Coolier - 新生・東方創想話

夏の前日

2023/06/30 21:50:16
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 鉛色の雲が空に居座っている。今、妖怪の山は梅雨まっただ中だ。そんな中でも長い雨が過ぎ去ると、つかの間の青空が広がる。
 その青空に誘われたのか、秋穣子は、妖怪の山の中腹の、大きな岩のその上で、所在なさげに遠くを眺めていた。
 こう見えても彼女は神なので、人間よりはるかに目がいい。それこそ、ここからでも里の様子がなんとなくわかるほどだ。

 恵みの雨を一杯に浴びた田畑の作物たちは、いつもより緑色濃く輝いている。その雨上がりの田畑の中に、茶や白が点々と群がって蠢く。
 農民たちの帽子の色だ。
 この時期の晴れ間はとても貴重であり、なんせ今は梅雨のまっただ中。今は晴れてても、どうせまたすぐに雨が降る。その前に、大事な作物の手入れに勤しんでいるのだ。
 そんな人の営みを、彼女は遠くからぼんやりと見下ろしていた。気怠そうにも、どこか誇らしげな顔で。

 その時、どこからともなく遠雷が聞こえてくる。
 空を見上げると、まるで青空を追い出すように鉛色の雲がゆっくりと、こちらに向かってきていた。穣子は欠伸をして立ち上がる。

 ああ、また長い雨がやってくるのか。
 湿っぽくて生暖かい雨が。
 彼女は、ふうと息をつくと、虚ろに宙へと跳ねあがった。


 ◇◇◇

 長い雨が止み、雨上がりの空気を肌で感じながら、静葉は庭の草むしりに勤しんでいた。
 庭の草など別にわざわざむしる必要などない。必要などなかったが、彼女は、なんとなく草をむしりたくなったのだ。
 それは『神の気まぐれ』か。はたまた、つかの間の青空が彼女を駆り立てたのか。そんな駆け足でやってきた青空も、どうせすぐにいなくなってしまうことを、彼女は知っていた。

 好き放題に伸びた雑草を両手でわしづかみ、ぐいと引っ張る。
 長雨を含んだ地面は柔らかく、草が抜きやすくなっているはずだが、どうやら雨で元気になった草たちが、しっかりと根を張ってしまったようで、これがなかなか抜けない。とはいえ、庭を綺麗にしたいのではなく、草を抜くことが目的だった彼女にとって、それは大きな問題ではなかった。
 それどころか、いくら抜いても、次々と見つかる草に時間が経つのも忘れそうになる。気がつけば、その指は泥で汚れきっていた。その指を見て彼女はふっと微笑む。

 その時、どこからともなく遠雷が聞こえてくる。
 空を見上げると、まるで青空を脅かすように水気をたっぷり含んだ雲が、じわじわとこちらに向かってきていた。静葉は伸びをして立ち上がる。

 ああ、また長い雨がやってくるのか。
 しっとりと、潤いに富んだ雨が。
 彼女は、ふうと息をつくと、笑みを浮かべ家へと戻った。


 ◇◇

 雨が二人の家に降り注ぐ。その雨は、恵みの雨と言うには、些か威勢が良すぎるし、豪雨と言うには、やや勢いが足りない。そんなどっちつかずの生ぬるい雨が、ばたばたと家の屋根に降り注ぐ。
 加えてむせるような湿気が辺りを包み込んでおり、家中ひどく蒸し暑い。

 穣子はだらしなく口を開けたまま、大の字になって床にひっくり返っている。
 その横で静葉は、あぐらをかいて涼しい顔で団扇をパタパタあおいでいる。
 時折、その団扇のそよ風が、穣子の方にも流れてくるが、湿気にやられてしまった彼女は、その程度のしょぼくれた風では、到底よみがえられそうもない。

「もう、あたまからきのこが生えてきそうだわ」

 呻くように呟いた穣子に、静葉はふっと笑みを浮かべて返す。

「そう、季節外れのきのこ鍋が出来るわね」

 それを聞いた穣子は、言葉を返すかわりに、大きくため息を吐く。静葉は、虚空を団扇でパタパタあおぐと、穣子の方を見て、笑みを浮かべる。

「……もう、いっそのこと、あたまからきのこ生えてきて欲しいわ」

 そう言ったきり、穣子は黙り込んでしまう。

 空が明るくなる頃、雨は止んだ。


 ◇

 雨音もなければ青空もなく、そのかわりに鉛のような空が鈍く浮かんでいる。どこまでも続く鉛の雲が、まるで今にも落ちてきそうだ。
 雨上がりのにおいに加えて、湿気を含んだ土のにおいが鼻をつく。昨日、いたずらに土いじりをしたからか、尚更それは強く感じる。
 穣子は屋根の上から遠くをぼんやりと眺め続けている。
 その横で静葉は、この長雨のせいなのか。藁葺き屋根に生えた細い小さなきのこをいそいそと摘んでいる。

「このカゴいっぱいになったら、きのこ鍋にしましょうね」

 そう言いながら静葉は、楽しげにきのこをカゴに入れていくが、あまりにもか細過ぎるそのきのこは、いくら入れても入れても、一向にカゴがいっぱいになる気配はない。

 見かねて穣子が言う。

「そんなひょろいの、いくら入れたってカゴいっぱいになんてならないわよ。気が遠くなりそうだわ」

 すかさず静葉は返す。

「ええ、そうね。このカゴがいっぱいになる頃は、とっくに秋になっていることでしょう」

 そう言って彼女は笑みを浮かべる。

 あるいはそれは彼女なりの優しさか。



 その時、温く乾いた風が辺りを吹き抜けていく。
 ふと、穣子が空を見上げると、ぬるく明るくなった雲の隙間から、わずかに青空が顔を覗かせていた。
 その空を見て、えも言われぬ不安に襲われた穣子は、思わず身震いをすると、視線を落とし、静かにため息をつく。

 その横で静葉は、きのこを摘み続けている。そのカゴがいっぱいになることを信じて。

 酷い夏の予感がした。
二人にとって、冬、春、夏はいったいどんな季節なのでしょうか。単に秋が来るまでの暇つぶしかもしれないし、あるいは案外、季節を楽しんでいるのかもしれません。彼女らなりに。
バームクーヘン
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コメント



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1.100名前が無い程度の能力削除
秋姉妹の秋以外の過ごし方と楽しみが見れる作品でした。キノコがかごいっぱいなるのは秋まで間に合わないでしょうね。
2.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
3.90福哭傀のクロ削除
なんとなく夏の訪れを感じられる描写が素敵でした。
秋神の夏(梅雨)の捉え方がなんとなく情緒があってよき
4.100縮緬になる程度の能力削除
文章の端々に美しさがあってよかったです。
「野菊の墓」のような味わいがありました。
きのこは最近シイタケが好きです。どんこ。
7.100名前が無い程度の能力削除
気だるい初夏を感じました。良かったです。
9.90夏後冬前削除
もしかしたらもう秋だったのかもしれんという気分になりました
10.90東ノ目削除
冬と違って夏は、数か月耐えれば秋になるという季節配置なので秋姉妹的には希望がある季節なのかもしれませんね。
11.100南条削除
面白かったです
梅雨を嗜む秋姉妹が新鮮でした
まだ梅雨も明けてないのにキノコ食うのか
12.100ネツ削除
おもしろーい!
13.70名前が無い程度の能力削除
たまだ。幻想郷に合いますよね。
実直な風景描写と気だるい空気感が良かったです。投稿日も粋ですね。
夏の前日なので寸止めで終わるのは仕方ないのですが、せっかくお上手ですのでもう少しエピソードを広げて欲しかったとも思います。
14.90ローファル削除
面白かったです。