鈴仙優曇華院イナバに恋人ができた。恋人は優しく、そして非常に歌がうまかった。そんな彼に惹かれた鈴仙が告白をした際に、彼は三つの条件を提示した。自分に水を飲ませないこと、また光を当てないこと、そして、深夜に食事を摂らせないこと。鈴仙はなんのこっちゃと了承し、晴れて彼と恋仲になった。しかし鈴仙からすればなんのこっちゃの条件三つである。禁忌はいとも容易く破られ、彼は怪物と化した。そう、彼はモグワイであって、そして今ではグレムリンだった。次の段落で彼は死ぬ。
召喚
鈴仙の恋人が死んだ。永遠亭の廊下に残された遺体には刺傷があった。それは明らかに何者かによってつけられた傷で、つまるところ他殺である。彼の死に鈴仙はショックを受けたが、遺体を見るなり他殺の可能性に気づき、今度は怒りに打ち震えた。――いったい誰がこんな惨いことを!――タブーに触れたモグワイはグレムリンであり、グレムリンと化したモグワイは幻想郷において外来生物だった。捕獲、狩猟を行える能力のある者であれば、申請なしに防除の行使が推奨されている。グレムリンは徹底的な、非情なまでの害獣指定を受けている、かなしき外来種だった。
かといって恋人を殺されて、鈴仙が黙っていられるはずもない。しかしどうするあてもないので、鈴仙はひとまず師匠、師匠と永琳に泣きついた。
「ししょう、ししょうて。駄洒落じゃんか。だってほら、刺傷とかかってる」
んだよこいつは! 鈴仙はいつもとは違う、妙な口調の永琳に憤りを覚えた。
「ちょっと! 私の恋人が殺されたんですよ。その、殺害された時間とか、使われた凶器とか……そういうの、わからないんですか?」
鈴仙が疑問符を放つと永琳はまた妙な顔をした。ああっ、やってしまった! そんな表情にも見えた。鈴仙は訝しんで、なぜそんな顔をするのか尋ねようとしたが、ふいに叩かれた肩に口を塞がれてしまった。振り向けば、それはどこから現れたか因幡てゐだった。
「お師匠さまに代わって、鈴仙の疑問にはわたしが答えるよ。殺害された時間は今朝四時。鈴仙は眠っていた時間だね。凶器は包丁で間違いないね。ちょうどキッチンにあるやつとおんなじやつさ。それじゃ、わたしは行くよ」
そう言って、てゐは廊下の向こうに消えていった。永琳は悩ましげに眉を潜めているが、鈴仙は永琳の表情などにはもう頓着することもせず、てゐの語った言葉たちに困惑するように口をぽかんとさせていた。
「ねえ、うどんげ。その、どういえばいいかわから、わからんのだけど、この件に関してはすべて忘れるっていうのうはどう? だって殺された彼は害獣だし、それに、その……」
わからんのだけど? 鈴仙はまた永琳の口調を訝しんで、反抗的に口を開いた。
「言ってること変ですよ、おかしいですよ。どうしたんですか、師匠ともあろうひとが。だいたいなんで、てゐがあんなに詳しいことを……」
言いかけると永琳がまた例の表情をする。ああっ、またやった! いわんばかりに眉を潜めて、額に手をあてる。そしてため息まで吐きだしそうな永琳だったが、永琳がそれをするより早く、鈴仙の背後からたそれは響いた。
「はあ……。しょうがないなあ。しょうがないからその疑問にも私が答えるよ」
そう言って現れたのはてゐだった。さきほど廊下の奥へと消えたはずのてゐが、また鈴仙の背後から現れたのである。鈴仙はいろんな位置関係に混乱しそうになったが、いま大事なのは永遠亭の間取りなどではなく、殺害された恋人についての情報のより多くを知ることだった。鈴仙はさまざまを押し殺しててゐの言葉に耳を傾けることにした。
「どうしてわたしがそんなことを知っているのか。鈴仙はそれを知りたいんだよね? 答えは単純、さっきお師匠様から聞いたんだ。それじゃ、わたしは行くよ」
そう言って、てゐは廊下の向こうに消えていった。永琳は悩まし気に眉を潜めていたが、鈴仙はもっと険しく眉間を歪ませていた。正真正銘の混乱である。なんだかもうわけがわからなくなっていたのである。永琳はため息をひとつ吐いて、しかたなく口を開いた。
「遺体の第一発見者は私よ。今朝人里に処方するための薬の整理をしようと廊下を歩いていたら、死にたてほやほやの彼が居たってわけ。それから凶器に関してだけど、これも単純。刺傷からして包丁だとわかったから、キッチンを確認してみたら案の定、キッチンの包丁は綺麗さっぱり失せていたって、そういうわけよ」
鈴仙は慄然とした。永琳の話が本当ならば、当然、ある可能性が浮かび上がってきてしまう。
「じゃあ……じゃあ! 犯人は永遠亭のなかの誰かってことですか!」
永琳がまた例の表情をつくると、すぐさま鈴仙は肩を叩かれた。おそらくてゐだろう、鈴仙はなんとはない確信と苛立ちをもって振り返り、てゐに怒りをぶつけた。
「なんなのさっきから! 向こうに行ったと思えばすぐに戻ってきたりして! なにがしたいの、今度はなにを言いに戻ってきたっていうの。もうなんなのよ!」
てゐは困ったように頭をかいて「そうやって何度も呼ぶから……」と独り言ちる。たちまち鈴仙はカッとなって「私がいつあんたを呼んだっていうの!」と怒鳴り散らした。見かねた永琳は観念したようにまたため息をついて、うどんげ、と呼び掛ける。
「うどんげ、あのね。落ち着いて聞いて欲しいのだけど。その、犯人は私よ。実行犯はてゐだけど……だってほら、害獣だから、グレムリンは……」
鈴仙は一瞬呆然としたが、すぐに気を持ち直した。驚愕の事実を前に鈴仙の気を持ち直させたのは無論怒りだった。ハッとして、まずはてゐに視線を向ける。狙いを定めるかのようなその視線にはもはや殺意が宿っているように思えた。てゐは「それじゃ、わたしは行くよ」と駆け出した。鈴仙もすわ駆け出して追いかける。鈴仙が立ち止まっている永琳を後回しにするのには理由があった。鈴仙はてゐに対する積年の恨みがあったのだ。過去に五度、てゐは鈴仙の恋人を殺害していた。一度目の彼はハエとのハーフで、二度目の彼は墓場から蘇った男の子、三度目はその子の飼い猫、四度目は巨大な地底生物、五度目はでけえサメだった。おしなべて害獣である。しかし恋人は恋人だ。みな、一癖二癖持っていたがなんだかんだ良いところがあった。と鈴仙は思っているから、そんな彼らを殺したてゐを許せるはずもなかった。
「この、待て! 殺してやる、皮をはいで、殺してやるんだから!」
鈴仙が凄めどてゐは止まることはなく、むしろ距離は開く一方だった。てゐの逃げ足のはやさといえばない。やばいはやい。鈴仙は開いてゆく距離と疲労していく自分の脚が悔しくて、歯がゆくて、なんども叫んだ。待て! 待てったら、待て……なんども、なんども叫んで、さいごのさいご、「待ちなさい!」と叫んだ。そのときだった。
ふいに、はるか前方にいたはずのてゐが眼前に現れた。てゐは、あっ! と驚いて、足をすくませた。驚いたのは鈴仙も同じだったが、此方には勢いの付いた足を止める道理もすべもなかった。鈴仙は倒れこむようにてゐに飛びついて、とうとうてゐを捕獲せしめた。
「はあ、はあ……やっと、やっと捕まえたわ! 殺してやるから、いまから! あんたが彼らにしたみたいにして、殺してやるからね!」
心底うれしそうな鈴仙にてゐは恐怖した。おびえた視線は遠くの永琳に助けを求めている。鈴仙はてゐの視線の先を追って、てゐに言ったのと同じようにして、永琳にも言葉を投げつける。
「一緒に、一緒にやりまりょうね、師匠。師匠も共犯なんですから、一緒にやりましょう。そしたらそのあとで、師匠も一緒にしてあげますから」
永琳はまたまた困ったように眉をひそめて、額に手をつき、ひとつため息を吐いて「ごめんねうどんげ」と口にする。謝ったってもう遅い、鈴仙の決意は固かった。しかし永琳はその後一寸の間を置いて、ある一文字を発音した。
「な!」
すると、なんということだろう。鈴仙の腕のなかに捕獲されていたてゐが忽然と姿を消したのである。なにが起こったのか、鈴仙が見渡すと、てゐは永琳の背後から鈴仙に向かって舌を出していた。それはかの有名なあっかんべーのそれであり、怒りに狂った鈴仙を更なる混乱へ導くのには十分な効果を発揮した。
「なんなのよ!」
鈴仙の眼前にてゐが出現する。
「ごめんねうどんげ、そういうことなの」
永琳が言うと、てゐはまた一瞬にして永琳の傍へと消えた。
「ど、どういうこと!」
てゐは永琳の背後にくるりと回り込んで、鈴仙めがけて悪戯めかした口調で言った。
「つまりそういうこと。聞いたことない?
名は体を表す
、ってさ!」
それじゃ、わたしは行くよ。例のごとくでてゐが駆け出す。
「ご、御用
だ!」
鈴仙もまた、例のごとくでてゐを追いかけ始める。
そして永琳はグレムリンの遺体の片付けを始めるのだった。
召喚
鈴仙の恋人が死んだ。永遠亭の廊下に残された遺体には刺傷があった。それは明らかに何者かによってつけられた傷で、つまるところ他殺である。彼の死に鈴仙はショックを受けたが、遺体を見るなり他殺の可能性に気づき、今度は怒りに打ち震えた。――いったい誰がこんな惨いことを!――タブーに触れたモグワイはグレムリンであり、グレムリンと化したモグワイは幻想郷において外来生物だった。捕獲、狩猟を行える能力のある者であれば、申請なしに防除の行使が推奨されている。グレムリンは徹底的な、非情なまでの害獣指定を受けている、かなしき外来種だった。
かといって恋人を殺されて、鈴仙が黙っていられるはずもない。しかしどうするあてもないので、鈴仙はひとまず師匠、師匠と永琳に泣きついた。
「ししょう、ししょうて。駄洒落じゃんか。だってほら、刺傷とかかってる」
んだよこいつは! 鈴仙はいつもとは違う、妙な口調の永琳に憤りを覚えた。
「ちょっと! 私の恋人が殺されたんですよ。その、殺害された時間とか、使われた凶器とか……そういうの、わからないんですか?」
鈴仙が疑問符を放つと永琳はまた妙な顔をした。ああっ、やってしまった! そんな表情にも見えた。鈴仙は訝しんで、なぜそんな顔をするのか尋ねようとしたが、ふいに叩かれた肩に口を塞がれてしまった。振り向けば、それはどこから現れたか因幡てゐだった。
「お師匠さまに代わって、鈴仙の疑問にはわたしが答えるよ。殺害された時間は今朝四時。鈴仙は眠っていた時間だね。凶器は包丁で間違いないね。ちょうどキッチンにあるやつとおんなじやつさ。それじゃ、わたしは行くよ」
そう言って、てゐは廊下の向こうに消えていった。永琳は悩ましげに眉を潜めているが、鈴仙は永琳の表情などにはもう頓着することもせず、てゐの語った言葉たちに困惑するように口をぽかんとさせていた。
「ねえ、うどんげ。その、どういえばいいかわから、わからんのだけど、この件に関してはすべて忘れるっていうのうはどう? だって殺された彼は害獣だし、それに、その……」
わからんのだけど? 鈴仙はまた永琳の口調を訝しんで、反抗的に口を開いた。
「言ってること変ですよ、おかしいですよ。どうしたんですか、師匠ともあろうひとが。だいたいなんで、てゐがあんなに詳しいことを……」
言いかけると永琳がまた例の表情をする。ああっ、またやった! いわんばかりに眉を潜めて、額に手をあてる。そしてため息まで吐きだしそうな永琳だったが、永琳がそれをするより早く、鈴仙の背後からたそれは響いた。
「はあ……。しょうがないなあ。しょうがないからその疑問にも私が答えるよ」
そう言って現れたのはてゐだった。さきほど廊下の奥へと消えたはずのてゐが、また鈴仙の背後から現れたのである。鈴仙はいろんな位置関係に混乱しそうになったが、いま大事なのは永遠亭の間取りなどではなく、殺害された恋人についての情報のより多くを知ることだった。鈴仙はさまざまを押し殺しててゐの言葉に耳を傾けることにした。
「どうしてわたしがそんなことを知っているのか。鈴仙はそれを知りたいんだよね? 答えは単純、さっきお師匠様から聞いたんだ。それじゃ、わたしは行くよ」
そう言って、てゐは廊下の向こうに消えていった。永琳は悩まし気に眉を潜めていたが、鈴仙はもっと険しく眉間を歪ませていた。正真正銘の混乱である。なんだかもうわけがわからなくなっていたのである。永琳はため息をひとつ吐いて、しかたなく口を開いた。
「遺体の第一発見者は私よ。今朝人里に処方するための薬の整理をしようと廊下を歩いていたら、死にたてほやほやの彼が居たってわけ。それから凶器に関してだけど、これも単純。刺傷からして包丁だとわかったから、キッチンを確認してみたら案の定、キッチンの包丁は綺麗さっぱり失せていたって、そういうわけよ」
鈴仙は慄然とした。永琳の話が本当ならば、当然、ある可能性が浮かび上がってきてしまう。
「じゃあ……じゃあ! 犯人は永遠亭のなかの誰かってことですか!」
永琳がまた例の表情をつくると、すぐさま鈴仙は肩を叩かれた。おそらくてゐだろう、鈴仙はなんとはない確信と苛立ちをもって振り返り、てゐに怒りをぶつけた。
「なんなのさっきから! 向こうに行ったと思えばすぐに戻ってきたりして! なにがしたいの、今度はなにを言いに戻ってきたっていうの。もうなんなのよ!」
てゐは困ったように頭をかいて「そうやって何度も呼ぶから……」と独り言ちる。たちまち鈴仙はカッとなって「私がいつあんたを呼んだっていうの!」と怒鳴り散らした。見かねた永琳は観念したようにまたため息をついて、うどんげ、と呼び掛ける。
「うどんげ、あのね。落ち着いて聞いて欲しいのだけど。その、犯人は私よ。実行犯はてゐだけど……だってほら、害獣だから、グレムリンは……」
鈴仙は一瞬呆然としたが、すぐに気を持ち直した。驚愕の事実を前に鈴仙の気を持ち直させたのは無論怒りだった。ハッとして、まずはてゐに視線を向ける。狙いを定めるかのようなその視線にはもはや殺意が宿っているように思えた。てゐは「それじゃ、わたしは行くよ」と駆け出した。鈴仙もすわ駆け出して追いかける。鈴仙が立ち止まっている永琳を後回しにするのには理由があった。鈴仙はてゐに対する積年の恨みがあったのだ。過去に五度、てゐは鈴仙の恋人を殺害していた。一度目の彼はハエとのハーフで、二度目の彼は墓場から蘇った男の子、三度目はその子の飼い猫、四度目は巨大な地底生物、五度目はでけえサメだった。おしなべて害獣である。しかし恋人は恋人だ。みな、一癖二癖持っていたがなんだかんだ良いところがあった。と鈴仙は思っているから、そんな彼らを殺したてゐを許せるはずもなかった。
「この、待て! 殺してやる、皮をはいで、殺してやるんだから!」
鈴仙が凄めどてゐは止まることはなく、むしろ距離は開く一方だった。てゐの逃げ足のはやさといえばない。やばいはやい。鈴仙は開いてゆく距離と疲労していく自分の脚が悔しくて、歯がゆくて、なんども叫んだ。待て! 待てったら、待て……なんども、なんども叫んで、さいごのさいご、「待ちなさい!」と叫んだ。そのときだった。
ふいに、はるか前方にいたはずのてゐが眼前に現れた。てゐは、あっ! と驚いて、足をすくませた。驚いたのは鈴仙も同じだったが、此方には勢いの付いた足を止める道理もすべもなかった。鈴仙は倒れこむようにてゐに飛びついて、とうとうてゐを捕獲せしめた。
「はあ、はあ……やっと、やっと捕まえたわ! 殺してやるから、いまから! あんたが彼らにしたみたいにして、殺してやるからね!」
心底うれしそうな鈴仙にてゐは恐怖した。おびえた視線は遠くの永琳に助けを求めている。鈴仙はてゐの視線の先を追って、てゐに言ったのと同じようにして、永琳にも言葉を投げつける。
「一緒に、一緒にやりまりょうね、師匠。師匠も共犯なんですから、一緒にやりましょう。そしたらそのあとで、師匠も一緒にしてあげますから」
永琳はまたまた困ったように眉をひそめて、額に手をつき、ひとつため息を吐いて「ごめんねうどんげ」と口にする。謝ったってもう遅い、鈴仙の決意は固かった。しかし永琳はその後一寸の間を置いて、ある一文字を発音した。
「な!」
すると、なんということだろう。鈴仙の腕のなかに捕獲されていたてゐが忽然と姿を消したのである。なにが起こったのか、鈴仙が見渡すと、てゐは永琳の背後から鈴仙に向かって舌を出していた。それはかの有名なあっかんべーのそれであり、怒りに狂った鈴仙を更なる混乱へ導くのには十分な効果を発揮した。
「なんなのよ!」
鈴仙の眼前にてゐが出現する。
「ごめんねうどんげ、そういうことなの」
永琳が言うと、てゐはまた一瞬にして永琳の傍へと消えた。
「ど、どういうこと!」
てゐは永琳の背後にくるりと回り込んで、鈴仙めがけて悪戯めかした口調で言った。
「つまりそういうこと。聞いたことない?
名は体を表す
、ってさ!」
それじゃ、わたしは行くよ。例のごとくでてゐが駆け出す。
「ご、御用
だ!」
鈴仙もまた、例のごとくでてゐを追いかけ始める。
そして永琳はグレムリンの遺体の片付けを始めるのだった。
十中八九ラストのアイデアから書き始めた作品だと思いますが、
そのためにこういう話の広げ方をして、
かつ濃くありながら短く端的にまとまり切ってるのは本当にお上手。
読みながら、え?ん?となる点はこの短さから考えるとかなり多いのですが、
まあ……そういうもんか……そういうこともあるよね……ってなってしまう勢いって大事ですね
登場人物全員トチ狂っててよかったです