」
「…………………………………………………りさ」
ーーー!
「…………魔理沙」
霊夢、お前起きてくれたの
「どうして」
……霊夢
「どうして私だったの」
霊夢、待ってくれ
「あなただったならよかったのに」
やめてくれ霊
「あなたのせいで、幻想郷が」
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「っっ!…………………………久々に見たな…」
どうやらいつの間にやら眠っていたらしい。
爽やかな晴れの日。冬の白化粧が剥がれて神社廻りの桜の木々が賑やかになってきた。境内の掃き掃除を一頻りし終え、縁側で一休みをしていたら知らぬ間にこののどかな陽気に当てられていたようだ。以前のこの時期は覚える事、やらねばならぬ事が山盛りでろくに休めず、やっとひと段落ついたかと思えば、その頃にはもう噎せ返るほどにカンカン照りで一向に休まる気がしなかった。そもそも自宅のある森が常にじめっとしてこんな日和はあまり感じてこなかったから、今みたいな寝落ちは結構新鮮な感覚だった。
「あら、魔理沙起きたのね。疲れている様だったから起こさなかったわ」
少しでも心に余裕ができたのかなとか呑気に考えていると、既に来ていた常連に声をかけられた。茨木華扇である。見ると、視界の端で武芸の鍛錬をしていた。生憎武芸についてはさっぱりだが、そんな私が見ても洗練された美しい動きだ。
「型って言うんだっけ?それを見世物に催しを開けば、神社の懐もちょっとは潤うのかな」
「霊夢みたいなことを言うのね。見世物じゃないわよ」
「…………そうだな」
言われてみれば、確かに霊夢が言いそうなことだ。
だが実際にこうしてこの神社に住んでみて、かつて何度となく聞いた霊夢の魂の叫びが身に染みて理解できる。本当に人が来ないのである。この一年間で果たして此処で人間を見ただろうか……と記憶を探ってしまう程度には来ない。忙殺されていたので覚えてられないというのもあるが。代わりに来るものといえば、今目の前にいるような人ならざる者が殆どだ。博麗神社の本来の存在意義的には参拝客はゼロでも一応は大丈夫だが、こうも閑古鳥の巣窟と化すと寂しくもなる。
「人外呼ばわりとは失礼な。一応まだ半分くらいは人間のつもりだし、人間の味方よ」
「あのナチュラルに脳内読まないでもらえます?サトリ妖怪かよ」
「あなたの考えてることなんて分かりやすいのよ」
「霊夢が機能しないんだから、もう少し妖怪も暴れると思ったんだけど、この一年はそんなことは殆どなかったな」
「逆ね。巫女が機能しないからこそ妖怪たちも大きく動けない。何の拍子で本当に取り返しのつかないことになるか分からないもの」
「それもそうか。あいつはそういう役割もあったね。さすがに動きづらいか」
「みんな初めてだからね。まあ二度もこんなことがあっちゃたまったものじゃないけど」
などと、公開練習を続けながら口を開ける華扇。こうして喋っていても呼吸ひとつ乱れていない。器用なことで。
霊夢が永い眠りにつき、私が色々な成り行きから巫女代理を行うようになってはや一年。神社の数少ない客人たちの中にも、最近はあまり顔を見せなくなったものもいる。例えば隙あらば神社に転がり込んで酒を浴びていた伊吹萃香はここ数ヶ月一切来なくなったし、神社の真下に居座っていた火遊び妖精は何時だったか「実家に帰省する」と言って、それきり地下に気配はない。他の妖精に関しても、見かける頻度は減っていた。少名はこうなる以前に元の大きさに戻っており、自分の城に帰っている。神社廻りに関してだけ言えば、霊夢が眠ったことで間違いなく以前より活気は少なくなっていた。最近は里以外にはあまり出向けてないが、他も少なからず何かが変わっているのだろう。
「みんな経験がないのよね。『自分の終わり』を明確に突き付けられたのって」
「私たちなんて、ふとした時に頭に過って、何とも言えない不安に襲われたりするけどな。寝るときとか」
「妖怪たちはそういうことをする必要がなかったから、どう受け止めればいいのか分からない者も多いみたいよ」
「ふーん」
「年長の者はもうある程度整理がついているみたいだけど、まだ日が浅い妖怪たちは大変でしょうね」
「そう考えると紫は苦労者だな。霊夢に代わって今なお東奔西走。まぁあいつが調停してくれてるおかげでまだ大きな騒動は起こっていないから、感謝しかないよ」
「里も今のところは一大事みたいにはなっていないわね。妖怪たちは賢者たちが頑張れば何とか制御できるけど、人間たちまではなかなか見きれないもの」
「そこはブン屋もうまい具合に情報操作やってくれてるんだな。霊夢が動かない、っていうのも里の人間では阿求と小鈴くらいしか知らないんじゃないか?神社に人が来ないのもこうなるとメリットだな」
「それもいつまで隠し通せるか、って感じね」
いつの間にか本日の分は終了したそうで、運動終わりのストレッチを行っていた。幻想郷がこれからどうなってしまうのか分からないなかでも、華扇は自分のペースを乱すことなく過ごせているように見えてしまう。きっと自分の中の芯がしっかりとできているからなのだろう。その姿が羨ましかった。
「…………ごめんな。私の所為で、幻想郷全体を巻き込んでしまって」
「私は何回同じ言葉を返せばいいのかしら?あれはああなることを予測してあなたたちを守ることができなかった私たちの失態よ。あれで油断しない人間はいないわ。あなたの責任じゃない」
「……どうなんだろうな」
頭の中が堂々巡りする。心に余裕ができたことで、落ち込む余裕も前よりできているようだった。
「そもそも幻想郷が本当に終わってしまうのかも、正確なところは分からないでしょ。時がきたその瞬間に全てが弾け飛ぶのかもしれないし、知覚できないほどゆっくりとしか変化しないのかもしれない。これまでと何かが変わるのは間違いないけれど、どうなるのかは誰にも分からないのよ」
「誰も分からないからこそ!」
あっ、まただ。またやってしまう。
「今こうなっている明確な原因が私にあるっていうのが際立つんだよ!」
華扇に当たっても、何にもならないのは分かっているのに。
「責任感じなくていいと言われて、はいそうですかと過ごせるかよ……」
抑えきれない。
「……そこをなんとかできるよう、今紫が必死になって頑張っているのよ。負い目を感じているのは、あなた一人だけじゃない」
「………………」
「今日はここまでにしておきましょう。心配しなくても、また話し相手になりに様子を見に来るから」
「…………うん、ごめん」
「別にいいわよ。でも……何も聞かずに寄り添ってくれている人は、傷つけちゃだめだからね」
後始末を終えた華扇はそう言うと、その後は振り返らずに鳥居をくぐり、そのまま見えなくなった。
「あっ、仙人さんバイバ~イ」
いつの間にか起きていたあうんが華扇を石段の上から見送っている。終わるとこちらの方へ振り向き、屈託のない笑顔で腕をぶん回している。…たしかに、この子に関しては、心配させちゃいけないな。
まだ昼過ぎかと思っていたがそんなことはないようだ。かすかに山の方の空がうっすらと赤みがかってきた。今日は何もできなかった、まあそういう日もあるだろう。
「そろそろ夕飯の支度をしないとな、何にしよう……」
「魔理沙、ちょっといいかしら」
準備のため立ち上がろうとした瞬間、背中の方から声がかかる。いくら心地がよくても既に来客がいる中で眠るほど無作法ではない。後ろの居間には誰もいないはずである。であるならば、声の主は一人しかいない。
「…どうしたんだ、紫」
そう言って振り向くと、なかなかお目にかかれない賢者の姿がそこにはあった。最後に会ったのは年末だが、心労だろうか、いくらかやつれて見えた。
「………どうしたの」
「あの日振りの異変発生よ。直ぐに支度をして、魔理沙」
幻想郷の崩壊まで、あと八年と十月。
話の構成も面白いと思いました。
続きが気になりました