「会って欲しい人がいるの」
その夜、メリーは唐突に言い出した。身に沁みる寒さの中、その言葉は私の脳内で空回りし続けた。メリーの真剣な表情を見て、これは只事じゃないと直感的に思った。
「……会って欲しい人? 一体、どんな人よ?」
「大切な人なの。とっても、大切な人。だから、まず蓮子に会って欲しかったの」
ようやく理解が追いついて来た時、私の心臓は激しく鼓動を打っていた。身体中が熱くなり、冷たい空気に触れた頬が、温度差でヒリヒリとした。
「……もちろん、会うわよ。大切な人なんでしょ? 私が会わなくて、どうするのよ」
声が震えるのを、私は必死に抑えながら答えた。私の返事に、メリーはニコリと、首を傾けて笑った。心なしかその表情は、安心しているようにも見えた。
メリーは私の手を取って、夜のキャンパスを歩き始めた。連れて行かれた先は、構内の噴水だった。メリーとの思い出が、たくさん詰まった場所だ。
「ここで、その大切な人と会うの?」
「いいえ蓮子、そうじゃないの。大切な人がいるのは、この噴水の向こう側なの」
メリーは私の手を引いて、噴水の中へと飛び込んだ。
飛び込んだ先、私たちは宇宙の中に浮いていた。上も下も、右も左も、無数の星々が輝いている。所々に見える銀河団は、色鮮やかな雲のようだった。
「あと少しよ。ほら蓮子、あっちの方に私の大切な人がいるの」
メリーが指し示す先には、ぽっかりと大きな穴が空いていた。星々が輝く中に空いた、真っ暗な穴だ。穴の中は、全く見えない。その先に何があるのかも、全く分からない。しかし、周りの星々の光が強いせいか、穴と外側の境界は、とてもくっきりと見えた。
メリーは再び私の手を引いて、その大きな穴の方へと向かった。私たちは、宇宙の中を駆け抜ける。無数の星々と、鮮やかな雲の中を駆け抜ける。目まぐるしく変わる景色に、私の胸が、高鳴り始めた。
「ものすごい速さじゃない。私たち、宇宙でこんなに速く走れたっけ?」
「あら、速く動いてるのは星の方かもしれないわよ? どっちも同じことだけれどね」
遂に私たちは、大きな穴の近くまでやってきた。しかしそこでは、ついさっきまで見ていた境界が、無くなってしまっていた。戸惑っている私に、再びメリーが言った。
「何も不思議じゃないわ。境界が有ることも、無いことも、区別はするけど同じこと。ただ観測者に依存してるだけ。それが相対的ってことなのよ」
彼女は得意な表情で、そう言った。胸を張って語る仕草は、知的な学者を思わせた。
そんなメリーの姿に見惚れていると、いつの間にか彼女の横に、もう一人の少女が立っていた。その少女は、メリーと同じ紫のワンピースを着た人だった。
「紹介するわね! 実は私たち、双子だったの」
「……双子? は!? 双子!? 一体どういう事よ!?」
「そっくりそのまま、その通りよ。私たちは二人だったの。二人で一人、と言っても良いかしらね。私は境界の外側の存在。こっちのお姉ちゃんは境界の内側の存在。私たちは、別の時間軸を生きて来たの。私たちは、区別できるけど同じ存在。両方とも私なのよ」
私は頭がごちゃごちゃになる。確かに二人とも瓜二つでそっくりだ。二人とも素敵な紫のワンピースを着て、真っ白な帽子を被っている。同じブロンドの輝く髪。にっこりと笑った時の表情までそっくりだ。違う所といえば、そうだ、目の色が違う。メリーは青い目をしていて、そのお姉さんは赤い目をしている。
メリーとそのお姉さんは、向かい合って手を取り合った。そして境界だった所の近くで、ぐるぐると回って踊り始めた。久しぶりの再会を、喜んでいるようだ。しかしそこで、とんでもない事が起きた。二人が回る度、彼女たちの目の色が入れ替わっていくのだ。メリーの目は青から赤に、そして赤から青に。お姉さんの目は赤から青に、そして青から赤に。再びメリーが言った。
「何も不思議じゃないわ。目が青いことも、赤いことも、区別はするけど同じこと。ただ観測者に依存してるだけ。それが相対的ってことなのよ」
「ねえ蓮子? クイズを出してあげる」
二人は並んで、口を揃えて言った。
「どっちが本当の私でしょーか?」
二人はニヤニヤとしている。いじわるな質問を、楽しんでいるようだ。
本当のメリー? 二人は観測者依存の二人のメリーなんでしょ。
だったら、そんなの決まってるじゃない。
私は二人のメリーを抱きしめて、大きな穴へと飛び込んだ。
「あらあら蓮子、落っこちちゃうわよ」
「いや、昇ってるのかもよ。どっちも同じことなんでしょ?」
真っ暗だった穴が、少しずつ明るくなってゆく。
メリー? 私はこの時間が大好きなのよ? 一緒に過ごすこの時間が。これは私たちだけの固有時間。これだけは観測者に依らない不変な時間なのよ。
視界が、真っ白に輝いてゆく。この先がどうなっているのかは、まだ分からない。この先が光なのか闇なのかは、分からない。でもきっと、それはどっちでも同じことなのだ。私たちには私たちだけの、変わらない、特別な時間が有るのだから。
その夜、メリーは唐突に言い出した。身に沁みる寒さの中、その言葉は私の脳内で空回りし続けた。メリーの真剣な表情を見て、これは只事じゃないと直感的に思った。
「……会って欲しい人? 一体、どんな人よ?」
「大切な人なの。とっても、大切な人。だから、まず蓮子に会って欲しかったの」
ようやく理解が追いついて来た時、私の心臓は激しく鼓動を打っていた。身体中が熱くなり、冷たい空気に触れた頬が、温度差でヒリヒリとした。
「……もちろん、会うわよ。大切な人なんでしょ? 私が会わなくて、どうするのよ」
声が震えるのを、私は必死に抑えながら答えた。私の返事に、メリーはニコリと、首を傾けて笑った。心なしかその表情は、安心しているようにも見えた。
メリーは私の手を取って、夜のキャンパスを歩き始めた。連れて行かれた先は、構内の噴水だった。メリーとの思い出が、たくさん詰まった場所だ。
「ここで、その大切な人と会うの?」
「いいえ蓮子、そうじゃないの。大切な人がいるのは、この噴水の向こう側なの」
メリーは私の手を引いて、噴水の中へと飛び込んだ。
飛び込んだ先、私たちは宇宙の中に浮いていた。上も下も、右も左も、無数の星々が輝いている。所々に見える銀河団は、色鮮やかな雲のようだった。
「あと少しよ。ほら蓮子、あっちの方に私の大切な人がいるの」
メリーが指し示す先には、ぽっかりと大きな穴が空いていた。星々が輝く中に空いた、真っ暗な穴だ。穴の中は、全く見えない。その先に何があるのかも、全く分からない。しかし、周りの星々の光が強いせいか、穴と外側の境界は、とてもくっきりと見えた。
メリーは再び私の手を引いて、その大きな穴の方へと向かった。私たちは、宇宙の中を駆け抜ける。無数の星々と、鮮やかな雲の中を駆け抜ける。目まぐるしく変わる景色に、私の胸が、高鳴り始めた。
「ものすごい速さじゃない。私たち、宇宙でこんなに速く走れたっけ?」
「あら、速く動いてるのは星の方かもしれないわよ? どっちも同じことだけれどね」
遂に私たちは、大きな穴の近くまでやってきた。しかしそこでは、ついさっきまで見ていた境界が、無くなってしまっていた。戸惑っている私に、再びメリーが言った。
「何も不思議じゃないわ。境界が有ることも、無いことも、区別はするけど同じこと。ただ観測者に依存してるだけ。それが相対的ってことなのよ」
彼女は得意な表情で、そう言った。胸を張って語る仕草は、知的な学者を思わせた。
そんなメリーの姿に見惚れていると、いつの間にか彼女の横に、もう一人の少女が立っていた。その少女は、メリーと同じ紫のワンピースを着た人だった。
「紹介するわね! 実は私たち、双子だったの」
「……双子? は!? 双子!? 一体どういう事よ!?」
「そっくりそのまま、その通りよ。私たちは二人だったの。二人で一人、と言っても良いかしらね。私は境界の外側の存在。こっちのお姉ちゃんは境界の内側の存在。私たちは、別の時間軸を生きて来たの。私たちは、区別できるけど同じ存在。両方とも私なのよ」
私は頭がごちゃごちゃになる。確かに二人とも瓜二つでそっくりだ。二人とも素敵な紫のワンピースを着て、真っ白な帽子を被っている。同じブロンドの輝く髪。にっこりと笑った時の表情までそっくりだ。違う所といえば、そうだ、目の色が違う。メリーは青い目をしていて、そのお姉さんは赤い目をしている。
メリーとそのお姉さんは、向かい合って手を取り合った。そして境界だった所の近くで、ぐるぐると回って踊り始めた。久しぶりの再会を、喜んでいるようだ。しかしそこで、とんでもない事が起きた。二人が回る度、彼女たちの目の色が入れ替わっていくのだ。メリーの目は青から赤に、そして赤から青に。お姉さんの目は赤から青に、そして青から赤に。再びメリーが言った。
「何も不思議じゃないわ。目が青いことも、赤いことも、区別はするけど同じこと。ただ観測者に依存してるだけ。それが相対的ってことなのよ」
「ねえ蓮子? クイズを出してあげる」
二人は並んで、口を揃えて言った。
「どっちが本当の私でしょーか?」
二人はニヤニヤとしている。いじわるな質問を、楽しんでいるようだ。
本当のメリー? 二人は観測者依存の二人のメリーなんでしょ。
だったら、そんなの決まってるじゃない。
私は二人のメリーを抱きしめて、大きな穴へと飛び込んだ。
「あらあら蓮子、落っこちちゃうわよ」
「いや、昇ってるのかもよ。どっちも同じことなんでしょ?」
真っ暗だった穴が、少しずつ明るくなってゆく。
メリー? 私はこの時間が大好きなのよ? 一緒に過ごすこの時間が。これは私たちだけの固有時間。これだけは観測者に依らない不変な時間なのよ。
視界が、真っ白に輝いてゆく。この先がどうなっているのかは、まだ分からない。この先が光なのか闇なのかは、分からない。でもきっと、それはどっちでも同じことなのだ。私たちには私たちだけの、変わらない、特別な時間が有るのだから。