うだるようだった暑さもいくらか落ち着いて、ひんやりとした爽やかな風が吹くようになったある日。
チルノは小さな身体を大の字に広げて、気持ちよさげに寝息をたてていました。
なにやら夢を見ているのでしょうか。
ようやく昼寝もしやすい気候になってきたおかげか、彼女は緩み切った顔でむにゃむにゃとなにごとかを口にしています。
そんな氷の妖精少女の様子を、すぐそばからそっと伺(うかが)っている金髪の少女がひとり。
きっと、チルノにかき氷でも作ってもらいにきたのでしょう。
気の早いことに、彼女の手には涼しげなガラスの器が用意されていたのでした。
「おーい、いつまで寝てるのよ。チルノってば、早く起きなさいよ」
「んにゅ…… あと三か月……」
「冬まで寝るつもりかっ!
ああもう、だから起こす役なんてイヤだったのよ。
だいたい、本来なら私は起こされるほうの役じゃない!」
無防備な脇腹をつついてみても、だらしなく緩んだ頬をつねってみても、相変わらずチルノは夢の中。
それを前にして、サニーは「もう飽きた」とばかりな顔で口を尖らせています。
彼女はルナやスターと連れ立ってチルノの家までやってきて、公平なるジャンケンの結果、様子を見に行く役を押し付け……いえ、任されることになっていたわけでした。
そして、こうして昼寝中のチルノを起こそうとしているのですが、どうにもなかなか上手くいきません。
ルナやスターが起こしにきたときの自分もこんな状態なのかなと考えつつ、いつもどうやって起こされていたかを思い出そうとしてみるのですが……
そのときはたいてい寝ぼけているせいで、ちっとも思い出すことができません。
こうなったら、目を覚ますまでつついたりくすぐったりするしかないのでしょう。
サニーはヤケを起こしたような顔で、のんきに寝言をこぼす少女の脇腹を、お腹を、足裏をつつき回していくのでした。
「むにゃ…… んぅっ、なんだよぉ……」
それでも、効果がないわけではなかったようです。
チルノは確実に反応を示すようになってきて、サニーの手を振り払うような仕草を見せています。
その様子は、自分が無理矢理に起こされるときと同じ行動のような気がして胸が痛くなるのですが、これもかき氷にありつくためというもの。
陽の光の少女は何も考えないようにして、根気よくチルノをくすぐりまわしていきます。
すると……
「んにゃ…… ラルバぁ、おっぱい……」
少女の口から、この場にいる相手を勘違いしているかのような寝言がこぼれていきました。
とはいえ、それはとても正気とは思えないような言葉です。
「は……? チルノ、何言ってんの……?」
さすがのサニーも、これにはドン引きせずにはいられなかったようでした。
顔を引きつらせながら距離を置き、彼女はそっとこの場を後にしようとしていきます。
たぶんきっと、このままチルノも寝たままならよかったのでしょう。
彼女も何も知らずにすみましたし、サニーだって今のことは「おかしなものを見た」と、胸の奥にしまい込んでいたかもしれません。
ですが……いわば最悪のタイミングで、チルノは寝ぼけなまこながらにムクリと身を起こしてしまいました。
「んんぅ……誰だよぉ 大ちゃん? それともラルバ……?」
「………」
くっついたままなかなか離れてくれないまぶたをこすって、ぼやけた視界に相手を映し込んでいく少女。
その目には、名前の挙がった少女たちの若草色や青空色とは違う、陽の光のような色の髪が入り込んできます。
そこで彼女はハッとしたように目を見開きました。
寝起き間際の寝言はぼんやりと頭に残っていて、思いもしない相手にそれを聞かれたことを理解していったのです。
「サニー、なんでここに!?」
「あんたを起こしに来たのよ。それよりも……」
目を泳がすサニー。
顔を真っ赤にさせていくチルノ。
それは恥ずかしさからだけではありません。
勝手に部屋へと入ってきて、聞かれたくないことを聞かれたということに腹がたってきてしまったのです。
ですが、それがよくありませんでした。
ムキになってきたチルノを見たサニーは、ドン引きしていた気持ちをイタズラ心に変えて、彼女をおちょくりだすようにニタニタと笑みを浮かべ始めたのです。
「ふふっ、あはははっ♪ おもしろいこと聞いちゃったー♪
『ラルバー、おっぱいー』とか言っちゃって、チルノってばどんなスケベな夢見てたのよ」
「う、うるさいうるさいっ 夢なんだから仕方ないだろ!」
「普段からやらしーいこと考えてる人じゃないとそんな夢なんて見ないでーす♪
あははっ、みんなに言いふらしてやろーっと!」
「あっ こら、待てーっ!」
パタパタと駆け出していくサニー
一瞬だけポカンとしてから慌てて走り出していくチルノ。
いくらなんでも、あんな恥ずかしいことを言いふらされたりしたらたまったものではありません。
ラルバ本人や、名の無い大妖精の耳にでも入った日には大変なことになってしまうでしょう。
その前に捕まえて、力づくでも黙らせる……
氷の少女はムキになった顔で、イタズラな陽の光の妖精を追いかけていくのでした。
そんな追いかけっこが始まる少し前。
チルノの家の外ではルナとスターがのんびりと腰を下ろして、サニーが出てくるのを待っていました。
とは言っても、普段彼女と一緒に暮らしているふたりです。
起こされるのはともかく、人を起こす側になることなんてほとんどないサニーでは、上手くいくわけなんてないと思っている様子。
「大丈夫かなぁ。
ねぇスター、ちょっと人選ミスだったんじゃないの?」
気遣わし気に扉を見つめるルナ。
でも彼女が心配しているのはサニーのことではなく、かき氷のことみたいです。
月の光の少女は手持ち無沙汰そうに、ガラスの器をもてあそんでいるのでした。
「それならジャンケンで負けてあげればよかったのに。
サニーが最初になにを出すことが多いか、ルナだってわかってるんでしょ?」
その近くでは、木陰で涼みながら花を眺めているスター。
時間がかかるだろうことを見越していたらしい彼女は、今もゆっくりとひと休みの最中です。
自分の興味あること以外はやりたくない、できれば人に任せたい……
そんな気質を大なり小なり持っている妖精ふたり。
だから彼女たちはジャンケンという公平に見える方法で、昼寝中のチルノを起こす役を決めることにしたのでした。
けれどそれは、ルナとスターにとっては出来レースと言っていいようなもの。
サニーが高確率で初手にグーを出すことをちゃーんと知っていたふたりは、見事に一発で勝負を決めていたわけでした。
もっとも、それが得策だったのかについては、ルナは今になって疑問を覚えだしてきたようですが。
「ちょっと様子を見てきたほうがいいのかなぁ。
これじゃいつまで経ってもかき氷にありつけないわ」
「起こしにいくの? ならいい物があるわ♪」
「言っておくけど爆弾はダメだからね。
下手したら一回休みになってかき氷どころじゃなくなるから」
「もう、誰がそんな物騒なことするっていうのよ♪
私はただ、窓から爆竹を放り込もうかなって思っただけで……」
そんなときのことでした。
チルノの家の扉が弾け飛ぶように開かれて、サニーが騒がしく飛び出してきたのは。
「えっ サニー、どうしたの?」
「ふたりとも、弾幕ごっこよ! チルノの足を止めさせて!」
「あらあら、かき氷食べにきたのにそれどころじゃなくなっちゃったみたいね」
どうやら、完全に人選ミスだったようです。
だけど今になってそんなことを言っても仕方ありません。
ルナとスターはサニーに言われるがまま、ふわりと宙に舞い上がって臨戦態勢をとっていくのでした。
「待てー! お前の好きになんてさせないぞ!」
それから少し遅れて出てきたチルノが、空で待ち受けていた三人を前にしてますます目をつり上げさせていきます。
そしてそのまま、サニー目がけて大きな氷の塊を投げつけていきます。
けれど、ちょっとムキになりすぎたのかもしれません。
真っ正直に狙った最初の一発は、ヒラリとサニーに避けられてしまいました。
「サニー、なにやったの?
陽の光を集めて照射でもしたの?」
突然のことになにごとかと尋ねるルナ。
「違うわよ。面白いこと聞いちゃったから、みんなに言いふらしてやろうと思って…… ほいっと」
それに応えながら、続けざまに飛んできた二発目、三発目をかわしていくサニー。
やや離れたところでは、スターがそ知らぬ顔でなにやらカバンをあさっています。
「このやろっ、このやろっ、このやろーーー!!」
そんな中で、チルノはデタラメに氷の粒をばら撒きだしていました。
ルナやスターという取り巻きも、みんなまとめてやっつけてやる……というわけではなく、彼女たちがまだ完全に協調モードに入っていない内に、大技でサニーを仕留めてやろうと考えているのです。
それはまるで、氷の桜吹雪のよう。
青空の中で無数の細かい氷の粒がキラキラときらめいて、サニーはもちろん、近くにいるルナをも囲い込んでいきます。
きっと彼女たちが小さな並の妖精だったら、これだけで怯(ひる)んで戦意を喪失していたことでしょう。
「サニー、来るわよ!」
「わかってるわよ、やられるもんか!」
でも、ふたりはチルノのことをよーく知っています。
こうして細かい氷をばら撒きだしたときというのは、チルノの得意技でもあり彼女を象徴する技でもある、パーフェクトフリーズを繰り出そうとしているときなのです。
そしてもちろん、そこまで解っていて好きにさせるわけがありません。
「無闇に撒き散らせばいいってもんじゃないのよ!
サンシャインブラストーっ!」
両手両脚を大きく広げたサニーから、目もくらむばかりの光があふれていきました。
それは波のように周囲へ広がっていき、氷の粒もろともチルノを飲み込んでいきます。
「うぅっ めんどくさいことしてくれちゃって……!」
これにはチルノも手を止めずにはいられませんでした。
とっさに腕をかざしたおかげで目がくらむのは避けられたものの、氷たちに当たって乱反射する光が矢のように周りを飛び交っていて、それをかわすことに集中しなければならなくなったのです。
きっとここでさらなる追撃を受けたらどうすることもできなかったでしょう。
ところが、そんな追い打ちをかける役の少女たちもそれどころではない様子。
「ちょっと! 無闇に撒き散らしてるのはどっちなのよ!」
氷たちに囲まれつつあったルナが、完全に光の矢のとばっちりを受けて抗議の声をあげていました。
これでは援護どころではありません。
「もう、サニーもチルノもすぐにムキになるんだから」
そしてそれはスターのほうも同様です。
彼女は涼しい顔をしながら流れ弾をかわしつつ、これ以上の巻き添えはゴメンだとばかりに様子見に入っています。
つまり今の瞬間をしのげば、この勝負に勝つことができるというもの。
ルナとスターが協力する気になっていない今のうちに決着をつけてしまえば、サニーを捕まえることができるわけなのです。
だからチルノは細かい光が肌を焼いていくのも構わずに、避けることを捨てて得意技を繰り出す準備に入っていきました。
余計なことには気を向けず、一番の標的だけへ意識のすべてを集中させ始めていきました。
そして、彼女の中で冷気と気合が十分に高まったところで。
「カチコチになって反省しろ! ひっさつ……」
「チールノっ♪ 目覚ましにいいものあげるわね♪」
意識の外から、いつの間にか距離を詰めていた誰かが何かを放り寄越してきたのでした。
「ほえ?」
ついつい反射的に手を出してそれを受取ろうとするチルノ。
そこへ向けて、細かく小さな筒が束ね連ねられたものが飛び込んできて……
パァン! パパパパパチーンっっ!!
「のわわわわーーーっ!? な、なんだよこれーっっ!!」
それは、けたたましい破裂音をたてながらチルノの前で弾け飛んでいくのでした。
「えっ、スター!? ちょっと、なにやったの!?」
「スターってば、冗談だと思ってたのに本当に爆竹を持ってきてたなんて……」
突然のことに呆然とするサニー。
耳を塞ぎつつ口をあんぐりとさせるルナ。
その場所にいる全員が驚き困惑している中で、スターただひとりだけがニコニコと笑顔を見せています。
「ほらほら、なにか追いかけっこしてたんでしょ?
今のうちに逃げちゃいましょ♪」
「ま、待てっ! そうはさせな……わぎゃーーー!?」
そうかと思うと、さらにカバンから爆竹を取り出して火をつけて、バラバラと撒き散らしながら逃げ去っていくスター。
彼女は、火花と煙に囲まれながら怒声を上げるチルノを後にさっさと飛び去っていってしまいます。
そんな少女の背中を少しのあいだ見送ってから。
やがて我に返ったらしいサニーが、ドタバタとした動きで後を追いかけだしていきます。
「ルナ、足止めよろしく!」
「……今度ケーキでもおごってもらうからね。
ルナティックレイン!」
そして最後に残ったルナが、チルノへ向けて静かに両手を向けていくと。
まるで急な夕立のように光の雨が降り注ぎ始めていき、すべての音を包み込みながら周りを霞ませていくのでした。
「こ、こらー! 逃げるなサニーっ!
本当に言いふらしたりしたら、絶対ただじゃおかないんだからなーっっ!!」
こうなってしまうと、もうチルノは悔しさいっぱいに叫ぶことしかできません。
爆竹で動揺させられて気持ちが挫かれて。
その上さらに目と耳をかく乱されてしまっては、もうどうすることもできなくなってしまったのです。
やがて光の雨粒が消えた頃には、三人の妖精の気配はすっかりなくなってしまっていました。
今の僅かのあいだで遠くまでは行けないハズなのですが、サニーとルナに特技を使われてしまっては完全に身を隠されてしまうわけなのです。
「朝からサイアクだよ、こんなの……」
うなだれながら地面へと降り立っていくチルノ。
寝言という、どうしようもないことでバカにされるなんて、そんなの納得もできませんし悔しくて仕方ありません。
でもだからって、ここで歯がしみしているだけでは恥ずかしい寝言をみんなに言いふらされてしまうばかりです。
そんなことになったら、しばらくはみんなからオモチャ扱いされるに決まっています。
「やだよ、そんなの絶っ対やだ!」
どうすればいいんだろう。
考えるのは苦手でしたが、それでもチルノは懸命に頭をフル回転させていきました。
サニーから話を聞いてバカにしてくる相手を片っ端からやっつけてしまおうか……
真っ先にそんなことが頭をよぎりましたが、きっとそれはいい結果に進んでくれないでしょう。
だって今だって、力づくで止めようとしたのがうまくいかなかったのですから。
それならば……と次に考えたのは、サニーに先回りしてみることでした。
たぶん彼女は、寝言として出てきた相手であるラルバのもとへ真っ先に向かっていくことでしょう。
その前に彼女に事情を話しておけば、サニーの話も軽く聞き流してくれるかもしれません。
そうなってくれれば、おもしろい反応を得ることができずにイタズラ心を白けさせる結果に繋がっていくこともあるというもの。
「カッコ悪いけど、そんなこと言ってられないもんね……」
ラルバならよく遊ぶ仲ですし、この時期はどこにいるかもよく解っています。
逆にサニーたちはそれを知らないハズですし、今からでも先回りできる可能性はあるでしょう。
そうまで考えたところで、チルノは躊躇(ためら)いの気持を覚えつつもひまわり畑のほうへと飛び立っていくのでした。
「げっ あいつら、もう来ちゃってるじゃん!」
太陽へ顔を向ける花たちの中に、俯(うつむ)き加減なものも目立ち始めてきたひまわり畑。
真っ直ぐにこちらを目指してきたつもりだったのですが、そこにはすでにサニーたちの姿がありました。
それでも、まだ寝言のことは伝えられていないみたいです。
先回りすることは叶いませんでしたが、それでも横で弁解することはできるでしょう。
チルノは急いでラルバたちのもとへと舞い降りていくのでした。
「ラルバ!」
「あれ、チルノまで…… みんなで急に集まってきたりしてどうしたの?」
「ふっふ~ん、今さら来たって恥かくだけなのに♪」
息せき切って呼びかけるチルノ。
慌ただしくやってきた友人たちに小首を傾げるラルバ。
そしてサニーは仲間ふたりを後ろに従えつつ、勝ち誇ったような顔をしています。
とはいえ、ルナやスターは詳しいことを何も聞かされていないようです。
彼女たちは、とっておきのおもしろい話があると言いたげな顔をしているサニーの後ろで、何が始まるんだろうとばかりに視線を交えていたのでした。
「……で、とにかく聞いてよラルバ。
チルノってば、変なこと言っちゃっててさー」
そんな中で、得意げなサニーがさっきのことを話し始めていきます。
「変なこと? チルノ、なにがあったの?」
「………」
耳を傾けつつ、チラリと視線を向けてくるラルバ。
けれどチルノはそこで騒ぎ立てることなく、言いたいことを我慢するように口をへの字にして黙り続けていきます。
「なんかね、変な夢でも見てたみたいでね、寝言でこんなこと言ってたんだよ。
『ラルバー、おっぱいー』だなんてさー!」
その瞬間、まるで時間が止まったかのようでした。
草葉が風に揺れる音。
遠くから聞こえてくるセミの声。
それだけが、何秒かのあいだだけ辺りを支配していきます。
その沈黙に、サニーの得意顔が少し引きつったような陰をにじませました。
ラルバが鮮やかな羽をヒラヒラさせながら、キョトンと目をまたたかせていました。
そして……
「えっと……寝言、なんだよね?」
アゲハの少女が、確かめるような視線をチルノへ送ります。
それにコクンと頷くと、ラルバは事態を飲み込めたような顔を見せていきます。
「別に大騒ぎすることでもないんじゃない?
だって寝言なんだもん」
「で、でも『おっぱい』はないでしょー 変な夢見ちゃってさー」
「まあ、夢なんてだいたい変なものばっかりだもんね」
どうやら、こうしてラルバのもとに駆け付けたのは正解だったようでした。
こうして慌ただしく集まってきたことで、何事かと思わせることになったせいか。
それとも、チルノがこの場に居合わせることになっていたためなのか。
話を聞きながらも、アゲハの少女は何でもないような顔で冷静な反応を示してくれたのです。
「サニーったら、面白い話ってそれだけなの?」
しかも、一緒にそれを聞いたスターも、期待外れだというような空気をにじませていきます。
要領のいい彼女のことですし、サニーよりもラルバに同調したほうがよさそうだと瞬時に乗り換えをはかったのでしょう。
「い、いや、だけどさ……」
「そもそも、人の寝言を茶化すのってどうなのかなって思っちゃうけどな」
「それもそうよね。ラルバの言う通りだと思う」
「ルナまでそんなこと言う!?
なによ! さっきは協力してくれたのに、裏切り者ー!!」
「だって、詳しいこと聞かされてなかったもの」
そうとなれば、ルナも場の空気に流されてラルバたちのほうについてしまうというもの。
サニーは思いもかけず三人からたしなめられることになってしまい、納得がいかないとばかりにジタバタと地団駄を踏んでいきます。
そしてそんな彼女たちのことを見つめながら、チルノはただただ目を丸くさせてポカンとした顔をしていました。
恥ずかしい思いをさせられて、ラルバにも呆れられてしまうかと思っていたのに。
そうなってしまっては大変だと、あんなに必死になっていたというのに。
それがまったくの思い過ごしだったということになって、すっかり気が抜けてしまったのです。
「サニー、イタズラはいいけど友達の嫌がることはしちゃダメだよ?」
「はいはい、ラルバの言う通りですよーだ!
まったくもう、なんでお説教なんてされなきゃいけないのよ。私、もう帰る!」
「サニー、かき氷はどうするの?」
「いいわよそんなの!
食べたければルナが自分で頼めばいいでしょ!」
「やれやれ、すっかりご機嫌ナナメね。ルナ、帰りましょ」
気まずさからいたたまれなくなったのでしょう。
サニーがふてくされながら器を放り出して空へと逃げ去っていき、ルナとスターも苦笑いとともに後を追いかけていきます。
にわかな騒がしさから、静けさが戻ってきたひまわり畑。
そんな中でふたりきりになったところで、相変わらず呆然としたままのチルノへラルバがクスリと笑いかけてきてくれます。
「よかったね、笑いものにされずにすんで。
これでほかの子のところに真っ先に行かれてたら、ちょっと大変なことになってただろうし」
「うん……ありがとう、ラルバ」
そこについては本当に運がよかったとしか言えませんでした。
もしもサニーが最初に向かった先が、ピースや大妖精といった相手のところだったら?
ピースなら同調して騒ぎ立てていた可能性が高いですし、大妖精の場合は本人はともかくとして彼女の妹分たちが少しザワついていたかもしれません。
そんなことにならないでよかった、読みが当たってくれてよかった。
恥をかくかもだけど、ラルバのところへ駆けつけて正解だった……
チルノはただただ胸を撫で下ろすばかりでした。
「でも、おっぱいだなんて…… そんな願望持ってたの?」
「持ってるわけないだろ!
夢なんてわけのわからないものだって言ってたクセに、なんで本気にするんだよ……」
「なーんだ、お望みだったら応えてあげてもよかったのに♪
ほら、ミルク入りのかき氷ですよー、とか」
そんな物わかりのいい振舞いをするラルバでも、イタズラ心というものはしっかり持ち合わせているのでしょう。
彼女は、サニーが放り出していったかき氷の器を手に取って、そこへ向けて母乳をしぼり注ごうとするように服をめくり上げていきます。
「ちょっ……!? ラルバ、なにやってるんだよ!
そんなの望んでないから! ただの意味のわからない寝言だって言ってるだろ!!」
「あははっ、冗談だってばー♪
それに、誰かが見てるわけでもないんだし、このくらいで動揺することないじゃない」
あまりのことに慌てふためく氷の少女。
その様子にケタケタと笑うアゲハの少女。
けれどどうやら、このときはチルノのほうが正しい反応をしたと言えるのでしょう。
風がそよいだのか、ひまわりが揺れて葉をカサカサと鳴らしていきました。
そして、ふたりがなんとなくそちらへと目を向けていくと……
「だ、大ちゃん……」
そこでは若草色の髪をした少女が、信じられないものを見たかのように目を大きく見開いていたのでした。
「え、えっと…… 邪魔しちゃったみたいだから、どこかに行ってるね」
「いやいやいやいや、違うんだって! これはラルバの悪ふざけなんだって!
だから邪魔とかそういうのじゃなくって……
ちょっと待ってよ、大ちゃんってばーーー!!」
愛想笑いを貼り付けて、名の無い少女がそっと場を後にしていきます。
もちろんその後を、顔を青ざめさせたチルノがバタバタと追いかけだしていきます。
「あー、えっと…… ちょっとやりすぎちゃったかな……」
冗談でやったことでしかないのですが、果たしてそう説明して解ってもらえるのでしょうか。
そこは少し望み薄ですが、チルノひとりに任せるよりもラルバも一緒に話したほうがまだ可能性があるというものでしょう。
アゲハの少女は、どうやって説明すれば解ってもらえるのかと考えながら、ふたりの背中を追いかけだしていくのでした。
静けさが戻ったひまわり畑。
風に揺られて音を奏でる花や葉たちは、騒がしい妖精たちの姿にクスリと笑いをこぼしているかのようでした。
チルノは小さな身体を大の字に広げて、気持ちよさげに寝息をたてていました。
なにやら夢を見ているのでしょうか。
ようやく昼寝もしやすい気候になってきたおかげか、彼女は緩み切った顔でむにゃむにゃとなにごとかを口にしています。
そんな氷の妖精少女の様子を、すぐそばからそっと伺(うかが)っている金髪の少女がひとり。
きっと、チルノにかき氷でも作ってもらいにきたのでしょう。
気の早いことに、彼女の手には涼しげなガラスの器が用意されていたのでした。
「おーい、いつまで寝てるのよ。チルノってば、早く起きなさいよ」
「んにゅ…… あと三か月……」
「冬まで寝るつもりかっ!
ああもう、だから起こす役なんてイヤだったのよ。
だいたい、本来なら私は起こされるほうの役じゃない!」
無防備な脇腹をつついてみても、だらしなく緩んだ頬をつねってみても、相変わらずチルノは夢の中。
それを前にして、サニーは「もう飽きた」とばかりな顔で口を尖らせています。
彼女はルナやスターと連れ立ってチルノの家までやってきて、公平なるジャンケンの結果、様子を見に行く役を押し付け……いえ、任されることになっていたわけでした。
そして、こうして昼寝中のチルノを起こそうとしているのですが、どうにもなかなか上手くいきません。
ルナやスターが起こしにきたときの自分もこんな状態なのかなと考えつつ、いつもどうやって起こされていたかを思い出そうとしてみるのですが……
そのときはたいてい寝ぼけているせいで、ちっとも思い出すことができません。
こうなったら、目を覚ますまでつついたりくすぐったりするしかないのでしょう。
サニーはヤケを起こしたような顔で、のんきに寝言をこぼす少女の脇腹を、お腹を、足裏をつつき回していくのでした。
「むにゃ…… んぅっ、なんだよぉ……」
それでも、効果がないわけではなかったようです。
チルノは確実に反応を示すようになってきて、サニーの手を振り払うような仕草を見せています。
その様子は、自分が無理矢理に起こされるときと同じ行動のような気がして胸が痛くなるのですが、これもかき氷にありつくためというもの。
陽の光の少女は何も考えないようにして、根気よくチルノをくすぐりまわしていきます。
すると……
「んにゃ…… ラルバぁ、おっぱい……」
少女の口から、この場にいる相手を勘違いしているかのような寝言がこぼれていきました。
とはいえ、それはとても正気とは思えないような言葉です。
「は……? チルノ、何言ってんの……?」
さすがのサニーも、これにはドン引きせずにはいられなかったようでした。
顔を引きつらせながら距離を置き、彼女はそっとこの場を後にしようとしていきます。
たぶんきっと、このままチルノも寝たままならよかったのでしょう。
彼女も何も知らずにすみましたし、サニーだって今のことは「おかしなものを見た」と、胸の奥にしまい込んでいたかもしれません。
ですが……いわば最悪のタイミングで、チルノは寝ぼけなまこながらにムクリと身を起こしてしまいました。
「んんぅ……誰だよぉ 大ちゃん? それともラルバ……?」
「………」
くっついたままなかなか離れてくれないまぶたをこすって、ぼやけた視界に相手を映し込んでいく少女。
その目には、名前の挙がった少女たちの若草色や青空色とは違う、陽の光のような色の髪が入り込んできます。
そこで彼女はハッとしたように目を見開きました。
寝起き間際の寝言はぼんやりと頭に残っていて、思いもしない相手にそれを聞かれたことを理解していったのです。
「サニー、なんでここに!?」
「あんたを起こしに来たのよ。それよりも……」
目を泳がすサニー。
顔を真っ赤にさせていくチルノ。
それは恥ずかしさからだけではありません。
勝手に部屋へと入ってきて、聞かれたくないことを聞かれたということに腹がたってきてしまったのです。
ですが、それがよくありませんでした。
ムキになってきたチルノを見たサニーは、ドン引きしていた気持ちをイタズラ心に変えて、彼女をおちょくりだすようにニタニタと笑みを浮かべ始めたのです。
「ふふっ、あはははっ♪ おもしろいこと聞いちゃったー♪
『ラルバー、おっぱいー』とか言っちゃって、チルノってばどんなスケベな夢見てたのよ」
「う、うるさいうるさいっ 夢なんだから仕方ないだろ!」
「普段からやらしーいこと考えてる人じゃないとそんな夢なんて見ないでーす♪
あははっ、みんなに言いふらしてやろーっと!」
「あっ こら、待てーっ!」
パタパタと駆け出していくサニー
一瞬だけポカンとしてから慌てて走り出していくチルノ。
いくらなんでも、あんな恥ずかしいことを言いふらされたりしたらたまったものではありません。
ラルバ本人や、名の無い大妖精の耳にでも入った日には大変なことになってしまうでしょう。
その前に捕まえて、力づくでも黙らせる……
氷の少女はムキになった顔で、イタズラな陽の光の妖精を追いかけていくのでした。
そんな追いかけっこが始まる少し前。
チルノの家の外ではルナとスターがのんびりと腰を下ろして、サニーが出てくるのを待っていました。
とは言っても、普段彼女と一緒に暮らしているふたりです。
起こされるのはともかく、人を起こす側になることなんてほとんどないサニーでは、上手くいくわけなんてないと思っている様子。
「大丈夫かなぁ。
ねぇスター、ちょっと人選ミスだったんじゃないの?」
気遣わし気に扉を見つめるルナ。
でも彼女が心配しているのはサニーのことではなく、かき氷のことみたいです。
月の光の少女は手持ち無沙汰そうに、ガラスの器をもてあそんでいるのでした。
「それならジャンケンで負けてあげればよかったのに。
サニーが最初になにを出すことが多いか、ルナだってわかってるんでしょ?」
その近くでは、木陰で涼みながら花を眺めているスター。
時間がかかるだろうことを見越していたらしい彼女は、今もゆっくりとひと休みの最中です。
自分の興味あること以外はやりたくない、できれば人に任せたい……
そんな気質を大なり小なり持っている妖精ふたり。
だから彼女たちはジャンケンという公平に見える方法で、昼寝中のチルノを起こす役を決めることにしたのでした。
けれどそれは、ルナとスターにとっては出来レースと言っていいようなもの。
サニーが高確率で初手にグーを出すことをちゃーんと知っていたふたりは、見事に一発で勝負を決めていたわけでした。
もっとも、それが得策だったのかについては、ルナは今になって疑問を覚えだしてきたようですが。
「ちょっと様子を見てきたほうがいいのかなぁ。
これじゃいつまで経ってもかき氷にありつけないわ」
「起こしにいくの? ならいい物があるわ♪」
「言っておくけど爆弾はダメだからね。
下手したら一回休みになってかき氷どころじゃなくなるから」
「もう、誰がそんな物騒なことするっていうのよ♪
私はただ、窓から爆竹を放り込もうかなって思っただけで……」
そんなときのことでした。
チルノの家の扉が弾け飛ぶように開かれて、サニーが騒がしく飛び出してきたのは。
「えっ サニー、どうしたの?」
「ふたりとも、弾幕ごっこよ! チルノの足を止めさせて!」
「あらあら、かき氷食べにきたのにそれどころじゃなくなっちゃったみたいね」
どうやら、完全に人選ミスだったようです。
だけど今になってそんなことを言っても仕方ありません。
ルナとスターはサニーに言われるがまま、ふわりと宙に舞い上がって臨戦態勢をとっていくのでした。
「待てー! お前の好きになんてさせないぞ!」
それから少し遅れて出てきたチルノが、空で待ち受けていた三人を前にしてますます目をつり上げさせていきます。
そしてそのまま、サニー目がけて大きな氷の塊を投げつけていきます。
けれど、ちょっとムキになりすぎたのかもしれません。
真っ正直に狙った最初の一発は、ヒラリとサニーに避けられてしまいました。
「サニー、なにやったの?
陽の光を集めて照射でもしたの?」
突然のことになにごとかと尋ねるルナ。
「違うわよ。面白いこと聞いちゃったから、みんなに言いふらしてやろうと思って…… ほいっと」
それに応えながら、続けざまに飛んできた二発目、三発目をかわしていくサニー。
やや離れたところでは、スターがそ知らぬ顔でなにやらカバンをあさっています。
「このやろっ、このやろっ、このやろーーー!!」
そんな中で、チルノはデタラメに氷の粒をばら撒きだしていました。
ルナやスターという取り巻きも、みんなまとめてやっつけてやる……というわけではなく、彼女たちがまだ完全に協調モードに入っていない内に、大技でサニーを仕留めてやろうと考えているのです。
それはまるで、氷の桜吹雪のよう。
青空の中で無数の細かい氷の粒がキラキラときらめいて、サニーはもちろん、近くにいるルナをも囲い込んでいきます。
きっと彼女たちが小さな並の妖精だったら、これだけで怯(ひる)んで戦意を喪失していたことでしょう。
「サニー、来るわよ!」
「わかってるわよ、やられるもんか!」
でも、ふたりはチルノのことをよーく知っています。
こうして細かい氷をばら撒きだしたときというのは、チルノの得意技でもあり彼女を象徴する技でもある、パーフェクトフリーズを繰り出そうとしているときなのです。
そしてもちろん、そこまで解っていて好きにさせるわけがありません。
「無闇に撒き散らせばいいってもんじゃないのよ!
サンシャインブラストーっ!」
両手両脚を大きく広げたサニーから、目もくらむばかりの光があふれていきました。
それは波のように周囲へ広がっていき、氷の粒もろともチルノを飲み込んでいきます。
「うぅっ めんどくさいことしてくれちゃって……!」
これにはチルノも手を止めずにはいられませんでした。
とっさに腕をかざしたおかげで目がくらむのは避けられたものの、氷たちに当たって乱反射する光が矢のように周りを飛び交っていて、それをかわすことに集中しなければならなくなったのです。
きっとここでさらなる追撃を受けたらどうすることもできなかったでしょう。
ところが、そんな追い打ちをかける役の少女たちもそれどころではない様子。
「ちょっと! 無闇に撒き散らしてるのはどっちなのよ!」
氷たちに囲まれつつあったルナが、完全に光の矢のとばっちりを受けて抗議の声をあげていました。
これでは援護どころではありません。
「もう、サニーもチルノもすぐにムキになるんだから」
そしてそれはスターのほうも同様です。
彼女は涼しい顔をしながら流れ弾をかわしつつ、これ以上の巻き添えはゴメンだとばかりに様子見に入っています。
つまり今の瞬間をしのげば、この勝負に勝つことができるというもの。
ルナとスターが協力する気になっていない今のうちに決着をつけてしまえば、サニーを捕まえることができるわけなのです。
だからチルノは細かい光が肌を焼いていくのも構わずに、避けることを捨てて得意技を繰り出す準備に入っていきました。
余計なことには気を向けず、一番の標的だけへ意識のすべてを集中させ始めていきました。
そして、彼女の中で冷気と気合が十分に高まったところで。
「カチコチになって反省しろ! ひっさつ……」
「チールノっ♪ 目覚ましにいいものあげるわね♪」
意識の外から、いつの間にか距離を詰めていた誰かが何かを放り寄越してきたのでした。
「ほえ?」
ついつい反射的に手を出してそれを受取ろうとするチルノ。
そこへ向けて、細かく小さな筒が束ね連ねられたものが飛び込んできて……
パァン! パパパパパチーンっっ!!
「のわわわわーーーっ!? な、なんだよこれーっっ!!」
それは、けたたましい破裂音をたてながらチルノの前で弾け飛んでいくのでした。
「えっ、スター!? ちょっと、なにやったの!?」
「スターってば、冗談だと思ってたのに本当に爆竹を持ってきてたなんて……」
突然のことに呆然とするサニー。
耳を塞ぎつつ口をあんぐりとさせるルナ。
その場所にいる全員が驚き困惑している中で、スターただひとりだけがニコニコと笑顔を見せています。
「ほらほら、なにか追いかけっこしてたんでしょ?
今のうちに逃げちゃいましょ♪」
「ま、待てっ! そうはさせな……わぎゃーーー!?」
そうかと思うと、さらにカバンから爆竹を取り出して火をつけて、バラバラと撒き散らしながら逃げ去っていくスター。
彼女は、火花と煙に囲まれながら怒声を上げるチルノを後にさっさと飛び去っていってしまいます。
そんな少女の背中を少しのあいだ見送ってから。
やがて我に返ったらしいサニーが、ドタバタとした動きで後を追いかけだしていきます。
「ルナ、足止めよろしく!」
「……今度ケーキでもおごってもらうからね。
ルナティックレイン!」
そして最後に残ったルナが、チルノへ向けて静かに両手を向けていくと。
まるで急な夕立のように光の雨が降り注ぎ始めていき、すべての音を包み込みながら周りを霞ませていくのでした。
「こ、こらー! 逃げるなサニーっ!
本当に言いふらしたりしたら、絶対ただじゃおかないんだからなーっっ!!」
こうなってしまうと、もうチルノは悔しさいっぱいに叫ぶことしかできません。
爆竹で動揺させられて気持ちが挫かれて。
その上さらに目と耳をかく乱されてしまっては、もうどうすることもできなくなってしまったのです。
やがて光の雨粒が消えた頃には、三人の妖精の気配はすっかりなくなってしまっていました。
今の僅かのあいだで遠くまでは行けないハズなのですが、サニーとルナに特技を使われてしまっては完全に身を隠されてしまうわけなのです。
「朝からサイアクだよ、こんなの……」
うなだれながら地面へと降り立っていくチルノ。
寝言という、どうしようもないことでバカにされるなんて、そんなの納得もできませんし悔しくて仕方ありません。
でもだからって、ここで歯がしみしているだけでは恥ずかしい寝言をみんなに言いふらされてしまうばかりです。
そんなことになったら、しばらくはみんなからオモチャ扱いされるに決まっています。
「やだよ、そんなの絶っ対やだ!」
どうすればいいんだろう。
考えるのは苦手でしたが、それでもチルノは懸命に頭をフル回転させていきました。
サニーから話を聞いてバカにしてくる相手を片っ端からやっつけてしまおうか……
真っ先にそんなことが頭をよぎりましたが、きっとそれはいい結果に進んでくれないでしょう。
だって今だって、力づくで止めようとしたのがうまくいかなかったのですから。
それならば……と次に考えたのは、サニーに先回りしてみることでした。
たぶん彼女は、寝言として出てきた相手であるラルバのもとへ真っ先に向かっていくことでしょう。
その前に彼女に事情を話しておけば、サニーの話も軽く聞き流してくれるかもしれません。
そうなってくれれば、おもしろい反応を得ることができずにイタズラ心を白けさせる結果に繋がっていくこともあるというもの。
「カッコ悪いけど、そんなこと言ってられないもんね……」
ラルバならよく遊ぶ仲ですし、この時期はどこにいるかもよく解っています。
逆にサニーたちはそれを知らないハズですし、今からでも先回りできる可能性はあるでしょう。
そうまで考えたところで、チルノは躊躇(ためら)いの気持を覚えつつもひまわり畑のほうへと飛び立っていくのでした。
「げっ あいつら、もう来ちゃってるじゃん!」
太陽へ顔を向ける花たちの中に、俯(うつむ)き加減なものも目立ち始めてきたひまわり畑。
真っ直ぐにこちらを目指してきたつもりだったのですが、そこにはすでにサニーたちの姿がありました。
それでも、まだ寝言のことは伝えられていないみたいです。
先回りすることは叶いませんでしたが、それでも横で弁解することはできるでしょう。
チルノは急いでラルバたちのもとへと舞い降りていくのでした。
「ラルバ!」
「あれ、チルノまで…… みんなで急に集まってきたりしてどうしたの?」
「ふっふ~ん、今さら来たって恥かくだけなのに♪」
息せき切って呼びかけるチルノ。
慌ただしくやってきた友人たちに小首を傾げるラルバ。
そしてサニーは仲間ふたりを後ろに従えつつ、勝ち誇ったような顔をしています。
とはいえ、ルナやスターは詳しいことを何も聞かされていないようです。
彼女たちは、とっておきのおもしろい話があると言いたげな顔をしているサニーの後ろで、何が始まるんだろうとばかりに視線を交えていたのでした。
「……で、とにかく聞いてよラルバ。
チルノってば、変なこと言っちゃっててさー」
そんな中で、得意げなサニーがさっきのことを話し始めていきます。
「変なこと? チルノ、なにがあったの?」
「………」
耳を傾けつつ、チラリと視線を向けてくるラルバ。
けれどチルノはそこで騒ぎ立てることなく、言いたいことを我慢するように口をへの字にして黙り続けていきます。
「なんかね、変な夢でも見てたみたいでね、寝言でこんなこと言ってたんだよ。
『ラルバー、おっぱいー』だなんてさー!」
その瞬間、まるで時間が止まったかのようでした。
草葉が風に揺れる音。
遠くから聞こえてくるセミの声。
それだけが、何秒かのあいだだけ辺りを支配していきます。
その沈黙に、サニーの得意顔が少し引きつったような陰をにじませました。
ラルバが鮮やかな羽をヒラヒラさせながら、キョトンと目をまたたかせていました。
そして……
「えっと……寝言、なんだよね?」
アゲハの少女が、確かめるような視線をチルノへ送ります。
それにコクンと頷くと、ラルバは事態を飲み込めたような顔を見せていきます。
「別に大騒ぎすることでもないんじゃない?
だって寝言なんだもん」
「で、でも『おっぱい』はないでしょー 変な夢見ちゃってさー」
「まあ、夢なんてだいたい変なものばっかりだもんね」
どうやら、こうしてラルバのもとに駆け付けたのは正解だったようでした。
こうして慌ただしく集まってきたことで、何事かと思わせることになったせいか。
それとも、チルノがこの場に居合わせることになっていたためなのか。
話を聞きながらも、アゲハの少女は何でもないような顔で冷静な反応を示してくれたのです。
「サニーったら、面白い話ってそれだけなの?」
しかも、一緒にそれを聞いたスターも、期待外れだというような空気をにじませていきます。
要領のいい彼女のことですし、サニーよりもラルバに同調したほうがよさそうだと瞬時に乗り換えをはかったのでしょう。
「い、いや、だけどさ……」
「そもそも、人の寝言を茶化すのってどうなのかなって思っちゃうけどな」
「それもそうよね。ラルバの言う通りだと思う」
「ルナまでそんなこと言う!?
なによ! さっきは協力してくれたのに、裏切り者ー!!」
「だって、詳しいこと聞かされてなかったもの」
そうとなれば、ルナも場の空気に流されてラルバたちのほうについてしまうというもの。
サニーは思いもかけず三人からたしなめられることになってしまい、納得がいかないとばかりにジタバタと地団駄を踏んでいきます。
そしてそんな彼女たちのことを見つめながら、チルノはただただ目を丸くさせてポカンとした顔をしていました。
恥ずかしい思いをさせられて、ラルバにも呆れられてしまうかと思っていたのに。
そうなってしまっては大変だと、あんなに必死になっていたというのに。
それがまったくの思い過ごしだったということになって、すっかり気が抜けてしまったのです。
「サニー、イタズラはいいけど友達の嫌がることはしちゃダメだよ?」
「はいはい、ラルバの言う通りですよーだ!
まったくもう、なんでお説教なんてされなきゃいけないのよ。私、もう帰る!」
「サニー、かき氷はどうするの?」
「いいわよそんなの!
食べたければルナが自分で頼めばいいでしょ!」
「やれやれ、すっかりご機嫌ナナメね。ルナ、帰りましょ」
気まずさからいたたまれなくなったのでしょう。
サニーがふてくされながら器を放り出して空へと逃げ去っていき、ルナとスターも苦笑いとともに後を追いかけていきます。
にわかな騒がしさから、静けさが戻ってきたひまわり畑。
そんな中でふたりきりになったところで、相変わらず呆然としたままのチルノへラルバがクスリと笑いかけてきてくれます。
「よかったね、笑いものにされずにすんで。
これでほかの子のところに真っ先に行かれてたら、ちょっと大変なことになってただろうし」
「うん……ありがとう、ラルバ」
そこについては本当に運がよかったとしか言えませんでした。
もしもサニーが最初に向かった先が、ピースや大妖精といった相手のところだったら?
ピースなら同調して騒ぎ立てていた可能性が高いですし、大妖精の場合は本人はともかくとして彼女の妹分たちが少しザワついていたかもしれません。
そんなことにならないでよかった、読みが当たってくれてよかった。
恥をかくかもだけど、ラルバのところへ駆けつけて正解だった……
チルノはただただ胸を撫で下ろすばかりでした。
「でも、おっぱいだなんて…… そんな願望持ってたの?」
「持ってるわけないだろ!
夢なんてわけのわからないものだって言ってたクセに、なんで本気にするんだよ……」
「なーんだ、お望みだったら応えてあげてもよかったのに♪
ほら、ミルク入りのかき氷ですよー、とか」
そんな物わかりのいい振舞いをするラルバでも、イタズラ心というものはしっかり持ち合わせているのでしょう。
彼女は、サニーが放り出していったかき氷の器を手に取って、そこへ向けて母乳をしぼり注ごうとするように服をめくり上げていきます。
「ちょっ……!? ラルバ、なにやってるんだよ!
そんなの望んでないから! ただの意味のわからない寝言だって言ってるだろ!!」
「あははっ、冗談だってばー♪
それに、誰かが見てるわけでもないんだし、このくらいで動揺することないじゃない」
あまりのことに慌てふためく氷の少女。
その様子にケタケタと笑うアゲハの少女。
けれどどうやら、このときはチルノのほうが正しい反応をしたと言えるのでしょう。
風がそよいだのか、ひまわりが揺れて葉をカサカサと鳴らしていきました。
そして、ふたりがなんとなくそちらへと目を向けていくと……
「だ、大ちゃん……」
そこでは若草色の髪をした少女が、信じられないものを見たかのように目を大きく見開いていたのでした。
「え、えっと…… 邪魔しちゃったみたいだから、どこかに行ってるね」
「いやいやいやいや、違うんだって! これはラルバの悪ふざけなんだって!
だから邪魔とかそういうのじゃなくって……
ちょっと待ってよ、大ちゃんってばーーー!!」
愛想笑いを貼り付けて、名の無い少女がそっと場を後にしていきます。
もちろんその後を、顔を青ざめさせたチルノがバタバタと追いかけだしていきます。
「あー、えっと…… ちょっとやりすぎちゃったかな……」
冗談でやったことでしかないのですが、果たしてそう説明して解ってもらえるのでしょうか。
そこは少し望み薄ですが、チルノひとりに任せるよりもラルバも一緒に話したほうがまだ可能性があるというものでしょう。
アゲハの少女は、どうやって説明すれば解ってもらえるのかと考えながら、ふたりの背中を追いかけだしていくのでした。
静けさが戻ったひまわり畑。
風に揺られて音を奏でる花や葉たちは、騒がしい妖精たちの姿にクスリと笑いをこぼしているかのようでした。
得意になっていたサニーが一転していたたまれなくなるところに胸がキュッと締め付けられるような思いがしました
ラルバもラルバで強キャラでよかったです