壊れるものは美しい。
異端な感性だと承知の上で、それでも美しいと感じるのだから仕方無かった。
私が思うに、能力と感性の間には恐らく密接な関係がある。卵が先か鶏が先か、能力と性質のどちらが元になっているのかは私には預かり知らぬことだが。
けれど、私が斯くも破壊的な性格であることと、この身に宿る汎ゆるものを破壊する能力との間には、まず間違いなく何らかの因果律があると思われた。
私の美意識から言えば、生命は実に美しい。
生命の営みとはそれ即ち、無数に繰り返す破壊と再生の円環である。他者に破壊されない為にこそ、それより更に速い周期で己を破壊し、再生する。正しく一種の芸術である。
そして数ある生命の中でも、人間の美しさはひとしおだ。相応の寿命を無理に引き延ばし、劣化の果てに破壊を積み上げ尚も生き足掻く彼らは全く、美の極致などと表現してすら未だ足りない。
「恐れながらフラン様。私も人間なのですが」
「あら咲夜、そうだったの。知らなかったわ」
勿論それは冗句であるし、咲夜が人間であることなどはとうの昔に知っている。そもそも彼女は、破壊溢れるこの紅魔館の中でもいっとう美しい。それこそ例えば、咽に喘息という破壊を孕んだパチュリーよりも、妖怪らしからぬ人間的な精神性という破綻を抱えたお姉様よりも。これで間違えと言う方が無茶な話だ。
「けれど人間が人間を美しいと思うことはまったく自然な話でしょう?」
「同族の纏う死の気配を恐れることも自然であるかと」
「屍を捌く悪魔の下僕が面白いことを言うものね」
「……何が仰りたいのですか」
ほんの軽口だったのだけど、どうやらお気に召されなかったらしい。
いや、少々興が乗り過ぎたことは否めないが。
「咲夜が本当に未だ人間なのか、少しだけ気になったのよ」
悪魔に傅き、人間を捌いて幾星霜。未だに人間の感性を失わないというのは、なかなか冗談じみた話だ。
紅に染まれば尋常のものは朱くなる。少なくとも、常識的な者ならば。
「よく分かりませんが」
咲夜は心底不思議そうな顔をして、そう言った。
「私は一生死ぬ人間ですよ」
咲夜が己を人間であると定義するなら、言っておくべきことがある。
人間とは摩耗する存在だ。長生きするほど力を増していく私達とは根底からしてまるで異なる。人間尺度での長生きとは、いつか必然に訪れる破壊を無理くり先延ばししているに過ぎない。死を忘れるな。死を意識せよ。明日死ぬ覚悟で日々生きろ。
「そう簡単には死にませんよ」
「人間基準ではその通りね」
明日はきっと問題ない。一年後もきっと大丈夫だろう。けれど十年先、百年先ならどうだろうか。
詰まるところはそういうことだ。私達の尺度で言えば、何れにしても、ほんの一時期のことに過ぎない。
「はあ……」
「別に納得しなくても良いわ」
それに何より、それは全く本題ではない。
「長たらしい前置きなんて、聞き流されても仕方ないもの」
壊れるものは美しい。
壊れかけたものを愛でるのもまた一興、なれど真に美しいのは壊れる直前のその一瞬だ。
そしてその、壊れる瞬間の輝きは、所有者が見るべきものである。
「という話をお姉様にしたら、ひどく難しい顔をしながら肯定されたのよね。あれは何だったのかしら」
「紅茶が美味しくなかったのでしょうか」
「きっと大層香ばしい、深みある経験の味がしたのね」
流石に違うと思うのだが。
さておいて。
咲夜がお姉様の所有物であることについて異存はない。お姉様が咲夜のことを大層気に入っているのも知っている。
そして咲夜は人間。壊れものだ。
「良いこと咲夜」
なればこそ。
「死ぬときは、お姉様の眼前で死ね」
それが、人間であることの覚悟だ。
「……死にませんよ」
惚けた顔で咲夜は言う。心底何も分かっていないらしい。破滅を忘れるな。死を忘れるな。現在のところ、私達の中で最も死に近しいのは咲夜であるのだというのに。
死なない自負があるのは結構。なれど私に言わせるならば、もしもの心構えをしないのは愚者だ。
「死にかけたなら這ってでもお姉様の下に行きなさい。手足がもげても行きなさい。死んだとしても行きなさい」
「死んだらどうしようもありませんが」
「それでもよ。仮に辿り着けなかったなら、私が直々にその霊魂を呼び出して、何度でも破壊してあげるから」
「はあ……恐ろしいですね」
何も分かってなさそうな顔で咲夜は言った。
「死なないように気を付けますわ」
「……なら良いわ」
率直に言えばまだまだ言い足りないのだが。お姉様がもし咲夜の破壊を見られなかったらどれだけ悲しむのかだとか、お姉様にどれだけ心労をかけているのか分かっているのかだとか、言いたいことは未だ数限りなくあるのだが。けれどとりあえず、その言質を取れたことだけで満足しておくことにした。
「ああ、咲夜」
扉から出ていこうとする咲夜を呼び止める。危なかった。思わず忘れる所だった。
「メイド長就任120周年、おめでとう」
本当は、この言葉だけで済ませるつもりだったのだ。咲夜が「破壊の美学って結局何なんですか」などと、変なことを聞いてきたから長引いただけで。
「これからもお姉様を宜しくして頂戴」
私の言葉に、咲夜はぺこりと頭を下げた。
異端な感性だと承知の上で、それでも美しいと感じるのだから仕方無かった。
私が思うに、能力と感性の間には恐らく密接な関係がある。卵が先か鶏が先か、能力と性質のどちらが元になっているのかは私には預かり知らぬことだが。
けれど、私が斯くも破壊的な性格であることと、この身に宿る汎ゆるものを破壊する能力との間には、まず間違いなく何らかの因果律があると思われた。
私の美意識から言えば、生命は実に美しい。
生命の営みとはそれ即ち、無数に繰り返す破壊と再生の円環である。他者に破壊されない為にこそ、それより更に速い周期で己を破壊し、再生する。正しく一種の芸術である。
そして数ある生命の中でも、人間の美しさはひとしおだ。相応の寿命を無理に引き延ばし、劣化の果てに破壊を積み上げ尚も生き足掻く彼らは全く、美の極致などと表現してすら未だ足りない。
「恐れながらフラン様。私も人間なのですが」
「あら咲夜、そうだったの。知らなかったわ」
勿論それは冗句であるし、咲夜が人間であることなどはとうの昔に知っている。そもそも彼女は、破壊溢れるこの紅魔館の中でもいっとう美しい。それこそ例えば、咽に喘息という破壊を孕んだパチュリーよりも、妖怪らしからぬ人間的な精神性という破綻を抱えたお姉様よりも。これで間違えと言う方が無茶な話だ。
「けれど人間が人間を美しいと思うことはまったく自然な話でしょう?」
「同族の纏う死の気配を恐れることも自然であるかと」
「屍を捌く悪魔の下僕が面白いことを言うものね」
「……何が仰りたいのですか」
ほんの軽口だったのだけど、どうやらお気に召されなかったらしい。
いや、少々興が乗り過ぎたことは否めないが。
「咲夜が本当に未だ人間なのか、少しだけ気になったのよ」
悪魔に傅き、人間を捌いて幾星霜。未だに人間の感性を失わないというのは、なかなか冗談じみた話だ。
紅に染まれば尋常のものは朱くなる。少なくとも、常識的な者ならば。
「よく分かりませんが」
咲夜は心底不思議そうな顔をして、そう言った。
「私は一生死ぬ人間ですよ」
咲夜が己を人間であると定義するなら、言っておくべきことがある。
人間とは摩耗する存在だ。長生きするほど力を増していく私達とは根底からしてまるで異なる。人間尺度での長生きとは、いつか必然に訪れる破壊を無理くり先延ばししているに過ぎない。死を忘れるな。死を意識せよ。明日死ぬ覚悟で日々生きろ。
「そう簡単には死にませんよ」
「人間基準ではその通りね」
明日はきっと問題ない。一年後もきっと大丈夫だろう。けれど十年先、百年先ならどうだろうか。
詰まるところはそういうことだ。私達の尺度で言えば、何れにしても、ほんの一時期のことに過ぎない。
「はあ……」
「別に納得しなくても良いわ」
それに何より、それは全く本題ではない。
「長たらしい前置きなんて、聞き流されても仕方ないもの」
壊れるものは美しい。
壊れかけたものを愛でるのもまた一興、なれど真に美しいのは壊れる直前のその一瞬だ。
そしてその、壊れる瞬間の輝きは、所有者が見るべきものである。
「という話をお姉様にしたら、ひどく難しい顔をしながら肯定されたのよね。あれは何だったのかしら」
「紅茶が美味しくなかったのでしょうか」
「きっと大層香ばしい、深みある経験の味がしたのね」
流石に違うと思うのだが。
さておいて。
咲夜がお姉様の所有物であることについて異存はない。お姉様が咲夜のことを大層気に入っているのも知っている。
そして咲夜は人間。壊れものだ。
「良いこと咲夜」
なればこそ。
「死ぬときは、お姉様の眼前で死ね」
それが、人間であることの覚悟だ。
「……死にませんよ」
惚けた顔で咲夜は言う。心底何も分かっていないらしい。破滅を忘れるな。死を忘れるな。現在のところ、私達の中で最も死に近しいのは咲夜であるのだというのに。
死なない自負があるのは結構。なれど私に言わせるならば、もしもの心構えをしないのは愚者だ。
「死にかけたなら這ってでもお姉様の下に行きなさい。手足がもげても行きなさい。死んだとしても行きなさい」
「死んだらどうしようもありませんが」
「それでもよ。仮に辿り着けなかったなら、私が直々にその霊魂を呼び出して、何度でも破壊してあげるから」
「はあ……恐ろしいですね」
何も分かってなさそうな顔で咲夜は言った。
「死なないように気を付けますわ」
「……なら良いわ」
率直に言えばまだまだ言い足りないのだが。お姉様がもし咲夜の破壊を見られなかったらどれだけ悲しむのかだとか、お姉様にどれだけ心労をかけているのか分かっているのかだとか、言いたいことは未だ数限りなくあるのだが。けれどとりあえず、その言質を取れたことだけで満足しておくことにした。
「ああ、咲夜」
扉から出ていこうとする咲夜を呼び止める。危なかった。思わず忘れる所だった。
「メイド長就任120周年、おめでとう」
本当は、この言葉だけで済ませるつもりだったのだ。咲夜が「破壊の美学って結局何なんですか」などと、変なことを聞いてきたから長引いただけで。
「これからもお姉様を宜しくして頂戴」
私の言葉に、咲夜はぺこりと頭を下げた。
しかし、これは主が死なない限りは絶対に死にそうにないな……。
咲夜さん絶対見た目碌に変わってないですよねこれ
最高でした