Coolier - 新生・東方創想話

フランドール爆破解体公社

2023/02/02 11:42:40
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 才能と信念は相関的なものだ。どちらかが先行するものじゃない。異能を持つ人妖なら実感があるはずだから、この意見に同意してくれるだろう。そして他人と異なる際立った才能は際立った信念を育成するはずだ。こと妖怪と呼ばれる生き物が凡庸な人間から見て個性的に映るのならば、それはつまりそういうことだ。
 そも、信念と妖怪の在り方も相互関係にあるのかもしれない。際立った信念を持つ人間社会からの爪弾きものを妖怪と呼ぶことに私は戸惑いを覚えないし、私の記憶が確かなら今まさしく目の前の巫女も『妖怪巫女』だとか呼ばれていたはずだ。
 さて私が破壊の美学というものに目覚めたのは私の破壊する能力に起因するものではないし、私の破壊する能力は私の美学に起因するわけではない。その二つは影響しあい形を成すものだ。また私が吸血鬼であることは血縁と遺伝学に起因するものであって、信念に起因しない。だが私は吸血鬼という種に誇りを持っているし、それは信念だ。
 いや、いや。問題はそこじゃない。これは信念に基づくお話だから、その、つまり……破壊だ。
「言ってしまえば積み木遊びよ。とくに積み木を崩すほう。でも積み木を崩すためには積みあげる必要があって……それは私が積みあげたのか、私以外の人が積みあげたのかは問題じゃない。
 お姉さまなら物理学とか力学、ひいては物質主義的な観念だとか形容するだろうけど、私は私のこだわりが児戯に等しいことを否定しない。というか、こだわりというのは子供っぽさと仲良しなのよ。積み木……そう、児戯。それでね。
 誰しもこだわりを持っている。幼少期から引きずった、幼さを捨てきれず引きずった執着心。それもある意味で信念よね。執着と信念、固執とイデオロギーの差異は単なる捉え方、俗っぽく言っちゃえばその人の中での高尚さの有無による。それこそ信念は信念によって担保される。そう、トートロジー的な説明こそふさわしい……。
 だから、ええと。子供っぽい信念を信念たらしめるのはその人の価値観による……とだけ言ったら話が終わっちゃうし、面白くないわよね。だから、そうね。先にも言ったけど際立った信念、他人よりも秀でた(秀でたって言い方は誤解を招くかしら?)信念こそあるときはそのものを妖怪たらしめたりする。つまり他者との差異よ。人と人との関わり合いよ。
 ところで子供から大人になるっていうのは……信念を……こだわりとか執着心を捨てることではない。むしろそのこだわりを捨てずに社会と折衷することにあると思うの。社会とどうやって関わっていくか。どうやって人の役に立つか。そういうこと」
「あー……うん。実に成熟した考えね。いいと思うわ。それで」
思わせぶりに霊夢は茶を啜った。文学的な間の取り方が上手い女だ。彼女のやり方にのっとって私も咳払いで間を測った。そして口を開いた。
「会社を作ることにしたの」

 フランドール爆破解体公社の設立である。

 ◆

「ありがとう、八雲紫。あなたがいたからフランドール爆破解体公社は公社を名乗ることができた。もしフランドール爆破解体公社がフランドール爆破解体株式会社だったり、フランドール爆破解体組だったらどうだったと思う? それはダサいわよね。倒産するわよね。でも公社なら大丈夫。かっこいいし、公社だから。それは倒産しない。かっこいいことは私の信念も安堵してくれる。だからありがとう」
「……どういたしまして?」
 実際のところ、フランドール・スカーレットは彼女自身が持つ能力によってたちどころに建物や建物以外のものを破壊できたが、公社の事業はその能力に頼り切らなかった。もちろん彼女がその信念に基づいて必要だったりふさわしいと判断した場合は能力が行使されたが、そうでない場合は火薬による爆破や重機による解体、また顧客の求めに応じて工学的でスマートな方法による解体を行うときもあった。
 公社はさまざまな場所で活躍した。人里や妖怪の山、旧地獄のスラム解体。開拓村のための邪魔な崖や岩場の発破。幻想郷には無限の歴史と自然物とが堆積しており、経済発展のために公社は大いに役立った。公社の事業はまさに隙間産業で、ブルーオーシャンだった。

「爆破解体と銘打ってはいますが、我々の提供するソリューションは爆破には留まりません。フランドール爆破解体公社はカスタマーごとにコミットした電撃的なサポートをお約束します」
 フランドールは天狗の新聞記者からの質問にキリッとした表情で答えた。
「ありがとうございます。では次の質問なのですが、公社の事業のために立ち退きさせられた妖怪たちから不満の声が上がっているようです。どうお考えですか?」
「おや、我々はリーガルに極めて配慮して事業を進めています。公社の設立経緯に八雲一家やスカーレット家が関わっていることはご存知のはず。公社の目的はひとえにパプリック・ウェルフェアに他なりません……失礼、MTGの時間だ。インタビューはこれにて」

「重要なのはね」
 ところ変わって宴席。フランドールは公社で雇い入れた妖精たちにダル絡みしながら自分の経営哲学を披露していた。
「価値を創出することよ。そもそも現と幻が曖昧にされてしまうこの博麗大結界のなかで、すべての事業は虚業でしかない。だからこそ新たな価値を創出すること……差異を示すことが事業拡大において重要なの。それは妖怪や妖精の在り方にも似ている。ま、今のあなたたちにはちょっと難しいかしら? いつか思い出してくれればいいのよ。何年も前にそんなことを言ってる上司がいたなって。思い出してくれればそれで」
 なお妖精たちはフランドールが奢ってくれるタダ酒にしか興味がなかったので話を聞いていなかった。
「ちょっとあんた聞いてるの? ていうか、あんた可愛いわね。なんの妖精? へー、曼珠沙華を司る妖精ね。いいじゃない、ちょっと酌しなさいよ」
 酒がおいしかった。

 ズガガガガ! ドリルの音が人里に響く。お得意様の稗田家から委託された大仕事だ。工事の一環で地面を掘ってたら文化的に重要そうな遺跡が発掘されたが、邪魔なので現場の判断でぶっ壊しておいた。
「ドリルうるせぇなぁ……まーた公社かよ。あいつらホントところ構わずぶっ壊しやがる」
「……なんだ貴様! 公社の仕事を邪魔するのか!?」
 警備員をしていた背の高い妖精が、不満を嘯く通行人に肩をいからせる。
「ひぇぇ、なんでもない。退散、退散」
 邪魔な見物人を追い払って工事が進められるなか、会長であるフランドール氏が査察に入った。
「調子はどう?」
「はっ! 順調です。ヒューマンエラーによって妖精労働者が何匹か一回休みをしましたが、給料天引きのうえ叱責し、反省文を書かせています!」
「大変結構。今日もゼロ災で行こう! ご安全に!」
「ゼロ災で行こう! ご安全に!」

 事業は全て順調に進んでいく。

 ◆

「才能……か」
 フランドールは呟いた。
 従業員や周辺住人から複数の同時起訴が行われた。判決はことごとくが公社の有罪を認めた。幻想郷における実質的な官公庁たる八雲藍による労働環境の査察が入った。あらゆる取引は中止された。フランドールは破産申請を余儀なくされ、公社は倒産した。
「私はね。美学に基づいて経営をしていた。破壊の美学。壊すこと。スクラップ……なら経営破綻は……美学の敗北、ね」
 博麗神社の縁側で、霊夢の淹れた緑茶を静かに啜りながらフランドールは音のない慟哭をあげた。
「はじめはただ楽しかった。壊すことが私の際立った才能だった。お姉さまも真似できない破壊。それが私の才能だった。いつだったか、才能と信念の関係について説明したわね。それは私の信念だった。
 事業を立ち上げたのは、いいアイデアのはずだった。生産性を重視する人間社会において破壊は不必要に見えるけど、実際それはみんなから必要とされた。新しいものを作るために、新しい需要を作るために古いものは破壊されなくてはいけなかった。それは……確かに……必要とされていた!
 私はなぜ失敗したのかしら。今でもわからない。私の信念が間違っていたの? 私の美学が間違っていたの? 私の才能は必要じゃなかったの? 私は、私は……うぅ……」
 フランドールはわずかに、ほんのわずかに息を荒くした。けれどすぐに落ち着いて、また言葉を紡いだ。
「神の手によって立ち上がらされたものは神の手によって斃れる。公社は私の手によって立ち上げられて、私の手で斃れた。私の事業は終わった。それだけ。それだけ……」
 霊夢はただ静かに茶を飲んで「そうねぇ……」とだけ答えた。
 フランドールはそうして公社を畳んだ。倒産の影響は公社が幻想郷に及ぼしていた大きさと等しかった。公社の倒産は連鎖して多くのものを破壊した。人里に不況をもたらし、公社設立の立役者とされた八雲紫は幻想郷始まって以来n回目の解任動議を賢者連から突きつけられた。
「わたしは諦めない。公社は私にとってしがらみだった。わたしはそのしがらみを破壊しただけ。もっとよい破壊、もっとよい美学と信念の追求がきっとできる。わたしは、諦めない」

 フランドールの信念の追求は続く。
 きゅっとして、ドカーン。フランドールは目の前の挫折を破壊した。
公社の負債は全部お姉さまが弁済してくれたらしいです。
あるちゃん
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コメント



0.50簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
フランドールの破壊というアイデンティティに生産性が出てくるのが面白かったです。開拓は破壊から。
4.90竹者削除
よかったです
5.100のくた削除
スピーディーな倒産に笑いました
6.100南条削除
とても面白かったです
急に現れた嵐が被害だけ残して去って行ったような理不尽さを感じました
きちんと倒産するところまで書かれていてとてもよかったです
フランの魅力にあふれた素晴らしい話でした
7.90ローファル削除
破壊に独自の美学と信念を持ったフランの語り口に引き込まれました。
面白かったです。
8.100ちゃ削除
思ってもみない角度からフランドールが見られて幸せでした。展開も興味深く、彼女らしさが溢れていて面白かったです。