「ただいま帰りました」
「おかえりー」
「あれ?神奈子様はどこに?」
「出かけてった。晩御飯はいらないってさ」
履き慣れたローファーを脱ぎ、要冷蔵品を優先的に冷蔵庫に入れていく。今晩は2人だけなら、夕食は諏訪子様の好みに合わせましょうか。
「諏訪子様は夕食に何が食べたいですか?」
「この前もらった猪があったよね。あれ焼こうよ」
「……神奈子様が楽しみにしていたやつですよね」
「だからだよ」
居間で寛いでいるのであろう諏訪子様のいたずらっぽく笑う声が響く。少し呆れながら、諏訪子様が言い出したんですからねと念を押す。
「そういえば早苗」
「はい?」
振り返ると、いつの間にか背後に諏訪子様が立っていた。じっと私を見つめてくる。帽子の方ではない、宝石のような金色の眼。全てを見透かすような神の瞳。後ろめたさを隠すように、思わず目を逸らしてしまう。
「帰ってくるのが少し遅かったけど、寄り道してきた?」
「香霖堂に少し」
「ふーん……何か面白そうなものあった?」
「……バレてしまいましたか」
観念したように肩を竦めてみせると、ポケットから袋入りの飴を取り出す。諏訪子様のお気に入り、甘酸っぱいレモン味。
「おやおや早苗さんや?まさかとは思うけど、それ全部を独り占めする気だったのかな?」
「そ、ソンナコトアリマセンヨ」
「これは貢物として没収します」
「そんなぁ……」
諏訪子様は私の手から飴を奪うと、高笑いをしながら去っていく。私は肩を落として、部屋着に着替えてきますと告げて自室に向かう。
自室に入ると後ろ手に扉を閉めて、ふーっと大きく息を吐く。問い詰められた時は少し焦ったけれど、念の為に買っておいた囮の飴でうまく誤魔化せた。着替えて髪を結い直し、脱いだ服を洗濯かごに持っていく。
「おっと危ない」
部屋を出る前に誰にも見られていないことを確認し、香霖堂で買ったタバコを取り出すと、鍵付きの引き出しにしまってから台所に向かう。
◇◇
夕食の猪に舌鼓をうった後、いつものように諏訪子様と楽しくお話をして、いつものようにお風呂を沸かして一緒に入り、いつもより少しだけ早く布団に入った。なのに、いつもなら眠っているはずの時間になっても眠ることができない。何度目かもわからない寝返りをうった時に、机の引き出しが目に入る。気にしないように反対方向に寝返りをうって目を閉じる。
買い物帰りに香霖堂に立ち寄ったのは気紛れだった。店主さんと他愛のない雑談をしながら、店に並んだ品々を通して外の世界を懐かしむ。卵型の携帯ゲーム、ローラーの付いたかわいい靴、片言で喋る猫か何かよくわからない生き物。この歳にして、ちょっぴりノスタルジーな気分に浸るのも悪くない。
そんな折に見つけたのがタバコだった。
外の世界にいた頃にコンビニや自販機で見かけたことのあるそれを、私は無意識に手に取っていた。ここでは何歳から吸えるのか尋ねると、店主さんは不思議そうに首を傾げた。お小遣いで買える値段だけど、あまり子供が好むものではないと答えてくれた。
私は横においてあった飴の袋を手にとると、さもこちらが本命でタバコはついでとでも言うように、両方買ってお店を出た。
身近にタバコを吸う人間はいなかった。そして言うまでもなく、私は今までの人生でタバコを吸ったことはなかった。なぜなら私は未成年であり、『いい子』だったから。しかし必ずしも周りもそうではなかった。昔は親しかった友人の中にも、髪を染めてみたり、ピアスの穴を空けてみたり、タバコを吸ってみたり、非行に走る子も少なからずいた。授業を受けている時に、隣の席からタバコの残り香がして顔をしかめたこともあった。そんな子たちを情けないと思った。格好悪いと思った。馬鹿だと思った。でも少しだけ羨ましくも思った。
そんな思いにふけったところで、やはり眠気はやってこない。水でも飲みに行こうかと布団から起き上がり、ドアノブに手をかけたところで振り返る。目線の先にあるのはもちろん鍵付きの引き出し。少し考えた後、振り返って引き出しの前に向かい、取り出した鍵を差し込む。何をするつもりなのか自分でもよくわからないままに鍵を回すと、カチャリと音を立ててロックが外れる。
「……」
引き出しの中にしまっていたはずのタバコがどこにもなかった。
◇◇
「おーそーいー」
タバコ泥棒の犯人、私の神様は縁側の柱に背中を預けてタバコを吸っていた。月明かりにふんわりと照らされながら、物憂げにこちらを見つめるそのお姿は、人ならざる色気を放っていた。ひょっとすると、私はタバコを吸う神様に惹かれる癖を持っているのかもしれない。
「……別に約束していたわけではありませんし。そもそも私が探しに来なかったら、ここでいつまでも待っているつもりだったのですか?」
「探しに来るってわかっていた。神様だから」
でもいつ来るかはわからなかったんですね、という言葉は飲み込んでおく。諏訪子様が吸っているのは、私が内緒で買ってきたタバコで間違いない。今まで諏訪子様が吸う姿は見たことがなかった。諏訪子様は自分の隣に座るように促し、私は言う通りに腰を下ろす。お互いに何も言わず、沈黙の中で虫の音だけが響く。初夏のじんわりとした暑さの中で、生温い風に乗ってくる匂いは、蚊取り線香のそれと似ているが少し違う。如何にも身体に悪そうな匂い。副流煙というらしいその煙に抱く感情は、不快と嫌悪、そして僅かな憧憬。
「吸ってみる?」
「……いいんですか?」
「そのために買ったんでしょ」
しばらくの沈黙の後、私の視線から何かを察したのか、諏訪子様がタバコを1本こちらに差し出す。側に置かれた缶詰には、既に吸い殻が数本浸かっている。水道から組んできたであろう水が、灰で茶色く濁っている。
「……いただきます」
少し迷った後に受け取り、吸っている姿を思い浮かべながら、見様見真似で口に咥えてみる。鏡を見なくても、今の自分がどう見えるのかはなんとなく察した。
「似合わないねぇ」
「自分でもわかってますよ」
「別に悪いことじゃないさ」
「どうせ私は『いい子』ですから」
「ほらほら拗ねないの」
ぷいっと顔を背けた私を、諏訪子様がまるで子供を宥めるようになでてくれる。拒絶するほど子供ではないが、素直に受け入れるほど甘え上手でもない。
「……別に吸いたいとか、そういうことを思って買ったわけじゃありません。健康に良くないというのも知っていますし」
「人間にはそうだろうね」
「神様や妖怪はずるいですよね」
口に咥えたタバコを手に取り直す私をよそに、諏訪子様はゆったりと口から白い煙を吐く。ニコチンとかタールとか言ったか、有害物質がたっぷりと含まれているらしいその煙は、幻想の夜を昇っていく。高く高く。
「ちゃんと香霖堂の店主さんに確認しました。こっちじゃタバコを吸うのに年齢制限はありません」
「お酒もそうだったし、そんなもんだろうね」
「なので私がタバコを吸う事自体に、咎められる謂れはありません」
「うんうん」
否定するでも咎めるでもない、あまりにも優しい声にちょっぴり泣きそうになってしまう。諏訪子様はいつもずるい。
「早苗は反抗期とかそういうがあんまりなかったからね」
「私は『いい子』だったので」
「そうだね」
私も人並みに思春期はあった。でもずっと『いい子』だった。神社の娘だったからというのもあるかもしれない。幼い頃から側にいた神様に、恥ずかしくない生き方をすると決めていたからかもしれない。でもきっと、そんなものがなくても私は『いい子』だったと思う。私はきっとそういう人間だった。
「でもちょっとだけ、外の世界が懐かしくなっちゃったのかもしれません。……『いい子』よりも『普通の子』でいたかったのかもしれません」
「悪い早苗だ」
「諏訪子様はどう思います?」
「強いて言うなら私に意見を求めずに自分で決めるべきだと思う」
「手厳しいです」
「……でも独り言を言うのならそうだね。世の中には絶対にやっちゃいけないことはある。ルールとかそれ以前の問題としてね。でもそうでないならさ、一回くらい試しにやって学んでみるのも勉強さ。たかがタバコ一本、人が死ぬわけでもあるまいし」
再度吐き出された煙が、今度は月明かりに中に消えていく。その様子を見つめつつ、手に持っていたタバコを口に咥え直す。
「吸ってみます」
「ほいほい。初挑戦がんばれー」
「……」
「……」
「すいません。火をください」
諏訪子様が思わず吹き出す。私を見つめてはお腹を抱えて堪えきれないといった様子で笑い出す。
「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」
「いやだって。そうだよね、火なんて持ってないもんね。それにしても早苗は本当にかわいいね」
「どうせ私は間が抜けてますよ」
「そこまでは言ってないよ」
ひとしきり笑った後、落ち着くためにふーっと一息つき、諏訪子様は自らのポケットをごそごそと漁る。しかし少し考えるような表情を見せた後、何も取り出すことなく、こちらに来るようにちょいちょいと手招きをする。言われるがままに近づくと、諏訪子様の咥えているタバコの火で私のタバコに火をつける。思わず顔を赤くする私と違い、諏訪子様は慣れているご様子だった。私を通して誰かを見ているようだった。
「んっ!?ごほっぶほっ」
「さ、早苗?」
「ごめんなっけほっ」
思いっきりむせた。息を呑むと同時に一気に煙を肺まで吸い込んでしまった。咳が止まらない。心配した諏訪子様が背中を優しくさすってくれる。
「落ち着いた?」
「すいませんでした」
「気にしない気にしない。それで?初めてのタバコの味はどうだった?」
思った感想を口にする前に、もう一度だけ恐る恐る吸ってみる。今度は落ち着いて、初めての味を確かめるように。ゆっくりと煙を身体に取り込む。
「とても苦いです。なんですかこれ……」
「早苗もそう思う?」
「諏訪子様もなんですか?」
「実は私もあんまり好きじゃない」
そういうところは私の方に似たね、なんて言いながら、諏訪子様はまだかなり残っていたタバコを缶詰の中に捨て、べーっと舌を出す。
「口直し。不良早苗はここまでにして、これを食べたら寝なさい」
諏訪子様は私の口の中に飴玉を放り込むと、立ち上がって自分の寝室に向かっていく。取り残された私は、しばし縁側でぼんやりと夜空を見つめる。頬を撫でるように流れる風が心地いい。口の中に広がるレモン味の甘酸っぱさを感じながら、残ったタバコをゴミ箱に捨てて寝室に向かう。寝る前に歯磨きし直さないと。
「おかえりー」
「あれ?神奈子様はどこに?」
「出かけてった。晩御飯はいらないってさ」
履き慣れたローファーを脱ぎ、要冷蔵品を優先的に冷蔵庫に入れていく。今晩は2人だけなら、夕食は諏訪子様の好みに合わせましょうか。
「諏訪子様は夕食に何が食べたいですか?」
「この前もらった猪があったよね。あれ焼こうよ」
「……神奈子様が楽しみにしていたやつですよね」
「だからだよ」
居間で寛いでいるのであろう諏訪子様のいたずらっぽく笑う声が響く。少し呆れながら、諏訪子様が言い出したんですからねと念を押す。
「そういえば早苗」
「はい?」
振り返ると、いつの間にか背後に諏訪子様が立っていた。じっと私を見つめてくる。帽子の方ではない、宝石のような金色の眼。全てを見透かすような神の瞳。後ろめたさを隠すように、思わず目を逸らしてしまう。
「帰ってくるのが少し遅かったけど、寄り道してきた?」
「香霖堂に少し」
「ふーん……何か面白そうなものあった?」
「……バレてしまいましたか」
観念したように肩を竦めてみせると、ポケットから袋入りの飴を取り出す。諏訪子様のお気に入り、甘酸っぱいレモン味。
「おやおや早苗さんや?まさかとは思うけど、それ全部を独り占めする気だったのかな?」
「そ、ソンナコトアリマセンヨ」
「これは貢物として没収します」
「そんなぁ……」
諏訪子様は私の手から飴を奪うと、高笑いをしながら去っていく。私は肩を落として、部屋着に着替えてきますと告げて自室に向かう。
自室に入ると後ろ手に扉を閉めて、ふーっと大きく息を吐く。問い詰められた時は少し焦ったけれど、念の為に買っておいた囮の飴でうまく誤魔化せた。着替えて髪を結い直し、脱いだ服を洗濯かごに持っていく。
「おっと危ない」
部屋を出る前に誰にも見られていないことを確認し、香霖堂で買ったタバコを取り出すと、鍵付きの引き出しにしまってから台所に向かう。
◇◇
夕食の猪に舌鼓をうった後、いつものように諏訪子様と楽しくお話をして、いつものようにお風呂を沸かして一緒に入り、いつもより少しだけ早く布団に入った。なのに、いつもなら眠っているはずの時間になっても眠ることができない。何度目かもわからない寝返りをうった時に、机の引き出しが目に入る。気にしないように反対方向に寝返りをうって目を閉じる。
買い物帰りに香霖堂に立ち寄ったのは気紛れだった。店主さんと他愛のない雑談をしながら、店に並んだ品々を通して外の世界を懐かしむ。卵型の携帯ゲーム、ローラーの付いたかわいい靴、片言で喋る猫か何かよくわからない生き物。この歳にして、ちょっぴりノスタルジーな気分に浸るのも悪くない。
そんな折に見つけたのがタバコだった。
外の世界にいた頃にコンビニや自販機で見かけたことのあるそれを、私は無意識に手に取っていた。ここでは何歳から吸えるのか尋ねると、店主さんは不思議そうに首を傾げた。お小遣いで買える値段だけど、あまり子供が好むものではないと答えてくれた。
私は横においてあった飴の袋を手にとると、さもこちらが本命でタバコはついでとでも言うように、両方買ってお店を出た。
身近にタバコを吸う人間はいなかった。そして言うまでもなく、私は今までの人生でタバコを吸ったことはなかった。なぜなら私は未成年であり、『いい子』だったから。しかし必ずしも周りもそうではなかった。昔は親しかった友人の中にも、髪を染めてみたり、ピアスの穴を空けてみたり、タバコを吸ってみたり、非行に走る子も少なからずいた。授業を受けている時に、隣の席からタバコの残り香がして顔をしかめたこともあった。そんな子たちを情けないと思った。格好悪いと思った。馬鹿だと思った。でも少しだけ羨ましくも思った。
そんな思いにふけったところで、やはり眠気はやってこない。水でも飲みに行こうかと布団から起き上がり、ドアノブに手をかけたところで振り返る。目線の先にあるのはもちろん鍵付きの引き出し。少し考えた後、振り返って引き出しの前に向かい、取り出した鍵を差し込む。何をするつもりなのか自分でもよくわからないままに鍵を回すと、カチャリと音を立ててロックが外れる。
「……」
引き出しの中にしまっていたはずのタバコがどこにもなかった。
◇◇
「おーそーいー」
タバコ泥棒の犯人、私の神様は縁側の柱に背中を預けてタバコを吸っていた。月明かりにふんわりと照らされながら、物憂げにこちらを見つめるそのお姿は、人ならざる色気を放っていた。ひょっとすると、私はタバコを吸う神様に惹かれる癖を持っているのかもしれない。
「……別に約束していたわけではありませんし。そもそも私が探しに来なかったら、ここでいつまでも待っているつもりだったのですか?」
「探しに来るってわかっていた。神様だから」
でもいつ来るかはわからなかったんですね、という言葉は飲み込んでおく。諏訪子様が吸っているのは、私が内緒で買ってきたタバコで間違いない。今まで諏訪子様が吸う姿は見たことがなかった。諏訪子様は自分の隣に座るように促し、私は言う通りに腰を下ろす。お互いに何も言わず、沈黙の中で虫の音だけが響く。初夏のじんわりとした暑さの中で、生温い風に乗ってくる匂いは、蚊取り線香のそれと似ているが少し違う。如何にも身体に悪そうな匂い。副流煙というらしいその煙に抱く感情は、不快と嫌悪、そして僅かな憧憬。
「吸ってみる?」
「……いいんですか?」
「そのために買ったんでしょ」
しばらくの沈黙の後、私の視線から何かを察したのか、諏訪子様がタバコを1本こちらに差し出す。側に置かれた缶詰には、既に吸い殻が数本浸かっている。水道から組んできたであろう水が、灰で茶色く濁っている。
「……いただきます」
少し迷った後に受け取り、吸っている姿を思い浮かべながら、見様見真似で口に咥えてみる。鏡を見なくても、今の自分がどう見えるのかはなんとなく察した。
「似合わないねぇ」
「自分でもわかってますよ」
「別に悪いことじゃないさ」
「どうせ私は『いい子』ですから」
「ほらほら拗ねないの」
ぷいっと顔を背けた私を、諏訪子様がまるで子供を宥めるようになでてくれる。拒絶するほど子供ではないが、素直に受け入れるほど甘え上手でもない。
「……別に吸いたいとか、そういうことを思って買ったわけじゃありません。健康に良くないというのも知っていますし」
「人間にはそうだろうね」
「神様や妖怪はずるいですよね」
口に咥えたタバコを手に取り直す私をよそに、諏訪子様はゆったりと口から白い煙を吐く。ニコチンとかタールとか言ったか、有害物質がたっぷりと含まれているらしいその煙は、幻想の夜を昇っていく。高く高く。
「ちゃんと香霖堂の店主さんに確認しました。こっちじゃタバコを吸うのに年齢制限はありません」
「お酒もそうだったし、そんなもんだろうね」
「なので私がタバコを吸う事自体に、咎められる謂れはありません」
「うんうん」
否定するでも咎めるでもない、あまりにも優しい声にちょっぴり泣きそうになってしまう。諏訪子様はいつもずるい。
「早苗は反抗期とかそういうがあんまりなかったからね」
「私は『いい子』だったので」
「そうだね」
私も人並みに思春期はあった。でもずっと『いい子』だった。神社の娘だったからというのもあるかもしれない。幼い頃から側にいた神様に、恥ずかしくない生き方をすると決めていたからかもしれない。でもきっと、そんなものがなくても私は『いい子』だったと思う。私はきっとそういう人間だった。
「でもちょっとだけ、外の世界が懐かしくなっちゃったのかもしれません。……『いい子』よりも『普通の子』でいたかったのかもしれません」
「悪い早苗だ」
「諏訪子様はどう思います?」
「強いて言うなら私に意見を求めずに自分で決めるべきだと思う」
「手厳しいです」
「……でも独り言を言うのならそうだね。世の中には絶対にやっちゃいけないことはある。ルールとかそれ以前の問題としてね。でもそうでないならさ、一回くらい試しにやって学んでみるのも勉強さ。たかがタバコ一本、人が死ぬわけでもあるまいし」
再度吐き出された煙が、今度は月明かりに中に消えていく。その様子を見つめつつ、手に持っていたタバコを口に咥え直す。
「吸ってみます」
「ほいほい。初挑戦がんばれー」
「……」
「……」
「すいません。火をください」
諏訪子様が思わず吹き出す。私を見つめてはお腹を抱えて堪えきれないといった様子で笑い出す。
「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」
「いやだって。そうだよね、火なんて持ってないもんね。それにしても早苗は本当にかわいいね」
「どうせ私は間が抜けてますよ」
「そこまでは言ってないよ」
ひとしきり笑った後、落ち着くためにふーっと一息つき、諏訪子様は自らのポケットをごそごそと漁る。しかし少し考えるような表情を見せた後、何も取り出すことなく、こちらに来るようにちょいちょいと手招きをする。言われるがままに近づくと、諏訪子様の咥えているタバコの火で私のタバコに火をつける。思わず顔を赤くする私と違い、諏訪子様は慣れているご様子だった。私を通して誰かを見ているようだった。
「んっ!?ごほっぶほっ」
「さ、早苗?」
「ごめんなっけほっ」
思いっきりむせた。息を呑むと同時に一気に煙を肺まで吸い込んでしまった。咳が止まらない。心配した諏訪子様が背中を優しくさすってくれる。
「落ち着いた?」
「すいませんでした」
「気にしない気にしない。それで?初めてのタバコの味はどうだった?」
思った感想を口にする前に、もう一度だけ恐る恐る吸ってみる。今度は落ち着いて、初めての味を確かめるように。ゆっくりと煙を身体に取り込む。
「とても苦いです。なんですかこれ……」
「早苗もそう思う?」
「諏訪子様もなんですか?」
「実は私もあんまり好きじゃない」
そういうところは私の方に似たね、なんて言いながら、諏訪子様はまだかなり残っていたタバコを缶詰の中に捨て、べーっと舌を出す。
「口直し。不良早苗はここまでにして、これを食べたら寝なさい」
諏訪子様は私の口の中に飴玉を放り込むと、立ち上がって自分の寝室に向かっていく。取り残された私は、しばし縁側でぼんやりと夜空を見つめる。頬を撫でるように流れる風が心地いい。口の中に広がるレモン味の甘酸っぱさを感じながら、残ったタバコをゴミ箱に捨てて寝室に向かう。寝る前に歯磨きし直さないと。
最後の実は諏訪子煙草嫌いってのがとても好きです
年齢確認してる早苗がそれらしくてよかったです
飴をフェイクにしようとするところもしたたかでした
手厳しさもまた、らしい