Coolier - 新生・東方創想話

電獣異変

2022/10/08 17:09:18
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 にとりはしかめっ面で電圧計のメーターを睨みつけながら、発電機のダイヤルを回していた。普通ならとうの昔に大爆発をおこしてもおかしくないだけの電圧を回路にかけているにも関わらず、メーターは適正電圧を大きく割り込んだ低い位置から動かない。メーターの表示の方が正しいことは、電圧不足で明滅を繰り返している通電確認用のランプが示していた。
 すぐに交換できる部品を変えたり、導線を変えたりしても結果は変わらない。どうにもならんと、匙の代わりにレンチを投げて、散歩にでも出ようとにとりはアジトから出た。
 にとり個人がスランプというわけでは無いこと、前のように反獄王とかいう謎の怨霊に憑かれたわけでも無いことは、にとりと同じように気晴らしの散歩に出ていた河童の群れが証明していた。今、にとりはどちらかと言えばその一団に加わりたいというよりは一人になりたい気分だったので、群れから離れて森の中の方へと向かった。
 結果論になってしまうが、これは良くない選択肢だった。突然木から、緑色の迷彩服が降ってきたのだ。
「電気不足でお困りのそこの貴方! 今なら発電機が何と半額!」
 一言目で既にうっとおしい。とはいえ電気不足なのは事実で、今は撃退のために武器を使うのも惜しい。にとりは無視して引き返すことにした。
 ついてくる足音が聞こえる。サバイバルゲームを趣味とする山童は、その気になれば忍び歩きなど容易いはずで、つまりはわざと足音を立てているのだ。普通に歩いていたらそんなうるさくならんだろという苛立たしい音を。
「そんな売り込んでもうちは買わん。帰った帰った」
 にとりはシッシッと、野良猫を追い出すときのような声とジェスチャーで不快感をあらわにした。しかし、ついてきている山童のたかねは、他人の気持ちを理解することを拒絶したかのような粘着性を発揮し続けるのであった。
「そんなこと言っちゃって。いいですか。発電機が二倍なら電力も二倍。こんな電力不足じゃあ解決のための手立ても満足に打てやしないでしょう。この発電機一台が、河童社会の救世主になるかもしれないのですよ? それに、電力異変が解決したからといって、まけた分の半額を請求しに来る、そんなあくどいこと、うちはしません。電力はあればあるだけ夢が広がるんだ。今なら格安で夢を買えるのですよ。私が河童なら一台と言わず二台買いますね。私が今発電機を売るのは、河童の皆さんに早急に異変を解決して頂きたいという真摯なお願いと、これを機に将来の投資をしてはいかがという親切な提案からなのです。そしてこの発電機の何が素晴らしいか、河童の皆さんには釈迦に説法でしょうが……」
 よくもまあベラベラと、息継ぎもせずに営業トークを並べ続けられるもんだ。あまりに長すぎて、とうとうアジトの入口まで戻ってしまった。……ここで、にとりはおかしなことが一つあることに気がついて一瞬立ち止まったが、結局そのままアジトに入った。
 アジトは節電のために電気の大半が消され、転ばず物にもぶつからない程度の視界をようやく確保できる明るさしかない。視力が奪われている分音に敏感になっているはずだが、それでもなおアジト内は静寂に包まれている。
 にとりは振り返った。たかねはまだ発電機を持ったまま後ろにいる。いつでも出ていってもらえるよう、アジトの出入り口は開け放ったままだが、彼女が帰る気配はない。やはりおかしい。
「営業じゃないね」
「いえ、私はこれを売り込みに来ています」
「嘘つけ。商売が目的ならもっと大勢いる場所を狙うはずだ。少なくとも、買う素振りすら見せない一人を追いかけて、外にいる人混みに宣伝する機会を放棄するなんて、お前ら
山童(
サル
)
がやることじゃない。本性を見せたらどうだい」
「それじゃ、遠慮なく」
 たかねはあっさりと営業用の口調を捨て去って、手に持った発電機を乱雑ににとりの方へと突きつけた。
「出力が下がってる」
「知ってるだろ。それはうちの責任じゃあない」
「貴様らは自分のとこ以外の発電機を見たのか? そんなんだから井の中の両生類なんだよ」
「うっさいなあ。もしかしてアレ? 君達が持ってる発電機は普通に使えるとか?」
 にとりはもしそうならまあ買ってやらんでもないか、と淡い期待を込めつつひったくるようにしてたかねの手から発電機を貰って確認した。残念ながらというべきか案の定というべきか、たかねが持ってきた発電機も不調だった。
「ダメじゃん」
「だから言ってるだろ。出力が下がってるって」
「井の中の蛙とか煽っておいてこれだよ。幻想郷全域で電気が満足に使えなくなっている。それくらいこっちだって把握しているんだ」
「河童印の不具合の可能性は?」
「それは無いね。外来品も使い物にならなくなっている。まあ良かったじゃないか。出力半分なら二倍売れるんだろ?」
「そうじゃないから来てるんだよ。大体貴様らと違ってみんな電気馬鹿じゃないんだよ。発電機二台なんて、買う気にもならなければ買ったとしても置き場所に困るだろ」
「何を。うちだってそんな分別くらいつくよ」
「そうか? 貴様に声をかけるまでに五台売れたんだが?」
 にとりは頭を抱えた。藁にもすがりたい河童達の気持ちは分からないでもないが、不調の手持ち発電機が生み出す電力など、河童が使用する電力規模に比べれば雀の涙だ。買う方も買う方だが、弱みにつけこんで売る方も売る方だ。
 「金貨を五枚手にしても『本当は十枚手にできたはずなのに』。五枚の得ではなく五枚損したと考える」。商人の性質を、ある人はこう評したという。なるほど、一級の商人はそう考えるのだろうな、とにとりは思った。しかし、特級にあくどい商人、今にとりの目の前にいるような輩は、五枚損すると分かっていながらも五枚の金貨をかき集める為に血眼になるのである。
「これだから銭ゲバは……」
「貴様が言えた義理じゃないだろ。私だって嘘はついてない。貴様らにとっとと解決してもらいたい、それは本心なんだ」
「と、言われてもねえ……」
「あー、分かった。電気のことは忘れよう。河童に代わる商売材料を探すか」
「ちっ。分かったよ、分かった! 解決すりゃいいんだろ!」
 河童と山童は、仲が悪いようで共依存なのである。山童の経済手腕がないと、機械を売って開発資金を得る循環が成り立たなくなってしまう。交渉の主導権を握られていることに歯ぎしりしつつも、にとりとしてはたかねの依頼を受けるしかないのだ。


***


「で、私の元を訪れたってわけか」
 魔理沙はにとりが自分の家にまでわざわざ来たことに対して、また面倒事を持ちかけてきたのかと警戒した。それはあながち間違いではなかったが、霊夢に伝わる前に異変の話を持ってきたこと、さらに仕事の依頼として発明品を数点、報酬としてくれることに気をよくして、いくらか警戒をほどいていた。
「電気が何者かに食べられているかのように不足しているか……。なあにとり、気分はどうだ?」
「いきなり何を言い出すんだ。そりゃ実験も上がったりでいい気分じゃないよ」
「そうじゃなくてだな。あー、無気力になっていないかってことだ。お前なり、他の河童なり」
 今度は魔理沙のあまりにトンチキな質問に、にとりの方が警戒感を強めた。
「なんだいなんだい。ここは精神科の病院だったのか? 相談する相手間違えたかなあ……。そういう方向での不調は無いよ」
「ここは紛うことなき霧雨魔法店、よろず屋だ。妖怪の中には『気』を食らうものもいるんだよ。気力も電気も『気』だから、その手の妖怪が大量発生して気という気を貪り食っている。そう思ったんだが、電気だけを選択的に食っているとなると話が変わってくるな……」
 魔理沙は、ちょっと困ったことになったと思った。電気、というものは自然にも無くはないが、概ね物質文明化、機械化の産物である。電気だけを食べる妖怪がいたとして、それは大結界成立以前から幻想郷に存在する土着の妖怪という線は薄く、最近になって外の世界からやって来たと考えるべきだ。つまり、原因の究明の為には恐らく外の世界に関する知識が必要なのだが、多くの幻想郷住民と同様に、それは魔理沙の専門外だった。
 にとりは、魔理沙が押し黙ってしまったことに対して不信の目を向けていた。口には出さずとも、巫女に相談した方が早そうだと思っていることは魔理沙にも伝わった。それは面白くない。私の方が先に異変のことを知ったのだ。成果を横取りされてなるものか。
「依頼を引き受けよう。報酬も後払いでいい。だが、あー、妖怪退治ってのは、事前に入念な下準備が必要なんだ。三日、いや、二日だ。二日待ってくれ。その間、この異変のことは誰にも話すな。特に霊夢は駄目だ。あいつに話すと絶対ややこしいことになる」
 半ば強引ににとりを帰らせてから、魔理沙は紅魔館へと飛んだ。
「それで、私の元を訪れたってわけ?」
 紅魔館の図書館住まいの魔女、パチュリーは読んでいる本から顔を離そうともせず、そうやって相手からは表情が見えないのに露骨に嫌そうな顔をして呟いた。
「そうだ。お前なら最近の本も持っていると思ってね」
「盗みに入って堂々と顔見せした挙げ句、盗む本のジャンルまで宣言する。こそ泥から怪盗にクラスチェンジしたのかしら」
「そう邪険にするなよ。私は客人としてここに来たんだ。素直に教えてくれたらこっちも本を借りる手間が省ける」
「残念だけれど、ちゃんと門と玄関を通って入ることすらできないネズミを客人と呼ぶ文化はうちには無いの」
「おっと、私だってその気になれば門と玄関を経由できるぜ。……相談の話に戻るが、お前達だって電気が満足に使えなくなったら困るだろ?」
「あいにくうちはそんなに電化していないので」
 パチュリーは本を読むのは止めて、立ち上がり本棚の間を縫うように歩いていたが、相変わらず魔理沙の方へは顔を向けず、情報を渡す気も無かった。本棚のそばを歩いているのは、適切な本を探すためではなく、適切なネズミ取りの設置位置を探すためである。
 パチュリーの耳に、地面に雨粒が打ちつける音が微かに入ってきた。夕立だ。ここまで聞こえてくる、ということは相当激しく降っているのだろう。そして、雨音に紛れて、雷がうなっていた。
 そうだ。魔理沙の情報が真実として、その妖怪が狙うのが人工的な電気に限定されるという保証はどこにもない。その妖怪が増殖して、自然の電気を食うようになったとき、幻想郷から雷は失われる。情緒を重んじる者が稲妻を恋しいと思うまでに、そう時間はかからないだろう。そうした情緒に乏しいパチュリーにとっても、雷の喪失は魔法技術の百年の後退に等しく、到底受け入れがたい。
 直ぐに発生し得る影響としては。紅魔館は電気にほとんど依存していない。だが、幻想郷全体という視野で見ると、電気機械に屈服していない体をとりながら、補助的にでも機械に頼る人妖は以外と多いように思える。火花がこちらに降りかからないのならパチュリーとしては心底どうでもいいのだが、みんな困った結果のお鉢が自分に回ってくる可能性はそれなりに高いのではないか。それならば、魔理沙がその気になっているうちに、彼女を動かして早いこと解決した方が得策だと思い直した。
 パチュリーは外来の洋書が収められた本棚へと向かい、数冊の本を手に取った。そして机に戻ると、今度は明確に魔理沙の方へと顔を向けて話した。
「姿を見た、という情報が無いから断定はできないけど、状況証拠から一番可能性が高いのは、グレムリンという妖怪ね」
「外国の妖怪か」
 パチュリーがめくっている本に書かれたアルファベットを見て、魔理沙はそう判断した。
「発祥はイギリスで、機械に巣食って不調を引き起こす。ただ、イギリスがたまたま最初に被害を受けた国になっただけで、機械を設置したら自然発生的に湧くのかもしれない」
「と、言うことは、機械を無くさないと解決しないのか? 河童にとっては死刑宣告だろ、それ」
「それならそれでいいじゃない。わざわざ河童の肩を持つ義理はないでしょ」
「あるんだなこれが。河童を生かす形で解決しないと報酬のアイテムが貰えない」
「中々不義理ね。まあ、こっちのグレムリンは、被害が電気を食うという方向に変質しているようだから、打つ手はあるんじゃない?」
 この発言を聞いたことで、魔理沙には一つの構想が持ち上がった。とてつもなく面倒な案だが、河童に機械を使わないよう説得するよりはまだ現実的だ。それに、見栄を張って期限を二日しか設けなかったので対案を検討する時間も無い。
「なんとかなりそうだ。助かったぜ。お礼に、今日は本を借りないでおいてやる」
「それは礼として出す報酬じゃなくて、最低限の礼儀よ。これまでに盗んだ本を置いていきなさい」
「持ってきてないからまた今度な」
 パチュリーが言い返すか弾幕を撃つかする前に、魔理沙は図書館から逃げ去ってしまった。今はとりあえず、面倒事にこれ以上巻き込まれなくて済みそうということと、魔理沙は今頃あの夕立に盛大に打たれているのであろうということの二点を思い、溜飲を下げるしかなさそうである。


***


「機械の稼働を一部停止しろ?」
 にとりの拒否反応は凄まじいもので、魔理沙は説得以前に、にとりを離席させないことに相当神経を使わなければいけなかった。
 魔理沙は計画の説明をした。グレムリン、少なくとも幻想郷のグレムリンは電気を餌としている。今は幻想郷の電気利用に応じて各地に張り付いているが、ここから幻想郷各地の機械や発電機を順次稼働停止していけば、グレムリンは餌を求めて電気がまだある場所に移動していくはずである。こうして一箇所にグレムリンを集めて、一網打尽にしよう。それが、魔理沙が建てた計画だった。
 最終地点の候補としては、面積比で電気量の多い地底の核融合発電プラントか、河童のアジトかの二択となった。そして、魔理沙にとって非常に僥倖なことに、たまたま核融合炉が定期点検のために稼働停止する日が三日後に迫っていた。おかげで守矢神社との交渉は直ぐにまとまり、あとは河童と交渉して、アジトにグレムリンを集めることと、そのためにアジト以外での電気利用を半日から一日だけ止めてもらうという案に対して、首を縦に振らせるだけになっていた。
 アジトでの機械利用は計画の最終段階まで続けて良いと言っているのだから、魔理沙にとっては最大限河童側に譲歩したつもりだった。しかしそれでもにとりが渋い顔を崩さないのは、アジト以外にも機械を使いたい場所が数多あるためである。遠征拠点やきゅうり栽培室。特にきゅうりは、半日温室を停電させるだけで、収量と質に、それぞれどれだけの損害が生まれるか。にとりは考えたくもなかった。
「駄目だ。アジトときゅうり工場を置いている屋敷。その二箇所に分ける。その案が受け入れられないのなら我々は協力できない」
「それだと人手が足りない。グレムリンの増殖によって、幻想郷の電気事情は瀬戸際に立たされているんだ。目先のきゅうりのせいで、一生電気が使えなくなっても良いのか?」
 各地への根回しは、この河童との交渉が山場とはいえ、まだ小規模に電気機械を利用している勢力との交渉をいくつも残している。そのために残さなければいけない気力すらも削られつつある現状に、魔理沙は苛立ちを隠せなくありつつあった。
「約束通りに霊夢とかに告げ口はしなかった。それは感謝するが、なんでそんなに頑固なんだ」
「霊夢に言わなかったのは、君と霊夢との関係をこじらせない方が神社で屋台を出すときに得になると思ったからだ。はっきりと言って、こんな無茶苦茶な案を持ってくると知っていたら、霊夢に依頼し直していたよ」
「高々半日か一日機械を止めるだけだろ。それを無茶苦茶って……。お前らはいつも自分勝手なんだよ! 『幻想郷流』のやり方で分からせてやる必要があるな」
 魔理沙はミニ八卦炉をにとりの方へと向けた。にとりは「交渉決裂か」と呟いて立ち上がり、水鉄砲を構えた。
「まあまあ、お互い、一旦矛を収めてはくれないか?」
 睨み合いの数秒。それが無ければ間に合わなかったかもしれない。寸前で守矢神社の神様、神奈子が部屋に突入することに成功し、魔理沙とにとりの争いは流血の事態になる前に終わった。
「なんだよ。こっちとの交渉では良い顔していたのに、結局河童の肩を持つっていうのか?」
 一応ミニ八卦炉は下ろしたとはいえ、魔理沙の苛立ちは完全には収まっておらず、今度は矛先を神奈子の方へと向けた。
「交渉の結果は遵守するよ。ただ貴方は河童の扱いが不得手なようだからね」
 神奈子はにとりの方へと向き直った。
「河童よ。要約するならば、電気利用をアジトに制限されるとその間のきゅうり収穫が失われてしまう、というのが不満なんだね?」
「聞いていたのか。人聞きの悪い」
「声を聞くことが神様の仕事なので。……私からの提案なのだが、失われる分のきゅうりをこちらから提供する、というのはどうだ?」
「我々が育てているものの代わりになるのか?」
「少なくとも味と量に関しては、貴方達が育てているものと同等、いや、それ以上は保証しよう。協力に対する見返りとしての提供だから、何かを請求するなんてこともしない。こんなことで山の産業革命が止められることは、私としても不本意なのでね」
「それならば納得ができるよ。いやー、神様が来てくれて助かったよ。魔法使いと違って、我々のことをちゃんと分かっている」
 神奈子は少しドヤ顔で魔理沙へと近づき、小声で耳打ちした。
「河童が自分勝手という貴方の分析は正しい。だからこそ、こうやって向こうの得となる餌を目の前に吊り下げてやることが彼女達との交渉における秘訣なのです。今後、この異変が解決するまで常に私が介入できるとは限りませんからね。河童との関係がこじれないように、覚えておきなさい」
「そうか、ご忠告どうも。しかしお前がここまで協力してくれるとはな。早苗を使うのかと思ったが」
「山の産業革命という目標の成否がかかっていますからね。僅かな名誉のために指揮官を増やして混乱を増大させるリスクを負うくらいなら、貴方に責任を一本化させて確実に作戦を成功させる方をとります」
 この神は、やけに価値観が新しい、というか合理的なところがある。理念を選んだ結果と表向きには言っているが、実のところ幻想郷全域に頭を下げて動かして、という面倒事を部外者に押し付けたかっただけではないだろうか。神奈子の珍しい優しさに寒気を覚えつつ、深くは考えないようにして、魔理沙は残りの勢力との交渉に向かった。


***


 作戦当日。その規模の大きさから、魔理沙はここ数日計画の細部を詰めたり交渉をしたりと徹夜続きだった。だが、前日くらいは寝ておいた方が良いだろうと、昨日は早めに床につき、久しぶりにベッドの上で朝を迎えることができた。
 幻想郷は秋晴れだった。程よい気温で、電気機械を止めても不満は出にくい。雷にグレムリンが誘引されてしまう事態も防ぐことができるだろう。守矢の関係者は外の世界の天気予報の情報を入手している、という噂を聞いたことがある。もし今日の天気が荒れ模様という予報だったら、神奈子は計画に賛同しなかったかもしれない。
 魔理沙は人里に行くと、まずは稗田亭で阿求を拾い、彼女を連れて電気利用のある家を一軒ずつ回って電気を止めるよう通達した。電化製品を発電設備ごと買って利用するという、手間のかかることは一部の金持ちの道楽であり、人里での電気利用者は往々にして有力者である。彼らを素直に従わせる手段として、稗田の威光を借りる以上の得策は無かった。
 その有力者の一人が霧雨店の店主というのが魔理沙にとっては憂鬱だった。とはいえ魔理沙の精神の摩耗を抜きにすれば、店主は努めて魔理沙を無視して阿求の顔だけを見て話を聞いていたから、ここの交渉はトラブル無く終わった。
 人里の電気利用は概ね一時停止したが、特に変化は見られなかった。実際には裏路地を縫ってグレムリンが人里からの脱出を図っていたのだが、魔理沙には見えなかった。電気利用の少ない人里ならこんなものかと思い、魔理沙は次の目的地へと向かった。
 この日、各地で数十年ぶり、あるいは百年ぶりに、電気の無い日が戻った。魔法の森の魔法使い達は、故意でなくても電気を発生させ得る実験をすることを禁止されたから、今日を休日とすることを決めた。永遠亭の住民は、生命維持の為の機械を必要とする患者がいない幸運に感謝しながら、骨董品の石油ランプと蠟燭を引き出して、薄暗い室内で作業を行った。
 また、電気を用いない一部の機械に対しても差し止めがなされた。香霖堂の店主は、石油ストーブを必要とする季節では無いことを幸運と思いつつ、いつもどおりに客のいない店内で本を読み過ごしていた。天狗はパソコンや電気式印刷機は勿論、タイプライターやカメラの使用も禁止された。一部の天狗は新聞の作成や発行が出来ないことを嘆き、大多数の他の天狗は読むに耐えない紙くずが乱舞することが無い、平和な一日を謳歌していた。
 地底の核融合炉も予定通りに運転停止したので、幻想郷で稼働する電気機械は、殆ど河童のアジトのものだけになっていた。
 魔理沙がアジトに着くと、その中をごった返す河童の群れに迎えられた。あれだけ電気停止に対して渋っていたのに、いざそれが決定され、数時間後に期限が迫っているとなると、電気を使おうという気が削がれるものらしい。河童の多くは実験をするために来ているのではなく、グレムリンを一目見ようとする野次馬らしかった。
「電気の様子はどうだ?」
 魔理沙はにとりに問いかけた。
「予想以上に不調だよ。グレムリンがここに群がってくるなんて、話を聞いたときは半信半疑だったけれど、こりゃ信じるしかないねえ」
「私はいつだって正しいことしか言わないからな」
 「それはひょっとしてギャグで言ってるのか!?」と、にとりは物凄い顔になったが、魔理沙は無視して指示を出した。
「まだ予定より少し早いが一度始めてしまった方が良いだろう。メインの機械は止めてくれ。にとり、『独立電源』の起動を」
 細かい詰めは河童側にある程度委任しており、「独立電源」の意味を魔理沙は実は分かっていない。ただにとりの、こうすればグレムリンは自分の近くにある機械に群がるはずだという言葉を信じていた。
 にとりの言葉通りに黒い影が機械に群がるのが、電力不足で明滅する光の中に見えた。ここでにとりから支給されていた懐中電灯を点けると、そちらの電気を食う為に影の一部が飛びかかってくる。機械式の明かりは電気が食べられたことで案の定すぐに消えてしまったが、魔理沙がこっそり仕込んでいた魔法の光は輝き続けていた。目のくらみが取れないことに困惑するグレムリンを、魔理沙は素早く瓶詰めしていった。
 このグレムリンという妖怪はあまりおつむがよろしくないらしい。見え透いた罠を見せたにも関わらず、懐中電灯は誘蛾灯の如くグレムリンを捕らえ続けている。魔理沙はこの作戦が上手くいかなくなったときに備えて、八卦炉で焼却するというプランBを用意していたが、使わずに終わりそうである。余りにも上手く行き過ぎるので、手持ちの瓶では足りなくなって、河童に空き容器を貰わなくてはいけなくなった。
 膨大な数のグレムリン(後で数えたらおよそ二百匹にも及んだ)を捕らえたことで、独立電源の出力も正常値で安定した。河童達が歓喜する中、アジトに明かりが再び灯った。
 河童達は自分達の実験を妨害し続けた憎き妖怪を一目見ようと、床に置かれた瓶に群がった。魔理沙は瓶を割って努力が水の泡とならないように強く言いつけた。幸い、今のところ河童の知的好奇心が恨みを上回っているようで、過激な事態にはしばらくならなそうだった。
 魔理沙も手に持ったままの入れ物を改めて覗いた。数がまばらになってから捕まえたので、このグレムリンは大きめの広口瓶に一匹だけと、他のグレムリンよりも快適な独房があてがわれていた。
 グレムリンは猫背で灰色の、耳の大きい小人のような外観だった。小人なら話せるのではないかと、空気だけ出入りするように蓋を少し緩めて大声で、お前はどこから来たのかと詰問したが、キーキーというわめき声だけが帰ってくるだけだった。


***


 グレムリン異変は一旦終息したが、全てを捕獲できていない限り、また増殖して深刻な電気不足を引き起こすだろう。その度に幻想郷全域を巻き込む駆除作戦を行うのは大変な手間だ。根本的な解決のためにグレムリンの生態、せめて正確な出自くらいは知りたいのだが、グレムリン自身が言語を解さない以上、他の経路で調べるしかない。
「これがグレムリンか。外国の妖怪なんだっけ?」
「パチュリーはなんかぼかした言い方をしていたけどな」
 魔理沙はにとりと会話をしていて気がついた。グレムリンが外国の妖怪というのは重要な手がかりではないか?
 外国の妖怪を持ち込むことのできる存在は幻想郷と言えども相当限定される。第一容疑者の紅魔館は、その実行者になり得る魔女があんなに煮えきらない物言いだったのでシロとみなして良いだろう。
 他の容疑者。ああそうだ。前にも似たようなことはあった。幻想郷の座敷わらしが減ったとき、その代わりとか言って、こんな感じの、可愛げがないホフゴブリンとかいう妖怪を持ち込んだ困った奴がいた。スキマ妖怪の八雲紫。あいつを問い詰めない理由がない。
「黒幕の正体が分かったかもしれない」
「おっ、そりゃ良かったね。グレムリンの番はこっちでするから、行っておいでよ」
「ああ、行ってくるよ。お前も一緒な」
 にとりはいつだってそうだ。積極的に動くのはお金か発明が絡むときだけで、そのときですら、強敵にぶつかりそうになると全力で回避するか、他人に押し付けるかする。その危機回避能力はある種の才能なのかもしれないが、今回ばかりはそれでは困る。紫を退治した後、あいつからグレムリンへの対処法を聞き出せるかもしれず、そのために、今後グレムリンに一番付き合うことになるであろう種族である河童を一匹、同席させておきたいのである。
 にとりは抵抗したが、単純な強さでも、これまでにとりが厄介事を魔理沙に押し付け続けていた弱みがあるという関係性のベクトルにおいても、魔理沙の側に分があったので、結局二人で紫の元に向かうことになった。
 魔理沙は紫の居場所は知らなかったが、呼び出し方は知っていた。まず博麗神社に行き、霊夢に紫を呼びたいからと、結界を少し緩めてもらうように頼む。霊夢も紫がいて欲しいときにいない奴ということは分かりきっているので、この手のお願いはすんなりと聞き入れてもらえる。あとは紫本人か、そうでなくても藍の方が注意しにやって来るので万事解決だ。
 そして、予定通り紫がやって来た。
「今回は魔理沙の方なのね。それに河童まで。珍しいことは重なるわね」
「珍しくお前に用があるからな」
 魔理沙は持ってきたグレムリン入りの瓶を紫へと突きつけた。
「グレムリンね。無事捕まえることができたのね。お疲れ様」
 魔理沙は紫が少しは剣呑な顔になると予想していたが、そうはならず、むしろこちらをねぎらうような言葉を、いつもどおりのやんわりとした調子で投げかけてきたので面食らった。
「なんだ? お前の仕業じゃないのか?」
「そうね。立ち話も何だし、丁度役者も揃っているし」
 後半部分は明らかに自分に向かって話していたことに、にとりはすくみあがった。予想外の紫の反応に、困惑する魔理沙と恐怖するにとり。二人に気持ちを落ち着かせる暇を与えないまま、紫は二人と一緒に自分の邸宅の一つへと飛んだ。
「座っていいわよ」
 二人が通された部屋は、概ねごく普通の和室の客間だった。畳敷きの部屋の中央に大きめの座卓が置かれ、座布団が三つ、来客が二人であることを予見していたかのような配置で並べられている。普通と異なるのは部屋の光源だった。紐が垂れたランプが一つ(にとりにはそれが電気式であることがすぐに分かった)天井から吊るされていたが、それは光っておらず、卓上に置かれた大きい蠟燭が、部屋のごく狭い範囲だけを照らしていた。
「早速だが、こいつを幻想郷に持ち込んだのはお前じゃないのか?」
 魔理沙は二つ並びの側の座布団の一つに腰掛けながら、紫に改めて問いかけた。
「私じゃないわよ。私が意味もなく幻想郷に外来の物を持ち込む訳がないでしょう?」
 幾度となく意味もないような何かをしていた気がするが。魔理沙は記憶の中の紫を辿っていったが、特に意味もなさそうなことを深い意味があると言って他人を煙に巻きながらするのがこの妖怪である、という結論に至り、脳内探索を中断した。
「にわかには信じがたいが……」
「あら残念。信用されてないわね。では、こういうのはどうかしら? 私は黒幕に心当たりがある」
「ほう?」
「黒幕の名誉のために言うと、彼女は意図的に外来種を持ち込んだ環境テロリストではなく、過失でグレムリンがやって来るきっかけを作ったうっかりさんよ」
「それ、名誉か?」
「名誉ということにしておきましょう。ここにいる黒幕さんのためにも。……黒幕は、貴方よ」
 紫は、にとりを指さした。
「ひゅい!?」
 にとりは鬼にでも対峙したかのような奇声を上げてフリーズしたが、しばらくして顔面蒼白なまま弁解を始めた。
「そ、そ、そんなこと言われても、私にはなんの心当たりもないよ……」
「でしょうね。もう一度言うと、これはあなたが意図的に起こした事件ではないのだから。答え合わせのために、これまでの流れをもう一度振り返りましょう」
 ここに来る直前のように、困惑する魔理沙と恐怖するにとりと一人全てを知っている紫、という構図になった。紫は困惑され恐怖されることには慣れており、そのため、いつものように二人を置き去りにしたまま話を始めた。
「事件の始まりは、一台の機械の不調でした。ある日、河童が作った発電機が一台故障したのです。覚えているわね?」
「ああ、覚えて……。いや、違う! あれは故障じゃ断じてない!」
 技師としてのプライドが上回り、にとりは先程までの恐怖を忘れ、今度は情緒不安定に激昂し始めた。
「故障ではない」
「そうだ。我々の技術が百パーセント確実だと驕るつもりはない。しかし、あんな不調は、これまで見たこともなかった! あれは……」
「私は機械には詳しくは無いけれど、機械というのは確実なようで、実のところ、とてつもなくままならない物ではなくて? まあ、ここの真相自体は重要ではない。重要なのは、貴方がその原因を河童の技術以外に求めたということ。貴方は次に、外来の機械を調べ始め、それもまた不調だった」
「それも覚えてるよ。だから言ったろ? はなからグレムリンはいたんだって」
「いいえ。これまでグレムリンの存在は確認できておらず、いつからグレムリンが幻想郷にいるのかの境界線を探ると、そこには必ず貴方がいるの。貴方が外来機械の調査を始めたときに既に侵入していたのか、あるいは外来機械も偶然に故障していただけなのかは分からない。ただ、貴方が機械の故障が河童のせいではないと盲信したこと、外来機械が同様に故障していたことで外的要因を確信したこと、その二つのうちどちらかの言霊が、グレムリンに結界を越えさせるに至ったのよ」
「パチュリーは、機械を設置することがトリガーになると予測していたが……」
 魔理沙が口を挟んだ。
「あら、あの魔女、そんなことを。それは不完全な解答ね。点数にして、六十点と言ったところかしら。そもそも機械を置くだけで湧くなら、もっと昔からいないとおかしいでしょう?」
「言われてみればそうだな」
「貴方にとっては釈迦に説法かと思っていたけど、そうではないのかしら。妖怪の精神を為すのは、人間によって紡がれた物語。機械が起こす不調に対して、超常的な要因を夢想する。そのプロセスがないと、グレムリンも存在できるだけの精神的な核を持ち得ないでしょう?」
「今回は人間じゃなくて、妖怪である河童の妄想だったが、それでも良いのか」
「ま、河童は妖怪の中でもかなり人間くさいほうだからね。それでも色々と新しい事例ではあるわね。幻想郷も日々変化しているのよ」
 紫は満足げに目を伏せた。
「で、こいつどうするんだ? うっかりにでも厄介な妖怪を持ち込んだ責任はあるわけだが」
 魔理沙はにとりを指さした。にとりは命乞いらしきことをしているが、そもそも魔理沙はにとりを退治しようと本心から思っているわけではない。唯一退治できる立場にあるが、その権利は放棄する、それで構わないかと紫に問うているのだ。
「無罪放免よ。この程度の流出入で一々動いていたらきりがないし、偶然でしょうけれど無害な方向へとグレムリンの性質を歪めた功績はあるしね」
「えっ?」
 魔理沙とにとりが、同時に疑問の声を上げた。
「元々、グレムリンというのは、機械の故障や不調全般に関わる規模の大きな妖怪なの。しかし、初動での故障二つが両方とも電圧異常だったことで、『人工的に生み出された電気を食べる妖怪』という狭い物語に性質が上書きされた。単に幸運なだけだったと言えばそれまでだけれど、運も実力のうちだからねえ」
 功績云々はにとりを退治しないことに、万一魔理沙が納得していなかった場合の後付の理由でもある。紫は魔理沙が最初からにとりを退治する気など無かったということには気がついていない。
 ただ、彼女の説明は決して無駄ではなかった。これは、グレムリンの性質を極限させるための措置でもある。魔理沙やにとりの認識は曖昧で、このままでは自然の電気も食う妖怪ということにされかねない。紫は情緒豊かな妖怪なので、稲妻の音が聞けなくなる事態は看過できないのだ。
「最後にテストといきましょう。貴方達がグレムリンの駆除に成功しているのなら、問題なくここの電気は点くはずよね」
 紫はランプの紐を引っ張った。結果発表のドラムロールの如く数度明滅した後、無事に光る側で固定したことに魔理沙とにとりは安堵した。紫は不要になった蠟燭の火を吹き消した。あるべき日常への回帰ながら、その光景は、文明の誕生日を祝して、ケーキの火を吹き消しているようにも見えた。
 話が終わり、二人が退席しようとしたところで、紫は言いそびれていたことがあることに気がついた。グレムリンの性質を固定化させるための言霊をもう一つ、襖を開けて部屋に接続された博麗神社の本殿へと向かう二人の背中に投げかけた。
「グレムリンは飴玉が好物で、飴玉が与えられると大人しくなるらしいわよ」


***


 帰宅した魔理沙は、持ち帰ったグレムリン入り瓶をテーブルの上に置いた。中のグレムリンは、どんなに暴れても逃げられないことを悟ったのか、今は静かに瓶の壁面にもたれかかり、この空間を住処とすることに決めたようである。
 魔理沙はこのグレムリンの処遇をどうするか決めかねていた。逃がすのは無しとして、殺してしまうか生かしておくか。多分昨日までの自分なら迷いなく殺す方を選んでいただろうが、思いの外人間に近いその姿形を見た後、そんなに厄介ではないという紫の談を聞いた後だと、わざわざ殺さなくても、という気に傾きつつあったのだ。
 最後の一押しになったのは蒐集欲だった。あの作戦は想定外に上手くいき、少なくとも向こう数年は超希少種と言えるくらいまでグレムリンは数を減らしただろう。正確には河童のアジトに捕らえられたのが相当数いるのだが、機械の電気を食う害獣を河童が生かすとも思えないので、今頃アジト側のグレムリンは全滅していると思われる。つまり、今グレムリンを飼育する権利があるのは自分くらいで、それは自分のコレクターとしての格を相当上げるのではないだろうか。
 餌にするための機械式の電気は魔理沙宅には無いので、河童から発電機を貰うことにした。グレムリンを飼うという話をにとりにしたところ、露骨に嫌な顔をされた。蛇嫌いの人に自分は大蛇を飼っていると告白するようなものなので、しょうがない反応ではある。
 ただ今回の件が首尾よく終息したことへの追加報酬ということで、絶対に逃がすなよという強い念押しと一緒に、発電機を無償で一台譲ってもらうことに成功した。使いもしない発電機が五台も増えて、と愚痴をこぼしていたので、在庫処分を兼ねていたのかもしれないが。これでにとりとは貸し借りなしの関係に戻ったので、また、にとりから色々とせびられることを警戒しなければならない。
 魔理沙は帰りに人里の駄菓子屋へ寄った。紫の話を思い出し、飴玉も用意しておいた方が良いと思ったのだ。数年ぶりに魔理沙と直接顔を合わせた駄菓子屋の店主は、霧雨店の令嬢ではなく、放蕩娘となった霧雨魔理沙の変化と成長に驚きつつも、キャンディーの詰まった瓶を一つ手渡した。
 魔理沙は瓶を箒に吊るして魔法の森上空を飛びながら、神奈子の話を思い出していた。彼女曰く、河童を制御するコツは適度に向こうの得となることを提供することだと言っていた。飴と鞭の飴が重要ということである。それは頭では納得するのだが、果たして河童に与える飴は、どのくらいが適当と判断されるのか、それを考えたときにやはり得策とは思えないのである。大体あいつ自身だって、ダム建設に河童を使おうとして失敗していたではないか。
 それに対してグレムリンは、紫が嘘をついていなければ、飴と鞭の飴は、文字通りの飴玉で良いのだ。グレムリンを飼うと決めたものの、内心面倒をみきれるか少し不安だったが、河童よりはマシと考えれば何となく上手くいきそうな気がしてきた。


***


 河童のアジトにはまた活気が戻った。しかし、完全にではない。河童社会はポストグレムリンの時代に突入し、常にグレムリン増殖の恐怖に怯えながら過ごさなければいけなくなった。グレムリンが河童の嫌いなものワースト一位に、土蜘蛛を押しのけてノミネートしたのも当然の帰結と言えよう。
 彼女達の今の技術開発の主眼は、グレムリンを退治するための機械に置かれていた。この聞くもおぞましい名を直接発声することを嫌った英語のできる河童が、頭文字から「G」と呼称するようになった。それが広まって、今や河童の大半はグレムリンのことをGと略称するようになった。
 当然にとりもGへの敵愾心と発明意欲からプロジェクトには積極的に参画していた。彼女はGを電気により誘引する装置、「Gホイホイ」開発の中心河童だった。試験の為にGを数匹飼っており、Gは同胞虐殺に使われる技術だとは思いもよらず、頻繁に与えられる高電圧の電気をむさぼっている。
 開発は九割方完了していたが、同時に行き詰まりを迎えつつもあった。人里での実証実験の結果は良好で、実験をした家の家主からは既に注文がついたのだが、肝心の河童のアジトでの結果が芳しくないのだ。アジトだとそこら中に電気があるので、ホイホイの方に寄ってきてくれないのだと仮定された。
 根本的なアイデアに問題があるのならばこれ以上開発を続ける意味は薄い。次のアイデアを探す為に、機械いじりから一旦離れて散歩へ行くことにした。
 結果論になってしまうが、これは良くない選択肢だった。緑色の迷彩服に捕まってしまったのである。
「景気はどうだい?」
「お前に話しかけられた瞬間不景気になったよ。大恐慌気分だ」
「そう邪険にしないでよ。こんなにも丁寧に接しているというのに」
「お前らに丁寧に話しかけられるのが大概縁起が悪いんだよ。黒猫に横切られる方がまだマシだ」
「そうか? これまでも縁起の良い話を持ってきたつもりだし、今回も君達の為にやって来たのだが」
 たかねは背中の鞄を下ろして、飴玉の詰まった瓶を取り出した。カード業から発電機業者に転職したと思っていたら、今度は駄菓子屋に転職したらしい。
「グレムリンに困っているんだろう?」
「困っているのは確かに事実だが、何でお前がグレムリンの弱点を知っているんだよ」
「山童の情報網を舐めてはいけない。どういうわけか、天狗による飴や砂糖の大口注文が急増したんだ。理由を探れば当然商機は見いだせる」
 山童に先を越されたのは相当癪だが、目の付け所は悪くないとにとりも認めざるを得なかった。
 その心変わりを見抜いたのか、たかねは商人口調を強めて、にとりに猛アピールをかけた。ああ、たかねの言うことも最もさ。砂糖も飴玉も、人里近くで生産してこちらに持ってくるという輸送ルートになっている。輸送費分の価格上乗せはやむを得ず、それを時間を買っていると解釈すれば、たかねが提示しているのも、まあまあ良心的な値段だ。
 それでも、山童の一人勝ちというのは我慢ならなかった。こちらにも益を見出さないと。
 そうだ、Gホイホイ。あれを、飴玉で誘引する方式にすれば、自前でも使えるようになるし、機械も売れるじゃないか。
 にとりはお試しだともったいをつけて、飴を一瓶買った。瓶を抱えてアジトに戻りながら思う。飴玉一個で飼いならせるなんて、グレムリンは山童に比べて何と聞き分けが良いのだろうと。
グレムリンは個人的に好きな妖怪です。技術発展により怪異が駆逐されるのではなく、発展した技術に対応した怪異が発生する、という構図が良い
東ノ目
https://twitter.com/Shino_eyes
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コメント



0.200簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
グレムリンかってみたくなりました
2.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
4.100ヘンプ削除
魔理沙達がしっかりと異変解決に向けて、動いていたのがとても良かったです。
面白かったです!
5.100夏後冬前削除
淡々とした文章が話の空気感に非常にマッチしていたと思います。内容も色々と練り込まれていて面白かったです。良い感じの原作っぽさがありました。
6.100植物図鑑削除
丁寧かつ緻密に構成された話であると感じました。
異変自体は大したものではないのですが、グレムリンの生態などが綿密に記述されており、それに至る経緯なども納得の行くものでした。短い話ではないのですけど、するすると読めました。
7.100のくた削除
グレムリン周りの設定がとても面白かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
チュパカブラ然りゴブリン然り、なぜ海外勢の化け物は捕まってしまうんですかね。グレムリンを東方の世界観に落とし込んでいて、面白かったです。
9.100名前が無い程度の能力削除
グレムリンの認識ロンダと話の流れが噛み合っていて面白かったです
11.100Actadust削除
幻想郷的解釈と展開がマッチしていて凄く面白かったですね。原作マンガのノベライズ感が出ていてとても良き。
理路整然と事件を追い掛けていくのも気持ちよくて楽しかったです。
12.100南条削除
とても面白かったです
巻き起こる正体不明の怪異と、解決に向けての準備、交渉、そして作戦決行から解決に向けての一連の流れが素晴らしかったです
魔理沙は本当に頑張りました
最高でした
13.100めそふ削除
異変解決に向けて各々が動きだし、そうして物語が収束していく様がとても面白かったです。台詞回しもとても好きでしたし、後書きにあった発展した技術に対応した怪異が発生するという構図も非常に良かったなと思いました。
14.100福哭傀のクロ削除
かなり濃密な東方のお話、流れからオチまで読みごたえのある作品でした。
構成がとても綺麗でかつ本当に書籍でありそうな話だと思えるくらいに作者さんんの東方への理解度が高い。
いつも通り頭のいい作品でしたが、物語としてもすごく楽しめました。
捕獲前の他勢力の描写や紫との話とかも持ち上げ方として好きで
なんというか自分たちも結構影響あるのにグレムリン退治にだれも派遣しない辺りが東方らしさを感じました。
お見事でした。