朝、静かに息を吐くと秋の匂いがした。
紅葉こそまだ見えないが季節は秋なのである。
秋穣子は大きく伸びをすると、外へと駆け出し、そのまま山にいる姉の元へ飛び立った。
妖怪の山の木々はまだ青青とした葉を誇らせている。どうやら「仕事」はまだ進んでいない様子で、姉はどこにいるのだろうかと穣子が山中を見回すと、姉こと秋静葉は、大きな木々が生い茂った、山深い場所にいた。
彼女は大樹の太い枝に腰をかけて、葉に施しをかけている最中のようだ。穣子はその大樹の根元に降り立つと、彼女に呼びかける。
「様子はどう?」
静葉は、振り向かずに答える。
「みての通りよ」
どうやら「仕事」は難航している様子だ。穣子は思わず息をつく。吐く息はすでに白い。
ここは妖怪の山でも深部なだけあって、気温もほかの場所より幾分低い。そんな所で静葉は黙々と作業をしている。
穣子としては、こんな場所からは一刻も早く立ち去りたかったが、姉がいる手前そうもいかない。
「……大変なのねえ。紅葉も」
「こだわりがあるのよ」
静葉は何やらぶつぶつと言いながら、葉を一枚赤く染める。
「あら、いい色合いじゃない?」
それを見た穣子が姉に呼びかけると、静葉は難しい顔をしながら首を横に振る。
「いったい何が不満なのよ? 私には十分紅葉として成り立っているように見えるんだけど」
静葉はすかさず答える。
「それはあなたに紅葉を見定める感性が備わってないからよ。私からすれば色に深みが足りない。紅葉ってのは、ただ赤けりゃいいってもんじゃないわ。ただ赤いだけでいいならそれこそペンキでも塗っておけばいい。でも、それは紅葉神としてのプライドが許せない。山にある木々は一見同じように見えて、全て違うのよ。全ての木々には個性がありドラマがある。その各々の個性を生かしドラマを際立たせる相応の色を施してあげるのが、私の、紅葉神としての役目。中途半端な仕事じゃ、きっと木々も納得しないわ」
そこまで一気に言い切ると再び静葉は作業に戻る。穣子は再びため息をつく。
確かに姉はもっともらしいことを言っているが、ようはただの職人気質なだけなのだ。
木々の事だけでなく、それに付き合わされる自分のことも少しは考えて欲しい。と、穣子は思わずにいられなかった。
と、その時、急に静葉は「ユリーカ!!」と言わんばかりに立ち上がると、懐から紋様のついた小刀を取り出す。「どうしたの?」と穣子が尋ねようとした矢先に、静葉はその切っ先を、自らの人差し指にあて滑らせる。
「ちょっと、何してんのよ!?」
指から血がしたたり落ちるが、静葉はそれを見て満足そうな笑みすら浮かべる。
ああ、悩み過ぎたあまり、とうとう気を違えてしまったか。神様に効く精神薬なんて竹藪の医者くらいしか処方できないだろうし、色々面倒だなぁ。と穣子が思っていると静葉が告げる。
「……穣子。彩りを施すものに最も適したものって何かわかるかしら? 答えはその色を形作っているモノよ。そう、空色は空、土色は土。そして深紅は……」
あっけにとられている穣子を後目に静葉は、自らの血を葉に垂らしていく。そして紅く染め上がった葉を確認するように見つめると彼女は「うん」と頷いて呟く。
「今年の紅葉はこれで決まりね」
「まじで!?」
「ええ、素敵な色よ。まるで私のようだわ」
そりゃ、自分の血を使っているのだからそう言えるだろうが、よもや紅葉に神の血が含まれているなんて、誰も思いはしないだろう。
姉のその紅葉に対する執念には恐怖すら感じる。
穣子は次々と染め上がっていく業深き紅葉を、ただただ眺め続ける事しか出来なかったという。
ちなみにその後、案の定、彼女は貧血で倒れ、竹藪の医者のお世話になるハメになった。
そのまま数日入院することになり、穣子が見舞いに行くと静葉はベッドに横になっていた。
「まったくもう。自分の血で葉っぱ染めてたらそりゃ貧血になってぶっ倒れもするわよ。一体何考えてるのよ?」
呆れた様子の穣子に、静葉が言う。
「あのね。穣子。血が足りなくて色が薄くなっちゃった葉があるのよ。退院したらもう一度塗りに行かなきゃ」
紅葉こそまだ見えないが季節は秋なのである。
秋穣子は大きく伸びをすると、外へと駆け出し、そのまま山にいる姉の元へ飛び立った。
妖怪の山の木々はまだ青青とした葉を誇らせている。どうやら「仕事」はまだ進んでいない様子で、姉はどこにいるのだろうかと穣子が山中を見回すと、姉こと秋静葉は、大きな木々が生い茂った、山深い場所にいた。
彼女は大樹の太い枝に腰をかけて、葉に施しをかけている最中のようだ。穣子はその大樹の根元に降り立つと、彼女に呼びかける。
「様子はどう?」
静葉は、振り向かずに答える。
「みての通りよ」
どうやら「仕事」は難航している様子だ。穣子は思わず息をつく。吐く息はすでに白い。
ここは妖怪の山でも深部なだけあって、気温もほかの場所より幾分低い。そんな所で静葉は黙々と作業をしている。
穣子としては、こんな場所からは一刻も早く立ち去りたかったが、姉がいる手前そうもいかない。
「……大変なのねえ。紅葉も」
「こだわりがあるのよ」
静葉は何やらぶつぶつと言いながら、葉を一枚赤く染める。
「あら、いい色合いじゃない?」
それを見た穣子が姉に呼びかけると、静葉は難しい顔をしながら首を横に振る。
「いったい何が不満なのよ? 私には十分紅葉として成り立っているように見えるんだけど」
静葉はすかさず答える。
「それはあなたに紅葉を見定める感性が備わってないからよ。私からすれば色に深みが足りない。紅葉ってのは、ただ赤けりゃいいってもんじゃないわ。ただ赤いだけでいいならそれこそペンキでも塗っておけばいい。でも、それは紅葉神としてのプライドが許せない。山にある木々は一見同じように見えて、全て違うのよ。全ての木々には個性がありドラマがある。その各々の個性を生かしドラマを際立たせる相応の色を施してあげるのが、私の、紅葉神としての役目。中途半端な仕事じゃ、きっと木々も納得しないわ」
そこまで一気に言い切ると再び静葉は作業に戻る。穣子は再びため息をつく。
確かに姉はもっともらしいことを言っているが、ようはただの職人気質なだけなのだ。
木々の事だけでなく、それに付き合わされる自分のことも少しは考えて欲しい。と、穣子は思わずにいられなかった。
と、その時、急に静葉は「ユリーカ!!」と言わんばかりに立ち上がると、懐から紋様のついた小刀を取り出す。「どうしたの?」と穣子が尋ねようとした矢先に、静葉はその切っ先を、自らの人差し指にあて滑らせる。
「ちょっと、何してんのよ!?」
指から血がしたたり落ちるが、静葉はそれを見て満足そうな笑みすら浮かべる。
ああ、悩み過ぎたあまり、とうとう気を違えてしまったか。神様に効く精神薬なんて竹藪の医者くらいしか処方できないだろうし、色々面倒だなぁ。と穣子が思っていると静葉が告げる。
「……穣子。彩りを施すものに最も適したものって何かわかるかしら? 答えはその色を形作っているモノよ。そう、空色は空、土色は土。そして深紅は……」
あっけにとられている穣子を後目に静葉は、自らの血を葉に垂らしていく。そして紅く染め上がった葉を確認するように見つめると彼女は「うん」と頷いて呟く。
「今年の紅葉はこれで決まりね」
「まじで!?」
「ええ、素敵な色よ。まるで私のようだわ」
そりゃ、自分の血を使っているのだからそう言えるだろうが、よもや紅葉に神の血が含まれているなんて、誰も思いはしないだろう。
姉のその紅葉に対する執念には恐怖すら感じる。
穣子は次々と染め上がっていく業深き紅葉を、ただただ眺め続ける事しか出来なかったという。
ちなみにその後、案の定、彼女は貧血で倒れ、竹藪の医者のお世話になるハメになった。
そのまま数日入院することになり、穣子が見舞いに行くと静葉はベッドに横になっていた。
「まったくもう。自分の血で葉っぱ染めてたらそりゃ貧血になってぶっ倒れもするわよ。一体何考えてるのよ?」
呆れた様子の穣子に、静葉が言う。
「あのね。穣子。血が足りなくて色が薄くなっちゃった葉があるのよ。退院したらもう一度塗りに行かなきゃ」
流石静葉様は芸術家の鏡
いつもの雰囲気もしっかりあって
うまくいえないけど良かったです。
秋ですねぇ。