Coolier - 新生・東方創想話

2023/11/16 13:33:08
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 様々な細かい物が混じってうねり、不快な音が幾度も寄せては返す。そんな音を響かせながら、目の前に横たわる黒々とした巨体は、その自らの体の大きさをさぞかし疎ましく思っているだろう。
 目の前にいる青髪の女性は、目の前でのたうつ巨体をぼんやりと眺めては、時折私に笑いかける。
 綺麗でしょう?
 こんな気味の悪い光景に何が綺麗なのか理解出来ない。しかし、私の体は勝手に顔を縦に振った。
 ぬるい風が吹き、肌がやけに湿り気を帯びる。眼前に広がる風景とは対照的に、頭上に浮かぶ瑠璃色の天蓋と、砂糖菓子のような星々はやけに綺麗にみえた。
 綺麗ですね。
 そう私が呟くと、目の前の女性は夜空を見上げながら、そよ風のように笑い、そうね。と呟いた。
 引き込まれそうなほど黒々とした巨体は身を捩る。夜空に煌々と光を放つ、弓張り月は地上をただただ見下ろしている。私は体に纏わりつく砂を払って立ち上がり、女性の傍に向かう。
 この向こう側には、何があるんですか?
 小さな島国よ。こことは比べものにならないほど小さな国。
 なんだか、退屈そうな国ですね。
 それはそうとも限らないのよ。
 へぇ。
 なんてことを話しているうちに、周囲の風景が徐々に黒に染まっていく。それは目の前にある黒々とした巨体が全てを覆い隠そうとしているように思えた。隣にいる女性の声もおぼろげになっていき、響いていた音は消え、女性の体も輪郭だけとなり、私の意識も遠のき始める。
 記憶が曖昧になっていく。この場所も、隣にいる人も、声色も、匂いも、全てがなにか黒いもので塗りつぶされていく。徐々に活動を停止させる五感、それと並行するように、今度は体も硬直を始めた。
 目の前にいる女性は黒々とした輪郭だけとなっていた。彼女が私の頬にそっと手を添える。既に感覚を失っているのにも関わらず、私は触れられた手のひらから伝わる温かさと優しさをつぶさに感じ取っていた。
 皮膚の感覚、視界、聴覚、感覚を少しずつ失って行くなかで、記憶も曖昧となり、先程まで親しげに話していた女性が誰なのかも分からなくなり、偶然池の方に落ちてしまった石が見るような、ただ無機質な世界が目の前に広がった。
 意識が遠い場所に向かう寸前、不意に心地の良い香りが鼻腔を擽る。
 沈みゆく世界の中で、私はその匂いが、好きな人とキスをするときに感じるものであると思い出した。
 あぁ、そうか。と、私は人心地に納得する。
 そう思った時、私の世界は幕を閉じた。

 私、宮古芳香の体に異常があるかもしれない。そう霍青娥は言った。
「なんでだ、青娥?」
「貴方が昨日、夢を見たって言ってたから」
「わたしが?」
「覚えてないの?」
「全然覚えてない……なあ、青娥。夢を見るというのは、いけない——ことなのか?」
「いけないことはない、けど。芳香が夢を見るなんて珍しいからね」
「ふうん」
 夢を見る。というのは、私のような動く死体、いわばキョンシーにとっては珍しいようだ。
 確かによくよく考えると「死体が夢をみる」と言うのは、何だか不思議な気がする。どうして夢を見るのかは知らないが、青娥曰く「昔の記憶を思い出しているのではないか」ということであった。
 死体に過去の記憶など存在しているのだろうか。
 青娥に体の手入れをされるときに一度だけ自分の頭の中を見たことはあったが、子供の作った泥だんごを入れている方がまだマシだと思えた。そんな所に過去の記憶を覚えている箇所があるとは到底思えない。昨日のことすら曖昧で、ここがどこなのかもイマイチ分からないのに、わざわざ過去を記憶する機能なんて残ってはいないだろう。
 青娥曰く、私が夢を見たと言ったのは昨夜、青娥が外から帰って来た時のことらしい。
 妖怪か、もしくは妖精の悪戯により、私の額についている御札が剥がされていたようで、私は縁側に面した廊下に座り夜空を見上げていたそうだ。私の体に損傷がないことを確認した青娥は、御札を私の額に再度貼り付けようとした時、私が彼女に「懐かしい夢をみていた」と、言ったらしい。
 御札がはがれている間の記憶は、ほぼ覚えていない。というか、御札が貼られている状態でもなにかを思い出すのが苦手なのに、剥がれている時の記憶なんて遡ろうにもできるはずがない。
「青娥は、私が夢を見るのがいや?」
 私の質問に対して、せいがは「ううん、別に」と、きっぱりと答えた。
「芳香が夢を見ても見なくても、正直なところどちらでも良いのだけれど。今まで『夢を見る』ことなんてなかったのに、急に見始めたことが不思議なの。もしかすると、貴方の体になにか重大な異常が起こる前触れかもしれないし」青娥は自分の言葉をかき消すように、小さく首を横に振り「正直、少し怖いの」と言い、「怖い顔」をした。
 青娥が怖い顔をするのは、私の体が壊れた時や、私が少しだけ頑張って行動した時など。私が青娥の命令や指示を十分に果たせなかったときに、その顔をする。私はその顔が苦手なので、出来れば見たくない。
 しかし、青娥は「私が夢をみるのは良い」と言った。けれども、怖い顔をした。その理由が私には分からない。それに私が夢を見るのが、どうして怖いと言ったのだろうか。自分の頭の中にある脳が、もう少しまともな形をしていれば、青娥の気持ちが分かったかもしれない。
 どうすればいいのか分からず、無意識の内に目の前にいる青娥を曲がらない腕でそっと挟み込んでいた。
「青娥、ごめんな。私には、分からない」
 空っぽな体の中で、何かが膨れ上がっていく。これが何か知っている気がするが、名前は分からない。分かったとしても、どうせ明日には忘れてしまう。恐らく、記憶は生きている肉体を好み、死んだ肉体に嫌うからだ。それは人間が、私のようなキョンシーやゾンビを嫌うのと似ている。
 目の前にある青娥は、死体の私とは違い生きている。生きているのに青娥は私のことを嫌わない。青娥が私を作ったからだろうけど、それにしても不思議に思う。そもそも、なぜ青娥は私をキョンシーにしたのだ?
 そんなことを考えている間に、気が付くと私は青娥に抱きしめられていた。腐った冷たい体の中で響くように、青娥の声が聞こえた。この感覚には覚えがあった。
「芳香は、不安にならない?」
「なにをだ?」
「もう一度死ぬこととか。よしかは私の手違い一つで、この世から居なくなるの。それって随分と怖いことだと思うの」
「不安にならない」
 例えどれだけ腐った肉体と脳を持っていたとしても、この問いにははっきりと答えられた。
「どうして?」
「もう死んでいるから、これ以上死ぬことは無い。それに、青娥は私が壊れたらすぐに直してくれる」そして私は、無意識で言葉を続けた「青娥は、約束してくれたから。私とずっと一緒に居てくれるって。だから死ぬのは怖くない。だから、青娥も怖がらないで。私がいるから」
 自分の言った言葉に、私は思わず驚いた。約束とはなんだ? そんな約束は青娥とした覚えはない。
 気付いたときには私は死体で、青娥は仙人。下僕と主の関係だ。この間に約束なんて生温いものがある筈がない。あるのは、青娥から下される一方的な命令しかない。
 しかし青娥は、私の言葉を聞いた途端に苦手な怖い顔が消えて、どこか優しい表情になった。
 芳香。そう言うと青娥は、私に顔を近づける。
 青娥の声が、青娥の音が私の中に反響する。その感覚は、遠い昔になくした心臓の鼓動に似ていることを思い出した。

 青娥さんの唇は、花の香りがしました。
 私の「とくんとくん」という鼓動と、青娥さんの「とんとん」という鼓動が重なり、世界が二人の心音に包まれる感覚が、私はたまらなく好きなのです。
「ねえ、青娥さん」私は少し上の方で微笑む青娥さんのお顔をじっ眺めます。「本当に私でいいんですか?」その問いかけに対して、彼女は少しだけムッとした顔をしました。
「私でいいんですか、じゃない。芳香だからいいの」
 それは少し前のこと。青娥さんが仙人になる為に、この土地から旅立つことを決めた時。青娥さんは私をお供に選んで下さったのです。前々から旅立つことは知っていて、「どうせ、青娥さんは私を置いて行くんだろうなー」と思っていたので、青娥さんが私を旅にお誘いしてくださったときには、世界の全てが満天の夜空のように輝いて見えました。
 青娥さんは頬を少しだけ赤らめながら、目の前に広がる黒々とした海に目を向けました。雲一つない夜空の光が海に反射して、天と地、両方がまるで夜空のようです。
「ねえ、青娥さん。どうして仙人になりたいんですか?」
「別に、でもなれたら凄いでしょ?」
「まあ、そうですが」
「それだけよ、そしたら貴方も私も一緒に不老不死になれるかもしれない」
「不老不死に? え、私もですか?」
 もしも不老不死になれるなら、私と青娥さんはずっと一緒に居られることになります。それはどれだけ幸福なことなのでしょう。普段は冗談と嘘をまぜこぜにした言葉で私を翻弄してくる青娥さんではありますが、このときばかりは真剣な表情をしておられました。
「青娥さん、約束ですよ」
「えぇもちろん」
 破裂しそうな鼓動を抱えて、私たちはもう一度唇を重ねると、天と地に広がる星空を眺めました。この風景のように、見つめ合いながら青娥さんと一緒に生きたいと心から思えました。
 そして、この夜のことはきっと死んでも忘れない。そう暖かな自信が胸を満たします。
 この先、どんなことが待ち受けているのでしょうか。不安と緊張、そして少しの好奇心から来るわくわくが止まりません。
 何があっても、私達は二人ならきっと大丈夫な筈です。
 そうですよね、青娥さん。
今日のお昼ごはんは鳥天ざるうどんです。
鉄骨屋
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コメント



0.60簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.80福哭傀のクロ削除
『芳香』と『よしか』を使い分けているのかと思ったのですが、どうもそうでもないらしい……?
読んでるうちは抽象的な話か……と思いましたが、わりと真っ直ぐな話でした。
仙人になる前に芳香と知り合いの青娥は少し新鮮でした。
3.100名前が無い程度の能力削除
純情な芳香がとても良かったです。
5.無評価きぬたあげまき削除
不穏に見せかけてストレートな芳香の感情がとても素敵でした。
※間違えてスマホで見てたら簡易入れちゃいました本当にごめんなさい……
7.90夏後冬前削除
文章表現が多彩で短くてもまとまりがあって非常に満足感がありました
8.90ローファル削除
地の文が文章全体に落ち着いた雰囲気を作り出しているように感じられました。
青娥の気持ちも気になる、いいお話でした。