Coolier - 新生・東方創想話

ハイテンションだよ!マジカル☆テンコ 前編

2022/10/09 15:28:53
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 年月を経ると心があまり動かなくなる。感情の老化とも言うらしい。それは、脳の衰えが原因とか。
 では、老化という概念から抜け出した存在は何故だろうか。やはり、経験数が膨大だからだろう。
 たまに耳にするハイテンションという状態なんて、よっぽどの事が起こらない限りならない筈だ。


 目を覚ますと、玄関の取っ手をけたたましい悲鳴を響かせながらガチャガチャする音。
 聞き慣れない異常事態に仕方なく手元の時計を見ると、長針は鉛直から二百四十度。約束の時間を寝過ごした訳ではない。
 ぼんやりと覚醒した頭は、玄関の向こう側にいる犯人の気配を感じ取る。そう、それはあの元気っ子。気分が上がると後先考えずに突っ走る危ない友人。
 大声を出さないのは、最近生まれた近所の赤ん坊に配慮したのだろうか。ただ、異音が届いて泣かせてしまってるかもしれないけど。
「……何よ」
「て〜〜んし〜〜。もう朝だよ?」
 本人にとっての精一杯の小さい声で何か不満気に言ってくる。
「約束の時間まで二時間もあんじゃないの」 「早く遊んだって罰は当たらないよ?」
 ウキウキが止まらない表情。そうだ、今日は花火大会があるんだっけ。
「早朝まで萃香と呑みまくってて眠気ヤバイのよ」
 ちょっと話が盛り上がっちゃって、気づいたら日の出一時間前。闇が薄明るい糸を編み込んで退出しようとしていた。
 ワーニングが鳴りまくって、別れて急いで寝たら睡眠時間は六時間もない。これは眠気マックスでも仕方ないだろう。今も欠伸の行列が止めることを知らないのも。
「本当だ、とっても眠そうだね」
「そ、だから悪いけど寝させてくれない?少しでも睡眠時間稼ぎたいし」
「だったら空も一緒に寝る〜〜!」
「寝れるの?」
「う〜ん、多分!」
「寝れなくてもおこさないでよ」
「は〜〜い」
 寝室に向かい、まだ体温が残る衾に手を伸ばそうとするも、逆方向に背骨が引っ張られた。
「一緒に寝るって言ったじゃん!」
 壁際に引っ張られたと思ったら、友人は腿をバンバン叩く。ああ〜〜、そう言えばこの友人はそうだった。
 壁際に座ったお空のすぐ前に収まるように座って寝る体勢。身長差があるから出来るのだけど、私はお空より遥かに年上であることをお空は忘れている気がする。
「今真夏よ?暑苦しいでしょ」
 すんなりと受け入れる訳にはいかないので、少しばかりの抵抗を試みる。まあ、お互い暑さには耐性があるので無理感が半端ないが。
「大丈夫大丈夫!早く一緒に寝よ!」
「分かったわよ……」
 何故かこの体勢が気に入ってるようで、私が欠伸をすると大体こんな未来が口を開けている。
 座ると共に、お空の腕と翼に抱きしめられる。これが、何故か中々心地よい。
 良質な睡眠が出来るから全然悪い気はしないんだけど、お空は私のことを人形とか娘とかと思ってるような気がするんだよねえ。
 いよいよ瞼が重くなってきたので、闇に視界を紛れさせる。蜩の旋律が心地良く鼓膜を震わせたと思ったら、意識がすとんと落ちた。


 あれから長針が六十度を少し超えたとき。ミンミンゼミとアブラゼミの騒音祭が鼓膜を貫くと、意識が開いた。
 お空は眠気が舞い降りてくるまで私の髪で遊んでいたのか、ぐにゃぐにゃと蒼糸が捩れている。暖かい体温が綺麗に溶け込んでいるから、一時間前には寝たのだろう。  
 顔を見上げると、すやすやと涎を垂らしている。それは起こすのを躊躇う程。
 しかし、お空が楽しみにしていた時間を削るのは罪悪感が腰椎にのしかかるので、餅のようにむにっとした頬をつついて起こす。
「ほら、起きて。もう時間よ」
「えへへ〜〜」
 楽しい夢を見ているよう。でも、それを眺めっぱなしでいる訳にはいかない。
「お空、起きなさい」
 餅をむに〜っと伸ばすと、瞼がやっと動いた。 
「う〜〜〜〜ん?」
「ほら、もう時間よ」
「分かった〜〜〜〜」
 まだうとうとしてて脳が覚醒していないみたい。しかし、この特殊な睡眠の終末点で行うやり取りは、混濁した頭でもはっきりと覚えているらしい。
 そわそわした感情が、全身から隠すことなく醸し出されている。
「……ほら、いつもの」
 そう言うと、ぽわわっと嬉しそうな顔。
「うん」
 私は柔らかく頬に口づけをする。これは、何故か定型化したこの睡眠のお礼。
「よく寝れたわ。ありがと」
「えへへ、どういたしまして」
 微笑むと、その百倍の笑顔が返ってくる。よくそんなに大きく笑うものだ。
「じゃあ、そろそろ出かけましょうか」
「うん!」
「それで、何処に行くの?屋台は午後からでしょ?」
 午前に行っても、何もすることなんて無くない?それとも何処かに行くのだろうか。
「ふふん。今日をとっても楽しくする所!」
 花開く満面の笑顔に、少し悪魔の雰囲気が紛れ込む。それは、何かを企んでるお空特有の笑顔。
「へえ、一体何なのかしら」
 これは刺激的な一日になりそうと、胸がわくわくしている。そりゃあそうだ、予想出来ない未来なんて面白くなるに決まってるもの!
 私達は、お互い意味が異なる笑みを浮かべながら、外の蒸し暑い空気に触れに行った。

 
 肌にへばりつく怠い空気を浴びながら少し翔ぶと、お空の目線の先には博麗神社。
「ねえ、何しに行くの?あの神社が良い刺激を与えてくれるとは思えないんだけど」
「それはもうすぐ分かるよ。天子も明日朝起きたら、結構楽しめたなって思うよ絶対!」
「何よ、その嫌な予感しかしない予防線は」
 真夏の笑顔にハロウィンの悪戯が早とちりしたような表情。う〜〜ん、期待と不安が暴れているぞ?
「あ、もう着くよ?」
 期待と不安の鍔迫り合いが繰り広げられる中、目的地に到着する。何故か、嫌な予感が急上昇。
「ったく、また寝坊したの?」
 赤白の巫女が呆れ顔で出迎える。
「悪いわね、朝まで萃香と呑んでたのよ」
「へえ?まーーーーた泥酔して今度は萃香に迷惑かけたの?」
 脊髄が凍る音。頭が滞る声。そう、紛れもないスキマ野郎だ。しかし、今回ばかりは私が100%悪いので、残念ながら奴を宥めるしかない。
「ちょ、ちょっと待って!酩酊初期までにしたし、あの時のようなしでかしはしてないわ!」
「へえ?まあいいわ。今日はちょっとお前に刺激を与えに来てあげたの」
「お、お手柔らかにお願いします……」
「はい♪」
 奴が人差し指を下に振ると、ぽんっと鳴って煙がぶわって広がる。
「うわ!?」
 息苦しさと目を鋭く刺激する、本物の煙ではない。演出用か?だとしたら、何の演出だろうか。
 白い煙が真夏の空気に溶ける。もくもくが晴れると、私の首にこの世界の不思議な光を詰め込んだような小さなペンダントがかかっていた。
 しかし、その事象は何故か歓喜や驚愕よりも、背筋を這い摺り廻る悪寒が勝っていた。そりゃあそうだ、狩人が獲物に慈悲を下さる訳がない。
「…………………」
 恐る恐る血腥い狩人を見ると、嫌な嫌な笑顔を見せやがる。
 それを満足そうに観察した奴は、獲物を捉えた笑顔を見せて、大層大袈裟に叫んだ。
「助けて、マジカル☆テンコちゃ〜〜〜〜ん!!」
「……は?」
 疑問符が呟いた瞬間、私の身体をペンダントから詰まった不思議な光が放たれる。それは私の視界を眩ませる。
「うわ!?」
 思わず放たれた空気の後、視界が燦燦と眼球を貫く。いや視界だけじゃない、私の身体から瞬く間に眩い変色する光が周りを染め上げている。
 そう自覚した瞬間、
「キラキラ☆暗い暗い悩みごとを瞬く間に解決!天才美少女マジカル☆テンコをお呼びかしら?」
 勝手にIQが地面スレスレになった言葉が飛び出ながら、勝手に右手が横ピースをして左手を腰に置いているという、これまた頭の悪いポーズ。
 そして視界の端には、全身を白を基調としたフリフリレースとキラキラ煩い装飾が布を覆い、何か重量感ある背中にはリボンか、これ?
 …………????何この本から飛び出てきたような衣装。
 羞恥心よりも、現状把握にリソースを割いてるせいで、心臓は冷静だ。てか本当に、この状況何?おい金髪野郎、お前やっていいことと悪いことあるだろ?
 しかしその感情も言葉も私の実行動とリンクしない。別人格がインストールされて私の身体を動かしてる。
「あのねえ、私を生意気で傲慢な女が私を八つ裂きにしようとしてるの!」
 表情と声色と言葉が全くもって連動していない癖に、よくもまあ私にそんなことを言うもんだ。てかなんだ、マジカル☆テンコって。お前の命名か?私の何処を見たらそんな言葉が思いつくんだ?
「それはいっけな〜〜い☆でもでも、私は魔法アイテムを食べないとマジカル☆が使えないの〜〜!!」
 うっっっっっわ!!激しい頭痛がしそうな台詞。いや本当に、何でそんな言葉を考えれたもんだ。
 何か少しは冷静になったのか、視界の隅で腹を抱えて笑い転げてる阿呆巫女と、興味津々で瞳を輝かせている友人がいた。あの巫女覚えてろ。
「あらそうなの、残念」
 おい憎たらしい笑顔とリンクしてないぞスキマ野郎。
「あ、もう時間時間〜〜!!じゃあまたね〜〜☆」
 頭悪い台詞を吐きながら手を大きく振ると、空気がぼんっと鳴って煙が生まれる。そして、煙が晴れると、そこには元の姿に戻った私。
 元に戻った私。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!??????」
 声にならない叫びが真夏の空間を貫く。それは、大きな羞恥心と少しの憎しみを孕んでいた。
「かっっっっわいいい〜〜〜〜!!!マジカル☆テンコ!マジカル☆テンコ!この世の可愛いを全部ぎゅって詰め込んだような可愛さだよ〜〜〜!!」
 お空が満面の笑みで歓喜を表しているが、そいつは私じゃないので何も慰めにならない。ただ、この場で唯一馬鹿にしてない存在なので、そこは精神的に少し有り難い。
「ぶぶぶっっっっ、ふふふふふふふふ。や、やばい腹筋が……!腹筋が捻れる……!!」
 他には本当に腹筋を180°捻れさせようかと思うほど笑い転げてる巫女と、嫌な程に不気味な微笑を浮かべてる金髪野郎しか居ないから。
 今も無言なのが余計に怖さを増強している。
「ね、、ねえ!いくら何でも、こんなことをするなんて心当たりはあるけど、やり過ぎじゃない!!?」
 こんだけやられる心当たりはあるんだけど……有り余ってるんだけど……ここまでしなくても良いんじゃない?
「へえ?やり過ぎ?命あるだけマシじゃない。本当はさっさと存在を消したいのに天界の輩が五月蝿くてねえ。何でも要石を思い通りに操作出来る奴がお前しか居ないからとか五月蝿くてねえ。本当はさっさと頸を捻じ切りたいのに」
「うっ…………」
 血腥い闇が煌めく瞳に反抗出来ない。泥酔して記憶が無いが、やらかした内容は『酒に酔っていて』という定型句でどうにかなるものじゃない。それ程までに、内容がやばい。
「お前がやらかした罪状また述べようか?」
「御遠慮します……」
「八月四日午後十一時三十二分頃」
「遠慮するってば!!」
「世界で一番可愛い存在である橙としこたま酒を浴びるように飲んだ死刑囚は」
 血腥い闇が淡々と過去を述べていく。どうやらこちらの主張は聞き入れられないようだ。
「可愛い可愛い橙の頬をあろうことか、むにむににぺっと弄くり廻し、その後に狂ったように自分の頬を擦り合わせる死罪を敢行。
 更に、それを愛らしい橙にさせてもらったにも関わらず、力強く抱き締めたまま計10m転がり回り、大きく笑い合うという市中引き回しの上打ち首獄門に値する大罪を行使。
 挙げ句の果てには、そのまま昼過ぎまで熟睡するという凌遅刑を成し遂げやがった」
 最後に急に本音をぽろっとすんの、心臓に冷たい水が流れ込んだような感覚になるので止めて貰えますかね?
「で、何か言い分は?」
「……ありません」
 橙への修飾以外は、全て事実らしいのにあるわけが無い。しかも、その過去は多くの連中が同じ現象を観察し、同じ証言し、更に一部は写真という鮮明な証拠があるという、詰んでいる状況。
「全くやり過ぎじゃないだろう?」
「仰る通りです……」
「くく……あの光景は面白かったわねえ……ぷふっ、最近猫にハマったって聞いてたけど、まさかベロンベロンになってるとはいえ、あんなに馬鹿みたいにはしゃぐとは……ぶふぉ、あ、やばっ、ははははははははは!!」
 少し平常心を取り戻した巫女が、客観的な過去を過呼吸になりながら吐く。
「う、うっさい!猫可愛いでしょ!?見かけたら頬を擦り合わせたくなるでしょ!?」
 まさか泥酔と猫が組み合わさると、こんなにも醜態を晒す事象が発生するとは。この私の一生の不覚。
「天子、最近猫と遊ぶ為に猫じゃらしのエノコログサの位置を覚え始めたもんね。猫が集会開いてる場所や時間もマスターしてきてるみたいだし」
 そう言って、お空は何か、ちょっと寂しげな表情を覗かせる。
「おい、本当に反省してるか?」
「してます!」
 流石にしてるわよ。天界の連中へのストレスが溜まってたからって、酒に頼らないようにしないと。
「分かってると思うが、橙に半径10m近づくの禁止だからな」
「え!?ちょっと!???泥酔してたことと関係無いでしょ!?」
 仲良く会話出来て可愛い橙に近づけないだと?猫の中でも貴重なのに!
「おい」
 狩人が獲物を捉える血腥い瞳。
「厳守します!」
 背筋が強制的に伸び上がる。
「じゃあ、今日は頑張ってね。魔法アイテムは出店だから。魔法少女の期間は午後から最後の花火までね。花火が終わると魔法は解けるから」
 ぶわっと鳥肌が数十cmに渡って飛び出すかのような、ぱあっとした笑顔。
「え、ええ」
 花火が打ち終わるのが午後八時。八時間あのハイテンション魔法少女をしなきゃいけないのか。
「じゃあ、そろそろ魔法が使えるね!もうそろそろお昼になるし」
 お空はとても嬉しそうに顔を笑わせる。うーーん、魔法少女を見られたくないから遊ぶ約束を反故にするというのは、無理っぽい。
 まあ、嘲笑されるよりは何百倍もマシなんだけど、私の羞恥心が耐えきれるか。
「はあ……。今日は大厄日ね」
 一般的な大厄日とは少しずれてるが、三大厄日よりも凶になることは間違い無いだろう。
「そう?明日になったら、何だかんだ楽しかったなって思うんじゃない?」
 お空はやけに自信満々に、未来が笑うと告げる。そういや、さっきそんなこと言ってたような。
「ねえ、魔法少女のこと知ってたの?」
「うん、こんなに可愛い衣装のことは知らなかったけどね!いつもキリッとした表情の天子が、こんなに照れた顔をするなんて、今日はいい日だなあ〜〜!!」
 純度100%の歓喜を見せられると、『予め私に伝えて欲しかった』などという言葉は告げられない。
 まあ確かに、お空の前だと可愛いに該当するような表情はしてなかったしね。猫と戯れるのも一人でしてたし、やらかしたあの夜もお空は居なかったはず。
 でも、だからってそんなに喜ぶもの??
「ああもう……こんな顔されたら何て返せば良いのよ」
 返答の文章が練り上げられず、思わず降参の文句が飛び出る。
「う〜〜ん、楽しみって言って笑えば良いんじゃない?天子は笑顔が似合うし。あ、でも照れながら笑うのが一番可愛いかな?」
「何でそんなに照れ顔が見たいのよ……」
「??だって、いつもとは全然違った表示を見れるなんて最高でしょ?天子は可愛い要素もあるのに美しい要素しか見せてくれないし」
「そりゃあ、私天人だし」
「だから貴重なの!でも照れるだけじゃなくて笑って欲しいなあ」
「んな無茶を……」
 そう呟くと、古錆びた緑青の警鐘が数回轟く。ハイテンション魔法少女が幕を開ける合図だ。
「よ〜〜し!まずは何を食べようかな?天子もお腹減ってるでしょ?マジカル☆テンコに良い食べ物って何だろう?」
 出店が列なる人里へ、お空は私を猛スピードで引っ張ってく。
「ねえ、せめて魔法少女って言って。あんな頭悪すぎる言葉聞きたくないのよ」
 蒸し暑くなってきた空気を浴びながら、私はせめてもの抵抗をする。
「え〜〜?可愛いのに」
「お願い、あの言葉に該当出来んの私くらいしか居ないし、せめて通常体の時は目立ちたくないのよ」
「う〜〜ん、分かった。今日は沢山の可愛い天子見られるし!」
「はあ、助かるわ」
 深く溜息をつくと、魔法会場に着いてしまった。こんなにも祭りの喧騒が憂鬱に変貌することがあったのだろうか。
 色鮮やかなネオンの光が、感嘆からうざったい光線に。浴衣を着た存在が未来への羞恥心を抱かせる。食材の熱気溢れる空気は空腹すら発さずに頭悪すぎる言葉を胃腸から口腔にぶち撒ける。
「あ、かき氷だって!今日は暑いし、食べようよ!」
 欝魔法アイテムの第一走者はかき氷。味は苺とメロンとブルーハワイ。
 冷静に考えたらブルーハワイって食材の味じゃなくて概念的存在じゃない?祭りの熱狂からフリーフォールで地面にめり込んでる私はそんな悪態をついてしまう。
「まあ、食欲湧いてないから丁度いいかしらね」
 そう言って、数人並んでる列の最後尾に加わる。
 金髪野郎のことだ、何かしら魔法少女にならざるを得ない策を弄しているに違いないからな。最低限の魔法は使えるようにした方が良さそう。
「何味にする?空はブルーハワイかなあ」
「何でもいいわ。お空選んでよ」
「本当!?じゃあブルーハワイにするね!」
 そう言ってかき氷屋の店主にブルーハワイ3個を注文する。……3個??
「ねえ、2個も食べれるの?」
 青空に浮かぶ雲を3個抱えたお空に思わず訊いてみる。
「うん。だって今日これから起こることを考えたら、心がワクワクして収まらなくてはしゃぎたくなっちゃうから!」
 なるほど、頭をクールダウンさせるのか。少し感心しながらブルーハワイを受け取る。
「いただきま〜〜す!」
「いただきます」
 お空の元気過ぎる声を合図に青く染まった氷晶を口に運ぶ。
 甘ったるくて冷たい。ハワイとやらに行ったことないが、不思議と涼しい感じがするような。
「美味しいね、天子!」
「ええ。それにしても、魔法アイテムとやらの種類とか性質が全く分からないんだけど」
「う〜〜ん、そうだねえ。完食すれば何か分かるんじゃない?」
「あーー、完食が獲得の基準なのね」
 そうなると、魔法アイテムにカウントされるのは食べられるものってことでいいのかしら。
 頭が少し悲鳴をあげながら、少し腕が重くなりながら、お空の2倍の遅さで漸く平らげる。
 すると、ペンダントがブルーハワイ色に淡く染まり、カランっと音がなる。魔法アイテムとやらを獲得したサインらしい。
「おおおお〜〜!!これで魔法が使えるんだね!!」
 眩しいまでに瞳を輝かせるお空が、今は空気をどしりと重くさせる。
「そうらしいわね……。ブルーハワイが齎す魔法とやらが想像つかないけど」
「う〜〜ん、何にでも使えるんじゃない?魔法を使う為のエネルギー源みたいな感じかも」
「それだったらまあ、わざわざ食べるものを限定しなくても済みそうだけどねえ」
 さて、どうなるか。スキマ野郎がそんな救済を忍ばせておくだろうか。今の奴は、徹底的に精神を抉ってきそうだが。
 かき氷の容器をゴミ箱に投げ捨てると、目線の先に、無人の静まり返った路地裏で、少し解れてる浴衣を着た小さい少女が蹲っていた。
「ねえ、どうかしたの?お父さんやお母さんから逸れたの?」
 これを見逃すのは天人失格だ。無意識に少女に近寄って目線の高さを合わせていた。
「……あのね、私、今日のお祭りでね、友達と遊ぶ約束してたんだけどね、浴衣……浴衣が、解れてて、うち……貧乏だから、直せなくて……折角楽しみにしてたのに……」
 少女はしゃくり上げながら、絶望に浸った声で悲しみを呟く。
 う〜〜ん、残念だけど、私がどうにかできるものじゃないわねえ。今日はお祭り騒ぎで呉服屋も古着屋も臨時休業だし。着物を修繕する魔法とかも使えないし。
「ねえねえ、天子」
 今日何度めかのキラキラした瞳。ああ、こんな形であの羞恥心の塊が役に立つなんて、少し世界を呪いたくなる。
「……まあ仕方ないけど、どうやってアレになんのよ」
 魔法アイテムとやらは使えるが、肝心の変身方法が分からない。能動的に?え?あのくるくるぱーの台詞を口走れと?
「ふふん、それはね。助けを呼べばマジカル☆テンコになれるよ!」
「だからその言葉を言わないでって……」
「え?お姉さんもマジカル☆テンコのこと知ってるの?」
 は?は?は?ねえ何で知ってんの?え?
「え、えと……な、何でその言葉を?」
「あのね、天狗さんが配ってた新聞にね、『午後限定!困った時はマジカル☆テンコを呼んで願いを叶えよう!』って書いてあったの。本当かな?って思ってたんだけど、やっぱり居たんだね!!」
 あのカァーカァー後で劉す。絶対に。
 少女は希望を瞬かせて声を喜ばせる。その対象がハイテンション魔法少女じゃなかったらどんなに良かったか。
「うん、そうだよ!じゃあ、早速呼んでみよう!!」
 お空、ちょっと。展開速いって。目の前でいきなり姿と口調が変わるのよ?される方にも心構えってもんが。
 しかし、盛り上がった二人は留まることを知らない。
「助けて〜〜!マジカル☆テンコちゃ〜〜ん!!」
「は〜〜い!!」
 少女があの忌まわしい名前を叫ぶと同時に、勝手に口が乗っ取られる。
「うわ!?」
 不思議な光がまた私を染め上げる。それは私にとって羞恥心の始まりで。
「キラキラ☆暗い暗い悩みごとを瞬く間に解決!天才美少女マジカル☆テンコをお呼びかしら?」
 あーー、それ固定された決め台詞なのね。天才と宣うなら自分で美少女と言わないで欲しいんだけど。
「おおおお〜〜〜!!お姉さん、魔法少女だったんだ!!」
 ねえ、そこの少女。こんな格好をした変人をそんな目で見たら駄目よ?大きくなってこんな格好してたら恥ずかしくて死にたくなるわよ?
「マジカル☆テンコ!マジカル☆テンコ!!」
 お空は興奮して忌まわしい名前を連呼する。あ〜〜もう。本人の前で言わないでって。
「あのね、今日友達と祭りに行く約束してたんだけど、浴衣が解れてて……」
「なるほど、それは悲しわね!でも大丈夫!この天才美少女たる私が、華麗にビシッと解決するわ!!」
 ああ、私の記憶には干渉しないのかハイテンション魔法少女は。それとも助けて欲しい内容を天才美少女とやらに直接伝えなければいけないのか?
「本当!?」
「ええ、任せて!マジカル☆アイテム〜〜ブルーオーシャン☆サンライズ!!」
 ???オーシャンとサンライズとやらは何処から来た?え?英語かもしかして?何要素??
 相変わらずIQが地面に超低空飛行している魔法少女は、意味不明な言葉を叫ぶと両掌をぐるぐる少女の方角に回し、その中から蒼穹の色に日の出の柔らかい光を混ぜた幻想的な色を絞り出したと思ったら、その色を纏った三叉槍が現れた。
 ??????あれ、戦闘案件だっけか、これ。ハイテンション魔法少女大丈夫か?
「マジカル☆テンコ〜〜リペア!」
 そう言ってハイテンション魔法少女は、三叉槍を鉛直方向に振る。
 おい金髪野郎。魔法名に魔法少女名入れるとかセンス無さすぎだろ。自分で言うのすら恥ずかしいのに。
 柔らかい日の出に輝く水流が少女を包み込んで、着物を見事に新品同様に修繕させた。
「わあああ〜〜〜!!!ありがとうマジカル☆テンコ!!」
 え?この先合う度に魔法少女名で言われる運命確定した?え?
「お仕事完了☆じゃあまったね〜〜☆」
 少女に手を振ると、元の私に戻った。
 ああ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
 羞恥心がまた復活する。自分の言動からかけ離れたものを見させられるのはキツイ。しかもそれをやらかしているのが自分の仮面を纏った私という。
「ありがとうお姉さん!いや、マジカル☆テンコ!!これで友達とお祭りに行けるよ!」
「……お姉さんでお願い」
「??分かった!本当にありがとう!!」
 そう言って、祭りの入り口に駆け出して行く。少女の笑顔が羞恥心の唯一の救いだった。
「可愛いね〜〜。魔法少女になっても、やっぱり天子の頭の良さは少し残ってるんだね!」
「いやどこがよ。急に脈絡なくカタカナ外来語で話してたじゃないのあいつ」
「空知らない言葉だったし、あまり知られてない言葉だと思うんだよねえ」
「だからよ。相手が分からない言葉を話すのは頭が良いとは言えないわ。言葉のキャッチボールが出来なきゃ口なんて必要無いじゃないの」
「そうなのかなあ。天子の面影残ってたと思うけどなあ」
「まあいいわ。それにしても、魔法少女なんの一回だけでも結構くるわね、精神的に」
 肉体的な疲労は不思議と無い。むしろ、身体は爽快に塗れている。しかし、心にガタが来ている。胃腸がキリキリする三歩手前。
「ああ、まだ最初だもんね。じゃあ、ぎゅ〜〜!!」
 お空は前から抱きしめてくる。こういう時に人肌の暖かさが心に安らぎを与えてくれる。
 それを感じさせるのが魔法少女じゃなかったらどんなに良かったか。
「助かるわ、ありがと」
 精神的疲労の原因に関して、根本的な差異があるのは否めないが、今は精神安定が最優先。
 後何回ハイテンション魔法少女になんなきゃいけないのか。考えると頭痛が始まってしまうから、頭の隅に抑え込んで現実逃避に耽ることにする。
 そんなことを決め込むと、腹の虫が蠢く。ああ、そういえば朝何も食べてなかったっけ。
「あ、そろそろ何か食べようよ!何にする?」
「そうねえ」
 魔法アイテムとやらが無ければ目に留まったものを食べるんだけどねえ。焼きそばやお好み焼きとやらを選んだら魔法アイテムどうなんだろ。未知への興味よりも未来への羞恥心が遥かに勝る。
 しかし、腹に何か入れなければ。周りを見渡すと、あ。良さそうなのが。
「じゃあ、じゃがバターにしようかしら」
 恐らくこれの魔法アイテムは温暖系。色もじゃがいもやバターの色だろうし、マシな方だろう。量を増やせば腹にも溜まるし。
「おお、美味しそうだね〜!何個食べる?」
「三個にしようかしら」
「お腹空いてるもんね〜〜。空は二個にしようかな」
 そんなことを話しながら、じゃがバターの列に並ぶ。幸い、人は空いていた。
「じゃがバター五個下さい」
「はいよっ!」
 熱気的な主人の声。その汗は輝いていた。
 ホカホカしたじゃがいもの匂い。それを滑らかに覆うバターとの組み合わせ。こんなにもじゃがバターを美味しそうに感じる日が来るとは。
「天子ってじゃがバター大好きだったんだね」
「え、何で?」
「天子の顔とても溶けてたから」
「ふえ!?」
 え?どんな表情してたの私!?
「とても可愛かったよ〜〜!空もその対象になりたいなあ」
「いやいや。友人にそんな表情しちゃだめでしょ。愛玩動物とかじゃないんだから」
「え〜〜そうかなあ」
「そうよ。ほら早く食べましょ」
「うん。いただきます!」
「いただきます」
 箸で切り取れる程柔らかくなったじゃがいもを、黄金に輝くバターと共に口に運ぶ。美味しくて堪らない。
「う〜〜ん!!美味しいわねこれ!久し振りに食べるけど、こんなに美味しいなんて!」
 魔法アイテム補正が多量に含まれているが、仕方ないだろう。魔法アイテムを宣うハイテンション魔法少女、魔法を唱えるハイテンション魔法少女のことを考えると、選択肢がどうも限られてしまうのだから。
「そうだね!美味しそうに笑う天子久し振りに見たし。今日は良い日だなあ」
「何か不平等よね。私だけ損してる気がする」
「まあ仕方ないんじゃない?罰なんだし」
「その対価が大き過ぎるのよ……」
 そんなことを話しながら平らげると、少し離れた所からこそこそ見ているあのカァーカァーを見つけた。
 よし、劉す。
 数十個作った小粒要石を音速でカァーカァーにぶちまける。
「ちょ!?」
 あいつは見事に全弾回避しやがる。
「ちっ!」
「ま、待って下さい!ここは祭りの会場ですよ!?」
 安心しろ。お前が避けたらすぐに砕けるから。
「劉す」
 いくら速くても避けようがない密度の要石の雨をぶっ飛ばす。
「わわっ!!」
 奴はランダム軌道で要石から逃れようとする。だが、この要石は追跡仕様だ。劉す。
「え、ちょやばっ」
「堕ちろ」
「た、助けて!マジカル☆テンコちゃ〜〜ん!!!!」
「あ?、」
「キラキラ☆暗い暗い悩みごとを瞬く間に解決!天才美少女マジカル☆テンコをお呼びかしら?」
 おい待て。この最悪なタイミングでなるな。何でよりにもよってこのカァーカァーの目の前でなるんだ。
「た、助かった……ええ、ちょっと今殺されかけてまして。今日を生き延びる加護が欲しいなと」
 はあ?おいてめえ。
「それはたいっへ〜〜ん!じゃあ、貴方に守護魔法をかけるわ!」
「ありがとうございます!」
 くそっ。明日刈るか。
「マジカル☆アイテム〜〜ゴールデン☆メシア!!」
 メシア???じゃがいもか?確かにじゃがいもは飢饉を救った実績あるが。
 ハイテンション魔法少女はじゃがいもを極度に神聖化すると、右の人差し指を頭上でくるくる回す。
 すると、生命の源の太陽光や淡くて透き通る月光とは根本から異なる、信仰的な伝説譚で降り注ぐような光を伴った、二匹の蛇を螺旋状に絡ませた羽が生えた杖が現れた。
 え?何だっけこれ。どっかで見たな。あ、もしかしてカドゥケウスの杖?え?古代ギリシャの産物よね?
 相変わらず使用武器のチョイスが分からない。魔法とやらは基本的に西洋の色が強いからか?でも周りの人殆ど知らないでしょこれ。
「マジカル☆テンコ〜〜グレース!」
 グレースって……まさか恩寵を指してる?ハイテンション魔法少女のくせにやってる規模大き過ぎなんじゃないの?
 杖をカァーカァーに振りやがると、恩寵と形容すべき光の壁が薄くカァーカァーの周りに張り付いた。
「ふう……助かりました」
 奴は安堵の塊を全細胞から吐き出す。くそ、明日刳る。
「お仕事完了☆じゃあまったね〜〜☆」
 私の怒気なぞ気にもせずに無駄にハイテンションな奴は消える。
「わわっ!」
 消えた瞬間に要石の散発弾をぶっ放すが、恩寵の光に弾は消滅してしまう。
「くそっ!」
「お、落ち着きましょう?マジカル☆テンコを広めるように言う存在なんて一人しか居ないじゃないですか」
「あの金髪野郎」
「怒りを私にぶつけないで下さいって!要石を飛ばすの止めましょう?」
「ったく……じゃあ写真撮ってたのもあの野郎が?」
「ええ。まあ、今後の脅しじゃないですか?」
「はあ…………いっそのこと吹っ切れるか?もう」
 羞恥心を抱くだけ、あの野郎の掌の上で踊るだけのような気がしてきた。
「う〜ん、そもそもマジカル☆テンコの性格って元々持ってたものじゃないですか?使ってる自覚無いだけで」
「は?何頓珍漢なこと言ってんのよ」
「いやだって、あのハイテンションって猫を抱いてる時に似てません?」
「へあ!???」
 想定外の未来過ぎて変な声が喉から飛び出る。え??そんなテンションだったの私!?
「やっぱり自覚無かったんですか」
「え?え?本当に??」
「疑うんでしたらビデオ見ます?」
「見た〜〜〜ーい!!!!」
 お空がとても興奮して賛成の鐘を打ち上げる。
「ちょっと、出てこないでよ」
「え〜〜!空も天子の可愛い姿見た〜〜い!」
 そう言って頬を膨らませる。自覚してない表情を見られたい訳無いでしょ!?
「どうします、見ます?」
 カァーカァーは嫌な笑みを浮かべる。ああ、もうここまで来たら頷くしかないじゃない!
「嘘だったら明日が命日だから」
「そんな命知らずなことしませんって。予め言っておきますけど、これごくごく普通のビデオカメラですし、データはコピーしてるから壊しても無駄ですからね。壊さないで下さいね?じゃあ、再生しますね」
 カァーカァーはそう言って三角形のボタンを押す。何だろ、数分後私が恥ずかしがってる未来しか見えないんだけど。
 そんなことありえないって信じたいのに、長年の勘というか、何というか。
「かっわいい〜〜〜☆ねえねえ、名前は何て言うの?にゃーくん?すっっごく良い名前ね☆」
 あ、
「きゃ〜〜鳴き声もかっわいいい〜〜!そんな貴方にはすりすりしちゃうわ☆」
 はい。
「え、何?ご飯が欲しいの?大丈夫☆この天才びしょ」
 脳が沸騰した私は、勢い良くビデオカメラの画面を割る。
「ちょ、待って……いや、え?何、あの」
 言葉が上手く紡げない。予想してた未来の数十倍の羞恥心が視神経を刺激して、脳細胞に翳りが増殖していく。
「かっっっっっわいいいい〜〜〜〜〜〜!!!」
 お空が私が見た限りで更新する勢いのハイテンション。お空の方が魔法少女に向いてるんじゃないか。
「そうでしょう?いや〜〜やっと撮れたんですよ、本当に大変だったんですよ?天子さんハイテンションになる直前は警戒心が半径500mまで拡大しますから、気配を極限まで消して拡大機能を極限まで上げたビデオでやっと出来たのですから!」
「ちょうだいちょうだい!いくらで売ってくれる?」
「いや〜〜これはお金で買えるものじゃないですよ。貴重過ぎるものを入手すると誰にも渡したくないでしょう?」
「今さっきみたから良いでしょ?」
「駄目ですよ、実際の映像の証拠とただの噂話では価値が金と砂粒程の差があるんですよ?これは秘匿性が高い映像ですので渡しませんよ」
「む〜〜!!」
「それと天子さんは弁償して下さいね?安くはないんですから」
 頭が滾々と混沌で満たされている中で、突然私の名前を呼ぶ声が貫いた。
「ふえ、え?」
 だけど何で呼んでるかがちっとも分からない。
「う〜〜ん、普段からその一面を見せていれば貴方への多少の不満は消えると思うんですけどねえ」
「その顔をもっと空だけに見せて欲しいんだけどな」
「ほら、独占したくなっちゃいますよね?」
「それとこれは別!何回でも見たいの!」
「駄目ですって」
「むむ〜〜〜!!」
「マジカル☆テンコを隣で見れるから良いじゃないですか。私遠くからじゃないと見れないんですよ?どうせ要石飛んできますし」
「明日になったら見れなくなっちゃうじゃん」
「それは仕方無いことじゃないですか?」
「こうなったら実力行使しか……」
「おっと!私は今マジカル☆テンコの加護に護られているのですよ?」
「むむむ……!あ、空もマジカル☆テンコの加護欲しいなあ」
「ま、待って!」
 今マジカル☆テンコになったらやばい!!少し混沌が咀嚼され始めた理性が反射的に声を出す。
「え?駄目?」
 お空はとても悲しそうな顔をする。
「今頭がとても混沌となってるから!落ち着かせて!!」
「いや〜〜落ち着くんです、それ?」
「い、今頑張ってるから……ていうか、あの頭悪過ぎると思ってたネーミングセンスがそのまま自分に返ってきたのがとても恥ずかしいんだけど……ああああこのまま消え去りたい」
 まだまだ混沌は消えない。考えるより前に勝手に口が喋ってる。
「混沌となってるってことは、天子さんの性格とマジカル☆テンコの性格が今混在してるってことですよね?だったら、今マジカル☆テンコになれば性格や話し方の乖離を少しは直せるんじゃないですか?」
 ふええ??え?それが最善策なのか?
「普段の天子の中にマジカル☆テンコが入るってこと?」
「そうですね、完全とは無理でしょうけど、少しなら入るのではないでしょうか?」
「え〜〜!可愛い天子は空が独り占めしたい!!」 
「いやいや。今日は嫌でもマジカル☆テンコになるんですから、独り占めは無理でしょ。それに天子さんはマジカル☆テンコの性格を受け入れないといけないでしょうし」
「何かさっきからマジカル☆テンコを天子にしようとしてるよね。何か企んでない?」
「いや〜〜そんなことは無いですよ?」
「本当かなあ?でも、この状況をどうにかしなきゃいけないのは確かだし。マジカル☆テンコ呼ぼうかな」
 何か勝手に話が進んでる。耳には入ってくるけど脳が解読出来る状況じゃない。
 そんな時、
「うわあ、またかよ。この家やっぱ呪われてんじゃねえの?」
 パンッと何かが弾ける乾いた音がした。破裂音の方角を見ると、ここから少し先の民家で夫婦らしき二人が話している。
 会話から、あそこが爆発音の発生源で間違い無いだろう。
「そうみたい。この家不幸や災厄を招いてるかもね」
「はあ、祓って貰うにも金がなあ。もうすぐ子どもが産まれるってのに」
「格安で売り払ってた時点で覚悟してたけど、まさかここまでとはね……」
「ったく。お互い天涯孤独だから頼れる奴居ないしなあ。……どうすっか」
 男が顔を顰めて頭髪を握り潰す。不幸を乗り越えた二人が、幸福の前に絶望に踏みつぶされそうになっていた。
「丁度良いじゃないですか、マジカル☆テンコになるのにこれ以上無い好機ですよ?」
 新聞記者は憎たらしく口角を上げる。
 ああ、やはりあのハイテンションになるしか無いのか。
 あの絶望を救うのは魔法少女になるのが最善策だから。あの人格を吹っ切れるようになんないと永遠にあのスキマ野郎に踊らされるだけだから。
 だけど、だけど。混沌が未だ絡みついてる状況で考えた推論が、未来に警鐘を轟かせている。
「…………はあ。やるしかないか」
 マジカル☆テンコというクルクルパーの文字が自己創作でないことを信じる。いや、信じなきゃいけない。
 そうでなけりゃ、あの推論が。
「天子、頑張れ!」
 お空がガッツポーズで応援をしてくれる。うん、精神的に頑張んないとね。
「ありがと」
「恐らくマジカル☆テンコに助け求めるでしょうし、それまで心を鎮めましょう」
「……ええ」
 心を鎮める……か。その行為が未来が齎す更なる混沌に焼け石に水にしかならないことを私は察してしまってる。
 マジカル☆テンコが想像より遙かn謔阪∪縺励>……
 あ、駄目だこれ。考えちゃいけないやつ。天人としての人格が脳内で警鐘を喚いている。
「花火が纏めて取っ払ってくれないかしら」
「花火に浄化作用を期待すんのは無理だろうなあ。はあ」
「駄目元であの怪しい言葉言ってみる?」
「ああ、あのマジカル☆テンコって奴?あれ妖怪の類いじゃねえの?」
「妖怪でも良いことしてくれるのはいるじゃない」
「まあ……このままだと家ごと全滅しちまうし、やるしかねえか」
「じゃあ、呼ぼっか」
「ああ、宜しく」
「何言ってんの。アンタも言うんだよ」
「おい、なんで俺があんな幼稚な言葉を言わなきゃなんねえんだよ」
「私達の問題でしょ?恥ずかしいのは分かるけどさ」
「ったく、こんな言葉考えた奴どんな頭してんだか」
「グダグダ言ってないでさっさと言うよ!」
 あ、そろそろ混沌が来る。あのハイテンション魔法少女が滲み出て来る。
 あのハイテンションの人格が記憶に無い理由。それは、素の私が出てきたとか好きなものに会った時の解放感とかそういうのだろう。
 じゃあ、あのマジカル☆テンコの文字自体はどこから来たのか。考えれば考えるほど、触れてはならない何かのようにしてならない。
 最初は金髪野郎かと思ったけど、年齢不相応の字句を自ら捻り出すのはよくよく考えたらしないだろう。わざわざ私に突かれる要素を残す筈がない。
 じゃあ、私か?いや、それも無いだろう。私は魔法とは全く関係が無いし、あのマジカル☆テンコという言葉は幻想郷から産み堕されたものでは無い気がする。あの字句はそもそも幻想郷の文化水準とは逸脱したように思えるのだ。
 じゃあ、何か。これは只の勘だが、じk 遏ッ豁」……あ、考えるな、考えるな。
 未知への不安が口垂蓋に絡みついて吐き気を催す。この感覚はただの恐怖が齎す不快感では無い、超越した何かの産物。
 あの金髪野郎のことだ、何か分かってて仕組んだに違いない。そして、それは奴が対処出来ない代物で、それは最大の被害者である私が何とかするしか無い。そう、馬鹿げた妄想をしてしまう。
 妄想と笑い飛ばせるならいい。そうであってくれ。
「助けて、マジカル☆テンコちゃ〜〜ん!!」
 夫婦の声があの人格を呼んでしまう。瞬間、心の臓がキュって乾いた音の符を震わせて。
 空気が、地面が、世界が、宇宙が、急に不規則に歪んで押し潰してくるような眩暈が肺を刳って。
 先程と同じ不思議な光が、何か恐ろしいという言葉を超越した何かに感じる光が、私を包んでしまう。
「は〜〜〜い☆」
 私の口腔を押し退けて、何かが喋る。瞬時に人格が乗っ取られるのではなく、徐々に身体の主導権が奪われる。胃液が昇ってくるような臭いが先程の眩暈と共振する。させるか!
 丹田に力を込める。これは私の身体だ!勝手に狼藉を働くな!
「き、キラキラ☆暗い絶望を見事に解決!天才少女マジカル☆テンコをお呼びかしら?」
 完全に支配権を握られるのは辛うじて防ぐのに成功した。よし、最低限!これで少しは向後への希望が見えた。
「お、おお。て、敵では、無いのか?」
「貴方達の味方だよ☆何に困っているのかな?」
 ハイテンションの動脈が私の身体を咀嚼する音。音から結びつく喰い散らかす『何か』は視神経は認識せず、凝り固まった『不気味』しか感知出来ない。
 痛みは無い。痛覚異常では無いはず。そう、これは私の精神状態。混沌の状態で接続したハイテンション魔法少女が、本来の私の人格に根を張ろうとしてる。
「えと……貴方の目の前の家が私達の住処なんだけど、何か得体の知れないものに呪われてるみたいで……災厄が続発してるの。幸い、まだ軽い怪我で済んでるけど」
「もうすぐ子どもが産まれるんだ。産まれたばかりの赤子を危険な目に遭わせたくない」
 う〜〜ん……もしかすると、構造的な問題かしら。断言は出来ないけど、凶寸になってる気がする。
 それに、何かがこちらを見ている。悪の凝り固まった、何かが。そう認識してるのに、姿も形も気配も、先程の自分の思考すら今の私は否定したくなっている。
 これも、触れてはいけない何か。
「なるほど〜〜☆じゃあ、幸福で満ち足りる素晴らしい家にしないとね!」
 おい待て。触れてはいけないって言ってるだろ。ここは慎重に何かと対話をして原因を探らないと……
「マジカル★アイテム〜〜鉞!」
 は??
 は?????
 どうした急に。しかももしかしてこれ殷時代のやつ?駄目な選択肢のなかで最悪なの選びやがったなこいつ。
 奴はこびり付いた血が恐怖を連れてくる青銅の鉞を取り出す。禍々しい空気は碌な未来にならないことを証明していた。
 鉞が斬首に使われてたの知っててやってるよなこいつ。やっぱり私がマジカル☆テンコの性格のベースなんてあり得ないわ。何か手に負えない存在に取り憑かれてる。
「おお??これで呪いを断ち切ってくれるのか?」
「へえ!祈りとかそういうものを使わないのね!」
「こういうのだと、直接的だから安心するよな!」
「そうよねえ。呼んで正解だったわ」
 不正解だぞ、私にとって。これあれだろ?私が得体の知れない何かに呪繧上l繧……
 はあ!?これも認識しちゃ駄目なのか!?どうすんだよ……………
 精一杯奴を止めようと意識するも、脳細胞がランダムに暴れ回ってるような強烈な不快感。
 反射的に吐こうとするも、喉まで出かかってそこから上らない不快感。耳鳴りがノイズとなって声を阻害する。
 もう支配権は完全に奴の手。
「モっ……のしみ………ネエソウ………………」
 耳鳴りが何か話してる。これは幻覚か、それとも。
 頭を天界から重力加速度に従って地上に中身を飛び散らせたような頭痛。思わず掌を這わせて頭を確認してしまう。
 ……無い?え。そんなまさか。無い無い。あれ?ここの空気って頭が無いとおかしいよね?あれ?ねえ。ねえねえねえ。
 あ、あった?良かった、良かった。細胞がぴしっとひび割れてた気がするけど、氤のせいだろう。
 混乱の絶頂に陥った私を無視して奴はマジカルを続ける。
「マジカル〜〜☆テンコ〜〜ピュアリフィケイション!」
 ねえ、この物体が浄化なんてあり得ないんだけど。頼むから少しはマシな未来を引き出して。私に取り憑いてんならさ。
 そんな祈りが届く程現実は優しくない。優しかったらあんな鉞は存在してないし、呪いという概念も産声を喚くことも無かっただろう。
 つまり、ただの無駄な行為だ。

 奴は狂喜の笑みで鉞を家の目の前で残酷に振り下ろす。空気を切り裂く音が地獄が奏でる咲い声に聴こえてしまう。
 否、これは正しいのだろう。
 ガリンっと何かが断ち切れる。そして、

ばろん

 何かが私の右の瞳に入った。それは、禍々しいの象徴だけど、なにか、なぜかなつか
「                 」
 え?
「はい、これで大丈夫☆幸せに暮らせるよ!」
「ありがとう!助かったよ」
「本当に感謝してもしきれないわ……!ありがとう」
「お仕事完了☆じゃあまったね〜〜☆」
 少女に手を振ると、元の私に戻った。
 ああ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
 羞恥心がまた復活する。自分の言動からかけ離れたものを見させられるのはキツイ。しかもそれをやらかしているのが自分の仮面を纏った私という。
「ありがとうお姉さん!いや、マジカル☆テンコ!!これで友達とお祭りに行けるよ!」
「……お姉さんでお願い」
「??分かった!本当にありがとう!!」
 そう言って、祭りの入り口に駆け出して行く。少女の笑顔が羞恥心の唯一の救いだった。
「可愛いね〜〜。魔法少女になっても、やっぱり天子の頭の良さは少し残ってるんだね!」
「いやどこがよ。急に脈絡なくカタカナ外来語で話してたじゃないのあいつ」
「空知らない言葉だったし、あまり知られてない言葉だと思うんだよねえ」
「だからよ。相手が分からない言葉を話すのは頭が良いとは言えないわ。言葉のキャッチボールが出来なきゃ口なんて必要無いじゃないの」
「そうなのかなあ。天子の面影残ってたと思うけどなあ」
「まあいいわ。それにしても、魔法少女なんの一回だけでも結構くるわね、精神的に」
 肉体的な疲労は不思議と無い。むしろ、身体は爽快に塗れている。しかし、心にガタが来ている。胃腸がキリキリする三歩手前。
「ああ、まだ最初だもんね。じゃあ、ぎゅ〜〜!!」
 お空は前から抱きしめてくる。こういう時に人肌の暖かさが心に安らぎを与えてくれる。
 それを感じさせるのが魔法少女じゃなかったらどんなに良かったか。
「助かるわ、ありがと」
 精神的疲労の原因に関して、根本的な差異があるのは否めないが、今は精神安定が最優先。
 後何回ハイテンション魔法少女になんなきゃいけないのか。考えると頭痛が始まってしまうから、頭の隅に抑え込んで現実逃避に耽ることにする。
 そんなことを決め込むと、お腹の虫が蠢く。ああ、そういえば朝何も食べてなかったっけ。
「あ、そろそろ何か食べようよ!何にする?」
「そうねえ」
 魔法アイテムとやらが無ければ目に留まったものを食べるんだけどねえ。焼きそばやお好み焼きとやらを選んだら魔法アイテムどうなんだろ。未知への興味よりも未来への羞恥心が遥かに勝る。
 しかし、腹に何か入れなければ。周りを見渡すと、あ。良さそうなのが。
「じゃあ、じゃがバターにしようかしら」
 恐らくこれの魔法アイテムは温暖系。色もじゃがいもやバターの色だろうし、マシな方だろう。量を増やせば腹にも溜まるし。
「おお、美味しそうだね〜!何個食べる?」
「三個にしようかしら」
「お腹空いてるもんね〜〜。空は二個にしようかな」
 そんなことを話しながら、じゃがバターの列に並ぶ。幸い、人は空いていた。
「じゃがバター五個下さい」
「はいよっ!」
 ホカホカしたじゃがいもの匂い。それを滑らかに覆うバターとの組み合わせ。こんなにもじゃがバターを美味しそうに感じる日が来るとは。
「天子ってじゃがバター大好きだったんだね」
「え、何で?」
「天子の顔とても溶けてたから」
「ふえ!?」
 え?どんな表情してたの私!?
「とても可愛かったよ〜〜!空もその対象になりたいなあ」
「いやいや。友人にそんな表情しちゃだめでしょ。愛玩動物とかじゃないんだから」
「え〜〜そうかなあ」
「そうよ。ほら早く食べましょ」
「うん。いただきます!」
「いただきます」
 箸で切り取れる程柔らかくなったじゃがいもを、黄金に輝くバターと共に口に運ぶ。美味しくて堪らない。
「う〜〜ん!!美味しいわねこれ!久し振りに食べるけど、こんなに美味しいなんて!」
 魔法アイテム補正が多量に含まれているが、仕方ないだろう。魔法アイテムを宣うハイテンション魔法少女、魔法を唱えるハイテンション魔法少女のことを考えると、選択肢がどうも限られてしまうのだから。
「そうだね!美味しそうに笑う天子久し振りに見たし。今日は良い日だなあ」
「何か不平等よね。私だけ損してる気がする」
「まあ仕方ないんじゃない?罰なんだし」
「その罰が大き過ぎるのよ……」
 そんなことを話しながら平らげると、少し離れた所からこそこそ見ているあのカァーカァーを見つけた。
 よし、劉す。
 数十個作った小粒要石を音速でカァーカァーにぶちまける。
「ちょ!?」
 あいつは見事に全弾回避しやがる。
「ちっ!」
「ま、待って下さい!ここは祭りの会場ですよ!?」
 安心しろ。お前が避けたらすぐに砕けるから。
「劉す」
 いくら速くても避けようがない密度の要石の雨をぶっ飛ばす。
「わわっ!!」
 奴はランダム軌道で要石から逃れようとする。だが、この要石は追跡仕様だ。劉す。
「え、ちょやばっ」
「堕ちろ」
「た、助けて!マジカル☆テンコちゃ〜〜ん!!!!」
「あ?、」
「キラキラ☆暗い暗い悩みごとを瞬く間に解決!天才美少女マジカル☆テンコをお呼びかしら?」
 おい待て。この最悪なタイミングでなるな。何でよりにもよってこのカァーカァーの目の前でなるんだ。
「た、助かった……ええ、ちょっと今殺されかけてまして。今日を生き延びる加護が欲しいなと」
 はあ?おいてめえ。
「それはたいっへ〜〜ん!じゃあ、貴方に守護魔法をかけるわ!」
「ありがとうございます!」
 くそっ。明日刈るか。
「マジカル☆アイテム〜〜ゴールデン☆メシア!!」
 メシア???じゃがいもか?確かにじゃがいもは飢饉を救った実績あるが。
 ハイテンション魔法少女はじゃがいもを極度に神聖化すると、右の人差し指を頭上でくるくる回す。
 すると、生命の源の太陽光や淡くて透き通る月光とは根本から異なる、信仰的な伝説譚で降り注ぐような光を伴った、二匹の蛇を螺旋状に絡ませた羽が生えた杖が現れた。
 え?何だっけこれ。どっかで見たな。あ、もしかしてカドゥケウスの杖?え?古代ギリシャの産物よね?
 相変わらず使用武器のチョイスが分からない。魔法とやらは基本的に西洋の色が強いからか?でも周りの人殆ど知らないでしょこれ。
「マジカル☆テンコ〜〜グレース!」
 グレースって……まさか恩寵を指してる?ハイテンション魔法少女のくせにやってる規模大き過ぎなんじゃないの?
 杖をカァーカァーに振りやがると、恩寵と形容すべき光の壁が薄くカァーカァーの周りに張り付いた。
「ふう……助かりました」
 奴は安堵の塊を全細胞から吐き出す。くそ、明日刳る。
「お仕事完了☆じゃあまったね〜〜☆」
 私の怒気なぞ気にもせずに無駄にハイテンションな奴は消える。
「わわっ!」
 消えた瞬間に要石の散発弾をぶっ放すが、恩寵の光に弾は消滅してしまう。
「くそっ!」
「お、落ち着きましょう?マジカル☆テンコを広めるように言う存在なんて一人しか居ないじゃないですか」
「あの金髪野郎」
「怒りを私にぶつけないで下さいって!要石を飛ばすの止めましょう?」
「ったく……じゃあ写真撮ってたのもあの野郎が?」
「ええ。まあ、今後の脅しじゃないですか?」
「はあ…………いっそのこと吹っ切れるか」
 羞恥心を抱くだけ、あの野郎の掌の上で踊るだけのような気がしてきた。
「う〜ん、そもそもマジカル☆テンコの性格って元々持ってたものじゃないですか?使ってる自覚無いだけで」
「は?何頓珍漢なこと言ってんのよ」
「いやだって、あのハイテンションって猫を抱いてる時に似てません?」
「へあ!???」
 想定外の未来過ぎて変な声が喉から飛び出る。え??そんなテンションだったの私!?
「やっぱり自覚無かったんですか」
「え?え?本当に??」
「疑うんでしたらビデオ見ます?」
「見た〜〜〜ーい!!!!」
 お空がとても興奮して賛成の鐘を打ち上げる。
「ちょっと、出てこないでよ」
「え〜〜!空も天子の可愛い姿見た〜〜い!」
 そう言って頬を膨らませる。自覚してない表情を見られたい訳無いでしょ!?
「どうします、見ます?」
 カァーカァーは嫌な笑みを浮かべる。ああ、もうここまで来たら頷くしかないじゃない!
「嘘だったら明日が命日だから」
「そんな命知らずなことしませんって。予め言っておきますけど、これごくごく普通のビデオカメラですし、データはコピーしてるから壊しても無駄ですからね。壊さないで下さいね?じゃあ、再生しますね」
 カァーカァーはそう言って三角形のボタンを押す。何だろ、数分後私が恥ずかしがってる未来しか見えないんだけど。
 そんなことありえないって信じたいのに、長年の勘というか、何というか。
「かっわいい〜〜〜☆ねえねえ、名前は何て言うの?にゃーくん?すっっごく良い名前ね☆」
 あ、
「きゃ〜〜鳴き声もかっわいいい〜〜!そんな貴方にはすりすりしちゃうわ☆」
 はい。
「え、何?ご飯が欲しいの?大丈夫☆この天才びしょ」
 脳が沸騰した私は、勢い良くビデオカメラの画面を割る。
「ちょ、待って……いや、え?何、あの」
 言葉が上手く紡げない。予想してた未来の数十倍の羞恥心が視神経を刺激して、脳細胞に翳りが増殖していく。
「かっっっっっわいいいい〜〜〜〜〜〜!!!」
 お空が私が見た限りで更新する勢いのハイテンション。お空の方が魔法少女に向いてるんじゃないか。
「そうでしょう?いや〜〜やっと撮れたんですよ、本当に大変だったんですよ?天子さんハイテンションになる直前は警戒心が半径500mまで拡大しますから、気配を極限まで消して拡大機能を極限まで上げたビデオでやっと出来たのですから!」
「ちょうだいちょうだい!いくらで売ってくれる?」
「いや〜〜これはお金で買えるものじゃないですよ。貴重過ぎるものを入手すると誰にも渡したくないでしょう?」
「今さっきみたから良いでしょ?」
「駄目ですよ、実際の映像の証拠とただの噂話では価値が金と砂粒程の差があるんですよ?これは秘匿性が高い映像ですので渡しませんよ」
「む〜〜!!」
「それと天子さんは弁償して下さいね?安くはないんですから」
 頭が滾々と混沌で満たされている中で、突然私の名前を呼ぶ声が貫いた。
「ふえ、え?」
 だけど何で呼んでるかがちっとも分からない。
「う〜〜ん、普段からその一面を見せていれば貴方への多少の不満は消えると思うんですけどねえ」
「その顔をもっと空だけに見せて欲しいんだけどな」
「ほら、独占したくなっちゃいますよね?」
「それとこれは別!何回でも見たいの!」
「駄目ですって」
「むむ〜〜〜!!」
「マジカル☆テンコを隣で見れるから良いじゃないですか。私遠くからじゃないと見れないんですよ?どうせ要石飛んできますし」
「明日になったら見れなくなっちゃうじゃん」
「それは仕方無いことじゃないですか?」
「こうなったら実力行使しか……」
「おっと!私は今マジカル☆テンコの加護に護られているのですよ?」
「むむむ……!あ、空もマジカル☆テンコの加護欲しいなあ」
「ま、待って!」
 今マジカル☆テンコになったらやばい!!少し混沌が咀嚼され始めた理性が反射的に声を出す。
「え?駄目?」
 お空はとても悲しそうな顔をする。
「今頭がとても混沌となってるから!落ち着かせて!!」
「いや〜〜落ち着くんです、それ?」
「い、今頑張ってるから……ていうか、あの頭悪過ぎると思ってたネーミングセンスがそのまま自分に返ってきたのがとても恥ずかしいんだけど……ああああああああこのまま消え去りたい」
 まだまだ混沌は消えない。考えるより前に勝手に口が喋ってる。
「混沌となってるってことは、天子さんの性格とマジカル☆テンコの性格が今混在してるってことですよね?だったら、今マジカル☆テンコになれば性格や話し方の乖離を少しは直せるんじゃないですか?」
 ふええ??え?それが最善策なのか?
「普段の天子の中にマジカル☆テンコが入るってこと?」
「そうですね、完全とは無理でしょうけど、少しなら入るのではないでしょうか?」
「え〜〜!可愛い天子は空が独り占めしたい!!」 
「いやいや。今日は嫌でもマジカル☆テンコになるんですから、独り占めは無理でしょ。それに天子さんはマジカル☆テンコの性格を受け入れないといけないでしょうし」
「何かさっきからマジカル☆テンコを天子にしようとしてるよね。何か企んでない?」
「いや〜〜そんなことは無いですよ?」
「本当かなあ?でも、この状況をどうにかしなきゃいけないのは確かだし。マジカル☆テンコ呼ぼうかな」
 何か勝手に話が進んでる。耳には入ってくるけど脳が解読出来る状況じゃない。
 そんな時、
「うわあ、またかよ。この家やっぱ呪われてんじゃねえの?」
 パンッと何かが弾ける乾いた音がした。破裂音の方角を見ると、ここから少し先の民家で夫婦らしき二人が話している。
 会話から、あそこが爆発音の発生源で間違い無いだろう。
「そうみたい。この家不幸や災厄を招いてるかもね」
「はあ、祓って貰うにも金がなあ。もうすぐ子どもが産まれるってのに」
「格安で売り払ってた時点で覚悟してたけど、まさかここまでとはね……」
「ったく。お互い天涯孤独だから頼れる奴居ないしなあ。……どうすっか」
 男が顔を顰めて頭髪を握り潰す。不幸を乗り越えた二人が、最上の幸福の前に絶望に踏みつぶされそうになっていた。
「丁度良いじゃないですか、マジカル☆テンコになるのにこれ以上無い好機ですよ?」
 新聞記者は憎たらしく口角を上げる。
 ああ、やはりあのハイテンションになるしか無いのか。
 あの絶望を救うのは魔法少女になるのが最善策だから。あの人格を吹っ切れるようになんないと永遠にあのスキマ野郎に踊らされるだけだから。
 だけど、だけど。混沌が未だ絡みついてる状況で考えた推論が、未来に警鐘を轟かせている。
「…………はあ。やるしかないか」
 マジカル☆テンコというクルクルパーの文字が自己創作でないことを信じる。いや、信じなきゃいけない。
 そうでなけりゃ、あの推論が。
「天子、頑張れ!」
 お空がガッツポーズで応援をしてくれる。うん、精神的に頑張んないとね。
「ありがと」
「恐らくマジカル☆テンコに助け求めるでしょうし、それまで心を鎮めましょう」
「……ええ」
 心を鎮める……か。その行為が未来が齎す更なる混沌に焼け石に水にしかならないことを私は察してしまってる。
 マジカル☆テンコが想像より遙かn謔阪∪縺励>……
 あ、駄目だこれ。考えちゃいけないやつ。天人としての人格が脳内で警鐘を喚いている。
「花火が纏めて取っ払ってくれないかしら」
「花火に浄化作用を期待すんのは無理だろうなあ。はあ」
「駄目元であの怪しい言葉言ってみる?」
「ああ、あのマジカル☆テンコって奴?あれ妖怪の類いじゃねえの?」
「妖怪でも良いことしてくれるのはいるじゃない」
「まあ……このままだと家ごと全滅しちまうし、やるしかねえか」
「じゃあ、呼ぼっか」
「ああ、宜しく」
「何言ってんの。アンタも言うんだよ」
「おい、なんで俺があんな幼稚な言葉を言わなきゃなんねえんだよ」
「私達の問題でしょ?恥ずかしいのは分かるけどさ」
「ったく、こんな言葉考えた奴どんな頭してんだか」
「グダグダ言ってないでさっさと言うよ!」
 あ、そろそろ混沌が来る。あのハイテンション魔法少女が滲み出て来る。
 あのハイテンションの人格が記憶に無い理由。それは、素の私が出てきたとか好きなものに会った時の解放感とかそういうのだろう。
 じゃあ、あのマジカル☆テンコの文字自体はどこから来たのか。考えれば考えるほど、触れてはならない何かのようにしてならない。
 最初は金髪野郎かと思ったけど、年齢不相応の字句を自ら捻り出すのはよくよく考えたらしないだろう。わざわざ私に突かれる要素を残す筈がない。
 じゃあ、私か?いや、それも無いだろう。私は魔法とは全く関係が無いし、あのマジカル☆テンコという言葉は幻想郷から産み堕されたものでは無い気がする。あの字句はそもそも幻想郷の文化水準とは逸脱したように思えるのだ。
 じゃあ、何か。これは只の勘だが、じk 遏ッ豁」……あ、考えるな、考えるな。
 未知への不安が口垂蓋に絡みついて吐き気を催す。この感覚はただの恐怖が齎す不快感では無い、超越した何かの産物。
 あの金髪野郎のことだ、何か分かってて仕組んだに違いない。そして、それは奴が対処出来ない代物で、それは最大の被害者である私が何とかするしか無い。そう、馬鹿げた妄想をしてしまう。
 妄想と笑い飛ばせるならいい。そうであってくれ。
「助けて、マジカル☆テンコちゃ〜〜ん!!」
 夫婦の声があの人格を呼んでしまう。瞬間、心の臓がキュって乾いた音の符を震わせて。
 空気が、地面が、世界が、宇宙が、急に不規則に歪んで押し潰してくるような眩暈が肺を刳って。
 先程と同じ不思議な光が、何か恐ろしいという言葉を超越した何かに感じる光が、私を包んでしまう。
「は〜〜〜い☆」
 私の口腔を押し退けて、何かが喋る。瞬時に人格が乗っ取られるのではなく、徐々に身体の主導権が奪われる。胃液が昇ってくるような臭いが先程の眩暈と共振する。させるか!
 丹田に力を込める。これは私の身体だ!勝手に狼藉を働くな!
「き、キラキラ☆暗い絶望を見事に解決!天才少女マジカル☆テンコをお呼びかしら?」
 完全に支配権を握られるのは辛うじて防ぐのに成功した。よし、最低限!これで少しは向後への希望が見えた。
「お、おお。て、敵では、無いのか?」
「貴方達の味方だよ☆何に困っているのかな?」
 ハイテンションの動脈が私の身体を咀嚼する音。音から結びつく喰い散らかす『何か』は視神経は認識せず、凝り固まった『不気味』しか感知出来ない。
 痛みは無い。痛覚異常では無いはず。そう、これは私の精神状態。混沌の状態で接続したハイテンション魔法少女が、本来の私の人格に根を張ろうとしてる。
「えと……貴方の目の前の家が私達の住処なんだけど、何か得体の知れないものに呪われてるみたいで……災厄が続発してるの。幸い、まだ軽い怪我で済んでるけど」
「もうすぐ子どもが産まれるんだ。産まれたばかりの赤子を危険な目に遭わせたくない」
 う〜〜ん……もしかすると、構造的な問題かしら。断言は出来ないけど、凶寸になってる気がする。
 それに、何かがこちらを見ている。悪の凝り固まった、何かが。そう認識してるのに、姿も形も気配も、先程の自分の思考すら今の私は否定したくなっている。
 これも、触れてはいけない何か。
「なるほど〜〜☆じゃあ、幸福で満ち足りる素晴らしい家にしないとね!」
 おい待て。触れてはいけないって言ってるだろ。ここは慎重に何かと対話をして原因を探らないと……
「マジカル★アイテム〜〜鉞!」
 は??
 は?????
 どうした急に。しかももしかしてこれ殷時代のやつ?駄目な選択肢のなかで最悪なの選びやがったなこいつ。
 奴はこびり付いた血が恐怖を連れてくる青銅の鉞を取り出す。禍々しい空気は碌な未来にならないことを証明していた。
 鉞が斬首に使われてたの知っててやってるよなこいつ。やっぱり私がマジカル☆テンコの性格のベースなんてあり得ないわ。何か手に負えない存在に取り憑かれてる。
「おお??これで呪いを断ち切ってくれるのか?」
「へえ!祈りとかそういうものを使わないのね!」
「こういうのだと、直接的だから安心するよな!」
「そうよねえ。呼んで正解だったわ」
 不正解だぞ、私にとって。これあれだろ?私が得体の知れない何かに呪繧上l繧……
 はあ!?これも認識しちゃ駄目なのか!?どうすんだよ……………
 精一杯奴を止めようと意識するも、脳細胞がランダムに暴れ回ってるような強烈な不快感。
 反射的に吐こうとするも、喉まで出かかってそこから上らない不快感。耳鳴りがノイズとなって声を阻害する。
 もう支配権は完全に奴の手。
「モっ……のしみ………ネエソウ………………」
 耳鳴りが何か話してる。これは幻覚か、それとも。
 頭を天界から重力加速度に従って地上に中身を飛び散らせたような頭痛。思わず掌を這わせて頭を確認してしまう。
 ……無い?え。そんなまさか。無い無い。あれ?ここの空気って頭が無いとおかしいよね?あれ?ねえ。ねえねえねえ。
 混乱の絶頂に陥った私を無視して奴はマジカルを続ける。
「マジカル〜〜☆テンコ〜〜ピュアリフィケイション!」
 ねえ、この物体が浄化なんてあり得ないんだけど。頼むから少しはマシな未来を引き出して。私に取り憑いてんならさ。
 そんな祈りが届く程現実は優しくない。優しかったらあんな鉞は存在してないし、呪いという概念も産声を喚くことも無かっただろう。
 つまり、ただの無駄な行為だ。

 奴は狂喜の笑みで鉞を家の目の前で残酷に振り下ろす。空気を切り裂く音が地獄が奏でる咲い声に聴こえてしまう。
 否、これは正しいのだろう。
 ガリンっと何かが断ち切れる。そして、

ばろん

 何かが私の右の瞳に入った。それは、禍々しいの象徴だけど、なにか、なぜかなつか
「」
 え?今何て?
「はい、これで大丈夫☆幸せに暮らせるよ!」
「ありがとう!助かったよ」
「本当に感謝してもしきれないわ……!ありがとう」
「お仕事完了☆じゃあまったね〜〜☆」
 忌々しい決め台詞を吐いて奴は消える。
 混沌が消え去り、奴が私の人格を無視した代償として、同種のなにかが私に取り憑いてしまった。
「どうです、少しはマジカル☆テンコに慣れました?」
 新聞記者は少し誇らしげに話してくる。私が気持ちばかりの抵抗を見せていたからだろうか。
 結局変わらなかったが。
「……ねえ、ここ最近外部から侵入してきたものが無いか調べてきてくれない?そしたら今日のことは不問にするから」
 私の手に負えない以上、情報を集めるしかない。それすら無理だったら、その時は。
「まあ、いいですけど……何かありました?」
「ちょっと気になることがあってね」
「分かりました、何か分かり次第連絡しますね」
 新聞記者はひゅう、と暑い空を泳いでいく。夏は、まだ終わらないようだ。
「ねえ、何か様子がおかしいよ?」
 お空が珍しく心配してくる。まあ、新聞記者にあんなこと言ってたら当然か。
「ちょっと厄介になりそうでね」
 ハイテンション魔法少女について未だに未知に包まれてるのに、おまけに何かに取り憑かれたときた。本当に何なんだ、こいつら。
 右の瞳に意識してみても、何とも変わらない。何かが私に入り込んだり、囁いてきたりする訳でもない。
 魔法少女の発生規定についてはほんの少しだけ把握したが、さっき入り込んだ奴は何なんだ?ハイテンションと知り合いか?
「ねえ、天子」
 心配が刻まれたお空の顔に、鼓動が私の耳を支配する。
「な、何?」
 こんなにも鼓動が五月蝿いと感じたのはいつぶりか。天人になってからは、無かったはず。
「天子の右の瞳、天子の髪色になってるよ?」
「………………………………え」
 口を開いた未来は、思ったよりも残酷で。
 忘れていても、ふとした瞬間に過去が追いかけてくる。そういうのは分かっていたけれども。

 こんな後悔がまた追いかけてくるなんて。
 
今日はてんくうの日なので、間に合って良かったです。
続きは年内には投稿したいです。宜しくお願いします。
天のちり
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