もーみんな飛びすぎ! 最近ではインフラも整ってきてるし、もうなんか飛ばんでもいいんじゃないの? なもんで賢者サマたち話し合いをして幻想郷全域での飛行を禁じた。そうすると飛行者はもちろん是非曲直庁におわします法の番人サマも困った。何故かと云えば賢者サマ達が連れ立って話し合いなぞしてる最中、是非曲直庁の方では飛行にあたっての法整備の計画を着々と進めていたのである。種族によって飛んでもよい高度の制限、天狗は高高度、妖精は中空まで、といった具合なもんで、飛行者取締規則の施行は目前! というところで賢者サマ達独断での禁止令が発布されたのだ。是非曲直庁としてはいい迷惑なわけである。――賢者達の独断には近頃中空を飛び交う河童の運搬用ドローンと飛行者の接触事故、伴う危険な菌類の落下事件に起因しているわけだが、それはまた別の機会にじっくりと解説をする。――
しかしながらもっと困っているのは飛行者だった。いくらインフラが整っているからといって今までどこかしこへはひとっ飛びで済んだところ、いちいち歩いたりなんだのしなくてはならない。けれど禁止令には逆らえない。飛べばたちまちお縄ときたら尚更だった。これまでの飛行者たちは仕方ない、仕方ないでもって歩行者へと甘んじた。
しかしそんな現歩行者たちをさらに困らせる事態となる。仕方ない、仕方ないでもって是非曲直庁は施行寸前だった法の形を少しだけ変えて、無理矢理に法整備をしたのである。そうして施行されたのが「歩行者取締規則」だった。
守って! 道交法
射命丸文は里でもって新聞を配り歩いていた。どれもこれも飛行禁止令のせいである。禁止令さえなかったのなら、中空からバーっと撒いてそれで済んだところ、今ではこうして地道にやるほかにない。ちょっとの憤りと多大なる気怠さに支配されながら文は新聞を配り歩いてた。そんな折である。
びびーっ、と煩い笛の音が鳴ったかと思えば、失礼します、と声をかけられる。なんだろうか。文は突然の事態にどきまぎしながら声の方へ体を向けた。
「どうも、特殊歩行者の方ですね? すみませんが免許を拝見してもよろしいでしょうか」
そこに居たのは山の哨戒天狗、犬走椛だった。文は椛とは知己であったが、椛の放つ言葉といえば聞き慣れず、纏う青装束にも見覚えがなかった。なんて服を着てなにを言うんだこの犬っころは。文はなんのこっちゃさっぱりです、を言語化して件の犬っころへ投げかける。
「そうですか、歩行免許は乙種はおろか、就業免許、また甲種でさえお持ちでない、と。……そういうことでしたら、申し訳ありませんが、少々ご同行願います」
椛は青装束の懐からわっぱ――バーガーキングのアレっす――を取り出し、文の身柄を拘束した。なんのこっちゃの文はことさらなんのこっちゃ、なんのこっちゃ、と騒ぎ立てるも、椛はどこ拭く風でやり過ごし、文を詰所まで連行したっす。
留置所で文は一通りの説明を受けた。どうやら先月の初めに是非曲直庁が法整備を施行したとのことで、今は歩くのには歩行者免許なるものが必要であるとのことだった。文のように新聞配達やら生業として歩行するのであれば乙種、また就業免許が必要であるとのことだった。無知は罪で無免許歩行も罪ではあるが、友情とはかけがえのないものである。文はとりあえず無罪放免、椛の情けでもって何事なく留置所から解放された。
留置所を出て文は中空を見上げる。かつて自分が庭のように飛び回っていたその空……夥しい数の運搬用ドローンの中に二匹の秋トンボがつーっと飛んで行きまして、文は季節の変わり目を実感したわけでございまさあな。
二週間後、文は免許を三種取得して、やっと記者として日の下を歩くことが許された。自身が持つ死角も把握したし、あまり図体の大きいわけでないから左折巻き込み事故の心配もない。透明になる能力の持ち合わせもないからすり抜け歩行の心配もない。ダイヤマークの先には必ず横断歩道があるので道端で砂いじりをしてダイヤマークを形成しないよう心得た。子供がいたらダイヤマークを探せとの指南も受けたし、なんなら歩行者保険にも加入した。河童から装着式のハイビームも買ったし、夜道で注意しなければならないのは白い犬くらいなものである。あおり歩行をされたら徐行歩行でもって道端で停止をする。心得た、心得たと道を歩いてはや五年、文は晴れてゴールド歩行免許保持者と相なった。
「いやあ、私も今日からゴールドですよ。最初歩行者免許のはなしを聞いたときは理解ができませんでしたが、やはり凡事徹底というのは気持ちがいいし、歩くのも悪くないかもしれませんね。まあ少なくとも、飛んでる最中に危険な菌類を積んだドローンと衝突して大事件を起こすのに比べたら、何事も安全第一、それ以上のことはありませんね」
仕事終わり、いつものように酒場で一杯ひっかけた帰り道であった。ハイビームを投下して蒸発現象――白い犬――に気をつけながら歩く帰途だ。やあゴールドだ、無事故無違反、ゴールド免許保持者でござい。気分を良くして歩いていた。そんな折である。
びびーっ、と煩い笛の音が鳴ったかと思えば、失礼します、と声をかけられる。なんだろうか。文は突然の事態にどきまぎしながら声の方へ体を向けた。なにかと思えば、青装束を纏った犬走椛だった。
「な、なんですか。免許なら持ってますよ、違反もしてないし、ハイビームも……。それからほら、衝突防止の脳ストッパーだって装着してるんですよ。こ、これ以上なんだってんですか、いったい」
「すみませんがこちらの機械にふーっと息をかけてもらってもよろしいでしょうか。だいぶお顔も赤いですし、一応でいいんで、ご協力願います」
「は、はあ。息ですか。ええと……これでいいですか?」
「あちゃあ。申し訳ありませんが、署までご同行願います」
椛は青装束の懐からわっぱ――バーガーキングのアレっす――を取り出し、文の身柄を拘束した。なんのこっちゃの文はことさらなんのこっちゃ、なんのこっちゃ、と騒ぎ立てるも、椛はどこ吹く風でやり過ごし、文を詰所まで連行したっす。はいほーはいほー飲酒歩行、ってやつっすね。かわいそうに……。
「ああ、そこの同情者の方もご一緒願います」
あたくしもわっぱを頂きまして、一旦終わりでごぜえやす。
再開。
文は留置所で留置所で文は一通りの説明を受けた。自分は免許を持ってるし、なんならもうゴールドだし? 歩行なんて手足を動かすのとおんなじにこなせますわ! なんて自信に満ちた歩行者が年々増えまして、するとまあ熟れた者が増えた割には事故件数も比例して増えていく。不思議なこともありますもんで、これはなにか、と法の番人サマが調べてみますとこれがいわゆる飲酒歩行。そうして飲んだら動くなを標語として先月初めに施行されたのが飲酒歩行取締規則である。飲酒歩行には非常に重い罰則が課された。歩行者免許の一発取り消しである。この罰則は近くを歩いていた同情者にも適応された。
こうなればもうがんじがらめである。何事にも法、法、法と梟がごとく付き纏う。歩行者免許を持たぬ者の移動手段は車椅子に限られた。飲酒歩行取締規則施行後は特に車椅子で移動するものが増え、したがって車椅子事故の件数も跳ね上がった。するってえとまた法整備。車椅子免許取締規則の施行が行われた。そうしていったん平和になったはいいものの、また五年後にはいったいどうなっていることやら。
文は車椅子から中空を眺める。かつて自分が庭のように飛び回っていたその空……夥しい数の運搬用ドローンの中に二匹の秋トンボがつーっと飛んで行く。そうしてまた文は季節の変わり目を痛感するのであった。
『守って! 道交法』 〜KAN 愛は勝つ
しかしながらもっと困っているのは飛行者だった。いくらインフラが整っているからといって今までどこかしこへはひとっ飛びで済んだところ、いちいち歩いたりなんだのしなくてはならない。けれど禁止令には逆らえない。飛べばたちまちお縄ときたら尚更だった。これまでの飛行者たちは仕方ない、仕方ないでもって歩行者へと甘んじた。
しかしそんな現歩行者たちをさらに困らせる事態となる。仕方ない、仕方ないでもって是非曲直庁は施行寸前だった法の形を少しだけ変えて、無理矢理に法整備をしたのである。そうして施行されたのが「歩行者取締規則」だった。
守って! 道交法
射命丸文は里でもって新聞を配り歩いていた。どれもこれも飛行禁止令のせいである。禁止令さえなかったのなら、中空からバーっと撒いてそれで済んだところ、今ではこうして地道にやるほかにない。ちょっとの憤りと多大なる気怠さに支配されながら文は新聞を配り歩いてた。そんな折である。
びびーっ、と煩い笛の音が鳴ったかと思えば、失礼します、と声をかけられる。なんだろうか。文は突然の事態にどきまぎしながら声の方へ体を向けた。
「どうも、特殊歩行者の方ですね? すみませんが免許を拝見してもよろしいでしょうか」
そこに居たのは山の哨戒天狗、犬走椛だった。文は椛とは知己であったが、椛の放つ言葉といえば聞き慣れず、纏う青装束にも見覚えがなかった。なんて服を着てなにを言うんだこの犬っころは。文はなんのこっちゃさっぱりです、を言語化して件の犬っころへ投げかける。
「そうですか、歩行免許は乙種はおろか、就業免許、また甲種でさえお持ちでない、と。……そういうことでしたら、申し訳ありませんが、少々ご同行願います」
椛は青装束の懐からわっぱ――バーガーキングのアレっす――を取り出し、文の身柄を拘束した。なんのこっちゃの文はことさらなんのこっちゃ、なんのこっちゃ、と騒ぎ立てるも、椛はどこ拭く風でやり過ごし、文を詰所まで連行したっす。
留置所で文は一通りの説明を受けた。どうやら先月の初めに是非曲直庁が法整備を施行したとのことで、今は歩くのには歩行者免許なるものが必要であるとのことだった。文のように新聞配達やら生業として歩行するのであれば乙種、また就業免許が必要であるとのことだった。無知は罪で無免許歩行も罪ではあるが、友情とはかけがえのないものである。文はとりあえず無罪放免、椛の情けでもって何事なく留置所から解放された。
留置所を出て文は中空を見上げる。かつて自分が庭のように飛び回っていたその空……夥しい数の運搬用ドローンの中に二匹の秋トンボがつーっと飛んで行きまして、文は季節の変わり目を実感したわけでございまさあな。
二週間後、文は免許を三種取得して、やっと記者として日の下を歩くことが許された。自身が持つ死角も把握したし、あまり図体の大きいわけでないから左折巻き込み事故の心配もない。透明になる能力の持ち合わせもないからすり抜け歩行の心配もない。ダイヤマークの先には必ず横断歩道があるので道端で砂いじりをしてダイヤマークを形成しないよう心得た。子供がいたらダイヤマークを探せとの指南も受けたし、なんなら歩行者保険にも加入した。河童から装着式のハイビームも買ったし、夜道で注意しなければならないのは白い犬くらいなものである。あおり歩行をされたら徐行歩行でもって道端で停止をする。心得た、心得たと道を歩いてはや五年、文は晴れてゴールド歩行免許保持者と相なった。
「いやあ、私も今日からゴールドですよ。最初歩行者免許のはなしを聞いたときは理解ができませんでしたが、やはり凡事徹底というのは気持ちがいいし、歩くのも悪くないかもしれませんね。まあ少なくとも、飛んでる最中に危険な菌類を積んだドローンと衝突して大事件を起こすのに比べたら、何事も安全第一、それ以上のことはありませんね」
仕事終わり、いつものように酒場で一杯ひっかけた帰り道であった。ハイビームを投下して蒸発現象――白い犬――に気をつけながら歩く帰途だ。やあゴールドだ、無事故無違反、ゴールド免許保持者でござい。気分を良くして歩いていた。そんな折である。
びびーっ、と煩い笛の音が鳴ったかと思えば、失礼します、と声をかけられる。なんだろうか。文は突然の事態にどきまぎしながら声の方へ体を向けた。なにかと思えば、青装束を纏った犬走椛だった。
「な、なんですか。免許なら持ってますよ、違反もしてないし、ハイビームも……。それからほら、衝突防止の脳ストッパーだって装着してるんですよ。こ、これ以上なんだってんですか、いったい」
「すみませんがこちらの機械にふーっと息をかけてもらってもよろしいでしょうか。だいぶお顔も赤いですし、一応でいいんで、ご協力願います」
「は、はあ。息ですか。ええと……これでいいですか?」
「あちゃあ。申し訳ありませんが、署までご同行願います」
椛は青装束の懐からわっぱ――バーガーキングのアレっす――を取り出し、文の身柄を拘束した。なんのこっちゃの文はことさらなんのこっちゃ、なんのこっちゃ、と騒ぎ立てるも、椛はどこ吹く風でやり過ごし、文を詰所まで連行したっす。はいほーはいほー飲酒歩行、ってやつっすね。かわいそうに……。
「ああ、そこの同情者の方もご一緒願います」
あたくしもわっぱを頂きまして、一旦終わりでごぜえやす。
再開。
文は留置所で留置所で文は一通りの説明を受けた。自分は免許を持ってるし、なんならもうゴールドだし? 歩行なんて手足を動かすのとおんなじにこなせますわ! なんて自信に満ちた歩行者が年々増えまして、するとまあ熟れた者が増えた割には事故件数も比例して増えていく。不思議なこともありますもんで、これはなにか、と法の番人サマが調べてみますとこれがいわゆる飲酒歩行。そうして飲んだら動くなを標語として先月初めに施行されたのが飲酒歩行取締規則である。飲酒歩行には非常に重い罰則が課された。歩行者免許の一発取り消しである。この罰則は近くを歩いていた同情者にも適応された。
こうなればもうがんじがらめである。何事にも法、法、法と梟がごとく付き纏う。歩行者免許を持たぬ者の移動手段は車椅子に限られた。飲酒歩行取締規則施行後は特に車椅子で移動するものが増え、したがって車椅子事故の件数も跳ね上がった。するってえとまた法整備。車椅子免許取締規則の施行が行われた。そうしていったん平和になったはいいものの、また五年後にはいったいどうなっていることやら。
文は車椅子から中空を眺める。かつて自分が庭のように飛び回っていたその空……夥しい数の運搬用ドローンの中に二匹の秋トンボがつーっと飛んで行く。そうしてまた文は季節の変わり目を痛感するのであった。
『守って! 道交法』 〜KAN 愛は勝つ
同情者は不意打ちが過ぎる、笑ってしまいました。面白かったです。
理不尽が過ぎる環境でも人は適応するものなのだと思いました
>何事にも法、法、法と梟がごとく付き纏う
ここめっちゃ好きでした
パワーワードだ