窓ガラスの割れる音がした。
小悪魔がひぃっと声を上げた。
窓から射す陽が私の髪をかすめて消えたので、うおっと声が出た。
パチェは小悪魔に、レミィを日差しから守りなさいと命じた。
しかしそれも酷な話だ。
窓をたたき割った犯人が、緑紫の首を大げさな身振りで突っ込んできて、アーだのウーだの言っている。
「なァんでこんなことになったんだ咲夜」
「はい。まあ、ウチでは日ごろから人間を食べてますからね。最終処理もうちの敷地内でしてますし、材料はいっぱいあったんでしょうね」
「聞いてんのは資源の出所の話じゃないんだよ」
「そうでしたか」
紅魔館はゾンビに占拠されていた。
今はその辺の廊下でバリケードを作って数人で籠っている。
こんなことになった理由。もとはと言えば。
地霊殿の妹がとっかえひっかえ、怨霊に憑かれたまま何度も遊びに来ては置いて帰るもんだから、紅魔館は幽霊屋敷になってしまった。
それが始まりだった。
パチェに頼んだが、先に神社を頼りなさいと突っぱねられた。
仕方がないので霊夢に頼もうとしたが来てくれなかった。
来てくれなかったというより、不在だった。
連絡してから思い出したが、ちょっと前、余興でやったビンゴ大会で、霊夢に温泉旅行の権利をくれてやったのは他でもない紅魔館だった。
せいぜい楽しむがいいさ。その方がプレゼントしたこちらとしても嬉しいからね。
パチェはずっとぶつぶつ言っている。
おっかしいわねえ、と言いながら除霊の呪文をまた唱えた。
「アピトーユド・ホルス・リ・クッビ!」
ゾンビが生えてきた。廊下の床を突き破ってモコモコとお元気に。
悪いことに、私と美鈴を分断するように現れたので、美鈴に守ってもらう前に、ウォーだのギャーだの叫んでゾンビは私の腕に噛みついた。
「いったああ。んもー」
私の腕からは血が出て、ゾンビは死んだ。
低級アンデッド如きが私の血に触れたらそれはそうなるだろう。格が違いすぎる。
ゾンビだった肉塊から怨霊が出てきて、また恨みがましい声をあげて苦しみだした。
これのせいで安眠ができないのだ。
地霊殿の妹がくることはまったく構わない。おかげでフランも楽しそうだからね。
だからいい加減、恒久的に怨霊をどうにかできる方法を考えようとしていた。
結局、霊夢はだめだったよーとパチェに頼み込んだら、エクソシズムは魔女の領域じゃないからね、と言いながらも文献をあさってくれた。
ところが、パチェが見つけてきてくれた呪文をひとたび唱えると、こんなことになってしまった。
別に彼女は悪くない。私がせかしたせいだ。
せかされて行われた仕事は常に悪い結果を生む。
私はもう、眠くて眠くて、本当にいらいらしていたので、パチェに八つ当たりしてしまって、それがこういうことになったのだ。
パチェは全然気にせず許してくれるのだろうが。
うるさくて眠れないのは皆一緒なのに、ごめんね。
「アピトーユド・ホルス・リ・クッビ!アピトーユド・ホルス・リ・クッビ!」
パチェが唱えると、ゾンビがもっともっとと湧いて出た。
バリケードがぶっ壊れて、咲夜が応戦した。
「もおおおお!あああああ!その呪文絶対違いますってええ!調子が悪いのかな?じゃないんですよ!やめてください!唱えるのやめてください!唱えるのやめてくださあい!」
美鈴はパチェを激しく激しく糾弾した。
パチェは首をかしげながら、さらに何回か呪文を唱えた。
馬鹿の振りをしているのかもしれなかった。
パチェは馬鹿の振りが得意だ。
パチェが唱えるたび、怨霊が地面に吸い込まれて行って、そこからゾンビが湧いて出た。
そしてそれを咲夜と美鈴が退治した。小悪魔は私が陽に当たらないように守ってくれていた。
「しかし、除霊する呪文で怨霊が肉体を得て暴れだすなんて、まるっきりあべこべの呪文じゃないか。パチェ、それほんとに除霊の本なのかい?」
「あべこべ?お嬢様、それって言うほどあべこべですかね?」
「何言ってるんですか、咲夜さん。どう考えてもあべこべじゃないですか」
「まあまあ、魔法書だからね。普通は解読するのに時間がかかるものを、早くしろってせっつかれてるからあ。でも読み解けたと思うんだけどね。イントネーションが違うとか?もっと気合を入れて丁寧に唱える必要があるのかしら。試してみるわね。アピトーユドぉ、ホルスぅ、リぃ、クッビぃ!」
パチェが魔力を強く込めて丁寧に詠唱すると、これまでの10倍くらいの大きさのゾンビが湧いた。
「あああああ!壁が壊れる!」
美鈴が絶叫した通り、ゾンビはその質量でもって壁を壊した。
ついでに天井も崩れて2階吹き抜けになった。
壁が壊れたのでたくさんの陽が射し込んで、小悪魔が守り切れなかった私の片足と脇腹が陽射しに貫かれて消えた。
「やばいわパチェ、死んじゃうかも」
私の言葉に責任を感じたのか、小悪魔がしきりに謝っていたのを、辛抱強く励ましていた。
笑い声が遠くから聞こえたと思うと、フランが駆けつけてきた。フランは安全なところから構えを取って、大きなゾンビを握りつぶすように破壊した。
ゾンビの肉片が爆裂して飛び散り、私たちは汚れた。
「さすがに後始末に骨が折れそうになってきましたわ」
咲夜の辟易とした声が聞こえた。
死にかけてる主にも目を向けてほしい。
「あっ、まってまって、これ、やり方に作法があるみたい。裸になって、おしりを両手で叩きながら白目で唱えないといけないんですって。単に解読するだけじゃだめで、更に逆から読むと別の意味になったわ。これ書いた魔女は性格が悪いわねえ」
「親友のそんな姿見たくないなァ」
「だったら目をつぶっててもらえるかしら。流石に私だって進んで見られたくはないわよ」
「みんな、聞こえたね。パチェが合図をしたら目をつぶるんだよ」
「いや、無理ですって。みんなで目をつぶってたら、その間に殺されちゃいますよう!」
「美鈴なら目をつぶりながらでもゾンビくらい殺せるでしょ」
「ええい。アピトーユド・ホルス・リ・クッビ!」
なんとかみんな、うまいこと目をそらしているうちに、呪文が聞こえた。ぱんぱんという小気味良い音ともに。
すると大きなゾンビも小さいゾンビも、わらわらと湧いて出た。
一番大きいゾンビなどは、もう館と同じくらいの大きさだった。
彼らはとても元気で、踊ってすらいるように見えた。
話が違う!
「いやはや。おかしいわねえ」
「お嬢様!こうなったらもう、私がお嬢様を鈍器にしてゾンビを全部やっつけましょう!お嬢様の血の力なら余裕です!」
「真昼間じゃなかったらそれもよかったけどねえ。ほら、もう脇腹からじわじわ消えて下半身もないのよ私」
「うわあああ!お嬢様あああ!」
咲夜とフランは仕事人であった。
美鈴がドラマチックに叫んでいるのを尻目(パチェのおしりにかけたギャグではない)に淡々とゾンビを殺してくれていた。
しかしそれももう限界だ。
咲夜もさすがに疲れてきているし、フランが日の目を気にせず戦える場所もほとんどなくなってきている。
「うーん、まだ何か完璧に読み解けてない部分があるのかしら」
パチェがマイペースにうなった。
いつのまにかもう服を着ていた。
「お嬢様、嚙まれました。もうだめです。私がゾンビになってしまったらすぐに殺してくださいね」
咲夜が噛まれてしまった。
でもなんとなく、咲夜はしれっとゾンビにならず生きていそうな気がした。
「レミリアさん、動かないで、動かないでください」
小悪魔が懸命に私をかばってくれていた。けなげだった。
「えーん。パチュリー様がそんなあべこべな呪文つかうからあ」
美鈴がゾンビを殺しまくりながら泣いた。
あべこべ。あべこべ?
「あのさあパチェ、その呪文、逆から読むんじゃないの?」
「なるほど。そういえば試してなかったわ」
パチェはまたしても、ばっと服を脱いで勇ましくおしりを叩いた。
「ビック・リ・スルホ・ドユートピア!」
一匹が、まさに私の顔めがけて噛みつかんとした所で、ゾンビたちはいっせいに崩れた。
ゾンビから飛び出た怨霊たちはおんりょおおおおおと叫びながら消えた。
私はパチェを後ろから見ていたので、白目だったのかまでは定かでなかったか、兎に角それはあまりに堂々とした、一糸まとわぬ姿だった。
パチェは、もう大丈夫よ、みんな!と私たちに声をかけてくれた。
トラウマになった。地霊殿だけに。やかましいわ。
もともとは、怨霊の掃除の手段を手に入れようという話だった。
後日、地霊殿の妹が、怨霊を伴って遊びに来たので思い出した。
ごはん時、怨霊の叫び声が聞こえて私は美鈴と顔を見合わせた。
パチェのあの姿を、美鈴も思い出したのかどうかは定かでない。
誰から言うでもなく、除霊をパチェに頼るのはやめて、何か他の手段を考えるか、あきらめて毎週お祓いに来てもらおうと言うことになった。
やっぱり博麗神社なんだよな。
小悪魔がひぃっと声を上げた。
窓から射す陽が私の髪をかすめて消えたので、うおっと声が出た。
パチェは小悪魔に、レミィを日差しから守りなさいと命じた。
しかしそれも酷な話だ。
窓をたたき割った犯人が、緑紫の首を大げさな身振りで突っ込んできて、アーだのウーだの言っている。
「なァんでこんなことになったんだ咲夜」
「はい。まあ、ウチでは日ごろから人間を食べてますからね。最終処理もうちの敷地内でしてますし、材料はいっぱいあったんでしょうね」
「聞いてんのは資源の出所の話じゃないんだよ」
「そうでしたか」
紅魔館はゾンビに占拠されていた。
今はその辺の廊下でバリケードを作って数人で籠っている。
こんなことになった理由。もとはと言えば。
地霊殿の妹がとっかえひっかえ、怨霊に憑かれたまま何度も遊びに来ては置いて帰るもんだから、紅魔館は幽霊屋敷になってしまった。
それが始まりだった。
パチェに頼んだが、先に神社を頼りなさいと突っぱねられた。
仕方がないので霊夢に頼もうとしたが来てくれなかった。
来てくれなかったというより、不在だった。
連絡してから思い出したが、ちょっと前、余興でやったビンゴ大会で、霊夢に温泉旅行の権利をくれてやったのは他でもない紅魔館だった。
せいぜい楽しむがいいさ。その方がプレゼントしたこちらとしても嬉しいからね。
パチェはずっとぶつぶつ言っている。
おっかしいわねえ、と言いながら除霊の呪文をまた唱えた。
「アピトーユド・ホルス・リ・クッビ!」
ゾンビが生えてきた。廊下の床を突き破ってモコモコとお元気に。
悪いことに、私と美鈴を分断するように現れたので、美鈴に守ってもらう前に、ウォーだのギャーだの叫んでゾンビは私の腕に噛みついた。
「いったああ。んもー」
私の腕からは血が出て、ゾンビは死んだ。
低級アンデッド如きが私の血に触れたらそれはそうなるだろう。格が違いすぎる。
ゾンビだった肉塊から怨霊が出てきて、また恨みがましい声をあげて苦しみだした。
これのせいで安眠ができないのだ。
地霊殿の妹がくることはまったく構わない。おかげでフランも楽しそうだからね。
だからいい加減、恒久的に怨霊をどうにかできる方法を考えようとしていた。
結局、霊夢はだめだったよーとパチェに頼み込んだら、エクソシズムは魔女の領域じゃないからね、と言いながらも文献をあさってくれた。
ところが、パチェが見つけてきてくれた呪文をひとたび唱えると、こんなことになってしまった。
別に彼女は悪くない。私がせかしたせいだ。
せかされて行われた仕事は常に悪い結果を生む。
私はもう、眠くて眠くて、本当にいらいらしていたので、パチェに八つ当たりしてしまって、それがこういうことになったのだ。
パチェは全然気にせず許してくれるのだろうが。
うるさくて眠れないのは皆一緒なのに、ごめんね。
「アピトーユド・ホルス・リ・クッビ!アピトーユド・ホルス・リ・クッビ!」
パチェが唱えると、ゾンビがもっともっとと湧いて出た。
バリケードがぶっ壊れて、咲夜が応戦した。
「もおおおお!あああああ!その呪文絶対違いますってええ!調子が悪いのかな?じゃないんですよ!やめてください!唱えるのやめてください!唱えるのやめてくださあい!」
美鈴はパチェを激しく激しく糾弾した。
パチェは首をかしげながら、さらに何回か呪文を唱えた。
馬鹿の振りをしているのかもしれなかった。
パチェは馬鹿の振りが得意だ。
パチェが唱えるたび、怨霊が地面に吸い込まれて行って、そこからゾンビが湧いて出た。
そしてそれを咲夜と美鈴が退治した。小悪魔は私が陽に当たらないように守ってくれていた。
「しかし、除霊する呪文で怨霊が肉体を得て暴れだすなんて、まるっきりあべこべの呪文じゃないか。パチェ、それほんとに除霊の本なのかい?」
「あべこべ?お嬢様、それって言うほどあべこべですかね?」
「何言ってるんですか、咲夜さん。どう考えてもあべこべじゃないですか」
「まあまあ、魔法書だからね。普通は解読するのに時間がかかるものを、早くしろってせっつかれてるからあ。でも読み解けたと思うんだけどね。イントネーションが違うとか?もっと気合を入れて丁寧に唱える必要があるのかしら。試してみるわね。アピトーユドぉ、ホルスぅ、リぃ、クッビぃ!」
パチェが魔力を強く込めて丁寧に詠唱すると、これまでの10倍くらいの大きさのゾンビが湧いた。
「あああああ!壁が壊れる!」
美鈴が絶叫した通り、ゾンビはその質量でもって壁を壊した。
ついでに天井も崩れて2階吹き抜けになった。
壁が壊れたのでたくさんの陽が射し込んで、小悪魔が守り切れなかった私の片足と脇腹が陽射しに貫かれて消えた。
「やばいわパチェ、死んじゃうかも」
私の言葉に責任を感じたのか、小悪魔がしきりに謝っていたのを、辛抱強く励ましていた。
笑い声が遠くから聞こえたと思うと、フランが駆けつけてきた。フランは安全なところから構えを取って、大きなゾンビを握りつぶすように破壊した。
ゾンビの肉片が爆裂して飛び散り、私たちは汚れた。
「さすがに後始末に骨が折れそうになってきましたわ」
咲夜の辟易とした声が聞こえた。
死にかけてる主にも目を向けてほしい。
「あっ、まってまって、これ、やり方に作法があるみたい。裸になって、おしりを両手で叩きながら白目で唱えないといけないんですって。単に解読するだけじゃだめで、更に逆から読むと別の意味になったわ。これ書いた魔女は性格が悪いわねえ」
「親友のそんな姿見たくないなァ」
「だったら目をつぶっててもらえるかしら。流石に私だって進んで見られたくはないわよ」
「みんな、聞こえたね。パチェが合図をしたら目をつぶるんだよ」
「いや、無理ですって。みんなで目をつぶってたら、その間に殺されちゃいますよう!」
「美鈴なら目をつぶりながらでもゾンビくらい殺せるでしょ」
「ええい。アピトーユド・ホルス・リ・クッビ!」
なんとかみんな、うまいこと目をそらしているうちに、呪文が聞こえた。ぱんぱんという小気味良い音ともに。
すると大きなゾンビも小さいゾンビも、わらわらと湧いて出た。
一番大きいゾンビなどは、もう館と同じくらいの大きさだった。
彼らはとても元気で、踊ってすらいるように見えた。
話が違う!
「いやはや。おかしいわねえ」
「お嬢様!こうなったらもう、私がお嬢様を鈍器にしてゾンビを全部やっつけましょう!お嬢様の血の力なら余裕です!」
「真昼間じゃなかったらそれもよかったけどねえ。ほら、もう脇腹からじわじわ消えて下半身もないのよ私」
「うわあああ!お嬢様あああ!」
咲夜とフランは仕事人であった。
美鈴がドラマチックに叫んでいるのを尻目(パチェのおしりにかけたギャグではない)に淡々とゾンビを殺してくれていた。
しかしそれももう限界だ。
咲夜もさすがに疲れてきているし、フランが日の目を気にせず戦える場所もほとんどなくなってきている。
「うーん、まだ何か完璧に読み解けてない部分があるのかしら」
パチェがマイペースにうなった。
いつのまにかもう服を着ていた。
「お嬢様、嚙まれました。もうだめです。私がゾンビになってしまったらすぐに殺してくださいね」
咲夜が噛まれてしまった。
でもなんとなく、咲夜はしれっとゾンビにならず生きていそうな気がした。
「レミリアさん、動かないで、動かないでください」
小悪魔が懸命に私をかばってくれていた。けなげだった。
「えーん。パチュリー様がそんなあべこべな呪文つかうからあ」
美鈴がゾンビを殺しまくりながら泣いた。
あべこべ。あべこべ?
「あのさあパチェ、その呪文、逆から読むんじゃないの?」
「なるほど。そういえば試してなかったわ」
パチェはまたしても、ばっと服を脱いで勇ましくおしりを叩いた。
「ビック・リ・スルホ・ドユートピア!」
一匹が、まさに私の顔めがけて噛みつかんとした所で、ゾンビたちはいっせいに崩れた。
ゾンビから飛び出た怨霊たちはおんりょおおおおおと叫びながら消えた。
私はパチェを後ろから見ていたので、白目だったのかまでは定かでなかったか、兎に角それはあまりに堂々とした、一糸まとわぬ姿だった。
パチェは、もう大丈夫よ、みんな!と私たちに声をかけてくれた。
トラウマになった。地霊殿だけに。やかましいわ。
もともとは、怨霊の掃除の手段を手に入れようという話だった。
後日、地霊殿の妹が、怨霊を伴って遊びに来たので思い出した。
ごはん時、怨霊の叫び声が聞こえて私は美鈴と顔を見合わせた。
パチェのあの姿を、美鈴も思い出したのかどうかは定かでない。
誰から言うでもなく、除霊をパチェに頼るのはやめて、何か他の手段を考えるか、あきらめて毎週お祓いに来てもらおうと言うことになった。
やっぱり博麗神社なんだよな。
怒涛の展開に笑いました
びっくりするほどユートピア
話は面白かったです。