Coolier - 新生・東方創想話

境界線姫 第二話

2022/10/19 21:33:34
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第一話はこちらから。⇒https://coolier.net/sosowa/ssw_l/241/1662116581





「それで、外に行けばもっと色んな感情に出会えると?」
「そうそう。ほら、人里に住んでる人間なんて、大した数じゃないでしょ? 色んな人間の色んな感情が見たいのなら、もっと広い世界を見た方がいいんじゃない?」
「ほう……それは、興味深い」
 命蓮寺の倉。
 そこでは今日もまた、外の世界への案内人が無表情な少女に羽の妖怪が甘言を投げている。目の前の妖怪ターゲツトは表情こそなかったが、その目の奥には外の世界と未知の感情への羨望が確かにあった。
 秦こころ。
 見た目には青のチェック柄の上着にピンクのバルーンスカートを穿いた少女だ。ジャック・オー・ランタンのような、顔にも見える穴のあるスカートは特徴的だが、それでも見た目には普通の少女に見える。
 だが、この命蓮寺にいる時点で普通の人間ではない。こころはこれでも面霊気と呼ばれる付喪神の一種だ。
 自身の表情ではなく六六ものお面を使用して感情表現を行うこころは、人間の感情に深く結びついている。人前で能を披露して人里の人間達を楽しませると同時、他の妖怪が人肉を喰らうのと同じように彼女は人々の感情を摂取する。人間達も、幻想郷の数少ない娯楽である彼女の能を愉しんでおり、能が開催されればいつも大勢の観客で賑わっている。
 つまり、こころはある意味で充分に満たされているのだ。今の現状に。外に興味こそ抱いているが、これまで送り出した妖怪のように、わざわざ外で人を喰ったり怖がらせたりするほど幻想郷で燻っても切羽詰まってもいない。
 それでも羽の妖怪がこころを勧誘するのには、理由があった。無論、羽の妖怪がこころに求めるのは感謝でも金でもない。
「それにさ、外では幻想郷にはない能や演劇があるんだって。新しい能楽として取り入れるのも悪くないんじゃない?」
「ほほう、例えば?」
「え、ええと……映画とか、ミュージカルとか? あんまり詳しくないけど、舞ったり踊ったりする以外にも歌ったり戦ったりするらしいけど」
「ほうほう!」
 こころが無表情のまま前のめりになって羽の妖怪に顔を近付ける。勧誘しているのはこちらなのに、想像以上の食いつきっぷりに羽の妖怪の方がたじたじになっている。
 羽の妖怪はぎこちないセールストークを繰り広げながら、目の前の妖怪を見る。
 目の前の秦こころという存在は、表情が無いから一見とぼけているように見える。だが、彼女はあの紅白の巫女、聖、そして道士とも渡り合った存在だ。弾幕ごっこの強さじゃ幻想郷でも上位に位置するだろう。少なくともこれまで送り出してきた妖怪連中とは格が違う。……まあ、私ほどじゃないが。
 羽の妖怪の狙いは、こころを秘封倶楽部とやらにぶつける事だ。
 リグルのやつが出会った、あちらの世界の守護者。リグルはなんだか妙に納得してすっきりしていたが、こっちからすれば迷惑極まりない。ヤマメの時のような面倒はもうごめんだ。これ以上、好き勝手させる前にあいつらを排除しないと。
 羽の妖怪は営業スマイルをこころへ向けながら、内心にやりとほくそ笑む。
 ……今度は、そう簡単に追い返せるとは思わぬ事だな。外の守護者め。
「さてどうする? 私は無理強いする気は無いけど、行きたいなら全力で後押ししてあげる」
「無論、断る理由はない。私は行くぞ! さっそくだが外に行くなら私は何をすればいい?」
 むんすと、こころが無表情で鼻息を荒くしながら拳を握りしめ、顔を羽の妖怪にずいと近付ける。向こうから乗ってくれるのなら話は早い。羽の妖怪は胡散臭い笑みのまま、こころへと手を伸ばす。彼女を、大結界の外へ送り出すために。
 だが、それよりも先に誰かの声が割って入る。

「何だか面白そうな話をしてるね。私も混ぜてくれるかな?」

 倉に第三者の声が響く。声は高く少女のそれだが、口調は中性的でずいぶんと落ち着きのあるものだった。
「あ、ナズーリン」
 羽の妖怪が声の主を視界に入れるのと、こころが侵入者の名前を呼ぶのは同時だった。
 そこには、小さな少女がいた。ダークグレーのセミロングスカートの上から水色のケープを羽織るという、女の子にしてはシックな服装だ。胸元にぶら下がる八面体の水晶のようなものも、見る人が見ればそれがオシャレ目的のペンダントではなく実用のペンデュラムである事が分かる。
 だが、一番の特徴はその頭にある大きな丸い耳だろう。どこかネズミを彷彿とさせるそれを見れば、彼女が人間ではなく妖怪である事は一目で分かる。
「やあナズーリン。こんなところに何の用だい? 聖に倉までお使いでも頼まれた?」
 取引現場を見られた羽の妖怪が笑顔を浮かべながら取り繕う。他の奴ならどうとでも誤魔化せるが、こと目の前の自称賢将だけはそう簡単に騙されてくれないだろう。
 ……ちっ、毘沙門天の腰巾着め。余計なものに嗅ぎ付けられたなぁ。
「いやなに、偶然ここを通りかかったら、何やら面白そうな話が聞こえてきてね。こう見えて耳の良さには自身があるんだ」
 羽の妖怪の薄ら笑いにナズーリンは大きな耳をぴくぴくと揺らしながら答える。見た目にはナズーリンも羽の妖怪もにこやかにしているが、周囲の空気はぴりぴりした空気へと変わっていく。二人とも、その笑顔の裏を読み解こうと思考を巡らせる。
 だが、その空気を読み取れない能天気がここにはいた。
「あのね、外の世界に連れて行ってくれるんだって! ナズーリンも一緒に行く?」
「ほう……外にねぇ」
 ……もう、馬鹿。
 羽の妖怪が心の中で独り言ちる。羽の妖怪の取り繕った笑みが、こころが無邪気に全部話してしまった事であえなく消失、あちゃあと手を顔に当てて天を仰いでしまう。こいつ、外に行くって事がどういう事かまるで分かってない。そりゃあ外に行くって事がどういう意味かまるで分かってない奴をターゲットに選んだんだから当然なのだが。
「ほら、外に行けたらいいなぁって話だよ。狭いこっちと比べれば、面白いものがいっぱいあるよな~って……」
「懲りないねえ君も。この前もさんざん怒られてたのに」
 言い訳を並べるが、ナズーリンは腕を組み、見定めるようにこちらを見ている。こいつの事だ。既に自分が何をしていたか、リグルやヤマメに何を吹き込んでいたか、証拠は既に押さえているんだろう。
 肩を竦め、敗者が降参のジェスチャーをすると、賢将はふふんと得意気に鼻を鳴らした。
 ここでようやく、周囲の空気が不穏なものへと変わっていた事にこころが気付く。
「え、ええと……つまりどういう事?」
「それ以上知ったら君も共犯になる。聖にお説教されたくなかったら早く修行に戻りたまえ」
「わ、分かった……お説教こわい」
 こころはそそくさと倉を出ていく。後に残されたのは、羽の妖怪とナズーリンの二人のみ。
「で? 君は分かっているんだろう? 外に行くというのがどういう事か」
「外で遊べて色んなものが見られて色々食べられてみんなハッピー、でしょ?」
「まさか、本気でそう思ってはないよね? 外にお手軽に遊びに行けるなんて、命蓮寺の変な評判を広められると困るんだ」
 内心本気、だと羽の妖怪は思っている。外と中を大結界で隔てている理由なんて、自分はもちろん人里の子供だって知っている。だが、外に自由に出入り出来る自分にしてみればしょせんその程度でしかない。そんなルールをお行儀よく守って何が妖怪だ。
 だが、それを目の前の頭カチカチに言ったところでどうせ納得なんてしやしない。適当なところで手打ちと行こうじゃないか。
「分かったよ。もう外に誰かを送ったりしない。これでいいかい? それとも口止め料でも払えって? いくらほしい?」
「私は君が何をしようと構わないが……これでも私はあくまで寅丸星ごしゆじんさまの監視役でね。つまりこの寺の門下ではないんだ。だから、許す許さないは聖らにでも任せるとしよう」
 だが、ナズーリンはそんな甘言に釣られもせず、この場を後にしようと背を向ける。それはまずい。ナズーリン一人言い包めれば済むと思っていたのに、聖に密告なんてされたらまた面倒な事になる。私だってまたお説教はもう嫌だ。
 ここからこいつを出す訳にはいかない。
 だから、これはしばらく黙ってもらうだけだ。なあに、殺しはしないさ。

 がきんっ! と。
 金属同士を叩き付けた音が倉に響いた。

「……どういうつもりだい?」
 ナズーリンは、ぽつりと疑問を口にする。いや、きっと少女は口にした疑問の答えを知っている。だからこそ、その無防備の背中に向けて突き立てられようとした三又槍を、ナズーリンは手の中の二本の金属の棒、ダウジングロッドで振り向きもせずに受け止める事が出来たのだ。
 それでも、槍を握るそいつの口から答えを聞きたがっていた。
「いやいや、聖にチクられるのはちょ〜っと困るからね。ナズーリンには少し黙ってもらおうかと」
「ほう。この私を、力尽くで黙らせようと? 確かに、私が君に簡単に勝てるとは思わないけど、簡単に倒せると思われているのなら少々心外だね」
 ロッドをナズーリンが構える。本来は物を探すダウジングのための道具だが、彼女はまるでそれが最も手に馴染んだ武器であるかのように手の中で弄ぶ。
「さてどうするかな? ここで素直に降参してくれるなら、君の弁護くらいはしてあげるよ」
 ナズーリンは威勢のいい事を言っているが、これでもお互い長い付き合いだ。あいつは無策で自分の前に立つような奴じゃない。
 自分が諦めて降参したり逃げたりすればそれでよし。もし自分が攻勢に出たら、ナズーリンは即座にこの倉を吹き飛ばし、聖達に救難信号を送るだろう。勝つためではなく、目的を達成するための戦略。そのためなら多少の負傷をも彼女は許容する。
 ここでナズーリンが勝っても負けても逃げても逃げられても、どうなっても自分の所業を止めるつもりらしい。無茶でも自暴自棄でもなく、それが最善と考えての一手のつもりなのだ。
 ……こういう、すました顔して覚悟ガンギマリみたいな奴が一番相手にしたくないのよね。
「冗談」
 ぼふんっ! と。
 羽の妖怪を中心に黒い雲が爆発的に膨らみ、それは一瞬で倉を黒く塗りつぶした。
「な……にを……」
 ナズーリンは驚きに目を開くが、即座に立ち直り、大きくバックステップする。出口が一ヶ所しかない倉で、雲は倉から逃げる事も出来ずに中で滞留する。だから、倉から飛び出してそのままご主人様の元へ飛んで……いけば……

「……どこだいここは?」

 ぽつりと、ナズーリンは周囲を見渡しながら呟く。
 そこは、倉などではなかった。高くそびえる四角い建造物、石を溶かして固め直したような平らな地面。そしてその上を馬も無しに走る鉄の車。木組みの天井は爽やかな青空へと変わっていて、羽の妖怪も、こころも、命蓮寺の面々もおらず、道行く人間はこちらに目もくれず歩いている。その服装も、人里でよく見る和服とはまるで違っていた。
 ここはもう、ナズーリンのよく知る世界ではなかった。
 つまりは。

「そうか、ここが大結界の外の世界ってやつか」

 どこか他人事のように、ナズーリンはぽつりと呟いた。

§

「さて、どうしたものか……」
 京都の道端で一人、ナズーリンはぼうと空を見上げて考える。
 異世界に一人放り出されたなんて状況、普通の人間なら慌てふためきもするだろうが、少女は違った。無論、単に少女が人間ではなく怪異だという意味ではない。
 賢将を自称する少女は知っていた。冷静でいる事こそ、物事を解決するに至るのだと。
 自分がここに飛ばされた原因。
 それは間違いなく、あいつの仕業に違いない。過去にヤマメやリグルを外へ送ったのと同じように、自分を幻想郷から放り出したのだろう。それにしても、あんなにも簡単に結界を越えられるとは思いもしなかった。幻想郷で他にこんな事が出来るのはスキマ妖怪くらいだろうに。それを小遣い稼ぎにしか使わない辺り、妖怪らしく悪戯にしか興味がないのか、あるいはただの小心者なのか。
 ナズーリンは京都の街を歩き始める。どこかに行くためではなく、思考を整理するために。適度な運動は脳を活性化させる。怪異とは思えないほど、彼女は論理的だった。
 当面の目標は幻想郷へ帰る事。だが、今の自分一人でそれが出来るかと聞かれればNOだ。大結界を越えるなんてそんな芸当、自分のような木っ端妖怪に真似出来るはずもない。
 なら、あちらからの救助を待つか……なんて淡い期待に縋るのも無駄だろう。こちらとあちらでは文字通り世界が隔たれているのだ。ちょっと迷子を探す程度の感覚で自分が見つかるはずもないし、あいつが素直に自分を連れ戻すとも八雲紫が即座に動いてくれるとも思わない。
 なら、取るべき方法は一つ。
 ナズーリンは、胸元に隠れていた八面体の水晶、ペンデュラムを手に取る。
 ヤマメ、そしてリグル。この二人が幻想郷に帰ってきた時、二人とも体に傷があった。つまり、この世界でひと悶着あり、そしてこちらの世界に叩き返されたという事だ。
 ナズーリンの隣を鉄の車が走り抜ける。確か自動車とかいう名前だったか。本では見た事があるが、実際に動いているのを見るのは初めてだった。だが馬鹿正直に目で追い掛けなんてしたら怪しまれる。惹かれる気持ちをぐっと抑え、思考を巡らせる。
 外に送られた妖怪連中が叩き返された。それをやった人間がこの世界にいる。こちらでいう紅白の巫女のような存在、この世界の守護者がどこかにいるに違いない。
 今の自分に出来る事は、その〝この世界の守護者〟と接触して幻想郷に送り返してもらう事、そして今度こそ、あいつのこの馬鹿げた遊びを辞めさせる事だ。
 問題は、その守護者がどこにいるか、という事だ。
「いっそ自分も暴れてみようか……」
 ナズーリンは空を見上げてぽつりと呟く。そうすれば、守護者の方から自分の前に現れてくれるかもしれない。
 だが、自分は妖怪ではあっても獣ではなく文明人、毘沙門天様の弟子なのだ。そんな野蛮な真似は出来ない。そんな事をすれば毘沙門天様に、何よりご主人様に顔向け出来ないし、ヤマメやリグルのようにぼろぼろにされるのも勘弁願いたい。
 幸い、探し物は得意だ。ナズーリンがペンデュラムと繋がった紐を摘まんで軽く揺らすと、ペンデュラムは円を描くようにゆっくりと揺れる。その動きを読み取り、目的のものが存在する方角と距離を読み取るのだ。
 ペンデュラムが綺麗な円を描いて揺れる。だが、ナズーリンが見ようとしているのはその僅かな円の動きのぶれだ。揺れるペンデュラムにずずいと顔を近づけると、視界には揺れる八面体の水晶しか映らなかった。
 だからこそ、その接近に気付く事が出来なかった。

「お姉ちゃん、おっきい耳」

 すぐ傍で声が聞こえ、ナズーリンはびくんと首をあげる。
 そのままゆっくりと首を声の主へ向けると、そこには小さな女の子がいた。Tシャツに半ズボン、そしてベースボールキャップと、服装だけを見れば男の子にも見える。背丈はナズーリンとそう変わらないが、それはつまりあちらじゃ寺子屋にでも通っているのが当たり前な年頃の子だという事だ。
 その少女の視線は自分に、より正確には自分の頭にある大きな耳へと向けられている。
 ……しまった。耳も尻尾も出したままだった。
 耳に羽に角と、あちらならそんな人間らしくないものが付いた存在も珍しくはないが、こちらでは違うのだ。そんな当たり前の事も忘れていた。
 とりあえず尻尾をスカートの中にしゅるりとしまう。だが、耳を隠せるものがない。普段はどんな小さな音だって拾い上げるこの大きな頼れる耳も、今は自己主張が激しくて厄介だ。手で抑えようにも、手を離せばすぐにぴんと立ち上がってしまう。両手で片耳ずつ抑えて街を歩くのと片手を回して両耳を抑えて街を歩くのと、どちらが馬鹿に見えなくてすむだろうか。
「これ」
 などと考えていると、少女は自分の頭にあるベースボールキャップを手に取り、ナズーリンに差し出してくる。被れ、と言いたいのだろう。ナズーリンはやや面食らいながらもキャップを受け取って頭に被る。耳を折り曲げるようにして帽子の中に入れると、やや窮屈ではあるがひとまず耳を隠す事が出来た。
「助かったよ、ありがとう」
 ナズーリンは手で帽子を撫でながら少女に礼を言う。珍しい形の帽子だが、見たところ既製品のようだ。よく見れば少女の衣服はお世辞にも綺麗とは言えない。きっとこのキャップも安物なのだろうか。ありがたく借りておくとしよう。
 だが、一度周囲の人間の存在を認識してしまっては、ここではもうダウジングに集中出来ない。どこか人気のないところに移動するか、いっそあの高い建物の屋上に飛び上がるのもいいかもしれない。そう思いここから立ち去ろうとする。
「……それ、何?」
 だが、移動を始めたナズーリンのスカートを少女が掴み、胸のペンデュラムを指差して質問してくる。普段の彼女なら子供の戯言と適当にあしらうところだが、頭の上にある帽子の恩があるからか、珍しく素直に質問に答えた。
「これかい? これはペンデュラムと言ってね。探し物をしたりするのに使うんだ」
「じゃあ、無くしたものを見つけたり出来るの?」
「そうだね。これでも幻そ……地元じゃ『ダウザーの小さな大将』なんて異名で呼ばれたくらいだからね」
 ふふん、と得意げに鼻を慣らしながら答える。もう一つ、卑近なダウザーなんて蔑称じみた呼ばれ方をされていた事は黙ったまま。
 しかし、目の前の少女はほぅんとどこか間の抜けた返答をする。「お姉ちゃんすごい!」なんて目の一つでもキラキラと輝かせながら羨望の眼差しを向けられると、どこか期待していただけに少々拍子抜けだ。
「あの、もう質問は終わりかい? だったら、スカートを離してほしいのだが」
「探してほしいものが、あるんだけど」
「……悪いけど、私は忙しいんだ。それに、無償で仕事を受けるほど私のダウジングは安売りしてないんだ。すまないね」
「帽子」
 面倒事の匂いを感じ取って立ち去ろうとしたが、頭の上の帽子を指差されてんぐっと口籠る。どうやら、目の前の子供はなかなかに強からしい。ここで帽子を突き返す事も考えたが、さすがに子供相手にそれはどうかと良心が咎める。
 ……仕方ない、こんな出血大サービスはこれが最初で最後だ、感謝してくれたまえよ。
「それで、何を見つけて欲しいんだい?」
「お母さん」
「……もしかして迷子なのかい?」
「お母さんが迷子なの。もうずっと帰ってこない。何年も」
 おおっと。
 どうやら、想像以上に複雑な事情をお持ちらしい。
「君は、今どこに住んでいるんだい?」
「たんぽぽ園」
 園、ときたか。
 ナズーリンは貸本屋で読んだ外来本の知識を検索する。たしか、外には保育園や幼稚園と呼ばれる、こっちで言う寺子屋のような場所があるらしい。ただ、それらはあくまで昼間に子供を預かるような場所でしかなく、住んでいるなんて表現は普通ならしない。
「となると、孤児院というやつか……」
 ぼそりと呟いたが、少女はこくんと首を傾げる。どうやら口から漏れた声は少女には届かなかったらしい。ほっとしながらも、少女を傷つけないように言葉を選びながら慎重に口を開く。
「その……すまない。私のダウジングはモノを見つけるのが得意でね。人や動物はあまり得意じゃないんだ」
「……そう、なんだ」
 ナズーリンは適当に誤魔化すと、少女は残念そうに言葉を漏らす。表情の乏しい子だが、こうもしおらしい反応をされると、罪悪感の一つでも抱いてしまいそうになる。
 ……やれやれ、こっちはなく子も黙るネズミのボスだっていうのに。
 自分のご主人様の顔を思い浮かべる。
 いつも柔和な笑みを浮かべ、人に救いの手を差し伸べるのに躊躇わない。きっと彼女なら、目の前の少女にも手を差し伸べるのだろう。何が出来るかも分からないのに、それでも何かせずにはいられない。あの人はそういう人、どうしようもない善人なのだから。
「ああ……その、なんだ。よかったら、話を聞かせてもらえるか?」
「忙しいんじゃないの?」
「これでも私は仏教徒でね。悩める子羊に救いの手を差し伸べるのも私の仕事さ」
「ぶっきょうと? こひつじ? 私は人だよ」
「悩める人は皆、子羊なのさ。そして男は狼で、女は蝶、子供は天使なのさ。覚えておくといい、人はいろんなものになれるのさ」
「変なの。それで、お姉ちゃんは人間なの? 大きな耳があるけど」
「もちろん、人間さ。人間でもあるし、私だって悩みはあるから子羊でもある。つまりそういう事さ」
「ふうん」
 少女は納得したようなしてないような声を漏らしてナズーリンの隣を歩き始める。自分で言っておいてなんだが、これで誤魔化せるなんて思ってなかった。まあ、詮索されずに済んだのならそれでいい。
 さて、救いの手を差し伸べたはいいものの何をしたら……なんてぼんやりと考えていたのと、同時だった。
 くう、という小さな音が聞こえた。
 音の発生源を見ると、少女が顔を赤くして顔をそらしている。
「もしかして、お腹が空いているのかい?」
「空いてない」
 少女は力強く否定するが、今度はぐうとさっきよりも大きな音が鳴った。少女はますます顔を赤くして顔をそらす。
「そうか。ちなみに私はお腹が空いていてね。何か買って食べようかと思ったのだが……君がいらないというのなら自分だけ食べるのも失礼だね。我慢しよう」
 ナズーリンはわざとらしくそう言うと、少女が名残惜しそうに「あっあっ」と声を漏らす。
 それを見て、ナズーリンがやれやれと肩を竦める。
「まったく、子供が遠慮するものじゃないよ。なに、お寺というのは金持ちなものだ。食べたいものを食べさせてやるさ」
 ナズーリンは巾着袋を取り出し、少女に見せびらかす。軽く揺らしてやると、じゃらりと嬉しい音を立てた。手持ちはおよそ二〇〇文。これだけあれば女子供二人程度、買い食いするのに困らない。人里一番の団子屋、鈴瑚屋なら五〇本も団子が買える額だ。せっかくの外での食事だし、全部使ってでも存分に楽しもうじゃないか。
 ナズーリンは、ちらりと当たりを見渡す。
 周囲を見渡すといくつか店らしきものがあるが、どれがなんの店で、どれが美味しいのかは幻想郷の住人である彼女にはよく分からない。「何を食べたい?」と少女の背中をつついてやると、少女は店の一つを指差す。
「どーなつ? ほう、洋菓子というやつか」
 漂ってくる甘い香りに、ナズーリンはぺろりと舌なめずりをする。彼女もこれでなかなかのグルメで健啖家だ。幻想郷ではめったにお目にかかる事の出来ない洋菓子を前に、彼女の鼻がひくひくと鳴り、唾液が口の中に溜まるのを感じる。
 しかも看板を見るに運よく値引き中らしい。ドーナツ全品半額セール。何やら心躍る響きじゃないか。よし、今日はドーナツ富豪だ。意気揚々とドーナツ屋に乗り込もうとして……看板のある文言が目に留まった。
 
 ドーナツ全品一五〇円。
 どうやら、ナズーリンの持っていた一〇〇文はここじゃ鉄くずだったらしい。

§

 結局、二人がドーナツにありつけたのは、空が赤く染まってからだった。
 この街を一日歩き回ってダウジングで金になりそうなものを探して拾い、それを売り払ってやっと得られたのが千円。無論、そこらのホームレスが同じようにゴミを拾い漁ってもその額は半分にも満たないだろう。合計六つのドーナツはナズーリンのダウジング力あっての成果なのだが、「ダウジングさえできれば食い扶持に困る事はない」を自負する彼女にとっては少々不満の残る結果だったらしい。
 ナズーリンが公園のベンチに座りながら、チョコレートでコーティングされたドーナツをちまちまと前歯で削っている間に、隣に座る少女は既に四つ目のドーナツに手を出していた。普通に考えれば六つドーナツがあれば取り分は半々の三つずつとするところだが、ナズーリンがそれに目くじらを立てる事はない。
 むしろ、自分の取り分なんて一つだけでよかったと、そう思っている。
 隣の少女を横目でちらりと見る。ぶかぶかで大きめのサイズの服で気付きにくいが、その服の下は骨も浮き出そうなくらい痩せ細っている事を、彼女の腕を握ったナズーリンは良く知っている。
 少女から聞いた話、そして周囲から盗み聞いた話を統合するに、彼女は孤児だ。
 この街には、出生制限が存在する。豊かな人間性と社会を実現するために、出産に制約を設けて、優秀なものが多くの子供を成し、逆に優秀でないものは子供を多く作らないようになっている。産めよ増やせよのr選択をやめ、優秀な遺伝子のみを後世に残すK選択を国を挙げて採用した、という事らしい。
 だが、その弊害が目の前の少女だ。
 チョコスプレー、というのだろうか。細長い棒状のチョコレートを細かく砕いてスプレーのように振りかけられたそれを零さないよう、彼女はどうやって食べたらいいものかと口をあんぐりと開けたまま試行錯誤している。そんな純真無垢な仕草とは裏腹に、彼女の背景はお世辞にも綺麗とは言えないものだった。
 人の性欲というものは法で止められるものではなかった。〝優秀でない〟親が子供を規定以上に作ってしまうと、子育て補助金を貰うどころか罰金を支払わさる上に彼ら彼女らを見る周囲の目も大きく変わる。精神的な豊かさを至上とする科学世紀で〝性欲も制御出来ない猿〟と蔑まれる。だから、親達はそれが世間に露見する前にひっそりと赤ん坊を捨て、運が良ければ孤児院に拾われる。目の前でドーナツを頬張る少女のように。
 その孤児院も、声に出して言われはしないが〝性欲に負けた親から生まれた子供〟というレッテルを生まれながらに背負った子供を預かる場所だ。寄付も少なく、やりくりに苦労しているのだろう。少女の貧相な体を見れば嫌でもよく分かる。
「食べないの?」
 ナズーリンが今日知ったこの街の事を考えていると、少女が声を掛けてくる。きっと食べ掛けのドーナツを手に持ったまま、ぼうとしているのが心配になったのだろう。断じて、少女がじっと視線を向けている食べ掛けのドーナツを狙っているのではないはずだ。
 ナズーリンは「もちろん食べるさ」と言って再び口を付ける。一日街を歩き回ってようやく食べる事のできた菓子だが、頭の中はドーナツの味なんて入ってこない。決してまずいわけではないのだが、それよりも少女の事が気になって仕方がない。
 既に五つ目となる、中にクリームが詰まった穴のないドーナツを頬張る少女。今は満ち足りた顔で口の周りをクリームまみれにしながらドーナツを堪能している。だが、いくらこうして拾った金で彼女の腹を満たしたところで、それは彼女の本質的な救いとはならない。
 命蓮寺でこの子を預かる事が出来るなら、あるいはこんな魚を与えるようなやり方ではなく魚の取り方を教えられるのなら。聖やご主人様なら救いの手を差し伸べる事が出来たのかもしれない。だが、今の自分には賢将なんて自称しておきながら何も出来やしない。
 ……なら、これ以上この子に関わるのは、酷く無責任ではないだろうか。
 あるいはそれは、逃避なのかもしれない。目の前の少女を救わない理由を勝手に自分の中に作り、目の前の少女から逃げようとしているだけなのかもしれない。
 それを自覚しておきながら、ナズーリンの決断は早かった。少女が最後のドーナツを口いっぱいに頬張るのを見て、自分も四分の一ほど残っていたドーナツを口へ放り込む。うむ、口いっぱいにドーナツの甘さと僅かなチョコレートの苦みが広がり、とても美味しい。
 少女が指についたクリームを舐め終えるのを見届けて、ナズーリンはベンチから立ち上がる。
「それじゃ、たんぽぽ園だったかな。そこまで君を送るよ。それで、私と君はさよならだ」
「……うん」
 さよならだ。
 それを聞いてどこか寂しそうな顔を少女が浮かべた気がしたが、気のせいだと自分に言い聞かせる。自分に彼女は救えない。なら、これ以上は同情もしないし彼女を期待させるような事も言うべきではない。
 ナズーリンは、少女の細い腕を掴む。
 その腕は、微かに振るえているような気がした。

§

 少女を送り帰せばそれで終わり。
 そう、思っていたのに。
「ほうら、お父さんですよ~。出ておいで~」
 たんぽぽ園という看板が掲げられた、西洋風の教会にも見える建物。
 どこかくたびれた印象を受けるその建物の扉を、大の男が数人集まって扉を叩きながら、気持ち悪い猫撫で声を出している。
「君のお父さんかい?」
 そんなはずがないだろう、とはうすうす思いながらも少女に尋ねる。
「ううん、違う。知らない……知らなかった人」
「知らなかった人?」
「最近、ああやって誰かのお父さんだって言って、みんなを引き取ろうとするの。誰のお父さんでもないのに」
「それは……穏やかじゃないな」
 里親候補、には見えない。むしろ浮浪者と呼ぶ方がよほど似合う。
 だが、ああして扉の前に居座られては、少女を孤児院まで送り届けられない。すぐ目の前に彼女の帰る家があるのだから送り届けるも何もない気がするが、ここで少女とお別れとするには、あの男達は少々不穏だ。彼らが去ってくれれば、自分も少女と思い残す事なく別れられるのだが。
「出てこいって……言ってるだろうが!」
 しばらく遠巻きに眺めていたが、やがて男の声は気持ち悪い猫撫で声から汚い怒鳴り声へと変わった。おまけに扉をがんがんと蹴り始め、空気は不穏から剣呑なものへ変わっていく。男達は自分を父親だと叫んでいるが、彼らの行動はその言葉からはますます離れたものになっていく。
「あいつらはいったいなんなんだ?」
「怪異狂信者、ですよ」
 独り言のように呟いたナズーリンの声に返答があった。声のした方へ首を向けると、そこには男の子がいた。彼の服装も彼女と同じような簡素な服であるところを見ると、このたんぽぽ園で暮らす子なのだろう。
「楓と遊んでくれたんですね。ありがとうございます」
 楓、と言われて一瞬なんの事か分からなったが、すぐに今日一緒に過ごした少女の事だと気付く。そういえば一日一緒に過ごしておいて名前も聞いてなかった。
 少年の身長は、少女はおろかナズーリンよりも大きい。だが、彼は柔和な笑みを浮かべ、見た目は年下のナズーリンにも敬語で接するあたり、年齢以上に精神は大人のようだ。少なくとも、あそこで喚いている男に比べたらよほど。
 楓はナズーリンの傍を離れ、少年の後ろに移動する。
「それで、怪異狂信者というのは?」
 ナズーリンが尋ねると、少年は「ああ」と漏らしながら説明を始める。この街でその言葉を知らないのは不自然かとも思ったが、少年は特に気にする事もなかった。
「科学世紀になったこの街では、幽霊とかオカルトとか妖怪とか、そんな曖昧なものは完全に否定されたと言われてます。まあ、僕も科学世紀の以前なんてよく知りませんが」
「……ああ、そうだね」
 ナズーリンは適当に相槌を打つ。まさか彼の目の前にいるのがその妖怪だとは思うまい。
「だけど、そういった存在を信じている人達はまだいます。国や世界がその存在を否定すればするほど、あの人達は隠蔽だとか言って反発しているんです」
「それが怪異狂信者……という事か」
 ナズーリンの言葉に、男の子はゆるゆると首を振る。
「いえ、大半の人間は騒ぐ事はしてもそれ以上何かをする事はありません。せいぜい、夜の廃墟に侵入して幽霊を探すくらいです」
 しかし、と男の子は言葉を繋げる。先ほどまでの愛想の良さは消え、悔しさを押し殺すような、そんな苦笑いを浮かべている。彼が初めて見せた表情だ。
「あの人達は、イカれてます」
「イカれている?」
「オカルトの存在を証明するために、あの人達は手段を選びません。時にはその……生贄を捧げて悪魔を呼び出そうとするんです」
 なるほど、とナズーリンが口の中でぽつりと呟く。
 それほどまでに過激な事をできるものが、怪異狂信者なのだ。悪魔を呼び出せる事が、ではない。それを信じて人を殺せる事ができてしまう人間が、今ああして目の前で扉を叩いているのだ。
「つまり、あいつらがこうして暴れているのは」
「僕達みたいな孤児を使うつもりなんでしょうね。親なんて言って、そんなつもりなんて欠片もないのに。きっと、あの人達は社会のお荷物を有効活用していると、自分達は善行しているとすら思ってますよ」
 使う。
 その言葉の意味を想像しようとして、ナズーリンは首を横に振る。それ以上は考える必要もないだろうし、考えたくもない。
「その……大人の助けを呼んだりとかは?」
「警察には通報してますよ。パトカーのサイレンが聞こえたら帰ってくれるでしょうね。ただ、警察さんも僕達の事はあんまりまともに取り合ってくれなくて」
 どうやら、少女達への差別意識というのは思ったより根深いのかもしれない。だが、救いの手を差し伸べないと決めたナズーリンにとってはもう関係のない話だ。これ以上、彼らに踏み込むのは駄目だろう。
「貴方も、あいつらに気付かれる前にここを離れた方がいいですよ。……さ、楓。あいつらにばれないよう、窓からこっそり入るよ」
「……うん」
 男の子は少女の手を引く。だが、少女が動くよりも先に動いた人影があった。
「あれあれ? そこにいるのはもしかして俺の娘かい?」
 聞いていて気持ち悪くなるような猫撫で声が響く。男達がこちらに気付いた、と認識するよりも先に、男達はにじり寄るような動きでナズーリンたちの元へ寄ってくる。
 気付けば、あっという間にナズーリンの周囲を怪異狂信者とやらが取り囲んでいた。彼らは下卑た笑みを浮かべており、もしかしたらこの男達は少女に生贄以外の事も求めているのかもしれない。
「な、なんですか……もう警察は呼んでますよ!」
 男の子が少女を庇おうとするが、怪異狂信者の一人が軽く押しただけで男の子は地面に転ばされる。男の子の痩せ細った体で大の男数人に対抗するのはさすがに難しいらしい。男の子は立ち上がろうとするが、狂信者の一人がその背中を踏み付けると、男の子は苦し気にもがく事しか出来ない。
「さ、君は今日からパパと一緒に暮らすんだよ。きひっ」
 狂信者が少女の腕を掴み、持ち上げる。少女の脚が地面から離れ、腕の軋む音と共に少女が短く悲鳴を上げる。
 ナズーリンがぼうと見ている間にも、事態は進んでいく。
 少年は狂信者に蹴られ、少女は自動車へと手を引っ張られている。二人とも抵抗しようとはしているが、大の男はそんなものを歯牙にも掛けない。
 だが、それでも抵抗をしていた。こんな未来は望んでいないと、二人は戦っていた。
 それを見て、ナズーリンは思う。
 確かにナズーリンは決めた。孤児に貧困、彼女達の苦しみから解放する事はナズーリンには出来ない。故に、半端な救いなんてせず、彼女を孤児院に送り届けたらそのまま帰ろうと。
 だが。
 なぜ妖怪である自分がそんな決め事を守らなければならないのか。人間の都合を優先しなければならないのか。自分に少女は救えない。たとえそうだとして、一体どうして自分が身を退かなければならないのか。何より、自分の未熟さが原因でどうして矛先が少女達に向けられなければならないのか。どうしてそれを看過しなければならないのか。
 どれだけ理知ぶろうと、ナズーリンは妖怪なのだ。妖怪は何も人を害して喰うだけではない。人を助け、救い、導く種も存在する。だが人に従わなければならない道理はどの妖怪にだって存在しない。命蓮寺で長く過ごして久しく忘れていたそれを思い出して、彼女はくすりと笑う。
 笑って、男達に声を掛けた。
「ねえ、君達」
 ナズーリンが声を掛けると、男どもはぎろりと睨み返してくる。
「なんだテメェ。こいつの関係者か?」
「ガキはとっとと帰りな。邪魔すんじゃねぇ!」
 男達は口々に怒鳴り散らしてくるが、そこの少女のようにナズーリンを拉致しようとはしない。どうやら、彼らは少女以外に手を出すつもりはないらしい。自分達が警察に捕まらずに済んでいるのも孤児を相手にしているからで、孤児でない人間に手を出せば面倒な事になると理解しているらしい。それはつまり、ナズーリンの存在をただの人間だと勘違いしている事の証拠だった。
「君達が下衆な真似をしなければ、私だって早々に立ち去れるのだけどね。不快なものを見せられて、それでも見て見ぬふりが出来るほど私は人間が出来てはいなかったらしい」
「言わせておけば……だったら、もう見られなくしてやるよ!」
 男の一人が手を振るうと、ジャキッ! という音と共に金属の棒が出現する。どうやら伸縮式の警棒らしい。殺傷能力のあるものではないが、この人数全員に取り囲まれて殴られれば、いっそ素直に死ねた方がましな事態になりかねない。
「随分と短くて小さいものだね」
 だが、ナズーリンは小馬鹿にするように鼻で笑う。今まではその短小な棒切れで誰でも簡単に黙らせてきたのだろう。だが、目の前のガキはそれを哂った。その手のものが何かを理解してなお、粗末だと嘲った。それが、男達の怒りに火を灯した。
「こんの……クソガキがっ、大人を馬鹿にしてんじゃねぇ!」
 男が警棒を振り下ろすが、警棒はナズーリンの頭を叩く前に止まり、ガキンと金属音が鳴り響く。ナズーリンの手にはどこから取り出したのか二本のダウジングロッドが握られており、それが警棒をがっちりと受け止めていた。
 突然現れたロッドに、男達がどよめく。目の前の存在がただの小娘ではないと、それが男達に伝播していくのがナズーリンにも伝わってくる。優越感のようなものが、ナズーリンを包み、頬が緩む。
「どうだい? 私のそれの方がずっと立派……だろうっ⁉」
 ロッドで男の手を叩くと、警棒が地面にはたき落とされてからからと音を立てる。
 その拍子に、ナズーリンの頭から帽子が落ちる。
 そこにあったのは、大きな丸い耳。ぴこんと音でも聞こえそうなほどに勢い良く、折りたたまれて帽子に収められていた耳が立ち上がる。
「は……ははっ。な……んだこれ。コスプレか?」
 引き攣った声が男の口から漏れる。普段なら仲間と大笑いでもするところだが、目の前の子供がただ者ではないと既に知っているだけに、引き攣った笑みしか出てこない。
「君達は怪異を探しているんだってね」
 ナズーリンがロッドで地面を叩く。かんかんと音が響く。そこまでは男にも理解できたが、その後に起こった事は男達の理解の範疇をとうに超えていた。
 マンホールの隙間から、草むらから、壁に空いた穴から。あらゆる場所からネズミが顔を出す。夕暮れの中で、まるで浜辺に打ち付ける波のように一つの塊となって押し寄せてくる。
 男達が波の正体に気付くころには、既に男達の周囲を取り囲むようにネズミの絨毯が敷かれていた。じろりと睨んでくる大量の目に、狂信者は恐れていた。
「まさかこいつ……怪異なのか⁉」
「ああそうだとも! 私こそは毘沙門天の使いにして鼠の王であるぞ! お望みの怪異がやってきたんだ! ほうら喜びたまえ!」
 饒舌になるナズーリン、周囲を取り囲むネズミ、その変化に狂信者が臆しているのが伝わってくる。既にこの場所は、彼らの常識が通用する場所ではなくなっていた。この場の理はオカルトが支配していた。それは男達にとってずっと待ち望んでいたものにも関わらず、その顔にあるのは単純な喜びではなかった。
「お、おい……逃げるぞ」
「馬鹿言ってんじゃねえ! 目の前にずっと探していた怪異がいるんだ、とっ捕まえるに決まってんだろ!」
「たかがネズミだ、そんなもの大した事ねえだろ、いくぞお前ら!」
 狂信者は両手を上げ、血走った目をぎらぎらと見開きながらナズーリンに飛び掛かろうとする。その顔にあるのは隠す気もない妄執だった。子供を生贄に使ってまでも会おうとした超常の存在が、まるで人間のように目の前に二本の足で立っているのだ。
 千載一遇のチャンス、人知を超えた存在への恐怖、こんなガキが本当に怪異なのかという疑念、周囲を取り囲むネズミへの生理的嫌悪。さまざまな感情がぐちゃぐちゃになって、それらを怪異への狂信で塗り潰して、目の前の人の姿をした何かへと向けられる。
「ほう、私を捕まえるつもりかい? やれるならやってみるがいいさ」
 その言葉を皮切りに、男達がいっせいにナズーリンに襲い掛かる。策も何もない、ただ怪異のその幼い体躯を自分達の体で圧し潰してしまおうと男達が両手を上げて迫ってくる。
 だが、大の男数人に襲い掛かられながら、彼女のその顔は余裕だった。浅ましいものを見るような、軽蔑と哀れみの目を向ける余裕すらある。
 はあ、と小さな賢将は大きな溜め息を吐いてから、告げる。

「だけどね、ネズミを甘く見ると死ぬよ」

 があっ⁉ という呻き声が男の一人の口から漏れ、それと同時に地面に転がる。その男の足には、数匹のネズミがまとわりついて歯を突き立てていた。足からは大量の血が流れて太ももを赤く染めていて、見ていると足からぞわりと嫌悪感が這い上がってくる光景に他の男達の足が止まったが、その悪寒はより凄惨なものに塗り潰されることとなった。
 地面でのたうち回る男に、周囲からさらにネズミたちが襲い掛かる。あっという間に男の姿はネズミによって覆い隠される。男の、文字通り全身を少しずつ削られる痛みに喘ぎ叫ぶ声が無ければ、毛皮の塊の中に人間がいるとは思わないだろう。
「大丈夫、死にはしない。ちょっと全身の皮膚を一枚削るだけさ。……まあ、感染症には気を付けておいた方がいいかもしれないね」
 男達を見る。その顔に先ほどまでのギラついた妄執は消えており、今や恐怖に塗り潰されていた。ある者はネズミを足で蹴って追い払おうとし、またある者は足元をうろつくネズミの一挙手一投足に怯えている。だが、ナズーリンを捕まえようとする者はもうここにはいなかった。
「さて」
 ナズーリンが手をさっと振るう。そのジェスチャーに同調するかのように、ネズミたちが波打つように動き、道を作る。たんぽぽ園とは真逆の方角へ、無様に逃げるための道を。
「君達がここにもう来ないというのなら、これ以上、この子達が君達を傷付ける事はない。だが……」
 少女の腕を掴んでいた男に、ナズーリンは顔をずずいと近付ける。ナズーリンからすれば見上げなければならないほど男との身長差があるが、男はひくっと喉を鳴らして腰を抜かし、少女から手を離して地面に尻餅を着いてしまう。
「もし再び、一度でもここに近付こうとすれば……どこに逃げようと、その眼球に前歯を突き立て、その皮全て噛み剥がしてやる。覚えておけ、我が眷属はいつでもお前を見ているという事を」
 男達は弾かれたように立ち上がり、我先にと逃げ帰っていく。ネズミに皮を齧られていた男ですら、全身を血で真っ赤に染めながらよたよたと逃げていく。
 ナズーリンはその場でしゃがみ込み、目の前のネズミたちへ言葉を送る。
「助けてくれてありがとう、君達は最高の友人だ。ひとつ、しばらくはこの場を離れるよう皆に伝えてくれ。奴らが腹いせに殺鼠剤をばら撒くかもしれないからね」
 その声に従うみたいに、ネズミ達がざざっと四方八方へ散らばっていく。
 ナズーリンが落ちたベースボールキャップを拾い上げ、ぱんぱんと軽く叩いてから少女の頭に被せる。先ほどまで怯えた顔を浮かべていたが、帽子越しにナズーリンが頭を撫でると安心したような笑みを浮かべた。
「お姉ちゃんは、妖怪なの?」
「言っただろう? 私は人だよ。ネズミを操っていたように見えたのは、なんてことない簡単な手品さ」
「……そう、なんだ」
 それを信じたのか、それともそういう事にしてくれたのか。少女はそれ以上は追求してこなかった。
「大丈夫かい? 君の勇気、格好良かったよ」
 続いて地面に倒れている少年に手を差し伸べる。顔はあちこち腫れていたが、少年はえへへと苦笑いを浮かべながらナズーリンの手を取った。
「あの、ありがとうございました。貴方がいてくれたおかげで楓は……」
「こっちこそ、下手に首を突っ込んで悪かったね」
「そんな! 僕なんて、何も出来なかったのに……」
「何を言う、君は奴らに立派に立ち向かったじゃないか。……ただまあ、アドバイスを送るなら……そうだね、勝てない相手に真正面から挑むものではないよ。弱いなら弱いなりの戦い方があるという事を覚えておくといい……」
 と、ナズーリンは気付く。いつの間にか夕日が落ちて暗くなった空を、何かが横切った。それも一つや二つではない。まるで羽を広げたコウモリのようにも見えたが、それは開いた傘だ。
「なんでしょう、風でとばされたんでしょうか」
 少年は常識的に目の前の出来事を分析するが、ナズーリンは違った。傘の舞う空を見上げながら、くすりと笑う。
「どうやら、本物の怪異が現れたみたいだね」
 首に下げられたペンデュラムを揺らす。ペンデュラムは、わざわざ微細な振動を読み取るまでもなく、まるで磁石に引かれるかのようにある一点の方角を指し示した。その方角は、傘が飛び去っている先と同じだった。
「お姉ちゃんは、これからどうするの?」
 少女はナズーリンに問うと、ナズーリンはにこりと笑って返す。
「言っただろう? 私は忙しいんだ」
 ナズーリンは空へと飛び上がる。ふわりと、明らかに人間には出来ない芸当だが、これ以上、彼女達に隠す必要もないだろう。
「今度こそ、さようならの時間だ。達者でな」
 その言葉を言い残して、ナズーリンは空を飛ぶ。傘を並走するように飛びながら、ふと胸の中になんだか暖かいものが落ちてきたような気がした。
「ふふっ、……まあこれだけじゃあ満たされたとは程遠いけど、これで我慢してあげようか」
 周囲を飛ぶ傘はナズーリンの事を認識しているかは分からないが、すぐ隣を飛んでもこちらにはまるで反応しない。いつの間にか、ナズーリンはまるで渡り鳥の群れの中心に紛れ込んでしまったみたいに傘達に取り囲まれていた。
 ……やれやれ、君までこっちに来ているだなんて。この空を見たところ、よほどこの世界を楽しんでいると見えるね。
 ようやく、自分に風が吹いてきた。目指す先は、傘の群れの終着点。きっとこの先に、幻想郷からやってきたあの子と、そしてあの子と戦う、この世界の守護者がいるはずだ。

§

 この日この瞬間、多々良小傘という名の怪異の精神状態は絶頂にあった。
「あははは! あはははははは!」
 しとしとと雨の降る空で少女が傘を手に舞いながら満面の笑みを浮かべている。二本の腕と足、左右で異なる色の目、水色の服、手に持つは古臭い紫色の唐傘。どれも人の特徴とそう変わらないが、彼女を自分達と同じ人間だと認識する人の方が少ないだろう。
 彼女の周囲には、多数の傘が飛び回っている。ブランドものの高級品、折り畳み傘、ビニール傘と種類は多種多様だが、いずれもまるで親の周りでじゃれて遊ぶ子供のようだ。踊るように宙を飛ぶ傘と、その中心、虚空に立つ少女。少女が怪異である事は自明だった。
「えいっ!」
 小傘は可愛らしい掛け声と共に空で手を振るう。それと同時、周囲で浮かんでいた傘が列を成して地上にいる二人へ襲い掛かる。言うまでもなく、傘の列車の先にいるのは秘封倶楽部その二人だ。既にグローブと拳銃を手に臨戦態勢である蓮子だが、苦悶の表情で空を見上げている。空を舞う少女のそれとはまるで正反対だ。
 蓮子は雨に濡れた地面を蹴り、傘の進路から身をどける。着地の事も考慮せずに横っ飛びに跳ね、後の事を考えるよりも傘に轢かれない事を最優先にした行動だった。
 だが、
「無駄だよっ!」
 小傘が指揮者のように手を振るう。それに応じるかのように、傘の列車はその進路を九〇度曲げ、横っ飛びした蓮子の軌道をそのままなぞるようにして突っ込んでくる。
「……なっ⁈」
 慣性の法則をまるで無視した傘たちの動きに驚く間もなく、傘は蓮子へと衝突し、その受骨を腹へ食い込ませてくる。遊び半分だからか傘の骨が折れないように加減しているからか、衝撃こそ先日の蜘蛛女に比べると大したことない、子供のタックル程度のものだった。
 だが、それでも連なるように押し寄せるタックルの列は、蓮子の体を弾き飛ばし、地面を二回転ほど転がすには充分だった。服が雨と泥に汚れるが、雨が無ければ剥き出しの腕はコンクリートの道路に擦られてさらに悲惨なものとなっていただろう。
 蓮子は苦悶の表情で小傘を睨む。だがそれは、痛みからではない。
 一つ。奴は唐傘お化けと自称していた。大きな一つ目と舌をでろんと出した口の付いた唐傘。その姿は唐傘お化けと聞けば誰もが思い浮かべられるほど有名だ。
 だが、唐傘お化けに関する伝承やお伽噺の一つでも思い浮かべられる人はいないだろう。なぜならそんなものはそもそも存在しないのだから。知名度は現代でも高く、百鬼夜行絵巻には当然のように描かれているのに。その様を『絵画上でのみ存在する妖怪』と称される程だ。
 それは秘封倶楽部にとって厄介極まりない。伝承が無いという事は弱点が無いも同義だから。手の中の拳銃もちゆりの使う3Dプリンターも、今は無用の長物だ。
 そしてもう一つ。
「空が……見えないっ!」
 地面に這いつくばりながら、悔しそうに空を睨み付ける。
 そう、京都の空を覆うような雨雲が蓮子達の頭上に居座っているのだ。天気予報じゃ降水確率0%にも関わらず、怪異が現れてからはずっとこの空模様だ。天にも見放される程に運が悪いのではない。あの唐傘お化けが、この雨雲を呼び寄せたのだ。
 だが、蓮子からしてみれば夜空が見えなければ座標が分からず、たとえ怪異を無力化できたとしても幻想郷に送る術が無い。
 天敵。
 多々良小傘は、秘封倶楽部にとっての天敵だ。その種族、攻撃手段が秘封倶楽部の戦術をことごとく封じてくる。
 ……もっとも、多々良小傘はそんな事、まるで理解していないようだが。
「このっ!」
 よろよろと立ち上がる蓮子を横目に、メリーが近くにあった電飾看板を空へと投げる。一〇キログラムはある電飾看板が野球のボールみたいに軽々と宙を舞い、空気を裂きながら少女へと飛んでいく。だが、小傘もその周囲を跳ぶ傘たちも、まるでひらひらと舞う木の葉のように看板を容易く回避する。メリーは続いて近くの物を手当たり次第に投げるが、投げれば投げるほど空気は乱れ風が生まれ、小傘たちはますます捉えどころのない動きへと変わる。
「あははっ」
 メリーからの投擲を落ち葉のようにひらひらと回避しながら、小傘は笑う。けらけらと、頬を赤らめ、楽しそうに、そして美味しそうに笑い、地上のメリーに向けて雨の水塊を落とす。直径一メートルもある一つの水滴が地面に触れると同時、ばちゃん、と水の弾ける音を立てて波となり、メリーを押し流す。
「メリー!」
 蓮子の声が響く。それは悲鳴であり、同時に驚きでもあった。その感情を少女は食べる。今、かつてないほど多々良小傘は昂揚していた。
「ああっ……!」
 小傘が空中で悦びに悶える。
 傘を、水を少々操って人間に見せてやる。この街の空を大量の傘が舞い、それを多くの人間が見る。こんなもの幻想郷じゃ宴会芸にもならないが、ここなら誰もが驚いてくれる。ひもじさとは無縁の、過剰とも言える感情の奔流が自分の中へ流れてくるのを感じる。
 あっちでは絶対に得られる事の無かった、高揚。
「もっと! もっとちょうだい!」
 小傘は鼻息を荒げ頬を赤らめ、両手をばっと大きく広げる。小傘の頭上に再び巨大な水塊が現れるのを、蓮子とメリーは地上から眺めていた。
 次の攻撃が来る。
 とっさに蓮子は水塊に流され地面に倒れていたメリーの前に立ち、グローブを振るう。二人の前に現れた境界が盾のように立ちはだかり、水塊の大半を受け止めるが、それでも受け止めきれなかった水が蓮子達の体を濡らす。
 湿った服は体力と体温を奪い、蓮子を内側から消耗させる。
 時間を掛ければ掛けるほど不利になる。その焦りから空を見上げるが、小傘が呼び出した雲によって空は覆われており、星も月も見えず、故に座標も分からない。秘封倶楽部にとって、多々良小傘という怪異との相性は最悪と言ってもいい。
 それが分かるからこそ、小傘はますます昂揚する。あっちじゃ妖怪としてうだつの上がらない毎日だった。巫女には通りすがりで片手間に退治され、人間の子供にすら馬鹿にされた事もあった。それが今はこんなに人を驚かせて……。
 小傘はその感情を存分に味わいながら、周囲に化け傘を集める。化け傘たちはまるで球体を描くように、小傘を中心にぐるぐると廻りだす。その中心で、小傘は高らかに叫んだ。
「さあ、恐れ戦くがいい、忘れ傘の怨念を! 一夜の宴を!」

 ――化鉄「置き傘特急ナイトカーニバル」

 スペルカードの詠唱。小傘はカードを掲げ、高らかに宣言した。
 そして、化け傘たちが列を成し始める。まるで双頭の龍が首を持ち上げるかのように、二本の列が空へと昇っていく。
 そして、空高くで折り返し、地上にいる蓮子達へと迫る。空中に存在しないはずの水溜まりを掻き分け、水飛沫を撒き散らしながら蓮子達へと迫る。
 蓮子達は、ただ茫然と龍が突っ込んでくるのを見ている事しか出来なかった。小傘は、地上の二人を笑いながら見下ろしていた。
 だから、横槍に気付く事が出来なかった。小傘以外に怪異が存在するなんて、誰も想像だにしていなかった。

 ――視符「ナズーリンペンデュラム」

 スペルカードの詠唱と共に、化け傘の球体と小傘の横合いから巨大な八面体の水晶が突っ込んでくる。蓮子とメリーの二人、どころか小傘にも、この場で起こった事を理解出来なかった。
「ごぴゅっ」
 怪異とはいえ女の子の姿をした存在が出しちゃいけない音が小傘の口から漏れる。身の丈ほどもある八面体は、そのまま周囲を飛ぶ化け傘の骨をへし折り中心に浮かんでいた小傘を地面へと叩き落とす。メリーの投擲はひらひらと回避していたが、さすがに視界外から飛んできたものを避ける事は出来なかったらしい。
 落下地点へ蓮子が恐る恐る近付くと、そこにはきゅうと目を回している小傘がいた。随分と高い場所から落下したみたいだが、まあ怪異だしそれくらいで死にはしない。
「助かった……けど、いったい何が……」
 蓮子が周囲を見渡すと、足音が聞こえた。
 かつん、かつんと、コンクリートを断続的に叩く音が聞こえる。本来なら気にも留めない小さなその音が、妙に蓮子の意識を刺激してくる。
 そして、路地の暗がりから姿を現したのは少女だった。両手に長いロッドを握った少女。見覚えの無い顔だったが、その頭にネズミのような丸く大きな耳を見れば、彼女が人間ではなく怪異だというのは一目で分かるだろう。
 少女は蓮子達を見て、にやりと笑いながらぽつりと呟いた。
「なるほど、君達がこの世界の守護者というわけだね?」

§

 とりあえず傘を操っていた怪異はあっちに叩き返した。
 飛び回っていた傘も空を覆っていた雲もなくなり、傘が暴れ回った痕跡は街から消えた。
「……さて、次はあんたが私達の相手をしてくれるの、ネズミの妖怪さん?」
「ああ、そう構えないでくれ。私は君達と敵対するつもりはないよ」
 蓮子達が拳銃を手に警戒するのを見て、ネズミの妖怪は鉄の棒のようなものを握った手を上げ、首をゆるゆると振るう。その仕草に、二人は毒気を抜かれる。
 どうやら敵ではない……らしい? 少なくとも、自分達を援護するかのように傘の怪異を攻撃し、送り返すまで待ってくれたのだ。とりあえず、会話が通じる相手ではありそうだ。無論、警戒を緩めるつもりはないが。
「だったらどうしてここに? あの唐傘お化けはあんたのお仲間じゃないの? どうして攻撃したのかしら? 私達に取り入るため?」
「一つ一つ質問してもらいたいものだね……まず、小傘……さっきの傘の妖怪は私の同郷というか、同じ組織に所属している者でね。だからこそ、身内の恥は私のような身内が雪がなくてはならないと思ったわけだ」
「組織ね……こっちの世界の侵略を企む悪の組織とか言わないわよね」
「何を言う。我々の理念は人妖平等だよ。人と妖怪が手を取り合う世界。侵略だの悪だのなんて、勘違いもいいところさ」
「……人妖平等なんて御免被るわ」
「ひどいなあ。そのために住職やご主人様は頑張っているのに、そんな一言で否定しちゃうだなんて」
 ネズミの妖怪は大げさに肩を竦める。どうやら、本当に蓮子達とやり合うつもりはないらしい。構えていた拳銃を静かに降ろすと、それを見てネズミの妖怪は肩の力を抜いてはぁと息を吐く。傘の怪異を一撃でのした彼女だが、秘封倶楽部と相対して無傷でいられるとは思っていなかったと見える。お互い、争いを好まない者同士で助かった。
 それにしても、怪異なんてどいつもこいつも自分勝手で自由奔放なやつばかりだと思っていた。なのに、それが組織ときたもんだ。怪異というのは自分達が思っている以上に人間に近い存在かもしれない。
「さて、早速で悪いんだが、私も小傘と同じように幻想郷あちらへ送り帰してくれないか」
 ネズミの妖怪が両手を広げて前へ一歩出る。さあ、早くやってくれと言わんばかりだ。
「一応聞くけど、貴方自身の力で帰る事は出来ないの?」
「出来ないね。大結界を越えさせるなんて芸当が出来るのは、八雲紫か、それこそあいつくらいのものだろうね。……さ、早く」
 ネズミの妖怪は目を閉じて両手を広げ、自分があちらに戻されるのを待っている。
 蓮子は横目でメリーを見る。どうやら、メリーも同じ事を考えているらしい。こくりと頷くと、蓮子は空を見上げて今いる座標を、

 諳んじない。

「……………………何か?」
 いつまで経っても、境界を潜るあの独特の浮遊感がネズミの妖怪を包まない。それに疑問と苛立ちを覚えたのか、ネズミの妖怪はじろりと蓮子を睨む。
 だが、それで蓮子が怯む事はない。怪異を相手に引き下がるどころか堂々と立ち、ネズミの妖怪に提案する。
「ねえ、貴方がさっき言った〝あいつ〟って誰なの?」
「……どうして私が君の質問に答えなければならないんだい?」
「せっかくだから、向こうの事を聞きたいと思ってね。貴方は貴重な情報源なの」
 ネズミの妖怪は不思議そうに小首を傾げる。なぜ自分なんかにと、そう考えているのが一目で分かった。
「君のその力、境界操作だろう? それは八雲紫から受け取ったものじゃないのか? 彼女から聞く方がよほど手っ取り早いと想うのだがね」
「やっぱり、八雲紫を知ってるのね」
 ネズミの妖怪のごもっともな指摘に、しかし蓮子は溜め息と共に首を横に振る。
「残念ながら、あいつは私達に何も教えてはくれないの。困った事にね」
「なるほど、身内にも秘密主義とは彼女らしいね。……それで、何を聞きたいのだい? 送り帰してくれる報酬として、私が知っている事は何でも答えよう。なるべく手短に頼むよ」
 ネズミの妖怪はふっと笑顔を漏らす。その顔を見て、蓮子はほっとした。案外すんなりと情報提供に乗ってくれたのが少々意外ではあった。自分達でなければ目の前の怪異を送り帰してやる事は出来ない。自分達が優位な立場にある事、怪異が好戦的でない事は分かっていたが、それでも小傘と呼ばれた妖怪を一撃で叩き落としたその力を奮われなくてよかった。
 聞きたい事は山程ある。だが、いつ彼女が機嫌を損ねるか分からない。まずは一番聞くべき事、秘封倶楽部の現在の課題について聞く事にした。
「まずは……そうね。まずは、貴方のいう〝あいつ〟とやらについて知りたいわ」
「……どうしてだい? 私の交友関係がそんなに気になるのかい?」
 何でも答えよう、と言ったのにネズミの妖怪は蓮子達を試すような返答をした。
 ……こいつ、身長は低いくせに態度は随分と尊大ね。
「最近、この街に多くの怪異が出没するようになったの。雪女、鳥の妖怪、土蜘蛛、そして蟲の王……どれも人の姿を持つ強い怪異で、そして口ぶりから察するにそちらから来た怪異ばかり」
「強い怪異……まあ、彼らも外の人間にそう思ってもらえたのなら外で暴れたかいがあったろうね。あいつ、私の知らないところで随分色んな妖怪を引っ掛けていたんだね」
「やっぱり……で、そいつはあんたのお仲間なの?」
「確かに、そいつは私や小傘と同じ組織に属する妖怪で、その点では仲間かもしれない。だが正直なところ、私があいつの同胞だと思われるのは少々心外でもある。なんせ私が今ここにいるのも、そいつに逆恨みされたのが原因だからね」
「そいつは何者なの? 何が目的で、怪異をこっちに送り付けてくるの?」
「目的、なんて大それたものは奴には無いさ。暇潰し、小遣い稼ぎ、面白半分、人助けのつもり……まあそんなところだろうね」
「小遣い、稼ぎ?」
 蓮子は額に手を当てる。頭痛と倦怠感と立ち眩みが一度に襲ってきたような気がした。
 まさか自分達が命を賭けて怪異と戦っていて、その裏にあったものが小遣い稼ぎだなんて。まだ世界征服とか人類撲滅とか言ってくれた方が良かった。……いや良くはないが、夢美から手引している者がいると聞かされた時、自分達は何と戦っているんだと思っていたが、普通こういう時は想像のスケールを越えてくるものじゃないのか。
 目に見えて落胆している蓮子の姿を見てどう思ったのか、ネズミの妖怪は気を使うように声をかけてくる。
「なに、心配する事はない。私が戻ったら、あいつにはもうこんな事させないよ」
「……そんな事が出来るの?」
「まあ、あいつにも頭の上がらない存在というものがいる、という事さ。なあに策はあるさ。安心しておくといい」
 そう言った彼女は、どこかふふんと鼻を鳴らしそうなほどに自慢げだ。
 まあ、このちんちくりん怪異がどうにかしてくれるのならそれでいい。〝あいつ〟とやらが次にいつ送り込んでくるか分からない以上、彼女にはいますぐにでも戻って〝あいつ〟のくだらない野望を阻止してもらわなくては。
 蓮子はインカムをこんこんと叩く。
「だ、そうですがどう思います、教授」
『今すぐ送り返してもらうためのフェイク、という可能性もあるが……いや、今は信じるしかあるまい。これ以上時間を奪ってごねられたら面倒だ。送り返してやれ』
「……了解」
 蓮子が会話を終えると、ネズミの妖怪が「話は終わったかい?」とこちらを見て呟く。
 ……悪いやつではないのだろうが、どうにもいけすけないわね。
 とはいえ、自分達を唐傘お化けから守り、聞きたい事を教えてくれて、これ以上怪異が送られないよう手回ししてくれるという。充分、彼女は蓮子達に協力してくれただろう。彼女の望み通り送り返す事に異論はない。
「色々とありがとうね。それじゃあ貴方を送り返すわ。……最後に聞かせてほしいんだけど、その馬鹿はいったいどこの誰なの?」
 夜空を見上げながら座標を受け取る。その間に、ぽつりと気になっていた事を聞いてみた。聞く必要があった、というよりも何となく気になった事が口から出てしまった、という感じだった。
「ああ、それはね……」
 ネズミの妖怪は質問に答える。その言葉が、彼女がこの世界で残した最後の言葉だった。蓮子が座標を諳んじて、答えを聞くか聞く前に座標が現れて彼女を飲み込む。
 その、はずだった。

「だめだめナズーリン。それはちょっと困るな」

「もがっ⁉」
 いったい、いつから存在していたのか。
 周囲に漂っていた黒い雲のようなもの、それがナズーリンにまとわり付く。言葉も、光も遮られ、ナズーリンは雲の中でもがく事しか出来ないでいる。
 そしてそれと同時に、ゆらりと影が現れる。黒い雲と共に現れたその影は、次第に人に似た姿に変わる。蓮子達よりも幼い少女の体躯に、周囲の雲のように黒いワンピースをまとっている。変わった点を挙げるなら、彼女の背中から生えた左右非対称の三対六本の歪な羽と、右腕に巻き付いた緑の蛇のようなアクセサリだろう。
 鎌かナイフのような形状の赤い羽、鏃のような形状の青い羽。明らかに浮力を生み出すのに適した形ではないが、怪異はふよふよと宙に浮かんでいた。
 だが、蓮子とメリーが見ていたのはそこではなかった。幼い体躯でも、歪な羽でも、可愛らしい顔でもない。強いて言えばその全て……いや、人目で分かる格、とでも言えばいいだろうか。
 見た目には羽を除けば人間の少女と同じだが、異質だった。圧、と言えばいいのだろうか。土蜘蛛、妖蟲、唐傘お化け……過去に遭遇したどの怪異よりも、目の前の存在は底が見えず、そして強大だった。にやりと笑みを浮かべながらふわふわと浮かぶその姿に、全身が悪寒に包まれる。
「ふむ、やっぱり誰かの力を借りてなんてらしくない。気に入らないなら自分がやればよかったんだ。私にはその力があるんだから」
 どこか飄々とした態度で独り言を呟いている怪異。あれが、今は囚われているネズミの妖怪が言っていた〝あいつ〟なのだろうか。
 逃げるべきか、立ち向かうべきか。停滞は死を招くと分かっていながら、とっさに動く事が出来なかった。
 羽の怪異は、動けなかった蓮子とメリーに顔をずずいと近付ける。
「あんたらが、この世界の守護者ってやつ?」
「……守護者なんて、そんな大層なものを名乗っているつもりはないわ」
「あはは、謙遜しなくていいよ。私が送った妖怪、その全部をあんた達が叩き返したんだから。どう思っていようが、この街は守られたんだ」
「じゃあ、やっぱりあんたが〝あいつ〟なのね……」
 街に季節外れの冬をもたらしたのも、あの一般人を病で苦しませたのも、街を虫で覆い尽くしたのも。
 全て、こいつがやったのだ。
 握りしめた拳銃を羽の怪異へ向ける。
 だが、それよりも先に対象はその鏃のような羽で蓮子の手を叩く。まるで鞭で打たれたように鋭い痛みが走り、拳銃が弾き飛ばされる。拳銃は地面の上をからからと転がった。
 次いで、羽の妖怪が鎌のような羽を蓮子の喉へ向けて突き付ける。見た目にはその羽が固いのか柔らかいのかも分からない、初めて見るような素材で作られているようだ。少なくとも羽の妖怪はそれで喉を貫けると確信しているような笑みを浮かべていた。ごくりと、蓮子が唾を呑み込む。
 目の前で羽の怪異が笑っている。しかし、蓮子はそれ以上動く事は出来なかった。
「そこで怒りを感じられるのなら、やっぱりあんたはこの世界の守護者だよ」
 羽の怪異は鎌の峰で蓮子の胸をとん、と押す。いや、羽の怪異はその程度の力で押したつもりなのだろうが、蓮子の体は大の男に突き飛ばされたかのように弾き飛ばされ、雨で濡れた地面を転がる。呼吸が一瞬止まり、心臓の鼓動がズレたような気さえした。
「蓮子に何するのよ!」
 蓮子を突き飛ばした羽の妖怪に、メリーが殴り掛かる。体勢も体幹もまるでなっていないパンチだが、その気になれば自動車だって殴り飛ばせる一撃。
 だが、その一撃を羽の妖怪は片手で軽々といなし、メリーの拳は虚しく空を切る。
「ひゅう、おっかないね。怖いからちょっと大人しくしててね」
 まるでそんな事は微塵も思っていないような口ぶりで、ネズミの妖怪と同じようにメリーを黒い雲で包む。メリーの口が塞がれ、彼女は声にならない呻き声を漏らしながらその足が地面を離れる。
「メリー!」
 蓮子が名前を呼ぶが、もはや黒雲はメリーの全身を覆い、僅かに手足の先がはみ出ている状態で、声が届いているのかも分からない。それを聞いて羽の妖怪はくすくすと笑う。新しい玩具オモチヤでも見つけたみたいに、楽しそうに。
 しばらく笑っていた羽の怪異は、やがて何かを思いついたみたいにぽんと手を打った。
「ねえ、私達を見逃してくれない? 私はこれからも妖怪をこっちに送るけど、あんたは目を瞑ってくれればいいの。そしたら、メリー、だっけ? この金髪は帰してあげる」
 ぱんと手を合わせて片目を閉じてのお願い。その笑みは小悪魔的な、と表現出来るかもしれない。だが、言っている事は随分と身勝手で、秘封倶楽部からすれば到底許容出来るものではなかった。
「そんな口だけの取引、通じるとでも?」
「じゃあ書面に一筆書けばいいかしら?」
「冗談。怪異相手に法だの契約だのが通じるなんて思ってないわ」
 いや、本音を言えば蓮子自身は今すぐにでもその提案を受け入れたかった。メリーを返してほしかった。だが、他でもない目の前の妖怪が拒絶される事を望んでいた。それこそ、言われるがままに了承したならここにいる全員が彼女に殺されていただろう。あれはそういう目だ。
 それに、ここまで好き勝手されておずおずと退けるはずがなかった。これ以上街を、メリーを傷付けるというのなら、こいつは看過出来ない敵だ。
 退くつもりのない蓮子を見て、ますます笑みを深める。面白そうな玩具オモチヤを見つけて、それが本当に面白かった、みたいな反応だ。
「だったら。どうせなら幻想郷の住人わたしたちらしく、勝負、いや決闘といこうか」
 蓮子は胸を突かれた衝撃にまだ咽ながら、疑問を口にする。
「……勝負?」
「そう。あんたが勝てたら、私は大人しく帰ってあげる。もう妖怪を軽はずみに外に送ったりしないわ。約束してあげる」
「もし私達が負けたら?」
「言う必要があるかい?」
 怪異は人差し指を立てて蓮子に向け、「ぱん」なんて可愛い声で言いながら銃を発砲するジェスチャーをした。それだけで、蓮子には何を意味するのか分かってしまう。怪異を相手にするんだ、文字通り命を賭けて、勝負に挑む事になるだろう。
「なるほど、そりゃあ分かりやすいわね」
 蓮子は強がりとも取れる声を漏らした。
 一見すると蓮子達にとっては不条理に聞こえるかもしれない。
 だが、蓮子達にとって命をベットして戦うのはいつもの事だ。故に、怪異が提案したゲームというのは蓮子にとってはまだ都合がいい。どうせ対話だの何だのが通じる相手とは思っていないのだから。
「で、勝負って何をするつもり? こう見えて私はトランプが得意でね」
 半ば奇跡を祈るかのような提案。当然、羽の怪異は蓮子の提案を鼻で笑って突き返す。
「あんたも分かってるんだろ? 私らが勝負といったら、あれしかないじゃないか!」
 言い切ると同時、羽の怪異の周囲に漂っていた黒い雲が動く。明らかに流体力学の常識から外れた動きで、雲は羽の怪異の手に合わせてうねり、やがて小さな球体のようなものを形作る。それも一本や二本ではない、羽の怪異を取り囲むように無数の黒い光球が生まれた。
 羽の怪異が言う勝負。あちらの世界で行われている決闘術。
 つまり、弾幕決闘だ。
「明日の夜、平安神宮に来て。約束を破ったら承知しないからね」
 まるで友人と遊ぶ約束でも取り付けるみたいに、奴は楽しそうに言った。
 そして、羽の妖怪はふわりと浮かび上がる。その隣には、黒い雲で全身を包まれた二つの塊が寄り添うように浮かんでいる。一つはネズミの妖怪、そしてもう一つはメリーだ。
 二つの雲と共に、羽の妖怪が夜の闇に消えていく。
「メリーは私のよ、あんたなんかにくれてやるかっての……!」
 蓮子は地面に落ちた拳銃を拾い上げ、照準をメリーに合わせる。羽の妖怪を撃退するためではない。メリーを覆う黒雲を銃弾で散らし、メリーを取り返すためだ。メリーに銃口を向けるのは気分のいいものではないが、当たったところで死にはしない。
 ……たとえメリーを自分の手で傷付けてでも! あんたからメリーを取り返す!
「これは私の玩具オモチヤよ。そしてお前もね」
 だが、弾丸を放つよりも先に羽の妖怪が片手を振るうと、その軌道に沿って雲が生まれる。それは黒い雲の中でごろごろと怪しく光り、まるで孵化寸前の卵のようにも見えた。背筋が凍るような不吉な予感を覚えた蓮子は、メリーを救うための拳銃を下げて、蓮子を隠すように盾となる盾を作るために手を振るう。
 そして、起爆。
 黒雲が爆発したみたいに雷を炸裂させ、地上にいる蓮子へと降り注ぐ。幸いにもグローブを振るう手の方が早かったために境界は落雷を一手に受け止めてくれているが、幾重にも重なった雷鳴は蓮子の心臓を締め上げ、反撃の手を探そうという想いすら簡単に握り潰してしまう。今の蓮子には、盾の後ろで息を潜める事しか出来なかった。
「じゃあね、おねえさん」
「まっ……」
 羽の妖怪がここを去ろうとしている。それが分かっているのに、蓮子の体は動かず羽の妖怪を追い掛けられない。
 羽の妖怪はその攻撃をこの場から去るための牽制程度にしか考えてなかったかもしれないが、蓮子の本能は確信する。やはり過去に相手をした怪異とは違うのだと。あれは、下手をすれば八雲紫にも匹敵する格の存在なのだと。
 雷鳴が止んだのを見て、蓮子は境界の盾を消して空を見る。

 そこにはもう人間も妖怪も、誰もいなかった。
本シリーズは『妖怪と戦う秘封倶楽部』がテーマです。だからこそこういう視点もありなのかなと思ったり。
Actadust
https://twitter.com/actadust
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.90東ノ目削除
基本バトルものながら、未来世界ディストピア要素が独特な風味を出していると思いました。面白かったです
4.100南条削除
面白かったです
天敵が小傘というところに戦略の相性というか深さを感じました
物語が大きく動いたところで終わったのが少し残念で、それ以上に続きが気になりました。
5.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。ナズーリンかっこよくて好き。
6.100名前が無い程度の能力削除
第二話からとても面白くなったと感じました。
7.80名前が無い程度の能力削除
番外風味な例外回でよかったです