Coolier - 新生・東方創想話

何もしない事、穏やかな非日常、それと適度な思いやり。

2022/08/15 22:45:39
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 人間って、何か自分にとって特別深刻な出来事があった訳じゃなくても、些細な苦痛の積み重ねで簡単に壊れるんだろうなって、つい最近になって実感した。仕事中に自分のミスを注意されたり、あんまり触れないで欲しい話題を弄られたり、ちょっと気になってた子の意中の人が全く自分じゃない事が分かった時とか、近頃の私は本当に、そんな悲観的になる程じゃないにしろ、決して快くはないような出来事ばかりに見舞われていた。
 
 そうした日々を普段はお酒の力に頼ったり、早く寝て忘れる事に努めたりしながら誤魔化していたんだけれど、とうとう今朝に至っては、もういっそ死んでやろうかみたいな、本当に酷い気分のままで目が覚めてしまって、生まれて初めて仕事をサボることにした。で、仕事をサボって里から飛び出して、私は当ても無くただひたすらに歩き続けた。
 その時の気分は、死に場所を探しに行くみたいな決意に満ちていたし、死に場所を見つけられなくても妖怪に無残に喰い殺されて、周りの奴等に少しでも不快な気分になってもらおうみたいなくだらない復讐心ばかりだったんだけれど、存外に妖怪には出くわさないし、死んでもいいかなあみたいな場所が沢山あるせいで結局何処で死ぬとかも全く決められなかった。
 
 私って結局最期まで優柔不断のままなんだろうなとか思いながら歩き続けてたら、いつの間にか周囲が霧に包まれていた。こんな夏の昼間に霧が出る事なんてあるか、なんて訝しんだけれど、ちょっと考えたら、此処があの霧の湖なのかもしれないと思い出した。噂で聞いた程度だったから本当に存在する事にかなり驚いたし、正直ちょっと興奮した。
 実際少し進んだら湖が広がっていて、夏場だっていうのに結構涼しい。無駄に歩いて疲れ果てたこちらとしてはかなり有難くて、ちょっと休ませてもらおうと思った。というか寧ろ綺麗な場所だし、此処で死んでも良いかなあとも思った。
 
 ああ、そういえば霧の湖って妖怪多いんだっけな、なんて思いながら湖のほとりで腰掛けていたら、ちょっと遠くから足音と人影らしきものを見つけた。
 こんな所に人間なんて来る訳ないし、偶に見かける人間みたいな格好した妖怪なんだろうな、なんて呆けながらその人影を目で追ってたら、丁度霧が軽く晴れてきた。正体を見れるかなと思って、そのまま人影を見続けていると、段々とどんな姿なのかが鮮明になってきて、最終的に私の視界にはメイド服を着た女の子が現れていた。
 そのメイドの女の子は何故か釣り竿を持っていて、自前の椅子を置いた後、悠然と竿を湖に振っていた。
 
 暫く理解が追いつかなかったけれど、あの子は多分、吸血鬼の処にいるメイドなんだろうなと思った。仮にそうだとすれば、吸血鬼の処に住んでいるくらいだし、こんな危ない所に釣り竿持ってくるくらいにはいかれた頭をしているのにも納得がいく。
 それに、危ないのは確かではあるけれど、涼しい分外で釣りをやるには結構向いてる場所なのかもなとも思った。実際の所、私も此処で涼ませてもらっている訳だし、避暑地兼娯楽場として最適なのかもしれなかった。
 
 特にやる事もなかったし、まだ涼んでいたかったので、無心でメイドの女の子を見続けていた。彼女が竿を振ったり、場所を変える為に周囲を歩いたり、竿を握ったまま座っていたりする光景を見るだけで、なんだか全てがどうでも良くなって行くような気がした。別世界を見ているようで、しかし、私も本来別世界である里の外にこうして佇んでいる訳であるから、なんだか現実離れしているような妙な感覚をずっと覚えていた。
 暫くしたら、私の視線に気付いたのか、ふとメイドの子が私の方へ顔を向けた。私に気付くと、人間が居る事に驚いたのか一瞬目を丸くして、それでも直ぐ普通の表情に戻るとまた竿を湖にへと振った。
 
 
 
 「ねえ、貴方って自殺志願者?」
 「え、あーいや、その」
 
 少ししたらメイドの子が近づいてきて、釣り場所でも探してるのかなあ、なんて思ってたら、突然声を掛けられた。不意に話しかけられた事とあまりにもストレートな問いに、なんだかよく分からない曖昧な返事を返してしまって、なんか気持ちの悪い奴に思われたかもなあって思った。

 「違うのなら早く帰った方がいいと思うけど、まあいいわ、これ貸してあげる。私のスペア」
 
 と言ってメイドの子は私に対して釣り竿を渡してきた。
 
 「さっきからずっと私の事見てるし、釣り、やりたいんでしょ?」
 「……ああ、ありがとう」
 
 なんだか勘違いをされているようだったけれど、取り敢えず大人しく受け取っておいた。私は別に釣りをしたいなんて微塵も思っていなかったけれど、まあさっきまでの自分の行動を省みるに、勘違いされてもおかしくなかったし、というより寧ろ年頃の女の子の姿をひたすら追い続けるっていう気持ちの悪い行為を働いていた訳だから、彼女が怒るような素振りを見せない分、非常に感謝すべき現状なのだろうなとも思った。
 
 メイドの子は私に竿を貸してくれた後、良さげな釣り場を探しに行くと言って霧の中に消えていってしまった。私は彼女の様に動くつもりは全く起きなかったのでその場で竿を振っていた。釣れることは期待していない。そもそも釣りとか殆どやった事ないから、魚がかかったとしても釣れないだろうなと思った。
 
 暫くの間釣り糸を垂らしていたけど本当に釣れなくて、ただ揺れる水面を眺めていた。それは酷く退屈で、とはいっても不快なものでは決してなく、寧ろ何もしなくていいお陰か、日頃頭の片隅に必ず存在するしがらみだとか悩みだとかが消えていく様な気さえした。
 ふと、今度の休日にもこうしていたいなあって漠然と感じていて、直ぐに、さっきまで半分死のうとしていた身で何を考えているんだろうと思い直した。結構固い決意で家を出た訳なのに、こんなよく分からない事でそれが揺らぐのは、何というか自身への裏切りの様に感じられた。
 
 いつの間にか周囲の気温が下がってきて、数人の子供の声が湖に響き渡っていた。寒くなった訳は想像もつかないけど、時々湖を飛び回る人影が確認出来る事から恐らく妖精とかなんだろう。彼女達が一体何をしているかとか何を言い合っているのかとか、はっきりとは分からなかったけれど、様子を見ている限り楽しそうである事は伝わってきて、この湖に遊びにでもきたのかなと思った。
 
 妖精達の元気に飛び回る姿や楽しげな声を見聞きしている内に、何だか寺子屋に通ってた頃を思い出してきた。もう遠い昔の事だけれど、あの時はこんな風に何にも考えずに今を楽しむ事に夢中だった。
 いいなあ、とは思う。一生子供のままってのは正直どんな気持ちなのか分からなくてちょっと怖い。けれど、ああいう姿を見ていると昔に戻りたいなくらいには羨ましく思う。それが決して叶わない願いである事は十分に承知しているけれど、それでもこの願いを抱えるくらいは許されてもいいんじゃないかなと、そんな事を勝手に思いながら私は妖精の子達を眺めていた。
 
 霧が晴れてきた。さっきまで高く昇っていた筈の太陽はもう山の下に沈みかけていて、漂う雲は茜に染まってきている。妖精達はまだ暫く遊んでいたけれど、気付けば一人、また一人と帰っていって、最後に残った子はまだ遊びたそうだったけど渋々何処かへ飛んでいった。最後の子が居なくなったら、何故か気温が高くなった気がしたけど、日暮れの時刻だし、丁度いいくらいになったなって思った。
 
 夕日が全部沈んで空が本当に真っ赤に染まってきた頃、メイドの女の子が此方に来て、そろそろ帰る旨を伝えてきた。何でも彼女の主人が起きる時刻になるらしい。私はそれを聞いて、ああ、やっぱり吸血鬼のとこの子だったんだなと納得できて、釣り竿を貸してくれた礼を言って彼女を見送った。
 帰り際、彼女が急に空を飛んでいったものだから、やっぱりこんな所に来るくらいだから普通じゃないんだなって確信してちょっと笑った。
 
 とうとう本当に一人になった。先程まではなんだかんだで誰かがこの湖にいて、私はその誰かをずっと眺めていた。
 その行為は何故だかとても心地が良かったように思う。もし里でやったら幸せそうだったり真面目に働いてる奴を見る度に、現状の自分に纏わりつく不幸が際立つような予感すらするのに。
 その理由を暫く考えて、きっと目の前に広がっていた光景が別世界のものだったからなのかなと思った。妖怪の出る霧の湖も、釣りをするメイドも、一生子供のままでいれる妖精達もそのどれもが非日常であった。それは本来関わらないものばかりで、理解するのに精一杯なものだから嫉妬とか憎しみみたいなものが入る余地すら無いんだろうなと思う。
 いや、違うな。きっとそれだけじゃない。多分きっと、その非日常が穏やかであったからなんだろう。非日常だけでも、穏やかさだけでも駄目なんだ。非日常だけなら理解出来ない恐怖を覚えてしまうし、穏やかさだけなら、きっと私は他人の穏やかな日常に苛立ちを覚えてしまう。どっちもないと、きっとこんなに心地良さを覚える事は出来なかった筈だ。
 
 空の殆どはもう夜で満たされている。ほんの僅かな場所だけ、まるで消えゆく寸前のように小さく、それでいて燃えゆく様に赤く在る。あと数分で世界は完全な夜へと移り変わるだろう。
 もう人間の時間は終わりを告げられる。運良く危険な妖怪に遭遇せずにいれた私も、この夜を越える事までは流石に出来ないだろう。きっと今すぐ逃げ帰るべきなんだと思う。ただ、そうであるべきなんだけれど、私は此処から動きたくなかった。
 少し湿った風は、吹く度に私を優しく冷やしてくれる。段々と自分の姿すら朧げになっていく視界は、私が暗闇に溶けていく、その最たる証拠の様な気さえする。
 此処は心地良い。今朝の気分など、もうとっくに思い出せない。今日はずっと死に場所を探してきたけれど、やっと見つけた。私は今、此処で死にたいと思う。
 
 
 
 「なあ、あんた里の人間か?」

 ふいに頭上から声がした。とうとう妖怪が私を食いにきたのかな、なんて呑気に考えて上を見たら、箒にのった女の子が飛んでいた。
 あれ、この子って霧雨さんちの娘じゃなかったっけ。どうしてこんな所に居るんだろう。
 
 「里で人を探してる奴を見かけてな。何となく気に留めておいたんだけど、ちょっとした用事で里に戻ってる道中であんたを見かけてさ、まあ探されてるのってあんたの事だろうなと思って声をかけた訳よ」
 
 私を探してる奴? 心当たりは、まあ有るけれど。同僚とか家族とか、そういえば里を飛び出す時、飲む約束をしてたあいつにその現場を見られたような気もするし、なんか思ったよりも探してくれてそうな人を挙げられるなあ。
 
 「なんでも急に居なくなった友達を探してるらしい。まあ、その肝心な友達とやらはこんな時間まで里の外に出てる訳で。正直、自殺願望を抱えているとしか思えないがな。まあ一応聞くけど、さっきも言った様にこれから里に戻るからさ、あんたも乗っていくか?」
 
 霧雨さんちの子が言った台詞は、正直出会った時に何となく予想がついたものだった。だってこう、私に声をかけてきた時点で一応助けようとする意思はあるって事だろうし。でもさっきまで私は自分の意思で死のうとしていた訳で、ここで助けてくれっていうのはなんだか矛盾にも程があるんじゃないかと思う。
 それになんだろう、余りにも運が良すぎる。ずっと死んでも何らおかしくない場所に居て、でも恐ろしい目にすら遭わなくて、それどころか命の保証すらされそうになっている。それは何だか道理に合わないとしか思えない。
 
 私はやっぱり断ろうと思った。自分の最初の決意を裏切っちゃいけない様な気がしたし、何よりここで助かる事があり得ない事に思えてならなかった。
 
 「どうする? 嫌なら置いていってやっても良いけど……」
 「えっと……じゃあ乗せてもらって良い?」
 
 そうして私の口から出た言葉は、先程までの思考とは真逆のものだった。全くの無意識で、助けてくれって言っていた。
 分からない。建前の思考ってあるのかな。建前では私は死ぬべきだとか死んでも良いとか思ってたのかもしれないけど、本音は生きたいのかな。私って、本当は生きていたいって思ってるのかな。だって、そうじゃなければ里に帰りたいなんて言わない筈じゃないか。
 
 私が霧雨さんちの子の後ろに乗った後、私達は宙に浮かび上がって、里へと飛んで行った。
 里まで飛んでいる間、霧雨さんちの子が私を探していた奴の話をしてくれて、相当焦ってたみたいだったからあんたの事よっぽど大事だったんじゃないのか? って言ってきた。それを聞いて、こんな私でもそんな風になってくれるまで想ってくれてる人がいるのが嬉しくて、なんか勝手に死のうとしてたのがその人に対して失礼な事だなって思えた。

 里が見えてくる頃には、もう死のうとは思わなかった。今朝の酷い気分も何処かに消えていったし、何だか良い休養が出来たんじゃないかなと思う。
 何もしない事、それに穏やかな非日常が私を癒してくれた。今まで楽しい事をして傷を癒そうとしてきたけれど、それなんかよりよっぽど心地良く一日を過ごせた様な気がする。
 本当は、今度の休日に釣りでもしようか、なんて考えた時点で死んでやろうって思いは消えていたんだろう。あとは別に、ただ明日をいつも通りに過ごしていく気力がなかっただけであって、最初にした決意を無理矢理引き伸ばして、道理に合わせようとしたから、さっきみたいに本音と建前みたいな思考回路が生まれたんだろうなと思った。
 結局、最後に私に生きる気力をくれる一押しをしてくれたのは、誰かによる私への思いやりだった。何だろう、別に熱烈にそれに対して感動してる訳では無いんだけれど、まあ生きてみようかなくらいの気力を私に与えてくれた。そういえば、メイドの子のほどほどな気遣いにも救われたのかな。案外あれも、傷を癒す為に必要な事だったのかもしれない。
 
 何もしない事、穏やかな非日常、それと適度な思いやり。きっと休養ってこの三つが大事な要素なんだろう。私は運良くそれを享受する事ができた。それもたった一日で。今日の私は運が良かった。もしかしたら一生分を使い果たしたかもしれないくらい。まあ、でも昨日までずっと悪い事ばかりだったし、偶にはこういう、運の良い事だらけみたいな日があってもいいんじゃないかなって思った。
 あ、そういやあいつと飲みに行く約束、飲むのやめて釣りにしないかって誘ってみようかな。
 
 
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コメント



0.50簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.100東ノ目削除
咲夜と魔理沙、性格は異なりながらもそれぞれの優しさがセリフ一つとっても垣間見えるのが良かったです
3.100サク_ウマ削除
「神隠しに遭った人が帰ってきた話」みたいだなあ、とぼんやり思いました。異界の日常を垣間見ることで己の日常の得難さを見つめなおす、みたいな。よかったです。
4.80名前が無い程度の能力削除
良かったです
5.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。穏やかでやさしい事象が重なって、少しだけ前を向けたようで、あたたかい気分になりました。
6.100のくた削除
幻想郷の常人の(終わってみれば)なんでも無い一日。という感じがとても良いです
7.100夏後冬前削除
スルスルと入ってくる文体も、内容の親近感も、適度な距離感もどれをとっても非常に清涼感があり、最高の作品でした。ありがとうございました。
8.100ヘンプ削除
面白かったです。
10.100南条削除
面白かったです
咲夜さんの絶妙な塩梅が素晴らしかったです
主人公の心の変化もよかったです
とても綺麗なお話でした
11.100桜葉めディ削除
主人公に感情移入でき、彼女の気づきに対してああそうかもしれないなと納得できました。
幻想郷の何気ない一コマがある人間に大きな変化を与えるというのが面白かったです。
12.90福哭傀のクロ削除
言ってしまえば名前のないキャラが落ち込んで自殺しようとして立ち直っただけの話で、
それに対して特に大きなイベントがあったわけでもない物語。
舞台に霧の湖、登場人物に咲夜と魔理沙を選んだのが
どこかふわふわとした雰囲気が崩れることなくさっぱりと読めました。
作者さんのセンスだと思います。
13.100名前が無い程度の能力削除
よくあるシチュだし、現にこのサイトでも過去に似たようなテーマの作品を読んだことあるのですが、主人公の心理描写が細やかに描かれていてとても面白かったです。短いながらにも読み応えがありました。ご馳走様でした。