レミリア・スカーレットは自分は完璧だという自負を持っている。それは立ち振る舞いのことだけでなく居住空間にも表れており、家具はその導線を邪魔せずに最効率で動ける場所に配置し、小物は部屋が殺風景な印象を与えずかつ、雑然さを感じさせない最小限の物で最大限の華やかしさを表現する様に置かれている。彼女の生活空間には一切の無駄が無く、全てが必要で、全てに意味があった。ただ、そんな完璧な彼女の寝室に誰(と言っても自分と一人の従者しか入らない)がどうみても浮いていると思うものが一つだけある。それは一体の人形だ。彼女の見た目(歳は考えない)を踏まえればむしろ年相応ともとれるがそれを鑑みてもなおその人形は悪い意味で存在感を放っていた。それは人の顔程の大きさで、髪は白い布切れを取り付けただけの物で、目はボタンを留めただけ、中に入っている綿も均一でなくぼこぼこしており、人型であることが辛うじてわかるくらいで様は明らかに素人が作った雑なものであった。それでも彼女はそんな人形を手に入れてからおよそ十年近く枕元から動かしたことは片時として無かった。
ある日、いつもの様に睡眠を取ろうとしてふと人形を見ると、それは綺麗になっていた。具体的に言うと髪は人毛かの様に自然で、目は瞳孔まで作り込んであるガラス玉が入っており、肌は滑らかな陶器の様な駄目だやっぱこれ別物だわ。綺麗なんてもんじゃないわこれ。
「咲夜。さーくーや!」
彼女は手を叩いて名前を呼ぶ。この部屋には二人しか入らないのだから自分でなければ犯人はもう一人しかいない。
「申し訳ありませんお嬢様」
開口一番、扉も開けずにその場に一瞬で姿を現した犯人こと十六夜咲夜はそう謝罪する。
「……それは何に対しての謝罪?」
「わかりませんがお嬢様が手を叩いて呼ぶ時は大抵怒っている時ですので」
「……人形のことよ。どうしたのよあれ」
「ああ、よく出来てますよね。アリスに作ってもらったんですよ」
「それも気にはなるけどそっちじゃなくて、前のやつはどうしたのよ」
「あれなら捨てましたよ」
「捨てたぁ!?」
「はい」
「はいって……いやいやいや、あれはあなたが作った――」
「だからですよ。あれはもうお嬢様に相応しくない。完璧なお嬢様には完璧なものが傍にあるべきです」
「完璧って……お前、いやーお前、お前なぁ」
怒ればいいのか、呆れればいいのか、感情に整理の付かないレミリアははぁー、と大きなため息をついて大きくうなだれる。ちら、と目線だけで犯人兼部下の顔を見ると真っ直ぐにこちらに向き、自分は何一つ間違っていないと眼差しだけで主張している。レミリアは再度ため息をつき、ぶすっとした顔で
「あーーーーーーーもう。いい。下がりなさい」
とだけ言った。咲夜はかしこまりましたと言いながら深々と頭を下げ、来る時には使わなかった扉を開けて失礼しますと再度一礼して去って行く。レミリアはその姿を見送った後、これまでのよりも更に長い溜息をはぁー、とつきながらベッドに腰かけ、その本物よりも精巧で美しいドールの頬をつん、と指先でつついた。
次の日、太陽がほんの一欠片だけ上がった、本当にギリギリで朝と言い訳できる程の時間に、レミリアは十何年振りに従者を従えずにたった一人で館を出る。行先は勿論、件の人形を作ったあの魔法使いの家だ。
「ああ、わかってる。わかってるから。入っていいわよ」
その家主である魔法使いはレミリアの顔を見るなりあいさつすらすっ飛ばしてそう言った。こんな早い来訪にも小言の一つも返さずに、まるで約束でもしていたかの様にすんなりとレミリアを家へと招き入れる。押しかけた側である筈のレミリアが面食らって立ち尽くしていると人形がふわふわと寄って来たので慌てて傘を渡して家の中へと入っていった。
「適当に掛けて頂戴。コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「テキーラ」
「はい」
「あるんだ……」
これまた言われてから用意していたのでは間に合わない程の早さで封の切っていない瓶と、飾り気のないシンプルなワンショット用のグラスがとん、と一つ机に置かれた。そして少し遅れて今さっきカットされたであろうレモンまで人形が運んで来る手際の良さだ。
「あのー確認したいんだけど、私って今日ここに来る約束でもしたかしら?」
「いいえ。してないわ」
「やっぱりそうよね。良かった」
と言いながら、レミリアは素手でコルクを抜いてグラスに注ぎ、目の前に掲げる。
「だってグラスが足らないもの」
「は?いや、私は別に」
「足らないわ」
「……一応聞くけど、それは何の乾杯なの?」
「決まってるでしょ。あんなに綺麗な人形を貰ったんだから、祝わないともったいないわ」
その目は笑ってないどころでは無く、射貫かんばかりの鋭さで魔法使いを睨みつけ、全身からは怒気が溢れ出ている。祝おうなんて気はもはや欠片さえも見当たらない。その風貌はまさに仇へカチコミに行くヤクザそのものだ。アリスは観念したかの様にふぅ、と短く息を吐いて指を振ると人形が同じグラスを持って来る。
「……とんだお嬢様ね。私が作った人形を、私が用意した酒で、私の家で祝わせるなんて」
そういってアリスも酒を注ぎグラスを掲げたまま微動だにしないレミリアのそれへがつん、とやや強めにぶつけた。
「だから!私は!咲夜の手作りが良かったのよ!」
「わかってる。わかってるから。そんなに叩かないで。でちゃうから」
ばんばんと机を叩いて言うレミリアと、突っ伏した机からその衝撃を受けているアリス。机には空いた瓶が二つと半分程になった物が一つ。それと皮だけになったレモンの皿が乗っている。
「私だってねえ、何度も何度も言ったのよ。あんたが作ったからレミリアは大切にしてるんだって。それなのに全然聞かないのよ咲夜ったら。あんまりに言うもんだから根負けして作っただけよあんなの」
「なんで捨てるのよ~。咲夜のばかたれ~」
「聞いてないし……」
とんとん、とドアをノックする音。アリスは普段からさして大きくない声より更に
小さい呟く様な声量で入っていいわよ、と答える。
「ねえ、アリスここにお嬢様……は来てるみたいね」
家に入って来た咲夜はレミリアを見かけるなりそう口にした。その声を聞いた瞬間、レミリアはあれだけ暴れていたにも関わらずぴたりと動きを止める。
「あーこれは……これはかなり迷惑をかけたみたいね。ごめんなさいアリス。今度何かお詫びでもするわ」
「別にいいわよこれくらい」
アリスは咲夜の方を向きもせず机に突っ伏した体勢のままそう答える。
「あらそう?まあ、今日はもうどっちもデロデロに酔ってるみたいだしとりあえずお暇しましょうか。ほら、帰りますよお嬢様」
家に入ってからこう言っているほんの僅かな間にまるで我が家の様な手際で机の物を片付け水の入ったコップをアリスの前に置く。
「……やだ。帰らない」
咲夜は何も言わずにレミリアの方へ歩み寄り、レミリアの腕を首に回し引っ張る勢いを利用し両肩に乗せ自分の体に真横になるように担ぎ落ちないように反対の手で片足を抑える。
「せめておんぶだろ咲夜のあほーばかー」
そう言ってレミリアは自由な方の片手片足をばたつかせる。端から見ればまさしく駄々をこねる子供にしか見えない。
「嫌ですよ。おんぶだったら吐いたときに避けられないじゃないですか」
「作ってあげればいいじゃない。そうすれば全部丸く収まるのよ」
「そうね。貴重なものも見れたし作りましょうか」
「それがいいわね。……待って。じゃあなんで私に作らせたの」
思わずアリスは突っ伏した状態のまま顔だけを咲夜に向けてそう問いかける。
「だってお嬢様がこんなに取り乱す所なんてそうそう見れないわ」
この会話を聞いているのかいないのか、相も変わらずレミリアは咲夜の上でうーうー呻きながら手足をばたつかせている。
「……嘘でしょ。あんた最初っからこの為だけにやったって言うの?」
咲夜は人懐っこい笑みを浮かべてアリスの方へ向き、
「だから、迷惑をかけたわねって言ったじゃない。それなのにお詫びもいらないなんてアリスってば優しいんだから。まあ今度来た時に好きなものでも作ってあげるからいつでも来て頂戴」
そう言ってこちらの返事も待たずに咲夜は片手だけで器用にレミリアを抑えつつ空いた手でレミリアの傘を取り家を出る。アリスはゆっくりと起き上がり水を一口飲んだ後、背もたれに寄りかかりその勢いのまま顔を上げて溜め息をつき絞り出すように
「この時間なんだったの……」
とだけ呟いた。
ある日、いつもの様に睡眠を取ろうとしてふと人形を見ると、それは綺麗になっていた。具体的に言うと髪は人毛かの様に自然で、目は瞳孔まで作り込んであるガラス玉が入っており、肌は滑らかな陶器の様な駄目だやっぱこれ別物だわ。綺麗なんてもんじゃないわこれ。
「咲夜。さーくーや!」
彼女は手を叩いて名前を呼ぶ。この部屋には二人しか入らないのだから自分でなければ犯人はもう一人しかいない。
「申し訳ありませんお嬢様」
開口一番、扉も開けずにその場に一瞬で姿を現した犯人こと十六夜咲夜はそう謝罪する。
「……それは何に対しての謝罪?」
「わかりませんがお嬢様が手を叩いて呼ぶ時は大抵怒っている時ですので」
「……人形のことよ。どうしたのよあれ」
「ああ、よく出来てますよね。アリスに作ってもらったんですよ」
「それも気にはなるけどそっちじゃなくて、前のやつはどうしたのよ」
「あれなら捨てましたよ」
「捨てたぁ!?」
「はい」
「はいって……いやいやいや、あれはあなたが作った――」
「だからですよ。あれはもうお嬢様に相応しくない。完璧なお嬢様には完璧なものが傍にあるべきです」
「完璧って……お前、いやーお前、お前なぁ」
怒ればいいのか、呆れればいいのか、感情に整理の付かないレミリアははぁー、と大きなため息をついて大きくうなだれる。ちら、と目線だけで犯人兼部下の顔を見ると真っ直ぐにこちらに向き、自分は何一つ間違っていないと眼差しだけで主張している。レミリアは再度ため息をつき、ぶすっとした顔で
「あーーーーーーーもう。いい。下がりなさい」
とだけ言った。咲夜はかしこまりましたと言いながら深々と頭を下げ、来る時には使わなかった扉を開けて失礼しますと再度一礼して去って行く。レミリアはその姿を見送った後、これまでのよりも更に長い溜息をはぁー、とつきながらベッドに腰かけ、その本物よりも精巧で美しいドールの頬をつん、と指先でつついた。
次の日、太陽がほんの一欠片だけ上がった、本当にギリギリで朝と言い訳できる程の時間に、レミリアは十何年振りに従者を従えずにたった一人で館を出る。行先は勿論、件の人形を作ったあの魔法使いの家だ。
「ああ、わかってる。わかってるから。入っていいわよ」
その家主である魔法使いはレミリアの顔を見るなりあいさつすらすっ飛ばしてそう言った。こんな早い来訪にも小言の一つも返さずに、まるで約束でもしていたかの様にすんなりとレミリアを家へと招き入れる。押しかけた側である筈のレミリアが面食らって立ち尽くしていると人形がふわふわと寄って来たので慌てて傘を渡して家の中へと入っていった。
「適当に掛けて頂戴。コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「テキーラ」
「はい」
「あるんだ……」
これまた言われてから用意していたのでは間に合わない程の早さで封の切っていない瓶と、飾り気のないシンプルなワンショット用のグラスがとん、と一つ机に置かれた。そして少し遅れて今さっきカットされたであろうレモンまで人形が運んで来る手際の良さだ。
「あのー確認したいんだけど、私って今日ここに来る約束でもしたかしら?」
「いいえ。してないわ」
「やっぱりそうよね。良かった」
と言いながら、レミリアは素手でコルクを抜いてグラスに注ぎ、目の前に掲げる。
「だってグラスが足らないもの」
「は?いや、私は別に」
「足らないわ」
「……一応聞くけど、それは何の乾杯なの?」
「決まってるでしょ。あんなに綺麗な人形を貰ったんだから、祝わないともったいないわ」
その目は笑ってないどころでは無く、射貫かんばかりの鋭さで魔法使いを睨みつけ、全身からは怒気が溢れ出ている。祝おうなんて気はもはや欠片さえも見当たらない。その風貌はまさに仇へカチコミに行くヤクザそのものだ。アリスは観念したかの様にふぅ、と短く息を吐いて指を振ると人形が同じグラスを持って来る。
「……とんだお嬢様ね。私が作った人形を、私が用意した酒で、私の家で祝わせるなんて」
そういってアリスも酒を注ぎグラスを掲げたまま微動だにしないレミリアのそれへがつん、とやや強めにぶつけた。
「だから!私は!咲夜の手作りが良かったのよ!」
「わかってる。わかってるから。そんなに叩かないで。でちゃうから」
ばんばんと机を叩いて言うレミリアと、突っ伏した机からその衝撃を受けているアリス。机には空いた瓶が二つと半分程になった物が一つ。それと皮だけになったレモンの皿が乗っている。
「私だってねえ、何度も何度も言ったのよ。あんたが作ったからレミリアは大切にしてるんだって。それなのに全然聞かないのよ咲夜ったら。あんまりに言うもんだから根負けして作っただけよあんなの」
「なんで捨てるのよ~。咲夜のばかたれ~」
「聞いてないし……」
とんとん、とドアをノックする音。アリスは普段からさして大きくない声より更に
小さい呟く様な声量で入っていいわよ、と答える。
「ねえ、アリスここにお嬢様……は来てるみたいね」
家に入って来た咲夜はレミリアを見かけるなりそう口にした。その声を聞いた瞬間、レミリアはあれだけ暴れていたにも関わらずぴたりと動きを止める。
「あーこれは……これはかなり迷惑をかけたみたいね。ごめんなさいアリス。今度何かお詫びでもするわ」
「別にいいわよこれくらい」
アリスは咲夜の方を向きもせず机に突っ伏した体勢のままそう答える。
「あらそう?まあ、今日はもうどっちもデロデロに酔ってるみたいだしとりあえずお暇しましょうか。ほら、帰りますよお嬢様」
家に入ってからこう言っているほんの僅かな間にまるで我が家の様な手際で机の物を片付け水の入ったコップをアリスの前に置く。
「……やだ。帰らない」
咲夜は何も言わずにレミリアの方へ歩み寄り、レミリアの腕を首に回し引っ張る勢いを利用し両肩に乗せ自分の体に真横になるように担ぎ落ちないように反対の手で片足を抑える。
「せめておんぶだろ咲夜のあほーばかー」
そう言ってレミリアは自由な方の片手片足をばたつかせる。端から見ればまさしく駄々をこねる子供にしか見えない。
「嫌ですよ。おんぶだったら吐いたときに避けられないじゃないですか」
「作ってあげればいいじゃない。そうすれば全部丸く収まるのよ」
「そうね。貴重なものも見れたし作りましょうか」
「それがいいわね。……待って。じゃあなんで私に作らせたの」
思わずアリスは突っ伏した状態のまま顔だけを咲夜に向けてそう問いかける。
「だってお嬢様がこんなに取り乱す所なんてそうそう見れないわ」
この会話を聞いているのかいないのか、相も変わらずレミリアは咲夜の上でうーうー呻きながら手足をばたつかせている。
「……嘘でしょ。あんた最初っからこの為だけにやったって言うの?」
咲夜は人懐っこい笑みを浮かべてアリスの方へ向き、
「だから、迷惑をかけたわねって言ったじゃない。それなのにお詫びもいらないなんてアリスってば優しいんだから。まあ今度来た時に好きなものでも作ってあげるからいつでも来て頂戴」
そう言ってこちらの返事も待たずに咲夜は片手だけで器用にレミリアを抑えつつ空いた手でレミリアの傘を取り家を出る。アリスはゆっくりと起き上がり水を一口飲んだ後、背もたれに寄りかかりその勢いのまま顔を上げて溜め息をつき絞り出すように
「この時間なんだったの……」
とだけ呟いた。
ハンドメイドにして手のひらの上だったということですね
とてもよかったです