メリーに呼び出された。
八坂通りの南側、六道珍皇寺だ。蓮台野とは別の、冥界への入口だそうだ。電話から聞こえてくるメリーの声は、とても興奮していた。
「この前は桜。また別の花が見られると良いわね」
夜の一時過ぎ。自転車で大学を出て、東大路通を下る。八坂通りを越えて少し先の交差点に、メリーが立っていた。
「9分6秒遅刻」
「たははー、ごめんごめん。そんな事よりメリー、『六道』ってことは仏教の?」
「ええ、仏教の死後の世界ね。ここは鳥辺野も近いし、冥界への入口があるはずよ」
私たちは小道に入って、お寺を目指す。その時、どこからか甘い香りが漂ってきた。
「待ってメリー、なんか良い香りがするわ」
香りを辿った先には、商店街があった。とっても古びた、アングラな雰囲気だ。アーケードの入口には「ハッピー六原」と書かれている。みょんな明るさが、いかにも怪しい。
「あら、鈴カステラじゃない!?」
メリーが甘い香りの元を突き止めた。そこには出店があった。提灯の下、分厚い鉄板から、丸いお菓子がコロコロと放出されている。それは灯に照らされ、黄金色に輝いていた。
「私買ってくるわ!」
メリーが一目散に飛び出していった。お菓子を手に入れたメリーはホクホク顔だ。その手に持った袋は、いかにも前時代的に見える。ロウ紙製で、商品名はカステーラ。カルシューム入りとも書かれている。カタカナの表記からして、いかにも胡散臭い。
メリーは早速袋を開けて、カステーラを頬張る。
「見るからに砂糖の塊ね。さすが旧時代」
「あら、私は大好きよ? 出来立てであったかくて、ほんのり香りがして。ほら、蓮子も」
メリーに差し出されて、カステーラをパクリと食べる。確かに良い香りだ。端の鉄板からはみ出た部分が、カリカリとして香ばしい。
「こういうのはね、胸焼けする位まで食べるのが乙なのよ」
「夜にそんなに食べたら太っちゃうわよ?」
「どうせ冥界を走ることになるんでしょ? 怪物でも出て。そしたらチャラよチャラ」
お腹が満足した私たちは、目的のお寺に入った。参道の脇には、彼岸花が咲いている。メリーはやはり、この花が気持ち悪いらしい。花の形が、禍々しいからだろうか。
本堂の前には、供養塔が立っている。左の地蔵堂には、水回向用の桶と水塔婆。結界の切れ目は見えないらしい。しかし境内の奥の方に、何かを感じるのだとか。メリーがそう言うのなら、きっとそうに違いない。
奥の方には、井戸があった。石造りで苔の生えた、いかにもな井戸だ。
「どうメリー? 何か感じる?」
「うん、中がちょっと気になるけど」
「中かあ、何か棒とかない?」
「あ、良いのあったじゃない」
メリーは来た道を戻り、棒状のものを持って帰ってきた。
「あれ? それって」
「水塔婆よ。どうせ水に浸けるんだから、桶も井戸も一緒だわ」
メリーは水塔婆で井戸の中を弄ってみた。石の間に挿してみたりもした。しかし、何も起きない。蓮台野の時は、墓石を回した。流石にこの井戸を囲む石は、回せないかな。
「あ、いや、待ってメリー。ここに回せそうなのがあるじゃない」
私は井戸の横にある、小さな地蔵を指し示した。
「あら、これも前みたいに回してみる?」
私は早速、小さな地蔵を四分の一回してみた。しかし、やはり何も起きない。
私はもっと適当な角度に回してみた。すると地蔵が斜めを向いた時、一面に向日葵の世界が広がった。井戸はそのまま残り、その口が黄色に輝いている。
「あ、もしかして!?」
私はひらめいた。地蔵を六分の一だけ回してみた。すると今度は、一面に桜の世界が広がった。六分の二だけ回すと、再び向日葵の世界が広がった。
「メリー! やっぱりここは六が重要みたいよ」
「そのまま六度回したら、特別なこと起きたりしないかしら?」
確かに。私は地蔵をしっかり掴んだ。
「いくわよ、メリー?」
「いいわよ、蓮子」
「それぇいい!」
私は地蔵を回した。すると今度は、彼岸花の世界が一面に広がった。あ、この花は……
「きゃん!」
「あははー、なんかごめん」
八坂通りの南側、六道珍皇寺だ。蓮台野とは別の、冥界への入口だそうだ。電話から聞こえてくるメリーの声は、とても興奮していた。
「この前は桜。また別の花が見られると良いわね」
夜の一時過ぎ。自転車で大学を出て、東大路通を下る。八坂通りを越えて少し先の交差点に、メリーが立っていた。
「9分6秒遅刻」
「たははー、ごめんごめん。そんな事よりメリー、『六道』ってことは仏教の?」
「ええ、仏教の死後の世界ね。ここは鳥辺野も近いし、冥界への入口があるはずよ」
私たちは小道に入って、お寺を目指す。その時、どこからか甘い香りが漂ってきた。
「待ってメリー、なんか良い香りがするわ」
香りを辿った先には、商店街があった。とっても古びた、アングラな雰囲気だ。アーケードの入口には「ハッピー六原」と書かれている。みょんな明るさが、いかにも怪しい。
「あら、鈴カステラじゃない!?」
メリーが甘い香りの元を突き止めた。そこには出店があった。提灯の下、分厚い鉄板から、丸いお菓子がコロコロと放出されている。それは灯に照らされ、黄金色に輝いていた。
「私買ってくるわ!」
メリーが一目散に飛び出していった。お菓子を手に入れたメリーはホクホク顔だ。その手に持った袋は、いかにも前時代的に見える。ロウ紙製で、商品名はカステーラ。カルシューム入りとも書かれている。カタカナの表記からして、いかにも胡散臭い。
メリーは早速袋を開けて、カステーラを頬張る。
「見るからに砂糖の塊ね。さすが旧時代」
「あら、私は大好きよ? 出来立てであったかくて、ほんのり香りがして。ほら、蓮子も」
メリーに差し出されて、カステーラをパクリと食べる。確かに良い香りだ。端の鉄板からはみ出た部分が、カリカリとして香ばしい。
「こういうのはね、胸焼けする位まで食べるのが乙なのよ」
「夜にそんなに食べたら太っちゃうわよ?」
「どうせ冥界を走ることになるんでしょ? 怪物でも出て。そしたらチャラよチャラ」
お腹が満足した私たちは、目的のお寺に入った。参道の脇には、彼岸花が咲いている。メリーはやはり、この花が気持ち悪いらしい。花の形が、禍々しいからだろうか。
本堂の前には、供養塔が立っている。左の地蔵堂には、水回向用の桶と水塔婆。結界の切れ目は見えないらしい。しかし境内の奥の方に、何かを感じるのだとか。メリーがそう言うのなら、きっとそうに違いない。
奥の方には、井戸があった。石造りで苔の生えた、いかにもな井戸だ。
「どうメリー? 何か感じる?」
「うん、中がちょっと気になるけど」
「中かあ、何か棒とかない?」
「あ、良いのあったじゃない」
メリーは来た道を戻り、棒状のものを持って帰ってきた。
「あれ? それって」
「水塔婆よ。どうせ水に浸けるんだから、桶も井戸も一緒だわ」
メリーは水塔婆で井戸の中を弄ってみた。石の間に挿してみたりもした。しかし、何も起きない。蓮台野の時は、墓石を回した。流石にこの井戸を囲む石は、回せないかな。
「あ、いや、待ってメリー。ここに回せそうなのがあるじゃない」
私は井戸の横にある、小さな地蔵を指し示した。
「あら、これも前みたいに回してみる?」
私は早速、小さな地蔵を四分の一回してみた。しかし、やはり何も起きない。
私はもっと適当な角度に回してみた。すると地蔵が斜めを向いた時、一面に向日葵の世界が広がった。井戸はそのまま残り、その口が黄色に輝いている。
「あ、もしかして!?」
私はひらめいた。地蔵を六分の一だけ回してみた。すると今度は、一面に桜の世界が広がった。六分の二だけ回すと、再び向日葵の世界が広がった。
「メリー! やっぱりここは六が重要みたいよ」
「そのまま六度回したら、特別なこと起きたりしないかしら?」
確かに。私は地蔵をしっかり掴んだ。
「いくわよ、メリー?」
「いいわよ、蓮子」
「それぇいい!」
私は地蔵を回した。すると今度は、彼岸花の世界が一面に広がった。あ、この花は……
「きゃん!」
「あははー、なんかごめん」