古明地こいしは考える。
「いつもより無意識の密度が濃い気がする…」
こいしは思う。最近無意識の様子がいつもと違ってきている。
「なんか変だな」
そうは思うけど、特にどうしようもないので放っておく。極彩色の無意識の海の中で今日も眠りについた。
夢の中で誰かが言う。取り留めの無い話。ときどき怒ったり、泣いたり、ごく普通のやりとり。演劇みたいにいろいろと喋ったり、悩んだり。そんなありきたりの光景。
そしてこいしの目が覚める。……なにかがおかしい、そう思う。ごく普通の光景は無意識において普通に起こるわけではない。無意識の中は本来もっとメチャクチャで欲望や隠している事がさざめいて暗く波打つ夜の海のように陰鬱と混沌が渦を巻いている。それが普通なのだ。
無意識で普通の事が起きているのはめったに起こる事の無い異常事態と言える。
「そうなんだけど、うん…どうしようもないしなぁ」
異常である事はわかっても無意識はこいしにとっても完全に制御などできはしない。制御した時点でそれは無意識とは呼べないものになってしまう。
「無意識がおかしい?」古明地さとりは首をかしげる。
一応、姉に相談してみたが、姉は無意識の事には鈍いから、期待はしていない。
「無意識が…」「無意識がね…」さとりは悩む時によくやる仕草で、トントンと額を小突いている。第三の眼はそこにはないが、なんとなく通じているような気がするらしい。
「簡単に言うと…無意識が濃くなっているのなら、人間の意識の変化が原因でしょうね」
「人間の?」
と言うと、少しあきれた風にさとりは続ける。
「当たり前でしょう、わたしもこいしも意識と無意識に分かれただけで、心に根ざす妖怪。人間の影響をとても受けやすい。特にこいしはそれに対して意識的な防御が行えないのだから、もっと人間のことは気にしないとダメよ」
「人間を気にする…?」
「まあ、直接に人間に接する事ではなくて、人間の動向ぐらいは知っておくといいんじゃない?それだけでも無駄にはならないはず」
さとりは本棚に向かい、手を伸ばしなにやら紙切れを持ってきてこいしに渡した。
「これなに?」
「新聞よ。天狗が配るより少しぐらいはマシなほうのね」
ぺらりとめくって見てみる。
「これ、幻想郷のじゃない?」
「そう、外の世界の新聞ね、それは。ちょっとツテを使って集めてるから」
読んでみるこいし。
「あなたの無意識は幻想郷にそこまで限定はされていないと考えてる。無意識に境界は作りにくいから。外の世界の意識にも多くの影響を受けてるはずだから、それで色々な事を知っておいたほうがいいわ」
あまり聞かずに、こいしは新聞を読んでいく。一つの記事が眼にとまった。
それは派手な記事とは言えず、人生相談のようなコーナーだった。内容は母親と娘の関係についての悩み。
「なに、そんなコーナーが気になってるの?戦争の記事もあるのに」
集中しているこいしは身を乗り出してくるさとりを押しのけながら読んだ。
内容はたわいも無い話で、それほどに珍しいとも思えない。ただ、とてもひっかかるのが「無自覚」と言う言葉。これが突き刺さるように気になった。
「ありきたりな話にみえるけど、そんなに気になるの?」
こいしは頷いた。そして説明が欲しいような顔をする。
「説明が欲しいって顔してるわね。しょうがない、その記事ちゃんと見せてみなさい」
さとりは記事を熟読していく、第三の眼をうねらせながら読みふける。そしてひたすら思考に耽る。少し経って、
「うん、まあ実際ありきたりな話でしかないわね。ただ、特殊なのは無自覚ってところね」
そこだ!という顔でさとりを見つめる。
「当たってたみたいね。この話はごく普通の話に見えてものすごく異常にも見える。それが無自覚であるところ」
記事に書いてある事そのものはありきたりな親子関係のトラブルに見える。だが、親のほうも子のほうもその問題に対して妙に無自覚なのだ。
娘が自傷行為を起こすほどのことをしているのに、娘のほうにすら問題の自覚が無い。なにもなかったかのように笑って医者に話すのだ。
ありふれた過去なんでなんのことはない、と笑って話しながら自傷行為が止まらない。問題の自覚ができていない。
「これは派手な事が起きていないけど、なかったことにしたいとか自己防衛が行き過ぎている事例ね、放っとくと危険かも」
こいしが促すような仕草をする。
「ああ、まあ普通に分析してもしょうがないか。無自覚な事例が増えるってことは意識から無意識にいろんなことを押し付けてしまっているの。それが本当に沢山起きているんならこいしの無意識の世界にも影響が出るかもしれない」
「あのね…」
「無意識が鮮明になってきてる?それはちょっと大変かもしれない。無意識と意識が逆転するなんてことも…それはないか」
完全に思考するモードに入ってしまったさとりはまわりが眼に入らなくなる。仕方が無いのでこいしは場所を変えて、改めて新聞を読む事にした。
無自覚という観点で見るといろんなことが眼にとまる。ストーカーという変質的な犯罪者が「自分をコントロールできなかった」と言っている。無自覚?かもしれない。こいしも自分がコントロールできなくなることがあった。
鎮痛剤を飲みすぎる?痛みを自覚したくないのかも。人の意見や他人の評価ばかり?自分のことを自覚したくないのかも。他にもいろんなことにこいしは無自覚を発見していった。
世界は無自覚であふれてる。なら、みんなわたしの世界に入ってくるんだと思い、こいしは願う。暗く苦しい無意識の世界が明るい世界になる夢を。
みんながここで笑いあう日を願って眠りについた。それがなにを意味するかもわからずに。
「いつもより無意識の密度が濃い気がする…」
こいしは思う。最近無意識の様子がいつもと違ってきている。
「なんか変だな」
そうは思うけど、特にどうしようもないので放っておく。極彩色の無意識の海の中で今日も眠りについた。
夢の中で誰かが言う。取り留めの無い話。ときどき怒ったり、泣いたり、ごく普通のやりとり。演劇みたいにいろいろと喋ったり、悩んだり。そんなありきたりの光景。
そしてこいしの目が覚める。……なにかがおかしい、そう思う。ごく普通の光景は無意識において普通に起こるわけではない。無意識の中は本来もっとメチャクチャで欲望や隠している事がさざめいて暗く波打つ夜の海のように陰鬱と混沌が渦を巻いている。それが普通なのだ。
無意識で普通の事が起きているのはめったに起こる事の無い異常事態と言える。
「そうなんだけど、うん…どうしようもないしなぁ」
異常である事はわかっても無意識はこいしにとっても完全に制御などできはしない。制御した時点でそれは無意識とは呼べないものになってしまう。
「無意識がおかしい?」古明地さとりは首をかしげる。
一応、姉に相談してみたが、姉は無意識の事には鈍いから、期待はしていない。
「無意識が…」「無意識がね…」さとりは悩む時によくやる仕草で、トントンと額を小突いている。第三の眼はそこにはないが、なんとなく通じているような気がするらしい。
「簡単に言うと…無意識が濃くなっているのなら、人間の意識の変化が原因でしょうね」
「人間の?」
と言うと、少しあきれた風にさとりは続ける。
「当たり前でしょう、わたしもこいしも意識と無意識に分かれただけで、心に根ざす妖怪。人間の影響をとても受けやすい。特にこいしはそれに対して意識的な防御が行えないのだから、もっと人間のことは気にしないとダメよ」
「人間を気にする…?」
「まあ、直接に人間に接する事ではなくて、人間の動向ぐらいは知っておくといいんじゃない?それだけでも無駄にはならないはず」
さとりは本棚に向かい、手を伸ばしなにやら紙切れを持ってきてこいしに渡した。
「これなに?」
「新聞よ。天狗が配るより少しぐらいはマシなほうのね」
ぺらりとめくって見てみる。
「これ、幻想郷のじゃない?」
「そう、外の世界の新聞ね、それは。ちょっとツテを使って集めてるから」
読んでみるこいし。
「あなたの無意識は幻想郷にそこまで限定はされていないと考えてる。無意識に境界は作りにくいから。外の世界の意識にも多くの影響を受けてるはずだから、それで色々な事を知っておいたほうがいいわ」
あまり聞かずに、こいしは新聞を読んでいく。一つの記事が眼にとまった。
それは派手な記事とは言えず、人生相談のようなコーナーだった。内容は母親と娘の関係についての悩み。
「なに、そんなコーナーが気になってるの?戦争の記事もあるのに」
集中しているこいしは身を乗り出してくるさとりを押しのけながら読んだ。
内容はたわいも無い話で、それほどに珍しいとも思えない。ただ、とてもひっかかるのが「無自覚」と言う言葉。これが突き刺さるように気になった。
「ありきたりな話にみえるけど、そんなに気になるの?」
こいしは頷いた。そして説明が欲しいような顔をする。
「説明が欲しいって顔してるわね。しょうがない、その記事ちゃんと見せてみなさい」
さとりは記事を熟読していく、第三の眼をうねらせながら読みふける。そしてひたすら思考に耽る。少し経って、
「うん、まあ実際ありきたりな話でしかないわね。ただ、特殊なのは無自覚ってところね」
そこだ!という顔でさとりを見つめる。
「当たってたみたいね。この話はごく普通の話に見えてものすごく異常にも見える。それが無自覚であるところ」
記事に書いてある事そのものはありきたりな親子関係のトラブルに見える。だが、親のほうも子のほうもその問題に対して妙に無自覚なのだ。
娘が自傷行為を起こすほどのことをしているのに、娘のほうにすら問題の自覚が無い。なにもなかったかのように笑って医者に話すのだ。
ありふれた過去なんでなんのことはない、と笑って話しながら自傷行為が止まらない。問題の自覚ができていない。
「これは派手な事が起きていないけど、なかったことにしたいとか自己防衛が行き過ぎている事例ね、放っとくと危険かも」
こいしが促すような仕草をする。
「ああ、まあ普通に分析してもしょうがないか。無自覚な事例が増えるってことは意識から無意識にいろんなことを押し付けてしまっているの。それが本当に沢山起きているんならこいしの無意識の世界にも影響が出るかもしれない」
「あのね…」
「無意識が鮮明になってきてる?それはちょっと大変かもしれない。無意識と意識が逆転するなんてことも…それはないか」
完全に思考するモードに入ってしまったさとりはまわりが眼に入らなくなる。仕方が無いのでこいしは場所を変えて、改めて新聞を読む事にした。
無自覚という観点で見るといろんなことが眼にとまる。ストーカーという変質的な犯罪者が「自分をコントロールできなかった」と言っている。無自覚?かもしれない。こいしも自分がコントロールできなくなることがあった。
鎮痛剤を飲みすぎる?痛みを自覚したくないのかも。人の意見や他人の評価ばかり?自分のことを自覚したくないのかも。他にもいろんなことにこいしは無自覚を発見していった。
世界は無自覚であふれてる。なら、みんなわたしの世界に入ってくるんだと思い、こいしは願う。暗く苦しい無意識の世界が明るい世界になる夢を。
みんながここで笑いあう日を願って眠りについた。それがなにを意味するかもわからずに。