Coolier - 新生・東方創想話

龍の居所

2023/03/03 20:56:10
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 ……おや。どうやら新聞の推敲中に、いつのまにか寝てしまっていたらしく、急いで起きて窓の外を見ると、外はまだ暗い。
 よし、急いで配達の準備をしなくては。

『龍の居所』

 新聞の配達を終えた私は、一旦、家に帰ろうとしていた。山の稜線から朝日が見える。
 今日もよく晴れそうだ。これはいい取材日和になる。私は一日のスケジュールを思い描きながら、飛ぶ高度を上げた。
 そのときだ。突然辺りがまぶしく光ったかと思うと、雷鳴のような轟音が鳴り響く。
 こんな晴れているのに雷か? と、思う間もなくドンッという衝撃とともに視界が揺れて、地面に叩き落とされてしまう。
 見上げると、そこにいたのはなんと真っ赤な……龍! しかも西洋のファンタジーなどでよく見る、二足歩行で翼があるタイプの。

 どうしてこんなところに龍なんかが!?

 とりあえず写真におさめようとカメラを構えると、今度は突風によって飛ばされてしまう。どうやら龍が翼を羽ばたかせたらしい。

「一体、これは何の冗談なのよー!?」

 その時、どこからか声が聞こえてくる。

「おーい、そこの鴉天狗!」

 周りを見渡すが誰もいない。なんだ幻聴か。そう思っているとまた声が。

「上だよ上!」

 今度は、はっきり聞き取れた。言われるままに見上げると、あれは白黒の魔法使い、霧雨魔理沙。
 彼女は、箒にまたがったままこちらを見ている。その表情は浮かないもので、どうかしたのか尋ねると、彼女はいかにも困惑したような表情で答えた。

「それがさっぱりわからん。急に雷が落ちたみたいに外が光ったと思ったら、ドデカい音が聞こえてきてな。何事かと思って見に来てみたらおまえがいたのさ」

 なるほど。確かにあの落雷は、明らかに不自然なものだった。だとしたら、やはりあの龍の仕業か。
 そういえば龍はどうしたのか。彼女に尋ねてみると、意外な返事が返ってくる。

「何? 龍なんかいたのか? 私は見てないぞ」

 なんとあれだけの大きさだったのに、彼女は見ていないというのだ。これは一体……。
 そういや、巫女の姿がないが、彼女はどうしたのか。本来、こういう時に、いの一番にやってくるものだが。

「そういえば霊夢さんは一緒じゃなかったんですか?」
「……ああ、あいつなら二日酔いで潰れてるぜ。夕べの宴会で間違えて鬼の酒を飲んじまったらしくてな」

 呆れた様子で彼女はため息をつく。
 なるほど。そういうことか。なんとも情けない話。

「あいつのことは置いておいて、私はもう少しこの辺りを調べてみるつもりだが、おまえはどうする?」

 そんなの言うまでもない。こんな面白そうなことを見逃すわけにはいかない。『ネタがあるところに射名丸あり』だ。

「もちろんご一緒しますよ。いいネタになりそうですし」
「きっとそう言うと思ったぜ。よし、そうと決まれば早速行動開始といくか!」

 こうして唐突に私たちの共同戦は始まった。
 ひとまず二人で周辺の調査を開始するが、特にめぼしい手がかりは得られなかった。
 強いて言えば少し道が荒れていることくらいで、それについては偶然通りがかった八雲の式によると、最近ここであった地震の影響じゃないかとのことだった。

「……うーん、やっぱり私の勘違いだったのか?」
「いえいえ、そんなことはないと思いますよ。私のカンがそう言っていますから」
「おまえのカンだと? ……おいおい、そりゃアテになるのかよ?」

 と、不安げに眉をひそめる彼女。申し訳ないが天狗のカンを舐めないでもらいたい。

「ええ。自慢じゃありませんが、ネタを探している時の私のカンは下手な占いより信用できますよ。今回もきっと面白いことが起きているに違いありません」
「面白いことなあ……。あんまり大事にならないことを祈りたいもんだが……」
「それより、私はこれから里に向かおうと思うのですがどうですか。やはり情報を集めるなら、人の多いところの方がいいですし」
「ああ……。そうだな。様子も気になるし、私も一緒するぜ」

 複雑そうな表情を浮かべる彼女とともに、私は里へと向かった。


 ◯

 人里に着くと、私の予感はすぐに的中することとなる。 建物は崩れ、道は陥没し、あちこちにひびが出来ていたのだ。
 なんと変わり果てた姿なことか。とりあえず一枚撮っておくことにする。
 その光景を見た彼女は思わず愕然と膝をついてしまう。そりゃそうだ。普段なじみの場所がこんな有様になってしまって平静でいろという方が無理な話だ。
 ショックに打ちひしがれる彼女も、この際、こっそり撮影しておくことにしよう。

「……おいおい、こいつぁマジかよ。ちょっと洒落にならないぞ!?」
「……これは一体何が起きたっていうんでしょうか」
「とりあえず誰かに聞いてみるか!」

 彼女は、道ばたに倒れていた男に声をかける。

「おいしっかりしろ! 大丈夫か!? いったい何があったんだ!?」

 男は腕と足に傷を負って多少出血しているようだが、どうやら特に重傷というわけではないようだ。彼は重々しく口を開く。

「あぁ、りゅう……。龍が突然現れて……!」
「龍……ってあれか? よくファンタジーとかに出てくる、羽の生えた大きなやつ……」
「そう。その、龍です」
「おい、そいつはどんな姿だったんだ? 大きさとかはわかるか? 他に特徴は?」
「そ、そんなこと急に言われてもわかりません。なんせ突然のことで……。ただ、赤かったことだけは覚えています」

 赤い龍。やはり、自分が見た奴に違いないだろう。
 あの龍が突然里に現れて暴れたのだ。でも、いったいなぜ龍なんかが?

「そうか。わかった。ありがとうな。ゆっくり休んでくれ。家はどこだ? 送ってってやるよ」

 彼女が、男性を抱えて歩き出そうとしたときだった。
 突然、獣の咆哮のような轟音が辺りに響く。

「なんだ今のは!?」
「なんでしょうか。あっちの方角ですよ!」

 音が聞こえたのは、里の外れ、魔法の森の入口のほうだ。
 近づいてみると地面に大きな穴が開いており、その中心には、例の龍の姿が見える。まさに私が見たあの赤い龍だ。

「……なるほどな。あれがおまえの見た龍ってやつか」
「ええ、間違いありません」

 彼女はまるで獲物を定めるかのように、龍を見据えている。

「……さて、どうしますか?」
「そんなの決まってるだろ!」

 彼女は箒にまたがると、龍の方へ向かう。

「……まあ、当然そうなりますよね」

 急いで彼女を追いかける。
 村人には自力で家に帰ってもらうことにした。案外元気そうだったので、多分一人でも大丈夫だろう。

 それにしても、いやはやまさか龍退治とは。

 ……ふふふ。これは面白い記事が書けそうだわ!


 ◯

 私たちが龍に近づくと、奴もこちらにすぐ気づき、威嚇するように雄叫びを上げてきた。その音圧でビリビリと辺りの空気が震える。
 なんという迫力か。思わず足下が竦みそうになるが、怯んでいる場合ではない。
 私は思いきり息を吸うと大声で龍に呼びかける。

「あのーすいませーん! ちょっと取材よろしいでしょうかー!?」

 同時に龍もこちらに向かって吠える。お互いの声は見事にかき消されてしまった。

「……まあ、わかっていましたが、話が通じる相手ではないようですね」
「そりゃそうだろ。仕方ない、こりゃ正面からやるしかないみたいだな」
「まぁ、そうなりますかね。しかし、……どうも何か引っかかるんですよね。あの龍」
「今は考えるよりも行動あるのみだぜ! 行くぞ!」

 彼女はまるで鉄砲玉のように龍に向かってすっ飛んで行く。
 いつもながら、こういうときの彼女の行動力の早さには感服させられる。
 龍は威嚇するように咆哮を上げながら、翼をはためかせようとする。
「おっと、させないぜ!」

 すかさず彼女が、龍に向かって星形の弾幕を放ち牽制する。
 よし、ではこちらも。

 スペルカード『風神少女』を取り出す。

 スペルの力で元々軽い体が更に軽くなる、
 もはや風同然となった私は、空を舞うように次々と弾幕を放つ。相手の体が大きいこともあって、弾幕はもれなく命中する。しかし、まるで手ごたえがない。
 例えるなら暖簾に腕押し、ぬかに釘。蛙の面になんとやら。
 どうやら仕留めるには、強力な一撃が必要なようだ。

「よーし、ちょっと下がってろ!」

 彼女もそれを察したのか、不敵な笑みを浮かべると、懐から八卦炉を取り出し、そして吠えた。

「『マスタースパーク』!」

 八卦炉から伝家の宝刀が勢いよく発射されると、そのまま糸を引くように龍に向かっていき、その土手っ腹に命中する。よし仕留めた!と、思った瞬間。

「なんと!」
「おいおいウソだろ!?」

 龍は姿を消してしまった。まるで瞬間移動したかのように忽然と。
 急いで周囲を見回すが、どこにも姿は見えず。

「おいおい。いったいどこへ行ってしまったというんだ……?」
「わかりません。しかし、まだすぐ近くにいるはずです。なんせ、あの巨体ですから」

 そう、奴は二階建ての家屋を、ゆうに超える体躯。
 いくら翼を持っているとしても、そうそう遠くには逃げられないはずだ。
 それにしてもあの龍からは、何か妙なものを感じる。まるで生気を感じない。言ってしまえば張りぼてのような……。

 ここで、とある疑念を彼女にぶつけてみることにする。

「……そういえば、あの龍が現れたとき、雷が落ちたみたいにピカっと光ったと言ってましたよね?」
「ああ、確かに言ったが、それがどうかしたか?」
「いや、しっかりとした根拠はないのですが。……その雷、もしかすると魔法由来によるものだったんじゃないかなと」

 そう、あの雷。あのとき辺りには、落雷直後特有の焦げ臭さが残っていなかったのだ。
 普通、雷というものは落ちると辺りに電流が走り、地面が焦げて特有の臭いを発するもの。しかし、今回は地面が焦げた感じはなく、臭いもなかった。となると、あれは本当の雷じゃなかった可能性が高い。
 話を聞いた彼女は、顎に手を当てながら何度も頷く。

「ははーん。なるほど、魔法関係か……。確かに、あの龍の正体が魔法由来のものだとしたら、一瞬で姿を消したことも説明つくな。でも、だとしたら一体誰があんな龍を操っていると言うんだ?」
「うーん。それはわかりませんね。とにかく、今は龍を探しましょう」
「そうだな。あんなのがまた里で暴れでもしたら、たまったもんじゃ……」

 と、その時だ。一瞬辺りに地鳴りが響いたかと思うと、その場が大きく揺れる。
 思わずバランスを崩しそうになるのをなんとかこらえて、私は地面に着地する。

「なんですか。今のは……?」
「地震……か?」

 いや、地震にしては何かおかしい。地震と言うよりは、まるで空間全体が揺れたような感覚。
 そういえば、つい最近も大きな地震があったと、さっき出逢った猫妖怪が言っていたような。

「まったくなんなんだよ。龍が現れるわ、地震が頻発するわ……。どうやら知らないとこで知らないことが起こってるみたいだな」
「うーん。やっぱり異変なんでしょうか?」
「わからん。わからんが……」
「何か心当たりでも?」
「いや、この辺で、こういうはた迷惑な騒動を起こしそうなヤツといえば、と思ってな」

 ああ。

 私はとっさに浮かんだ名前を吐いた。

「レミリア・スカーレットですか」
「そういうことだ」

 先の紅霧異変の元凶にして紅魔館の主。また、騒動の中心人物、いわゆるトラブルメーカーとしても彼女は有名だ。
 確かに今回の龍騒動も紅魔館が発端であるというなら納得がつく。
 何故なら彼女のファミリーには魔法のエキスパートの魔女、パチュリー・ノーレッジもいるからだ。もし、仮にあの龍が魔法由来によるものとするなら、彼女が何かしら情報を持っている可能性は高い。

「なるほど。訪ねる価値はありそうですね」
「よし、そうと決まれば善は急げだ!」

 私たちは早速紅魔館へと向かった。




 霧の湖のほとりにそびえ立つ深紅の洋館、紅魔館の門が近づいてくる。そして門の目の前まで来たとき、彼女が首をかしげながら呟く。

「……うん? 変だぞ」
「どうしたんですか?」
「いや、いつもならここに門番がいるはずなんだが」
「ああ、そういえば……」

 確かに紅魔館の門番、紅美鈴の姿が見えない。もっともいつも眠りこけてるため門番として機能してるかは、いささか疑問だが。

「お使いでも行ってるのかもしれませんね」
「そうかもな」

 たわいもない会話を交わしながら私たちは難なく門を通過し、敷地内に足を踏み入れる。
 正面玄関の扉を開けてロビーへ進むと、急にふわりと良い香りが漂ってくる。花か何か植えているのか。
 更に進むとそこにはメイド長の十六夜咲夜がいた。どうやら先ほどの香りは、彼女が発しているようだ。香水でもつけているのか。
 彼女は私たちの姿を見つけるなり慌てた様子で駆け寄ってくる。おそらく掃除中だったのだろう、その手にはモップが携えられている。

「ちょっと、あんたたち! どこから侵入したのよ?」
「ああ、門から正々堂々と侵入してやったぜ」
「門から? 美鈴はどうしたのよ」
「あいつならいなかったぞ? また、どっかでサボってるんじゃないか?」
「あー……。そういや、そうだったわね」

 そう言って彼女は額を手で抑え天を仰ぐ。

「そんなことより、ちょっとお前に聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「いきなり何よ、ぶしつけに。あ!あんたそういえば、こないだ侵入したとき、おやつつまみ食いして行ったでしょ?」
「あん? そんなこと……。ああ、そういやあったかもなぁ」

 と、彼女から視線をそらす白黒の魔法使い。
 ……一体何をやっているんだ。

「やっぱりね! あれお嬢様のために作ったガーリックプリンだったのよ?」
「ああ、どおりでしばらくの間、口の中がニンニク臭いと思ったぜ。てか、おまえ吸血鬼にニンニク料理食わせるつもりだったのかよ?」
「ええ。ちょっとしたジョークのつもりでね」
「ジョークで自分のご主人様苦しめる従者がどこにいるんだよ?」
「心配ご無用よ。いつものことだから――」

 魔法使いが魔法使いなら、メイドもメイドだ。二人そろって一体何をやっているのか……。
 と、それはそうと、このままでは彼女に話をはぐらかされてしまいそうだ。よし、こういうときは。

「あのー! お取り込み中に失礼します! どうも! 清く正しい射名丸です! 十六夜咲夜さん。ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが、少しお時間よろしいでしょうかねー?」
「……何よ」

 彼女は小さく舌打ちをすると私の方を見やる。これでよし。

「いやー、実はですねー。里が龍に襲われてしまったんですよ」

 彼女は表情一つ変えない。普通は驚きの表情一つ見せるものだが。

「……どうして龍が里に?」
「それがわからないんですよ。わかっているのは龍が突然現れて里を襲ったということです。なんせ私もこの目で見ましたので」
「……そう。それで、その龍はどんな感じだった?」
「そうですね。二足歩行で、大きかったですよ。少なくとも二階建ての建物はゆうに超えてました。あと赤かったですね」

 私の説明を聞いた彼女は、ふうとため息を漏らすとつぶやく。

「……困ったものね」
「え、今なんと?」
「……ああいや、なんでもないわ。独り言よ」
「……それで、何か知りませんかね?」
「うーん。残念だけど、私は何も聞いていないわね。ごめんなさい」
「そうですか……。わかりました。ご協力、ありがとうございます。お邪魔してすいませんでした」
「まったくよ。お嬢様が起きないうちに、館の掃除を終わらせなきゃいけないってのに。早く帰りなさいよ!」

 そう言うと彼女は、そそくさと奥へ消えてしまう。

「……サンキュー助かったぜ。あいつああ見えて話はぐらかすの上手いんだよ。流石だな!」

 私の方を見ながらはにかむような笑みを浮かべる彼女に、私は思わず苦笑いを浮かべる。

「……不本意ながら職業柄、こういうのは慣れてますからね」
「まったく。頼りにしてるぜ。ブン屋さんよ」

 そう言って笑顔を見せる彼女。どうやら皮肉やお世辞ではない様子だ。
 いや、まさか急に褒められるとは思いもしなかったが、もちろん悪いものではない。思わず頬が緩みそうになるが、なんとか堪える。やはり記者たる者、常に冷静を保たねば。

「……おいおい、どうしたんだよ。急にニヤけちまって。らしくないぜ?」

 ああ、どうやら抑えきれてなかったらしい。
 顔が紅くなるのを感じながら、わざとらしく咳払いをして話を続ける。

「……それにしても、魔理沙さん。あの様子だと、彼女、絶対何か知っていますね」
「……ああ、そうだな。やっぱり異変の元凶はここの可能性が高いな」
「みたいですね。もう少し探ってみましょうか」

 ロビーを抜けてさらに奥へ進む。廊下を歩いていると、妖精メイドたちが忙しそうに、走り回っているのが見えた。

「なんだなんだ。ずいぶん賑やかだな。ひょっとしてお祭り中か?」
「掃除をしているんですよ。ほら、この床、見てください」
「うわ、なんだこれは! ほこりだらけじゃないか」

 その通り、深紅の床は足跡がくっきり残るほど埃が積もっている。いつもなら鏡かと思うくらい磨き上げられているのに。

「そういえば、さっき咲夜さん掃除で忙しいって言ってましたね。たぶんあの龍が関係しているかもしれません。なんせあれだけの巨体だと歩いただけで結構な汚れになるでしょうからね」
「……奴がここを出入りしているってことか? そりゃ流石にちょっとデカ過ぎないか?」
「確かにそうですが、可能性がないとは言い切れませんよ? ほら、彼女の能力を使えば」

 そう、十六夜咲夜は時間と空間を操ることが出来る。ああ見えて、なかなか反則的な能力の持ち主だ。

「……まあ、確かにあいつなら龍をこの屋敷に受け入れる事は可能だな。だが、だとしたら一体何のためにそんなことを?」
「それはまだわかりかねません。パチュリーさんならおそらく何か知ってますよ。きっと」
「間違いないな。こんなとこで探偵ごっこしてても仕方ない。とっとと奴んとこいくぞ」

 彼女の言うとおりだ。ここはさっさと図書館へ向かうのが得策だろう。
 早足で図書館へ向かうと、入り口の前には図書館の司書、小悪魔が立っていた。

「あれ? 魔理沙さんと文さんじゃないですか。また珍しい組み合わせで一体どうしたんですか?」
「よう。実はかくかくしかじかまるさんかくしかくなんだ」
「……な、なるほど。そういうことだったんですね」
「で、何か知ってるのか?」
「い、いえ、私は何も知りませんよ。ただ……」
「ただ……? なんだ?」
「あ、いえ、なんでもありません。それよりお二人はパチュリー様に会いに来られたんですよね? なら案内しますので、私についてきて下さい」

 私たちは、妙によそよそしい彼女の案内で図書館の奥へ向かう。

「おーい、パチュリー。いるかー?」

 彼女が呼びかけると、本棚の向こう側から声が聞こえてきた。

「うるさいわね。読書の邪魔しないでくれるかしら」
「そうはいかないぜ。龍が現れたって聞いたんだ。お前の仕業なんだろ?」
「……え?」
「いや、だから龍が暴れてるんだろ? それを止めるために私たちが来たんだよ」

 どうやら彼女はカマをかけているようだ。とりあえずここは様子を見守ることにしよう。

「そんな話、聞いてないんだけど……」
「そうか。じゃあ、お呼びじゃないってことで帰ってもいいか?」
「……いや、待って。……もしかしてレミィの奴かしら」

 お、見事に罠にかかったらしい。
 なるほど。やはり元凶はここだったか。よし、後で詳しく取材させてもらうことにしよう。

「……はぁ。まったくあいつは。よりによって一番面倒な奴を呼んでくれたわね」

 ため息をつきながら本棚の影から図書館の主、パチュリー・ノーレッジが億劫そうに姿を現し、こちらに半眼を向ける。

「まあ、頼りにしてくれよ。今回は私だけじゃなくてブン屋もいるしな。それで、どういう状況なんだ?」
「……見ての通りよ。あいつが現れてからというもの、この辺りの空気中の魔力濃度が異常な数値になっているわ。しかも館内も埃だらけになるし、そのせいで私の体調も最悪だし」

 そう言って彼女は咳払いをする。顔の血色も悪い。
 実際かなり具合が悪いのだろう。まるで生気を感じない。と言っても、彼女はいつも体調悪い印象だが。

「おい、パチュリー。あの龍の正体は一体何なんだ?」
「……あいつは元々魔法による実験生物で、色んなものの影響を受けて姿を変えたり強くなったりできるのよ」

 なるほど。龍から感じたあの妙な気配の正体はそれだったのだ。やはり奴は本物の龍ではなかった。
 どうやら私の勘は間違っていなかったようだ。

「……ええと、つまりだぜ。あいつは本来は別な姿をしていて、何かの影響で龍の姿になってるってことか?」
「その通りよ。このまま放っておくと、もっと厄介なことになるかもしれないわ。でも私はこの通りだし、咲夜は館の掃除で忙しいし……」
「うーむ。そりゃまずいな」
「……そういえばさっき自分の意志で龍になってるって言ってましたけど、奴が龍になった原因は何なのですか?」

 私の問いに彼女は目を合わせず答える。

「わからない……。でも有力なのは、あの生物が何かしらの要因で龍の要素を取り込んだという線ね」
「いや、そうは言うが、あんなデカい龍なんて幻想郷にいないだろ? 私が知る限りだと」
「ええ、そうね。普通だったらありえない。ただ、思い当たる節が一つあるわ」
「ほう。と、言いますと?」
「あなたたち『龍脈』ってわかる?」

 龍脈……。たしか風水の用語だったか。そういえば以前、取材で道場を尋ねたときに、話が出てきたような記憶が。

「龍脈とは端的に言うとエネルギーの流れのこと。川とか湖なんかにもわずかに流れていて、その力が支流だとすれば、その本流みたいなもので、その流れが乱れることで、様々な影響が起きるのよ。例えば地震とか……」
「おい、待ってくれ。地震と言えば……」
「ああ、さっきの……?」
「そうね。あんな感じに様々な影響が起こるわ」
「待て。パチュリー。それってつまり……」
「ええ、おそらくあの魔法生物は『龍脈』の力を吸い上げて活動していると思われる」
「なるほど。じゃあ、その『龍脈』ってのをなんとかすればいいってことですかね?」
「いえ、まだそうとは言い切れないわね。他にもいろいろ要素があると思うけど……」
「ぐぬぬ、なんだかよくわからないな。不確定要素が多すぎるぞ」
「……そうね。ま、ここで何を話そうと机上の空論に過ぎないわ。とにかく今は龍を元の姿に戻すことが先決よ」
「それには私も同意なんだが、具体的にはどうすればいいんだ?」
「大丈夫。龍の居所は、もうわかってるから、あなたたちには、そこに向かってもらうわ。そしてこれをあいつの口の中に放り込んでちょうだい」

 そう言って彼女は、手のひらほどの青い石を取り出す。多分、魔法由来のものなのだろう。キラキラとしていて綺麗だ。

「……それじゃ、手はずは整えたからあとはよろしく」

 私たちはパチュリーさんに見送られながら図書館を後にする。
 見送る彼女がやたらにこやかな表情だったのが妙に引っかかるが、今はとにかく、あの龍を何とかすることに専念しよう。




 私たちが急いで彼女が指示した場所、霧の湖の中心の小さな島へ向うと、徐々に巨大な影が浮かび上がってくる。
 霧ではっきりとは見えないが、その輪郭の大きさから見るに、例の龍で間違いなさそうだ。
 気のせいかさっきよりそのサイズが大きくなっているようにも見える。
 島に到着すると、そこでは龍と妖精メイドたちが一足早く死闘(?)を繰り広げていた。しかし悲しいかな。彼女達の攻撃は、龍にはまったく効いていないようだ。
 龍も彼女らの相手をしているというより、ただ暴れているだけ。あちこちから龍に踏みつけられた妖精達の断末魔が響き渡る。
 これはなかなかに悲惨な状況だ。とりあえず写真を一枚。

「おいおい、呑気に記念撮影してる場合かよ。止めないと島が死屍累々になるぞ?」
「わかってますよ。とりあえず先鋒は私に任せてください」

 空高く飛び上がり、龍にめがけて弾幕を放つ。

「さあ、くらいなさーい!」

 弾幕を受けた龍の「ギャオーン」という叫び声が響く。どうやら攻撃は成功したらしく、龍はそのままこちらを睨んでくる。
 ちなみに攻撃が効いたのは、パチュリーさんが、あらかじめこの霧に特殊な魔力を与えていてくれたからだ。「手はずは整えた」とはこのことだったのだ。
 それでも妖精メイド達の攻撃は、全く通じていなかったのは……彼女らが単に弱いだけだろう。

「さあ、それでは真打ち登場といくか!」

 そう言って彼女は、意気揚々と飛び出して龍の注意を引くと、手に持つ青い石を龍の口の中へ放り投げようとする。と、その時だ。
 龍の口内が何やら怪しい光を放ち始める。嫌な予感がした私は彼女に呼びかける。

「魔理沙さん! 危ない!」

 次の瞬間、龍の口から光の奔流が発射され、それは一直線に筋を描いて空へと消えていった。
 幸い彼女はすんでの所で避けるが、バランスを崩してそのまま地面に落下してしまう。

「大丈夫ですか!」

 慌てて駆け寄ると、彼女はどうやら足を痛めたらしく、手で抑えながらうずくまり、苦悶の表情で呻く。

「ちぃっ……。私としたことが油断したな」
「今のは光は、もしかして……」
「ああ、信じられないが間違いない。……ありゃ『マスタースパーク』だぜ……!」

 やはり。一体何故、奴が?
 そのとき、不意にパチュリーが言っていた言葉を思い出す。

 ――あいつは元々魔法による実験生物で、色んなものの影響を受けて姿を変えたり強くなったりできるのよ。

 そうか。あの龍は魔理沙さんのマスタースパークを受けた影響で、自身もマスタースパークを放てるようになってしまったのだ。

「すまん。これ、頼めるか……?」
「ええ、まかせてください」

 苦々しい表情の彼女から例の青い石を受け取り、私は龍と再び対峙する。
 龍は雄たけびを上げ、先ほどと同じように光の奔流を虚空へ放つ。今のは恐らく威嚇のようなものだろう。
 あんなのに当たったら、いくら私と言えど、ひとたまりも無い。ひとたまりもないが……。
 所詮は直線的な攻撃だ。しっかり見極めれば恐るるに足らない!

「では、行かせてもらいますよ!」

 生半可な攻撃では逆に技を覚えられてしまう。つまり、こいつを倒すには一撃必殺級の大技をお見舞いする必要があるということ。
 それも『マスタースパーク』に匹敵するほどの威力の奴だ。
 それなら、これしかない。
 私はとっておきのスペルカードを取り出し力を解放する。
 スペルの力を受けた私は、赴くままに龍の周りを駆け巡り、弾幕を放つ。
 弾幕は次々と奴に命中していく。しかしそれらはあくまで囮に過ぎない。
 奴は弾幕に気を取られていて、恐らく私のことなど眼中にないはずだ。私は更に速度を上げていく。
 やがて光の筋のようにしか見えなくなった私は、そのまま奴に向かって体当たりを仕掛けていく。
 そう、この攻撃の本命、それは弾幕ではなく、光同然となった私自身だ!

 これがとっておきのスペルカード。その名も『無双風神』!

「さあ、幻想郷最速の名の由来、とくと味わえ!」

 立て続けに体当たりを食らわせると、龍はたまらず悲鳴のような咆哮上げ、巨躯を揺らしながらその場に崩れ落ちる。

「今だ! 奴の口の中にあの石を!」
「まかせてください!」

 すかさず無防備な龍の口の中へ、青い石を放り込む。すると龍は光に包まれ、たちまち姿を変えていく。

「よし! やったぞ!」

 魔理沙さんが笑顔で親指を立てる。私もウインクをして返す。

「ま、私の手にかかればこんなもんですよ」

 気がつくとその場には、白いまんじゅうのような物体と、巻き添えを食らった哀れな妖精の残骸だけが残されていた。

「……ふむ。これが龍の正体ですか」
「なんだこりゃ。大福か?」
「私には、まんじゅうのように見えますけどね」
「いや、どう見ても大福だろ」
「いや、これはまんじゅうですよ」
「大福だ!」
「まんじゅうですよ!」

 こんなところで大福まんじゅう論争していても不毛なだけなので、とりあえずこいつの写真を一枚。
 カメラのフラッシュをたいた途端、その物体がむくりと少し大きくなる。

「……なんと! このまんじゅうはどうやらカメラのフラッシュまでも吸収するようですね」
「ふーむ。あらゆるエネルギーを吸収する大福か。……これは興味深いぜ」

 彼女がその生物を手に取ろうとしたその時だ。

「流石ね! あなたたちにまかせて正解だったわ!」

 いつの間にかパチュリーさんが私たちの目の前に姿を現していた。もっとも、彼女は魔女だからこれくらいの芸当は余裕だろう。
 なんとなくさっきより元気そうに見えるのは気のせいか。

「こいつは私が保護するわね」

 そう言うと彼女は、光の網でそのまんじゅうを捕縛する。

「さてと、これで一件落着というところでしょうかね」

 私が一仕事が終わったとばかりに団扇で仰いでいると、まんじゅうを担ごうとする彼女が首を横に振って告げる。

「いえ。まだよ」
「えっ……?」

 思わず団扇をぽろっと落としてしまう。

「龍はもう消えましたよ? まだ他に何か?」
「ええ、確かに龍は消えたわ。でも、まだこいつが龍に変身していた理由がわからないままよ」
「……ああ、そういえば」
「確かにだな」

 私と魔理沙さんは思わず頷く。そう。あのまんじゅうが龍になった原因を潰さないことには、またこいつは龍になってしまいかねないということだ。
 これは私としたことがうっかりしていた。

「…つまり『龍脈』をなんとかする必要がある、ということですね?」
「ええ、その通りよ。察しが良くて助かるわ」
「しかし、なんとかするったってどうすればいいんだよ?」
「大丈夫。私にいい考えがあるわ。とりあえず図書館へ戻りましょう」

 そう言って彼女は、にこりと笑みを浮かべる。
 絶対何か裏がありそうな笑みに見えるが、悔しいかな、今の主導権は彼女にある。
 ここは大人しく従うのが得策だろう。私たちは言われるままに図書館へと戻った。

 ◯

「……よし、じゃあ何かあったらすぐ連絡しろよ」
「わかりました。任せてください!」

 威勢良く返事したものの、どうも腑に落ちない。何で私がこんな目に……!

 あの後、図書館に戻り今後の対策を練った結果、パチュリーさんのアイデアで直接地底に潜って龍脈を探す事になった。
 探すことになったのはいいが、魔力を使って探すという意味で、ナビゲーターは魔法使いの二人が務めることになり、残った私が探索役ということになってしまった。
 つまり、私は今、ほぼ生身で地下に潜っているのだ。

「……とほほ。何で私が地底探索なんかしなければならないのよ」

 以前、とある異変の時にも地下に潜ったことがあるが、あのときはあくまでも間接的にだった。
 鬼に遭いたくなかったというのが大きい理由だったが、それ以外にも地底の湿気と、淀んだ空気で自慢の羽が傷んでしまうのが嫌というのもある。
 もっとも今回は深部ではなく表層部分程度なので、鬼達に出くわす心配はなさそうだが、それでも嫌なものは嫌なのだ。しかし、ぼやいていても仕方ない。
 二人の指示通りに地下を進んでいく。しかし、さっきから風景が変わっていない気がするが。
 何やら通信システムの向こうでは二人が笑っているような声もする。もしかして、からかわれているのか?

「……あの、すいません。一つ質問よろしいでしょうか」
「なにかしら」
「もしかしてじゃなくても、これ同じところぐるぐる回っているだけなのでは?」
「ああ、大丈夫よ。心配いらないわ。そこをとりあえずまっすぐ進みなさい」

 何が大丈夫なのか。若干の懐疑心を抱きつつ、指示通りに進むと、突如視界が開け、大きな空洞に出る。
 地下の空洞だったが、暗くはなく、それもそのはずで、その空間の中心の大穴からは、虹色に輝く目映い光が溢れていた。
 その光に照らされて、辺りはまるで真昼の地上のように明るかったのだ。

 きっとこれが龍脈だ。

 私の直感がそう伝えている。思わず見とれてしまいそうになるが、すぐ我に返ると、すかさずカメラのシャッターを切る。
 逆光ではあるが綺麗に撮れている事を祈る。しかし、この輝き。どこかで見たことがあるような……。
それはそうと、早速二人に報告をしなければ。

「魔理沙さん。パチュリーさん。多分龍脈を見つけましたよ!」

 返答がない。

「二人とも。お元気ですか? 清く正しい射名丸ですよー!」

 やはり返事はなく、変わりにザーザーという耳障りなノイズ音が聞こえてくる。
 通信システムが故障してしまったのか。あるいはこの光の奔流のせいで魔力が遮られてしまったか。いずれにしても、ここから先は一人で調査するしかなさそうだ。
 ゆっくりと光の中心に近づいてみると、何やら人影が見える。しかし逆光で、それが誰なのかまでは判別できない。

「……あのーもしもーし。そこにいるのはどなたですか?」

 私の呼びかけに対して、その人影は驚いたように振り返る。それは緑の帽子をかぶった赤い長い髪の女性。

「あなたは……。もしかして美鈴さん?」

 そう、その正体は紅魔館の門番、紅美鈴だった。姿を見ないと思っていたらまさかこんなところにいたとは。

「……えっ文さん? なんでこんなとこに!?」

 彼女は驚いたような表情で私をまじまじと見る。
 そりゃそうだ。彼女からすれば、まさかこんなところに私がいるとは思いもよらないだろう。

「あー……ええと。話せば長くなるんですが、それでもいいですか?」
「ええ、かまわないわよ」

 私が懇切丁寧に事情を説明すると、彼女は、なるほどと言った様子で大きく頷く。

「……そう、そういうことだったのね。……あなたが探している龍脈は間違いなくこれよ」
「やっぱりそうでしたか。それにしても綺麗ですねぇ」
「ふふふ。そうでしょう。ここには様々なエネルギーや気が集まっているのよ。その集まった力がそれぞれ反応し合って、こんな風に綺麗に輝いているのよ」

 そう言うと彼女は龍脈を眺めながら目を細める。あるいは微笑んでいるのか。

「……ところで、あなたはこれをどうするつもりなの?」
「どうする……はて。そういえば、パチュリーさんからどうするのか聞いていませんでしたね。通信も途絶えてしまいましたし」

 すると彼女は、顎に手を当てながら思案気な表情を浮かべて告げる。

「……もし、龍脈の流れを止めようとしているのなら、やめた方がいいわよ」
「おや、それはなぜです?」
「龍脈を止めると自然の気の流れが変わり、幻想郷に災害が起きてしまう恐れがあるわ」

 そういえばパチュリーさんも、同じようなことを言っていたような。
「では、どうすればいいのです? この龍脈をなんとかしないと、また地上に龍が現れてしまうかもしれないのですが」
「そうね。つまり、この龍脈の気の流れをコントロールすればなんとかなるってことなのよね?」
「……確かにそうですが、でも、そんなこと」

 彼女は、大きく息を吸い込むと、ゆっくり息を吐きながら気功の型のような構えを取る。

「大丈夫。ここは私にまかせて。あなたは紅魔館に戻ってパチュリー様にこう伝えてくれないかしら。『問題は解決した』と」
「え?」

 唖然とする私に、彼女は更に続ける。

「そんなに頼りなく見えるかしら?」
「あ、いや。そういうわけではないのですが」
「私はこう見えても、気を使う事が出来るのよ。龍脈を操作することくらい朝飯前だわ」

 そう言って彼女は、ふっとした笑みを見せる。

 ……ふむ、そこまで自信あるというのなら、ここはひとつ、彼女に任せてみることにしよう。これ以上、ここにいたくないし。

「なるほど。わかりました。では、あなたに任せます。私は戻ってパチュリーさんに報告しますね」
「ええ、お願いね!」

 私は彼女と別れ、元来た道を戻る。

 地上への帰り道。ふと考える。
 果たして彼女は、一体どうやってあの膨大な力をコントロールするのだろうか。実に気になる。
 もしかしたら今戻ればスクープ写真を撮れるかもしれない。やはりここはいったん戻るべきか。
 いやいや、ああ言ってしまった手前、今更戻るのもそれはそれでなんともバツが悪い。また地底に戻るのも億劫だし、やはり大人しく地上へ戻るべきだろうか。

 と、迷っているうちに地上へ出てしまう。
 結局、そのまま図書館へ向かい、二人に報告をすることにした。


 ◯

「……そう、ご苦労様」

 報告を聞いた彼女は、そう一言だけ言ってこちらを見やると、すぐに開いていた本に目を落とす。まるで、もうあなたたちに用はないと言わんばかりだ。
 まさにとりつく島もないような雰囲気だったが、臆せず疑問をぶつける。

「あのーパチュリーさん。一つだけ聞いてもいいですかね?」
「……なにかしら」
「あなたはもしかして美鈴さんが、先に地下に行っていた事を知っていたのでしょうか?」

 彼女は私と視線を合わせようとすらせず、ぼそりと呟くように答える。

「……それをあなたに言う義務はある?」
「……いいえ。でも、もし教えて頂けたらそれはそれで嬉しい事かなと思いましてね」
「今回の事件はこれで解決。それ以上は何もないわ」
「……そうですか。わかりました」

 一礼し、そのまま図書館をあとにする。
 廊下はいつものように塵一つ落ちていない状態に戻っていた。
 途中で、廊下を綺麗にした当人であろう、十六夜咲夜とすれ違うが、彼女は立ち止まって私たちを一瞥すると、すぐに通り過ぎていく。
 その表情はいつになく憂いを帯びており、私は思わず彼女の行った方を振り返るが、既にその姿はなく、例のふわりとした香りだけがその場に残されていた。

「……おい、お前にしてはやけにあっさり引き下がったじゃないか。珍しいこともあるもんだな」

 不思議そうな顔で尋ねてくる魔理沙さん。確かにいつもの自分ならあそこで更に食い下がっていただろうが。

「いやー魔理沙さん。それが色々引っかかることがありましてね」
「引っかかる事ったって、これでもう一件落着なんだろ。大福はあいつが回収したし、龍脈も美鈴の奴がなんとかしてくれるって言ったんだろ?」
「ええ、そうですね……」
「なら、これにてお開きってやつだ。名残惜しいが、私たちのコンビもこれで解散だな」
「……いや、ですが、美鈴さんは一体どうやって龍脈をなんとかするつもりなんでしょうかねえ?」
「なんとかって……。そりゃアレだろ。あいつの能力を使って龍脈の力をコントロールかなんかするんだろ」
「うーん。果たしてそんなこと可能なんでしょうか……? あの膨大なエネルギーを彼女一人の力で制御するだなんて」
「まあ、大丈夫なんじゃないか? ほら、あいつの帽子に龍って書かれているくらいだし……」
「そんなの関係――」

 そこまで言いかけて私はハッとする。

 ああ、そうか。そういうことだったのか!
 全てが繋がった。例えるなら頭の中にバラバラに存在していたパズルのピースが、一瞬にして繋がって一つの大きな絵になったような、そんな感覚。

「ありがとうございます! 魔理沙さん! お手柄ですよ!」

 居ても立ってもいられなくなった私は、唖然としている魔理沙さんを置いて、再び地底へと向かう。

 そう、事件はまだ解決なんかしていないのだ!




 急いで先ほどの場所に戻ってくる。
 心なしかさっきより薄暗い。あるいは彼女が気の流れを操作したのだろうか。辺りを見回すが、彼女の姿は見えない。

「美鈴さん!」

 呼んでみるも返事はない。と思ったその時だ。
 突然轟音とともに、龍脈の中から巨大な影が浮かび上がる。とっさに飛び退き、その場を離れて様子をうかがう。

「あれは……!?」

 その正体は大きな赤い龍だった。しかも先ほどの龍とは違い、蛇のような体をした東洋風のやつだ。
 よく見ると、その髪は赤く、まるで誰かを彷彿させる。ん? もしや、この龍は……。
 私はすかさず、カメラを構えシャッターのボタンを押す。

 ……あ。

 まずいと思ったのも後の祭り。
 いや、珍しいもの目の前にするとまず写真を撮りたくなるというのは、もはや記者としての、いや鴉天狗という種族の習性だ。習性には抗えない。しかし流石にこれは悪手だった。
 カメラが発したフラッシュで龍に気づかれてしまったのだ。
 龍はこちらを見て威嚇するように咆哮を上げると、その太い腕を振りかざしてくる。
 幸い動きは遅く、難なくかわしたものの、腕が振り落とされた場所はごっそり地面がえぐられてしまっていた。
 こんなのかすっただけでも無事ではいられない……。と、思ったその時。
 頭上から大きな石が落下してきた。どうやらさっきの衝撃で天井が崩落したらしい。

「ちっ!」

 空を飛んでは間に合わないと判断し、間一髪で跳んでかわしたものの、よろけてバランスを崩し、そのまま地面にたたきつけられてしまう。
 全身を駆け抜ける衝撃で身動きが取れなくなっている間も、お構いなしとばかりに龍はまっすぐ向かってくる。

 ……うむむ。これは、まずいぞ。

 流石に身の危険を感じたその時だ。

「退いてな! ブン屋!」

 見上げると、そこには箒の上に立つ、霧雨魔理沙さんの姿。
 その手には八卦炉が構えられている。

「くらえ!『マスタースパーク』!」

 彼女が吠えると同時に分厚い光の束が龍に炸裂し、龍は咆哮を上げながら吹き飛ぶ。って、待って! あの龍はもしかすると……!

「よっ。ヒーローは遅れてやってくるってな。大丈夫か?」

 得意げな様子の彼女にすかさず告げる。

「魔理沙さん。私のことはともかく、あの龍は……」
「ん、何だ……?」
「あの龍は美鈴さんかもしれないんですよ!」
「なんだと!?」

 慌てて龍が吹き飛んだ方を見る。すると砂煙の中から現れたのは緑の中華ドレスに緑の帽子をかぶった紅い髪の妖怪。
 紛れもない紅魔館の門番、紅美鈴だった。

「まったく、随分と手荒な真似してくれるじゃない……」

 そう言いながら彼女は首を動かしコキコキと鳴らす。
 マスタースパークの直撃を食らったというのに、さほどダメージはないようだ。なんと頑丈なことか。

「……でも、ありがとう。これで龍脈を制御することが出来たわ」

 そう言って彼女は拳と手のひらを胸元に当てる、いわゆる抱拳礼を見せる。

「やっぱり美鈴さんでしたか。多分そうだと思ってましたよ」
「……よくわかったわね」
「あのあと、あなたと別れてから考えたんです。あなたは「気を使う程度の能力』の持ち主。果たしてこの膨大な龍脈のエネルギーを制御するにはどういう方法をとるか……」

 ふと、龍脈の方を見ると、先ほどよりも光の勢いが増しているように見える。

「そう。あなたはこの龍脈の力を体に取り込んだのですね?」

 彼女はこくりと頷く。

「……そうよ。こうするしかなかったからね。ある程度は制御出来る自信あったんだけど、予想以上に龍脈の力が強くて……」
「ああ、それで力に取り込まれて龍の姿になってたってわけか」
「はい、お恥ずかしながら……」
「ところであなたはどうしてここに来ていたんですか?」
「あ、それは……。そうそう。お使いを頼まれたのよ」
「お使い? 一体どんな」
「それは……」

 と、その時だ。

「あなたたち! そこまでよ!」

 声の方を振り向くとそこにはいつの間にか両手を広げ、険しい表情したパチュリー・ノーレッジの姿が。

「……まったく。美鈴ったら。あなたには失望したわよ。おかげで私の計画が台無しじゃない」

 彼女は、まるで小馬鹿にするように首を振りながら言い放つ。

「計画……?」
「……そう、私の計画通りなら、あなたは龍脈の力を吸収した状態で地上へと戻ってくるはずだったのよ。そしてあなたが取り込んだ龍脈の力を使って新しい魔法の実験が出来るはずだったの」

 唖然とした表情の美鈴。彼女は続ける。

「それがまさかあろうことか龍脈に力を取り込まれてしまうなんて……。まったく。情けないにもほどがあるわ。修行が足りてないんじゃないかしら。この役立たず門番め」

 ……一体、何を言ってるんだ。彼女は命がけで龍脈の流れを制御しようとしたのに。
 流石に温厚な私でもこれは、口を出さずには居られないと思ったその時。

「おい! 待て! パチュリー! 流石にその言い方はないんじゃないのか?」

 どうやら魔理沙さんも同じ気持ちだったらしい。

「うるさい。部外者は黙ってなさい!」
「いやいや、そうはいきませんよ。ここまで首を突っ込まさせておいて今更、部外者呼ばわりは少々無理があるのでは?」
「そうだぞ! 私はおまえの指示で力を貸してやったんだ。流石に横暴が過ぎるぜ!」
「私は魔法の研究が出来ればそれでいいのよ。あとは知らないわ」
「なんだと! おまえ……!」

 一触即発ムードのなりかけたその時だ。

「二人とも手を出さないで! これは私とパチュリー様との問題だから」

 私たちにそう言うと美鈴さんは、うつむきながらゆっくりと彼女へと近づく。

「……へえ、なるほど。そうですか。龍脈の力を……。しかし、お言葉ですけど。龍脈の力。……甘く見ない方がいいですよ?」

 近づくにつれて、徐々に彼女の体から目に見えて気のようなものが浮かび上がり始める。

「な、何よ。あなた。私にたてつく気……?」
「ええ。申し訳ありませんが、私のご主人はレミリア様ですので、それにあいにくですが……」

 そこまで言うと美鈴さんは、たじろぐ彼女の懐へ素早く潜り込む。そして次の瞬間。

「今、私。虫の居所……。いや、龍の居所が悪いんですよ!!」

 そう吐き捨てた美鈴さんの正拳突きが、彼女の腹を貫く。
 比喩ではなく本当に貫いたのだ!
 私はあまりの状況についカメラを撮ることすら忘れてしまう。しかし。

「……へえ、驚いたわ。まさか本当に刃向かってくるとは思いもしなかったわよ。美鈴」

 彼女は顔色一つ変えず平然としている。お腹に風穴が開いているというのに。
 魔法か? いや、それにしては何か様子がおかしい。

「……ええ、あなたは所詮は偽物ですからね」
「あら、そこは影武者と呼んで欲しいところだわ」
「ハッ! 同じ事!」

 すぐに二の矢が放たれ、彼女は後方へ吹き飛ばされる。

「偽物だろうが影武者だろうが、お前が本物でないことに変わりはない! 会ったときからお前からはパチュリー様の気を全く感じなかったわ! 貴様、何者だ!」
「ちっ、やっぱりバレていたか。なら仕方ない……」

 彼女は、たちまちまんじゅうのような姿に形を変える。

 なんと、こいつは例の魔法生物だったのか!
 待てよ。と、いうことはもしかして、はじめから彼女は影武者だったということ……?
 そうか! あのまるで生気のない様子は、具合が悪かったからじゃない。
 彼女があの龍と同じ魔法生物だからだったのだ!

「……くくく。こうなったら、龍脈の力を吸い取ってお前らなどひねり潰してやるわ!」

 たちまちまんじゅうは赤い二足歩行の龍へ姿を変えていく。それも、さっきよりもはるかに大きな龍へと。

「私の実験の邪魔は誰にもさせない! ひねり潰してやるわ!」

 龍はそう言って咆哮を上げるとこちらをにらみつける。

「フッ……。それじゃ龍退治のクライマックスといきましょうか!」

 すかさず団扇を構え臨戦態勢を取る。

「おう! ドデカいやつをお見舞いしてやるぜ!」

 同じく魔理沙さんも八卦炉を構え、敵を見据える。

「この不届き者め! 地の果てまで吹っ飛ばしてやるわ!」

 美鈴さんも拳法の構えをとり、拳に気をためている。

「バカめ! 雑魚が三人そろったところで所詮は烏合の衆よ! ひねり潰してやるわ!」

 そう言い放ち、龍がこちらの向かって来ようとしたその時だ。

「む……? 何だ? う、動けんっ……!」

 何やら龍の様子がおかしい。よく見てみると、なんと、さっき落ちてきた巨石に奴の尻尾が綺麗なリボン結びにされていた。
 一体何があったというのか。
 その時、ふわりとした香りが微かに鼻腔をくすぐる。この香りは……。

「な、なんだこれは!? 誰の仕業だ!? くそっ!」
「よし! 二人とも今ですよ!」
「おっしゃー! 食らえ! 『マスタースパーク』!」
「いきますよ『幻想風靡』!」

 私たちの攻撃が次々と龍に炸裂する。そして間髪入れず

「とりゃーーーー!」

 美鈴さんが虹色の弾幕を放ちながら飛び上がって龍の胸元に渾身の一撃を放つ。

 ああ、そうだ。思い出した。龍脈の輝きをどこかで見たと思ったら、彼女の弾幕の輝きだ。
 と、いうことは、彼女は龍脈のエネルギーを弾幕にしているというのか。

 「うぎゃあああああ!! ば、バカな……。そんな。この私が……。パチュリー様あぁ……!」

 龍は断末魔とともに光に包まれ、そのまま消滅する。
 彼女は龍が消えた方を見て静かに抱拳礼をすると、こっちを見て微笑んだ。

 それを見て私と魔理沙さんも笑みを返す。
 こうして、龍騒動は今度こそ解決を迎えたのだった。


 ◯

エピローグ1

――紅魔館の主レミリア・スカーレットが机の上に山積みにされた書類に目を通していると、突然魔方陣が構築され、その中からパチュリーが姿を現す。

「ただいま帰ったわ。レミィ」
「……お帰りなさい。パチェ。楽しかったかしら? 久々の休暇は」
「ええ。おかげさまで。魔界旅行満喫できたわ。はい、これお土産ね。あなたの好きな魔界まんじゅう」

 と、彼女は嬉々とした様子でまんじゅうを差し出す。レミリアはそれを複雑な表情で受けとる。

「……ありがとう。あとで皆で分けるとしましょう」
「ところでレミィ。影武者は上手くやっててくれたかしら?」
「……ああ、これを見なさい」

 レミリアは、意味深な笑みとともに書類の山を指さす。

「なにこれ。……請求書?」

 目を白黒させるパチュリーに彼女が告げる。

「そう。里の復旧工事費用の請求書よ。……まったくやってくれたわね」
「一体何があったというのよ……?」
「これを読むといいわ」

 そう言ってレミリアは、たたんだ新聞を彼女に投げ渡す。早速彼女は広げて目を通す。

「何。天狗の新聞? なになに『龍の居所が悪かった! 龍騒動スピード解決! 騒ぎの元凶は紅魔館の魔女!』……って何よこれ!?」

 愕然とするパチュリーにレミリアは告げる。

「見ての通りよ。あなたの影武者がやらかしてくれたってわけ」
「……そんな、待って!? ……いや、確かにあいつには『魔法の研究を進めておくように』とは伝えたけど……。伝えたけどっ……!」

 思わず両手で頭を抱えパチュリーを見てレミリアは、皮肉めいた笑みを浮かべる。

「『魔法の研究を進めておくように』……ねぇ。確かに命令には極めて忠実だったわ。でも、よりによって龍脈に手を出すなんてね。『龍の居所が悪かった』……全くもってその通り。……あ、心配無用よ。既に咲夜に色々手配してもらってあるから」
「……ずいぶん手が早いじゃない。……もしかして、はじめから『こうなる運命だった』って、わかっていたの?」

 彼女の問いに、レミリアはフッと笑みを浮かべて答える。

「……さあね? ……ま、ただ一つ言えるのは、うちの部下達は皆、優秀だってことよ」

 そう言って彼女は、たった今、机の上に現れた紅茶にゆっくりと口をつけると、ふっと笑みを浮かべ、目を細めた。


 ◯

エピローグ2

――陽光が降り注ぐ、昼下がりの紅魔館の門の前。
 壁にもたれて気持ちよさそうに、シエスタを決めていた美鈴に、呆れた様子で咲夜が話しかける。

「……美鈴ったら! 起きなさい」

 声に気づいた彼女が慌てて起き上がる。

「あっ! すいません。咲夜さん……! あまりにも気持ちいい天気だったもので……」
「……まったく。これじゃ、寝るのがあなたの日課のようなものじゃないの」

 咲夜の言葉に美鈴は「あははは……」と苦笑を浮かべていたが、彼女が手に持っているモノに気づくと不思議そうに尋ねた。

「……咲夜さん。どうしてそれを? 文さんの新聞じゃないですか」
「ああ、これね。……パチュリー様から処分しておいてって頼まれてね」

 と、言いながら彼女は新聞紙に目を通す。
 その彼女の横顔をしばらく見つめていた美鈴だったが、ふと、真顔になり話しかける。

「……ねえ、咲夜さん、聞いて下さい。あのとき、実は不思議なことがあったんですよ」
「不思議なこと……。どんな?」
「対峙していた龍の尻尾がいつの間にか、大石に縛り付けられていたんです。そのおかげで、龍を退治することが出来たんですよ」
「……へえ。確かに不思議な事があるものね」

 咲夜は新聞に目を通したままだ。美鈴はかまわず尋ねる。

「……咲夜さん。あの時、あの場にいたんですよね? あの短時間でそんなことが出来るのって、私、咲夜さんくらいしか思いつかないし……。それに」

 ふと、彼女は、深呼吸すると、口元を緩めて言い放つ。

「『この香り』がしたんですよ。あの場所で」
「……あぁ」

 咲夜は、しまったと言った様子で口元に手を当てると、どこからともなくリボンのついた小瓶を取り出す。
 それを見た美鈴が苦笑しながら告げる。

「……咲夜さん。香水は、ほんの少し振りかければいいんですよ? さりげない香りがその人を引き立たせるものなんですから」
「……そうなのね。私もまだまだ修行が足りないみたいね……」
「ふふふ。でも、ありがとうございます。その香水使って下さって」

 そう言って微笑む美鈴に、咲夜ははにかむような表情で返す。

「……そりゃもちろん。あなたからのプレゼントだものだもの。大事に使わせてもらうつもりよ」
「……えへへ。ありがとうございます」
「……まったく。心配したのよ?」
「……ごめんなさい」

 そう言って頭を下げる美鈴に咲夜はそっと呟くように告げる。

「……ねえ、美鈴。その、これからも色々教えてちょうだいね? 私、こういうの疎いから……」

 美鈴は満面の笑みを浮かべて返す。

「はい、任せて下さい! じゃあ、今度里に行きましょうよ! いい雰囲気のお店があるんですよー。きっと咲夜さんも気に入ってくれるかと――」

 昼下がり、まるで包み込むような陽光が、二人のことを、優しく照らしていた。


 ◯

エピローグ3

――月明かりに照らされる夜雀の屋台にて、魔理沙と文は、女将のミスティアも交えて、ささやかな祝杯をあげていた。

「……と、いうわけさ。あいつの迅速な手配のおかげで、明日からでも工事が始まりそうだぜ」
「そうですか。どうやら思ったより早く里は復旧しそうですね」

 魔理沙の報告を聞いた文は、安心した様子で一升枡の酒に口をつける。

「ま、レミリアの奴も流石に負い目があったんだろうよ。紅魔館の沽券にも関わるだろうしな」
「ねえねえ。そんなことより、まさかあの二人が……」

 そう言いながら屋台の主、ミスティア・ローレライは、ヤツメウナギの蒲焼きを魔理沙に渡すと、興奮気味にテーブルの写真を手に取る
 写真には咲夜と美鈴の仲睦まじい様子が写されている。
 もちろん文が隠し撮りしたものだ。

「ま。いいじゃないか。新たな大型カップル誕生ってワケだろ! こりゃめでたいな!」

 既にほろ酔い気味の魔理沙は、蒲焼きにかぶりつくと、熱燗を一気にあおり、ふうっと息をつく。

「そういうことです。……ま、記事にはしないですけどね」
「ええ、なんでだよ? せっかくの大スクープじゃないか!」

 魔理沙の問いに文は、チッチッチと指を振りながら答える。

「勘違いしては困りますよ魔理沙さん。私の新聞は社会派で硬派なのが売りなんですよ? こんなの載せたらイメージだだ下がりです」

 すかさず、ミスティアが割り込んでくる。

「またまた、そんなこと言ってー。文さんの新聞は霊夢さんの記事ばっかりじゃないですか。あれのどこが硬派なんですか」
「ミスティアさん。あれは彼女の記事に需要があるから仕方ないんですよ。これでもいつも泣く泣く載せているんですからね?」
「……まったく、よく言うぜ」

 呆れた様子で魔理沙は、再び蒲焼きをかじるが、ふと思い出したように、文へ尋ねる。

「……そういや、あの時、なんで美鈴の奴は地下にいたんだろうな?」
「……ああ、その辺に関しては、私も気になってて、ちょっと勝手に一人で推測していたところですよ」
「……推測?」
「そう、美鈴さんの正体にまつわる私の推測です。聞きたいですか?」

 そう言って、にやりと笑みを浮かべる文に、同じような笑みで魔理沙が返す。

「……そうだな、是非、聞かせてもらおうか。いい酒のアテになりそうだ!」

 文はコホンと咳払いをすると、早速機嫌良さそうに滔々と語り始める。

「では、僭越ながら……。今回の事件の発端は、パチュリーさんの影武者が魔法の研究の一環として龍脈の力を利用しようとしたことです。それを知った彼女は龍脈を守ろうと、あの場所にいたんです。なぜ彼女が龍脈を守ろうとしたのか。それは彼女が龍脈にまつわる妖怪であるからだと私は推測しました。根拠は二つ。一つは彼女の帽子です。彼女の帽子には『龍』という文字があります。これは彼女が龍に関する者であることを示唆していると推測します。そしてもう一つは、彼女の弾幕です。あの弾幕の輝きが、龍脈の輝きと全く同じだったのです。これらのことを踏まえると彼女が、龍脈に何にかしらの関わりがある妖怪と考えても差し支えはないでしょう。次に、彼女の正体に関してですが、結論から言うと、紅美鈴という妖怪は本来は龍脈の守護者だったと推測します。まず、龍脈のある場所は紅魔館の真下です。となると、紅魔館が建つより先に龍脈があったと考えるのが普通でしょう。彼女は昔からあの場所で龍脈を守っていたのです。しかしそこにレミリア・スカーレットが現れます。彼女は龍脈の存在に目をつけ、龍脈の真上に紅魔館を建てた。そしてそのついでに彼女を自分の部下にしたのです。総括すると、彼女は紅魔館の門番であり、龍脈の門番でもある。だから彼女はあのとき地下にいたのです。龍脈の門番として。……と、いった感じですね」
「なるほどな……。それともう一つ。あの影武者は、お前を龍脈に行かせたよな。あれは結局何のためだったんだろうな?」
「……それに関しては、おそらく奴は龍脈自体に用はなかったと思われます。奴は龍脈の近くに美鈴さんがいるかどうかを確認したかったのでしょう。あえて私を使ったのは、奴が直接様子を見に行くと、美鈴さんにすぐ正体がばれてしまうと思ったからでしょう。実際すぐばれてましたしね」
「……へー。あの人、そんな凄かったのね……」
「ま、と言っても、あくまでも推測の域を出ませんけどね。真相は当事者たちのみが知ることですから」

 そう言うと文は、得意げに一升枡の酒を再び一気に飲み干す。

「もう、文さんったら相変わらずいい呑みっぷりなんだから。お店のお酒がなくなっちゃいそうだわ」
「大丈夫ですよ。これでもセーブしてる方ですから」

 そう言って文はミスティアにウインクする。すかさず魔理沙がつっこむ。

「……おいおい。それでセーブしてる方かよ。まったく、これだから天狗って奴は……」
「そう言う、魔理沙さんもなかなかの量じゃないです? それ何本目ですか」

 文のつっこみに魔理沙は思わず頬を指でかきながら返す。

「そ、それはしかたないぜ。気分がいい時ってのは酒の量も自然に増えるってもんだろ?」
「……ま、そういうことにしておきましょうか」

 そう言って、文は目を閉じてふっと笑みを浮かべる。
 その後も三人は和気藹々とした時間を、夜明け前まで楽しんだ。


 その屋台の帰り道、ふと気配を感じて文が振り返ると、そこには八雲の式、橙の姿があった。

「……おや。誰かと思えば。どうしましたかね?」

 文が問いかけると、橙は彼女に向かって微笑みながら告げる。

「ありがとう。おかげで私たちが出ずに済んだわ!」
「……別に礼を言われるようなことはしてませんよ?」
「そんなことないわ。あのまま龍脈が乱れたままだったら幻想郷のパワーバランスが崩れて、下手すりゃ結界が崩壊しかねなかったのよ」
「……ほう、そんなに大事になりかけていたとは、いやはやなんと恐ろしい」

 すかさずジト目で橙が言い返す。

「本当は知ってたくせに。……でも、いずれにせよこれでもう大丈夫よ。頻発していた地震もじき収まるわ」
「そうですか。それは何よりですね。では、この辺で……」

 そう言ってその場からきびすを返して立ち去ろうとする文に、橙が問いかける。

「……あなた、本当はもっと大事になることを望んでいたんじゃないの?」

 文は思わず立ち止まると、しばらく間を置いてから後ろを向いたまま答える。

「……何を言ってるんですか。私は幻想郷の住人ですよ? 自分が住むところ失うのを望むわけないじゃないですか」
「でも、天狗はスクープを求めるものなんでしょ? それって大事になれば大事になるほど喜ばしいことなんじゃないの?」

「……橙さん。いいですか。新聞というものは読まれて初めて価値が生まれるのです。いくら幻想郷に大事件が起きたとしても、肝心の読み手がいなくなっては意味がありません。……それに私は」
「……私は?」
「……いや、何でもありません。とにかく、あなたの主さんに伝えておいて下さい。天狗はあなたたちが思っているほど愚かではない……と」

 文の言葉を聞いた橙はキョトンとした様子だったが「……そう。わかったわ! とりあえず、この件に関してはありがとね!」と、言い残して姿を消す。

 文は「ふう」と、ため息を漏らすと、思わず空を見上げる。

 ふと、山の稜線に目を向けると、太陽が顔を出しているのが見える。どうやら今日もいい取材日和になりそうだ。
 早朝のひんやりとした空気が酔い醒ましには丁度いい。
 彼女は気を取り直して、大きく深呼吸をする。

 さて、今日は一体どんなスクープや事件に出会えることか。

 彼女は期待を胸に羽を広げると、颯爽と空へ舞い上がった。


 おしまい
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コメント



0.150簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100東ノ目削除
龍脈と美鈴の額の龍・能力との結び付けが解釈という意味でも面白かったです
3.90のくた削除
面白かったです。
欲を言えばニセモノの暗躍がもう少し見たかった
4.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。それぞれのキャラがそれぞれの思惑で龍に向かっていくのが良かったです。
7.100南条削除
面白かったです
やはり龍と言えば美鈴
8.100名前が無い程度の能力削除
文が里と幻想郷を守ろうとする姿と美鈴がパチュリーの影武者に歯向かう所が印象的で、読み応えのある作品でした。
10.100ネツ削除
おもしろーい!