よく『好奇心は猫を殺す』というが、それでもやめられないものというのは誰しも一つはあるのではないだろうか。
『彼女』も、そんな好奇心にとりつかれたうちの一人。
これはそんな、ちょっと変わった普通の少女の少し不思議なお話……
『東方草挿話』
――夏
今日も今日とて、とても暑い。カンカン照りの太陽が肌を容赦なく焼き付けてくる。
ここは里の外れにある魔法の森。大人にとっても危険な場所とされているが、少なくともボクにとっては宝の宝庫だ。
「よお、誰かと思えば雪枝か」
「あ、魔理沙さん。こんにちは!」
魔法の森に足を踏み入れた途端、魔理沙さんがボクに話しかけてくる。
あ、申し遅れてしまった。ボクの名前は蘭 雪枝(あららぎ ゆきえ)里に住んでいる可憐な少女で、霧雨魔理沙さんとは知り合いだ。
「なんだ。また来たのか?」
「ええ、この森が好きなので」
「まったく、物好きだな。こんな森に好き好んで来る里の、ましてや女なんて、オマエくらいしかいないぞ?」
「ボクにとってここは宝の宝庫なんですよ。なんたって草が生えてますから!」
「草なんてどこにでも生えてるだろ」
「何を言うんですか。ここの草はとっても珍しいんですよ?」
ボクの趣味は植物採集。この森に来る理由は、珍しい植物がたくさん生息しているから。
妖怪の山も植物の宝庫ではあるけど、遠いし、危ない妖怪がたくさんいる。だから里から近いこの森がちょうどいい塩梅なのだ。
「それしてもおまえ、相変わらず暑苦しい格好してるよな」
「そうですか? でもこうしないと真夏の森は危ないので……」
全身白黒な人に暑苦しいと言われてしまったボクの今の服装は、茶色の革靴に茶色のもんぺに緑の長袖の上着、そして茶色のハンチング姿。うーん。確かに真夏にこれは暑苦しいかもしれない。
でもこれにはちゃんとした理由があって、スカートよりもんぺの方が動きやすいし、あえて目立ちにくい服装をすることで妖怪とかに見つかりにくくできる。
それに、帽子をかぶるのは、単なる暑さ対策だけではなく、頭を蜂に刺されないようにするためだ。蜂や熊は黒色に反応するから。そう、ボクは黒髪なのだ。そこ、地味だなんて言わない。
「……なあ、その帽子、もしかして蜂よけのつもりか?」
「ええ、そうですよー。ほら、ボク黒髪ですし」
「ほー。そりゃ用心深いことだな。感心したぜ」
「ふふん。備えあれば憂いなしって言いますしね」
と、自慢げに胸を張っていると、魔理沙さんからまさに蜂の一刺のような一言。
「まっ。魔法の森に蜂はいないんだけどな?」
「……へ?」
「考えてみろよ。蜂なんかがいたら私は今頃全身刺されてボコボコだぞ?」
「ああ……魔理沙さん全身真っ黒ですもんね」
てっきり魔法か何かで、刺されないようにしているのかと思ってたけど、まさか蜂そのものがいないとは……。
「瘴気に囲まれているからな、この森は。普通の生き物は住めないんだよ。それでだ……」
「はい……?」
「そんな危ない森に、お前みたいなガキは不似合いだぜ! さあ、今すぐ里に帰って、家で大人しく寝んねでもしてるんだな!」
そう言い放ってボクの方を指さす魔理沙さん。ボクはジト目で言い返す。
「……ねえ、魔理沙さん。そう言われても絶対ボクが帰らないことわかってて言ってるでしょう?」
「もちろんだとも!」
そう言って魔理沙さんは大口で笑う。ああ、その口にドクゼリの根っこ(※ 猛毒)を放り込みたくなる衝動に駆られるが、なんとか抑える。
「さてと、それじゃ私は用事があるからそろそろいくぜ。森遊びもいいが、ほどほどにしろよ? 妖怪の山ほどじゃないとはいえ、この森も一応妖怪変化はいる。それにこの森は長時間いると人間には毒だ」
「はーい。ご忠告感謝しまーす」
ボクの返事を聞くと魔理沙さんは、ホウキに乗って颯爽とどこかに飛んでいってしまった。
魔法使いはいいなあ。空が飛べて。
ボクもあんな風に空が飛べれば、いろいろ便利なのになあ。……何より格好良いし。
……おっと、無い物ねだりをしている場合じゃない。気を取り直して森遊び……もとい、植物採取に取りかかることにする。
今日は、とある植物がお目当てだ。その植物は有毒だが、毒抜きをすれば根茎を食べることができるのだという。
その毒を抜く方法に惹かれたので、採取するためにこの森へやってきたのだ。この森ではそれほど珍しくもないし、大きめな植物なので多分すぐ見つかるはず。
「あ、これかな」
もくろみ通り、目的の植物とおぼしきものはすぐ見つかった。そのボクの腰よりちょっと上くらいの大きさの植物は、青々とした大きな葉をたたえている。早速、持参したシャベルで地面を掘って確認するとタマネギのような根茎があった。
うん、間違いない。今日のお目当ての植物、テンナンショウだ。早速持って帰って毒抜きしてみようっと。ああ、楽しみだなー。
ーーーーーーーーーー
「あれ? 雪枝ちゃん? 何持ってるの? 草?」
戦利品を抱えて凱旋していたボクに声をかけたのは、森に住む不思議な動くお地蔵さんだった。たまに見かけるいろいろ謎の存在。名前は確か……そう。成美さん。
「あ、成美さん。こんにちは。ええ。今からこれを持って帰って食べようとしてるところなんですよ」
「ふーん? あなた本当に草好きね」
「ええ、好きですよー」
「んんん……? 待って。これって」
成美さんはボクの持つ植物をじろじろ眺めると、ハッとした表情で言う。
「やっぱり! これ、毒草だよ!? まさかあなたこれ食べる気?」
「ええ、毒抜きすれば食べられるって聞いたので」
「え、毒抜けるのこれ?」
「ええ、言い伝えによれば」
「えーそうなの? 私さ、前にこれ食べてひどい目に遭ったのよ」
「え、食べたんですか? これを」
「そうそう。根っこをね」
「……もしかして、そのまま?」
「そう、そのまま、パクっと」
「なんでまたそんなことを……」
「だってー。その時すごくお腹すいてたし、根っこ割ったら中がとろっとしてて美味しそうだったんだもん!」
……そっか。お地蔵さんもお腹がすくんだ。というか食中毒起こすんだ。ますます成美さんが何者かわからなくなってきた。もしかして妖精の一種とか?
「成美さん、だめですよ。これをそのまま食べたら。下手すりゃ死んじゃいますよ?」
「え、そんなにこれ猛毒なの!?」
「そうですよ。こう見えて毒性強いんですよこれ」
「えぇ!? よく、私生きてたな。危なかったぁ」
思わず涙目になる成美さん。かわいい。
「というか、食べたとき口の中大丈夫でした?」
「いやーだめだったよ。もう口の中、痛いのなんのって」
「やっぱり……そういう毒なんですよ。成分が針のような形になってて突き刺さるんです。だから口に入れた瞬間に鋭い激痛が走るんです」
「ひえーまってまって! 聞くだけでこわいー! で、あなたはそんなの本当に食べる気なの?」
「はい。興味があるので」
「悪いこと言わないから、やめときなよー」
「さっきも言いましたけど、毒抜きすれば大丈夫なんですよ」
「ねえ、その毒抜きってどんな方法なの」
「熱した灰の中に長時間放り込むんです」
「え、そんな方法でいいの?」
「ええ、多分……」
少なくともボクが読んだ文献にはそう書いてあった。
「この植物の毒は熱分解ができる成分なので、しっかり中まで熱すれば食べられるようになるはずです。それに灰の中に入れることで同時にエグ味を抜くことも出来ますから」
説明しながら思ったけど、そういえばこんにゃくも似たような製法だったっけ。あっちは灰を混ぜたお湯で煮込むけど。
「……ふーん。そうなんだ?」
「そうなんですよー」
「それじゃ、試してみてよ」
「もちろん、そのつもりですよ。今から家に持ち帰って……」
「ここで」
「へ……!?」
「だって私も食べてみたいし」
「はぁ……」
と、言うわけで、ボクは周辺から落ち葉を集めて燃やし、その灰の中にテンナンショウの根っこを埋めた。
こういうこともあろうかと、いざというときのためにサバイバル用の道具は一応一通りそろえて鞄に入れて常に持ち歩いている。
と言っても、妖怪の山ならいざ知らず、魔法の森で遭難することなんてまずないと思うけど。
まあ、何事も、備えあれば憂いなし。ボクの好きな言葉だ。
「……で、どれくらい待てばいいの?」
「さあ、本にも長時間としか書かれてなかったし」
「長時間ってどれくらい?」
「うーん。人によって感覚違うから一概には……」
「じゃあ、雪枝ちゃんの長時間ってどれくらい?」
「……今から日が暮れるまで?」
「えっ!? まだ結構お日様高いよ? そんなに長い間待たなきゃいけないの!?」
「じゃあ逆に、成美さんにとっての長時間はどれくらいなんです?」
「うーん。お腹がすくまでかな?」
「そっちの方がよっぽど長いんじゃ……?」
「いや、案外そうでもないよ? 私、結構すぐお腹すく体質だから」
「それはそれで、逆に長時間って言わないんじゃ……」
ボクの言葉を聞いた成美さんはキョトンとしている。かわいい。
それはそうと、お地蔵様の腹時計なんて果たして信用していいのだろうか。
……ま、いっか。成美さんかわいいから。というわけで、ボクは成美さんの腹時計に合わせることにした。
……のだが。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……ねえ、成美さん。もう大分日が傾いてきましたけど、お腹のすき具合はどうです?」
「うーん。まだ全然すかないわー」
あれから大分時間は過ぎ、元々薄暗い魔法の森が、いよいよ暗くなってきている。それでも成美さんはまだお腹がすかないらしい。
「……あのー。成美さん。一つだけ聞いていいですか?」
「ん?」
「成美さんって、いつご飯食べました?」
「あなたに会う少し前だけど」
「えっ」
「ん?」
「いや、それじゃお腹すかないはずですよ。食べたばっかりって」
「いやいや、そうでもないって。いつもなら今頃はもうお腹すいてるんだけど……なぜか今日に限ってすかないのよねえ。なんでだろ?」
「あのー。それって、もしかして、動かないでこうやってじっとしてるからじゃないですか?」
「……ねえ、雪枝ちゃん」
「なんです?」
「雪江ちゃんって、もしかして……天才?」
真剣な顔で聞いてくる、のんきな成美さんの様子に、思わず呆れてしまう。呆れるあまり、一瞬めまいすら覚えてしまった。
……もういいや。とりあえずテンナンショウを掘り起こそう。時間経ったのには変わりないから。
灰を木の枝で突っついて、テンナンショウの根茎を掘り起こす。あまりにも長時間放置し過ぎたので、もしかしたらもう炭になっているかもしれない。
もし炭になってたらどうしよう。そのときは成美さんに責任とってもらおうかな。ボクの楽しみを返せ! って。
なんてことを思いながら、掘り起こしてみると、幸いにもテンナンショウは健在だった。それどころか何やら香ばしい匂いすら漂わせているほどで……。
「わあー。いい匂い。なんか美味しそうじゃない?」
目を輝かせている成美さんを横目に、持参した竹串をテンナンショウに刺してみる。串は抵抗なく、すっと中まで通った。
「うん、火もしっかり通っていますね」
「雪枝ちゃんったら、マメねー」
「今回の案件は火が中まで通ってるかどうかが肝要ですからね」
「ねえ、雪枝ちゃん、本当に食べるの?」
「もちろんですよ。ちゃんと毒が抜けているか確認したいですし」
「本当に大丈夫なの……?」
「大丈夫ですよ」
うーん。まあ、実際のところ、ボクも不安ではある。不安ではあるけど、だからといって、ここで躊躇してしまっては今までの苦労が水の泡になってしまうのも事実。
「では……」
テンナンショウに息をふーふーと吹きかけて冷まし、一口かじり咀嚼する。
「どう……? 平気?」
成美さんが不安そうな表情を浮かべているのが、おぼろげに見える。というのも、辺りはだいぶ暗くなってきていた。体感的に、もう戌の刻前というところだろうか。
で、テンナンショウの味はというと……ほんのり甘い。イモ系の甘さに近い食感で、思ったよりホクホクしている。ユリ根のように、もう少しねっとりした感じだと思っていたから意外だ。
「……うん、美味しいですよ! 例えるならジャガイモとかでしょうか。とてもホクホクしてます!」
「へぇーそうなんだ?」
「成美さんも食べてみますか?」
「うん。美味しいなら」
「わかりました。はい、どうぞ……」
と、ボクが成美さんにテンナンショウを渡そうと手を伸ばした瞬間、突然、視界がぐらつく。
あれ……?
目の前が真っ暗になり、全身の感覚がなくなってしまう。
どうやらそのまま倒れてしまったらしく、成美さんがボクを呼ぶ声がかすかに聞こえるが、体も動かせないし、視界も真っ暗だ。
無理矢理身体を動かそうとすると、胃の中のものが逆流してしまいそうな気すらした。
……まさかテンナンショウの毒? なんとか頭を働かせようとするが、かなわず結局そのままボクの意識は途絶えてしまった。
ーーーーーーーーー
目を覚ますとそこは、魔理沙さんの部屋だった。
「お。お目覚めか? 眠り姫」
「あれ……? ここは? あれ……?」
急いで身体を起こすと、呆れたような表情の魔理沙さんの顔が飛び込んでくる。
「……まったく、成子のやつが慌てて駆け込んできたから何事かと思ったぜ」
「え、あ……」
魔理沙さんの言葉で、ぼんやりとしていた思考がはっきりとしてきて、ようやく何があったかを思い出す。
そうだ。ボクは急に倒れてしまったんだ。
「な? だから言っただろ。あの森に人間が長居するなって。おまえは魔法の森の瘴気にやられたんだよ」
「え……そう……なの?」
「ああ、間違いない。なんたって私は、今までもそういうやつを何人も見てきたからな」
魔理沙さんは、依然、呆れた表情でボクを見ている。なんか悔しくなってしまったボクは思わず反論してしまう。
「むむむ……そう言う、魔理沙さんだって人間じゃないですか。どうして平気なんですか」
「そりゃ決まってんだろ。何を隠そう、私はこの森に住んでいるからな! 森の毒なんてとっくの昔に克服したさ。ついでにキノコの毒もな!」
そう言ってけらりと笑う魔理沙さんからは、何か余裕のようなものすら垣間見えた。
……ああ、そうか。魔理沙さんはこの危ない森に、普段から一人で住んでいるんだ。慣れていないはずがない。愚問だった。
うーん。それにしてもやってしまったなー……。テンナンショウの毒じゃなかったのは不幸中の幸いとはいえ、成美さんに心配かけてしまったのには変わりない。今度会ったときに謝らなきゃ。ヨモギのおひたしでも作っていけばいいかな? 滋養に良いし。お地蔵さんの体にいいかまではわからないけど。
ちらりと魔理沙さんを見ると、どうやらスープを用意しているらしい。十中八九、キノコのスープだ。
魔理沙さんの作るキノコスープは何度かご馳走になったが、とても美味しい。どうしてあんなに美味しいのか、気になって以前尋ねてみたことがあったが、返ってきた言葉はこうだった。
「そりゃ当然だろ。キノコに対する知識と愛情が他のやつらとは違うからな!」
……うーん。格好いいなぁ。
でも、ボクだって植物に対する知識と愛情なら誰にも負けていないと思うんだけどなぁ……うーん。
「どうしたんだよ。小難しい顔して」
「いや、魔理沙さんってなんであんなに格好いいんだろうって思って……」
「……なんだよ急に。気持ち悪いやつめ」
「へ……? あ!? いや……! ああっ!?」
うわ! しまった! 考えてたことをうっかり口に出してしまったらしい。うわぁ。これは恥ずかしい! ボクの悪いクセだ。思っていたことをつい口にしてしまう。
「あ。いやっ。その……ええと。それは……そのっ……ああ!」
思わず慌てふためくボクを見て魔理沙さんは苦笑を浮かべている。ああ、体中が熱い。さぞかし顔真っ赤になってるんだろうなぁボク。恥ずかしい!
「おいおい、オマエ、もしかして、まだ毒が抜けきっていないんじゃないのか? ま、これでも飲んで落ち着けよ」
苦笑いを浮かべながら魔理沙さんが差し出したキノコスープに口をつける。一口飲むと、たちまち体中にエネルギーが染み渡っていくのがわかる。
……ああ、そうそう。これ。これ! この感覚。羞恥で火照った体が徐々に平静を取り戻していく。思わずそのまま飲み干すと、ふうと一息。なんとも言えない香ばしい風味が鼻腔を吹き抜けていく。ああ、美味しい……!
「おお、いい飲みっぷりじゃないか!」
「とても美味しいです」
「そりゃ、何よりだ。どうだ。落ち着いたか?」
「はい、おかげさまで」
「ま、当然だな。私のキノコスープは万病に効くからな!」
そう言って魔理沙さんは豪快に笑う。ああ、いちいち格好いい。
「そうそう、それに今日はサービスして普段入れないようなキノコも入れておいたからな」
「え……?」
「体質にもよるが、もしかしたら少し不調が出るかもしれん」
「え、え……?」
言われてみれば、なんか今日のスープはいつもより色々強烈なものを感じたというか、さっきの羞恥心とは違う意味で。身体の奥底が熱くなるような、頭がぼうっとするような……。
「まっ。大丈夫だろ。多分」
「はぁ……」
「ところで、今日はどうするんだ? 泊まっていくか?」
「え、でも……」
「外はもう真っ暗だぞ。今から帰っても仕方ないだろ? どうせオマエも、一人暮らしなんだし」
「あ、はい……じゃあ、お言葉に甘えて……」
その後、成り行きのままにボクは魔理沙さんの家に泊まることになった。当の本人は既に寝息を立てている。寝付きが良くてうらやましい。
で、ボクはと言うと、ベッドの上で、もぞもぞとうごめいている。こう見えても寝付きは良い方なのに、今日に限ってどうにも寝付きが悪いのは、あの特製キノコスープのせいか、それとも……。
魔理沙さんの規則正しい寝息を聞きながら、ぼんやりと天井を眺める。
……ボクは訳があって親元を離れ、里で一人暮らしをしている。そういう理由もあってか、似たような境遇の魔理沙さんとは、なんとなくウマが合う(?)ようで、今までもちょくちょくこうやって家に泊まらせてもらうことがあったりした。
そしてその都度、いろんな話をボクに聞かせてくれた。魔法使いの話や、魔理沙さんの知り合いの話。それにキノコの話やキノコの話やキノコの話……。
それらを話す魔理沙さんは、とても楽しそうで、とても魅力的にボクの目には映った……。
………………。
ああぁ……っ! これで魔理沙さんが植物にも、もっともっと興味を持ってくれれば……!
キノコと同じくらいの愛情で植物にも接してくれるようになってくれたら……!
……なんて言うか……その。お互い、良いバディってのになれるような気が……するんだけどなあ……。無理かなぁ。
ちらりと脇を見ると、薄暗い中で、魔理沙さんが無防備な寝顔をさらけ出しているのが見える。
……うん。
決めた!
魔理沙さんに植物の世界の素晴らしさや面白さを知ってもらうんだ!
そして魔理沙さんを絶対振り向かせるんだ! ボクのバディとして!
そのためにはもっともっともっともっと色んな知識を入れなきゃ!
思わず夏掛けを頭からかぶって拳を握る。
……よし、ボクがんばるぞ!!
それは真夏の夜の出来事。小さなボクの大きな決意だった。
『彼女』も、そんな好奇心にとりつかれたうちの一人。
これはそんな、ちょっと変わった普通の少女の少し不思議なお話……
『東方草挿話』
――夏
今日も今日とて、とても暑い。カンカン照りの太陽が肌を容赦なく焼き付けてくる。
ここは里の外れにある魔法の森。大人にとっても危険な場所とされているが、少なくともボクにとっては宝の宝庫だ。
「よお、誰かと思えば雪枝か」
「あ、魔理沙さん。こんにちは!」
魔法の森に足を踏み入れた途端、魔理沙さんがボクに話しかけてくる。
あ、申し遅れてしまった。ボクの名前は蘭 雪枝(あららぎ ゆきえ)里に住んでいる可憐な少女で、霧雨魔理沙さんとは知り合いだ。
「なんだ。また来たのか?」
「ええ、この森が好きなので」
「まったく、物好きだな。こんな森に好き好んで来る里の、ましてや女なんて、オマエくらいしかいないぞ?」
「ボクにとってここは宝の宝庫なんですよ。なんたって草が生えてますから!」
「草なんてどこにでも生えてるだろ」
「何を言うんですか。ここの草はとっても珍しいんですよ?」
ボクの趣味は植物採集。この森に来る理由は、珍しい植物がたくさん生息しているから。
妖怪の山も植物の宝庫ではあるけど、遠いし、危ない妖怪がたくさんいる。だから里から近いこの森がちょうどいい塩梅なのだ。
「それしてもおまえ、相変わらず暑苦しい格好してるよな」
「そうですか? でもこうしないと真夏の森は危ないので……」
全身白黒な人に暑苦しいと言われてしまったボクの今の服装は、茶色の革靴に茶色のもんぺに緑の長袖の上着、そして茶色のハンチング姿。うーん。確かに真夏にこれは暑苦しいかもしれない。
でもこれにはちゃんとした理由があって、スカートよりもんぺの方が動きやすいし、あえて目立ちにくい服装をすることで妖怪とかに見つかりにくくできる。
それに、帽子をかぶるのは、単なる暑さ対策だけではなく、頭を蜂に刺されないようにするためだ。蜂や熊は黒色に反応するから。そう、ボクは黒髪なのだ。そこ、地味だなんて言わない。
「……なあ、その帽子、もしかして蜂よけのつもりか?」
「ええ、そうですよー。ほら、ボク黒髪ですし」
「ほー。そりゃ用心深いことだな。感心したぜ」
「ふふん。備えあれば憂いなしって言いますしね」
と、自慢げに胸を張っていると、魔理沙さんからまさに蜂の一刺のような一言。
「まっ。魔法の森に蜂はいないんだけどな?」
「……へ?」
「考えてみろよ。蜂なんかがいたら私は今頃全身刺されてボコボコだぞ?」
「ああ……魔理沙さん全身真っ黒ですもんね」
てっきり魔法か何かで、刺されないようにしているのかと思ってたけど、まさか蜂そのものがいないとは……。
「瘴気に囲まれているからな、この森は。普通の生き物は住めないんだよ。それでだ……」
「はい……?」
「そんな危ない森に、お前みたいなガキは不似合いだぜ! さあ、今すぐ里に帰って、家で大人しく寝んねでもしてるんだな!」
そう言い放ってボクの方を指さす魔理沙さん。ボクはジト目で言い返す。
「……ねえ、魔理沙さん。そう言われても絶対ボクが帰らないことわかってて言ってるでしょう?」
「もちろんだとも!」
そう言って魔理沙さんは大口で笑う。ああ、その口にドクゼリの根っこ(※ 猛毒)を放り込みたくなる衝動に駆られるが、なんとか抑える。
「さてと、それじゃ私は用事があるからそろそろいくぜ。森遊びもいいが、ほどほどにしろよ? 妖怪の山ほどじゃないとはいえ、この森も一応妖怪変化はいる。それにこの森は長時間いると人間には毒だ」
「はーい。ご忠告感謝しまーす」
ボクの返事を聞くと魔理沙さんは、ホウキに乗って颯爽とどこかに飛んでいってしまった。
魔法使いはいいなあ。空が飛べて。
ボクもあんな風に空が飛べれば、いろいろ便利なのになあ。……何より格好良いし。
……おっと、無い物ねだりをしている場合じゃない。気を取り直して森遊び……もとい、植物採取に取りかかることにする。
今日は、とある植物がお目当てだ。その植物は有毒だが、毒抜きをすれば根茎を食べることができるのだという。
その毒を抜く方法に惹かれたので、採取するためにこの森へやってきたのだ。この森ではそれほど珍しくもないし、大きめな植物なので多分すぐ見つかるはず。
「あ、これかな」
もくろみ通り、目的の植物とおぼしきものはすぐ見つかった。そのボクの腰よりちょっと上くらいの大きさの植物は、青々とした大きな葉をたたえている。早速、持参したシャベルで地面を掘って確認するとタマネギのような根茎があった。
うん、間違いない。今日のお目当ての植物、テンナンショウだ。早速持って帰って毒抜きしてみようっと。ああ、楽しみだなー。
ーーーーーーーーーー
「あれ? 雪枝ちゃん? 何持ってるの? 草?」
戦利品を抱えて凱旋していたボクに声をかけたのは、森に住む不思議な動くお地蔵さんだった。たまに見かけるいろいろ謎の存在。名前は確か……そう。成美さん。
「あ、成美さん。こんにちは。ええ。今からこれを持って帰って食べようとしてるところなんですよ」
「ふーん? あなた本当に草好きね」
「ええ、好きですよー」
「んんん……? 待って。これって」
成美さんはボクの持つ植物をじろじろ眺めると、ハッとした表情で言う。
「やっぱり! これ、毒草だよ!? まさかあなたこれ食べる気?」
「ええ、毒抜きすれば食べられるって聞いたので」
「え、毒抜けるのこれ?」
「ええ、言い伝えによれば」
「えーそうなの? 私さ、前にこれ食べてひどい目に遭ったのよ」
「え、食べたんですか? これを」
「そうそう。根っこをね」
「……もしかして、そのまま?」
「そう、そのまま、パクっと」
「なんでまたそんなことを……」
「だってー。その時すごくお腹すいてたし、根っこ割ったら中がとろっとしてて美味しそうだったんだもん!」
……そっか。お地蔵さんもお腹がすくんだ。というか食中毒起こすんだ。ますます成美さんが何者かわからなくなってきた。もしかして妖精の一種とか?
「成美さん、だめですよ。これをそのまま食べたら。下手すりゃ死んじゃいますよ?」
「え、そんなにこれ猛毒なの!?」
「そうですよ。こう見えて毒性強いんですよこれ」
「えぇ!? よく、私生きてたな。危なかったぁ」
思わず涙目になる成美さん。かわいい。
「というか、食べたとき口の中大丈夫でした?」
「いやーだめだったよ。もう口の中、痛いのなんのって」
「やっぱり……そういう毒なんですよ。成分が針のような形になってて突き刺さるんです。だから口に入れた瞬間に鋭い激痛が走るんです」
「ひえーまってまって! 聞くだけでこわいー! で、あなたはそんなの本当に食べる気なの?」
「はい。興味があるので」
「悪いこと言わないから、やめときなよー」
「さっきも言いましたけど、毒抜きすれば大丈夫なんですよ」
「ねえ、その毒抜きってどんな方法なの」
「熱した灰の中に長時間放り込むんです」
「え、そんな方法でいいの?」
「ええ、多分……」
少なくともボクが読んだ文献にはそう書いてあった。
「この植物の毒は熱分解ができる成分なので、しっかり中まで熱すれば食べられるようになるはずです。それに灰の中に入れることで同時にエグ味を抜くことも出来ますから」
説明しながら思ったけど、そういえばこんにゃくも似たような製法だったっけ。あっちは灰を混ぜたお湯で煮込むけど。
「……ふーん。そうなんだ?」
「そうなんですよー」
「それじゃ、試してみてよ」
「もちろん、そのつもりですよ。今から家に持ち帰って……」
「ここで」
「へ……!?」
「だって私も食べてみたいし」
「はぁ……」
と、言うわけで、ボクは周辺から落ち葉を集めて燃やし、その灰の中にテンナンショウの根っこを埋めた。
こういうこともあろうかと、いざというときのためにサバイバル用の道具は一応一通りそろえて鞄に入れて常に持ち歩いている。
と言っても、妖怪の山ならいざ知らず、魔法の森で遭難することなんてまずないと思うけど。
まあ、何事も、備えあれば憂いなし。ボクの好きな言葉だ。
「……で、どれくらい待てばいいの?」
「さあ、本にも長時間としか書かれてなかったし」
「長時間ってどれくらい?」
「うーん。人によって感覚違うから一概には……」
「じゃあ、雪枝ちゃんの長時間ってどれくらい?」
「……今から日が暮れるまで?」
「えっ!? まだ結構お日様高いよ? そんなに長い間待たなきゃいけないの!?」
「じゃあ逆に、成美さんにとっての長時間はどれくらいなんです?」
「うーん。お腹がすくまでかな?」
「そっちの方がよっぽど長いんじゃ……?」
「いや、案外そうでもないよ? 私、結構すぐお腹すく体質だから」
「それはそれで、逆に長時間って言わないんじゃ……」
ボクの言葉を聞いた成美さんはキョトンとしている。かわいい。
それはそうと、お地蔵様の腹時計なんて果たして信用していいのだろうか。
……ま、いっか。成美さんかわいいから。というわけで、ボクは成美さんの腹時計に合わせることにした。
……のだが。
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「……ねえ、成美さん。もう大分日が傾いてきましたけど、お腹のすき具合はどうです?」
「うーん。まだ全然すかないわー」
あれから大分時間は過ぎ、元々薄暗い魔法の森が、いよいよ暗くなってきている。それでも成美さんはまだお腹がすかないらしい。
「……あのー。成美さん。一つだけ聞いていいですか?」
「ん?」
「成美さんって、いつご飯食べました?」
「あなたに会う少し前だけど」
「えっ」
「ん?」
「いや、それじゃお腹すかないはずですよ。食べたばっかりって」
「いやいや、そうでもないって。いつもなら今頃はもうお腹すいてるんだけど……なぜか今日に限ってすかないのよねえ。なんでだろ?」
「あのー。それって、もしかして、動かないでこうやってじっとしてるからじゃないですか?」
「……ねえ、雪枝ちゃん」
「なんです?」
「雪江ちゃんって、もしかして……天才?」
真剣な顔で聞いてくる、のんきな成美さんの様子に、思わず呆れてしまう。呆れるあまり、一瞬めまいすら覚えてしまった。
……もういいや。とりあえずテンナンショウを掘り起こそう。時間経ったのには変わりないから。
灰を木の枝で突っついて、テンナンショウの根茎を掘り起こす。あまりにも長時間放置し過ぎたので、もしかしたらもう炭になっているかもしれない。
もし炭になってたらどうしよう。そのときは成美さんに責任とってもらおうかな。ボクの楽しみを返せ! って。
なんてことを思いながら、掘り起こしてみると、幸いにもテンナンショウは健在だった。それどころか何やら香ばしい匂いすら漂わせているほどで……。
「わあー。いい匂い。なんか美味しそうじゃない?」
目を輝かせている成美さんを横目に、持参した竹串をテンナンショウに刺してみる。串は抵抗なく、すっと中まで通った。
「うん、火もしっかり通っていますね」
「雪枝ちゃんったら、マメねー」
「今回の案件は火が中まで通ってるかどうかが肝要ですからね」
「ねえ、雪枝ちゃん、本当に食べるの?」
「もちろんですよ。ちゃんと毒が抜けているか確認したいですし」
「本当に大丈夫なの……?」
「大丈夫ですよ」
うーん。まあ、実際のところ、ボクも不安ではある。不安ではあるけど、だからといって、ここで躊躇してしまっては今までの苦労が水の泡になってしまうのも事実。
「では……」
テンナンショウに息をふーふーと吹きかけて冷まし、一口かじり咀嚼する。
「どう……? 平気?」
成美さんが不安そうな表情を浮かべているのが、おぼろげに見える。というのも、辺りはだいぶ暗くなってきていた。体感的に、もう戌の刻前というところだろうか。
で、テンナンショウの味はというと……ほんのり甘い。イモ系の甘さに近い食感で、思ったよりホクホクしている。ユリ根のように、もう少しねっとりした感じだと思っていたから意外だ。
「……うん、美味しいですよ! 例えるならジャガイモとかでしょうか。とてもホクホクしてます!」
「へぇーそうなんだ?」
「成美さんも食べてみますか?」
「うん。美味しいなら」
「わかりました。はい、どうぞ……」
と、ボクが成美さんにテンナンショウを渡そうと手を伸ばした瞬間、突然、視界がぐらつく。
あれ……?
目の前が真っ暗になり、全身の感覚がなくなってしまう。
どうやらそのまま倒れてしまったらしく、成美さんがボクを呼ぶ声がかすかに聞こえるが、体も動かせないし、視界も真っ暗だ。
無理矢理身体を動かそうとすると、胃の中のものが逆流してしまいそうな気すらした。
……まさかテンナンショウの毒? なんとか頭を働かせようとするが、かなわず結局そのままボクの意識は途絶えてしまった。
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目を覚ますとそこは、魔理沙さんの部屋だった。
「お。お目覚めか? 眠り姫」
「あれ……? ここは? あれ……?」
急いで身体を起こすと、呆れたような表情の魔理沙さんの顔が飛び込んでくる。
「……まったく、成子のやつが慌てて駆け込んできたから何事かと思ったぜ」
「え、あ……」
魔理沙さんの言葉で、ぼんやりとしていた思考がはっきりとしてきて、ようやく何があったかを思い出す。
そうだ。ボクは急に倒れてしまったんだ。
「な? だから言っただろ。あの森に人間が長居するなって。おまえは魔法の森の瘴気にやられたんだよ」
「え……そう……なの?」
「ああ、間違いない。なんたって私は、今までもそういうやつを何人も見てきたからな」
魔理沙さんは、依然、呆れた表情でボクを見ている。なんか悔しくなってしまったボクは思わず反論してしまう。
「むむむ……そう言う、魔理沙さんだって人間じゃないですか。どうして平気なんですか」
「そりゃ決まってんだろ。何を隠そう、私はこの森に住んでいるからな! 森の毒なんてとっくの昔に克服したさ。ついでにキノコの毒もな!」
そう言ってけらりと笑う魔理沙さんからは、何か余裕のようなものすら垣間見えた。
……ああ、そうか。魔理沙さんはこの危ない森に、普段から一人で住んでいるんだ。慣れていないはずがない。愚問だった。
うーん。それにしてもやってしまったなー……。テンナンショウの毒じゃなかったのは不幸中の幸いとはいえ、成美さんに心配かけてしまったのには変わりない。今度会ったときに謝らなきゃ。ヨモギのおひたしでも作っていけばいいかな? 滋養に良いし。お地蔵さんの体にいいかまではわからないけど。
ちらりと魔理沙さんを見ると、どうやらスープを用意しているらしい。十中八九、キノコのスープだ。
魔理沙さんの作るキノコスープは何度かご馳走になったが、とても美味しい。どうしてあんなに美味しいのか、気になって以前尋ねてみたことがあったが、返ってきた言葉はこうだった。
「そりゃ当然だろ。キノコに対する知識と愛情が他のやつらとは違うからな!」
……うーん。格好いいなぁ。
でも、ボクだって植物に対する知識と愛情なら誰にも負けていないと思うんだけどなぁ……うーん。
「どうしたんだよ。小難しい顔して」
「いや、魔理沙さんってなんであんなに格好いいんだろうって思って……」
「……なんだよ急に。気持ち悪いやつめ」
「へ……? あ!? いや……! ああっ!?」
うわ! しまった! 考えてたことをうっかり口に出してしまったらしい。うわぁ。これは恥ずかしい! ボクの悪いクセだ。思っていたことをつい口にしてしまう。
「あ。いやっ。その……ええと。それは……そのっ……ああ!」
思わず慌てふためくボクを見て魔理沙さんは苦笑を浮かべている。ああ、体中が熱い。さぞかし顔真っ赤になってるんだろうなぁボク。恥ずかしい!
「おいおい、オマエ、もしかして、まだ毒が抜けきっていないんじゃないのか? ま、これでも飲んで落ち着けよ」
苦笑いを浮かべながら魔理沙さんが差し出したキノコスープに口をつける。一口飲むと、たちまち体中にエネルギーが染み渡っていくのがわかる。
……ああ、そうそう。これ。これ! この感覚。羞恥で火照った体が徐々に平静を取り戻していく。思わずそのまま飲み干すと、ふうと一息。なんとも言えない香ばしい風味が鼻腔を吹き抜けていく。ああ、美味しい……!
「おお、いい飲みっぷりじゃないか!」
「とても美味しいです」
「そりゃ、何よりだ。どうだ。落ち着いたか?」
「はい、おかげさまで」
「ま、当然だな。私のキノコスープは万病に効くからな!」
そう言って魔理沙さんは豪快に笑う。ああ、いちいち格好いい。
「そうそう、それに今日はサービスして普段入れないようなキノコも入れておいたからな」
「え……?」
「体質にもよるが、もしかしたら少し不調が出るかもしれん」
「え、え……?」
言われてみれば、なんか今日のスープはいつもより色々強烈なものを感じたというか、さっきの羞恥心とは違う意味で。身体の奥底が熱くなるような、頭がぼうっとするような……。
「まっ。大丈夫だろ。多分」
「はぁ……」
「ところで、今日はどうするんだ? 泊まっていくか?」
「え、でも……」
「外はもう真っ暗だぞ。今から帰っても仕方ないだろ? どうせオマエも、一人暮らしなんだし」
「あ、はい……じゃあ、お言葉に甘えて……」
その後、成り行きのままにボクは魔理沙さんの家に泊まることになった。当の本人は既に寝息を立てている。寝付きが良くてうらやましい。
で、ボクはと言うと、ベッドの上で、もぞもぞとうごめいている。こう見えても寝付きは良い方なのに、今日に限ってどうにも寝付きが悪いのは、あの特製キノコスープのせいか、それとも……。
魔理沙さんの規則正しい寝息を聞きながら、ぼんやりと天井を眺める。
……ボクは訳があって親元を離れ、里で一人暮らしをしている。そういう理由もあってか、似たような境遇の魔理沙さんとは、なんとなくウマが合う(?)ようで、今までもちょくちょくこうやって家に泊まらせてもらうことがあったりした。
そしてその都度、いろんな話をボクに聞かせてくれた。魔法使いの話や、魔理沙さんの知り合いの話。それにキノコの話やキノコの話やキノコの話……。
それらを話す魔理沙さんは、とても楽しそうで、とても魅力的にボクの目には映った……。
………………。
ああぁ……っ! これで魔理沙さんが植物にも、もっともっと興味を持ってくれれば……!
キノコと同じくらいの愛情で植物にも接してくれるようになってくれたら……!
……なんて言うか……その。お互い、良いバディってのになれるような気が……するんだけどなあ……。無理かなぁ。
ちらりと脇を見ると、薄暗い中で、魔理沙さんが無防備な寝顔をさらけ出しているのが見える。
……うん。
決めた!
魔理沙さんに植物の世界の素晴らしさや面白さを知ってもらうんだ!
そして魔理沙さんを絶対振り向かせるんだ! ボクのバディとして!
そのためにはもっともっともっともっと色んな知識を入れなきゃ!
思わず夏掛けを頭からかぶって拳を握る。
……よし、ボクがんばるぞ!!
それは真夏の夜の出来事。小さなボクの大きな決意だった。
誰もあんたのオリキャラなんかに興味はない!