Coolier - 新生・東方創想話

テキサス鴉と山伏ペガサス

2022/12/23 11:07:34
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-0.

人里の場末にある一件の酒場。
柄の悪い連中の溜まり場となっているその店に、今宵は見慣れない客がいた。
艶やかな黒髪と丸っこい真紅の瞳の少女。といっても身長約6.5フィート、更に筋骨隆々の堂々たる体躯である。青いウエスタンシャツに茶色のスカート。腰には牛革のガンベルトを着け、足元はウエスタンブーツ。壁にはテンガロンハットとダスターコートがかけてある。カウボーイかぶれと一目で分かる。西部劇の観過ぎである。
よく見ると右頬に刀傷の走った疵面だ。わざわざこんな店を選んで来ていることからも、後ろ暗い人物であるらしい。
しかしそんな素性の悪さも感じさせないほどに陽気な声で側の人物に話しかける。
「まさか地上でこんな縁があるとは思わなかったぞ。なあ、大天狗!」
「…まったくですな」
側の人物―これまた黒いロングヘア―に紅い瞳の少女が不愉快そうに短く答える。彼女もまた身の丈六尺を越す長身であった。熨斗目花色の装束を着込み、頭頂部には頭襟を載せている。梵天を垂らしたマントを壁にかけていた。
この2人―畜生界のギャング、頸牙組組長の驪駒早鬼と、鴉天狗の女大将の飯綱丸龍。
両者は昨今幻想郷で流行っているアビリティカードの闇取引を通じて知り合ったのだった。
初めは単なる同じ穴の狢という認識だった。随分と強欲な奴がいたもんだと、お互い自分のことは棚に上げてそんな事を思っていた。
しかし最近どうも早鬼の方が龍に興味を持ってしまったようである。
3本目のウィスキーボトルを空にしてから、早鬼は龍に絡む。元来の性格に加えて度数の強い酒が入ってるのだからもう止まらない。龍からすればひたすらうざったい。
「なあ大将、我々は似ている。共に組織の大幹部。貴方は空を時速200マイルで飛び私は地を時速200マイルで駆ける。ついでにいえば容姿も」
「箇条書きマジックは通用しませんよ。そもそも私は天狗、貴方はペガサスでしょう。生まれからして何一つ共通点が無い」
「そう堅い事言わず。それにほら、似た者同士ならやる事があるでしょう」
「何です?」
心底ダルい表情の大天狗に目を輝かせながら言い放つ。
「決闘だよ決闘!お前も随分な手練れと聞いたぞ!こういう時は拳を交えて語り合うモンだろう?」
「嫌です面倒くさい」
「えー、つれないなぁ大天狗は」
早鬼は残念そうだったが、すぐに気を取り直して懲りずに絡んでくる。
「そうだ!大天狗よ、実は提案があるのだが…耳を貸せ」
「はあ」
すると早鬼は龍に何かしら耳打ちする。次の瞬間龍は飛び上がってブンブン首を横に振った。
「馬鹿な、そんな真似できるはずがないだろう!」
思わず今まで使っていた敬語も吹き飛ぶ。しかし龍は相変わらず平然としていた。
「そうかい?決闘よりも数段面白いと思うんだがなぁ。面白い話は好きだろう?『お祭り大好き大天狗』さん」
「あのねぇ…」
「大丈夫、なるようになるさ!頸牙組のボス、驪駒早鬼を信じろ!」


-1.

翌日の朝。
地の底にある地獄の、更に奥底。
畜生界の盛り場の一角にある頸牙組の事務所。
コンクリート5階建ての陰気なビルの前に、フルスモークの黒いケーニッヒW126SELが停車した。
分厚いドアが開き、中から降りてきたのは巨躯の少女。
事務所に出勤してきたこの組の組長、驪駒早鬼である。
「ボス、おはようございます!!」
「あ、ああ。うむ、おはよう」
見事なまでに強面揃い―一発でその筋と分かる―のオオカミ霊から一斉に挨拶を受ける。構成員からは敬意と親しみをこめて『ボス』と呼ばれているのだ。
早鬼は適当に返しながらヒョコヒョコと事務所の応接室へ向かう。足取りはやけにソワソワとして落ち着かない。
「ところでボス。昨夜も地上へ偵察に向かわれましたが、何か収穫はあったので?」
構成員であるオオカミ霊の1人から声をかけられて早鬼は飛び上がった。うわずった声で答える。
「あ、ああ。それね。うむ、大当たりだったぞ。現地のV.I.P.とConnectionを築く事ができた。
…今からそのSympathizerとContactを取る。くれぐれも中に入るなよ!」
「はっ!」
オオカミ霊は直立不動で返事をした。
彼女が部屋に入っていったのを見届けると、お付きのオオカミ霊は首を傾げた。
「ボス、あんなに英語の発音良かったか…?」

早鬼は中に誰もいないのを確認すると、ガチャンと応接室の扉を閉めて南京錠で鍵をかける。
そのままトットトトと一目散に大理石でできた机へ向かい、金縁で彩られた趣味の悪いダイヤル電話の受話器を取った。
開口一番に怒鳴る。
「こんなもん無理があるだろう!!ざっけんな!!!」
『うるさいな。馬の耳は繊細なんだ、もう少し声量には気をつけてくれよ』
電話の向こうはのんきなものだ。
『お前も若い頃は信州で鳴らしていたと聞く。なら我々の世界の振舞いも難しくないはず』
「違う、違うったら!それに…ああもう!」
受話器を掴んだまま早鬼―に扮した飯綱丸龍は思わず天を仰いだ。
「どうするのさ。このままではバレるのも時間の問題だぞ?」
『その時はその時よ。それでウチの組員やあの吉弔にやられるようなら、その程度の女だったということ。
ま、せいぜい頑張れ!』
「ちょっ―」
聞きたい事は山ほどあったが、一方的にガチャ切りされてしまう。
受話器を手にしたまま龍は頭を抱える。
確かに彼女は外界にいた頃はそれなりにやんちゃもした。人呼んで血みどろめぐちゃん。戦乱の世に武神として崇敬を受けたのは他ならぬ彼女自身が超実戦派だったことに他ならない。
しかしこの数百年は妖怪の山で大天狗として奉職していたのであり、ギャングのボスなんて経験は今も昔も全く無い。この世界の掟なんて想像もつかなかった。
キャリア官僚がある日突然暗黒街の顔役に抜擢されて、果たして勤まるのかという話だ。おまけに今は典というアシスト役もいない。
何故あんな馬鹿馬鹿しい提案を受け入れてしまったのか。
あのイケイケなペガサスに乗せられてしまったことを死ぬほど後悔していた。
しかしそんな事情も知らない周囲は決して待ってくれない。
「ボス、随分と気色ばんどるようですが、どうされました?」
やるしかないのである。
「なに、ちょっと向こうとの話がこじれただけだ。心配はないぞ。無いんだ!」
ヤケクソで怒鳴る龍。
その気迫は本職に勝るとも劣らないものであった。


-2.

同じ頃の妖怪の山八合目、飯綱大天狗の邸宅。
大天狗の側近を務める管狐、菅牧典が声をかける。
「飯綱丸様。本日のご予定ですが、午後より大天狗の定例会となっております」
「すまん、パスだ。今日いっぱい山を見て回る。みんじょーしさつって奴」
唐突な予定変更に典は眉を顰めた。
「しかし、飯綱丸様。民情視察も結構ですが、ドタキャンとは感心しませんね」
「知るかッ!私が良しと言うから良いんだ。先方には急病なり適当な理由を通達しておけ」
「はぁ…」
いつになく気の立っている主人に典も思わず気圧されて引き下がる。
ジーコジーコとダイヤルを回し、関係各所と連絡を取りながら、典はどこかで感じる違和感に首を傾げていた。
「喉の調子でも悪いのでしょうかね。声が一オクターブ高い気がする」

マホガニー製の机に足を投げ出しながら、飯綱大天狗―に化けた驪駒早鬼はぼやく。
「久々のシャバだなぁ。しかしカタギの社会というのも窮屈だ。殊に小役人というのは…」
いつも愛飲している葉巻が無いので、代わりに見つけた煙管を吹かす。
揺蕩う煙を眺めながら、早鬼は昨日のやり取りを思い出していた。

『私とお前で入れ替わるだと?馬鹿も休み休み言ってくれ』
『いいじゃないか。お近づきの印ってやつだ』
『ワケが分からん。…せいぜい私の立場を利用して、地上侵攻の為の偵察を企んでるんだろう。騙されんぞ』
『ギクッ』
図星。
当たり前だが一筋縄ではいかない。なら交換条件を提示してやるべきだろう。
『ああそうだ、認めるよ。ならこっちも耳寄りな情報をやる。先年の石油騒動は知っているな?
実は、騒動の原因となる油田が旧地獄で見つかったんだ。
今その油田は羊のバケモノ…饕餮と言うんだが…のシマだ。しかも幻想郷のお上の連中も介入している。
おかげで旧地獄の鬼連中ですら手出しできない不良物件だ。普段のお前ではもとよりつけ入る隙もない。
しかし、どうだろう?私の組は件のバケモノ一家と敵対関係にある。これを機にカチコミに出てそのシマを奪えたら…
畜生界ってのは石油の需要が多い。莫大な金になる。油田を押さえた暁には山分けしようじゃないか。
ご友人の大蜈蚣から話は聞いてるよ。次なるビジネスチャンスとして地下資源に目をつけているのだろう?龍珠に続いての石油…どうだ?』
しかし龍は物凄い目つきで睨んできた。
『なんだそれは。代理で戦争をしろというのか?なら利益の8割は私の取り分にしろ。そのくらいの条件は出してもらわんと困る』
『ちっ…』
埒が明かないと悟った早鬼は舌打ちすると、腰元のSAAに手をかける。
しかし抜き放つ前に龍が早鬼の腕を押さえ込んだ。
凄まじい腕力に流石の早鬼も抵抗を諦めた。
『やめておけ。人里は妖怪にとっても中立地帯だ。迂闊に喧嘩騒ぎでも起こそうものなら博麗が黙っちゃいないぞ。
それに―そんなピストルで私を脅せると思わないことだな』
低い声。静かな響きだったが、店の気温が一気に5℃近く下がったような錯覚さえ覚える。
早撃ちの名手である早鬼を取り押さえる反射神経と膂力。
単純な馬力なら饕餮の方が上だろう。しかしそのスピードで自分に追いつける相手となると畜生界では思いつかなかい。
目の前の大天狗に対しての認識を改める必要があるようだった。
早鬼は決まりが悪そうに肩を竦める。
『これは失礼した。地上にこれほど骨のある妖がいるとはね。ますます気に入ったわ。
…影武者としてふるまう間は、私の肩書きと組の物資の自由な使用を認めよう。豪遊するも良し、鬼傑にカチコミかけるも良し。
油田の話は保留としよう。勿論その気になれば勝手に仕掛けてもらっても構わないが、な』
龍はようやく頷く。
その後数時間の舌戦を経て、2人は双方の妥協点を探しつつも詳細を詰めていき。
晴れて?飯綱大天狗と頸牙組組長の入れ替わり計画は形を為したのであった。

「…はぁ、酒が入って随分と妙ちくりんな提案をしてしまったこと。しかも向こうも大真面目に乗ってきたし…」
今更ながら計画の意味不明さに困惑する。いやはや酔った勢いというのは怖ろしい。
早鬼は最初冗談のつもりで言ったのだが、気付けば実行に移ってしまっていた。
大丈夫なのか?色々と。
思案すること5分。
「…ま、どうにかなるでしょう」
結局早鬼は考えるのをスッパリ放棄した。
元々過ぎた事をウジウジ悩むタイプではない。それに今までもノリと勢いでなんとかなってきた。
否、それどころかこうして畜生界の一角を占めるまでにのし上がったのである。脳筋で上等。
気持ちにも整理がついたところで執務室を後にする。
代理として仕事をする気はさらさら無い。
屋敷の中をうろついて、龍の自室に入った。
天文関係の学術書に巨大な望遠鏡。どうやら天体観測が趣味のようだ。
床の間の隠し戸をガラリと開け放つと、そこには大小様々の刀。短ドスから物干し竿の如き大太刀まで取り揃えてある。しかしガンマニアの早鬼にはどうも響かない。
「なんだよ、リボルバーの一丁もないの?
うん?このバズーカみたいなのは…ああ、大筒というやつだな」
あの大天狗はなかなかの逸材である。腕っぷしも頭の回転も大したもの。カラス霊として是非自分の組に欲しいところだった。
彼女が入れば組のブレインとなろう。戦略と搦め手が売りの鬼傑組にも対抗できるワケだ。
しかし彼岸の一角である畜生界に引きずりこむなら、当然現世で息の根を止める必要があるのだが…
そこまで考えて苦笑した。
「あの風体なら仮にマシンガンで蜂の巣にしても生き永らえるだろうねぇ」

計画が粗方纏ったので、二次会と称して近くの待合に移った。ここで両者の着る物と持ち物を取り替えるのだ。
『ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいってなんでこの店選んだんだよこんなところ誰かに見られたらあらぬ誤解が』
一転して龍が焦る。めちゃくちゃ焦る。
早鬼に対しては須臾も動じていなかったのに、今では露骨に狼狽し冷や汗をダラダラと流している。
『茶屋というからには軽食を出す程度の店だろう?何を焦っているんだ?』
風俗ときたらストリップクラブという認識の早鬼はその辺の事情も露知らず、ずけずけと店内に入っていく。
ずいぶん立派な同性カップルだと勘違いした店の者は一番奥の座敷へと案内してくれた。
双方とも各所に仕込んでいる武器と護身具を予め出してから、衣服の交換にかかる。
『似た者同士だから体型の心配は無さそうね』
『ああ、黒い翼を持つのも同じ。尾の有無くらいじゃないか?それだけは妖術で誤魔化そう』
『しかし、脱いでもここまで似通っているとは…』
下着姿になった龍の肢体を眺めて早鬼はしみじみと呟く。
双方ともタッパも胸もデカかったが、それだけじゃない。
スカーフェイスに留まらない、全身あちらこちらに戦の勲章。右脇腹には銃創まである。
駆け出しのころから先陣切って敵の本拠地に突っ込んでいく、畜生界きっての武闘派らしい体つきだった。
対する龍も身体の所々に刀創。信州時代に刻みつけた武功だ。
くるりと後ろを向いた早鬼の背を見て、龍は思わず声を上げる。
『おっと、背中だけは正反対だ。これを隠し通すのが作戦の鍵だな』


-3.

畜生界。
龍は応接室の床に隠されていた無数の銃―刀狂いの龍にはさっぱりピンと来ない―をいじくっていた。
「河童に命じて大筒を作らせたことはあるけど、こうも種類が多いとさっぱりだわ…
ん?これはストックが金属製になってるから、いつもの三脚みたく使えそうね」
あらかた仕舞い終えると、応接室の中を歩き周りながら昨日聞いた話について考え始めた。
「石油…石油ねぇ。河童と山童からの需要は大きいだろうな。
守矢神社の間欠泉センター建設に関わった河童がいるから、その時の技術を応用して地上と直通するパイプラインを引いて。
人間霊を安くこき使えるから経費は心配するなと…ふふ、半分以上は我々の取り分にできるかしら」
脳内で算盤をはじき始める。
銭ゲバ天狗の面目躍如。どんな時でも金儲けのチャンスは逃さない。
そうと決まれば取る手段はいつもと同じ。
「…まずは情報集めだな。それと作戦会議」
龍は頷くと南京錠を解除した。
「ボス、ケツ持ちしとる店の今月分の上納ですが…」
報告に来たオオカミ霊に対して、逆に矢継ぎ早に命令を出す。
「その話は後。地獄で最近発掘されたという油田の詳細な位置と地理条件、現時点での産出量並びに推定埋蔵量、権利関係と是非曲直庁内での取り扱い、あと饕餮とかいう奴のプロフィールについて最新の情報をあるだけ持ってこい。それぞれの分野に明るい者もな。
急で済まないが、午後には会合だ。招集をかけろ」
これにはオオカミ霊も目を白黒させる。
普段『数字を見るとめまいがするから』といって組の運営を直参に丸投げしているボスが、今日はいつになく経営に積極的だ。
しかも冷静で理知的で、それでいて金に汚い者独特の下衆な雰囲気を漂わせている。
更に今まで全く手を付けていなかった分野の話を突然振ってきた。
これにはオオカミ霊も不審の目を向ける。
「どうされましたボス。まさか石油を巡って剛欲と戦争起こすつもりで?」
訝しげに問いただすオオカミ霊だが龍は首を横に振った。
「まだ実力行使と決まったわけじゃあない。我々のつけ入る隙があればそれでよし。
あとは念のため、組の息のかかった地上げ屋を片っ端からかき集めるんだ。ああ、それと吉弔とも連絡を取れ。奴との同盟はまだ失効してはいないハズ」
八千慧のことは昨日の待合で散々聞かされていた。所謂経済派。いけ好かない人物だが、早鬼はその頭脳は高く買っているそうだ。人間霊の新興教団とやりあった際も彼女が率いる組と同盟を結んだ辺り、完全な敵対関係というわけではないらしい。
龍は彼女との同盟を利用しようと考えた。抜け駆けして敵対するくらいならあらかじめ自陣に引き込んでおいた方が無難である。彼女の能力もいざという時に使えそうだ。後々利権で揉めたら、その時は山の大天狗の立場から黙らせればいい。
それから30分、口頭で延々と質問と命令を受けたオオカミ霊はすっかり疲労困憊になったのだった。


昼下がりの妖怪の山。
早鬼は典を連れて、妖怪の山をあちこち飛び回っていた。
「やはり地上の空気はうまいな!」
自慢の翼を広げて快活に飛び進む早鬼。対する典は散々引き回されてフラフラになっていた。
九天の滝まで来たところで、早鬼は近くの岩場の突端に生えた松の根元に1人の人影を認めた。
山伏風の装束を着た白髪の少女。狼の耳と尻尾を生やしている。
いつもの配下であるオオカミ霊に近いものを感じ、何となく近寄ってみた。
「やあ、元気か?」
「あ…飯綱丸様ですか…えっと、その」
早鬼に声をかけられた少女―白狼天狗の犬走椛はおっかなびっくり返事をする。
しかも心なしか顔が赤く、もじもじしている。
「どうした?隠し事か?」
「いえそのっ…あの、お言葉ですが、隠し事をされているのは飯綱丸様の方ではありませんか?」
椛の言に早鬼は内心冷や汗をかく。
まさか、正体がばれたのか。それも一目見ただけで。
何者だ、こいつは?
しかしここは努めて冷静に対処する。
「なんの事かな。私は清く正しい大天狗だぞ?」
「こ、これっ…」
すると椛は顔を真っ赤に火照らせながら、新聞を1部押し付けてきた。
「新聞がどうした…」
刹那、早鬼の動作が停止する。
『文々。新聞号外・飯綱大天狗、新たなお相手か?謎の黒髪の大女と外泊』
下品な一面の見出しと共に、昨晩龍と服の交換のために茶屋に入っていくところを捉えた写真がデカデカと掲載されていた。
本文を読んでいくうちに、待合茶屋がどういう意味合いの店なのかを初めて知り、早鬼の顔も一気に紅潮する。顔から火が出るとはこのこと。
それどころかこんな瞬間を激写するようなパパラッチがいたことに驚愕していた。いやあ、あなどれんなぁ幻想郷。
「…飯綱丸様の夜の事情は存じ上げませんが、大蜈蚣というお相手がいらっしゃるのですから、あまり外で遊ぶのも程々にしてあげないと…」
椛は羞恥でどもりながらもなんとか声を絞り出す。
早鬼はわなわなと震えながら、椛に問う。
「この新聞の発行者はどいつだ?今どこにいる?」
「文さんですか?恐らく天狗の里の自宅に…」
次の瞬間、爆風と共に早鬼の身体が消え去る。飛び立ったのだ。
全速力で飛びながら、沸騰する頭でどうやって事態を収拾するか、更にこの記者にどう落とし前をつけさせるか考えていた。

天狗の里のはずれの古ぼけた庵に突っ込む。
「あややややややややややややややや飯綱丸様。昨夜はお楽しみでしたね。で、あの相手は誰なんですか」
「〇×△%□×♯△□$〇!!!」
何やら叫びながら迫り来る早鬼を前に、何も知らないパパラッチ天狗はのんきに煽り倒す。
大天狗を挑発しながらも文は内心安堵していた。よかった、今日は三脚を持ってない。ということはせいぜいゲンコツとお説教で済む。
しかし彼女の見通しは悪い方向に裏切られることになる。
目の前の大天狗は徐に腰を落として構えると―
―凄まじい威力のハイキックを繰り出した。
比類なき脚力を持つ程度の能力。
それは一日千里を走る速力と耐久力、富士をも飛び越すジャンプ力に限らない。
並び立つ者の無いキック力も含まれるのだ。
彼女はこの脚が繰り出す蹴り技で畜生界の頂点までのし上がったと言っても過言ではない。
そんな殺人級のハイキックを文はまともに喰らってしまった。
完全に油断していたので受け身を取ることもままならず。
思いっきり吹き飛んだ文の身体は轟音と共に庵の壁をぶち破り、その先に広がる森の木々を数十本なぎ倒し、数百メートル先の地面にめり込んでようやく止まった。ピクリとも動かない。意識は完全に飛んでいる。
「急所は外しておいた。これで少しは頭を冷やすだろうさ」
思いきり蹴り飛ばしてすっかり満足したようで、早鬼は早々に庵を後にする。もちろん室内に置かれていた残りの新聞と、彼女が配達したであろう顧客リストの回収も忘れない。
その日の午後いっぱい、天狗の里にある全ての印刷所から文々。新聞の定期購読者の家一軒一軒を周っての、飯綱大天狗による自主回収が行われた。
「大天狗じゃ!!開けんかいゴラァ!!!早よ開けんかい!!!」
「今開けますから…」
「やかましい早よ開け出てこいゴラァ!!」
いつになくドスの効いた声で威嚇してくる飯綱大天狗に里中の天狗は恐怖に身を竦ませた。
そんな彼女の後ろを典は何も言わずついて回った。


畜生界。
鬼傑組組長・吉弔八千慧は目の前の畜生に疑りの目を向けていた。ただでさえ悪い目付きが更に鋭くなる。
爬虫類のような切れ長の瞳に映るのはいつになく快活に計画をプレゼンする頸牙組の大ボス。
「しかしこの期に及んで抗争を起こすとは。それも随分とみみっちいやり方ですね。正々堂々突っ込んでは力任せにブン殴る。そのシンプルさが貴方の数少ない美点でしょうに」
嫌味たっぷりの八千慧に龍は肩をすくめる。
「お利口になったんだよ。お前みたいにな。
それにあんな羊に独り占めさせておくよりも、畜生界全体で売りさばいた方が世間も回るし我々も美味しい。Win-Winってワケよ。
いや畜生界どころか地獄界も人間界も…?夢は広がるわ」
鼻息を荒くする目の前の大女に八千慧は溜息をついた。
この馬鹿は昔から一度スイッチが入ったら止まらないのである。以前人間たちを唆して霊長園を叩いた時も勝手に暴走されて参った。最早そういう性質として諦めているが。
報告によると件の油田は当初様々な勢力が流れ込んでいたものの全員が手を引き、現在は不干渉地帯になっているという。
そして幻想郷の賢者が剛欲同盟総長・饕餮尤魔に一元管理を委託しているらしい。
つまり彼女だけ叩けばいいわけだ。ギャングらしく恐喝して、此方の介入する隙を与えれば良い、というのが龍の考えた作戦である。
「饕餮を叩くと気軽に言うものの…奴の戦闘力は桁外れです。仮に私の組と貴方の組の兵隊を全て投入しても尚旗色が悪い」
そっと諫言したが案の定聞かない。
「なら幻想郷の賢者とコンタクトを取れば良いんだ。
先日地上まで遠征した際に、カードのシノギを通じて賢者の知り合いとコネを持った。
奴を経由して交渉する。管理者から通告があれば饕餮も手出しできん」
この提案には吉弔も珍しく片眉を吊り上げる。
アビリティカード。そんなものが地上で流行っていたような気もする。八千慧自身も地上の妖精の誘拐目当てで手を出したが、すぐに手を引いた。所詮はオモチャだ。
持ち前の能力で人間霊をタコ部屋に売りさばく方がよほど金になる。そこはマフィアらしくパーツを抜いて…と言いたいが、残念ながら霊体には腎臓も肝臓も無い。
鬼傑組が撤退した後もセコセコとノミ行為を続けていた頸牙組だったが、八千慧からすれば無駄にしか見えなかった努力も報われたらしい。
全く心のこもっていない拍手を受けながら、よしよしと龍はほくそ笑む。
賢者の知り合いとは外ならぬ龍自身である。八雲藍とは友人の間柄だ。彼女を経由して紫と交渉し、埋蔵されている石油の管理を一部移譲させる。
そして頸牙組と河童たちに旧地獄と妖怪の山を結ぶ石油プラントを建設させ、供給ルートを自分たちで独占する。
そんなプランが既に脳内に描き出されていた。
外界の製品を参考にした河童の発明品はガソリンで動くものも少なくない。つまり燃料としての需要はいくらでも見込める。
守矢神社を出し抜くチャンスである。神奈子が悔しがる姿が目に浮かぶようだった。
隠しきれないニヤニヤ笑いを晒しながら八千慧に尋ねる。
「それで、念のために聞いておくが。油田を管理している幻想郷の賢者というのは誰かな?」
「それくらい調べておきなさい。
後ろ戸の秘神の摩多羅隠岐奈とかいう奴ですよ」
「…は?」
八千慧の一言に龍の動きがピタリと止まる。
摩多羅隠岐奈。
言うまでもなく、山の天狗にとっての天敵。それは龍も例外ではない。
当然、普段は絶縁状態である。であるから少し前の四季異変で文が接触を試みた時は冷や汗をかいた。
さすがの龍でも彼女と対峙する勇気は無い。ヘタをすれば天狗全体を危険にさらしてしまう。
想定外の一言で、頭の中で描いていた計画はもろくも崩れ去る。グッバイ、石油王・飯縄大天狗。
何のためにここまでしてきたのか。徒労感だけが残る。表面上は微かに口元が引きつっただけだったが、胸中では完全に打ちのめされていた。
本心では泣きたいくらいのところで、動揺を気取られぬよう振舞うのに最大限の努力をしなければならなかった。
「―あー、そっちの賢者は駄目だ。迂闊に手を出せば今度は我々が危ない。
計画は白紙撤回だ。散会!」
議場がシンと静まり返る。
八千慧は心底呆れたように首を振った。
一呼吸置いて彼女のボディガードをしていたカワウソ霊たちが一斉に吠える。
発言が矛盾してるだろうが。撤回とはどういうことだ!悪いと思ったら指詰めろや!!ナメてんじゃねぇぞ馬鹿野郎!!!
怒号と罵声が飛び交い、場は一瞬にしてカオスと化した。
口々に抗議するカワウソ霊たちに向けて龍も負けじと怒鳴る。
「黙れぇ!!!鴉のエサにしちまうぞコノヤロー!!」


-4.

その日の夜、妖怪の山。
早鬼は大天狗の邸宅で湯浴みの最中だった。
「失礼します」
浴場の外から典の声がかかる。
「入れ」
入ってきた管狐を一瞥すると息をはき出した。
「おいおい、私は女だぞ?ヒゲなんて永劫生やすつもりは無い」
典は息を吞んだ。暫く口惜しそうに此方を睨んでいたが、やがて諦めたかのように腰元からカミソリを取り出すと地面に叩きつけた。
濁った黄色の瞳が早鬼を捉えた。相変わらず半目だが明確な敵意が篭もっている。
「…飯綱丸様をどこにやったのですか?」
ゲームオーバー。どうやらバレてしまったらしい。
大人しく白状する事を決心した早鬼だったが、ふと立ち止まる。
「お前、まだ何か仕込んでいるだろう。全部見せない限り話さないよ」
すると典は民族衣装のあちらこちらに手を突っ込んで暗器を取り出し始めた。もう吹っ切れたのか今は見せつけるかのようですらある。小型の分銅鎖、簪、鉄扇、十徳ナイフ、そして夥しい本数の針。毒に浸したのか、先端は禍々しい紫色に変色していた。
「その小瓶の中身は何だ?」
「ゲルセミウムエレガンスのお茶です」
「猛毒!」

典が完全に武装解除したのを確認すると、寝巻代わりの甚平を羽織った早鬼は昨日の酒場での顛末から自分の素性に至るまでイチから説明する。
ことの顛末を聞いて典もようやく納得したようだった。
「…それで、どこで私が偽物の『飯綱丸龍』であると分かった?」
早鬼が尋ねると典は粛々と話し始める。
「朝から怪しいとは思っていました。あの方は大変なワーカホリックです。朝食後はすぐに執務を開始しますし、会議を急にドタキャンしたりしません」
「悪かったな怠け者で」
「そして射命丸を蹴り技で沈めていたのも気になりました。本来の飯綱丸様なら三脚でしこたま殴打します。
そして新聞回収の時の恐喝。明らかにカタギのものじゃありませんでした」
「ああ、あれはウチにしょっちゅう手入れにくる鶏の保安官の受け売りよ」
早鬼はちょっと胸を張った。普段ガサ入れに怯える身のせいか、相手は違うものの意趣返しができて楽しかったらしい。
そんな彼女に典が更に打ち明ける。
「そして決め手はその背中。
本来の飯綱丸様は、友人の姫虫様との関係にちなんで、『大蜈蚣が絡みついた龍』の刺青を入れているのですよ」


同じ頃の畜生界。
龍は事務所からやや離れたところにある早鬼の自宅へと戻っていた。
「それじゃ、私は風呂に入るから。中を覗くんじゃないぞ」
お付きのオオカミ霊にそれだけ言うと、龍はバスルームに入っていこうとした。
「待て」
後ろから声をかけられる。
龍が振り向くとそこには何人ものオオカミ霊たち。全員がマシンガンを携えていた。
十数個の銃口が一斉に龍に向けられる。
どうやら正体が露見していたようだ。心当たりはそれしかない。思わず舌打ちする。
年長と思わしき隻眼のオオカミ霊が吠える。
「ボスはどこじゃ吐けゴラァ!!」
ドスの効いた声にも龍は一向に臆さない。
「銃を下ろさない限り答えないよ。
…どちらにしろその銃は撃てないけどね」
「っ…!?」
1人が引き金を引くが、銃は一切の動作をせず静かなままだ。他のオオカミ霊も同様である。
すると龍がニヤリと笑った。
「今日の日中、隙を見てマガジンに麦飯を詰めておいた。
詰めが甘いな。自分の商売道具くらいこまめに手入れしたらどうだ?」

「やれやれ血の気が多いんだから。私の典でももう少し慎重に行動するぞ」
5分後、服を着直した龍は、落ち着きを取り戻した構成員たちに対して自分の正体から昨日からの顛末について種明かしした。
本来のボスが無事であることと、龍と早鬼が敵対関係ではないことを確認して、彼等もようやく警戒を解いた。
「しかし、いつから私が『驪駒早鬼』を演じていた事に気付いたのだ?」
まずお付きのオオカミ霊が答える。
「朝の時から違和感を感じとりました。生粋の戦闘狂いであるボスが、いきなりデカい金を動かすシノギ。
意地汚さと抜け目なさは、もう鬼傑の姐さんかと見紛うほどで」
「えーえーどうせ銭ゲバですよ」
すると縁なしの眼鏡をかけたインテリ風のオオカミ霊も続く。
「午後の会合の進行も見事なものでした。それはもう別人としか思えないほどに。その辺は鬼傑組の総帥も察していたようです。
普段のボスはああいう場ではずっと後ろでガーガーといびきをかきながら寝ているのです」
「おいそれでもヤクザか?ガキ大将じゃあるまいし…」
最後に隻眼のオオカミ霊が言い放った。
「しかし決め手となったんはその背中ですわ。
ワシらのボスは『いつか再び太子様を乗せて駆ける時まで綺麗な身体のままでいたい』っちゅー思いから、御自身の身体に代紋を一切入れとらんのです」


-5.

3日後。
人里の場末にある一軒の酒場。
そこには見覚えのある大女2人の姿があった。
両者の間にはなんとも言えない空気が漂っている。
早鬼―当然今は本来の格好に戻っている―が傍らの龍に話しかけた。
「結局お互いに1日でバレたんだな」
「あんなに破綻した計画なのだから仕方あるまい。無理があると散々言ったろうに」
「でもお前だって結局乗ったじゃないか」
早鬼のツッコミに龍は不機嫌そうに鼻を鳴らす。気まずい沈黙が流れた。
「…聞いたぞ、背中に入れた墨の由来。あのご友人とそういう仲なんだってな。エロ鴉」
すると龍の顔が一気に赤くなった。瞬間湯沸かし器。
「だ、だだだだだだだだだ、誰から?」
「お前の可愛いかわいい管狐ちゃんから」
すると龍の顔が更に赤くなる。
早鬼は格好の弱みを握ったと得意げな笑みを浮かべながら彼女の顔を覗き込む。
すると、羞恥で震えていた龍が反撃に出た。
「わ、私も聞いたぞ。一千年以上経っても御主人LOVEな純情ペガサスなんだってな。物騒な事してる割にかわいいところもあるじゃないか」
それを聞いて早鬼も途端に狼狽する。
「おい、バラしたのか?ウチの組員が?」
「そうだ。ついでに言うと組内部では周知の事実らしいぞ」
龍の言に早鬼も顔から湯気を出す。そのまま顔に手を当てて突っ伏してしまった。
「…なあ、話題を変えないか。このままだと恥ずかしくて死にそうだ」
「同じく…」

それから互いの住む世界やそれぞれ辿ってきた半生など当たり障りのない話題が続く。
ふと思い出したかのように早鬼が尋ねる。
「それで、油田は結局どうしたんだ?」
龍は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「天敵に阻まれて頓挫したよ。あればかりはどうにもならん。確かにとんでもない不良物件だ。この件には今後も手を出さない事を決めた」
「そうかい…」
せっかく振った儲け話がフイになって早鬼は少々残念そうな表情になった。
「それで、其方の地上偵察とやらはどうだ?といってもたった1日では何一つ掴めなかったと思うが」
「そう、その件なんだけど―」
その時、酒場の店主が2人の方へパサリと新聞を寄越した。横目でチラチラと意味ありげに盗み見てくる。
怪訝に思いながら見出しに目を落とすと―
『文々。新聞特集・大天狗とヤクザの物理的癒着!飯縄大天狗と頸牙組組長の爛れた事情』
そんな見出しと共に、あの日茶屋から出てきたところの隠し撮り写真がでかでかと掲載されていた。
次の瞬間、2人の妖気が爆発した。
あまりに強烈なそれに、店の客達は恐れをなしてコソコソと退店しはじめる。
「…なあ。この記者には一度ちゃんとケジメをつけさせるべきじゃないか?」
「そうだな。私もキツい処分が必要だと常日頃思っていたところだ」
禍々しいオーラを発散しながら龍が頷く。
「うっかりやりすぎちゃったら、どうする?」
「私の職権で事故死に偽装してやる。心配するな」
「埋めるのに丁度いい場所を知ってる」
「OK、後処理は任せたぞ」
今やすっかり息の合った2人。ゾッとする笑みを浮かべて互いに頷く。
そのまま店を飛び出すと、妖怪の山めがけて全速力で飛び立っていったのだった。

ちなみに文はその後、畜生界の片隅の廃棄物処理場で1ヶ月の重労働刑を言い渡されたらしい。

〈終〉
ご無沙汰しております。前作におかれましてもコメント・得点ありがとうございました。
鬼形獣リリース当時にテキサス文なんて言われていた早鬼。なら龍もいけるのでは?という思いつき。2人の背中の概念は趣味と妄想思いっきり全開です。難しい事は考えずにコメディータッチで書きました。
よろしくお願いします。
へっぽこプレイヤー
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コメント



0.140簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.80竹者削除
よかったです
3.100夏後冬前削除
めーちゃくちゃ面白く読めました。思いっきりやりたいことをやり切ってる感じが好きでした。
4.100南条削除
面白かったです
入れ替わっても隠す気がなさそうな二人が楽しげでした
銃に麦飯を詰めておく飯綱丸が特によかったです
5.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。ところどころのコメディチックな流れにくすっとできました
7.100のくた削除
がんばれ文
8.90東ノ目削除
(双方の部下が意図的に泳がせていた部分もあるとはいえ)むしろよく一日持ちましたね……と思いました。テキサス文という発想からしっかりとしたコメディに仕上げてくるのが見事でした
9.90名前が無い程度の能力削除
読みました!面白かったです!文ちゃん、どうかご無事で…