永遠亭の前を通り過ぎたところで、藤原妹紅はシンナー臭に鼻を摘まんだ。「くっさ……」と呟きながら、妹紅は誰がシンナーを使っているのか、連想ゲームを始めた。
「シンナーといえば不良、不良と言えば輝夜……」
妹紅の脳内に、蓬莱山輝夜がビニール袋に有機溶剤を入れて脳みそを溶かしているビジュアルが浮かんだ。
「間違いない……! これだ……!」
シンナー臭の犯人は間違いなく輝夜だ、いっちょ輝夜の情けない姿を拝んでやろうか。妹紅は回れ右をすると、笑いを必死にこらえながら永遠亭へと歩を進めた。
妹紅が永遠亭に到着する。そこにいたのはシンナーを吸っている輝夜ではなく、防護服・ゴーグル・ガスマスクの完全装備で、手に刷毛を持った因幡てゐであった。
「なんだよ藤原。永遠亭(うち)には私しかいないぞ」
挨拶らしい挨拶もしなかったてゐの足下には、今にも妹紅に飛びかかろうと可愛げに威嚇する1羽の金色のイナバと、1つのペンキ缶あった。
「なんだよはこっちのセリフだよ! なんでアンパンを食ってる輝夜じゃないんだよ!」
妹紅はがっかりしながら抗議する。
「ダメ絶対! 姫はそんなことしない!」
てゐは妹紅に抗議し返し「行けっ!」と足下で威嚇していた金色のイナバに突撃を命じる。途端に金色のイナバは妹紅に飛びかかりモフッとぶつかる。しかし妹紅を吹き飛ばすほどの勢いは無く、瞬く間に妹紅に捕らえられてしまった。
「へっ可愛いウサギの体当たりじゃきったねえ何しやがる!」
金色のイナバはペンキ塗り立てで、妹紅の服と手に金色の塗料が付着した。
「効いてる効いてる! 何がタダのウサギだ?!」
てゐがウサウサと笑いながら妹紅を煽る。妹紅は「ふざけやがって……」と吐き捨てながらてゐを睨む。妹紅はイナバをてゐに投げ返すと即座にリザレクション。ペンキで汚れた妹紅の肉体と服が炎に包まれる。暫く燃え続けると、妹紅は清らかな肉体と服を取り戻した。
「室内でペンキを使うところで同じことやったら労災まっしぐらだからな?」
投げ返されたイナバをキャッチしたてゐは、「紅魔館でやると爆発するぜ?」と、復活した妹紅に注意をする。妹紅は「そんなことしないよ」と返しながら、「てゐは何をやってるんだ?」と尋ねる。
「来年は卯年だろ? 金のウサギって縁起が良いだろ? だからイナバを金色に塗ってるんだよ」
妹紅は金色のイナバがてゐによって着色された地上のイナバであることを、ここではじめて理解した。てゐが手をパンパンと叩くと、1羽の純白のイナバがやって来た。てゐは刷毛をペンキ缶に入れ金色の塗料をたっぷりと付けると、イナバを刷毛で塗り始めた。白毛のイナバは、嫌な顔をしながら、瞬く間に金色のイナバへと変身した。
「な? 縁起良いだろ?」
「なんかすっげえ嫌そうな顔してたぞ?」
てゐがマスク越しにドヤ顔で同意を求める。妹紅は本音を零したが、すぐさま「本当に縁起が良いな!」とオーバーリアクションで答えた。
「だってシンナー臭いじゃん。イヤな顔ぐらいさせてよ」
たった今金色に塗られたイナバが喋る。すると金色に塗られたイナバが永遠亭の床下から10羽ほど這い出てきて、「わかるわかる」「でも金色って格好いいよね」「せめて純金……」「純金は高い!」と井戸端会議を始めた。金のイナバの群れという思わぬ光景に「一体何を始めるつもりだ……?」と妹紅は困惑の表情を浮かべる。
「今から里に行くから、指くわえて見てな!」
てゐは防護服を脱ぎ、金のスーツに着替える。最後にサングラスをかけると、10羽の金のイナバを連れて、人里へと向かった。妹紅は「てゐの格好怪しすぎるだろ……」と呟きながら、てゐについて、人里へと向かった。
人里では正月商戦が始まっており、行商や通りの店では縁起物や正月飾りが売られていた。てゐは通りの一角に赤色の絨毯を敷くと、メガホンを持ってゴールデンイナバの呼び込みを始めた。
「来年はウサギ年! イナバ年! そんな1年を金色のイナバで迎えませんか! とても縁起の良いゴールデンイナバ! 限定10羽ですよ!」
「縁起が良さそうね、1匹貰おうかしら」「ほう、実に興味深い」「金運が上がりそうね」「ママーうさぎさん買ってー」「お嬢様が喜びそうね!」
てゐの売り文句に踊らされた買い物客によって、10羽のイナバは一瞬にして売られていった。レッドカーペットであぐらをかいたてゐは、ジャケットから葉巻を取り出すと、「おい、火!」と妹紅に命じる。「私はお前の舎弟じゃ無いぞ」と呆れながら手に火を灯し、葉巻に火を付ける。てゐは葉巻をふかしながら、「いやー儲かった儲かった」と、札を勘定し始めた。
「なんか嫌な気分だな、まるで人身売買」
妹紅ももんぺから葉巻を取り出すと、自分の掌で火を熾し、ふかし始める。
「そうか? イナバ売買なんてそんなもんよ」てゐはドライに答えると、「100! 歯切れが良い!」と笑った。
「イナバたちは、家族じゃないのか?」
妹紅は上機嫌なてゐに尋ねる。てゐは新しい葉巻を取り出し、妹紅の掌で火を灯すと、「ウチの主力は縁日のカラーイナバ。ゴールデンイナバはその派生。イナバ達はウチの部下で商品さ」と、すまし顔で答える。
「貰っていけ、今日は気分が良い」
てゐは妹紅に「煙草の火代だ」と、お札を渡す。
「その金は受け取れねえなあ」
妹紅は携帯灰皿で葉巻の火を消すと、「ちょっと急用を思い出した」と立ち上がる。
「それは残念、よいお年を!」
てゐに挨拶された妹紅は軽く頭を下げる。
(確かにカラーウサギってやってるけど、それが縁起物って私は好かないなあ……)
妹紅は複雑な感情を抱きながら、人里を後にした。
§
年が明け、元旦。妹紅は永遠亭へ、正月の挨拶にやってきた。
「あらもこたん、あけおめー」
エプロンと三角巾を装備した鈴仙・優曇華院・イナバが、たき火と鍋でぜんざいを煮ていた。足下には、まだら金模様のイナバが10羽、暖を取っていた。
「鈴仙ちゃんことよろー、足下のイナバたち、なんか見たことがある気がするんだ」
「ああ、この子達? ウチのてゐ(バカ)がまた売ったのよ」
鈴仙は耳を少ししおらせ、ため息をついた。
「またって何だよ。イナバ達はてゐの部下で商品なんだろ?」
「それ以前に、イナバは姫様の家族なのよ」
鈴仙はぜんざいの味を見ながら、「イナバが10羽足りないって大騒ぎよ。私はあちこちで頭下げなきゃいけないし、蟄居じゃ甘いわよ甘い」と答え、「このぜんざいの甘さはこれぐらいがちょうど良いわね」とにっこりと笑った。
「あれだけ縁起良いって言ってたのに……」
妹紅はてゐの言葉を反芻すると、鈴仙は「三方悪し、いつだかのおせちじゃないけど、みんながっかりよ」と答える。
「ところでもこたんもぜんざい食べる? これからの新年会で振る舞うの」
「それは縁起が良いな! ありがとう、頂こうかな」
妹紅は鈴仙に誘われ、永遠亭に呼ばれる。
鈴仙に案内された和室の襖を開くと、そこには永琳・輝夜をはじめとし、サグメ・綿月姉妹・レイセンなど、月の要職や関係者が詰め寄っていた。そしてドレスコードがあるのか、全員晴れ着だ。妹紅は慌てて襖を閉め、鈴仙の方を向くと、「おい、これは何なんだよ」と尋ねる。
「何って、新年会だけど」
作りたてのぜんざいを盆に乗せた鈴仙は答えながら、不思議そうな表情を浮かる。
「縁起が良すぎて畏れ多いよ!」
妹紅は鈴仙からぜんざいを一つ貰ってかき込むと、「き、急用を思い出した! ぜんざい美味しかったよありがとう!」と、あわてて永遠亭を飛び出した。
「妹紅も元々は貴族だったわね、もんぺじゃ無理わよね……」
鈴仙はその場で今年の抱負を「準備を入念にする」と決意すると、重鎮の待つ和室の襖を開けた。
「シンナーといえば不良、不良と言えば輝夜……」
妹紅の脳内に、蓬莱山輝夜がビニール袋に有機溶剤を入れて脳みそを溶かしているビジュアルが浮かんだ。
「間違いない……! これだ……!」
シンナー臭の犯人は間違いなく輝夜だ、いっちょ輝夜の情けない姿を拝んでやろうか。妹紅は回れ右をすると、笑いを必死にこらえながら永遠亭へと歩を進めた。
妹紅が永遠亭に到着する。そこにいたのはシンナーを吸っている輝夜ではなく、防護服・ゴーグル・ガスマスクの完全装備で、手に刷毛を持った因幡てゐであった。
「なんだよ藤原。永遠亭(うち)には私しかいないぞ」
挨拶らしい挨拶もしなかったてゐの足下には、今にも妹紅に飛びかかろうと可愛げに威嚇する1羽の金色のイナバと、1つのペンキ缶あった。
「なんだよはこっちのセリフだよ! なんでアンパンを食ってる輝夜じゃないんだよ!」
妹紅はがっかりしながら抗議する。
「ダメ絶対! 姫はそんなことしない!」
てゐは妹紅に抗議し返し「行けっ!」と足下で威嚇していた金色のイナバに突撃を命じる。途端に金色のイナバは妹紅に飛びかかりモフッとぶつかる。しかし妹紅を吹き飛ばすほどの勢いは無く、瞬く間に妹紅に捕らえられてしまった。
「へっ可愛いウサギの体当たりじゃきったねえ何しやがる!」
金色のイナバはペンキ塗り立てで、妹紅の服と手に金色の塗料が付着した。
「効いてる効いてる! 何がタダのウサギだ?!」
てゐがウサウサと笑いながら妹紅を煽る。妹紅は「ふざけやがって……」と吐き捨てながらてゐを睨む。妹紅はイナバをてゐに投げ返すと即座にリザレクション。ペンキで汚れた妹紅の肉体と服が炎に包まれる。暫く燃え続けると、妹紅は清らかな肉体と服を取り戻した。
「室内でペンキを使うところで同じことやったら労災まっしぐらだからな?」
投げ返されたイナバをキャッチしたてゐは、「紅魔館でやると爆発するぜ?」と、復活した妹紅に注意をする。妹紅は「そんなことしないよ」と返しながら、「てゐは何をやってるんだ?」と尋ねる。
「来年は卯年だろ? 金のウサギって縁起が良いだろ? だからイナバを金色に塗ってるんだよ」
妹紅は金色のイナバがてゐによって着色された地上のイナバであることを、ここではじめて理解した。てゐが手をパンパンと叩くと、1羽の純白のイナバがやって来た。てゐは刷毛をペンキ缶に入れ金色の塗料をたっぷりと付けると、イナバを刷毛で塗り始めた。白毛のイナバは、嫌な顔をしながら、瞬く間に金色のイナバへと変身した。
「な? 縁起良いだろ?」
「なんかすっげえ嫌そうな顔してたぞ?」
てゐがマスク越しにドヤ顔で同意を求める。妹紅は本音を零したが、すぐさま「本当に縁起が良いな!」とオーバーリアクションで答えた。
「だってシンナー臭いじゃん。イヤな顔ぐらいさせてよ」
たった今金色に塗られたイナバが喋る。すると金色に塗られたイナバが永遠亭の床下から10羽ほど這い出てきて、「わかるわかる」「でも金色って格好いいよね」「せめて純金……」「純金は高い!」と井戸端会議を始めた。金のイナバの群れという思わぬ光景に「一体何を始めるつもりだ……?」と妹紅は困惑の表情を浮かべる。
「今から里に行くから、指くわえて見てな!」
てゐは防護服を脱ぎ、金のスーツに着替える。最後にサングラスをかけると、10羽の金のイナバを連れて、人里へと向かった。妹紅は「てゐの格好怪しすぎるだろ……」と呟きながら、てゐについて、人里へと向かった。
人里では正月商戦が始まっており、行商や通りの店では縁起物や正月飾りが売られていた。てゐは通りの一角に赤色の絨毯を敷くと、メガホンを持ってゴールデンイナバの呼び込みを始めた。
「来年はウサギ年! イナバ年! そんな1年を金色のイナバで迎えませんか! とても縁起の良いゴールデンイナバ! 限定10羽ですよ!」
「縁起が良さそうね、1匹貰おうかしら」「ほう、実に興味深い」「金運が上がりそうね」「ママーうさぎさん買ってー」「お嬢様が喜びそうね!」
てゐの売り文句に踊らされた買い物客によって、10羽のイナバは一瞬にして売られていった。レッドカーペットであぐらをかいたてゐは、ジャケットから葉巻を取り出すと、「おい、火!」と妹紅に命じる。「私はお前の舎弟じゃ無いぞ」と呆れながら手に火を灯し、葉巻に火を付ける。てゐは葉巻をふかしながら、「いやー儲かった儲かった」と、札を勘定し始めた。
「なんか嫌な気分だな、まるで人身売買」
妹紅ももんぺから葉巻を取り出すと、自分の掌で火を熾し、ふかし始める。
「そうか? イナバ売買なんてそんなもんよ」てゐはドライに答えると、「100! 歯切れが良い!」と笑った。
「イナバたちは、家族じゃないのか?」
妹紅は上機嫌なてゐに尋ねる。てゐは新しい葉巻を取り出し、妹紅の掌で火を灯すと、「ウチの主力は縁日のカラーイナバ。ゴールデンイナバはその派生。イナバ達はウチの部下で商品さ」と、すまし顔で答える。
「貰っていけ、今日は気分が良い」
てゐは妹紅に「煙草の火代だ」と、お札を渡す。
「その金は受け取れねえなあ」
妹紅は携帯灰皿で葉巻の火を消すと、「ちょっと急用を思い出した」と立ち上がる。
「それは残念、よいお年を!」
てゐに挨拶された妹紅は軽く頭を下げる。
(確かにカラーウサギってやってるけど、それが縁起物って私は好かないなあ……)
妹紅は複雑な感情を抱きながら、人里を後にした。
§
年が明け、元旦。妹紅は永遠亭へ、正月の挨拶にやってきた。
「あらもこたん、あけおめー」
エプロンと三角巾を装備した鈴仙・優曇華院・イナバが、たき火と鍋でぜんざいを煮ていた。足下には、まだら金模様のイナバが10羽、暖を取っていた。
「鈴仙ちゃんことよろー、足下のイナバたち、なんか見たことがある気がするんだ」
「ああ、この子達? ウチのてゐ(バカ)がまた売ったのよ」
鈴仙は耳を少ししおらせ、ため息をついた。
「またって何だよ。イナバ達はてゐの部下で商品なんだろ?」
「それ以前に、イナバは姫様の家族なのよ」
鈴仙はぜんざいの味を見ながら、「イナバが10羽足りないって大騒ぎよ。私はあちこちで頭下げなきゃいけないし、蟄居じゃ甘いわよ甘い」と答え、「このぜんざいの甘さはこれぐらいがちょうど良いわね」とにっこりと笑った。
「あれだけ縁起良いって言ってたのに……」
妹紅はてゐの言葉を反芻すると、鈴仙は「三方悪し、いつだかのおせちじゃないけど、みんながっかりよ」と答える。
「ところでもこたんもぜんざい食べる? これからの新年会で振る舞うの」
「それは縁起が良いな! ありがとう、頂こうかな」
妹紅は鈴仙に誘われ、永遠亭に呼ばれる。
鈴仙に案内された和室の襖を開くと、そこには永琳・輝夜をはじめとし、サグメ・綿月姉妹・レイセンなど、月の要職や関係者が詰め寄っていた。そしてドレスコードがあるのか、全員晴れ着だ。妹紅は慌てて襖を閉め、鈴仙の方を向くと、「おい、これは何なんだよ」と尋ねる。
「何って、新年会だけど」
作りたてのぜんざいを盆に乗せた鈴仙は答えながら、不思議そうな表情を浮かる。
「縁起が良すぎて畏れ多いよ!」
妹紅は鈴仙からぜんざいを一つ貰ってかき込むと、「き、急用を思い出した! ぜんざい美味しかったよありがとう!」と、あわてて永遠亭を飛び出した。
「妹紅も元々は貴族だったわね、もんぺじゃ無理わよね……」
鈴仙はその場で今年の抱負を「準備を入念にする」と決意すると、重鎮の待つ和室の襖を開けた。
さらっと兎売っておいて鈴仙に取り返させるてゐが外道でよかったです