宇佐見蓮子は空へと旅立った。比喩ではない。
刻は丑三つ時、午前2時30分。
冷ややかな月光が辺りを照らす頃、私たちは蓮台野の墓石の前に立っていた。
事前に調べた情報によれば、この墓石は結界のほころびであり、この場所がトリガーとなってなにかが起きるという。
「2時30分ジャスト!」
蓮子が掛け声とともに墓石を4分の1回転させたその時、回る墓石と共に宇佐見蓮子も回り始めた。
そのまま回転は止まらず、例の瞳は気色の悪い輝きを纏いながらさながら流線形の如き精度をもって確実に上昇を開始していた。
「メリー!タスケテ!トマレナイ!」
そんな叫び声も空しく秋特有の繊細な月の光の中にのみこまれていく。
私にはもうどうすることも出来なかった。手が届かないんだもの、仕方ないわ。手が届かないものはすっぱい。確かそんな逸話があったはずだ。イソップ童話だったかしら。
そんなことを考えていると、もう蓮子はほとんど月に吸い込まれている。
辺り一面の鈴虫の鳴き声に反比例するように、月光は美しい。瞳は、ちょっと気味が悪い。
「メリー!!!!」
まだ、少し声が聞こえるようだ。
蓮子が叫んでいる。
私の名前を呼んでいるようだった。
月光が美しいこんな日に、少しは静かに出来ないのかしら?
そんなことを独り言ちながら、もう蓮子の姿は見えなかった。声も、虫の鳴き声に、秋にかき消されてよく聞こえない。
もう一度名前を呼んでくれたら、助けてあげよう。そう決めて耳を澄ました。
聞こえてくるのは転がるバケツ。秋の気配。忘れられたアルミ缶。ブリキ人形のすすり泣き。そんなものばかり。
この音はなにかしら?それは空ぜんたいから流れ落ちる。
そうか、これは月光だ。
蓮子を吸い込んだ月光が強度を増し、私の耳に届いているのだろう。きっとそうに違いない。そうでもなければ、あんな気色の悪い瞳からこんな音はでないはずだった。
わたしが嫌いで仕方ない、けれど、確かに愛した瞳からこんな音が出るはずがない。
私は何も言うことが出来ず、空を見上げる。
そこにはただ、月と私だけがいた。
こんなに遠いのに、こんなに明るいのはなぜだろう。蓮子に聞けば、わかるのかしら。そう苦笑しつつ、月が私の瞳をうつしているような気がした。そんな気が、確かにしたのだ。
いずれにせよ、宇佐見蓮子にはもう会えないだろう。
会ったとして、どう声をかけていいのかわからない。
やぁ?こんにちは?奇遇だね。等々。
それに、次に会う時、彼女が宇佐見蓮子であるという保証はどこにもないのだ。
しかし、きっと、声をかけずにはいられないだろう。その時は月光よりも、もっと、もっと大きな声で呼んでやろう。
宇佐見蓮子。
私の大事な悪友。
月に吸い込まれて消えた、彼女。
けれども、回転することは良いことなのだから。
彼女は今もどこかで回っているに違いない。
刻は丑三つ時、午前2時30分。
冷ややかな月光が辺りを照らす頃、私たちは蓮台野の墓石の前に立っていた。
事前に調べた情報によれば、この墓石は結界のほころびであり、この場所がトリガーとなってなにかが起きるという。
「2時30分ジャスト!」
蓮子が掛け声とともに墓石を4分の1回転させたその時、回る墓石と共に宇佐見蓮子も回り始めた。
そのまま回転は止まらず、例の瞳は気色の悪い輝きを纏いながらさながら流線形の如き精度をもって確実に上昇を開始していた。
「メリー!タスケテ!トマレナイ!」
そんな叫び声も空しく秋特有の繊細な月の光の中にのみこまれていく。
私にはもうどうすることも出来なかった。手が届かないんだもの、仕方ないわ。手が届かないものはすっぱい。確かそんな逸話があったはずだ。イソップ童話だったかしら。
そんなことを考えていると、もう蓮子はほとんど月に吸い込まれている。
辺り一面の鈴虫の鳴き声に反比例するように、月光は美しい。瞳は、ちょっと気味が悪い。
「メリー!!!!」
まだ、少し声が聞こえるようだ。
蓮子が叫んでいる。
私の名前を呼んでいるようだった。
月光が美しいこんな日に、少しは静かに出来ないのかしら?
そんなことを独り言ちながら、もう蓮子の姿は見えなかった。声も、虫の鳴き声に、秋にかき消されてよく聞こえない。
もう一度名前を呼んでくれたら、助けてあげよう。そう決めて耳を澄ました。
聞こえてくるのは転がるバケツ。秋の気配。忘れられたアルミ缶。ブリキ人形のすすり泣き。そんなものばかり。
この音はなにかしら?それは空ぜんたいから流れ落ちる。
そうか、これは月光だ。
蓮子を吸い込んだ月光が強度を増し、私の耳に届いているのだろう。きっとそうに違いない。そうでもなければ、あんな気色の悪い瞳からこんな音はでないはずだった。
わたしが嫌いで仕方ない、けれど、確かに愛した瞳からこんな音が出るはずがない。
私は何も言うことが出来ず、空を見上げる。
そこにはただ、月と私だけがいた。
こんなに遠いのに、こんなに明るいのはなぜだろう。蓮子に聞けば、わかるのかしら。そう苦笑しつつ、月が私の瞳をうつしているような気がした。そんな気が、確かにしたのだ。
いずれにせよ、宇佐見蓮子にはもう会えないだろう。
会ったとして、どう声をかけていいのかわからない。
やぁ?こんにちは?奇遇だね。等々。
それに、次に会う時、彼女が宇佐見蓮子であるという保証はどこにもないのだ。
しかし、きっと、声をかけずにはいられないだろう。その時は月光よりも、もっと、もっと大きな声で呼んでやろう。
宇佐見蓮子。
私の大事な悪友。
月に吸い込まれて消えた、彼女。
けれども、回転することは良いことなのだから。
彼女は今もどこかで回っているに違いない。