Coolier - 新生・東方創想話

時間休憩

2023/07/13 20:29:49
最終更新
サイズ
7.13KB
ページ数
1
閲覧数
965
評価数
9/10
POINT
900
Rate
16.82

分類タグ

 あ、止まりそう。
 そう思った時には、もう世界は静止していた。
 風にはためいていたシーツは模様を波打たせ、飛び立ったばかりの鳥は翼を広げて彼方を向き、止まり木となっていた枝は踏み出されて撓り、落ちた葉は舞い落ち、雲は流れる。それらの瞬間を切り取られたように、何もかもがぴたりと止まっていた。
 驚きはない。少なくとも私にとっては、よく見る光景だから。
 でも、今の“これ”は私に依るものではない。懐からお気に入りの懐中時計を取り出して確認してみると、やはりその針も止まっていたけれど、無意識のうちに止めてしまったなんてことはない。他の誰でもない自分のこと、確信がある。
 ならば他の誰かという可能性には、一言で言うなら、分からない、に尽きる。私はまだ、自分と同じ芸当ができる者と出会ったためしがないから。似た芸当であれば、心当たりはあるのだけれど。
 とはいえ、今起こっているこの現象、時間が止まっている理由について、自分なりには掴んでいるし取り立てて騒ぐ話でもない。事態は至極単純、時間そのものがちょっと休憩して、動くのを休んでいるだけなのだから。

 『そんなのどっちでもいいわよ。あんただろうがなんだろうが、止まってるのは同じなんだし』
 『そういうジョークか?』
 『なるほどー、面白い言い回しだと思いますよ』
 『私には分かりますよ! 自身だけで完結するものは真の奇跡ではなく、祈りと信仰を伴うことで初めて奇跡と呼べるものが……。え? 捉え方の話じゃなくてですか?』
 このことを話した際の知人の反応は、大体こんな感じ。多分、時間だって休憩すると誰一人信じていない。
 でも、私からすれば逆に何故そう思えるのかが不思議だ。万物全てが忙しなく動いているわけではないでしょうに。私だって、働き者だ、休んでいるのか、なんてよく言われるが、ちゃんと休息は取っている。それこそ、これから取るつもり。
 幸い、私自身はこうして時間が休憩して止まっている間も、自分の意志で止める時と変わらず、止まった世界に干渉出来る。なので、何不自由なく取り込み途中だったシーツや洗濯物を籠に仕舞い、中身の詰まった籠を所定の場所へ持って行く。あとは担当の妖精メイドの仕事だ。
 さて、これで仕事は取り敢えず一区切り。急を要する用事もないし、今日もゆっくりと楽しませてもらう。
 こうして時間休憩に出くわした際のお楽しみは、主に二つある。
 一つは、のんびりすること。時間側から一緒に休もうとお誘いが来ているのに、それを断るなんて悪いでしょう。
 時間休憩の間、どう過ごしているかも知人に話したことがあるが、そもそも普段から勝手に止めて勝手に休めばいいと呆れられた。でも、それは時間を止められない側の発想だ。
 時間を止める判断や権限が自分にあると、どうにも自身の都合が介入してしまって思いの外窮屈だったりする。お料理の用意が整えば冷めるぬるくなるに限らず出来立てを召し上がって欲しいし、新人の妖精メイドが落としそうになったカップをお盆に戻せば、その後は時間も合わせて戻す。そのままついでにひと眠りなんて、余程のことがない限りしない。した覚えがないとは言わない。
 さて、今日はどうしようか。少し考えて、散歩に決めた。もっとも、館内と庭をぐるりと回る、お手軽散歩コースだ。
 時間休憩の長さは、場合によってまちまち。時間が止まっているので体感だけど、数分の場合もあれば、仮眠できそうなくらいたっぷり取る場合もある。今回がどのくらいかは分からないけれど、もし時間が余ったらまたその時に考えよう。
 妖精メイドの働きぶりを観察しつつ、館内をぐるりと巡る。いい働きをしている子、頑張っている子はきちんと覚えておくが、途中でサボっている子を見つけても、特に諫めたりはしない。今はオフだから。それに、向こうも休憩中かもしれないし。
 そのまま正門から庭へ。続けて庭もぐるりと一周、の途中。
「あ」
 花壇の影から、失くしたと思っていたナイフが一本見つかった。思わぬ再会に、ついつい気分が良くなる。
 少し軽くなった足取りで残った半周を回り終え、正門を背に、館を真正面に据えて、考える。まだ休憩は空けていないし、霧の湖まで足を伸ばすか、たまには屋上にでも行ってみようか――。
 そう思案しつつ視線を上空に向けた瞬間、無音だった世界にどこからか音が響く。
 耳鳴りに近い、何年も放置されて錆びた鉄の扉を開くような音が辺り一面に小さく、しかし確かに響き渡っていく。音の括りとしてはあまり好まれるものではないが、不快感はない。この音がし始めたら、そろそろ時間休憩が終わる合図だ。
 この音がどこから鳴っているのか、私は知らない。疑問に思ったことは当然あり、鳴っていると思われる方向へとにかく飛んでみたこともある。でも、出処どころか近付いているのか遠ざかっているのかすら分からなかった。どの方向にどれだけ進んでも、音が小さくも大きくもならないのだから。
 少なくとも、今の私では分からないのだろう。五連敗した日の夜、そう結論付けて自らの研鑽の足りなさを呪ったものだ。日々精進、肝に銘じなければ。
 それはともかく、今日はこの辺りでお開きか、と腕をんーと伸ばしていると、ふと、あることを思い出す。
 そういえば、そろそろお嬢様の紅茶が切れる頃では。今からなら、丁度いいかもしれない。

 耳鳴りに似た音が止む。
「さく、ひゃあぁっ!?」
「紅茶ですよね。既にご用意がありますよ」
 見立てに間違いはなく、ソーサーに乗ったカップは空で、だけど一緒に用意した三個の小さなマドレーヌはまだ一個半余っていて。
 淹れ立てが冷めないうちに、カップに紅茶を注ぐ。甘さの強い芳醇な香りが、湯気とともにゆっくりと広がっていく。
 小さなカップは程なくして透き通った赤茶色で満ちる。あとは何かご用命があれば、と一人用のソファに身を仰け反らせて固まるお嬢様の方へ視線を向けると、お嬢様は手にしていた漫画を一旦閉じて、小さく溜め息を吐いた。
「仕事が早いのは結構。でも、呼んでから来るか、今から入りますよ、って合図くらいして欲しいのだけど。ノッカーは飾りじゃないのよ」
「申し訳ありません。時間休憩が終わるのを扉の前で待とうかとも思ったのですが、やはり淹れ立てを頂いて欲しく、つい気持ちが急いてしまいました」
 お嬢様の口から「え」と声が漏れる。
「時間休憩?」
「はい」
「休憩時間じゃなくて?」
「はい」
 知人は皆、真の理解を放棄した返答をする言葉に、お嬢様は――。
「貴方、時々そういう言い方するけど、冗談のつもりならもっと面白い言い回しを考えなさいな」
 呆れたように、苦笑いした。
 時間休憩に差し当たった際の、もう一つのお楽しみ。それは、お嬢様がいつ、私の言っていることが本当だと気付くのか。
 『今までずっと流していたけれど、咲夜の言っていたことは本当だったのね! なんてこと!』、そう驚くお嬢様の姿がいつも、楽しみでならない。
 今日もどうやら空振りに終わったが、次回のお楽しみと思えば全く悪くない。
「いつだったか、買い出しに行ってきますってお昼過ぎにここを出て、日が落ちてから戻った時もそんなこと言ってたわね」
 そういえば、そんな日もあった。人里に着いて、さて買い物でもと思った矢先、時間休憩とかち合い、中々それが空けない。無為に過ごすのもと思い貸本屋で立ち読みをしていたら、読んでいた推理小説に夢中になり過ぎて休憩が空けたのに気付かず、とうとう日が暮れてしまった。それならいっそと区切りのいいところまで読んで、シリーズ含めて借りた覚えが。
「その節はご心配をお掛けしました」
「よく言うわ。お土産です、面白いですよって、貸本屋で借りてきた推理小説持ってきたくせに。がっつり楽しんでるじゃない」
 ま、面白かったからいいけど、とお嬢様はもう一度溜め息を吐くと、ソーサーに手を伸ばす。次いで新しい紅茶を注いだカップを手にし、何度か息を吹き掛けてその水面を揺らすと、そっと口を付けた。
 そうして召し上がったのは文字通り一口程度だったが、いつ見ても敬服する光景だ。お嬢様といいパチュリー様といい、こんな熱い液体に数回息を吹き掛けた程度で口にできるのだから。私なら一欠片でもいいから氷を頂かないとあんな真似は出来ない。
 お嬢様の喉が小さく跳ねて、カップ、ソーサーとテーブルに戻す。そして、ソファに改めて身を預けると、こちらに視線を向けた。
「咲夜」
「はい」
「……今までずっと流していたけれど」
 心臓が、小さく跳ねる。
 心の奥が、仄かに沸き立つ。
 これは、もしかして――。
「さっきのジョーク、持ちネタにしようとしてるなら止めた方がいいわよ? 正直、反応し辛いのよ、それ」
「……手厳しいですね」
 これからも、楽しみでならない。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
奈伎良柳
https://twitter.com/nagira_yanagi
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.50簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
咲夜さんの自身の能力に対する捉え方が非常に面白かったです。一人称視点のどこか間の抜けたような、それでも確かな真実を綴っているような語りがとても良く、時間も休むという咲夜が見ている真実をちゃんと理解しているのも彼女だけで、それをレミリアが本気で信じようとしてくれると期待しているところが好きでした。
3.80竹者削除
よかったです
4.100南条削除
面白かったです
レミリアが真相に気付いた時のリアクションが気になりました
6.90東ノ目削除
時間が流れ続けるとは限らないというアイデアが上手いなと思いました(一創作者として、アイデアが思いつかなかったことに悔しさのような感情を覚えたり)。不思議な雰囲気で面白かったです
7.90名前が無い程度の能力削除
咲夜らしいマイペースで少し不思議な世界、楽しませていただきました
8.100のくた削除
レミリアに対する咲夜の期待とレミリアの反応が、とても「らしい」と思いました
9.100ローファル削除
面白かったです。
レミリア以外の紅魔館メンバーの反応も気になりました。
10.100名前が無い程度の能力削除
日常SF風味な小噺でとても良かったです
そういうものがある、という世界が上手いこと描けていたと思います