弱者が虐げられ、強者がものを言う時代。そこに一人、革命を起こそうとした者がいた。
その名は『鬼人正邪』
幻想郷に下克上を願った者である。
◇
「私がわざと逃したのは、自明ゆえ、話す必要もないでしょう」
そう語るのは八雲紫。幻想郷の管理者である。
「……普通ならば決して許してはいけない哀れなレジスタンス、鬼人正邪」
「しかし、幻想郷の歯車として、ある程度の暴走ならば目を瞑ってきた。本人は革命を起こした気であるのだから、滑稽ですし、これからも、消す、まではいかないでしょう」
「ですが、少々最近は度が過ぎる。そこで私なりの制裁を考えました。藍」
「かしこまりました。説明変わらせていただきます」
彼女のそばに現れたのは、八雲紫の忠実な式、八雲藍。すらすらと、そのシステムについて語る。
「まず、彼女単体に何かしらの結界をかけるのは幻想郷の精神に反する可能性があります。そこで紫様は視点を変え、狙ってではなく結果的に鬼人正邪にだけ罰を与えるような、条件を組むことにしました」
「それが『下克上税』。紫様が考えた粋な策略でございます」
「下克上を起こすような、あまりよろしくない考えをお持ちの人物にだけに、かかる結界。条件付きなので術者への代償もあまりなく、揶揄う程度にはちょうどいい」
「その結界の影響を受けた輩は、あらゆることにおいて下克上税という概念がかかります。その名の通り、何か商品を買う際に遥か高い税がつくのはもちろんのこと、あらゆることに制約がつきます。そんな、つきまとう税」
「無力なレジスタンスには、かなり堪えることでしょう」
そう述べた後、八雲紫と八雲藍は高らかに笑った。そして、そんな謎の茶番スピーチに付き合っていた橙は頭の上にはてなマークをいくつも浮かべていたのである。
◇
「おばちゃん、この饅頭二つ」
「はいよ」
「えっと、四銭で良かったか?」
「いや……下克上税がかかるねぇ」
「は? 下克上税?」
「六銭でお願いします」
「おいおい! そんな税知らねぇぞ!? まさかこの私からぼったくろうとでもしてんのか!? それに下克上って……」
まさか人里の端っこに住んでる、こんなばばあにまで私の存在が知られてるのか……!?
「……よう分からんのじゃが、あなたからは多めにお金を取らないといけない気がするんじゃ。すまないのぉ」
「なっ」
意味分からん……こいつ、私が追われてるのも分かってなさそうだし、本当にそんな気がするだけで料金の上乗せを……?
「まあ、いいよ。これで良いだろ? 饅頭は貰っていくぜ」
「まいど〜」
◇
「もぐもぐ。どういうことだよ、こりゃ」
その後も、服、靴、お茶、どんなものにでも下克上税がついてきた。顔を隠しており正体はバレてないはずなのに……。
「こうなったらどっかで盗むしかねぇな。このままじゃすぐにお金が尽きる。さてさて、小金持ちでも探すか」
こっそり人里の大きな民家に忍び込む。
「このお金も、将来の素晴らしい革命のための投資だと思って。ふ、悪いね」
金庫を触ろうとした瞬間、まるで静電気のように手にバチッと痛みが走る。
「っ! なんだ!?」
「……この金庫についてる機能か? いや、このタイプはよく知ってる。そんな機能はないはずだ」
「それに、この種の痛みは結界だ。忌まわしい結界の痛みがした……!」
金庫自体には、結界は仕込まれてない。しかし、私が触ろうとした瞬間に結界が生じる。
また、結界が発動した後、周りに妖怪や博麗の気配は感じなかった。
「つまり、これは幻想郷全体に張られた結界……それも、私ばかりを邪魔する悪質な結界だ! こんなことができるのはあいつしかいない」
「八雲紫……っ!!! 絶対に許さん……!!!!」
下克上税による、鬼人正邪を追い詰める策略。一見完璧なように思えた。
しかし、八雲紫も予想しない、とんでもない手を正邪は次に実行したのである。
「そっちがその気なら、全部ひっくり返してやるよ……『下克上税』だ?? 弱い者からいつも巻き上げたがるよな、お前らは!」
「たまにはその気持ち味わってみなっ!!」
鬼人正邪は『下克上税』をひっくり返した。
◇
その日、八雲紫は外の世界にいた。
必ずドラクエ(ドラゴンクエスト)の新作が発売されたときには、朝早く列に並び、確実に手に入れるのである。
「では次のお客さまどうぞ」
「ふふ、私の出番ね」
八雲紫はテンションが上がっていた。テンションというのは、5上げる方ではなく、単純に機嫌が良いということである。
「もう既にあらゆる攻略ルートを想定しているわ。誰よりも早くクリアする自信があるくらい。あー、楽しみ〜!」
しかし、ここで『下克上税』の逆効果が発動!!!!
下克上されることもないような、強者たちに襲いかかる突然の災難!!!!
「えっ?」
バチッ!!!!
なんとゲームソフトを手に取れない!!!!
結界が発動してるが周りの普通の人間には見えるはずがなく、側からみればただの挙動不審!!!!
「なんで、あそこの人、ゲームソフトを取ろうとしては手を離してるんだろ」
「静電気とか?」
「あんな何回も連続も?」
「こちとら並んでるんだから早くしてよ!」
八雲紫は必死にゲームソフトを握る。
しかし結界がそれを弾く。
「お客さま、大変申し上げにくいのですが……」
結局、八雲紫はドラクエの新作を買うことは叶わなかった。今朝早く並んだ努力は水の泡となったのである。
◇
「お師匠さま」
「どうしたの、てゐ?」
ここは永遠亭。
月の頭脳こと、八意永琳がいつも通りカルテを読んでいたところ、因幡てゐが話しかけてきた。なぜかニヤニヤしている。
「最近ちょっと老けたんじゃない?」
ボコッバコッビギィィーーーン!
「なんだって?」
「はんでもはひません」
「……そもそも私が老けるわけないでしょ。不老不死なんだから」
「見た目が変わらないってことは、現時点で若く見えなかったらずっとそのままってことじゃ」
ボコッバコッビギィィーーーン! ビギィィーーーン!
「もう一回言ってくれる?」
「はんでもはひません」
とはいえ、実は永琳も少しは気にしていた。
老けることはないが、精神があまりにも年老いてるからか、その貫禄ゆえか、若くは見えないこともつくづく分かっていたからである。
「……蓬莱の薬を飲んだ人間でも、肌の若返り効果は期待できるのかしら?」
永琳はその頭脳をフルに使い、僅か一分程度で蓬莱人にも効く、肌の美容効果、若返り効果のある薬を開発した。
「これを飲めば私も!」
しかし、ここで『下克上税』の逆効果が発動!!!!
下克上されることもないような、強者たちに襲いかかる突然の災難!!!!
「えっ?」
バチッ!!!!
なんと薬を手に取れない!!!!
「若さに拒絶されてるウサwwwwwww」
ボコッバコッビギィィーーーン! ビギィィーーーン! ボコッバコッビギィィーーーン! バババババババキーーンバッキーアババ!
「なんだって???」
「すひませんでひた」
◇
風見幽香には近付いてはいけない。
その理由は単純明白で、彼女はあまりの残虐性とその力から、まず近付けば命はないと言われてるからだ。
「今日はこの向日葵畑を凍らせることで、あたいの実力を幻想郷に見せつける!」
「や、やめようよー! チルノちゃん!」
しかし、彼女のテリトリーである向日葵畑に命知らずがやってきた。氷の妖精である。大妖精が止めるも、止まる意思はない。
「へぇ、向日葵畑を凍らしに来たのね」
「えっ」
後ろを振り向くと、日傘の下からこちらへ微笑む女性が一人。
しかし、笑顔ではあるのだが、チルノには笑っているようには到底見えなかった。
「死にたいようね」
幽香の傘が左から右へ、一瞬振られただけで、チルノは蒸気となって消えた。きっと、どこかで復活しているだろう。
「ひぃぃぃ!」
一人取り残された大妖精は、泣く直前だった。
「止められなかったあなたも同罪。妖精なら一回死ぬくらい平気でしょ」
そうして、傘を振ろうとしたが、なぜか手が動かない。よく神経を研ぎ澄ませてみると、どうやら何かしらの結界が発動してるよう。
「……私の邪魔をするのは誰?」
「ひぃぃぃ!」
風見幽香の興味はもう、大妖精には向いてなかった。
「あなたはもういいわ。早くここから出て行きなさい」
「えっ?」
「興醒め。あなたは畑を荒らすつもりはないようだし、許してあげる」
風見幽香は踵を返し、自分の家へと歩き始めた。ティータイムを楽しみながら、邪魔をした何者かを見定めようとしたのである。
「待ってください!」
「なに?」
「さっきはごめんなさい! あなたの大切な畑を荒らそうとして……。でも、チルノちゃんは悪い子じゃないんです! ただ少しおてんばなだけで」
「なぜあなたが庇うの?」
「え、えっと、友達だから……」
びくびく怯えながら、それでも友達のためを思い行動する彼女を風見幽香は不思議と気に入った。
「ねぇ、あなた」
「ななななんでしょう!」
「怯えなくていいわ。だから、今から私とお茶会をしない? 美味しい茶葉があるの」
「お茶会、ですか……?」
「ええ、嫌?」
すると、彼女は怯えた顔から一気に嬉しそうな顔になった。
「そんなことないです!! お茶会すごく興味があります!!」
「ふふ、じゃあおいで。お喋りしましょう」
「はい!」
その後、これを機に大妖精と風見幽香は仲良くなった。そして、帰ってきたチルノは再び蒸気となったのである。
◇
「早苗」
「なんですか、神奈子様?」
「どうしても思い出せない言葉があるのだ」
「思い出せない言葉ですか」
「今いちばんこの状況で、言う必要がある言葉なのは分かっているんだが、思い出せない」
「それは大変ですねぇ」
「頼む、教えておくれ、早苗」
「えー、どうします? 諏訪子様?」
「うーん、普通は教えないよねぇ。だって今は勝負してるんだからさ」
UNOというゲームをご存知だろうか?
専用のカードを用い、配られた手札を早く0枚にした者が勝者となるゲームであり、対戦相手を妨害する役札が存在することと、残り手札が1枚となったときに「UNO」と宣言しなければならないことが特徴のカードゲームである。
そして当然ながら神奈子が忘れてしまった言葉とは。
UNOである。
ど忘れするなんて右脳をもっと鍛えないと、ウノうだけに。スルーしてください。
「しかし! しかし、これさえ突破すれば私は勝ちなんだぞ!?」
「ドンマイだね、神奈子」
「あ、ちなみにドンマイというのは英語のDon’t mindから来てるのは知ってましたか、諏訪子様!」
「おー、早苗は博識だねぇ。知ってたけど」
「えへへ」
一切自分に教える気のない二人に怒りを覚えた神奈子ではあったが、敵に情けをかけるべきではないのは自分もよく経験上分かっていた。
「どうすれば……! どうすればいいのだ……!」
だがここで神奈子、衝撃の事実に気付く。
カードの裏に『UNO』と普通に書いてあった。思わずニヤリ。
「勝ったぞっ!!!! この勝負!!」
「えっ!?」
「あちゃー、思い出しちゃったか」
「ウ……っ!」
しかし、ここで『下克上税』の逆効果が発動!!!!
下克上されることもないような、強者たちに襲いかかる突然の災難!!!!
「……」
「ウ? ウなんですか、神奈子様?」
「えっ、まさかそこまで出てて言えないの? 神奈子?」
神奈子は涙を流しながら二枚ドローした。
◇
「絶対に消し去ってやるっ!!!! 鬼人正邪!!!!」
空間が裂け、目の前に恐ろしい殺気を感じた。瞬時に距離を取ると、その正体が明らかになる。
八雲紫、だ……!
「けっ、ついにおでましか、八雲紫。あんたのしょうもない作戦をひっくり返してやったが、なんだ、そこまで怒ってるってことは……意外と効いたのか?」
「ドラクエを!!!! ドラクエが!!!! 貴様なんかのせいでぇぇぇ!!」
「ドラクエ?」
「美しく残酷にこの大地から往ね!」
ちなみに、自分のこのセリフに入ってる『大地』という言葉から、ドラゴンクエストVIのサブタイトル『幻の大地』を連想し、ますます怒りが倍増したという。
「何言ってるかは分かんねぇが、力ある者が富も権力も全て握り、弱い奴が搾取される時代はもう終わりを迎えたことは違いねぇ! 悪いが勝たせてもらうぞ八雲紫!」
「ドラクエの序曲を聴けない私の気持ちが分かるのかお前にぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「ねえ」
その瞬間、八雲紫も鬼人正邪も遠くに吹っ飛んだ。間に入り二人をぶん殴った人間がいたのである。
「なっ! お前は博麗!」
「邪魔しないで霊夢! こいつは私が消すって決めたんだから!」
「うっさい!!!!!」
さらに八雲紫は五発殴られ、鬼人正邪は地面に叩きつけられた。
「あんたらね、私がどんな目にあったか知ってる?」
「なにが力ある者が富も権力も全て握るだ!! 私はただでさえ食費削ってた暮らしだったのに、変な結界のせいで本当に何も食えなくなったんだぞ!!」
「萃香は、『霧になったらお腹空かなくなるかな〜』って笑いながら話して、ずっと霧になってる。そんなわけないのに、健気に霧になってる!」
「針妙丸は、『みんなのために魚を釣ってくるよ!』って笑いながら湖に行ってから、ずっと行方不明になってる。多分魚の餌になってる」
「あうんは、前に紫から貰った外の世界の『チキチキボーン』ってやつの骨をずっと齧ってる。もはや犬度が増して、神格が下がってる!」
「力あるやつがみんな成功してると思うなよ!!!! 私は今日もイメトレの技術だけが上がってるの!!!! これがあんたの望んだ下克上なの!?!? 正邪!!!!」
「あんたもあんたよ、紫!!!! ロクでもない結界を作りやがって!!!! 何がドラクエだ!! 昔教えてもらったわ、たしかおもちゃなんでしょ……? おもちゃは腹の足しになるのかしら!?!? ええ!!!!」
「「……」」
「黙ってないで何か言いなさいよ!!!!」
正邪も、紫も、流石に申し訳なかった。
「「ごめんなさい……」」
こうして、『下克上税』は廃止となった。
おわり
その名は『鬼人正邪』
幻想郷に下克上を願った者である。
◇
「私がわざと逃したのは、自明ゆえ、話す必要もないでしょう」
そう語るのは八雲紫。幻想郷の管理者である。
「……普通ならば決して許してはいけない哀れなレジスタンス、鬼人正邪」
「しかし、幻想郷の歯車として、ある程度の暴走ならば目を瞑ってきた。本人は革命を起こした気であるのだから、滑稽ですし、これからも、消す、まではいかないでしょう」
「ですが、少々最近は度が過ぎる。そこで私なりの制裁を考えました。藍」
「かしこまりました。説明変わらせていただきます」
彼女のそばに現れたのは、八雲紫の忠実な式、八雲藍。すらすらと、そのシステムについて語る。
「まず、彼女単体に何かしらの結界をかけるのは幻想郷の精神に反する可能性があります。そこで紫様は視点を変え、狙ってではなく結果的に鬼人正邪にだけ罰を与えるような、条件を組むことにしました」
「それが『下克上税』。紫様が考えた粋な策略でございます」
「下克上を起こすような、あまりよろしくない考えをお持ちの人物にだけに、かかる結界。条件付きなので術者への代償もあまりなく、揶揄う程度にはちょうどいい」
「その結界の影響を受けた輩は、あらゆることにおいて下克上税という概念がかかります。その名の通り、何か商品を買う際に遥か高い税がつくのはもちろんのこと、あらゆることに制約がつきます。そんな、つきまとう税」
「無力なレジスタンスには、かなり堪えることでしょう」
そう述べた後、八雲紫と八雲藍は高らかに笑った。そして、そんな謎の茶番スピーチに付き合っていた橙は頭の上にはてなマークをいくつも浮かべていたのである。
◇
「おばちゃん、この饅頭二つ」
「はいよ」
「えっと、四銭で良かったか?」
「いや……下克上税がかかるねぇ」
「は? 下克上税?」
「六銭でお願いします」
「おいおい! そんな税知らねぇぞ!? まさかこの私からぼったくろうとでもしてんのか!? それに下克上って……」
まさか人里の端っこに住んでる、こんなばばあにまで私の存在が知られてるのか……!?
「……よう分からんのじゃが、あなたからは多めにお金を取らないといけない気がするんじゃ。すまないのぉ」
「なっ」
意味分からん……こいつ、私が追われてるのも分かってなさそうだし、本当にそんな気がするだけで料金の上乗せを……?
「まあ、いいよ。これで良いだろ? 饅頭は貰っていくぜ」
「まいど〜」
◇
「もぐもぐ。どういうことだよ、こりゃ」
その後も、服、靴、お茶、どんなものにでも下克上税がついてきた。顔を隠しており正体はバレてないはずなのに……。
「こうなったらどっかで盗むしかねぇな。このままじゃすぐにお金が尽きる。さてさて、小金持ちでも探すか」
こっそり人里の大きな民家に忍び込む。
「このお金も、将来の素晴らしい革命のための投資だと思って。ふ、悪いね」
金庫を触ろうとした瞬間、まるで静電気のように手にバチッと痛みが走る。
「っ! なんだ!?」
「……この金庫についてる機能か? いや、このタイプはよく知ってる。そんな機能はないはずだ」
「それに、この種の痛みは結界だ。忌まわしい結界の痛みがした……!」
金庫自体には、結界は仕込まれてない。しかし、私が触ろうとした瞬間に結界が生じる。
また、結界が発動した後、周りに妖怪や博麗の気配は感じなかった。
「つまり、これは幻想郷全体に張られた結界……それも、私ばかりを邪魔する悪質な結界だ! こんなことができるのはあいつしかいない」
「八雲紫……っ!!! 絶対に許さん……!!!!」
下克上税による、鬼人正邪を追い詰める策略。一見完璧なように思えた。
しかし、八雲紫も予想しない、とんでもない手を正邪は次に実行したのである。
「そっちがその気なら、全部ひっくり返してやるよ……『下克上税』だ?? 弱い者からいつも巻き上げたがるよな、お前らは!」
「たまにはその気持ち味わってみなっ!!」
鬼人正邪は『下克上税』をひっくり返した。
◇
その日、八雲紫は外の世界にいた。
必ずドラクエ(ドラゴンクエスト)の新作が発売されたときには、朝早く列に並び、確実に手に入れるのである。
「では次のお客さまどうぞ」
「ふふ、私の出番ね」
八雲紫はテンションが上がっていた。テンションというのは、5上げる方ではなく、単純に機嫌が良いということである。
「もう既にあらゆる攻略ルートを想定しているわ。誰よりも早くクリアする自信があるくらい。あー、楽しみ〜!」
しかし、ここで『下克上税』の逆効果が発動!!!!
下克上されることもないような、強者たちに襲いかかる突然の災難!!!!
「えっ?」
バチッ!!!!
なんとゲームソフトを手に取れない!!!!
結界が発動してるが周りの普通の人間には見えるはずがなく、側からみればただの挙動不審!!!!
「なんで、あそこの人、ゲームソフトを取ろうとしては手を離してるんだろ」
「静電気とか?」
「あんな何回も連続も?」
「こちとら並んでるんだから早くしてよ!」
八雲紫は必死にゲームソフトを握る。
しかし結界がそれを弾く。
「お客さま、大変申し上げにくいのですが……」
結局、八雲紫はドラクエの新作を買うことは叶わなかった。今朝早く並んだ努力は水の泡となったのである。
◇
「お師匠さま」
「どうしたの、てゐ?」
ここは永遠亭。
月の頭脳こと、八意永琳がいつも通りカルテを読んでいたところ、因幡てゐが話しかけてきた。なぜかニヤニヤしている。
「最近ちょっと老けたんじゃない?」
ボコッバコッビギィィーーーン!
「なんだって?」
「はんでもはひません」
「……そもそも私が老けるわけないでしょ。不老不死なんだから」
「見た目が変わらないってことは、現時点で若く見えなかったらずっとそのままってことじゃ」
ボコッバコッビギィィーーーン! ビギィィーーーン!
「もう一回言ってくれる?」
「はんでもはひません」
とはいえ、実は永琳も少しは気にしていた。
老けることはないが、精神があまりにも年老いてるからか、その貫禄ゆえか、若くは見えないこともつくづく分かっていたからである。
「……蓬莱の薬を飲んだ人間でも、肌の若返り効果は期待できるのかしら?」
永琳はその頭脳をフルに使い、僅か一分程度で蓬莱人にも効く、肌の美容効果、若返り効果のある薬を開発した。
「これを飲めば私も!」
しかし、ここで『下克上税』の逆効果が発動!!!!
下克上されることもないような、強者たちに襲いかかる突然の災難!!!!
「えっ?」
バチッ!!!!
なんと薬を手に取れない!!!!
「若さに拒絶されてるウサwwwwwww」
ボコッバコッビギィィーーーン! ビギィィーーーン! ボコッバコッビギィィーーーン! バババババババキーーンバッキーアババ!
「なんだって???」
「すひませんでひた」
◇
風見幽香には近付いてはいけない。
その理由は単純明白で、彼女はあまりの残虐性とその力から、まず近付けば命はないと言われてるからだ。
「今日はこの向日葵畑を凍らせることで、あたいの実力を幻想郷に見せつける!」
「や、やめようよー! チルノちゃん!」
しかし、彼女のテリトリーである向日葵畑に命知らずがやってきた。氷の妖精である。大妖精が止めるも、止まる意思はない。
「へぇ、向日葵畑を凍らしに来たのね」
「えっ」
後ろを振り向くと、日傘の下からこちらへ微笑む女性が一人。
しかし、笑顔ではあるのだが、チルノには笑っているようには到底見えなかった。
「死にたいようね」
幽香の傘が左から右へ、一瞬振られただけで、チルノは蒸気となって消えた。きっと、どこかで復活しているだろう。
「ひぃぃぃ!」
一人取り残された大妖精は、泣く直前だった。
「止められなかったあなたも同罪。妖精なら一回死ぬくらい平気でしょ」
そうして、傘を振ろうとしたが、なぜか手が動かない。よく神経を研ぎ澄ませてみると、どうやら何かしらの結界が発動してるよう。
「……私の邪魔をするのは誰?」
「ひぃぃぃ!」
風見幽香の興味はもう、大妖精には向いてなかった。
「あなたはもういいわ。早くここから出て行きなさい」
「えっ?」
「興醒め。あなたは畑を荒らすつもりはないようだし、許してあげる」
風見幽香は踵を返し、自分の家へと歩き始めた。ティータイムを楽しみながら、邪魔をした何者かを見定めようとしたのである。
「待ってください!」
「なに?」
「さっきはごめんなさい! あなたの大切な畑を荒らそうとして……。でも、チルノちゃんは悪い子じゃないんです! ただ少しおてんばなだけで」
「なぜあなたが庇うの?」
「え、えっと、友達だから……」
びくびく怯えながら、それでも友達のためを思い行動する彼女を風見幽香は不思議と気に入った。
「ねぇ、あなた」
「ななななんでしょう!」
「怯えなくていいわ。だから、今から私とお茶会をしない? 美味しい茶葉があるの」
「お茶会、ですか……?」
「ええ、嫌?」
すると、彼女は怯えた顔から一気に嬉しそうな顔になった。
「そんなことないです!! お茶会すごく興味があります!!」
「ふふ、じゃあおいで。お喋りしましょう」
「はい!」
その後、これを機に大妖精と風見幽香は仲良くなった。そして、帰ってきたチルノは再び蒸気となったのである。
◇
「早苗」
「なんですか、神奈子様?」
「どうしても思い出せない言葉があるのだ」
「思い出せない言葉ですか」
「今いちばんこの状況で、言う必要がある言葉なのは分かっているんだが、思い出せない」
「それは大変ですねぇ」
「頼む、教えておくれ、早苗」
「えー、どうします? 諏訪子様?」
「うーん、普通は教えないよねぇ。だって今は勝負してるんだからさ」
UNOというゲームをご存知だろうか?
専用のカードを用い、配られた手札を早く0枚にした者が勝者となるゲームであり、対戦相手を妨害する役札が存在することと、残り手札が1枚となったときに「UNO」と宣言しなければならないことが特徴のカードゲームである。
そして当然ながら神奈子が忘れてしまった言葉とは。
UNOである。
ど忘れするなんて右脳をもっと鍛えないと、ウノうだけに。スルーしてください。
「しかし! しかし、これさえ突破すれば私は勝ちなんだぞ!?」
「ドンマイだね、神奈子」
「あ、ちなみにドンマイというのは英語のDon’t mindから来てるのは知ってましたか、諏訪子様!」
「おー、早苗は博識だねぇ。知ってたけど」
「えへへ」
一切自分に教える気のない二人に怒りを覚えた神奈子ではあったが、敵に情けをかけるべきではないのは自分もよく経験上分かっていた。
「どうすれば……! どうすればいいのだ……!」
だがここで神奈子、衝撃の事実に気付く。
カードの裏に『UNO』と普通に書いてあった。思わずニヤリ。
「勝ったぞっ!!!! この勝負!!」
「えっ!?」
「あちゃー、思い出しちゃったか」
「ウ……っ!」
しかし、ここで『下克上税』の逆効果が発動!!!!
下克上されることもないような、強者たちに襲いかかる突然の災難!!!!
「……」
「ウ? ウなんですか、神奈子様?」
「えっ、まさかそこまで出てて言えないの? 神奈子?」
神奈子は涙を流しながら二枚ドローした。
◇
「絶対に消し去ってやるっ!!!! 鬼人正邪!!!!」
空間が裂け、目の前に恐ろしい殺気を感じた。瞬時に距離を取ると、その正体が明らかになる。
八雲紫、だ……!
「けっ、ついにおでましか、八雲紫。あんたのしょうもない作戦をひっくり返してやったが、なんだ、そこまで怒ってるってことは……意外と効いたのか?」
「ドラクエを!!!! ドラクエが!!!! 貴様なんかのせいでぇぇぇ!!」
「ドラクエ?」
「美しく残酷にこの大地から往ね!」
ちなみに、自分のこのセリフに入ってる『大地』という言葉から、ドラゴンクエストVIのサブタイトル『幻の大地』を連想し、ますます怒りが倍増したという。
「何言ってるかは分かんねぇが、力ある者が富も権力も全て握り、弱い奴が搾取される時代はもう終わりを迎えたことは違いねぇ! 悪いが勝たせてもらうぞ八雲紫!」
「ドラクエの序曲を聴けない私の気持ちが分かるのかお前にぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「ねえ」
その瞬間、八雲紫も鬼人正邪も遠くに吹っ飛んだ。間に入り二人をぶん殴った人間がいたのである。
「なっ! お前は博麗!」
「邪魔しないで霊夢! こいつは私が消すって決めたんだから!」
「うっさい!!!!!」
さらに八雲紫は五発殴られ、鬼人正邪は地面に叩きつけられた。
「あんたらね、私がどんな目にあったか知ってる?」
「なにが力ある者が富も権力も全て握るだ!! 私はただでさえ食費削ってた暮らしだったのに、変な結界のせいで本当に何も食えなくなったんだぞ!!」
「萃香は、『霧になったらお腹空かなくなるかな〜』って笑いながら話して、ずっと霧になってる。そんなわけないのに、健気に霧になってる!」
「針妙丸は、『みんなのために魚を釣ってくるよ!』って笑いながら湖に行ってから、ずっと行方不明になってる。多分魚の餌になってる」
「あうんは、前に紫から貰った外の世界の『チキチキボーン』ってやつの骨をずっと齧ってる。もはや犬度が増して、神格が下がってる!」
「力あるやつがみんな成功してると思うなよ!!!! 私は今日もイメトレの技術だけが上がってるの!!!! これがあんたの望んだ下克上なの!?!? 正邪!!!!」
「あんたもあんたよ、紫!!!! ロクでもない結界を作りやがって!!!! 何がドラクエだ!! 昔教えてもらったわ、たしかおもちゃなんでしょ……? おもちゃは腹の足しになるのかしら!?!? ええ!!!!」
「「……」」
「黙ってないで何か言いなさいよ!!!!」
正邪も、紫も、流石に申し訳なかった。
「「ごめんなさい……」」
こうして、『下克上税』は廃止となった。
おわり
正邪にかける新たな制裁を税と形容するセンスがとてもいいと思いました