山葉もそろそろ色づき始めて、肌にかかる風もひんやりと冷え始めた最近、少し気が早いが大学生はもう1ヶ月少しで訪れる冬休みの予定の思いにふけながら日々講義やバイトに勤しんでいる。私たち秘封倶楽部も例外ではなく、年末年始に活動と称した慰安旅行の計画を立てるため、午前の授業後に校内のカフェテリアで集合して予定を詰めていた。
順調にタイムスケジュールも出来上がり、ある程度プランに余裕が見えてきて気が抜けた頃、互いに一息つきながら2杯目となる珈琲を啜っていた。立てたプランをイメージしながら、素敵な活動になるように思いをはせていると、突然正面に座っていた蓮子が何かを思い出して自分のカバンを漁り始めた。
「どうしたのよ突然」
カバンからは財布、充電器、謎の箱、枯れた大量の葉っぱ、片方だけの靴下など、到底女子大生のカバンから出てくるものとは思えないものがズラズラと出てくる。
「メリーに見せてみたいものがあったのよ…っと。ほらあった」
そう言い、埋もれた物品の奥底から蓮子が取り出したのは小さな小さな紙袋だった。
「これは…?」
「開けてみてよ」
促され、袋を開けてみると中には見慣れない、少し黒ずんだ白い長方体のようなものが入っていた。摘んでみると見た目に反してかなり軽く柔らかい。
「なにこの薄汚れた石みたいなもの」
何か珍しい特性を持つ石なのだろうか、それとも幻想郷のような“あちら側の世界”に関するモノなのか。色々角度を変えて眺めたりしたが結局わからない。
わからない?と、蓮子が聞いてきた。諦めてお手上げのサインをすると満足げな顔で答えを言った。
「”消しゴム“よ、それ」
名前を聞いて思い出すと、なんとなく思い出してきた。確か昔、歴史の教科書に載ってたのを見た記憶がうっすらと甦ってきた。
「確か炭素系文房具が普及していた時代に使われていたゴム材…だったかしら」
教科書の説明はこんな感じだったかな、と昔教わった内容を思い出しながら答えた。
「正解よ、メリー。大体それであってるわ」
そう言いながら蓮子は私の手から消しゴムを取り、ぐにぐにと指で押しつぶしながら続けた。見ていてもわかるぐらい程よい弾力であるから、ゴムで作られていることは間違いないのだろう。
「よくもまあ、昔はこんな非効率なもの使い続けていたわよね」
「ゴミは出るし、千切れるし、汚れると消えにくい、しかも使いきれない、不便そのものよね」
物心ついた時には既に文房具は全て電子機器のものしか存在しなかった。この“消しゴム”というものが当時どのように使われてどのぐらい人気だったのか、今では想像もつかない。消しゴムが使われていた当時では、決して珍しいものではなく、ごくごく普通の日常の一部のアイテムだったのだろう。
「昔はまさかこんなものが歴史的遺物になるなんて思わなかったでしょうね」
「当時の“当たり前”は、今では“歴史の一部”か...。私たちが使ってる電子文房具もいつかは遺物になって教科書の1ページになるのかもね」
「なかなか、想像がつかないわね」
こんな小さなゴムの塊ですら、大きな歴史の一部分になるのだ。今のこの私たちの何気ない日常ですら遠い遠い未来には、歴史になっているかもしれない。そう考えると、なんだか寂しいような感覚に襲われてしまうものだ。
「こんな毎日、いつもの喫茶店で、いつもの珈琲を啜りながら、たわいもない話をしているこの時間も、いつか私たちの"歴史"となるのでしょうね」
「良いこと言うわね、メリー。そういった感慨深げな考えは嫌いじゃないわよ」
お互いに見合わせながら、少し臭いセリフに笑いながら、この時間を過ごしていく。こんな1ページを私は、いや私たちは大切にしていきたい。
いつかこの瞬間もこの世界も、歴史となっていくのだろうから。