Coolier - 新生・東方創想話

固有時間

2022/11/12 20:41:46
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「会って欲しい人がいるの」
 その夜、メリーは唐突に言い出した。身に沁みる寒さの中、その言葉は私の脳内で空回りし続けた。メリーの真剣な表情を見て、これは只事じゃないと直感的に思った。
「……会って欲しい人? 一体、どんな人よ?」
「大切な人なの。とっても、大切な人。だから、まず蓮子に会って欲しかったの」
 ようやく理解が追いついて来た時、私の心臓は激しく鼓動を打っていた。身体中が熱くなり、冷たい空気に触れた頬が、温度差でヒリヒリとした。
「……もちろん、会うわよ。大切な人なんでしょ? 私が会わなくて、どうするのよ」
 声が震えるのを、私は必死に抑えながら答えた。私の返事に、メリーはニコリと、首を傾けて笑った。心なしかその表情は、安心しているようにも見えた。
 メリーは私の手を取って、夜のキャンパスを歩き始めた。連れて行かれた先は、構内の噴水だった。メリーとの思い出が、たくさん詰まった場所だ。
「ここで、その大切な人と会うの?」
「いいえ蓮子、そうじゃないの。大切な人がいるのは、この噴水の向こう側なの」
 メリーは私の手を引いて、噴水の中へと飛び込んだ。

 飛び込んだ先、私たちは宇宙の中に浮いていた。上も下も、右も左も、無数の星々が輝いている。所々に見える銀河団は、色鮮やかな雲のようだった。
「あと少しよ。ほら蓮子、あっちの方に私の大切な人がいるの」
 メリーが指し示す先には、ぽっかりと大きな穴が空いていた。星々が輝く中に空いた、真っ暗な穴だ。穴の中は、全く見えない。その先に何があるのかも、全く分からない。しかし、周りの星々の光が強いせいか、穴と外側の境界は、とてもくっきりと見えた。
 メリーは再び私の手を引いて、その大きな穴の方へと向かった。私たちは、宇宙の中を駆け抜ける。無数の星々と、鮮やかな雲の中を駆け抜ける。目まぐるしく変わる景色に、私の胸が、高鳴り始めた。
「ものすごい速さじゃない。私たち、宇宙でこんなに速く走れたっけ?」
「あら、速く動いてるのは星の方かもしれないわよ? どっちも同じことだけれどね」
 遂に私たちは、大きな穴の近くまでやってきた。しかしそこでは、ついさっきまで見ていた境界が、無くなってしまっていた。戸惑っている私に、再びメリーが言った。
「何も不思議じゃないわ。境界が有ることも、無いことも、区別はするけど同じこと。ただ観測者に依存してるだけ。それが相対的ってことなのよ」
 彼女は得意な表情で、そう言った。胸を張って語る仕草は、知的な学者を思わせた。

 そんなメリーの姿に見惚れていると、いつの間にか彼女の横に、もう一人の少女が立っていた。その少女は、メリーと同じ紫のワンピースを着た人だった。
「紹介するわね! 実は私たち、双子だったの」
「……双子? は!? 双子!? 一体どういう事よ!?」
「そっくりそのまま、その通りよ。私たちは二人だったの。二人で一人、と言っても良いかしらね。私は境界の外側の存在。こっちのお姉ちゃんは境界の内側の存在。私たちは、別の時間軸を生きて来たの。私たちは、区別できるけど同じ存在。両方とも私なのよ」
 私は頭がごちゃごちゃになる。確かに二人とも瓜二つでそっくりだ。二人とも素敵な紫のワンピースを着て、真っ白な帽子を被っている。同じブロンドの輝く髪。にっこりと笑った時の表情までそっくりだ。違う所といえば、そうだ、目の色が違う。メリーは青い目をしていて、そのお姉さんは赤い目をしている。
 メリーとそのお姉さんは、向かい合って手を取り合った。そして境界だった所の近くで、ぐるぐると回って踊り始めた。久しぶりの再会を、喜んでいるようだ。しかしそこで、とんでもない事が起きた。二人が回る度、彼女たちの目の色が入れ替わっていくのだ。メリーの目は青から赤に、そして赤から青に。お姉さんの目は赤から青に、そして青から赤に。再びメリーが言った。
「何も不思議じゃないわ。目が青いことも、赤いことも、区別はするけど同じこと。ただ観測者に依存してるだけ。それが相対的ってことなのよ」

「ねえ蓮子? クイズを出してあげる」
 二人は並んで、口を揃えて言った。
「どっちが本当の私でしょーか?」
 二人はニヤニヤとしている。いじわるな質問を、楽しんでいるようだ。
 本当のメリー? 二人は観測者依存の二人のメリーなんでしょ。
 だったら、そんなの決まってるじゃない。
 私は二人のメリーを抱きしめて、大きな穴へと飛び込んだ。
「あらあら蓮子、落っこちちゃうわよ」
「いや、昇ってるのかもよ。どっちも同じことなんでしょ?」
 真っ暗だった穴が、少しずつ明るくなってゆく。
 メリー? 私はこの時間が大好きなのよ? 一緒に過ごすこの時間が。これは私たちだけの固有時間。これだけは観測者に依らない不変な時間なのよ。
 視界が、真っ白に輝いてゆく。この先がどうなっているのかは、まだ分からない。この先が光なのか闇なのかは、分からない。でもきっと、それはどっちでも同じことなのだ。私たちには私たちだけの、変わらない、特別な時間が有るのだから。
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コメント



0.40簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。二人の時間、尊い
4.無評価夏後冬前削除
物理理論の概要を知らないままこの方向に進むのはマズいと思うので、いったん理系の勉強をしっかりするべきなのかもしれません