冬の寒さが私たちを突き刺したあの感覚は消えた春になっていた。
「椛ー? おおい何処だよー?」
「なんですか、にとり。今忙しいんですけれど……」
哨戒をしていた私はにとりの声につられて目の前に空から降りた。
「うお! いきなり降りてくるなよ!」
「そう言っても呼んだのはあなたでしょうに。で、なんですか?」
早く本題が聞きたくて仕方ない。これを終わらせてまたすぐに哨戒に戻らないといけないのだから。
「これ、これ見てよ! 春なのに紅葉が生えてきたんだよぉー!」
にとりに引っ張られながら着いた先は秋神様の家の前。どうしてか春になったのに紅葉が生えているということだった。ええ。どうしてこんなことを私に言うんだろうか。そもそもこんなことは管轄外であって天狗に言うべきなのでは?
「……にとり、これを私に言わないでください。私より上の立場に言うべきものです」
「そんな事言わないでさあ!!」
私の足に縋り付いて言うにとり。一瞬鬱陶しくなって振り払おうかと思ったけれど、流石に可哀想に思ってやめた。
「そもそもどうして私に言ったんです?」
「だって言える相手なんて椛しかいないよお。こんな怪奇現象、助けてくれよお」
「どうしてそんなに情けない声を出すんですか。こんなもの放っておけばいいものを……」
切り捨ててしまえばいいのでは。そんなことが頭に浮かんで、腰に下げた太刀を抜いた。
「ちょっと、椛、もしかして切り落とすつもり!?」
「それ以外に何があるとでも? 不安なら切り捨ててしまえばいいでしょう」
「いやいやいや、これって秋姉妹が大切にしてる紅葉でしょう? そんなことしていいの?」
……そんなこと言うなら自分でやればいいのだと思う。私は足に縋り付いたままのにとりに問いかける。
「なら、にとりが切ればいいのでは?私がするのが不安でしたら、言った張本人がやるべきでしょう」
「いやあ、それなら椛が切り捨てて……自分でなんておっかなくてできやしないよ」
なら私に何とかしろって言わないでください……私は少し馬鹿らしくなって太刀をしまった。
「切らないのかい?」
「私は哨戒に戻ります。あとはにとりがどうにかしてください。これで私をもう頼らないで下さいよ」
「ええ、そんなこと言わないでくれよ!」
「あの、私はこんなことをせずに仕事をしたいんですよ」
本当に勘弁して欲しい。私は何でも屋なんかじゃなくて白狼天狗なんだ。なんでも出来ると思わないでください……
「ならこれがなにか悪さしても椛のせいだって言うかな」
「それは理不尽でしょう!私はなんにもしてないじゃないですか!」
「切り飛ばそうとしたじゃんか!」
「ああもう、それなら勝手に言っててくださいよ!もう何も言いませんから!」
馬鹿らしくなって、私は地面を蹴り飛ばして勢いよく空に向かって突っ込んで言った。後ろから情けないにとりの声が聞こえたけれどもう振り向くのはやめた。
*
イライラとした状態で玄武の沢辺りの桜を見に行って落ち着かせようとして、沢近くに降り立つ。
目の前の咲時の桜がそこにあるのかと思えばなかった。
「はっ?」
目の前にあったのは、青々とした桜の木々だった。この時期は桜の咲く季節のはず。なのに咲かずにもう葉っぱになっているだって?
信じられなくて私は目を擦る。目の前をもう一度見るとやはり、木々は青々としていた。
「どうして……?」
誰がが何かをしているのだろうか。でもこれが異変だとしても私が動いていいものなんかじゃない。それらは人間が動くものであって白狼天狗の私が動くものじゃないのだ。
ふうと、一息ついて私は大きな石の上に座る。もう何も考えたくなくなって、空を見上げた。
春の陽気の薄い青の空を見上げる。とても綺麗だと思って見ていると、背中からカタンと、音がなった。
「誰だっ!?」
私は勢いよく立ち上がり、太刀を抜いて、じゃりじゃりと河原を歩いていく。
立ち上がった後ろを見ても何もいない。おかしいなと思いながらぐるりと一周見て回っても何もいなかった。
何も無かったのか、と警戒状態から解こうとした時に声が後ろから聞こえた。
「あーあ、つまんない白狼天狗! 規則ばっかでさー、楽しくないよ!」
後ろから私は飛び上がり、その場から離れる。後ろを向いて、そちらに立っているものを確認した時に、私の後から扉のバタンと閉まる音が聞こえた。
……なんだ!?
また後ろを見そうになって、獲物を見据える。
「僕は丁礼田舞。気軽に舞って呼んでくれたらいいなあ、白狼天狗さん」
……敵から堂々と名乗り出るなんて珍しい。魔理沙みたいなコソ泥では無いということだろう。
「私は椛だ。白狼天狗と言えども名前はある」
「あら、自己紹介してくれるんだ!嬉しいな!」
笹を持った手をぱちぱちと嬉しそうに叩いている。何がそんなに嬉しいのだろうか。
「で……私の後ろか? そこから出てきて一体何がしたいと言うんだ」
「えーっと、暇つぶし。椛さんで暇つぶししたかったんだ。春だけなんて面白くないじゃない!」
……舞とやら、今何と言った?
「聞き間違えかな、今なんと言った?」
「ひ・ま・つ・ぶ・し! 暇つぶしって言った! それとも何、他になにかあるって言って欲しかった?」
「貴様ァ! せっかくの春をなんてことしてくれる!」
花見の季節を潰されては叶わない。仲間で酒を飲んで、せっかくの花見酒を楽しむことが出来ないじゃないか!
「あら、怒った? 春とかどうでもいいじゃない、いつでも回ってくるものよ?」
「今あることが大切なんだ、思い出作りを邪魔するな!」
ああ、せっかくの春、せっかくの仲間たちの思い出。舞とやらに恨みはあるが、せっかくなのでぶっ飛ばそうと思った。
「切り捨て御免!」
構えた太刀を舞に向けて横なぎに払う。それをひょいと後ろに飛び、避けた。
「切られたら痛いよ。切られてなんかやらないぞ」
「切り飛ばす代わりに春を戻せ!」
「嫌だ、その反応が見たかったんだ! もう少し楽しませて貰うよ!」
私たちは踊るように辺りを動き回る。私が切り捨てようとして一歩近づけば、舞が一歩後ろへ下がる。
袈裟斬りで入れようとすれば切る方向の反対側へとひょいと避ける。
いくらやっても切れないもののようで嫌になってくる。体力は余っているが、そろそろ飽きてきた頃にまた私の後ろからガチャ、と扉の音がした。加勢か?
切ろうとするのをやめて後ろに下がる。
「あ、里乃!」
里乃呼ばれた人物は楽しくなさそうに舞を睨みつけていた。
「舞! またいたずらして! 一体いつになったらお師匠様に私が怒られなきゃならないの!」
「うわー里乃、許してくれよ! お師匠様に怒られるのは嫌だ! 怖い!」
「あー、白狼天狗さん、ごめんなさいね、また戻しておくので今日はこれで勘弁してください」
驚いて棒立ちになっている私を置いて、私の後ろの扉で二人は帰って行った。
……今までなんだったんだ!
怒ったことが徒労に終わったような気がして河原に座り込んで、私は一人で笑っていた。
~*~
その後、秋神様の紅葉は枯れ、玄武の沢の桜が戻った。
仲間に聞くと他にも変なところはあったらしい。それでも桜が戻ってきたことが嬉しくて私たちは酒を飲み交わしていた。
「ははは、やっぱり桜は最高ですね!」
「椛ー? おおい何処だよー?」
「なんですか、にとり。今忙しいんですけれど……」
哨戒をしていた私はにとりの声につられて目の前に空から降りた。
「うお! いきなり降りてくるなよ!」
「そう言っても呼んだのはあなたでしょうに。で、なんですか?」
早く本題が聞きたくて仕方ない。これを終わらせてまたすぐに哨戒に戻らないといけないのだから。
「これ、これ見てよ! 春なのに紅葉が生えてきたんだよぉー!」
にとりに引っ張られながら着いた先は秋神様の家の前。どうしてか春になったのに紅葉が生えているということだった。ええ。どうしてこんなことを私に言うんだろうか。そもそもこんなことは管轄外であって天狗に言うべきなのでは?
「……にとり、これを私に言わないでください。私より上の立場に言うべきものです」
「そんな事言わないでさあ!!」
私の足に縋り付いて言うにとり。一瞬鬱陶しくなって振り払おうかと思ったけれど、流石に可哀想に思ってやめた。
「そもそもどうして私に言ったんです?」
「だって言える相手なんて椛しかいないよお。こんな怪奇現象、助けてくれよお」
「どうしてそんなに情けない声を出すんですか。こんなもの放っておけばいいものを……」
切り捨ててしまえばいいのでは。そんなことが頭に浮かんで、腰に下げた太刀を抜いた。
「ちょっと、椛、もしかして切り落とすつもり!?」
「それ以外に何があるとでも? 不安なら切り捨ててしまえばいいでしょう」
「いやいやいや、これって秋姉妹が大切にしてる紅葉でしょう? そんなことしていいの?」
……そんなこと言うなら自分でやればいいのだと思う。私は足に縋り付いたままのにとりに問いかける。
「なら、にとりが切ればいいのでは?私がするのが不安でしたら、言った張本人がやるべきでしょう」
「いやあ、それなら椛が切り捨てて……自分でなんておっかなくてできやしないよ」
なら私に何とかしろって言わないでください……私は少し馬鹿らしくなって太刀をしまった。
「切らないのかい?」
「私は哨戒に戻ります。あとはにとりがどうにかしてください。これで私をもう頼らないで下さいよ」
「ええ、そんなこと言わないでくれよ!」
「あの、私はこんなことをせずに仕事をしたいんですよ」
本当に勘弁して欲しい。私は何でも屋なんかじゃなくて白狼天狗なんだ。なんでも出来ると思わないでください……
「ならこれがなにか悪さしても椛のせいだって言うかな」
「それは理不尽でしょう!私はなんにもしてないじゃないですか!」
「切り飛ばそうとしたじゃんか!」
「ああもう、それなら勝手に言っててくださいよ!もう何も言いませんから!」
馬鹿らしくなって、私は地面を蹴り飛ばして勢いよく空に向かって突っ込んで言った。後ろから情けないにとりの声が聞こえたけれどもう振り向くのはやめた。
*
イライラとした状態で玄武の沢辺りの桜を見に行って落ち着かせようとして、沢近くに降り立つ。
目の前の咲時の桜がそこにあるのかと思えばなかった。
「はっ?」
目の前にあったのは、青々とした桜の木々だった。この時期は桜の咲く季節のはず。なのに咲かずにもう葉っぱになっているだって?
信じられなくて私は目を擦る。目の前をもう一度見るとやはり、木々は青々としていた。
「どうして……?」
誰がが何かをしているのだろうか。でもこれが異変だとしても私が動いていいものなんかじゃない。それらは人間が動くものであって白狼天狗の私が動くものじゃないのだ。
ふうと、一息ついて私は大きな石の上に座る。もう何も考えたくなくなって、空を見上げた。
春の陽気の薄い青の空を見上げる。とても綺麗だと思って見ていると、背中からカタンと、音がなった。
「誰だっ!?」
私は勢いよく立ち上がり、太刀を抜いて、じゃりじゃりと河原を歩いていく。
立ち上がった後ろを見ても何もいない。おかしいなと思いながらぐるりと一周見て回っても何もいなかった。
何も無かったのか、と警戒状態から解こうとした時に声が後ろから聞こえた。
「あーあ、つまんない白狼天狗! 規則ばっかでさー、楽しくないよ!」
後ろから私は飛び上がり、その場から離れる。後ろを向いて、そちらに立っているものを確認した時に、私の後から扉のバタンと閉まる音が聞こえた。
……なんだ!?
また後ろを見そうになって、獲物を見据える。
「僕は丁礼田舞。気軽に舞って呼んでくれたらいいなあ、白狼天狗さん」
……敵から堂々と名乗り出るなんて珍しい。魔理沙みたいなコソ泥では無いということだろう。
「私は椛だ。白狼天狗と言えども名前はある」
「あら、自己紹介してくれるんだ!嬉しいな!」
笹を持った手をぱちぱちと嬉しそうに叩いている。何がそんなに嬉しいのだろうか。
「で……私の後ろか? そこから出てきて一体何がしたいと言うんだ」
「えーっと、暇つぶし。椛さんで暇つぶししたかったんだ。春だけなんて面白くないじゃない!」
……舞とやら、今何と言った?
「聞き間違えかな、今なんと言った?」
「ひ・ま・つ・ぶ・し! 暇つぶしって言った! それとも何、他になにかあるって言って欲しかった?」
「貴様ァ! せっかくの春をなんてことしてくれる!」
花見の季節を潰されては叶わない。仲間で酒を飲んで、せっかくの花見酒を楽しむことが出来ないじゃないか!
「あら、怒った? 春とかどうでもいいじゃない、いつでも回ってくるものよ?」
「今あることが大切なんだ、思い出作りを邪魔するな!」
ああ、せっかくの春、せっかくの仲間たちの思い出。舞とやらに恨みはあるが、せっかくなのでぶっ飛ばそうと思った。
「切り捨て御免!」
構えた太刀を舞に向けて横なぎに払う。それをひょいと後ろに飛び、避けた。
「切られたら痛いよ。切られてなんかやらないぞ」
「切り飛ばす代わりに春を戻せ!」
「嫌だ、その反応が見たかったんだ! もう少し楽しませて貰うよ!」
私たちは踊るように辺りを動き回る。私が切り捨てようとして一歩近づけば、舞が一歩後ろへ下がる。
袈裟斬りで入れようとすれば切る方向の反対側へとひょいと避ける。
いくらやっても切れないもののようで嫌になってくる。体力は余っているが、そろそろ飽きてきた頃にまた私の後ろからガチャ、と扉の音がした。加勢か?
切ろうとするのをやめて後ろに下がる。
「あ、里乃!」
里乃呼ばれた人物は楽しくなさそうに舞を睨みつけていた。
「舞! またいたずらして! 一体いつになったらお師匠様に私が怒られなきゃならないの!」
「うわー里乃、許してくれよ! お師匠様に怒られるのは嫌だ! 怖い!」
「あー、白狼天狗さん、ごめんなさいね、また戻しておくので今日はこれで勘弁してください」
驚いて棒立ちになっている私を置いて、私の後ろの扉で二人は帰って行った。
……今までなんだったんだ!
怒ったことが徒労に終わったような気がして河原に座り込んで、私は一人で笑っていた。
~*~
その後、秋神様の紅葉は枯れ、玄武の沢の桜が戻った。
仲間に聞くと他にも変なところはあったらしい。それでも桜が戻ってきたことが嬉しくて私たちは酒を飲み交わしていた。
「ははは、やっぱり桜は最高ですね!」
うまいことついていけなかったです。
春の紅葉はなかなかにおしゃれな感性だと思います