Coolier - 新生・東方創想話

如何に地獄と云われども仁義通さにゃ名が廃る

2023/03/03 21:28:50
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 黒く淀んだ重たい空に、真っ赤な乾いた空っ風が吹き荒ぶ。
 ここは地獄の一角、畜生界。
 多くの動物霊とそれを取り仕切る妖怪共がひしめき合い、勢力抗争に鎬を削る弱肉強食の世界。
 その中枢、立ち並ぶ高層ビル群の中でも一際目立つ大きな建物の、その椅子に彼女は座っていた。
 整った高級家具の数々。臙脂色の絨毯には傷一つ無く、大きな漆塗りの机に、その女は肘を突いて煙草を吸っている。いかにも高そうな灰皿には、吸い殻はそこまで残っていない。部下に頻繁に取り替えさせているからだ。
 女は、短い金髪を左手で掻き上げ、品のある指遣いで、右手に持った煙草を咥えた。深く、煙を肺に入れるようにして、それを吸った後、ふうっと優しく吐き出した。煙が部屋に溶けていく。
 その女、名前を吉弔八千慧と言う。
 若くしながら多くの傘下組織を率いる大型暴力団『鬼傑組』の組長の名を背負い、たった一代で組を現在の規模にまで大きく広げた、当代一の優秀なやくざ者である。
「それで、例のシノギはどうなっていますか」
 八千慧は冷たく、淡々とした口調で、机の前に立つ動物霊に訊いた。
「はい。霊長園の件については順調です。系列組織からもカネは入っていますし、払い渋る奴らもいませんでした。工事も来月には終わる頃かと」
「人間霊共はきちんと管理しているのでしょうね」
「ええ、抜かりなく」
「ならよろしい。霊長園は、画期的な奴隷ビジネスです。大事な売り物は丁重に扱うように」
 彼女の前に立ち、事の報告を行なっているのは、この『鬼傑組』の若頭だ。八千慧が組長に座してから、ずっとその補佐を務めている懐刀である。
「改めて言うまでもありませんが、このシノギは過去最大の規模です。必ず成功させなさい」
「もちろんです。ここのところ、剛欲同盟が不審な動きを見せていないのが、かえって怪しいとは思っているのですが、如何致しましょう」
「泳がせておきなさい。ウチのシマを荒らす事は、まだ当分は無いでしょう。あちらも若い衆が馬鹿をやったらしく、その始末に追われているみたいですからね」
 八千慧は、そう言って、もう一度煙草を吸う。煙を吐き出した後、そのまま煙草を灰皿へとぐじゃり、潰すように押し当てた。
 ウチにそのような間違いを犯す馬鹿は居ない。そうであるように強く、厳しく、教育してきた。歯向かう者の気を削ぎ、絶対的な服従を与えてきた。それこそが八千慧にとっての誇りでもあった。
「それから組長。今日は貴女に挨拶に来たという女がいます」
「ほう。私に?」
「ええ。私からの紹介です。詳しい話は本人から聞くのが早いかと」
「よろしい。通しなさい」
 若頭のその言葉に、ふむ、と少し考えていると、動物霊が部屋の扉を開ける。
 やって来たのは、ひとりの妖怪だった。
 長い黒髪に赤い瞳。しかし、その瞳孔の奥にはぎらついた野心を感じさせる、そんな風な、まだ若い女だ。
「失礼致しやす」
 黒髪の女は、若頭に連れられ、八千慧の元へと立つ。
「私に何の用ですか?」
 八千慧は、極めて高圧的に、そう尋ねる。黒髪の女は、しかして、臆する事なくじっと瞳を見つめ、腰を屈めつつ手を膝に当て、そして、右手を差し出すように、八千慧へと向ける。
「この度はここいら一帯を取り仕切ってらっしゃる鬼傑組の組長様に、ご挨拶と、それから何より仁義を切りに参りやした」
 黒髪の女の、荒っぽくもしっかりと畏まったその言葉を聞き、八千慧は立ち上がる。椅子を収め、八千慧もまた、黒髪の女と同じように、腰を屈めて膝に手を当てる。机を挟んで、その右手を黒髪の女に差し出すと、八千慧が言葉を返す。
「そいつは誠に失礼さんに御座いました」
「いえ、どうぞお気になさらず、ご当家、組長室の軒下お借り受けての仁義、失礼ですがお控えくだすって」
「有難う御座います。軒下の仁義を失礼さんに御座いますが、手前控えさせて頂きます」
「早速ながらご当家、三尺三寸お借り受けまして、稼業仁義を発します」
 八千慧と黒髪の女は、共に見つめ合う。やくざ者同士が、その仁義を切る時、決してその目を離してはならない。しっかりと相手と目線を合わせ、瞬き一つ許されない。それがやくざ者の世界におけるルールである。
「手前、当家当代にて組長の肩書きを背負っております。どうぞお控えなさって」
「組長様、そいでは仁義が通りやせん。手前、流れのやくざ者でござんす。ぜひとも組長様からお控えくだすって」
「再三のお言葉、有難う御座います。それでは失礼ながら、逆意とは心得ますが、手前、これにて控えさせて頂きます」
「早速のお控え、まっこと有難う御座いやす。手前、若輩者たる故、これより発する言葉の後先、間違いましたる際は、まっぴらご容赦願いやす」
 二人がその仁義を切る姿を、後ろで若頭は静かに見つめている。部屋の中に、ぴんと張り詰めた緊張感が漂う。
 次に口を開いたのは、黒髪の女だった。
「お向かいましたる組長様とは、初のお見目えと心得やす。手前、生国と発しますは東海道、甲州、甲斐国でござんす。この度、稼業縁持ちまして、ここ畜生界にて勁牙組たる組織を発させて頂きやす、お見かけ通りの未熟者にござんす。姓は驪駒、名を早鬼。ここ畜生界において稼業発させて頂くに当たりやして、何かとご厄介をお掛けしやす鬼傑組の組長様には、是非ともお目通り願ってのご挨拶をさせて頂きたく、ご当家の若頭様にお頼み申しやした次第にござんす。以後、万事万端宜しくお願いなんして、ざっくばらんにお頼申しやす」
 黒髪の女が──驪駒早鬼が、そう一息に喋り終える。互いに腰を屈め、しっかりと目線を合わせたままに。瞬きの一つも無く、息も吐かぬような引き締まった空気。
 早鬼に向かって、今度は八千慧が返す。
「有難う御座います。ご丁寧なお言葉に申し遅れて失礼さんに御座います。手前、鬼傑組当代組長、姓は吉弔、名を八千慧と申します。この度は稼業発するに当たってのご仁義、誠に有難う御座います。手前、まだまだ勉強中の駆け出し者に御座いますが、今後は互い、より良い関係を築けるよう、恐惶万端引き立って宜しくお頼み申します」
「有難う御座んした。どうか、お手を上げなすって」
「お姐えさんからお手を上げなさって」
「組長様、そいでは困ります」
「では、ご一緒にお手を上げなさって」
「有難う御座んした」
「有難う御座いました」
 二人が屈めていた腰を伸ばし、差し出していた手を元に戻す。仁義を切り終わったのである。
「この度は組長様の貴重なお時間を頂きやして、まっこと有難う御座んした。まだまだ未熟なこの身、何かと組長様にはご厄介をお掛けする事かとは思いやすが、何卒宜しくお願い申し上げやす」
「いえ、こちらこそ。互いに建設的な関係を築けるよう、何卒宜しくお願い致します。本日はご丁寧に有難う御座いました」
「恐れ入る限りにござんす。そいでは、本日のところ、私はこれにて失礼させて頂きやす。まっこと有難う御座んした」
 そう言い合い、互いに深く頭を下げると、早鬼は背筋をぴんと伸ばし、つかつかと若頭が開いた扉の外へと出て行った。
 早鬼が出て行き、若頭が八千慧の前に戻ると、彼女は再び椅子に座り直し、しばらくくつくつと堪えるように笑っていたが、やがて耐え切れずに、ふふ、ははは、あっはっはと大きく笑い声を上げた。
「どうかしましたか、組長」
「どうかしているのは彼女の方ですよ。ふふ、ははは。組を発するに当たっての仁義を、わざわざ組長に、それも泣く子も黙る鬼傑組の組長室まで乗り込んで、この吉弔八千慧を相手にして、ああも堂々と切りに来るなんて。そんな女、笑わずにいられるものですか」
「それもその通りです。正直、私もこの話を聞いた時は正気を疑いましたが、彼女がどうしてもと熱を持って取り合ってくるので、そこまで言うのなら良いだろうと思いまして」
「いや、正しい判断でしたよ。なかなか面白いものが体験出来ました。本当に、これだからこの地獄という場所は退屈しない」
「同感です」
 若頭が笑いを堪えるように口元を抑える。あの女を笑って良いのは組長である八千慧だけだ。しかし、彼女の無謀とも言える蛮勇に、笑いを堪えるのは至難の業であった。
 笑いを噛み殺すように、若頭は先程までの話に戻す。
「それでは、霊長園の件につきましては、今後も慎重かつ迅速に進めて参ります。何事も無く、組長に報告する事案の無いよう努めさせて頂きます」
「よろしい。何とも良い心掛けです。では、行きなさい」
「はい。失礼します」
 そう言って、若頭が部屋から出て行く。
 バタンと閉まるドアを見つめながら、八千慧はもう一度、煙草を取り出して、カチリとジッポーライターで火を点ける。
 揺蕩う煙が部屋の中へと溶けて行く様を見つめながら、さっきの荒っぽくも肝の据わった女を、驪駒早鬼を思い出す。
 あの目付き、あの顔立ち、あの胆力。そして、畏まっていたとは言えども、如何にも生意気そうな、あの声色。
「勁牙組、ですか」
 八千慧はそう言って、独りふふっと笑った。
 勁牙。歯向かい、喰らい付く牙。
 彼女、驪駒早鬼は珍しくも、私に逆らう事になるのだろうな、と八千慧はこの時既に確信していた。
 弱肉強食たる畜生界に、乾いた空っ風が吹き荒ぶ。
 やがて件の女、驪駒早鬼が率いる暴力団『勁牙組』がその頭角を表し、『鬼傑組』や『剛欲同盟』とその勢力を争い合う事になるのは、まだしばらく先の話である。
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コメント



0.50簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100雨宮幽削除
さきやちの馴れ初めは百人百色何度見ても良いと古来より伝わってるのは皆様ご存知の通りなわけですが……(?)
極道といえば仁義。良いテンポで進む会話が印象的でした。これからの二人と畜生界の動乱がどうなっていくのか楽しみになります。
4.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。敵対しながらも、ある種の様式美的な儀礼が互いに顔を立て合っているように感じられました。
5.100ローファル削除
二人の会話の迫力に読んでいてとても引き込まれました、面白かったです。
6.90さとりんりん削除
なんか声をあてて読んでみたくなりました。
面白かったです。