Coolier - 新生・東方創想話

煙に巻かれて

2023/11/16 20:33:28
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 心地よい体温と鼓動を感じる微睡みの中で、ふわりと甘い香りがした。匂いは記憶と深く結びついている、そんな話を自慢げに話していた下賤な女がいたような気がする。深く考えずに、すんすんと匂いを嗅いでみる。なぜか太子様とその横で笑う卑劣な女の顔が浮かんできた。私の頭から出て行け鬱陶しい。あ、もちろん太子様に言ったわけではないですよ?隣にいる狡猾な女狐に言ったのです。まあとりあえず、私の知る布都の匂いではない。まだ外も暗いし、卑猥な女を頭から蹴り出して、寝返りを打って二度寝を決め込もうとする。しかし、こういうものは一度気になってしれば、それがしこりのように残ってしまう。仕方ない、眠い目を擦りながら尋ねることにする。

「なにしょれぇ……」

 まだ夢見心地であったらしい。呂律の回らない私の声に、布都が軽く噴き出す。

「なんじゃお主、相変わらず寝起きはふにゃふにゃじゃのぅ」
「ぅるしゃぃ……」

 布都に倣って身体を起こすせば、障子の隙間から吹く風が肌をなでる。足がつりそうになった。寒い。仕方ないので布団をひったくっては、そのまま自身を隠すように包みこむ。そんな私を呆れ交じりに見つめる生温い視線には、若干の苛立ちを覚える。不機嫌をアピールするように見つめ返せば、優しく頭を撫でられた。これではこちらがおねだりしたみたいじゃないか。益々もって気に入らない。

「結局それは何?」
「これか?青娥殿からもらったのでな」

 身体を預けつつ再び問いかけると、布都は撫でるのを止めてしまう。そして、自慢げに口に咥えていた細長い筒を私に見せる。都では見たことのない紅紫の花が描かれた筒は、咥えていたのと反対側には火がついており、何か植物を燃やしているらしい。

「毒?」
「あながち間違いでもない」

 まるで子供にものを教えるような口ぶりの布都は、再びその筒を吸って煙を吐く。この不快感がどこからくるものかがわからないほど、私は幼くはない。

「……まだ死なれたら困るんだけど」

 かといってそれを認められるほど素直ではない。大人はこうして都合のいい建前を使って、本心を煙に巻く。

「安心せい。死ぬときは太子様と屠自古と一緒じゃ。そういう話じゃろう?」
「……ならいいけど」

 嘘か誠かわからない言葉を捕まえようと、布都の手に自らの手を重ねて身体を寄せる。こいつは賢しいが阿呆で、性悪だが無邪気で、図太いのに儚い。

「そんなに心配ならお主も吸ってみるか?」
「要らない。そんな得体のしれないもの」
「大陸の仙人の間で生まれたもので、煙管というらしい。少なくとも都で見ることができるような代物ではないそうだ。まあ見ておれ」

 布都は偉そうに講釈をたれながら、枕元に置かれた茶碗に向けて、その筒を軽く叩く。筒から灰を落とすと、先端にある小さな受け皿に細かい葉を詰める。反対側を口に咥えながら仙術で葉に火を灯せば、そのままゆっくりと吸い込んで白い煙を吐き出す。布都から吹きかけられた煙からは、いつもの匂いとは違う甘い香りがした。

「どうじゃ」
「何が?」
「何がってお主……これが何だと聞かれたから、実演して見せたんじゃろう」
「別に頼んでないけど」
「……そうかい」

 もう少し興味をもってほしかったのだろうか。布都はそれだけ言うと、ぷいっとそっぽを向くようにして拗ねてしまった。正直にいえば、他の女の名前、ましてやあの胡散臭い邪仙の名前が出てきた時点で、もうどうでも良かった。しかし、布都がその手の繊細さを持ち合わせていないことは百も承知、その上で共にいるのだから、こちらからの歩み寄りも必要だ。静かに流れる時間も嫌いではないが、ここは大人の私が布都をたててやろう。

「……美味いのか?」
「おん?なんじゃ?やっぱり気になるのか?」
「そういうことにしておいてやるよ」

 後ろから抱きしめて一声かけてやれば、すぐに機嫌を直して嬉しそうにする。物部と蘇我を扇動する国一番の策士を喜ばせることなど、私にとっては造作もない。

「美味いかどうかでいえば……うーむ……」
「じゃあなんで吸っているの?」
「何故……中々難しいな。最初は青娥殿がいつものように珍品を自慢しに来たんじゃ。それで『物部様も興味があるのなら如何ですか?』とな。貰ったのならそりゃあ試してみるじゃろ?」

 布都の声真似があまりにも似ていたので、なんとなく頭を軽く叩いてみた。少しだけスッキリした。

「青娥の渡すものをよく口に入れられるな」
「こちらに利用価値があるうちは物騒なことはせんよ」
「どうだか」

 青娥のことを太子様はもちろん、布都も多少は理解できるらしい。しかし私にはさっぱりわからない。向こう1000年、この付き合いが続いたとて理解できるかどうか。

「とにかくそれで一度吸ってみたんじゃ。初めは我もこの独特の強い匂いがあまり好きではなかったんじゃが……そのうち不思議と癖になってな」
「中毒症状が出てるじゃねえか」
「慣れてくると、なかなかどうして悪くない。何よりも吸っていると少し気持ちが安らぐのじゃ」

 また布都が儚げに笑う。2人の時にだけ見せる表情、最近はそんな表情を見る機会が増えたような気がする。嬉しくないとは言わないが、それ以上に不安になる。ぼんやりと照らされる布都の影が、儚く揺らめいているような気がした。

「そうかそうか。つまりたらふく吸えば、布都も少しは大人しくなるってわけか」
「なんじゃお主、それでは我が落ち着きがないみたいではないか」
「意図が伝わったようで何よりだ」
「こやつめ」

 再び茶碗を叩くようにして灰を落とす。それらの所作は随分とこなれているように見える。私が今まで気づいていなかっただけで、思っていたよりも前から吸っていたようだ。

「譲ってもらった時に、あまり吸いすぎるのはよくないと注意を受けたんじゃがな」
「そりゃあどう見ても身体にいいものには見えないからな」
「とはいえ吸っていると色々と紛れるんじゃ。政敵とのいざこざやら、一族への後ろめたさやら」
「……孤独感とか?」
「どうじゃろうな」

 私達は物部も蘇我も捨てて太子様を選んだ身。地獄の窯の中に席が用意された裏切り者であり、それでも尚その席からも逃げようとする卑怯者だ。もちろんその判断に後悔はない。しかし、身内を裏切った孤独感や罪悪感を1人で乗り越えられるほど、私たちは強くはない。太子様のようには強くなれない。ため息をつくように吐かれた煙は、まるで布都の苦労や弱音が形を成しているように見えた。

「……私じゃダメか?」
「いやーお主はお世辞にも政に向かんじゃろう。適材適所という言葉もある。そこは我に任されよ」
「そっちじゃねえよ。孤独感の方」
「む?ダメかとは?」
「……私がいるじゃねえか」

 衝動的に出た言葉ではない。らしくないこともわかっている。それでも私の中の、愛だのなんだのとかを集めて燃やし、その熱から絞り出したのは、この煙以上に臭くて陳腐な言葉。しかも布都が首を傾げてこちらを見つめるだけで、堪えきれずに目を逸らしてしまう。何だよ、黙るなよ、うるせえなぁ。

「ひょっとしてお主……ものすごく小っ恥ずかしいことを言っておるか?」
「お前を殺せばなかったことにできるな」
「物騒なことを言うのではない。驚きこそしたが嬉しかったぞ。なかったことになんぞさせんよ」
「はいはいそうですか」

 後ろめたさからくる共依存。しかしそれだけではない。私はそう思っていた。

「じゃあこれからは吸いたくなったら、屠自古の元を訪れるとしよう」
「そんなに頻繁には来るなよ。私だって暇じゃないんだ」
「しかし、こいつは身体に悪いからのぅ。あんまり我を無下にしていると、吸い続けて計画前にぽっくり逝ってしまうかもしれん。それはお主も困るじゃろう?」
「……これも太子様のためか」
「そうじゃ。太子様のためじゃ」

 大義名分を作った私たちは、顔を見合わせては悪戯を思いついた子供のように笑う。やっぱり私達は卑怯者だ。布都は火を消そうとして、しかし何かを思いついたようにその手を止める。

「そうじゃ屠自古。実はこやつを吸うのは精神的な要因の他にもう1つあってな」
「あん?」
「口寂しい時にも欲しくなるんじゃ」
「それってどういう」

 言い終わる前に、口に広がるのはよく知っている味と、感じたことのない苦み。

「ゔぉえっ……まっずっ……」
「えぇ……嘘じゃろお主……」

 少し涙目になりながら咳き込む私の背中を、布都が優しくさすってくれる。

「お前やっぱりそれ吸うのやめろ」
「仕方ないのぅ……」

 少し呆れたように笑いながら、今度こそ布都は火を消した。部屋に残った紫煙が包み込むようにして、月明りからも私達を隠してしまう。重なる影は2人だけの秘密にして。










 顔に当たる冷たい雫で目を覚ます。










「……馬鹿みたいだ」

 太子様も布都も生きていたころの夢。あれから1000年以上経っただろうか。術に失敗して怨霊として目覚めた私は、2人が起きてくるのを1人で待っている。住処にしている掘っ立て小屋は、屋内だというのに曇り空がよく見える。別に濡れたからといってどうというわけでもないが、起き上がって穴のない方にのそのそと移動する。
 薄暗い中で腰を下ろせば、先ほどの夢に浸るように目を閉じる。早く太子様に会いたい。……あと、ついでに布都にも。私の復活の失敗は、布都の仕業だとすぐに分かった。初めは裏切られたと思い、殺してやりたいほどに憎んだ。それこそ100年以上は憎悪に身を焦がし、まさに怨霊と呼ぶにふさわしい熱を抱えていた。しかしそれも時と共に少しずつ風化してしまい、今ではなぜそんなことをしたのか、その理由を聞きたいだけになってしまった。1000年という時間は、凡人が激情を抱え続けるにはあまりにも長かった。

「……会いたいなぁ」
「呼びました?」
「お前じゃねえよ」
「あら、身体だけでなく反応まで冷たい。そろそろ寂しいかと思って会いに来たというのに」

 私と少し離れたところで、青娥が気配を消して隠れていた。こいつは私が目覚めて以来、不定期にここを訪れる。禄でもない土産話をしたり、珍妙な品々を自慢したかと思えば、いつの間にかいなくなる。目的が私じゃないのはわかっている。

「いつから?」
「それなりに前から。あまり無防備に寝ているのはお勧めしませんよ?蘇我様は黙っていればそれなりの上物ですし」
「こんな身体に興味がある好き物なんてどこにいるんだよ」

 自分の身体を、足があるはずの場所を見つめて自嘲気味に笑う。

「そうでしょうか?興味ありますけどね、怨霊の身体」
「くたばれ」
「お仲間になって欲しいと?」

 思っていたより先程の夢が堪えていたのか、言い返そうとした言葉が音になることはなく、ため息とともに消えていく。こちらの言葉を待っていた青娥も、無駄だと悟れば静かになってしまった。雲がかかったのがろうか、影になった暗がりで青娥の表情が見えなくなる。ぽつぽつと雨の音だけが響く

「……吸ってもいいでしょうか」

 居心地の悪い沈黙になんとなく罪悪感を覚えて、こちらから切り出そうとした時、逆に青娥から質問される。思わず肯定とも否定とも取れないような曖昧な返事をすれば、青娥は煙管を取り出し、火をつけてゆったりと吸い始める。ぼんやりとした火に照らされるそれは、女性用にしては少し大きく、黒地に紫のラインが入っている。派手ではないが、遠目からでもいいものであることがわかる。少しだけ、火に照らされて見えそうな気がした表情が、吐き出された煙で隠されて、また見えなくなった。

「……好きなのか?」
「蘇我様のことも好きですよ」
「……馬鹿だろお前。煙管だよ」
「別にそれほど。好む人とはコミュニケーションの道具となりますが、嫌いな人は匂いすら嫌悪しますからね。その時に近づきたい相手に合わせて、といったところでしょうか」
「……私はあまり好きじゃない」
「存じておりますとも」

 私の知る限り、太子様がそのようなものを吸っていたこともないし、そんな香りを身に纏っていたこともなかった。しかしきっと、これも私が知らなかっただけだったのだろう。ゆっくりと煙を吐く青娥を見つめると、なんとなくそんな気がした。
 青娥の姿を見つめながら先ほどの夢を思い出す。そういえば布都が言っていた。煙管を吸うのは孤独感を紛らわせたい時と口寂しいときだと。後者なら墓場で頬骨でもしゃぶってろと言いたいところだが、もし前者なら、青娥も私と同じなら……。1000年以上の付き合いになってしまっても未だわからぬ邪仙の腹の内。しかし、隠れてしまった煙の隙間から微かに見えるその顔は、普通の少女のようにも見えた。ただ大切な人が来るのを待ち、その人に思いを馳せるような。

「お前……」

 寂しいのか?と聞こうとして、辞めた。そんなことを聞いたところで本心が聞けるかはわからない。仮に聞けたとして、私にはどうにかしてやれるものでもない。青娥で私の心の穴が埋められないように、私も青娥の心の穴を埋めることはできないのだから。

「……もう1本あるか?」
「煙管ですか?」
「あぁ」

 それでも、共に吸ってやることくらいはできる。私が答えると、青娥は懐をごそごそと漁り、取り出した煙管を渡す。

「ん?これ……」
「亡くなられた際に回収しました。長い間使っておりませんが、手入れはしていたので問題なく吸えると思いますよ」

 布都が煙管をやめていなかったのを知ったのは、蘇った後のことだった。物部を亡ぼした策士のことをわかっていたと思っていたのは、私には全てを見せてくれていたと思っていたのは、どうやら思い上がりだったらしい。その代償が今の身体、馬鹿は死ななきゃ治らない。

「吸い方はわかりますか?」
「……なんとなく覚えている」

 見様見真似で火をつけて、あの時は名の知らなかったカタクリの花の描かれた煙管を吸ってみる。ゆっくりと味わい、そして煙を吐く。煙管の火から生まれる灯りは、あいつの笑顔のように私の心を照らすことはなく、その熱も人肌とは違ってどこかもの悲しく感じる。孤独も口寂しさも決して紛れず、あるのは遠い昔に感じた苦みだけ。こんなものの何がいいのか。あいつが何を考えていたのか。

「わかんねえよ……」

 2人で何を言うでもなく煙管を吸う。ぽっかりと空いた寂しさを埋まらないが、それでも心の中にあるわだかまりを煙として吐き出して。2つの煙は決して交わることなく、しかし同じ灰色の空へと消えていく。
吸えないタバコ作品パート2
福哭傀のクロ
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コメント



0.簡易評価なし
1.100よー削除
月明かりの陰で、しっとりとタバコを吸う二人の姿が目に浮かびました。この情景は自分には書けないと思います。
とても良かったです。
2.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
3.100POYOMOTI削除
もの哀しい
邪仙の行動が邪仙ぽくないのにしっかり雰囲気を出せているのは二人よりさらに色香を感じました
1000年は人間には長すぎる……
4.100東ノ目削除
屠自古が見た景色と心情のみが語られ、他の視点、とりわけ布都の内心が一切語られないが故に物語で提示される謎は一切解決されぬまま終わるというのが切なさを生んでいて良かったです

目的を果たせぬまま長い時を経て怨みが変質するというところで屠自古と純狐って近いところあるなあと思ったり
5.80竹者削除
よかったです
6.100名前が無い程度の能力削除
キセルに思いを寄せる屠自古がなんだか切なさを醸し出していて良かったです。
7.100アルジャバル削除
女々しくてイイネ~!
8.100名前が無い程度の能力削除
屠自古の心のわだかまりが晴れる日を願わずにはいられない作品でした。
9.100南条削除
面白かったです
屠自古があまりにもかわいらしくてそれ以外の感想が出てきませんでした
屠自古も寂しいんやな
10.100夏後冬前削除
べろべろに甘い感じでとても良きでした。退廃的で酔った感じがとても好き。最後の「わかんねぇよ……」が最高でした。
11.100ローファル削除
面白かったです。
12.100名前が無い程度の能力削除
甘くてホロ苦いお話でした。ごちそうさまでした。