「――で、結局、私たちってどっちも同じオカルト究明に励んでたのよ」
「そんなことになってたんだ。それってもう運命じゃない? 蓮子さんが倒れたって聞いて、私のせいかもって思ったけど、責任の感じ損かしらね」
面会で病室にやってきたメリーとミナが、缶コーヒーを手に談笑している。私も二人と一緒に缶コーヒーで一服したかったのだけど、入院患者だから、という理由で買ってもらえなかった。解せぬ。
「で、蓮子さんは本当に大丈夫なの? 意識消失って、症状的にはそんなに軽い物じゃないと思うんだけど」
「あ、うん。血液検査やらMRIやらやったけど、特に異常なしだって。入院することになったのも、あくまで念のためね」
「そう。なら良かった」
表情こそ変わらなかったけど、ミナが小さく安堵の息を吐くのを私は見逃さなかった。
「そんなにハラハラするなら焚きつけなきゃいいのに」
どうやらメリーも気づいていたらしく、ミナに対して割と容赦ない一撃を投げかける。ちょっとだけ目を見開いたミナは、ややあってから大きく溜息を吐いて、
「アナタたちが私の予想を越え過ぎるのよ。私はただ、ちょっと蓮子さんの鼻の穴を明かしたいな、って思っただけなのに」
「ツンデレなのかしらねぇ」
「やめて」
「うふふ」
しばらくメリーとミナのやり取りを眺めていた。もう少し黙って見てても面白いかもしれないとは思ったけれども、どうしても気になることがあって、私はデバイスを手にしながら、
「火事の件、あれから続報ってあった?」
「うーん、無いと思うわ。ほら、あの辺りって作業員も介在しない自動工場地帯(オートファクタリー)だから、火災があったところでニュースにはならないと思うの」
メリーの言う通り、デバイスでニュースサイトを流し見ても、火災の情報なんてひとつも見つからない。オカルト関連に詳しいトピックスを漁っても、『Praepapilio』の精製工場のひとつが破壊されたなんて、誰も知る由もないって感じ。
二人のツバキの安否も消息も全く不明。でも、焼け跡から死体でも出たら流石にニュースになるだろうから、二人ともあの場で死んだわけではないということなのだろうか。
彼女たちの問答を思い出す。あの時はそれどころじゃなくて内容が入ってこなかったけれど、記憶を再走査させることで改めて認識できた。彼岸と転生。魂の再生と再現の話。
「――ねぇ、メリー。魂って、どこにあるのかしらね」
ポツリ、呟くように胡乱な問いを投げる。科学は今日ここに至るまで、その存在を立証することが出来ていない。ダークマターと同じく、在ると仮定しないと説明できない現象が増えていくにもかかわらず。
死者は蘇らない。極限まで精巧な計算機が寸分違わず脳波を再現しても、そこに死者の魂が宿ることはない。無いことだけが証明されている。どんなに伝えたい言葉や思いがあったとしても、一度機能を停止した生命に伝えることは叶わない。それは救いようのないほど残酷な真実だ。だから生きているうちに伝えるべきなのは判り切ってる。遺された人が後悔を抱かないためにも。
でも、出会ったそのときから既に相手が死んでしまっていたのなら? 最初から機会が与えられないのなら、伝えたい気持ちが生じること自体が間違いなのだろうか? どうにかして失われた魂に伝えようと足掻くことに意味がないとまでは、私には言えそうもない。
メリーが大きな瞳をパチパチさせて私を見てくる。その真意は聞くまでもなかった。口走った私でも、魂の所在なんて突然聞かれたら無茶ぶりも良いところだと思う。科学者と神学者が束になって議論をしても見当がつかないというのに。
「どこから魂の話が出てきたの? 突然すぎてビックリする」
「いや、ツバキとツバキの会話を思い出して」
「何か話してた? 私、それどころじゃなかったから全然覚えてない」
「私もあのときは爆発するくらい頭が痛くて認識できてなかったけど、いま思い出してみたら認識できたから」
「何それ? 認識できてなかったら思い出すも何も無いじゃない。矛盾だわ。記憶能力バグってない?」
「……あれ?」
「お二人さん、会話に花が咲いてるところ申し訳ないけど、そろそろ面会時間が終わるわよ」
ミナが年代物の懐中時計を見つつ告げてくる。パイプ椅子に腰掛けた彼女の肩越しに、看護師のお姉さんが物言いたげに佇んでいるのが確認できた。それを見てハッとした風のメリーが慌てて椅子から立ち上がる。
「じゃあ、蓮子。名残惜しいけど、また明日ね」
「あ、うん」
「そんなに寂しそうな顔しなくても良いじゃない」
ミナが私の顔を見てプッと噴き出しつつ、
「心配しなくても、ちゃんとエスコートするわ。夜の京都は物騒だものね」
「吸血鬼が現れたりねー」
とぼけた口調でメリーが言うと、悪戯っぽく目を光らせたミナが彼女の肩に手を乗せて、
「今日の私は吸血鬼じゃなくて、狼女かもしれないわよー?」
「やだー、私ったら、送られちゃって食べられちゃうのー?」
「がおー」
「きゃー」
「うふふ、そんなことをしたらメルヘンみたく、お腹を切られるだけじゃ済まないわね、私。蓮子さんに八つ裂きにされちゃうわ」
「私を何だと思ってるのよ……」
「じゃ、私がマエリベリーさんに手を出しても八つ裂きにはしない?」
「四つ裂きにはするかもね」
「まあ! 蓮子ったら酷いわ。私にだって目移りする権利はあるのよ?」
「援護射撃は嬉しいけど、そんなにニヤニヤしてちゃ説得力がまるでないわね。私、完全に引き立て役じゃないの」
ミナが肩を竦める。メリーはニヤニヤしてた自覚がなかったのか、恥ずかしそうに頬っぺたをクルクルとほぐしていた。
そろそろ入り口に立つ看護師のお姉さんの圧が、無視できないほど強くなってきた。咳払いの後で私は二人の顔を見て、
「メリーもミナも、今日はありがとう。また明日」
「えぇ、また明日」
「また改めて、家でお茶しましょ。二人とも今日は大変だったみたいだし」
「うん、ありがとね」
帰り支度を済ませた二人が手を振りながら病室を後にする。私も手を振りながら、二人の背を見送る。こちらに会釈してきた看護師のお姉さんがドアを閉めると、私ひとりだけになった病室の空気が急に静まり返った。
――恐らくは生前の彼女と同様に、超記憶症候群に似た能力が僕の身体に発現している。
「……まさかね」
デバイスを手にして未読だった論文を開くと、ページを限界まで高速でスクロールする。もちろん、そんな速度じゃ文字なんてまともに読めやしない。論文の最後のページまでスクロールを終えてから、デバイスの画面をオフにして目を閉じる。認識できてないにせよ、自分の目が捉えたはずの文字列を順繰りに頭の中で再走査させる。
――2047年、ドイツのベルリン工科大学で開発された相対性脳波計測装置(REEGM)により、マウスの脳内でニューロン同士が交換するパルスのやり取りを1bitの狂いもなく観測、記録する実験の成功が宣言された。このパルスは従来の二派長指数(BIS)とは異なり、プログラムが吐き出すログに近しい言語変換を行うことによって、生体反応の具体的な提示に貢献するものである。パルスの書き出しにおける相対性脳波計測装置(REEGM)の計算モデルは計算機器内部に脳細胞の疑似的な配置を実施することによって――
「……メリーにどうやって説明すればいいかしら?」
まだまだ、この世界には不思議なことがたくさんある、なんて。
ベッドに寝ころんだまま、私はため息を吐いた。
蓮子とメリーとツバキとツバキが各々の私欲のためにぶつかり合う展開が本当に最高でした
秘封倶楽部の二人が別行動してるのに最後は一つのところに収束するところもすごくよかったです
ちりばめられたSFネタも楽しかったです。
冒頭から興味のある話題から始まり、謎解きを始める蓮子と謎を追うメリーの面白いストーリーが隙間なく展開され、最後まで飽きさせない構成になっていたように思います。
また、出来事として面白い話が展開されているだけではなく、しっかりとテーマと文脈が走っている作品であったことも好きなポイントでした。
SFの中に挟まれるファンタジー由来の根源や、物語の終わりに手に入るちょっとしたスキルであったりと、細かいところも好みにハマって面白かったです。
秘封倶楽部がもう少しだけワクワクしてほしいと思ってしまいましたが、これは完全に好みの話であったかと思います。
本当に面白かったです。有難う御座いました。
蓮子パートのAI相手の謎解きもハラハラしましたし、メリーパートのツバキとメリーのぶっとんでいつつもなんか不思議なやり取りもどちらも甲乙つけがたいくらいには素敵でした。
AIの話から魂の話に繋がっていって、あぁだからツバキなのねと気づいたときには恥ずかしながらかなり興奮いたしました。
微妙に明かされていないところや次に繋がりえる設定も残しているので、
今後の作品も非常に楽しみです。
素敵な時間をありがとうございます。お見事でした。