Coolier - 新生・東方創想話

スズランノヨウカイ

2022/08/14 23:28:15
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──無名の丘には近づくな──

 ここ数年で里の中で言われるようになったことだ。
 無名の丘いっぱいに生えている鈴蘭を取りにいく人達が口々に言うようになった。

──死ぬより辛い目にあうことになるぞ──

 そんな風のような噂を俺は信じてなんていなかった。

──とある男の手記より抜粋

 ~*~

「おい聞いたか、隣の佐藤さんが例の丘に行って死にかけで戻ってきたんだってよ」
「ええ、あんた、そりゃあ良くないことの話じゃないか。あの丘から戻ってきた輩はなんにも言えないほど……」
「馬鹿っ、それ以上言うんじゃねえ」
「佐藤さんはどうなったんだい」
「それは知らんな……八百屋の奥さんから聞いたからよ。気になるなら聞いてくりゃいい」

 桜の咲く時期になったこの里にまた流れる噂。無名の丘にてなにかに襲われて帰ってくると死にかけで戻ってくるのだと。
 今年で十になった僕はそんなこと信じてなんかいないけどな!
 頭の中でそんなことを思っていつも行く貸本屋に歩いていく。短髪の頭が風を掬っていった。
 鈴奈庵、と書かれた看板をくぐって僕はその貸本屋の中に入っていく。

「こんにちはー」
「あー、こんにちは進くん。今日は何を借りに来たの?」
 小鈴姉ちゃんが店の本を積まれた席から顔を出す。
「あ、姉ちゃん。相変わらず本の虫だね」
「知識がある方がいいんですー」
 声が投げやりな姉ちゃん。僕に関係ないからいいけどさ。

「あ、そういえば姉ちゃん知ってる? 僕ん家の隣の佐藤さんが、死にかけで帰ってきたとか」
「んー? 画家の佐藤さんが? 何かあったの?」
 姉ちゃんは不思議そうに首を傾げている。僕は入ってすぐの入口から姉ちゃんの机の前まで歩いていく。そうして小さくこっそりと告げる。
「佐藤さん、丘に行って死にかけたらしいよ。僕はそんなこと信じてないけどさ」
「……丘って、無名の丘?」
「え、父ちゃんなんて言ってたかな。覚えてないけど…… 」
 姉ちゃんは頭を抱えている。なにをだ?
「……進くんあなた、その丘に近づいちゃダメよ? 死ぬより辛い目にあいたくなければね」
「変な姉ちゃん。僕はそんなところにいかないよ」
 ぷいと僕は姉ちゃんから目を逸らしてそう言った。
「そう、ならいいけど。佐藤さんに会うことあったらお大事にって言っておいてくれる?」
「えー、姉ちゃん自分で言いなよ。僕は言わないよ」
「言えたらでいいのよ。あ、それと幻想郷縁起を借りていってくれる?」
 姉ちゃんは縁起をバサッと机の上に置いた。
「どうしてさ。僕借りる理由なんてないんだけど」
「一回ぐらい読んどきなさい。後悔しても知らないわよ」
「後悔なんてそんなことしないよ」
「……まあとりあえず読むかは分からなくても持っていきなさいよ。何かになるかもだから」
 姉ちゃんは僕に本を押し付けて、持たせてくれた。こんな本僕は読みもしないのにな。とりあえずお礼だけ言っておくことにした。
「ありがとう姉ちゃん、帰るね」
「進くんが無謀じゃないことを祈るね。また顔出しなさいよ」
座ったまま姉ちゃんは手を振っていた。

 *

「母ちゃんただいまー」

 何故か怒鳴り声が聞こえる家に僕は戸を開ける。
「ちょっとあんた! 佐藤さんのことは関係無いだろ!」
「うるせえ! この地区で引き取りに行けるやつはもう俺しかいねえんだよ! あとはみんな嫌がったからな!」
 ちゃぶ台を今にもひっくり返しそうな父ちゃんは何故か佐藤さんのことを言っている。
「……父ちゃん、母ちゃん、何を怒鳴ってるのさ。外まで聞こえてたけど」
「ああ、進、おかえり。父ちゃんが佐藤さんを永遠亭まで引き取りに行くって言って聞かないのさ、どうにか止めておくれ……」
「なんで佐藤さんを?」
 佐藤さんは成人している隣の家の兄ちゃんだ。よく僕に絵を教えてくれる人だ。
「うちにお鉢が回ってきたのさ。気が狂った佐藤さんなんぞ誰も迎えに行きたくないのさ。助けてやらねえといけねえだろう?」
 ううん、そういうものなのかな。まあ、佐藤さんは前からちと気狂いの様子があったけど……僕に少しの絵を教えて貰ったから僕はまあいいけど。
「父ちゃんが迎えに行くなら、僕も行きたい」
「ちょっと、進! あんた何言うのさ!」
「おう、いいぞ。進も来い。妖怪に近づくとこうなるってのを教えてやるよ」
 母ちゃんは諦めたような顔をした。
「母ちゃん、大丈夫だって、僕は間違えないよ」
「そうかい、進がそう言うなら信じようかしらね……」
 弱々しい母ちゃんの声がよくよく、頭に残った。

 ~*~

 妹紅さんに父ちゃんと永遠亭まで案内されて、僕達は今、佐藤さんの病室の前にいる。
 コンコンコン、と父ちゃんが戸を叩いた。
「はい」
「佐藤さん、入るぞ」
 父ちゃんはそう言ってガラガラと建付けの悪そうな音がなる戸を開けた。
 そこには右目に眼帯をしてベッドに寝転ぶ、佐藤さんがいた。
「ああ、田中さんですか……それに進くんまで。僕の迎えはあなた方になるんですか」
 ベッドから頭だけを僕たちの方に向けて話した。
「ああ、とりあえず迎えだけだがな。あとは慧音先生と話してからどうするかになると思う。佐藤さんはそれでもいいか?」
「ええ、私はどうとでも。もう先は長くないんです」
「……例の丘に行ったせいか?」
「ええ、どうでしょう?」
 大人二人は真剣そうに話している。僕はそれを聞くしかできない。
 コンコンと戸の叩く音がする。
「失礼します。佐藤さんお薬のお時間ですよ」
「ああ、すまないね、鈴仙さん……」
 うさぎの耳をつけた妖怪……?が佐藤さんの薬を持って歩いてきた。
「確か、田中さんですね。先生がお呼びです。佐藤さんの症状を話したいと仰っていました。行ってください」
「恩に着る。進、少しだけ佐藤さんと待っててくれ。話したらすぐ戻る」
「わかったよ父ちゃん」
 そう言うと、父ちゃんは病室から出ていった。佐藤さんの方を見るとベッドに座って、うさぎの耳の人から薬を貰って飲んでいた。うげぇと苦そうな顔をしていたので僕もそれにつられる。ああ本当に苦そうだ。
「お水を置いておきますので飲んでくださいね。では失礼します」
 ベッドの隣にある小さな物入れのような物にうさぎの耳の人は置いて、病室の外に出ていった。

「……佐藤さん、体は大丈夫?」
 ベッドに座ったままの佐藤さんに話しかける。
「体は動きにくいし、右目も見えないし、ああ、最悪の状態と言えるだろう。だがしかし。しかしだね進くん」
「なに、佐藤さん?」
「私はね、あの丘で信じられないものを見たんだ」
「信じられないもの?」

「そうだ、信じられないもの、月の夜に照らされた、鈴蘭の咲き誇る丘に、私は見たんだ。──あの美しいものを! そう、私から見ればあれは美しいものだった。あの美しいもの以上に美しいものを見たことなんかない! 私に気がついた美しいものは私を見て欠片も興味もなさそうな瞳で! 私は気がついたら倒れていたがそんなことも気にせず、あの美しいものを見続けていたんだ! 何かに犯されているようにも思ったが、あの美しいものを私の手で描くために! 私があの美しいものに出会えたのは本当に運命だった! 運命だったからこそ私は、私の手であの美しいものを描くのだ! 震える手でもいいい、あの美しいものを描き切るまで私はまだ死ねない、いや死なない!」

 佐藤さんは徐々に叫び出した。最後の方なんか叫びすぎて佐藤さんは噎せていた。
 声に気がついたら大人たちがバタバタと走ってこちらに来る音が聞こえた。
「おい、佐藤! おめえ、進に何言ったんだ!」
「ゴホッ、私の美しいものについてですよ」
「佐藤さん、やめなさい、見苦しい。その美しいものは美しくないものなんですよ」
 赤と青に別れた服を着た人がやってきた。
「八意先生……良いでしょう、語るぐらいなら」
「子供に聞かせる内容では無いでしょうに。さっき決まりました、歩けるようになったら里に戻りましょう。それで良いですね、佐藤さん」
「……分かりました」
「佐藤、おまえ、進に何かあったら許さねえからな。覚えとけよ」
「分かりましたよ……」
 僕は目を白黒させながら大人が話終わるのを待っていた。

 ~*~

 佐藤さんの聞かされた話から三日経った。僕は佐藤さんの言う『美しいもの』が気になってしょうがなかった。
 寺子屋行ってもあの話が思い出されてしまって集中なんて出来ない。ああ、なんて話を聞かせて貰ったんだろうか……
 僕はその『美しいもの』を見てみたいと思った。そんなに強く言うのなら一体何を見れるのだろうかと。次の日の寺子屋の休みにこっそりと行こうと思って、幻想郷の地図を開いて、丘の場所を調べた。
 はじめてその丘が無名の丘という名前だということを知った。

 そうして当日。朝方に僕はこっそりと家を抜け出した。父ちゃんと母ちゃんに何も言わずに。里の人達にも見つからないように隠れながら歩いていく。
 はじめての一人の冒険は楽しい。『美しいもの』を見るために僕は地図を広げながら無名の丘をめざした。
 川を超え、小さな坂道を超え、ゆっくりと日が高くなっていく。夜に行かなくて正解だったと思う。丘に着く前に妖怪なんかに襲われちゃ死んじゃうから。流石にそれは嫌だったので考えた。朝早くに出ればお昼に着くじゃないか!って。
 僕の思惑どうりに太陽が高いところになってから、鈴蘭の咲く丘が見えてきた。
 はあ、はあ、と僕は息を荒らげながら丘に向かって歩く。鈴蘭がたくさん、本当にたくさんさいている丘はとても綺麗で素敵だった。鈴蘭の花の前に立ち止まってよく見てみる。小さな花をたくさん付けていてとても可愛いと思った。

「どうしてこんなところに人間がいるの?」

「う、うわああ!」
 声がかけられて僕はびっくりして尻もちを着いた。

「あーっ!スーさんが、潰れちゃったじゃないのー! 何をするの、この人間!」

 尻もちを着いて顔を上げて、叫ぶ何かを見る。
 小さな体、金の髪、黒と赤の服……って誰だ!

「誰だ!」

「誰って、人間に言う名前なんて無いよ!」

 その小さな何かは僕にそう言った。

「なんでこんなところに何かがいるんだよ!」

「何かって失礼ね。そんな人間にはこうするわ!」

 座った状態から僕は体に力が入らなくなってパタリと鈴蘭の花の中に倒れた。
「う、うう……」
 視界が揺れる。頭が痛い。体が動かない。一体何が起こっているのだろうか。

「本当に失礼ね。最近来た大人の人間よりマシだけど、そんな人間はいなくなってしまってもいいよね?」

 ぼんやりとする頭で、それは手の中に何かを集めている。何を集めているのかさえも僕には分からなくなってしまって、ああ、僕はここで死ぬんだ、なんてことを思った。父ちゃん、母ちゃん、ごめん、僕、ここで……

 ドカンと地面が揺れた。
「おい、何やってんだ、メディスン!」

「魔理沙、邪魔しないでよ! この人間は消えちゃえばいいのよ!」
 さけぶこえがきこえる。

「おい、しっかりしろ、意識を保て!」
 だれかのこえがきこえたようなきがした。ぼくのいしきはもうもたなかった。

 ~*~

 僕はハッと目が覚めた。知らない天井だった。
「あ……」
 喉が渇いて声が出なかった。

「進!? あんた、進が起きたよ!」
「本当か! おい、進、大丈夫!」

「とうちゃん……かぁちゃん……」
「「進!!」」
 僕に抱きついてくる二人。戸が開く音がして僕はそちらに顔を向ける。体が動かしにくかったけど。そこにたっていたのは八意先生だった。
「はあ。だから佐藤さんには一人にしたくなかったけれど……進くん、無名の丘に行ったのね。あそこは鈴蘭の毒があるし、妖怪も出るから行ってはいけないのよ」

「……はい……」
 ガラガラの声で僕は答えた。もう僕は妖怪になんか関わりたくなんかない。殺されそうになったこと、佐藤さんが『美しいもの』だと思ったものはそこには無かったから。想像だけど殺されそうになった妖怪がその『美しいもの』だったのだろう。
 妖怪は、怖いものだ。僕はそれをはじめて身をもって知ったのだった。
 もう二度と僕は妖怪になんかと関わりたくない。
 あんな怖い思いはもうしたくないから。心に刻みつけて。もう二度と。

 ~*~

──無名の丘には近づくな──

──死ぬより辛い目にあうことになるぞ──

 人間、死にたくなければ、近づくな。
 何かを失いたくなければ、近づくな。

 鈴蘭に、破滅させられるぞ。

──とある男の独り言
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コメント



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2.100南条削除
面白かったです
ちらっとしか出てこないのに恐ろし気な一面が垣間見えるメディスンがとてもよかったです
佐藤氏の発狂が最高でした
4.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
5.100東ノ目削除
美しい花には棘がある。面白かったです
6.100名前が無い程度の能力削除
人の視点から見える妖怪像が良かったです