げしっ
「紫、こんなところで寝てないで」
誰かが私の頭を軽く蹴った。こんな事をできるのはこの世でただ一人。
「霊夢! 生きていたの!?」
「何寝ぼけてんのよ。社務所で堂々と昼寝しないの」
私は昼下がりの神社でうたた寝をしていた。そこを霊夢に起こされたのだ。春の陽気、小鳥のさえずり、春告精の声。まるで私が過ちを犯す前の幻想郷に見える。この霊夢のように見える女の子は本物の霊夢だろうか。
「ほら、もし昨日の残りで良かったら、ご飯食べる?」
「幻想郷は? 幻想郷はあれからどうなったの?」
「はあ? 何ともなってないけど? よほど変な夢でも見ていたのね。ご飯作ってあげるから食べてって」
まだ事態が呑み込めない。でも今交わしたのは、たわいのない、しかし大切な会話。私がもう二度と得られないと思っていた優しい時間。
「よっ、邪魔するぜ」
遊びに来るにぎやかな魔理沙。彼女にも異変の事を尋ねてみるが、霊夢同様何も知らないらしい。
「こいつ変なキノコでも食ったか?」
「かもね、起きてから妙な事ばかり言うのよ」
もしかして、異変が起きていない時間軸の幻想郷に転移したとでも言うのか?何もわからない。
それはそうと魔理沙も大きくなったものだなあ。もしかして、そろそろ恋愛なんかを知る年頃だろうか。里に気になる男性とかいるのかしら? それとも結婚とかはせず、一生魔法や弾幕に生きるのだろうか。いずれにしろこの子なら自分が望んだように全力で生きるのだろう。急がず焦らずのんびりと生きる霊夢とは好対照だ。
「私もご飯くれ」
「もうない」
「残念。じゃあアリスんちへ行くか」
「あんたねえ、自分で作れないの?」
「キノコ料理は美味いが、たまには別のものが食べたいぜ」
霊夢と話すのも楽しいが、二人のやり取りを眺めるのもいい。これが幸せなのかなあと思ったりもする。
でも、これは現実じゃない。そのはずだ。
「こんにちは八雲様、今日はどういったご用件でしょう?」
「咲夜、紅魔館は変わりないかしら」
「おかげさまで、今日もお嬢様も妹様もみな元気です。お嬢様方がよろしければお茶をご一緒にとおっしゃってます」
紅魔館を訪れる。晴れた空、新緑の森に紅い屋敷が映える。だけどこの光景も……。
「ユカリ、おはよう。またなんかして遊ぼう」
「チルノちゃんがお世話になっています」
チルノが屈託のない笑顔で私にくっついてくる。あの時見せた複雑な感情などなかったかのようだ。私はチルノを抱きしめる。
「なんで泣いてるの?」
彼女はどうしたの、元気出して、と頭をなでなでしてくれた。
これが現実だったらいいのに。
いや現実だとしても、私にこの優しさを受け取る資格はおそらくない。
人里を歩くと、見覚えのある子どもたちが私を見つけて駆け寄ってきた。この子たちはあの船で彼岸へと旅立ったはずだ。みんな飛び切りの笑顔で私に話しかけてくる。
「ゆかりおねえちゃん」
「ゆかり様~」
「ゆかり様のおかげで、今日もいっぱいご飯食べられたよ」
心が苦しい。私はこの子たちに真逆の事をしでかしたのに。
たぶんあなたたちは、私のしでかしたことの余波で……。
「やあ八雲殿。貴方の指導のおかげで食糧は安定しているよ」 慧音が礼を言う。
「違う」
「ええ? 今何か?」
「違う! 私は、自分の欲望で、貴方たちを、幻想郷を滅ぼしてしまった! 子ども達も私が殺したも同然。みんな、私にこれ以上優しくしないで。もっと憎んで! 取返しのつかない事を私はしてしまったのだから!」
そこで目が覚めた。永遠亭の一室。もちろんチルノはここにいない。代わりに永琳がいて、
患者向けの笑顔で私を見つめている。
「良い夢を見られましたか」
「いいえ、悪夢だったわ」
「それでも、現実よりは優しい世界だったでしょう?」
「確かに」
「食事の前に、見せたいものがあります」
あの世界が本当だったらどんなに良かっただろうか。そう考えながら彼女に付いていく。
通された部屋は普通の和室だったが、異様な光景に私は息を飲んだ。
無数の位牌が畳の上に置いてあるのだ。私は彼女の言いたい事を大体理解した
「貴方が思う通り、貴方の行為によって起きた食糧不足、疫病、その他の社会の混乱で亡くなった子供たちです」
「その通り、私が……殺した」
位牌たちが無言の抗議をしているようだ。私は目を背けたい衝動を抑え、位牌と向き合った。この程度の事で償いになるとは思えなくても、そうしなければと思ったのだ。
「決して貴方を責め立てようとしてこれを見せたわけではありません。ただ事実を知って貰いたかったのですよ」
永琳は続けて、他に見せたいものがあります、と言い、別の部屋に私を連れて行った。次の部屋も、また別の異様さがあった。
和室に不釣り合いな西洋風の簡素なベッドが置かれ、女性と思しき誰かが横たわっていた。その傍らに外の人間の世界か、あるいは月の都で作られたらしき機械類が所狭しと置かれ、電子音を鳴らしながらいろいろな数字や波形が明滅している。機械類からはチューブのようなものが何本も伸びていて、そのどれもがベッドで眠る人物につながれている。その人物の顔に見覚えがあった。
「蓬莱山輝夜……さん」
だがその顔はしわが寄り、手足はやせ細り、老人と見まごうばかり。
「そう、姫様は異変の影響で蓬莱の薬の効力が切れて、それでこうしてぎりぎり命をつないでいます。老化だけはなんとか止めていたのですが、もう時間がないのです」
永琳は指を私のあごにあてた。
「トロッコ問題というのを聞いた事があるでしょう? 線路を暴走するトロッコがある。線路の先は二股に分かれていて、片方には5人、もう片方には1人、自身が転轍機を切り替えることで、どちらかを救うことができる。逆に言えば、どちらかを犠牲にしなければならない。貴方はどちらを選んだか」
もう答えはわかりきっている。
「私は、とても愚かな選択をしました」
「愚かかどうかは貴方の価値判断でしかありません。貴方は世界と霊夢、どちらを救うかを迫られ、迷わず霊夢を選んだ」
返す言葉もない。
永琳は両手を自分の胸に当て、目を閉じる。
「他人にもこうして愛する者や、愛してくれる者がいたのです。それを想像しなかったのですか」
あくまで冷静さを保った口調で、容赦なく私の心を打つ。
「ごめんなさい、私、償わなければ」
「別に貴方を責めているわけではないのです。これはオフレコですが、愛する者のためにそこまでしてしまえるその一途さに、私は尊敬の念すら覚えているのです。ですから……」
彼女は進み出て私を抱きしめる。
「私も同じ事したって文句ないでしょ」
首にチクリとした痛みが走った。
なすすべもなく私の意識は遠のいていった。
ユカリが幻想郷をこわした犯人だったなんて! あたいはサナエっていう巫女のひとと一緒に、ユカリが記憶を取り戻していくのを見ていた。このせかいがめちゃくちゃになったのはユカリのせいだった。でもユカリはあたいにとって大切な友達。だけどユカリは悪い事もした。でもユカリを傷つけてやりたいなんて思わない。どう思ったらいいかわかんないよ。あたいはたまらず神社から走り出した。途中でけーね先生たちとすれ違った。先生たちは何か言ったように思ったけど、あたいはひたすら走り続けた。涙をふいて。
どれほど時間がたったんだろう。次の日か、その次の日だったっけ? 何も考えられず、うろうろしているうちに、あたいは湖に帰りついていた。仲間の妖精たちは昔ほどいっぱいではないけれど、みんな元気にしていてよかったと思う。河童がなんだかとがった形の乗り物をつくって、なんかしている。
「チルノちゃん、どうしたの、あっちで何かあったの?」
大ちゃんが心配してくれている。
「ううん、あたいはさいきょーだから大丈夫」
「うそ、何かあったような顔してた」
「大ちゃんはすごい、あたいの事なんでもわかっちゃうんだね。……ユカリの事でね、ごめん、今はどうやってみんなに話そうかわからないんだ。ココロのセイリがつかない、みたいな」
「チルノちゃんがそういうなら、チルノちゃんが言えるようになるまで待つよ。でも、どうしても辛いなら遠慮せず私たちに言って。私たち、チルノちゃんが苦しんでいるとこ見たくないから」
「ありがとう、大ちゃん。大ちゃんがいてくれてよかった」
「ちょっと恥ずかしいよ。あと、へんな言い方だけど、チルノちゃん、ちょっと大人のひとっぽくなった感じ」
「そうかな」
「そうだよ。なんかいろいろ抱えちゃった、みたいな」
「大ちゃんこそ大人だね。ありがと。大ちゃんと話して、すっごく元気出たよ。あたいもう一度ユカリと話してみる」
もういちどユカリの所へ向かおう。なんて話そうかはまだ思いついてないけど、あたいとユカリは最強。きっとなんとかなるよ。
永遠亭の地下室にて。
私は『幻想食い』制御機能の調整をおこなっている。
『幻想食い』制御装置の最終テストの結果は上々。兎達が集めた幻想分を吸わせ、また吐き出させる実験も成功済み。ただこれ以上規模が大きくなると、暴走時に手が付けられなくなる。それが最大の懸念だった。しかしもうその心配は解消されたと言って良いだろう。なにより、手に入ればいい、ぐらいに思っていた最大の『動力源兼中枢部品』が手に入ったのだ。
「師匠、お茶が入りました」
「ありがとう、鈴仙。そこに置いといて」
その『部品』は今、たっぷり罪悪感ブーストをかけて眠らせている。胡蝶夢丸のレシピを変えた薬を使用したのだ。
「あの、師匠のお考えはいつも正しいと思います。でも、正直いくら異変の責任者といえども、ちょっとかわいそうな気がします」
「鈴仙、私もひどい事をしたと思っているわ。でもね。この幻想食いを制御できれば、きっと幻想郷は復興できる。姫様も蘇る、貴方もてゐもほかの兎達も安心して暮らせる。ただ、そのために今は最小限の犠牲が必要なの。だから鈴仙。貴方の力を今一度貸してくれるかしら?」
この子の眼をみつめ、両手を強く握る。
しばらく逡巡していたが、それでも意を決して答えてくれた。
「……はい、これがみんなのためになるのなら、喜んで力をお貸しします」
「うれしいわ、さすが私が見込んだ子。……それで、早速で悪いんだけど、八雲紫と一緒にいた氷精、チルノをここに連れてきてくれないかしら」
「あの、まさかチルノさんも……」 不安げに私を見上げる。
「鈴仙は心配性ね、大丈夫、貴方の恩人を装置に組み込んだりはしません。幻想郷の復興のため、今は種族を超えて手を携える必要があります。彼女にもその手伝いをお願いしたいの」
「安心しました」
「この装置で幻想分を補充していきなさい」
私の笑顔で鈴仙はほっとする。素直でいい子。
本音は、予備バッテリーの確保、兼、将来の危険分子排除。
私の見立てでは、チルノは八雲紫に次ぐ幻想分の保持者と思われる。いまだ妖精たちが生まれた場所を離れては存在できない一方で、彼女だけ自由に歩き回れるのはそのせいだろう。理由は分からないが、敵に回すと面倒だ。
その後、八雲紫の状態を見に行く。実験室で拘束されている彼女の顔を見ると、すべてを忘れたかのように安らいだ顔で眠っていた。もう夢の処置は必要ないだろう。
「八雲紫、今だけはゆっくりお眠りなさい。最後に貴方には大役を果たしてもらうからね」
ようやく念願がかなう。そう思うと小さな笑みがこぼれた。
「ねえ、支配権の交代をもっとも印象付ける方法って知ってる? あなたの事、最大限に活用してあげる」
「ピンポーン、里の皆様へ。本日正午、八意永琳女史より、幻想郷が被った甚大な被害に関する真実の公表と、復興に向けての決意表明が行われます、人里○○地区の特設会場にぜひお越しください」
人里へユカリをさがしに来たものの、だれもユカリのいるところを知らなかった。どうしようかと歩いていると、広場のテレなんとかという箱からそういう話が聞こえてきた。なんかいやなヨカンがする。ユカリはすべてのくろまくとして、おしおきされるんだろうか。
スイーツ屋の源さんが屋台を引っぱってきている。
「あっ、おっさんも来てたんだ」
「妖精の嬢ちゃんか、なんでもすごい発表があるらしいが、んな事はどうでもいい、かきいれ時だ。食ってくか」
「ううん、今はいいよ。ユカリといっしょに食べる」
「そうか、あのなあ、こういう言い方はよくねえかも知れないけど、八雲紫、結構やばい奴なんじゃないか」
「そんな事ないよ、いや、そういう所もあるかもだけど、でも、でもユカリは悪い奴じゃない」
んなわけあるかい! とビシッと言いたかった。でも、言えない。たしかにユカリは……。
「悪い事は言わねえ、あいつとはかかわらない方が良い」
「違うよ、あたいは神社で見たんだ、ユカリはあんな悪い事はしていない」
「じゃあ、だれが幻想郷をこんな風にしたって言うんだ?」
「それは……」
答えられなかった。たしかにユカリがこの世界を、わざとじゃないとは言え、こわしてしまったんだ……。
「おじさん、確かにユカリにはセキニンがあるよ。でも、わるぎがあってやったんじゃない。あれは」
「悪気はなくても、やった事は償ってもらわなけりゃなあ」
周りの人間たちもうんうんうなずいている。
「あの子、いろんな服を着て欲しかったんだけどねえ」 古着屋のおかみさんが残念そうにつぶやいている。
おっさんをあとにしてとりあえず広場をめざす。とちゅうで里の人にユカリのことを聞いてまわるけれど、だれも知らない。しばらく地面を走ってようやく広場についた。広場のまん中はうさぎたちがいて、何かのじゅんびをしている。里で見かけたテレなんとかがここにもあって、その前に舞台のような台が置かれていた。そのまわりをあたいがあまり知らないおおぜいのひとたちと、あたいが知っているひとたち、ユカリと旅をして知り合ったひとたちが囲んでいた。
けーね先生やゆうかさんもいた。二人なら何か知っているかもと聞いても、けーね先生たちも知らないらしい。
「紫どのは私も見ていない。藍どのも行方が知れない。八意どのの発表を聞くしかないか。正直不安だ」
「ここで案じていても始まらないわ。とりあえずあの月人の真相公表とやらを聞かせてもらいましょう」
えーりんが台にのぼって、話をし始めた。ユカリはどこに?
「うそだーーっ!」
広場でのえーりんのはっぴょうを聞いて、あたいはさけんだ。周りの人たちがぎょっとしてあたいを見つめる。でもぎょっとしたのはこっちだ!
えーりんは「ユカリが自分が気に入らないという理由で幻想郷をほろぼした」なんてうそを言ってる!
『この野望を阻止すべく、博麗の巫女、博麗霊夢氏がこの悪鬼に挑みましたが、残念ながら力及ばず、殺されてしまいました』
「そういう筋書きにしたのね。さすが策略家。でも八雲紫の身勝手さがこの事態を招いたのは確かね」
ゆうかさんがうでを組んで、れーせーに言った。
「んなわけないだろー! ユカリは霊夢を助けようとしたんだ」
「チルノ、落ち着くんだ」 けーねがあたいを押さえる。
テレなんとかに光がともって、その中でいかにも悪者っぽく描かれたユカリが幻想郷をめちゃめちゃにしている。なんでこんなうそを。
『里の皆様、ご安心ください! この度、自警団と永遠亭兎部隊により、ついに悪鬼八雲紫の捕縛に成功しました。緊急性の高い状況なので、自警団と永遠亭との協議により、直ちに処刑が決まりました。』
「しょけい? 殺しちゃうの?」
えーりんが合図すると、うさぎたちがルーミアがとるポーズみたいなはしらを立てた。
そこにユカリが縛り付けられていた。
目をとじてねむっているみたいだった。
はじめてどこかの野原でであった時のユカリ。人里で黒いやつをたいじした時のユカリ。いろんなところをいっしょに歩いたユカリ。ピンチがあってもあたいやみんなで乗りこえたユカリ。あたいの力に気がついて、教えてくれたユカリ。大ちゃんに負けないくらいかわいいえがおのユカリ。
そんなユカリが、消えてしまう。いま、ここで。
「処刑だって!? 自警団からもそんな話聞いていないぞ」 けーねがどなった。
「仕方ないわね、秩序を保つためには、時として共通の憎まれ役が必要。もっともあいつも無実とは言えないし。残念だけどね」
「バカ言うな、こんな事許されるか!」 けーねは怒っている。
「そうだよ。ゆうかさんまで、こんなのぜったいおかしいよ!」
けーね先生が人ごみをかきわけてえーりんの所に向かう。すぐに二羽の兎、あの上から目線のいやな感じのやつと、あんまりいやじゃない控えめなやつがけーねを取り押さえる。でもあたいは知っている、おこったときのけーねはすっごくこわいんだぞ。
でも、あれ?
「先生、おとなしくしてください」
「もうあんたの時代じゃない。わきまえてくれ」
「離せ、永琳どの、早まらないでくれ」
「皆さん、少数意見の方々もいらっしゃるのは重々承知しています。しかし、悲劇を繰り返さないためには、厳しい決断も必要なのです」
うさぎ達にあっさり地面に押さえつけられ、抵抗できないけーね。そうか、力がなくなっているんだ。あたいとユカリが特別だったのかな。そうだ、ゆうかさんは。
「ゆうかさん、けーねを助けて。ゆうかさんのお花畑ですごく強かったじゃない」
「あれは、私のいる場所だけの話、ここでは太陽の丘ほどの力を発揮できないわ。それにね……」
ゆうかさんの顔にかげがさした。少しためらって、早口ぎみに続けた。
「これと、私とどんな関係があると言うの? それに八雲紫は罪人よ。罪は償われなければならない。あの者のせいで何が起きたか、貴方も知っているはず」
「だ、だけど、いくらなんでもあそこまでしなくても」
「この事を許したら、これぐらいは良いんだって思って、別の愚か者が同じ事をするかも知れない。そうなったらこれぐらいの被害じゃすまないかも知れない。場合によっては貴方もグルと見なされていたでしょう。大人になりなさい」
「じゃあ、こどものままでいい!」
「なら、勝手にしなさい」
あたいは夢中でかけ出す。ユカリをあたいが助けるんだ、それからはそのあとで考えよう。
「どいてどいて!」
あたいは人ごみをかき分けながらユカリのもとをめざす。そこにうどんげが立ちふさがった。手にじゅうを持ってる。
「チルノさん、悪いようにはしません、一緒に師匠の元へ来てください」
「いやだよ、えーりん先生、なんであんなひどいうそをつくの? ユカリはわるい奴かも知れないけれどわるい奴じゃない」
「幻想郷を守るためには仕方ない事なのです」
「うどんげはそれでいいの?」
「……幻想郷は滅びかけています。個人的感情は捨てなければならないのです。分かってください」
「知ってる? そういうのって、しこーてーしって言うんだよ。あたいはあんたの言いなりにはなれない」
「面倒をかけさせないでください」
「里人の皆さん、処刑場にチルノが出現しました。彼女も八雲紫の一味である疑いがあります。危険です。落ち着いて直ちに避難してください」
里のみんながうさぎたちにゆーどーされ、ひなんしていく。
「あたいはユカリを連れ帰るんだ」
「……仕方ありません。安全装置解除、スペルカード開放」
うどんげのじゅうが光りだした。あたいにもこれが危けんだってゆーのはわかる。でもまだ逃げていない人もいっぱいの所でぶっ放すのか?
うどんげのじゅうから光線が飛び、あたいは飛んでよける。光線は広場のすみっこあたりで消えた。力をおさえているらしい。でも里の人たちがひめいを上げた。
「あたいだって負けないよ」
氷の玉をばらまいてうどんげをおさえてやる! ふつうの弾幕ごっこだったら良かったのにな。うどんげはぴょんぴょんものすごい高くはねまわり、いろいろな方向からうってきた。でもあたいは当たらないよ!
「やーい、甘く見てたでしょ」
「あなたは、もっと幻想郷全体、みんなの利益を考えたことはないの?」
うどんげのじゅうをよけると、そこに指から出した玉も飛んでくる。
「わっと、考えてるよ」
あたいは空中でからだを回転させながらよける。
「えっ嘘? チルノさんが? 意外」
「意外ってゆーな! みんなのためだからこそ、ユカリとえーりんは助け合わなきゃ」
あたいはたくさんの氷玉を作り、それをいっせいにうどんげの方へ飛ばした。
「あの方は幻想郷を滅ぼしかけた犯人、それでここの住人が納得すると思いますか?」
それをうどんげがかすりながら切り抜け、すきを見てじき狙い玉を打ってきて、あたいの羽根を一枚ふっとばした。
「ユカリはやさしいもん、だからみんななっとくしてくれるもん」
「本当にバカなのですか?」
「バカはうどんげだよ。いつかえーりんがまちがっていたってわかる時がくるよ。その時あんたはきっと泣いてこう言うんだ『わたしはめーれーにしたがっただけです』って。バカだよ。セキニンはうどんげにもあるんだ」
「妖精が知ったふうな口を!」
うどんげの眼がいつもより真っ赤に光った。そのしゅんかん、目の前にものすごいたいりょうのだんまくがあらわれた。最初とどまっていたそれは、うどんげの合図でいっせいにあたいめがけて飛んでくる。
でもそのいくつかは当たっても痛くなかった。まぼろしの玉。かと思ったら当たった、痛い。あたいはたくさんの玉で地面にたたきつけられてしまった。
うどんげが腰に手を当てて勝ち誇った。
「どうよ、私って強いでしょ。さあいっしょに師匠の元へ行きましょう」
あたいは力をふりしぼって立ち上がる。これって、寺子屋のガキたちがみていた『少年まんが』の主役みたい。その主役ならきっとこんな事を言う。
「まだまだ、うどんげはぜったいまちがってる。ユカリをすきにはさせない」
「しぶといですね、じゃあ気絶させて連れ帰ります」
うどんげがたくさんの玉を作り出した。このいくつかはまぼろしだ。光をどうこうしているのだとけーねに聞いたことがある。光はあたいの目に入って、それをけしきとして感じてるのだとか。なら。
「めがね!」 目のまわりの空気を固めてそくせきのめがねを作った。そのあつみを変えていくと、目に見えるだんまくの数がへった。おそらく、見えてるのが本物だ。
「そんなんで防御になりますか。目だけではなく、体も守ったらどうですか。もっとも結果は変わりませんが」
しめた、うどんげはあたいがカラクリを見やぶった事に気づいてない。
「動け!」
「うわあああ、こんなのムリだー」
あわてたふりをしながら本当のだんまくをかわす。かわしながら作った氷玉がこしに手を当ててドヤがおのうどんげに思いっきり当たった、大当たりだ。
「ぬわー」
うどんげはあおむけに倒れる。でもすぐに立ち上がり、あたいをにらむ。
「氷のレンズで波長を偏向させた。大したものです。しかし……」
しせいを立て直し、地面をけり、とびはねるんじゃなくて空をとんであたいにせまってきた。
あたいも思い切りはねをはばたかせ、空にとびあがる、まだいへん前より力がもどっていないせいか、せっぱつまっているせいか、空気がねっとりとしていて重い、うどんげは上昇して追いかけてくる。あたいはいらだって叫ぶ。
「空気、どけ!」
とつぜんねばついたかべが無くなったように思った。空にトンネルができたみたいだった。あたいはさっきより軽々ととび、うどんげをぐいぐい引きはなす。うどんげがトンネルに入ろうとした。そのしゅんかん、なにかがひらめいて、あたいはこう言った。
「空気、もどれ」
たつまきのような風が吹いて、うどんげが吹っとばされた。そのまま地面に落ちそう。かわいそうだけど、あんたも悪いんだからね。
「そうだ、ユカリ」
忘れていた、あたいの力でユカリをかっさらい、そのままここは逃げてしまおう。
ユカリはどこ? どこだ? いた! まだ十字架にしばり付けられている。じゃまするうさぎさんはもういない。
「ユカリ、むかえに来たよ」
もうすこしでユカリの所へ行ける。そう思った時、強い風がふいてくるのをかんじた、ふり向くと落ちたはずのうどんげがそこにいた。
「えっなんで?!」
「貴方を過小評価していました、その点は謝ります。あなたは本当に最強なのかも知れません」
じゅうをふり向いたあたいの胸に突き付けた。
やべえ。
「ですが、確かに私がピチュったかを確認せず、背を向けたのが敗因です」
うどんげが引き金に力をこめる。
やられた、あたいは負ける。
だけど、なぜか、ヤマメのお宿でユカリが言ったことが頭にうかんだんだ。
ただの水を氷だと思う事にして、それをさらに溶かしてみて、だったっけ?
(このじゅうが氷なら、そっこー溶かせるのに)
じゅうに手を当てて、とけろと力をこめた。手を当てたところからじゅうがぼろぼろにくずれていく。
「まさか、分子結合を自在に……」 うどんげの言った意味わからん。
うどんげはやる気を無くしつつあるみたいだった。これでうどんげをあきらめさせて、ユカリをたすけに行けるよ!
「あたいの勝ち……あれ」
急に力が抜けていくのをかんじる。あたいはどうにか地面にゆっくりおりて、でもその場でたおれてしまった。
うどんげとはちがう、別のうさぎがふたり、へんなきかいを持って立っていた。
あのいけ好かないやつと、おとなしめのやつのコンビだった。
「あの、鈴仙先輩、大丈夫ですか」
「この妖精の幻想分はこの通り吸い取りました」
何を言ってるの? あのきかいがあたいの力をすい取った?
「二人とも、良いアシストでした。妖精だろうと甘く見ていたら、思わね苦戦を強いられました」
「この妖精は私たちが連れていきます。さあ、立つんだ」
ふたりのうさぎがあたいのかたをつかんで持ち上げた。目のまえにはしらがあった。はっとして見上げると、ユカリがしばられていた。まだねむっているみたいだった。
「ユカリ! あたいだよ」
「静かにしろ、歩け!」
「待ってあげて」 うどんげが、いけ好かないほうのうさぎに言う。
「しかし……」
「最後くらい、話をさせてあげなさい」
「ユカリ、起きてよ」
ユカリがゆっくりと目をあけた。まだ生きてる。首だけを動かしてあたいを見る。
「チルノ、来てくれたのね」
「そうだよ、ユカリ、こんなのまちがってる、ユカリのことはあたいがみんなを説得してみせるから、ここから逃げて」
「ううん、私は償わなければいけないの」
「そりゃあ、あたいもユカリのした事はいけないと思うよ。でもわざとじゃないし、それに、なにがあってもあたいは、あたいは、ユカリの友達だよ」
「ありがとう。こんな罪深い私に、自分勝手な理由で幻想郷を破壊して、問答無用で殺されても文句を言えなかった私に、こんなに優しくしてくれて、友達として認めてくれて、いっぱい愛してくれて……」
ユカリの目になみだがあふれていた。
それからいきなり、まっくろなもやが、ユカリを包みこんだ。