「本日はお忙しいところ、ご足労いただきましてありがとうございます」
頭を下げるのは上白沢慧音さん、人里の小学校の先生です。
「素敵な体育館ができて良かったですね」
そう答えたのはレミリアお嬢さま。
ここは小学校の体育館竣工式典会場。
建築費用の半分はスカーレット家が寄付していて、残り半分のほとんどもスカーレットコンツェルン関連企業であることは暗黙のなんとやらです。
ですから当然のようにレミリアお嬢さまは本式典の筆頭来賓なわけですね。
式典もつつがなく終わり、雑談もキリ良く落ち着き、そろそろお暇のタイミングです。
「慧音先生、更衣室をお借りしてもよろしくて?」
「お着換えですか? もちろん結構ですよ。新築の体育館の更衣室を一番初めに使われるのがスカーレット社長とは大変名誉なことです」
「まあ、先生はお上手ですね」
微笑むお嬢さま。今はお仕事モードなのでビシッとしたスーツ姿です。
―――†―――†―――†―――
カジュアルな服に着替えたお嬢さま。
普段はスーパー実業家として秒単位のスケジュールをこなさなければいけないのですが、たまーにポッカリと時間んが空く時があり、お嬢さまはすかさず街角探索に出かけるのです。
正体がバレては何かと面倒が起こりますから事前にバッチリ変装するのです。
大きな帽子と丸眼鏡で耳と瞳を隠し、紅いミニスカワンピースの上に美鈴から奪ったジャンパー(翼を隠せるくらい大きい)。
ジャンパーの背中の膨らみを隠すために背負った大きなリュックと、お気に入りの妹手作りポーチ。そして素足にスニーカーという姿です。
見た目は十代後半、少し小柄なJKに見えなくもありません。
ちなみに着ていたビジネススーツはお付きのメイド妖精に持たせ、先に帰らせています。その際、メイド長兼主席秘書(もちろん、十六夜咲夜さんですね)にはバレないように念押ししています(ま、咲夜さんを謀るのはまず無理なのですがね。お嬢さまの息抜きを見て見ぬふりする大人の女なんですよ)。
ご本人は完璧な変装と信じているようですが、この程度でダマされるのは、よっぽどアレな連中くらいで、街中の人々は気付かぬふりして【おしのび】探索行を温かく見守っているのです。
そんなわけで久しぶりの【おしのび】です。
賑わいを見せる街中は人々に混じって妖怪や妖精も見られます。
博麗の巫女さんの仲介で人と妖怪の間に協定ができ、人に危害を与えない妖怪、妖精は自由に人里に入れるようになったのです。
そして白狼天狗のお巡りさんが治安維持に活躍しています。巡回員もそうですが、夜間照明の設置など、治安維持にもお嬢さまは多く出資しています。
(この辺りも変わってきたわね。活気があるわ)
うむうむと納得顔のお嬢さまです。
商店街にさしかかると、少女たちのかしましい会話が聞こえてきました。
「サニー! ソースかけすぎだよ!」
「なに言ってんの? 濃い方がおいしいのよ」
「そんなにかけたらソースの味しかしないじゃないの」
「ルナは細かすぎだよ。スターもそう思うよね?」
「う~ん、おいひ~」
「相変わらず、スターはマイペースね」
小さな羽をぴょこぴょこさせて騒いでいるのは小柄な三体の妖精でした。
オレンジがかった金髪をツーサイドアップにしてメイド風のブリムをのせているのがサニーミルク。
明るめの金髪を縦ロールにし、サニーを口撃しているのがルナチャイルド。
黒髪ストレートの前髪ぱっつん、大きな青いリボンをし、のんびりとモグモグしているのがスターサファイア。
今は博麗神社の大木に住んでいるらしい光の三妖精が店先でワイワイとやっています。
(何を食べているのかしら? 美味しそうね)
お嬢さまは興味津々です。
(ここは気さくなお姉さんっぽく、直接聞いてみるに限るわね)
ビジネスシーンでは厳しい顔もしますが、本来のレミリアさんはとても気さくで優しいお姉さんです。素のままでOKだと思われます。
「お嬢ちゃんたち、何を食べているの?」
「コロッケパンだよ」
真っ先に答えたのはサニーでした。
「ころっけ……ぱん?」
「うん、コロッケパン」
「お姉さん、コロッケパンを知らないの? 人(?)生の半分損しているわよ」
少し意地の悪い言い方をするのはルナですね。
(貴方の半分はころっけぱんなのかしら? なーんて切り返すのも大人げないわね。だったら……)
「でも、おかげで貴方たちに会うことができたわ」
そう言って優しく微笑みました。
(うわわわ、き、きれぇーーー)×3
魅了の魔眼を使うまでもありません。三妖精のハートをあっという間に鷲掴みです。
「私にころっけぱん、教えてくれる?」
「よろこんでえーーー!」×3
「それじゃまず、ころっけぱんって何?」
「コロッケをコッペパンにはさんだのがコロッケパンだよ!」
えっへんと胸を張るサニー。
(……まあ、そうでしょうね)
「あ、お姉さんのその顔、バカにしてるわね?」
(あらいけない。仕事じゃないからポーカーフェイスを忘れちゃっていたわね)
「ただのコロッケパンじゃないんだから」
「そうね。だいたい五十円はかかるわ」
「スター! 変なこと言わないで! そーゆーことじゃないんだから!」
「はいはい」
「幻想郷一オイシイコロッケパンだよ!」
「ルナ! それ、私が言いたかったのに!」
ここで『幻想郷じゃあ、二番目だね』というボケを想像した人は飛●五郎と一緒に撃たれてください。
(賑やかな三人組ねー、微笑ましいわ。話がなかなか進まないけど……)
「えーと、そのコロッケパンはどこで買えるのかしら? パン屋さんかしら?」
「ふふふん」×3
(あらまあ、かわいいドヤ顔が三つも)
「たしかにパン屋さんで売ってることもあるよ」
「でも私たちが教えてあげるのは幻想郷一!」
「簡単には買えないのよ~」
順にサニー・ルナ・スターでした。
「それでは貴方たちが食べていたコロッケパンは?」
「まず、あそこのパン屋さんに行きます」
「そこでコッペパンを買います」
「その時、店のおばちゃんにパンに切れ目を入れてって頼みまーす」
「切れ目?」
「お姉さん、ホットドッグ知ってる?」
「ええ」
「あんな感じ」
「挟むのね」
「そーいうこと」
「そのパンをもってこのお肉屋さんに行きます」
「そこでコロッケを買います」
「その時、店のおじちゃんにパンに挟んでって頼みまーす」
「コッペパンにコロッケは分かったけどちょっと大きすぎないかしら?」
お嬢さまは両者の大きさを想像して挟みにくいように感じたようです。
「チッチッチッ」
サニーが人差し指をピッピッと振りました。ちょっとウザいですね。
「肉屋のおじさんは慣れているからコロッケをちょっと斜めに半分に切って挟んでくれるのよ」
「そして、お好みでお肉屋さんの外の棚に置いてある特製ソースをかけまーす」
「それでコロッケパンの出来上がり」×3
またしてもかわいいドヤ顔。
「ふふふ、ありがとう。良いことを教わったわ」
三妖精は、満足しているお嬢さまの顔を下から覗き込んでいます。
「な、なに?」
「お姉さん妖怪でしょ」
「え?」
「うまく変装してても私たちには分かっちゃうんだよね」
「人里は初めて?」
「天狗のお巡りさんには内緒にしててあげる」
「悪さしなければ、だいじょうぶだよ」
「あははは、ありごとう」
「この辺には怖いのいないから」
(バレちゃったか……私の変装もまだ甘いわね、ふふ)
えーと、デロ甘です。
「じゃあね」
三体は走り去っていきました。次は駄菓子屋のようです。あ、街中では緊急時以外飛んではいけないのです。
なんとなく小腹がすいたお嬢さま。
(コロッケパンかぁ……試してみようかしら)
三妖精の言っていたパン屋さんは通りの反対側にあります。
(ふーん、コッペパン専門店なの? 学校給食用に卸しているのかしらね)
ガラス戸を開けて中に入ると、コッペパンの入ったガラスケースの向こうで人間にしてはかなり高齢のおばあちゃんが店番してる。
「いらっしゃい」
「コッペパンをひとつくださいな。切ってくださる?」
「あいよ~」
毎日子供たち相手にコッペパンを売ってるからパンを切る手際が手馴れている。
「マーガリン、サービスに塗っとくよ」
「あら、ありがとうございます」
紙に挟んだパンを手渡すおばあちゃん。
「二十円だよ」
「あ、はい」
慌てて財布を取り出すお嬢さま。
(しまった!財布には一万円札しか入っていないわ。この規模の店で一万円札出したらひんしゅくよね。カードが使えるとは思えないし)
姉妹そろって同じことやらかしてますねー。
その時! 財布の隅にコインを発見!
(これは!)
財布から取りだしたのは昭和三十二年製五十円硬貨(穴無し)でした。
穴無しの五十円ニッケル貨は昭和三十年に日本で初めて作られた五十円玉です。穴が開いていないのが特徴ですね。発行期間が四年間と短いため、希少価値があり、新品・良品は額面以上で取引されるようです。
(珍しい硬貨だから取っておいたのだったわ。ここで使うのは少しもったいない気がするけれども……)
苦渋の末に決断し、レア五十円硬貨を使ってしまうお嬢さま。
「はい、お釣りは三十万両」
「は? サンジュウマンリョー? え?」
お嬢さまには商店街ギャグは難しかったようです。
―――†―――†―――†―――
「お嬢ちゃん気を付けてね~ 揚げたてだから熱いよ」
ご指定のお肉屋さんでコッペパンを渡してコロッケを注文すると、店主さんは手際よくコロッケを切って挟んでくれます。
(お嬢ちゃん……まあ、そう見えるのなら変装は成功しているってことよね? 実際は五百歳をちょっと超えちゃってるけど)
と、少し苦笑いが出てしまいます。
もちろん、店主さんはその正体をスルーしているんですけどね。
コッペパンが二十円でコロッケが三十円、ちょうど五十円で済みました。
お肉屋さんの特製ソースはセルフサービスです。
素材の味を確かめるため、お嬢様はソースをちょこっとだけにします。
お肉屋さんの横のベンチに座り、ふうふうしてからパクっと一口。
(……なにこれ! おいしい! 荒くつぶしたジャガイモのコロッケとソース、そしてコッペパンが絶妙にマッチしているわ)
予想以上の高評価です。出来立てのコロッケパン、実はマーガリンが良い仕事をしているようです。
(今度、フランを連れて食べにこようかしら)
コロッケパンを美味しそうにほおばっているお嬢さまの前を星条旗柄の派手な服装の妖精が横切りました。
「おっちゃーん」
「お、クラピーちゃん。今日はひとりかい? いつもの綺麗なお母さんはどうしたね?」
「お母さんじゃないよ。ご主人様だよう。それよりも、これよろしく~」
とコッペパンを出したのは迷子になりやすい地獄の妖精クラウンピースでした。本日はご主人様=ヘカーティア・ラピスラズリは同伴していないようです。
「コロッケでいいかい」
「今日はメンチで!」
「ほお、お母さんからお小遣いもらったんだねー」
「だから、お母さんじゃないって!」
お嬢さまの横に座ってメンチカツパンを頬張るクラピー。
それを見下ろして
(メンチカツパンですって!? 絶対美味しいじゃない!)
次はコレだ! と心に決めるお嬢さまでした。
―――†―――†―――†―――
……おまけ……
その夜。
ふかふかの絨毯を敷き詰めた広い談話室に吸血鬼姉妹が、お気に入りのクッションに身を沈めています。
そして姉が妹に昼間の出来事を話しています。
「今度、一緒に行きましょうか? 咲夜には内緒よ」
「その店、シロちゃんたちと行ったよ?」
「えっ! そんなぁ……」
――― おしまい ―――
次回予告
「あなた妖精でしょ。見かけない顔だけど、この街ではヒトに変装する必要はないわ」
お忍び中のお嬢さまの背後から声がかかる。
「この街はヒトも妖怪も妖精もみんな平等。だって私達の主(あるじ)レミリア・スカーレット様が治める街だから」
そこには休暇中のメイド妖精がふたり。
「美味しいものが食べたいのね?私たちが案内してあげるわ」
お嬢さまのスイーツ三昧の一日が始まる。
次回、「お嬢さまは甘ーい妖精?」につづく。
(つづきますw 作者註)
頭を下げるのは上白沢慧音さん、人里の小学校の先生です。
「素敵な体育館ができて良かったですね」
そう答えたのはレミリアお嬢さま。
ここは小学校の体育館竣工式典会場。
建築費用の半分はスカーレット家が寄付していて、残り半分のほとんどもスカーレットコンツェルン関連企業であることは暗黙のなんとやらです。
ですから当然のようにレミリアお嬢さまは本式典の筆頭来賓なわけですね。
式典もつつがなく終わり、雑談もキリ良く落ち着き、そろそろお暇のタイミングです。
「慧音先生、更衣室をお借りしてもよろしくて?」
「お着換えですか? もちろん結構ですよ。新築の体育館の更衣室を一番初めに使われるのがスカーレット社長とは大変名誉なことです」
「まあ、先生はお上手ですね」
微笑むお嬢さま。今はお仕事モードなのでビシッとしたスーツ姿です。
―――†―――†―――†―――
カジュアルな服に着替えたお嬢さま。
普段はスーパー実業家として秒単位のスケジュールをこなさなければいけないのですが、たまーにポッカリと時間んが空く時があり、お嬢さまはすかさず街角探索に出かけるのです。
正体がバレては何かと面倒が起こりますから事前にバッチリ変装するのです。
大きな帽子と丸眼鏡で耳と瞳を隠し、紅いミニスカワンピースの上に美鈴から奪ったジャンパー(翼を隠せるくらい大きい)。
ジャンパーの背中の膨らみを隠すために背負った大きなリュックと、お気に入りの妹手作りポーチ。そして素足にスニーカーという姿です。
見た目は十代後半、少し小柄なJKに見えなくもありません。
ちなみに着ていたビジネススーツはお付きのメイド妖精に持たせ、先に帰らせています。その際、メイド長兼主席秘書(もちろん、十六夜咲夜さんですね)にはバレないように念押ししています(ま、咲夜さんを謀るのはまず無理なのですがね。お嬢さまの息抜きを見て見ぬふりする大人の女なんですよ)。
ご本人は完璧な変装と信じているようですが、この程度でダマされるのは、よっぽどアレな連中くらいで、街中の人々は気付かぬふりして【おしのび】探索行を温かく見守っているのです。
そんなわけで久しぶりの【おしのび】です。
賑わいを見せる街中は人々に混じって妖怪や妖精も見られます。
博麗の巫女さんの仲介で人と妖怪の間に協定ができ、人に危害を与えない妖怪、妖精は自由に人里に入れるようになったのです。
そして白狼天狗のお巡りさんが治安維持に活躍しています。巡回員もそうですが、夜間照明の設置など、治安維持にもお嬢さまは多く出資しています。
(この辺りも変わってきたわね。活気があるわ)
うむうむと納得顔のお嬢さまです。
商店街にさしかかると、少女たちのかしましい会話が聞こえてきました。
「サニー! ソースかけすぎだよ!」
「なに言ってんの? 濃い方がおいしいのよ」
「そんなにかけたらソースの味しかしないじゃないの」
「ルナは細かすぎだよ。スターもそう思うよね?」
「う~ん、おいひ~」
「相変わらず、スターはマイペースね」
小さな羽をぴょこぴょこさせて騒いでいるのは小柄な三体の妖精でした。
オレンジがかった金髪をツーサイドアップにしてメイド風のブリムをのせているのがサニーミルク。
明るめの金髪を縦ロールにし、サニーを口撃しているのがルナチャイルド。
黒髪ストレートの前髪ぱっつん、大きな青いリボンをし、のんびりとモグモグしているのがスターサファイア。
今は博麗神社の大木に住んでいるらしい光の三妖精が店先でワイワイとやっています。
(何を食べているのかしら? 美味しそうね)
お嬢さまは興味津々です。
(ここは気さくなお姉さんっぽく、直接聞いてみるに限るわね)
ビジネスシーンでは厳しい顔もしますが、本来のレミリアさんはとても気さくで優しいお姉さんです。素のままでOKだと思われます。
「お嬢ちゃんたち、何を食べているの?」
「コロッケパンだよ」
真っ先に答えたのはサニーでした。
「ころっけ……ぱん?」
「うん、コロッケパン」
「お姉さん、コロッケパンを知らないの? 人(?)生の半分損しているわよ」
少し意地の悪い言い方をするのはルナですね。
(貴方の半分はころっけぱんなのかしら? なーんて切り返すのも大人げないわね。だったら……)
「でも、おかげで貴方たちに会うことができたわ」
そう言って優しく微笑みました。
(うわわわ、き、きれぇーーー)×3
魅了の魔眼を使うまでもありません。三妖精のハートをあっという間に鷲掴みです。
「私にころっけぱん、教えてくれる?」
「よろこんでえーーー!」×3
「それじゃまず、ころっけぱんって何?」
「コロッケをコッペパンにはさんだのがコロッケパンだよ!」
えっへんと胸を張るサニー。
(……まあ、そうでしょうね)
「あ、お姉さんのその顔、バカにしてるわね?」
(あらいけない。仕事じゃないからポーカーフェイスを忘れちゃっていたわね)
「ただのコロッケパンじゃないんだから」
「そうね。だいたい五十円はかかるわ」
「スター! 変なこと言わないで! そーゆーことじゃないんだから!」
「はいはい」
「幻想郷一オイシイコロッケパンだよ!」
「ルナ! それ、私が言いたかったのに!」
ここで『幻想郷じゃあ、二番目だね』というボケを想像した人は飛●五郎と一緒に撃たれてください。
(賑やかな三人組ねー、微笑ましいわ。話がなかなか進まないけど……)
「えーと、そのコロッケパンはどこで買えるのかしら? パン屋さんかしら?」
「ふふふん」×3
(あらまあ、かわいいドヤ顔が三つも)
「たしかにパン屋さんで売ってることもあるよ」
「でも私たちが教えてあげるのは幻想郷一!」
「簡単には買えないのよ~」
順にサニー・ルナ・スターでした。
「それでは貴方たちが食べていたコロッケパンは?」
「まず、あそこのパン屋さんに行きます」
「そこでコッペパンを買います」
「その時、店のおばちゃんにパンに切れ目を入れてって頼みまーす」
「切れ目?」
「お姉さん、ホットドッグ知ってる?」
「ええ」
「あんな感じ」
「挟むのね」
「そーいうこと」
「そのパンをもってこのお肉屋さんに行きます」
「そこでコロッケを買います」
「その時、店のおじちゃんにパンに挟んでって頼みまーす」
「コッペパンにコロッケは分かったけどちょっと大きすぎないかしら?」
お嬢さまは両者の大きさを想像して挟みにくいように感じたようです。
「チッチッチッ」
サニーが人差し指をピッピッと振りました。ちょっとウザいですね。
「肉屋のおじさんは慣れているからコロッケをちょっと斜めに半分に切って挟んでくれるのよ」
「そして、お好みでお肉屋さんの外の棚に置いてある特製ソースをかけまーす」
「それでコロッケパンの出来上がり」×3
またしてもかわいいドヤ顔。
「ふふふ、ありがとう。良いことを教わったわ」
三妖精は、満足しているお嬢さまの顔を下から覗き込んでいます。
「な、なに?」
「お姉さん妖怪でしょ」
「え?」
「うまく変装してても私たちには分かっちゃうんだよね」
「人里は初めて?」
「天狗のお巡りさんには内緒にしててあげる」
「悪さしなければ、だいじょうぶだよ」
「あははは、ありごとう」
「この辺には怖いのいないから」
(バレちゃったか……私の変装もまだ甘いわね、ふふ)
えーと、デロ甘です。
「じゃあね」
三体は走り去っていきました。次は駄菓子屋のようです。あ、街中では緊急時以外飛んではいけないのです。
なんとなく小腹がすいたお嬢さま。
(コロッケパンかぁ……試してみようかしら)
三妖精の言っていたパン屋さんは通りの反対側にあります。
(ふーん、コッペパン専門店なの? 学校給食用に卸しているのかしらね)
ガラス戸を開けて中に入ると、コッペパンの入ったガラスケースの向こうで人間にしてはかなり高齢のおばあちゃんが店番してる。
「いらっしゃい」
「コッペパンをひとつくださいな。切ってくださる?」
「あいよ~」
毎日子供たち相手にコッペパンを売ってるからパンを切る手際が手馴れている。
「マーガリン、サービスに塗っとくよ」
「あら、ありがとうございます」
紙に挟んだパンを手渡すおばあちゃん。
「二十円だよ」
「あ、はい」
慌てて財布を取り出すお嬢さま。
(しまった!財布には一万円札しか入っていないわ。この規模の店で一万円札出したらひんしゅくよね。カードが使えるとは思えないし)
姉妹そろって同じことやらかしてますねー。
その時! 財布の隅にコインを発見!
(これは!)
財布から取りだしたのは昭和三十二年製五十円硬貨(穴無し)でした。
穴無しの五十円ニッケル貨は昭和三十年に日本で初めて作られた五十円玉です。穴が開いていないのが特徴ですね。発行期間が四年間と短いため、希少価値があり、新品・良品は額面以上で取引されるようです。
(珍しい硬貨だから取っておいたのだったわ。ここで使うのは少しもったいない気がするけれども……)
苦渋の末に決断し、レア五十円硬貨を使ってしまうお嬢さま。
「はい、お釣りは三十万両」
「は? サンジュウマンリョー? え?」
お嬢さまには商店街ギャグは難しかったようです。
―――†―――†―――†―――
「お嬢ちゃん気を付けてね~ 揚げたてだから熱いよ」
ご指定のお肉屋さんでコッペパンを渡してコロッケを注文すると、店主さんは手際よくコロッケを切って挟んでくれます。
(お嬢ちゃん……まあ、そう見えるのなら変装は成功しているってことよね? 実際は五百歳をちょっと超えちゃってるけど)
と、少し苦笑いが出てしまいます。
もちろん、店主さんはその正体をスルーしているんですけどね。
コッペパンが二十円でコロッケが三十円、ちょうど五十円で済みました。
お肉屋さんの特製ソースはセルフサービスです。
素材の味を確かめるため、お嬢様はソースをちょこっとだけにします。
お肉屋さんの横のベンチに座り、ふうふうしてからパクっと一口。
(……なにこれ! おいしい! 荒くつぶしたジャガイモのコロッケとソース、そしてコッペパンが絶妙にマッチしているわ)
予想以上の高評価です。出来立てのコロッケパン、実はマーガリンが良い仕事をしているようです。
(今度、フランを連れて食べにこようかしら)
コロッケパンを美味しそうにほおばっているお嬢さまの前を星条旗柄の派手な服装の妖精が横切りました。
「おっちゃーん」
「お、クラピーちゃん。今日はひとりかい? いつもの綺麗なお母さんはどうしたね?」
「お母さんじゃないよ。ご主人様だよう。それよりも、これよろしく~」
とコッペパンを出したのは迷子になりやすい地獄の妖精クラウンピースでした。本日はご主人様=ヘカーティア・ラピスラズリは同伴していないようです。
「コロッケでいいかい」
「今日はメンチで!」
「ほお、お母さんからお小遣いもらったんだねー」
「だから、お母さんじゃないって!」
お嬢さまの横に座ってメンチカツパンを頬張るクラピー。
それを見下ろして
(メンチカツパンですって!? 絶対美味しいじゃない!)
次はコレだ! と心に決めるお嬢さまでした。
―――†―――†―――†―――
……おまけ……
その夜。
ふかふかの絨毯を敷き詰めた広い談話室に吸血鬼姉妹が、お気に入りのクッションに身を沈めています。
そして姉が妹に昼間の出来事を話しています。
「今度、一緒に行きましょうか? 咲夜には内緒よ」
「その店、シロちゃんたちと行ったよ?」
「えっ! そんなぁ……」
――― おしまい ―――
次回予告
「あなた妖精でしょ。見かけない顔だけど、この街ではヒトに変装する必要はないわ」
お忍び中のお嬢さまの背後から声がかかる。
「この街はヒトも妖怪も妖精もみんな平等。だって私達の主(あるじ)レミリア・スカーレット様が治める街だから」
そこには休暇中のメイド妖精がふたり。
「美味しいものが食べたいのね?私たちが案内してあげるわ」
お嬢さまのスイーツ三昧の一日が始まる。
次回、「お嬢さまは甘ーい妖精?」につづく。
(つづきますw 作者註)
でも所々いつも通りポンコツっすね...w
レミリアも三月精も可愛かったです。
コロッケパンひとつに驚きを隠せないお嬢様がかわいらしかったです
平和な幻想郷でよかったです