「秋ですよおおおおおぉーっ!」
突然大声がしたかと思うと、ドカーン! と、家の扉が開かれ、ドカドカドカドカと音を立てて土足、もとい裸足で家の中に駆け上がってきた招かれざる客。
うららかな昼下がり、ソファーで心地よくうたた寝していたのを邪魔された魔理沙は、うんざりした様子でその客に半眼を向ける。
「悪いがウチはセールスお断りだぜ。帰れ帰れ!」
「そんな堅いこと言わずにー。せっかくの秋なんだし……ね?」
そう言いながらその招かれざる客は、ニコニコ笑みを浮かべて椅子に座っている。どうやら帰る意志はゼロの様子だ。辺りには生焼け芋の香りが漂う。匂いの発信元は彼女だ。
「悪いが秋にはもう飽き飽きしてるんだ。早く春にしてくれよ!」
「そんなこと言わないでよー! せっかくの秋なのに。あなたの好きなキノコの季節本番でしょー」
「魔法の森のキノコの旬は一年中なんだよ!」
「キノコ仲間なのにつれないわねー」
「勝手におまえの同類に入れないでくれ!」
魔理沙は大儀そうに、ソファーから起き上がる。
「あ、やっと話を聞いてくれる気になったのね?」
「いや、おまえをどうやって追い返そうか思いついたのさ」
「……え?」
「で、手っ取り早くこうすることに決めた」
「……は?」
魔理沙は彼女に向かっておもむろに八卦炉を構えると、魔法を発動させようとする。
「と、いうわけでとっとと去ねい! 木っ端神!」
と、その時だ。
「ちょっと待ったあぁー!」
制止する声が聞こえたかと思った次の瞬間、分厚い本が魔理沙の顔面に直撃する。
「ぶふおぉーー!?」
断末魔とともに魔理沙は地面に崩れ落ちた。
「……まったく。アンタは自分の家を壊す気なの?」
声の主はアリスだった。彼女は奥で料理中だったのか、花柄のエプロンを身につけて腕を組んで眉をしかめている。
「あ、ごめんなさい、お邪魔してるわー」
彼女はそう言うと、ぺこりとアリスに向かって頭を下げる。
「あら、あなたは、確か……秋の神様の……」
「そう、豊穣神の秋穣子よ!」
「随分珍しい客が来たわね。一体どうしたの?」
「実はこの人に用事があって……」
と、穣子は床で伸びている魔理沙の方を向く。
「こいつに……?」
「ええ。あの、実は……デートの約束があって……」
「あら、そう。それはちょうど良かったわ! 今クッキー焼いてるとこだから、一緒に出かけてきてくれないかしら。こいついるとつまみ食いとかするし」
「はーい。喜んで」
すかさず復活した魔理沙が割って入る。
「ちょっと待て! ちょっと待て!? 何勝手にトントン拍子に話が進んでるんだよ!? 私は一言も良いとは言って……」
「はいはい、いいから行ってきなさいな!」
そう言いながらアリスが手のひらをかざすと、魔理沙の体が宙に浮き、玄関の方へ吹っ飛ばされてしまう。
「うわぁああー! おまえ、あとで覚えてろよー!?」
捨て台詞とともに魔理沙は、勢いよく家の外へ放り出されてしまった。
ーーーーーーーーーー
「……ねえ、大丈夫?」
「……私に話しかけるな!」
魔理沙は外に放り出された勢いで、木に尻をしこたま打ち、地面に突っ伏していた。
「……くそう。なんでこんな目に……」
魔理沙は立ち上がると、心配する彼女を無視して歩き出す。穣子は慌てて彼女を追いかける。
「ねえ、どこ行くのよ?」
「私の行きたいところだ」
「行きたいところってどこ?」
「行きたいところは、行きたいところだ!」
「もしかして妖怪の山?」
「そこだけは、絶対行かん!」
「私はあなたとそこに行きたいんだけど」
「あいにくだが、私はおまえと行動するつもりはない! 一緒にいてもつまらないからな!」
「なんでそんなに怒ってるのよ?」
「なんでだと……?」
彼女はふと立ち止まると穣子の方を、にらみつけて言い放つ。
「誰がおまえなんかとデートする約束なんかしたというんだ!? 勝手なことを言いやがって」
「まあまあ。落ち着いてよ。あれはあくまでも口実よ。あなたを外に出すための」
「口実だと? ……ほー。そうか、神様ってのは目的のためなら平気で嘘をつく存在なんだな?」
「それはあなたたち人間も一緒でしょ? そんなのお互い様よ!」
そう言う彼女はまるで悪びれた様子もない。魔理沙は彼女に半眼を向けながら告げる。
「……私は、もともと秋という季節はそれほど好きじゃなかったが、おまえのせいでいよいよ嫌いになりそうだぜ」
すかさず穣子が言い返す。
「……それは残念だわ。でも私のことは嫌いになってもいいから、せめて秋だけは嫌いにならないでくれないかな……?」
そう言って悲しげにうつむく彼女は、今にも泣き出しそうな様子だ。
魔理沙は、思わず大きくため息をついた。
魔理沙が彼女と出会ったのは、山の神達が幻想郷に引っ越してきた時だった。その頃はただの芋の匂いがする野暮ったい神という認識だったが、その後、とある宴会時に偶然彼女が隣の席となり、食べ物やキノコの話などで意気投合し、それからというもの、こうして時折家にやってきては、一緒出かけようと誘ってくるようになったのだ。
初めのうちは魔理沙も穣子と一緒に出かけていたが、行き先がいつも同じであったり、やることも同じであったため徐々に飽きてしまった。そしていつしか魔理沙は、彼女が家に来ても追い払うようになってしまっていたのだ。
そして今日も、いつもと同じように門前払いしようと思っていたのだが、なんの因果か、今こうやって一緒にいるわけなのだ。ここまで来て追い払うのは流石の彼女でも気が引けた。魔理沙は観念したように一息つくと穣子に告げた。
「……ああ、わかったよ。特別に今日一日付き合ってやるぜ」
「本当……?」
穣子は驚いたように顔を上げる。魔理沙はそっぽを向いたまま告げる。
「ああ。どうせヒマだしな。……その代わり一つ提案がある」
「提案って……?」
「私に妖怪の山で一番のキノコをよこせ!」
そう言って不敵な笑みを浮かべる魔理沙に穣子は即答する。
「ええ、いいわよ」
「おお、いいのか? そんな二つ返事で。言っておくが私はキノコにはこだわりがある。そんじょそこらの雑キノコじゃ納得なんかしないぞ?」
不敵な笑みのままの魔理沙に負けじと、穣子も笑みを浮かべて言い返す。
「あら、私を誰だと思っているのよ。秋を司る豊穣神よ? 必ずあなたを満足させる逸品をお贈りしてあげるわ」
「ほー? そいつは楽しみだな」
「それじゃ。さっそく秋めく妖怪の山へ! れっつごー!」
穣子は「それっ!」と元気よく飛び立つと妖怪の山の方へ早速向かう。魔理沙は、「……やれやれだぜ」と、一人ごちると、彼女の後を追いかけるのだった。
ーーーーーーーーーー
「……って自分で探すのかよっ!?」
思わず大声上げる魔理沙に穣子が言う。
「当たり前でしょ? 妖怪の山で一番のキノコなんてそう簡単に見つかるわけないじゃない」
「おい、さも当たり前のように言うな。確かに私は逸品が欲しいとい言ったぜ? でもな。こういうのって……」
「はいはい。無駄口たたかないの! 口より手を動かして!」
二人は妖怪の山の奥地で雑木林をかき分けている。どうやら穣子は魔理沙に送るキノコを自力で見つけるつもりらしい。
雑木林をかき分ける彼女のその目は真剣そのものだ。それを見ながら魔理沙は思う。
……ったく、こういうところなんだよな。こいつ、一生懸命なのはわかるんだが、どこか価値観というか感覚がズレてんだよ。神様特有のものなのか、こいつ自身の問題なのかはわからんが……。
「……おい」
「何?」
「一応これ、曲がりなりにもデートなんだよな?」
「え、あ。うん、まぁ……」
「ならさ。もっとデートらしいことしないか?」
「デートらしいことって……?」
「そうだな、例えば。ほら、妖怪の山の名所巡りとかさ。こんな雑木林かき分けてるだけの地味なデートは流石にないだろ?」
魔理沙の言葉を聞いた穣子は、うんうんと頷きながら魔理沙に言う。
「あ……そっか。そうだね。わかった! じゃあ、キノコの件は私がなんとかするから……ついてきて!」
言うなり彼女は空に飛び上がる。
「ちょっ……! 待てよ!」
慌てて魔理沙は彼女を追いかけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「さあ、これが妖怪の山名物の大瀑布、『九天の滝』よ!」
「おー、いいじゃないか! そうそう。こういうのでいいんだよ!」
二人の目の前には妖怪の山で最も大きな滝が広がっている。穣子が「妖怪の山名所案内」として魔理沙を連れてきたのだ。
魔理沙がここに来るのは先の異変以来だ。あのときは、ゆっくり滝を見る余裕はなかったが、改めて見るとなかなか壮観である。轟音とともに流れ落ちる滝を満足そうに魔理沙が眺めていると、不意に穣子が彼女に尋ねる。
「でもさ、ただ滝見るだけじゃつまらないでしょ……?」
「なに……?」
「というわけで、えーい!」
穣子は突然魔理沙を力込めて押し飛ばす。
「うわぁああああああーっ!?」
悲鳴とともに魔理沙は、きりもみしながら滝壺に落ちていく。
しばらくしてずぶ濡れになりながらもなんとか生還した彼女は穣子に怒鳴りつける。
「な、何をするだァーッ!」
怒りのあまりに思わず訛ってしまう彼女に、穣子は悪びれない笑顔で返す。
「いやースリルがあった方が楽しめるかなと思って」
「ふざけるな! マジで殺す気かおまえは!?」
「もう、そんな怒んなくてもいいでしょー? 退屈させないようにって気を遣ったのに」
「……何だ。神様同士のデートってのは、相手を滝壺にたたき落とし合うものなのか!?」
「いや、そうじゃないけど……もしかして、嬉しくなかった……?」
「……あのなぁ。勘弁してくれよ! 見ろよ! 私の体がびしょびしょじゃないか! これじゃ風邪引いてしまうぜ!」
そう言いながら魔理沙が思わず体を震わせると、穣子はハッとしたような表情を浮かべる。
「あ、そっか!? 人間はすぐに服乾かせないんだっけ! じゃあ、乾かさなきゃ!」
「ああ、頼むぜ! 早く!」
「それー! 秋の風!」
彼女がそう言って、両手を掲げると辺りに、ひんやりとした風が吹き始める。
「うわぁあああ!? さむいさむいさむいさむい!? 風を止めてくれ!」
「え、だって風で乾かさないと……」
「風が寒いんだよ!? いくらなんでも濡れた体に冷風はないだろ!? 何考えてんだ!! せめて温風にしてくれよっ!」
魔理沙の抗議に穣子は平然と言い放つ。
「それは無理よ。秋の風は少し肌寒いものって決まってるもん!」
「うぎぎ……もういい!! 帰る!! 帰る!! 私は帰るぜ! こんなんやってられるかってんだ!」
「あ、待ってよー!?」
魔理沙は彼女を無視してそのまま家に帰ってしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「で、無事風邪引いて帰ってきたってワケね?」
「くそぅ……! あの野良神め……今度会ったらタダじゃすまないからな……」
魔理沙は、うつろな表情でベッドに横たわっている。全身びしょ濡れのまま帰ってきた彼女は案の定、風邪を引いてしまったのだ。
その横でアリスは、焼き上がったクッキーをこれみよがしに啄んでいる。
「まったく災難ねぇー」
そう言いながらクッキーを口に放り込むアリスに魔理沙が恨めしそうに言う。
「……おい、私にもそのクッキーくれよー?」
「あら? 病人はこんなもの食べられないでしょー? やめときなさいよ」
「病人は栄養を取らなきゃいけないんだぜ?」
「もー。仕方ないわねー」
アリスは仕方なさそうに楕円形のクッキーを魔理沙に渡す。さっそく魔理沙はクッキーに口をつける。
「うん? なんか甘いな。これは何味だ?」
「焼き芋風味よ?」
「うぇっ!? マジかよ!?」
思わず魔理沙は、クッキーを吐き出して顔をしかめる。
「やめてくれ! あいつを思い出しちまうじゃないか!」
「ちょっと、人の作ったクッキー食っておいてその言い草は、さすがにないんじゃない?」
「仕方ないだろー。まさか芋味だなんて思ってなかったし」
「難儀ねぇ……。それじゃこのクッキーは全部私が頂くとするわね」
そう言うとアリスはニヤニヤと笑みを浮かべて、クッキーを食べる。
「くそう! どうしてこんなことに……!!」
魔理沙は思わずベッドの中で頭を抱える。
と、その時だ。
「ごめんくださーい」
来客が来たらしい。魔理沙がこの調子なので、アリスが仕方なく玄関に行くとそこには穣子の姉の姿があった。
「あら、あなたは……確か穣子さんの姉の……」
「紅葉神の秋静葉です」
「そうそう、静葉さんね。今日は何の用事?」
「あの、魔理沙さんはいらっしゃいますか?」
「あいつならベッドで横になってるわ。なんか風邪引いちゃったみたいで」
アリスの言葉を聞いた静葉はぎょっとした表情を見せる。
「えっ! それってもしかしてうちの穣子に濡らされちゃったからでは!?」
「まあ、そうかもしれないけど、心配しなくても大丈夫よ。あいつ体だけは頑丈だからすぐ治るでしょ」
「そんな。ごめんなさい! うちの妹が迷惑をかけてしまって……」
「だから大丈夫だってば。そういえば、穣子さんは?」
「ああ、やつなら家でふて腐れてます。私にしっかり叱られたので」
「あらあら、それは大変ね……」
「それで、そのお詫びと言ってはなんですけど……」
そう言って彼女は大きな扇子状のキノコを取り出す。
「これまたずいぶん大物ね」
「穣子のやつが、これを魔理沙さんにって。なんでもミヤマトンビマイタケ? と言って、鍋に入れると美味しいらしいですよ」
「そうなのね。わざわざありがとう。さっそく調理してみることにするわ。穣子さんによろしく言っておいてね」
「わかりました。こちらからも魔理沙さんによろしく伝えておいてください。このたびは本当申し訳ありませんでした。ではこの辺で……」
そう言って静葉は一礼すると、ふわりと紅葉を辺りに散らしながら姿を消す。
「……これはいいものを手に入れたわ」
アリスは彼女が残したキノコを手にすると思わず口元を緩めた。
ーーーーーーーーーーーーー
その夜、二人は鍋を囲む。穣子からの差し入れのキノコでつくった鍋だ。魔理沙はうまいうまいと言いながら鍋を貪る。病人とは思えない食べっぷりだ。この調子なら風邪もすぐに治りそうである。夢中で鍋を突っつく魔理沙にふとアリスが言う。
「そうそう。知ってる? このキノコ、穣子さんからの差し入れなのよ」
「なん……だと……?」
途端に魔理沙の箸が止まる。アリスはその様子をニヤニヤしながら眺めつつ彼女に尋ねる。
「さあ、どうするのかしらー? 食べるのやめちゃうのかなー? もし食べないなら私全部もらうけどー?」
「うぐぐ……」
魔理沙は苦悶の表情でキノコ鍋を見つめていたが、観念したように再び鍋を口にする。アリスはニヤニヤしたままだ。
「なんだよ、おまえその顔……」
「別にぃー? あ、食べるんだ。って思って」
「……うぐっ。そ、そりゃこんな逸品食べられる機会なんてめったにないしな。いくらあいつの差し入れとは言え……」
「じゃ、彼女のこと許してあげるのね?」
「いや、それとこれとは話が別だぜ」
「アンタも強情ねー……もう許してあげたら? あの子、悪気はなかったっていうんだし」
「そうなんだがな……いや、そうじゃなくてだな」
「そうじゃなくて……? 何よ?」
彼女の問いに、ふと魔理沙は箸を止める。
「どうしたの?」
「……なあ、あいつが私と『デート』するって言ってきたとき、おまえどう思った?」
「へ……? あの子、そんなこといつ言ってたっけ」
「あいつがこの家に乗り込んできたときだよ。おまえはクッキーを焼いていただろ?」
「あぁー……って、別に? 全然気にしてなかったっていうか、クッキー焼いてたからそれどころじゃなかったし」
「そうか……」
魔理沙は安堵したように息をつくと再び鍋を突っつく。
「……何よ。アンタもしかしてそれをずっと気にしてたの?」
アリスの問いに魔理沙はそっぽを向くと、無言で鍋を突っつき続ける。アリスは彼女の横に付くとからかうようにささやく。
「……バカねぇ。あんたってそういうところだけは、ほんと妙に真面目よねえ」
「う、うるさいっ!」
思わず魔理沙は頬を赤くさせると、それをごまかすようにお椀の汁を飲み干した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あら、二人ともいらっしゃい。魔理沙なら奥にいるわよ」
「あ、はい……それじゃ失礼します」
しばらくして、二人の元へ秋姉妹の二人が尋ねてきた。穣子は静葉に促されながら少し気まずそうな様子で家の中に入る。
アリスの案内で、家のテラスまで行くと、そこではすっかり元気になった魔理沙が椅子に座って本を読んでいた。
魔理沙は穣子を一瞥するとまた本を読み始める。
「あ、あの……」
穣子は勇気を絞るようにして呼びかけるが、魔理沙は反応しない。
「ほら、穣子。しっかりして。練習してきたでしょ?」
「う、うん」
姉に励まされて穣子は深呼吸をしてもう一度、魔理沙に呼びかける。
「あの……魔理沙さん」
「……なんだよ。なんの用で来たんだ」
魔理沙は、本に目を向けたままだ。
「あの、こないだはごめんなさい。あの……あなたのことを考えずに勝手なことばかりして……本当にごめんなさい!!」
そう言って彼女は深々と頭を下げる。魔理沙は本を見たまま動かず、その場が静寂に包まれる。
その時、風が吹き木の葉が辺りに舞う。そして風が止んだ頃、魔理沙が静かに口を開く。
「……やれやれだぜ」
そう言って本を静かに閉じると、彼女は穣子の方を見る。
「……別に私は、おまえを怒ってなんかいないぞ……」
「えっ……そうなの?」
きょとんとする穣子に魔理沙が少しうつむいて告げる。
「それより、キノコ美味かったぜ。まあ、一応礼を言っとくぜ。ありがとな」
「あ、うん……お口に合ったようで何よりだわ」
穣子は少しはにかみながらそう言うと、気恥ずかしそうに頬をかく。
二人の様子を見守っていたアリスと静葉は安堵したようにため息をついた。
「まったく……本当、素直じゃないんだから。あいつは」
そう言って呆れた様子で思わず両手を広げて首を横に振るアリス。
「……良かったわね。穣子」
対する静葉は、少し目を潤ませながら何度も頷く。
ふとアリスが空を見上げると、秋空がどこまでも広がっている。
それはあたかも、皆を優しく見守ってくれているような。
そんな秋のある日の一幕のことだった。
突然大声がしたかと思うと、ドカーン! と、家の扉が開かれ、ドカドカドカドカと音を立てて土足、もとい裸足で家の中に駆け上がってきた招かれざる客。
うららかな昼下がり、ソファーで心地よくうたた寝していたのを邪魔された魔理沙は、うんざりした様子でその客に半眼を向ける。
「悪いがウチはセールスお断りだぜ。帰れ帰れ!」
「そんな堅いこと言わずにー。せっかくの秋なんだし……ね?」
そう言いながらその招かれざる客は、ニコニコ笑みを浮かべて椅子に座っている。どうやら帰る意志はゼロの様子だ。辺りには生焼け芋の香りが漂う。匂いの発信元は彼女だ。
「悪いが秋にはもう飽き飽きしてるんだ。早く春にしてくれよ!」
「そんなこと言わないでよー! せっかくの秋なのに。あなたの好きなキノコの季節本番でしょー」
「魔法の森のキノコの旬は一年中なんだよ!」
「キノコ仲間なのにつれないわねー」
「勝手におまえの同類に入れないでくれ!」
魔理沙は大儀そうに、ソファーから起き上がる。
「あ、やっと話を聞いてくれる気になったのね?」
「いや、おまえをどうやって追い返そうか思いついたのさ」
「……え?」
「で、手っ取り早くこうすることに決めた」
「……は?」
魔理沙は彼女に向かっておもむろに八卦炉を構えると、魔法を発動させようとする。
「と、いうわけでとっとと去ねい! 木っ端神!」
と、その時だ。
「ちょっと待ったあぁー!」
制止する声が聞こえたかと思った次の瞬間、分厚い本が魔理沙の顔面に直撃する。
「ぶふおぉーー!?」
断末魔とともに魔理沙は地面に崩れ落ちた。
「……まったく。アンタは自分の家を壊す気なの?」
声の主はアリスだった。彼女は奥で料理中だったのか、花柄のエプロンを身につけて腕を組んで眉をしかめている。
「あ、ごめんなさい、お邪魔してるわー」
彼女はそう言うと、ぺこりとアリスに向かって頭を下げる。
「あら、あなたは、確か……秋の神様の……」
「そう、豊穣神の秋穣子よ!」
「随分珍しい客が来たわね。一体どうしたの?」
「実はこの人に用事があって……」
と、穣子は床で伸びている魔理沙の方を向く。
「こいつに……?」
「ええ。あの、実は……デートの約束があって……」
「あら、そう。それはちょうど良かったわ! 今クッキー焼いてるとこだから、一緒に出かけてきてくれないかしら。こいついるとつまみ食いとかするし」
「はーい。喜んで」
すかさず復活した魔理沙が割って入る。
「ちょっと待て! ちょっと待て!? 何勝手にトントン拍子に話が進んでるんだよ!? 私は一言も良いとは言って……」
「はいはい、いいから行ってきなさいな!」
そう言いながらアリスが手のひらをかざすと、魔理沙の体が宙に浮き、玄関の方へ吹っ飛ばされてしまう。
「うわぁああー! おまえ、あとで覚えてろよー!?」
捨て台詞とともに魔理沙は、勢いよく家の外へ放り出されてしまった。
ーーーーーーーーーー
「……ねえ、大丈夫?」
「……私に話しかけるな!」
魔理沙は外に放り出された勢いで、木に尻をしこたま打ち、地面に突っ伏していた。
「……くそう。なんでこんな目に……」
魔理沙は立ち上がると、心配する彼女を無視して歩き出す。穣子は慌てて彼女を追いかける。
「ねえ、どこ行くのよ?」
「私の行きたいところだ」
「行きたいところってどこ?」
「行きたいところは、行きたいところだ!」
「もしかして妖怪の山?」
「そこだけは、絶対行かん!」
「私はあなたとそこに行きたいんだけど」
「あいにくだが、私はおまえと行動するつもりはない! 一緒にいてもつまらないからな!」
「なんでそんなに怒ってるのよ?」
「なんでだと……?」
彼女はふと立ち止まると穣子の方を、にらみつけて言い放つ。
「誰がおまえなんかとデートする約束なんかしたというんだ!? 勝手なことを言いやがって」
「まあまあ。落ち着いてよ。あれはあくまでも口実よ。あなたを外に出すための」
「口実だと? ……ほー。そうか、神様ってのは目的のためなら平気で嘘をつく存在なんだな?」
「それはあなたたち人間も一緒でしょ? そんなのお互い様よ!」
そう言う彼女はまるで悪びれた様子もない。魔理沙は彼女に半眼を向けながら告げる。
「……私は、もともと秋という季節はそれほど好きじゃなかったが、おまえのせいでいよいよ嫌いになりそうだぜ」
すかさず穣子が言い返す。
「……それは残念だわ。でも私のことは嫌いになってもいいから、せめて秋だけは嫌いにならないでくれないかな……?」
そう言って悲しげにうつむく彼女は、今にも泣き出しそうな様子だ。
魔理沙は、思わず大きくため息をついた。
魔理沙が彼女と出会ったのは、山の神達が幻想郷に引っ越してきた時だった。その頃はただの芋の匂いがする野暮ったい神という認識だったが、その後、とある宴会時に偶然彼女が隣の席となり、食べ物やキノコの話などで意気投合し、それからというもの、こうして時折家にやってきては、一緒出かけようと誘ってくるようになったのだ。
初めのうちは魔理沙も穣子と一緒に出かけていたが、行き先がいつも同じであったり、やることも同じであったため徐々に飽きてしまった。そしていつしか魔理沙は、彼女が家に来ても追い払うようになってしまっていたのだ。
そして今日も、いつもと同じように門前払いしようと思っていたのだが、なんの因果か、今こうやって一緒にいるわけなのだ。ここまで来て追い払うのは流石の彼女でも気が引けた。魔理沙は観念したように一息つくと穣子に告げた。
「……ああ、わかったよ。特別に今日一日付き合ってやるぜ」
「本当……?」
穣子は驚いたように顔を上げる。魔理沙はそっぽを向いたまま告げる。
「ああ。どうせヒマだしな。……その代わり一つ提案がある」
「提案って……?」
「私に妖怪の山で一番のキノコをよこせ!」
そう言って不敵な笑みを浮かべる魔理沙に穣子は即答する。
「ええ、いいわよ」
「おお、いいのか? そんな二つ返事で。言っておくが私はキノコにはこだわりがある。そんじょそこらの雑キノコじゃ納得なんかしないぞ?」
不敵な笑みのままの魔理沙に負けじと、穣子も笑みを浮かべて言い返す。
「あら、私を誰だと思っているのよ。秋を司る豊穣神よ? 必ずあなたを満足させる逸品をお贈りしてあげるわ」
「ほー? そいつは楽しみだな」
「それじゃ。さっそく秋めく妖怪の山へ! れっつごー!」
穣子は「それっ!」と元気よく飛び立つと妖怪の山の方へ早速向かう。魔理沙は、「……やれやれだぜ」と、一人ごちると、彼女の後を追いかけるのだった。
ーーーーーーーーーー
「……って自分で探すのかよっ!?」
思わず大声上げる魔理沙に穣子が言う。
「当たり前でしょ? 妖怪の山で一番のキノコなんてそう簡単に見つかるわけないじゃない」
「おい、さも当たり前のように言うな。確かに私は逸品が欲しいとい言ったぜ? でもな。こういうのって……」
「はいはい。無駄口たたかないの! 口より手を動かして!」
二人は妖怪の山の奥地で雑木林をかき分けている。どうやら穣子は魔理沙に送るキノコを自力で見つけるつもりらしい。
雑木林をかき分ける彼女のその目は真剣そのものだ。それを見ながら魔理沙は思う。
……ったく、こういうところなんだよな。こいつ、一生懸命なのはわかるんだが、どこか価値観というか感覚がズレてんだよ。神様特有のものなのか、こいつ自身の問題なのかはわからんが……。
「……おい」
「何?」
「一応これ、曲がりなりにもデートなんだよな?」
「え、あ。うん、まぁ……」
「ならさ。もっとデートらしいことしないか?」
「デートらしいことって……?」
「そうだな、例えば。ほら、妖怪の山の名所巡りとかさ。こんな雑木林かき分けてるだけの地味なデートは流石にないだろ?」
魔理沙の言葉を聞いた穣子は、うんうんと頷きながら魔理沙に言う。
「あ……そっか。そうだね。わかった! じゃあ、キノコの件は私がなんとかするから……ついてきて!」
言うなり彼女は空に飛び上がる。
「ちょっ……! 待てよ!」
慌てて魔理沙は彼女を追いかけた。
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「さあ、これが妖怪の山名物の大瀑布、『九天の滝』よ!」
「おー、いいじゃないか! そうそう。こういうのでいいんだよ!」
二人の目の前には妖怪の山で最も大きな滝が広がっている。穣子が「妖怪の山名所案内」として魔理沙を連れてきたのだ。
魔理沙がここに来るのは先の異変以来だ。あのときは、ゆっくり滝を見る余裕はなかったが、改めて見るとなかなか壮観である。轟音とともに流れ落ちる滝を満足そうに魔理沙が眺めていると、不意に穣子が彼女に尋ねる。
「でもさ、ただ滝見るだけじゃつまらないでしょ……?」
「なに……?」
「というわけで、えーい!」
穣子は突然魔理沙を力込めて押し飛ばす。
「うわぁああああああーっ!?」
悲鳴とともに魔理沙は、きりもみしながら滝壺に落ちていく。
しばらくしてずぶ濡れになりながらもなんとか生還した彼女は穣子に怒鳴りつける。
「な、何をするだァーッ!」
怒りのあまりに思わず訛ってしまう彼女に、穣子は悪びれない笑顔で返す。
「いやースリルがあった方が楽しめるかなと思って」
「ふざけるな! マジで殺す気かおまえは!?」
「もう、そんな怒んなくてもいいでしょー? 退屈させないようにって気を遣ったのに」
「……何だ。神様同士のデートってのは、相手を滝壺にたたき落とし合うものなのか!?」
「いや、そうじゃないけど……もしかして、嬉しくなかった……?」
「……あのなぁ。勘弁してくれよ! 見ろよ! 私の体がびしょびしょじゃないか! これじゃ風邪引いてしまうぜ!」
そう言いながら魔理沙が思わず体を震わせると、穣子はハッとしたような表情を浮かべる。
「あ、そっか!? 人間はすぐに服乾かせないんだっけ! じゃあ、乾かさなきゃ!」
「ああ、頼むぜ! 早く!」
「それー! 秋の風!」
彼女がそう言って、両手を掲げると辺りに、ひんやりとした風が吹き始める。
「うわぁあああ!? さむいさむいさむいさむい!? 風を止めてくれ!」
「え、だって風で乾かさないと……」
「風が寒いんだよ!? いくらなんでも濡れた体に冷風はないだろ!? 何考えてんだ!! せめて温風にしてくれよっ!」
魔理沙の抗議に穣子は平然と言い放つ。
「それは無理よ。秋の風は少し肌寒いものって決まってるもん!」
「うぎぎ……もういい!! 帰る!! 帰る!! 私は帰るぜ! こんなんやってられるかってんだ!」
「あ、待ってよー!?」
魔理沙は彼女を無視してそのまま家に帰ってしまった。
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「で、無事風邪引いて帰ってきたってワケね?」
「くそぅ……! あの野良神め……今度会ったらタダじゃすまないからな……」
魔理沙は、うつろな表情でベッドに横たわっている。全身びしょ濡れのまま帰ってきた彼女は案の定、風邪を引いてしまったのだ。
その横でアリスは、焼き上がったクッキーをこれみよがしに啄んでいる。
「まったく災難ねぇー」
そう言いながらクッキーを口に放り込むアリスに魔理沙が恨めしそうに言う。
「……おい、私にもそのクッキーくれよー?」
「あら? 病人はこんなもの食べられないでしょー? やめときなさいよ」
「病人は栄養を取らなきゃいけないんだぜ?」
「もー。仕方ないわねー」
アリスは仕方なさそうに楕円形のクッキーを魔理沙に渡す。さっそく魔理沙はクッキーに口をつける。
「うん? なんか甘いな。これは何味だ?」
「焼き芋風味よ?」
「うぇっ!? マジかよ!?」
思わず魔理沙は、クッキーを吐き出して顔をしかめる。
「やめてくれ! あいつを思い出しちまうじゃないか!」
「ちょっと、人の作ったクッキー食っておいてその言い草は、さすがにないんじゃない?」
「仕方ないだろー。まさか芋味だなんて思ってなかったし」
「難儀ねぇ……。それじゃこのクッキーは全部私が頂くとするわね」
そう言うとアリスはニヤニヤと笑みを浮かべて、クッキーを食べる。
「くそう! どうしてこんなことに……!!」
魔理沙は思わずベッドの中で頭を抱える。
と、その時だ。
「ごめんくださーい」
来客が来たらしい。魔理沙がこの調子なので、アリスが仕方なく玄関に行くとそこには穣子の姉の姿があった。
「あら、あなたは……確か穣子さんの姉の……」
「紅葉神の秋静葉です」
「そうそう、静葉さんね。今日は何の用事?」
「あの、魔理沙さんはいらっしゃいますか?」
「あいつならベッドで横になってるわ。なんか風邪引いちゃったみたいで」
アリスの言葉を聞いた静葉はぎょっとした表情を見せる。
「えっ! それってもしかしてうちの穣子に濡らされちゃったからでは!?」
「まあ、そうかもしれないけど、心配しなくても大丈夫よ。あいつ体だけは頑丈だからすぐ治るでしょ」
「そんな。ごめんなさい! うちの妹が迷惑をかけてしまって……」
「だから大丈夫だってば。そういえば、穣子さんは?」
「ああ、やつなら家でふて腐れてます。私にしっかり叱られたので」
「あらあら、それは大変ね……」
「それで、そのお詫びと言ってはなんですけど……」
そう言って彼女は大きな扇子状のキノコを取り出す。
「これまたずいぶん大物ね」
「穣子のやつが、これを魔理沙さんにって。なんでもミヤマトンビマイタケ? と言って、鍋に入れると美味しいらしいですよ」
「そうなのね。わざわざありがとう。さっそく調理してみることにするわ。穣子さんによろしく言っておいてね」
「わかりました。こちらからも魔理沙さんによろしく伝えておいてください。このたびは本当申し訳ありませんでした。ではこの辺で……」
そう言って静葉は一礼すると、ふわりと紅葉を辺りに散らしながら姿を消す。
「……これはいいものを手に入れたわ」
アリスは彼女が残したキノコを手にすると思わず口元を緩めた。
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その夜、二人は鍋を囲む。穣子からの差し入れのキノコでつくった鍋だ。魔理沙はうまいうまいと言いながら鍋を貪る。病人とは思えない食べっぷりだ。この調子なら風邪もすぐに治りそうである。夢中で鍋を突っつく魔理沙にふとアリスが言う。
「そうそう。知ってる? このキノコ、穣子さんからの差し入れなのよ」
「なん……だと……?」
途端に魔理沙の箸が止まる。アリスはその様子をニヤニヤしながら眺めつつ彼女に尋ねる。
「さあ、どうするのかしらー? 食べるのやめちゃうのかなー? もし食べないなら私全部もらうけどー?」
「うぐぐ……」
魔理沙は苦悶の表情でキノコ鍋を見つめていたが、観念したように再び鍋を口にする。アリスはニヤニヤしたままだ。
「なんだよ、おまえその顔……」
「別にぃー? あ、食べるんだ。って思って」
「……うぐっ。そ、そりゃこんな逸品食べられる機会なんてめったにないしな。いくらあいつの差し入れとは言え……」
「じゃ、彼女のこと許してあげるのね?」
「いや、それとこれとは話が別だぜ」
「アンタも強情ねー……もう許してあげたら? あの子、悪気はなかったっていうんだし」
「そうなんだがな……いや、そうじゃなくてだな」
「そうじゃなくて……? 何よ?」
彼女の問いに、ふと魔理沙は箸を止める。
「どうしたの?」
「……なあ、あいつが私と『デート』するって言ってきたとき、おまえどう思った?」
「へ……? あの子、そんなこといつ言ってたっけ」
「あいつがこの家に乗り込んできたときだよ。おまえはクッキーを焼いていただろ?」
「あぁー……って、別に? 全然気にしてなかったっていうか、クッキー焼いてたからそれどころじゃなかったし」
「そうか……」
魔理沙は安堵したように息をつくと再び鍋を突っつく。
「……何よ。アンタもしかしてそれをずっと気にしてたの?」
アリスの問いに魔理沙はそっぽを向くと、無言で鍋を突っつき続ける。アリスは彼女の横に付くとからかうようにささやく。
「……バカねぇ。あんたってそういうところだけは、ほんと妙に真面目よねえ」
「う、うるさいっ!」
思わず魔理沙は頬を赤くさせると、それをごまかすようにお椀の汁を飲み干した。
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「あら、二人ともいらっしゃい。魔理沙なら奥にいるわよ」
「あ、はい……それじゃ失礼します」
しばらくして、二人の元へ秋姉妹の二人が尋ねてきた。穣子は静葉に促されながら少し気まずそうな様子で家の中に入る。
アリスの案内で、家のテラスまで行くと、そこではすっかり元気になった魔理沙が椅子に座って本を読んでいた。
魔理沙は穣子を一瞥するとまた本を読み始める。
「あ、あの……」
穣子は勇気を絞るようにして呼びかけるが、魔理沙は反応しない。
「ほら、穣子。しっかりして。練習してきたでしょ?」
「う、うん」
姉に励まされて穣子は深呼吸をしてもう一度、魔理沙に呼びかける。
「あの……魔理沙さん」
「……なんだよ。なんの用で来たんだ」
魔理沙は、本に目を向けたままだ。
「あの、こないだはごめんなさい。あの……あなたのことを考えずに勝手なことばかりして……本当にごめんなさい!!」
そう言って彼女は深々と頭を下げる。魔理沙は本を見たまま動かず、その場が静寂に包まれる。
その時、風が吹き木の葉が辺りに舞う。そして風が止んだ頃、魔理沙が静かに口を開く。
「……やれやれだぜ」
そう言って本を静かに閉じると、彼女は穣子の方を見る。
「……別に私は、おまえを怒ってなんかいないぞ……」
「えっ……そうなの?」
きょとんとする穣子に魔理沙が少しうつむいて告げる。
「それより、キノコ美味かったぜ。まあ、一応礼を言っとくぜ。ありがとな」
「あ、うん……お口に合ったようで何よりだわ」
穣子は少しはにかみながらそう言うと、気恥ずかしそうに頬をかく。
二人の様子を見守っていたアリスと静葉は安堵したようにため息をついた。
「まったく……本当、素直じゃないんだから。あいつは」
そう言って呆れた様子で思わず両手を広げて首を横に振るアリス。
「……良かったわね。穣子」
対する静葉は、少し目を潤ませながら何度も頷く。
ふとアリスが空を見上げると、秋空がどこまでも広がっている。
それはあたかも、皆を優しく見守ってくれているような。
そんな秋のある日の一幕のことだった。
これが秋サンドですか