Coolier - 新生・東方創想話

夏と秋との間には

2022/09/23 19:40:37
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「あぢぃ……」

 長月も既に半ば近くに差し掛かったというのに、残暑の日差しが容赦なく降り注ぐ午後の昼下がり。
 穣子は家の縁側で丸太ん棒のように横たわっている。その姿はまるで涅槃仏。神々しさすら感じられるその偉容ある御姿に、今にも胸に傷のあるムエタイ格闘家が現れそうな雰囲気だったが、やってきたのは姉の静葉だった。

「……あらあら、穣子ったら気が早いわね。秋を先取りなんかしちゃって」
「どういう意味よ」
「そのまま日差しに照らされて焼き芋になるつもりなんでしょ?」
「んなわけあるか!」
 
 思わず穣子は興奮して立ち上がるも、またすぐに寝仏に戻る。

「あ、だめ。動いたらあちぃ……」
「ええ、あちーわね」

 静葉はニヤニヤと笑みを浮かべている。

「……なんでそんなに笑顔なのよ。姉さんは暑くないの?」
「もちろん暑いわよ」
「じゃあ、なんでそんなに笑顔なのよ。なんか不気味なんだけど。まるで笑顔が顔にへばり付いた人みたいに」
「あら、失礼ね。どこぞの兄弟の兄の方みたいに言わないでちょうだい。もうすぐ秋が来ると思うとうれしいのよ」
「暑くないの?」
「もちろん暑いわよ」
「じゃあ、なんで笑顔でいられるのよ」
「もうすぐ秋が来ると思うとうれしくて」
「……はぁ、さようですか」

 穣子は、話にならないとばかりに思わずため息をはくと、ジト目で静葉を見て、心の中で毒づく。

――まったく、私はこの暑さのせいでストレスはマッハだし、不愉快極まりないってのに……。いいわねぇー! 姉さんはノーテンキで枯葉な大明神で。

「あら、悪かったわね。ノーテンキで枯葉な大明神で」
「ちょっ!? また人の心を勝手に読んだわね!?」
「姉に不可能はないのよ」
「そう言う問題じゃない! 心を勝手に読むのはプライバシー侵害だからやめてっていつも言ってるでしょうが!?」

 抗議をする穣子をよそに静葉は、笑顔で平然と告げる。

「穣子。秋はもうすぐそこよ。それなのにそんなことでどうするの。みっともないわね」
「そんなこと言われても仕方ないじゃん! 秋が近かろうが、ミットがあろうがなかろうが、暑いものは暑いのよ!」

 今度は静葉がため息をはく番だ。

「……まったく、穣子ったら本当に情けない子ね。そんなイモの大仏様みたいな姿で反論されても説得力ないわよ。あ、そうだわ。試しにちょっと外に出てみなさい。秋が近いことがわか」
「いやだ!!」
「そんな食い気味に拒否らなく」
「絶対いやだ!!」
「まあ、そう言わ」
「いやだっ! 否! 否! 否!! 絶対否!! 我、天地天命に誓ってでも断固拒否する!」
「そう。……それじゃあ、仕方ないわね」

 と、言って静葉は何やら鉄の筒のようなものを取り出す。

「なにそれ……?」

 怪訝そうな様子で穣子が尋ねると、静葉は不敵な笑顔で答える。

「にとりからもらった銃器よ。ロケットランチャーって言うらしいわ」
「ろけっとらんちあ?? そんな鉄の塊なんか取り出してどうする気……あっ!」

 嫌な予感を察知した穣子は、全力でその場から逃げ出そうとする。しかし、一足早く、静葉はロケットランチャーを構えると、そのまま力一杯振りかざして、穣子をぶん殴る。

「どうしてぇーーーー……っ!?」

 鈍器で思いっきりぶん殴られた穣子は、物悲しい叫び声とともに、山の奥へと吹っ飛ばされてしまう。
 穣子が山奥へ消えていくのを静葉は、生ぬるい笑顔とともに見送った。

「さあ、行ってらっしゃい穣子。あと天地天命じゃなくて、天地神明が正解だからそこんとこよろしく」


「そんなんしるかーーーーーーーっ!? ぎゃーーーー! うぎぃーーーーー!? おぎゃーーーー!!? へあぁーーー!!」

 穣子は、賑やかに悲鳴をあげながら多数の木々をなぎ倒し、山肌をえぐって山中へ墜落する。

「いたたた……! ちょっと、洒落にならないわよこれ! 神じゃなかったら即死モノよ!? 一体、私が何したってのよ……!?」

 全身土まみれになりながら、彼女はのろのろと起き上がる。
 確かに姉はいつも理不尽だ。しかし、今日の仕打ちは流石に酷い。いくらなんでも無茶苦茶だ。
 実は姉さんもああ見えて暑さでトチ狂ってしまっているんじゃないか。静かなる狂気ならぬ、静葉なる狂気か。などと思いながら、彼女が辺りを見回すと青々とした草木しか見えない。どうやら本当に山のど真ん中に落ちてしまったらしい。

 おーのーなんてこったい!

 本来なら空をばびゅんっと飛んで帰ればいいだけの話なのだが、あいにく今は一日で一番暑い時間帯。
 こんな時に空なんか飛んだものなら一瞬で干からびてしまう。太陽に照らされて焼き芋になるのも嫌だが、干からびて干し芋になるのはもっと嫌だ。
 と、なると面倒だが、徒歩で帰るのが最適解ということになる。
 穣子は仕方なく山林の中を歩き始める。しかし、歩けど歩けど風景は変わらず、それこそ秋の要素なんてどこにも見あたりやしない。
 穣子は「焼ける! 燃える! 干からびる!」と、一人喚き散らしながら、繰り返される緑一色にうんざりしつつ、更に歩き続けると、今度は一転して開けた場所に出る。
 というのもこの山では、妖怪や神などが暴れて、ちょくちょく爆発やら火事やらが起きるせいで、こういった円形脱毛みたいなスポットがあちこちに点在するのだ。かわいそうな山である。

「あ、詰んだ! 私詰んだわこれ!?」

 木がないということは、日を遮るものがない。つまり日が直接当たる。つまり暑い。
 肌を焼き尽くす殺意むき出しの太陽に、安らぐ暇さえ与えないとばかりに雲一つない青空。今にも地面から湯気が沸き立ちそうな勢いの湿気。繰り返される緑一色。更に加えて神経を逆撫でしてくる喧しい蝉の大合唱。まさに夏の数え役満。
 長月に入って、もう大分久しいというのに、これではどうしようもない。もはやお手上げだ。夢も希望もありません。秋は死んだ。私も死んだ。
 穣子が思わず絶望に打ちひしがれそうになってしまったその時だ。
 ふと道ばたに大きな茶色い何かがあるのを見つける。近づいてみるとキノコだ。しかもそれは「どっこいもたし」という秋の訪れを告げる存在だった。
 そのどっこいもたしは熱気で水分を奪われ、すっかり干からびてしまっていたが、そのからからでしわしわの傘を確かに力一杯広げていた。その様子を見た穣子は、思わずハッとする。

――ああ、こいつはこんな絶望的な環境の中でも、こうやって強かに生きているんだわ。……なのに私ときたら何よ! 少し暑いくらいで情けない……!

 こうしてキノコに(勝手に)励まされた穣子は、ゆっくりと力強く炎天下の中を歩き出す。

 結局穣子は、そのまま徒歩で家まで帰った。
 日はもうすっかり傾き、辺りのBGMはいつの間にか蝉の大合唱から鈴虫やコオロギの交響楽に切り替わっている。
 静葉は笑顔で穣子を出迎えた。

「あら、おかえりなさい」
「おいもぉ……」

 穣子はもう限界とばかりに、呻きながらその場で倒れ込んでしまう。すかさず静葉が告げる。

「横になるなら縁側に行きなさい」
「えぇー……」

 静葉に促され、穣子は仕方なくのろのろと縁側へ行くと、どたんと倒木のように横たわる。するとそのとき。

 ひゅうううっ

 ひんやりとした何とも心地よい風が、体中を吹き抜けていく。山頂から吹き下ろしてくる風。いわゆる山颪だ。

「あぁー……いきかえるぅー……」

 穣子は大の字になってその涼風を目一杯に浴びる。

「どうかしら、暑さにやられた後に浴びる秋風は」
「あきかぜ……?」
「そうよ。これはもう秋の風なのよ。あなた、普段家でゴロゴロしているからわからなかったでしょうけど、ひとたび日が落ちると、こうやってもう秋の雰囲気を感じられるのよ。ほら、言ったでしょう? 外に行けば秋が近いことがわかるって」
「……あぁー」

 ここでようやく姉の腹づもりを理解した穣子は、思わず感嘆の声を漏らす。
 彼女はわざと穣子に昼の山の暑さを体験させることで、この夕方の風の涼しさを実感してもらおうとしたのだ。
 まったく、やるにしてももう少しマシな方法はなかったのかと穣子は思ったが、そういった不平不満もこの秋風の涼しさで全部吹き飛んでしまった。
 そんな彼女の心持ちを知るや知らずや、静葉は笑みを浮かべて告げる。

「よく言うでしょ。暑さ寒さも彼岸までって。もう少しすれば日中も涼しくなってくるわ。そうしたらいよいよ秋も本番なのよ」
「……そっかーもう秋なのねー」
「そうよ穣子。私たちの秋はこれからなのよ」
「そうよね……。そうだわね……! そうなのよね! よーし気合い入れ直すわ!」
「そうよ穣子。その調子よ」

 薄暮の中、穣子と静葉は笑顔で見つめ合う。そして二人の間を吹き抜けていく秋風に対して、これからやって来る秋への思いを募らせた。

 秋本番まであともう少し。果たして今年はどんな秋になるのだろうか。


 なお、次の日は季節外れの猛暑日になった。
穣子「同情するなら秋をくれ!!」

どっこいもたし
正式名はサケツバタケ
梅雨の時期と初秋に生える茶色の傘をした比較的大きめなキノコで、雑木林以外に道ばた、時には野生動物の糞の上などにも生える。傘の裏が薄紫色をしていることや発生する場所など、全体的に食欲をあまりそそらないせいもあって、日本では基本食用には用いられていない。しかし海外では美味な食用キノコとされている。名前は成長するとツバ(茎の上部にできるリング状の部位)が裂けることが由来。
東北の一部の地域では、どっこいもたしと呼ばれている。
バームクーヘン
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コメント



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2.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。季節の秋姉妹を補給できました。
3.100南条削除
面白かったです
ロケットランチャーを振り回している静葉と勝手に励まされている穣子に秋の訪れを感じました
5.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
8.70名前が無い程度の能力削除
全体的にちょっと弱いと思った
9.90東ノ目削除
数週間前までは秋なのか夏なのか分からない気候でしたからねえ……。
最後秋姉妹でもどうにもならない自然のままならなさに、切なさを感じつつも笑いました
10.100名前が無い程度の能力削除
ユーモアと秋風が感じられる作品でした。