その日、食卓のど真ん中に鎮座しているお櫃を見たレミリアは尋ねました。
これは何かと。
それに対して咲夜は素直に答えます。
「ひつまぶしにございますわ」
ひつまぶし。
ウナギの蒲焼きを適度な大きさに切り分け、お櫃に入れたご飯に載せ、あるいは混ぜる。
そこから各自の茶碗にとりわけ、各種の薬味を添えて食べるものです。
薬味は各自の好みで使うのですが、さらに出汁を掛けて出汁茶漬けにするなどの変化を楽しむこともできる優れものなのです。
勿論、そこらにあるような平凡なひつまぶしではありません。紅魔館で十六夜咲夜の出すひつまぶしです。ウナギの質の高さ、職人レベルの焼き具合、芸術的なまでの米の炊き具合などはここに言うまでもないでしょう。
ひつまぶしは一同に好評をもって迎えられました。
特にフランドールはお代わりまでするくらいにお気に入りになりました。
ひつまぶしに限らず、実は紅魔館における和食の頻度はそのイメージに反して決して低くありません。
当主レミリアと和食の最初の出会いこそ幻想郷にやってきてからという最近の出来事ではありますが、それはまさに電撃の出会い、一目惚れと言って良いものだったのです。
そして、どちらかというと食の細いスカーレット姉妹が、ある種の和食には旺盛な食欲を見せることもその原因の一つなのです。
ある種の和食とはいわゆる、「混ぜご飯」の類です。
加薬飯、五目寿司、チキンライス、納豆ご飯、あるいは各種丼物。
白飯単体とおかずでも普通には食べるのですが、それが前記のものとなると、とてもよく食べるのです。
実のところ、白飯よりも味の付いたご飯の方が好きだというのはどちらかといえばお子様の味覚や好みなのですが、有能なメイドである咲夜はそんなことをわざわざ指摘しないのです。
「ねえ、どうしてひつまぶしって名前なの?」
それはフランドールの素朴な疑問でした。
ウナ重ならば、ウナ。
カツ丼ならば、カツ。
親子丼ならば、親子。
五目飯ならば、五種類の具。
などと、混ぜているモノ乗せているモノの名前がつきものではないかとフランドールは疑問を呈したのです。
「お櫃の中でまぶしているからですよ」
ひつまぶしの名前由来には諸説ありますが、今回咲夜があげたのはその一つです。
「一応、外の方言でウナギのことをまぶしと呼ぶからと言う説もあるわ」
異説を唱えるのはさすがの紅魔館の頭脳、パチュリー・ノーレッジでした。
「うーん。お櫃でまぶす方が良いと思う」
フランドールの鶴の一声で、紅魔館でのひつまぶしの名の由来は決定しました。何人たりともこの決定に逆らうことはレミリア・スカーレットの名において許されないのです。
「でも」
さらなる疑問の発生です。
妹の溢れる知識欲にレミリアは満足そうに頷きました。
「お櫃でまぶすから《ひつまぶし》なら、ウナギじゃなくてもいいよね」
ここでポン、と手を打ったのは咲夜です。
「確かにそうでございますわ、妹様」
例えば、と咲夜は続けます。
「牛まぶし」
「牛丼かしら?」
パチュリーの横槍にも咲夜は負けません。
「豚まぶし」
「豚丼かしら?」
ちなみに牛のひつまぶしも豚のひつまぶしもそれぞれ実際に存在する料理です。厳密には牛丼豚丼とは違うものなのです。
「手に入るのならば生の海産物でもよろしいかと。お刺身など」
「ちらし寿司かしら?」
「よし、その辺りは八雲のほうに話を通して、また外から仕入れようじゃないか。あとパチェは少し黙って」
フランドールのためですから、レミリアも乗り気です。勿論、自分も食べたいという食いしん坊の気持ちも少しあります。少しです。少し。
翌日から続いたまぶしシリーズは、スカーレット姉妹にとても好評でした。
パチュリーもなんだかんだと喜んで食べていました。
「あ、ごめん」
食事中のフランドールに前に突然現れた魔理沙は無礼を謝りました。
「別にいいけど、どうしたの? 新しい魔法?」
いつものように図書室へ乱入したところ、パチュリーの新作罠に引っかかってしまった魔理沙でした。
新作罠はランダムテレポートです。紅魔館のどこに飛ばされるかパチュリーにもわからないという恐ろしいモノです。
魔理沙が飛ばされたのは、フランドールの部屋だったわけです。
この日フランドールは、少し遅くなった夕食を部屋に運んでもらって食べていました。古明地こいしやルーミア達と遊んでいて、少し帰りが遅くなってしまったのです。
慌てて帰ってきたフランドールの第一声は「ごめんなさい」でした。
きちんと謝ることができたので、レミリアもさほどには怒りませんでした。ただ、夕食の準備がややこしくなってしまったので咲夜にきちんと謝りなさい、とだけ言ったのです。
特に咲夜は怒っていたわけではないのですが、そこは当主レミリアからフランドールへの躾です。フランドールは素直に謝り、咲夜は夕食を部屋へと運びました。
「あ、それじゃあ魔理沙も食べる? 咲夜にお願いしてもう一人前作ってもらおうか」
「んー、いいや、飯は食ってきた。……なんだそれ、お櫃に入った赤飯?」
「赤飯じゃないよ。これはひつまぶし」
魔理沙もひつまぶしは知っています。食べたこともあります。
だけど。
「なんでひつまぶしが赤いんだよ」
フランドールはお櫃の中を覗き込んで確認すると、言いました。
「生なんだよ」
「生のひつまぶしって……いや、その色は……」
「あ」
フランドールはそこでようやく自分の言い間違いに気付いて笑います。
「生のひつまぶしじゃなくて、生のひとまぶしだ、これ」
これは何かと。
それに対して咲夜は素直に答えます。
「ひつまぶしにございますわ」
ひつまぶし。
ウナギの蒲焼きを適度な大きさに切り分け、お櫃に入れたご飯に載せ、あるいは混ぜる。
そこから各自の茶碗にとりわけ、各種の薬味を添えて食べるものです。
薬味は各自の好みで使うのですが、さらに出汁を掛けて出汁茶漬けにするなどの変化を楽しむこともできる優れものなのです。
勿論、そこらにあるような平凡なひつまぶしではありません。紅魔館で十六夜咲夜の出すひつまぶしです。ウナギの質の高さ、職人レベルの焼き具合、芸術的なまでの米の炊き具合などはここに言うまでもないでしょう。
ひつまぶしは一同に好評をもって迎えられました。
特にフランドールはお代わりまでするくらいにお気に入りになりました。
ひつまぶしに限らず、実は紅魔館における和食の頻度はそのイメージに反して決して低くありません。
当主レミリアと和食の最初の出会いこそ幻想郷にやってきてからという最近の出来事ではありますが、それはまさに電撃の出会い、一目惚れと言って良いものだったのです。
そして、どちらかというと食の細いスカーレット姉妹が、ある種の和食には旺盛な食欲を見せることもその原因の一つなのです。
ある種の和食とはいわゆる、「混ぜご飯」の類です。
加薬飯、五目寿司、チキンライス、納豆ご飯、あるいは各種丼物。
白飯単体とおかずでも普通には食べるのですが、それが前記のものとなると、とてもよく食べるのです。
実のところ、白飯よりも味の付いたご飯の方が好きだというのはどちらかといえばお子様の味覚や好みなのですが、有能なメイドである咲夜はそんなことをわざわざ指摘しないのです。
「ねえ、どうしてひつまぶしって名前なの?」
それはフランドールの素朴な疑問でした。
ウナ重ならば、ウナ。
カツ丼ならば、カツ。
親子丼ならば、親子。
五目飯ならば、五種類の具。
などと、混ぜているモノ乗せているモノの名前がつきものではないかとフランドールは疑問を呈したのです。
「お櫃の中でまぶしているからですよ」
ひつまぶしの名前由来には諸説ありますが、今回咲夜があげたのはその一つです。
「一応、外の方言でウナギのことをまぶしと呼ぶからと言う説もあるわ」
異説を唱えるのはさすがの紅魔館の頭脳、パチュリー・ノーレッジでした。
「うーん。お櫃でまぶす方が良いと思う」
フランドールの鶴の一声で、紅魔館でのひつまぶしの名の由来は決定しました。何人たりともこの決定に逆らうことはレミリア・スカーレットの名において許されないのです。
「でも」
さらなる疑問の発生です。
妹の溢れる知識欲にレミリアは満足そうに頷きました。
「お櫃でまぶすから《ひつまぶし》なら、ウナギじゃなくてもいいよね」
ここでポン、と手を打ったのは咲夜です。
「確かにそうでございますわ、妹様」
例えば、と咲夜は続けます。
「牛まぶし」
「牛丼かしら?」
パチュリーの横槍にも咲夜は負けません。
「豚まぶし」
「豚丼かしら?」
ちなみに牛のひつまぶしも豚のひつまぶしもそれぞれ実際に存在する料理です。厳密には牛丼豚丼とは違うものなのです。
「手に入るのならば生の海産物でもよろしいかと。お刺身など」
「ちらし寿司かしら?」
「よし、その辺りは八雲のほうに話を通して、また外から仕入れようじゃないか。あとパチェは少し黙って」
フランドールのためですから、レミリアも乗り気です。勿論、自分も食べたいという食いしん坊の気持ちも少しあります。少しです。少し。
翌日から続いたまぶしシリーズは、スカーレット姉妹にとても好評でした。
パチュリーもなんだかんだと喜んで食べていました。
「あ、ごめん」
食事中のフランドールに前に突然現れた魔理沙は無礼を謝りました。
「別にいいけど、どうしたの? 新しい魔法?」
いつものように図書室へ乱入したところ、パチュリーの新作罠に引っかかってしまった魔理沙でした。
新作罠はランダムテレポートです。紅魔館のどこに飛ばされるかパチュリーにもわからないという恐ろしいモノです。
魔理沙が飛ばされたのは、フランドールの部屋だったわけです。
この日フランドールは、少し遅くなった夕食を部屋に運んでもらって食べていました。古明地こいしやルーミア達と遊んでいて、少し帰りが遅くなってしまったのです。
慌てて帰ってきたフランドールの第一声は「ごめんなさい」でした。
きちんと謝ることができたので、レミリアもさほどには怒りませんでした。ただ、夕食の準備がややこしくなってしまったので咲夜にきちんと謝りなさい、とだけ言ったのです。
特に咲夜は怒っていたわけではないのですが、そこは当主レミリアからフランドールへの躾です。フランドールは素直に謝り、咲夜は夕食を部屋へと運びました。
「あ、それじゃあ魔理沙も食べる? 咲夜にお願いしてもう一人前作ってもらおうか」
「んー、いいや、飯は食ってきた。……なんだそれ、お櫃に入った赤飯?」
「赤飯じゃないよ。これはひつまぶし」
魔理沙もひつまぶしは知っています。食べたこともあります。
だけど。
「なんでひつまぶしが赤いんだよ」
フランドールはお櫃の中を覗き込んで確認すると、言いました。
「生なんだよ」
「生のひつまぶしって……いや、その色は……」
「あ」
フランドールはそこでようやく自分の言い間違いに気付いて笑います。
「生のひつまぶしじゃなくて、生のひとまぶしだ、これ」
生食できる新鮮な人間がいたという事実が割とホラーですね
最後のオチが妖怪じみていてとてもよかったです
そんなものを魔理沙に勧めないで