Coolier - 新生・東方創想話

ネオヒソウテンソクマウンテントードヒソウテンソク

2022/12/30 22:59:48
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「パパ、ネオヒソウテンソクスワコバイオレットエディション買って」
 それは、かの聖徳太子でも理解に数十秒の時を要した珍言であった。

「……まずね、誰がパパだって?」
「だって、パパじゃないですか」
 パパと発言した無垢なる少女の後ろから、邪悪な仙女の霍青娥が無邪気に微笑んだ。
 パパこと、豊聡耳神子の娘に当たる人物とは、聖徳太子の作った面から生まれたとされる面霊気の秦こころだ。彼女は妖怪の中でもまだ生まれたばかりとあって、お面や玩具といった物に夢中だった。そして新発売の広告を鼻息荒く無表情で見つめていたところ、じゃあ年末商戦のシーズンですし豊聡耳様に買ってもらいましょうと唆したのが、通りがかった件の邪仙である。
「……今は女の身なので普通に神子と呼びなさい。それで、そのネオなんたらなんたらというのは? 名前からしてまた守矢神社関係なのだろうが……」
「はい、漢(おとこ)の浪漫です」
 こころは相変わらずお面のように固い表情のまま目をきらきらと輝かせた。
「こちらをご覧ください。なんでもナウでヤングでぴえんな子供たちに大人気のロボット玩具らしいですよ。私にはこれっぽっちも理解できませんが」

『守矢神社が君たちにお届けする、新たなるレボリューション!』
『超合金ロボ非想天則がさらなるパワーアップを経て帰ってきた!』
『いつ買うのか? 今でしょ!』

──そのように熱く問いかける文面、これでもかと色彩の暴力を尽くしたチラシ。それを青娥は神子の前にぴらぴらと振りかざした。
「これも布教活動の一種なのかね。奴らの節操の無さは、ある種見習うものがあるよ」
「神とかはどうでもいいんですけど、どうしても欲しいんです。付喪神の私にはロボットの声が聞こえるんです。買って、買って~って」
「私にはお前の欲望しか聞こえないけどね。無論、買えないことはないが、私はいつもお前のお面を直してやっている。そして今またおねだりとは、少々一方的すぎやしないかな?」
 千年以上前の話とはいえ神子は皇族だ。目覚めまでの永い時を過ごした廟には、博麗の巫女も這いつくばって靴を舐めたくなる程の財も眠っていた。
 だからといって、無償で与えるだけの関係は健全なものではない。確かにこころは神子の作った面が変化した存在だが、それは決して実の子ではないのだから。
「……何もお返しできなくて申し訳ないと思ってます。いつも本当にありがとう。お願いです、何でもしますから買ってください」
「んまあ! ダメよこころちゃん、この人こう見えてもむっつりドスケベですから、迂闊に何でもするなんて言った日には夜中に一人で眠れない身体にされて……」
「誰がむっつりだ! 何だね夜中に一人で眠れない事って!」
 ところでその頃、山荘で一人ずつ殺人鬼にやられていくストーリー漫画の影響によって、物部布都が一人でおトイレに行けない身体になっていたりした。閑話休題。
「だってぇ豊聡耳様、私と初めてお会いした時にずっと胸の谷間を凝視していたじゃないですかあ」
 青娥はこれ見よがしに腕でぎゅむっと胸部を締め付けた。
「うわー、神子さん、貴方って……」
「そんな千年以上前の事なんて記憶にないだろう、青娥だって。ああもう分かったよ、買う買う」
「流石は豊聡耳様! その慈愛は山より高く海より深く、人徳は母なる大地の裏側、伯剌西爾にまで染み渡り……」
「ただし、青娥も金を出しなさい。母役として!」
 人をパパと呼んだからには無関係とは言わせない。例え役者としてでも神子から妻に求められ、青娥の財布はこれ以上なくガバガバであったとここに記しておく。
 結局のところ、会っても無視しろと言われる青娥が交渉に関わった時点で神子の負けは決定事項なのだ。そういった前置きがあった上で、神子が里一番の雑貨店に足を運んだところから問題は始まるのであった。


「全部、売り切れですか?」
 尋ねられた作業着姿の老婆はこくりと頷いた。
 守矢神社が品を卸しているという霧雨雑貨店。今回の特売に合わせて用意したのであろう展示台の全てに品切れの紙が張り付いていた。
「ここまで人気とは予想外だったな……次の入荷はいつ頃でしょうか?」
 腰の曲がった老婆に顔の高さを合わせて神子が問う。皺だらけになるまで人の生を全うした。神子にとってはそれだけで敬意を表するに相応しい。
「さあ……どっさり届いてそれっきりってのもねえ、多くてねえ……」
「ううむ、神らしい気まぐれですね」
 守矢神社の神々が本来作るのは乾坤であって、玩具屋として安定供給などする気はないのだろう。だったら初めから作るなという話になるのだが。

「……ここも、ネオヒソウテンソク無いんですか!?」
 どうやら神子の後に来たらしい客も同様に落胆の声を上げる。甲高い子供の声。しかしその人物は、子供と呼ぶにもあまりにも子供、いや小柄だった。
「おや、君もネオうんたらを求めに来たのかい」
「あ、マントの人だ。まさかこんな所で会うとは思わなかった」
 赤子とも見紛うような背丈の少女が、見た目に反しておしゃまに言葉を返す。小人の少名針妙丸、それが神子の膝辺りから声を発した者だ。
「……まさかだけど、マントの人もネオヒソウテンソクを買いに? まさかまさか……貴方が全部買っちゃったりした? 刺すよ?」
 針妙丸は眼を見開き、背中から愛用の針を抜き放った。
「落ち着きなさい、私も買えなかったんだ。あと、マントの人じゃなくて神子ね」
 パパだのマントだの、私の名は思ったより民草に浸透していなかったのだろうか。そう自問する神子の耳のような髪が、少し張りを失ったように見えた。
「むう、嘘だったら針千本飲ますからね。あーもう、誰なのよ買い占めてる奴はー!」
「買い占め? このような物をまとめ買いする程に熱心な者がいると」
「これだから時代遅れの大人は困るのよ! ヒソウテンソクディスティニーの時も、ヒソウテンソクゼータの時もやられたんだから!」
「はあ……」
 いろいろ有ってもどうせ同じロボットだろうに守矢神社も随分アコギだな、と神子は思っていた。
「まあなんだ、君もこのような玩具を好むのだね。ナウでヤングでぴえん?な子供に流行というのは本当だったか」
「そうそう。いろいろ試したんだけど、あのロボットが一番いい勝負になるのよ」
「はい?」
「私ってこの大きさだからさあ、いい感じの人形を小槌で付喪神にして戦闘訓練してるわけ。前は魔法の森の人形師に頼ってたんだけど、最近あの人ずっと死んだように寝てるし……」
 針妙丸は自分でシュッシュと息を吐きながらシャドーボクシングの真似事をした。修行をするのはもちろん立派だが、結局殴り壊すのならこちらも大概だ、と思っても口にはしない。何故なら神子は大人だから。
「まあそういうわけだからさあ、手伝ってくれるよね? 買い占めてるクソヤローの駆逐」
「何故?」
「ナニユエじゃないわ! 品物の安定供給は経済のキホンのキでしょー!? 為政者の端くれなら協力してよ!」
 吹けば飛ぶ木っ端のような者にここまで言われてしまうと、もしや自分の感覚の方がおかしいのではないかと神子に錯覚させる。針妙丸は玩具求めて小さな体で人里中を駆け巡り、ランナーズハイのような状態になっていたのだ。
「なんか冷静な振りしてるけど、神子だってロボットが欲しくて来たんでしょ!?」
「私は別に。ただ、こころからどうしても欲しいとせがまれて……」
「じゃあ買えなきゃ保護者の面目丸潰れだよね? クソヤローをボコボコにして手に入れなきゃだよね? ハイ決まり。針神コンビ結成ね」
「はい……」
 実際、玩具一つ買ってこれない聖徳王などという不名誉なレッテルを貼られるわけにはいかない。彼女は見栄っ張りなのである。きっとこれが民の為にもなると自分に言い聞かせて、神子は力なく頷くのだった。


「……青い服? やっぱり青い服の人だね? ありがとうお婆さん」
 先ほどまで神子の応対をしていた老婆に向けて、針妙丸はぺこりと頭を下げた。
 それはここに来るまでに彼女が集めていた情報と同じであった。大量購入者はとにかく青色だったと、全ての店員が証言しているのだ。
「青色、か……丁度思い当たる人物がいるにはいるのだが……」
 言うまでもなく、名前にもずばり青が入っている邪仙の姿が脳裏に浮かんでいた。
「やっぱり? 丁度いいしとっちめる?」
「うーん、すぐ暴力に訴えるのは太子様関心しないなー」
 神子は着物の袖をまくる針妙丸に人差し指を振ってたしなめる。
「それにな、青娥が転売などと七面倒な手段を取るとは思えない。金目当てなら金庫に穴を開ければいいのだからね」
「壁抜けの邪仙だもんねえ。もしくは、単に大ファンだからあるだけ買ったとか?」
「そう見えるか?」
「まあ、見えないけど」
 死体愛好家の彼女ならば、鉄の人形ではなく生身の死体を並べて悦に入るであろう。玩具を両手にブンドドする姿など全く想像できない。
「でもあの人、あの綺麗な見た目で死体連れまわしてるじゃない。何をしてても意外じゃないよ」
 人は見た目によらない、と針妙丸は主張する。彼女自身も小さな見た目に反して命知らずっぷりなら大物だ。
「だが私が買いに来たのも彼女とこころに頼まれてでね。それを買い占めてましたはあの人でも無いだろう」
「ふーん、意外と邪仙の事庇うんだね。どうしようもない奴だとか答えてなかった?」
「……どうしようもなくても、どうにも大事な人っているだろう。君なら分かるんじゃないか?」
「あー……確かに、いるね。どうしようもなく素直じゃない奴が」
 互いに苦笑いを浮かべた所でこの流れは終点を迎えるのであった。

「……さて。他に青い者と言えば、やはり河童ではないか?」
「うん、聞いたときは私も真っ先に浮かんだけどね。でもロボットを実際に作ってるのもあいつらなんだよ。自分で作った物を買い占めるっておかしいよね」
「それは然り。それにしても発電所やら索道やら、すっかり守矢神社の手先と化しているな……」
 とはいえ、工数が増えればその分の報酬は抜け目なく要求されるし、河童としても腕の振るい所を与えられて有り難くは思っている。決して一方的に使われる関係ではない。
「……っていうか、そうだよ河童だよ。無いなら直接作ってもらえば良かったんだ!」
「ふむ、確かに河童とも知らぬ間柄ではないが、果たして……」
「ここにずっと居るよりマシよ。ほら、いつの間にか私たちが売り物みたいになってる」
 神子が表を振り返ってみれば、いつの間にやら人だかりが出来つつあった。美形でなんか光っていると男女の両方から人気の神子が、物珍しい小人の少女と話し込んでいる。民草の耳目を集めぬはずがない。
「なるほど、ここに居ては営業妨害になってしまうな。では歩きながら今後を考えるとしよう」
 店員に一礼してから神子はゆったりと歩き出す。その後ろを半分にも満たない背丈の少女がちょこちょこと付いていく。
 この後どうするべきであろうか。神子の頭には三つの選択肢が浮かんでいた。
 一、僅かな希望に賭けて他の店を覗いてみる。
 二、針妙丸の提案に乗って河童を訪ねる。
 三、売り切れでは仕方ないと諦める。
 本音では三番目を選びたい神子であったが、義侠心と物欲に燃える針妙丸が納得すまい。その足は自然と玄武の沢へと向かうのであった。


「あーあー、それを聞いてきたのはアンタで四人目だよ」
 にとりは歯車の回転から一切目を離さずそう答えた。
 河童のグループリーダーの一人である河城にとり。最近は闇市場の撲滅に協力したり怨霊に殺されたりといろいろあったが、現在は地底と妖怪の山の頂上を繋ぐ直通エレベーターの案件にかかりきりである。核融合炉を見に行くだけで道中様々な妖怪に喧嘩を売られて鬱陶しい。発注元の風神はそう思ったようだ。
「見ての通りウチはもう次の仕事で忙しくてね、玩具の製造ラインなんてとっくに解体しちまったよ」
「何でよお、今は年末の稼ぎ時シーズンじゃないの? 判断が早すぎない?」
 針妙丸はにとりの体よりも大きなリュックにしがみついて揺さぶった。相変わらずにとりは計器と睨めっこで相手にしない。
「年末だからだよ。みんな今年の厄は今年の内にってなもんで駆け込みで頼んでくる。他人事だと思ってこっちの都合も考えずに」
「そんなあ、そこを何とか……」
「そこを、何とかァ!?」
 にとりは一転して背をピンと伸ばし、小人を飲み込んでしまいそうな勢いで顔をグイと近付けた。
「そのセリフを聞いた回数なんてもう覚えてないよ! どいつもこいつもキツイって言ってんのに仕事をねじ込んできやがってさあ!」
「ひゅいっ!」
 唾が針妙丸の全身に浴びせられる。ほんのりとキュウリのフレーバーを感じた。
「……そこを何とか無理してやってやったら、次は『前は出来たよね?』って舐めた口利くんだ! お前もそうなのか、お前も!!」
「ごごごゴメン! 何とかしなくていいですぅ!」
「……ああうん、ごめん。分かればいいんだよ分かれば」
 生き物には誰しも踏んではいけない地雷、あるいは逆鱗というものがある。踏まれてしまった地雷を何とか自己処理したにとりは、背を丸めてぺこりと頭を下げた。
「やーもー守矢神社は河童使いが荒くてさあ、ロープウェイの時も信仰が足りないからってやたら急かしてくるから、もう思わず『お前のクソ信者が死んでも構わねえんだな!?』って何度怒鳴ろうかと……」
「君ね、一応人間とは盟友という立場ではないのかね。それをクソ信者は少々感心しないが……」
 今は受け流すべきターンだと判断して黙っていた神子も、流石に苦言を呈さずにいられなかった。
「あー? 盟なんてのは利用するだけ利用して、無価値になったら裏切るだけだろ。ねえ為政者さんよ」
「……肯定はしないが」
「否定して、皇子サマ」
 針妙丸は神子の太ももをぺちぺちと軽妙なリズムで打った。

「とにかく、私はもう次の仕事で忙しいんだ。いくらアンタらでも特別扱いはないよ! 玩具が欲しけりゃ買い漁ってる奴から奪うか新シリーズを待つんだね」
 実のところ、今後を考えれば特別にやってやる価値もある相手だ。しかし一人を許してしまえば、あいつにやったんなら私もと言い出す者が絶対に出る。顧客というのは甘やかせばどこまでも付け上がると、にとりはこれまでの案件で痛感している。だから例外はないのだ。
「……うむ、無理を言ってすまなかった。望み薄だが他を探すとするよ」
 しかし手掛かりは青い人物という情報だけ。いくら神子でも一のみで十まで推測はあまりにも難しい。否応なしに脳内でコサックダンスを踊る化け猫のような仙女をどうにか振り払い、青い人物を片っ端から思い浮かべてみる。幸いここには回る歯車や明滅するシグナルに渓流の音など、トランス状態へ至る補助になりそうな物が揃っていた。神子は集中の為にぼんやりとグリーンランプを見つめ──。

「……待てよ?」
 そしてある一つの仮説が舞い降りたのである。


「き、さ、まァアアアアア…………!」
 にとりはプロレスラーも顔負けの十六文キックでアジトのドアを蹴破った。
 地名は変わらず妖怪の山だが、耳に入る音が川のせせらぎから鳥や狼の鳴き声に変わっていた。即ち川から離れて山中へと足を踏み入れていたのだ。
「す、凄い数のロボットが……バラバラ死体になってるっ!」
 ドアからなだれ込んだ針妙丸の眼前には、見るも無惨に解体されたネオヒソウテンソク以下略の山、山、山。首だけになったもの、四肢をもぎ取られたもの、中身を綺麗に抜き取られてがらんどうになったものもある。
 買い占めていた犯人は、せっかくのロボットを飾りもせず、売りもせず、ただただ分解していたのである。
「……クックック。思ったよりも遅かったじゃないかね、河城にとり」
 その全身『青色』の人物は、戦隊アニメの悪役幹部よろしく歯をむき出して愉悦の表情を浮かべた。
「買ってくれるなら誰でもいいと思っていたが、まさか同業者だったとはな……山城ォ!!」
 にとりはここで会ったが百年来以上の宿敵にビシッと指を突き出した。

『これも、青だな?』
 河童の方のアジトにて、神子は緑色のランプ、つまり青信号を眺めながら呟いていた。
 青汁、青葉に青リンゴ。古来より日本では英語で言う所のグリーンも青だったのだ。
『つまり……あの店員のお婆ちゃんが見たのは緑色の人だったってコト?』
『その可能性もある。何しろここは隔離された古い人間ばかりだからね』
『それを言ったら一番古いのは神子じゃない。生まれたの飛鳥時代でしょ?』
『いいや? 私が生まれたのは平成の二十三年だが?』
『あー、そう言えば私も平成の二十五年生まれだったよー。ニ年違いだったねーあっはっは』

 買い占め犯が緑色の奴かもしれないとなってからは話が早かった。
『み~ど~り~い~ろぉ……?』
 というよりも、にとりがまず食い付いて来た。最近、山童達の作る商品のクオリティがどんどん上がっていたのである。
 川の水を独占して文字通り湯水の如く使える河童は、製造業という観点から見て山暮らしより圧倒的に有利だ。なのに技術が追い付かれ始めている。否、自分達の物に酷似していると言うべきだ。
 要するに、山童が河童にスパイを潜り込ませているとはにとりも前々から疑っていたのだ。まさかプライドもへったくれもなく、直接買い漁っていたとまでは思わなかったが。

「……まさか本当に緑色だったとは。いや、流石は私だよね、きっと」
 場面は山童のアジトに戻り、一番先に気付いたのに一番遅れて神子が入り口から顔を覗かせた。今日は下層民に圧倒されっぱなしだなとほんのり切なくなっているのは内緒である。
「……それで? 私が何か悪いことをしたかね? ちゃんと金は出してるんだからそれをどうしようがこちらの勝手だろう」
 山童の山城たかねは、ある種の清々しさすら感じる程に堂々と開き直った。
「悪いに決まってんだろミリオタの山猿ヤロー! テメーの目玉で串団子作ったろかコンニャロー!!」
「針妙丸、はしたない。着物が乱れる」
 針をぶんぶん振り回して吠える針妙丸の顔こそ猿のように真っ赤だった。神子が両手を使ってその胴体を抑え込む。
「……百歩譲ってウチらの物を解析するのは許そう。だがお前の買い占めでこっちに問い合わせが来てるんだ。そんなに買う必要がどこにある!」
「お前たちのロボットはよく出来てるがセンスがないよ。ヒソウテンソクなんてブサイクなロボットじゃ幅広い層へのアピールが足りてない。だから我々山童があるべき姿に戻してやってるんだ」
 たかねはショータイムと言わんばかりに腕を広げる。その先にはヒソウテンソクだった物が変わり果てた姿でファイティングポーズを取っていた。
「こ、これは……主婦層を中心に人気の昆虫ライダーシリーズ! 山童が作ってたなんて……」
「はあ……」と神子の抑揚の無い声。
 針妙丸は独身なので全く刺さらなかったが、虫を模したスーツに身を包んだバイク乗りのヒーローも何やら人気らしい。神子は元既婚者だが主婦ではないので知ったこっちゃない。
「これは……ヒソウテンソクのパーツを使ったか?」
 顔を寄せてまじまじと可動部を見つめるにとり。怒りや恨みはさておき、観察せずにはいられない技術屋のサガであった。
「ご名答。何か知らんがエンヤスとやらで外からの原料が入手困難なのはそっちも同じだろう。だったら有る所からってね」
「くっ、こっちが子供向けでかなり値段を抑えてるからって……!」
 子供向けと大きな子供向けでどちらが足元を見れるか。買ったロボからパーツを転用しても利益を出せると山童は判断したのだ。
「だけどそれもここまでだよ。この状況でお前たちに何ができる? 山童が束になってかかってもこの聖徳王様に敵うはずがない。ねえ?」
「ああ、うん。やるのなら……」
 王の威を借る小人。というよりも、貴方が居ないと勝てないので無関係のフリしないでねという念押しである。
「さあ、どうする!?」
「どうもしない。だってここまでだからね」
「……へ?」
 針妙丸の被るお椀がずるっと傾いた。

「私が買い漁ってると知った以上、お前だって対策するだろう。だからもう買い占めは止めだ。技術は大体取り入れたし後はこっちで全部賄うよ」
「何でよ! ここは弾幕勝負でボコボコにされる流れでしょー!」
「これを言うのは二度目だが、私は別に弾幕狂いじゃないんだよ。戦わずに勝つのが上策、戦う時点で下策なのさ。それでもやるってのなら、ここにあるウン千万する機器を一切傷付けるなよ。お前に全額弁償させるからな」
「ぐぬぬ、どこまでも卑怯者めぇ~……!」
 たかねは文章や絵で表すにはあまりにも複雑怪奇な、謎のメーターやケーブルだらけのマシンから顔を覗かせて挑発する。職業お姫様、年収も雀の涙な針妙丸は歯痒そうに両手を固く握りしめた。
「……ふん、腰抜けには用無しだよ。もう買い占めないんなら勝手にしろ。まあ、パクリしか能の無い山童には何もできないだろうがね」
「パクれるなら何でもできるさ。何しろ、お前という最高の手本が居るんだからねえ……」
 河童と山童。袂を分かった二人が静かに火花を散らす。語るなら口でも拳でもなく、発明で。それが彼女らの生き様なのだ。

「……ああ、にとりに会いたいが為にこんな事をしたわけか、やっぱり」
 しかしここで神子の一言が場の空気を一変させるのである。両者共に帽子が吹っ飛びそうな勢いで顔をそちらに向けた。
「へ? なに、こいつらってそうなの?」
 針妙丸もまん丸な目玉をぱちぱちさせて二人を見比べる。
「この山童も最初に『思ったよりも遅かった』と言っただろう。つまりもっと早く気付いて欲しかったんだよ」
 かつて十の言葉を一度で理解する神童だった神子は、仙人となった今や聞くまでもなく言いたい事を読み取れるようになっていた。それが言葉として漏れ出ていたらもはや筒抜けだ。
「にとりの作った玩具をバラバラにしていたのも歪んだ情念を感じるな。その仮面の……ライダーだったか? それに作り替えたのも、ある意味二人の共同作品に取れなくもない」
 たかねは何かを言いたげに口をぱくぱくと開閉させるが、声らしい声は出なかった。
「にとりも、あれほど興味の無かった買い占め犯が山童かもとなった途端に協力的だった。会える口実が出来てこれ幸いと思ったのではないかな?」
「あ、う……」
 にとりはかろうじて声を出せたが、こちらも言語になっていない。
 実際の所、この二人は互いに会いたいのが第一目的ではない。あくまで玩具作りが買い占めの理由である。しかしあたかもそうであると自信満々に場の空気を支配する事で本心は上書き出来る。とある口から生まれた邪仙を見て学んだ、神子の裏話術であった。
「意地っ張りというのは時に好意と真逆の行動を取ってしまう事もある。針妙丸、君なら分からないかい?」
「あー。確かにいるよね、そういう天邪鬼な奴」
 とてもよく知っている反抗期の放浪娘を思い浮かべ、針妙丸はうんうんと首を縦に振った。
「二人は職人だ。語るなら腕でという所もあるのだろう。しかし、年に一度くらいは因縁を忘れて口で語るのもいいのではないかね。ほら、ちょうど忘年会の時期だし」
 なぜ神子は、わざわざこのようなお節介を言い出したのか。それは彼女が邪仙の指導の下で仙人になったからだ。つまり、面白そうだから。ただそれだけである。

「か、河城……」
「な、なんだよ……」
 機器の単調的な駆動音だけがBGMとなった空間で、童達がたどたどしく言葉を交わす。
「次の、ロボットは……いつ頃出るんだ?」
「忙しくて当分未定だよ……ただ、欲しいなら今度はお一人様一個で買えよな……」
「あーもー、そうじゃないでしょ」
 針妙丸は年末の出血大サービスで秘密道具の力を借りることにした。振って唱えりゃ願いが叶う、鬼の秘宝の打ち出の小槌。どこからともなく二人の間に、密封されていても匂いのぷんぷん漂う酒樽が降ってきた。
「ふむ、酒も来てしまったか。ではますますここで飲むしかないな?」
 神子も渡りに船とにんまり微笑んだ。この量ではたかね一人で吞み切れないだろう。誰か、彼女と同じぐらいの酒豪に手伝ってもらわねば。
「えーと……私と一緒でも良ければ、飲んでく?」
「別に、お前と一緒は嫌とか一度も言ったことないし……」
「そ、そっか……じゃあつまみとか用意するから座って待ってて……」
「いや、私も手伝うよ……ドア壊しちゃったし……」
 じれったいという言葉で表現できないほど日本語の限界を迎えたじれったさだが、どうやら話は纏まったようだ。雨降って地固まるとはこの事か。これにて、買い占めも止んで一件落着。めでたしめでたし──。

「いやいやいやいやいや、ヒソウテンソク!」
 もちろん終わるわけはなかった。針妙丸は顔の前で手をブンブンと横に振る。ロボット欲しさにわざわざ妖怪ひしめく森の中まで入ったのである。宝物の一つも手に入れずに帰るなんてあり得ない。
「おいコラァ! ロボット全部ぶっ壊しちゃったわけじゃないよね!?」
「ん、ああ。そりゃ私も自分用とかでいくつか残してあるけど……」
「たかね、お前何だかんだ私の飾る気で……」
「惚気るのは後にして! ちゃんと新品はあるんだね!?」
「うん、買った時の値段でいいなら譲るけど……」
「お金取るの!? いやいいけど、もう手に入るなら定価でいいけど!」
 やっぱりさっきボコボコにしてタダで奪い取れば良かったと、小さな蛮族はちょっぴり後悔するのであった。


「……と、いう事があってようやく手に入れたのだよ。有難く受け取りなさい」
 しっかり自分の分も確保していた神子は、自信満々にその箱を卓上へ置いた。
「それ、豊聡耳様は何かお役に立ってましたか? 面白半分に女の子同士をインモラルに走らせただけなのでは?」
「青娥、貴女にだけはそれを言われたくない。それより貴重な一品なのだからすぐに飽きたりせず大事にするのだぞ、こころ……」

「コレジャナイ」
「へ?」

「これ、ネオヒソウテンソクのカナコスカーレットエディション! 私が頼んだのはスワコバイオレットだもん!」
 こころは無表情でぷんぷんと飛び跳ねた。
「な、何が違うと……」
「全然違います! スワコバイオレットにこんなダサい注連縄は付いてないもん!」
 そう、バイオレット版があるなら当然スカーレット版もあったのだ。カナコスカーレット版は注連縄がダサい、赤と青のカラーリングがダサい等の理由でスワコバイオレットより売れ行きが少ないのが常。守矢神社に第二次諏訪大戦が勃発するとしたらこれ以外の引き金はないほどに、その確執は深刻なものと──。
「なりつつあるらしいですよ?」と青娥が果てしなくどうでも良さそうな顔で解説した。
「ええい知ったことか! とにかく苦労したんだからそれで善しとしなさい!」
「ヤダ! スワコバイオレット! パパのバカー!!」
 ポーカーフェイスのまま、こころの目に大粒の涙が溢れだした。丁度良く抱き付きやすそうな弾力のある体にこころは縋りつく。
「よしよし、泣いちゃダメよこころちゃん。おバカなパパでごめんなさいね」
「だからパパじゃないと何度も……」
「でも大丈夫、こんな事もあろうかとちゃんと私が買っておきましたからね」

「へ?」
 神子は己が耳を疑った。だったら私は今まで何をしたのだろうか。

「あー! スワコバイオレットだー!」
 青娥が引き出しから取り出した箱には、神子の用意したロボットとは色の違うバージョンが印刷されていた。薄紫のカラーリングにカエルのような奇妙な帽子。こちらも大概ダサいだろと陰口を叩く者にはミシャグジさまの祟りがある。決して貶してはいけない。
「せ、青娥……青娥!!」
 青い人が買っていったという証言。まさかと思いきやまさかのまさか、神子の第一予想は正しかったのだ。
「誤解ですよ。万が一売り切れで買えなかった時のために私から豊聡耳様に渡すつもりだったんですぅ。だって、スカーレットって書いてあるのに間違うわけないじゃないですか」
「ママ、すき……」
 こころはノリでぎゅっと青娥の体を抱きしめた。パパの面目は丸つぶれ確定だ。
 ちゃんと神子がおつかい出来ていたら、必要のなくなったロボットは布都にでも渡すつもりだったのだ。たぶん布都なら喜んでくれるはずなので。
「だって、これしか残ってなくて……じゃあこれはどうすれば」
「お部屋に飾ればいいんじゃないですか。神のご加護があるかもしれませんよ?」
 神子に道教を教えた張本人が自ら背信を促す。こういう所も邪仙である。
 結局、神子がやった事といえばじれったい河童と山童の仲を取り持ったぐらいか。もっとも、人によってはそれが一番重要だと主張するのかもしれない。

「あー、布都。今年も頑張ってくれたお前に渡したい物があるんだが」
「太子様! これは光栄でございま……何ですかこのダサい注連縄は」
 困った時の物部布都。しかし案の定こぼしてしまった失言によって、神子と布都は仲良く布団に横たわって年明けを迎える羽目になるのであった。
おつかいをテーマにした話というリクエストで書きました
私はバイオレット派です
石転
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コメント



0.簡易評価なし
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100東ノ目削除
イイハナシダッタノニナー
スカーレットとバイオレットの意味に、後書きを読むまで気づけなかったのが悔しい。面白かったです
3.100のくた削除
面白かったです。
バイオレットはどこで売ってますか
4.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。親が間違えたの買ってくるのあるある。
5.100夏後冬前削除
クリスマス商戦で子供の願いを叶えるために戦うパパの様がジングル・オール・ザ・ウェイを彷彿とさせて涙が出てきました。面白かったです。
6.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
たかにと。
7.100南条削除
おもしろかったです
全国のお父さんお母さんの苦しみが伝わってくるようでした
8.100名前が無い程度の能力削除
ネオヒソウテンソクスワコバイオレットエディションじゃねぇか
完成度高ーな、オイ

青娥がいい空気吸ってて楽しかったです。
スカートエディションが不人気な理由にもクスリとしました。
ちなみに私は紅派です