Coolier - 新生・東方創想話

天狗24時 ~もう一つのアビリティカード異変

2022/07/12 16:56:50
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ー0.

梅雨も終盤、じめじめとした空気が立ち込める幻想郷。
夜になって雨は止んだが、まだ空には雲が低く垂れこめていた。
妖怪の山の中腹、偽天棚。飲み屋や賭場が集まる一大繁華街である。
華やかな中心部から少し離れた、川向かいの区画。ここは山に棲む妖怪でもガラの悪い連中の溜り場として知られている。
違法賭博、詐欺、売春。山の風紀を乱す犯罪の温床である。
川の向こう側から一転、彼方此方に水溜まりが残り、ゴミの散乱したメインストリートを1人の少女が歩いていた。
所々すり切れた襤褸で全身をすっぽりと隠している。小柄な体躯。腕も脚も枯れ木のように細い。頭まで被ったボロから薄汚れた顔が覗く。
少女はとある露店の前で立ち止まった。店のケースには色とりどりのカードが並んでいる。
現在進行形で幻想郷に社会現象を起こしている、アビリティカードという玩具だった。
幻想郷の名士の能力をコピーし、弾幕ごっこの際に自身をサポートできるという代物。
カードの種類によって流通量がバラバラであり、特に強力とされるレアカードは高値で取引されている。所詮は玩具だが、こんな場末でも―いや、場末だからこそ取り扱う店があるのだった。
「あのう…カード下さい」
少女はかすれた声を絞り出した。
頭に牛のような角を生やし、でっぷりと太った店主は目の前の少女をジロリと見下ろす。
物乞いでもやっていそうな身なりだ。文無しのくせに、こんな物にハマっているらしい。それでなけなしの有り金をつぎ込んでいるのか。
まあ此処に来る奴というのは須く落ちこぼれである。同情の余地皆無の屑揃い。この少女とてまともに取り合う筋合いはないと店主は判断した。
「本当に金は持ってるんだろうな?ウチはレア物しか取り扱ってねえ。値は張るぜ。
もし金が無えんだったら…分かってるよな?」
店主はクイッと脂ぎった右手の親指を人差し指と中指の間に挟む。足りない分は身体で払え、というサイン。
少女はビクリと肩を震わせたが、コクリと小さく頷いた。
店主はニヤニヤ笑いながら頷くと、手元からカードを2枚取り出した。
「最近新製品が入荷してな。特別に見せてやる。
これは『人を削る為の純粋なカード』。発動すれば一瞬で相手の体力を削る事ができる。
こっちは『狐狗狸さんのホーミング』。自動的に敵を追尾して攻撃する使い魔となる。
どれも表では流通してねえ貴重な品だ。1枚3円でどうだ?」
少女は顔を近づけて見入っている。すっかり夢中になっていた。
意気揚々と胸元からがま口を取り出したはいいが、すぐにがっくりと肩を落とした。
幻想郷の物価は明治時代基準だ。3円ともなると結構な額である。目の前の乞食少女にはとても出せる金額ではなかった。
「あの…他にはありませんか?できれば、もう少しお安い物を…」
食い下がる少女に店主は舌打ちした。少女の胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「なんだお前。冷やかしに来ただけかよ。文無しのクソガキに売る物は無え。
買う気がねえならとっとと帰れ!」
眼前で吠えられ唾を吐きかけられた少女だが、様子がおかしい。
肩を震わせている。
怯えて泣いているのか?
否、嗤っているのだ。面白くて仕方がないといった風に。
先程とはまるで違う、気味の悪い笑い声が漏れる。
濁った黄色の瞳が店主を見据えた。
「ククククククククククク…
パチモン振りかざしてイキるなよ。
そんな物ラインナップに存在しないっての。しかもまた随分と粗悪な贋作じゃないか。元の能力の持ち主に謝れよ。
それにカードの売り買いは専用の通貨で行う決まりになってる。ましてや勝手な吊り上げなんて論外さ。
役満だな。これがお上にバレたら…どうなるかね?」
「お前、まさか…!?」
店主は顔を青くした。
毛むくじゃらの腕からパッとすり抜けると、少女はそのまま露店の屋根まで軽やかに飛び上がった。ふわりと襤褸切れが舞い落ちる。
まばゆい絹糸で織られた白い民族衣装。豊かな金髪からは大振りな狐の耳が生え、整った毛並みの尻尾が零れ落ちた。
少女は呆然とする店主を面白そうに一瞥すると、声を張り上げた。
「違法取引店発見!業者の身柄を確保せよ!」
次の瞬間、少女の元へ鴉天狗が数人飛んできた。


ー1.

「最近山でも転売屋が増えてきたじゃないか」
「そうですね」
調度品が並ぶ広い部屋に2つの声が響く。一方は低いハスキーボイス。もう一方は明るいソプラノだ。しかし露骨に白々しい響きを含んでいた。
「社会派ルポライターとして何か思う事はないか?射命丸よ」
「…何か頼みたさげですが。世の潮流を嘆く以前に、権力に屈さない事がジャーナリズムの大前提です」
「あー、もう!お前はなんでこうも察しがいいんだよ!」
部下のつれない返答に、上司はマホガニーでできた自分の机に思わず突っ伏した。衝撃で書類の山から数枚紙切れが舞い上がる。
幻想郷は妖怪の山の頂上付近に立つ屋敷。その一室に2人の少女が正対していた。
熨斗目花色の豪奢な装束を着込んでいる大女が鴉天狗の大将、飯綱丸龍。
カッターシャツに黒いミニスカートという、軽快な服装をした痩身の少女が伝統の幻想ブン屋こと射命丸文である。
小柄ななりだが齢一千年を越す、れっきとした鴉天狗だ。目の前の大天狗にとっては年上の部下となる。
すました表情の文を上司の龍がジットリした目付きで睨みつける。
「こういう時だけイイ子ぶるなよ。むしろお前は少しくらい上の言う事を聞け」
「私はいつだって清く正しいですよ。最近始めた事業がしっちゃかめっちゃかでトサカに来てるのでしょう?」
「なんだ知ってるんじゃないか。じゃあ話が早いな」
文は彼女が今日自分を呼びつけた大元の理由をあっさりと喝破した。
巷で流行っている、所謂アビリティカード。今目の前に座る大女こそ、このブームの仕掛け人である。
外界のガチャを参考にしたビジネスで山の経済を回し、沈滞気味だった天狗社会の経済を活性化させる算段だった。ついでにいえば利益の一部をちゃっかり自分の懐に収める狙いもあった。目論見通りカードは大いに流通し、発案者の龍以下天狗社会は十分な利益を上げた。
尤も使う原料が原料なので博麗の巫女がカチコミに来たり、勾玉職人の神様から厳重注意を受けたり、誰かさんのせいでビジネスパートナーであった虹色の神と仲違いしたり、色々あったのだが。
しかし今回の問題はそこではない。
目下大天狗を悩ませていたのは山の底辺で蠢く虫ケラ共である。
「酷いものだよ。転売どころじゃない。最近は偽物を勝手に製造して売りさばく輩も出てきた。あの虹色の神じゃあないが、市場の荒廃っぷりは目に余る。
私が公認した取扱業者と、偽物を掴まされた被害者への補償をせにゃあならん。おかげで2ヶ月連続の歳出超過だ」
知り合いの山女郎から手に入れた煙管を手で弄りながら、龍が苦々しく吐き捨てる。なるほど近頃は彼女の黄金伝説にも翳りが見え始めてきたようだ。
目の前の大天狗は金の亡者と陰口を叩かれる程に金に汚いが、利益を横取りされるのは誰だって腹が立つ。
「とんだ金の卵でしたね。しかしいくら違法取引に腹が立っているといっても、営業の自由があるはずです」
「ここは妖怪の山だ。山には山の掟があり、我々のやり方がある。麓の登山口にある『この先日本国憲法通用せず』という立て看板を知らんのか」
「チンケな都市伝説じゃあるまいし…何時そんな馬鹿らしいもの設置したんです」
「守矢の空中索道建設時だ。
それに何より、状況は日に日に悪化している」
「と言いますと?」
文が尋ねると、龍は眉間に皺を寄せながら言い放つ。
「増えてるんだ。急激にな。
見ろよこれ。こっちが先月分。それでこっちが今月のだ」
龍は背後の書棚から書類の束を取り出した。パラパラとめくって検分する。
今まで捕まえた違法業者のプロファイルだった。老若男女人妖とりどり、いけ好かない顔が並んでいた。
先月までの分と今月分では明らかに報告書の厚さが違った。
「ふむ…先月比8割増といった所ですか。これで氷山の一角と考えると気が遠くなりますね」
文の所見に龍が頷く。
「それで、だ。私は現下の状況への対処のために捜査官を招集する事にした」
「捜査官って…管狐がいるでしょう」
管狐。龍の最側近を務める菅牧典の事である。
飯綱大天狗の懐刀と評される彼女こそ、探偵めいた仕事にうってつけだと文は思った。しかし龍は首を横に振る。
「あいつは摘発に回している。それにこういう仕事はあいつよりお前の方が向いているんだ。なんだかんだ根は真面目だからな、信頼に足るんだよ」
「聞かなかったことにします」
「なんでよー。お前は据え膳を喰わないタイプじゃないだろう。実態を暴けたらスクープだぞ?
お前、今月の新聞大会でも振るわなかったじゃないか。いいネタになると思うんだがなぁ」
頬を膨らませながらなおも食い下がる龍。威厳も何も無いが、親しみやすいと言えば幾分聞こえはいいか。
「私の新聞はゴシップとパパラッチ専門ですので。それに私にも予定があります。
椛を揶揄ったりはたてと食べ歩きに行ったり霊夢の寝顔を盗撮してある事ない事書き立てたり、チルノさんと遊んだりと忙しいのです。探偵ごっこは上昇志向旺盛な連中に任せればよろしい」
あくまでスマした表情の文。口調は丁寧だが、小馬鹿にしているのがありありと分かる。慇懃無礼の権化。
ジャーナリストの矜持だとかゴタクを述べているが、要は龍をおちょくって遊んでいるのだ。
理由もほどほどに龍の執務室を後にしようとする。戸に手をかけたところで、背後から声が飛んできた。
「そうか、どうしてもやりたくないと。なら此方にも考えがあるぞ」
振り向くと龍は1枚の紙切れを此方に見せつけていた。後ろの窓から差し込む光で顔は影になっている。しかし逆光下でもニンマリと笑っているのが読み取れた。
文の動きが止まる。嫌な予感がする。
「…なんですかそれ」
「辞令だ。本日付けで鴉天狗報道部記者・射命丸文を我が『飯綱報知』の特派員に任命する。期間は事件解決まで。ちゃあんと天魔殿からの印もある。これで逃げられんぞ」
「ちょっ」
勝ち誇った声で高らかに宣言する龍。一方の文は珍しく狼狽した。
『飯綱報知』は龍が大天狗名義で発行している新聞である。月一発行の官報の意味合いが強いが、時たま特集を組むのである。その特派員として体よく任務を押し付けたのだ。
天狗社会は厳密な縦社会だ。上の命令には逆らえない。普段は好き勝手している文も、大天狗どころか天魔のお墨付きまでついていては流石に従うしかなかった。
形勢逆転。
今度は龍のターン。したり顔で文を見やる。
先程まで得意満面だった部下が顔を赤くしたり青くしたりする様は見ていて実に愉快だった。
「ジャーナリズムに殉じるんだろ。これで文句はあるまい?
手を抜くなよ。半端な記事は書けないからな。定期的に報告書を上げろ。
期待しているぞ、社会派ルポライターさん」
「ギギギギギギギギ…」
呵々と笑う龍を前に文は歯ぎしりする事しかできなかった。


ー2.

「はあ…アビリティカードねぇ。ただのオモチャでしょうに。こんなゲームに本気になっちゃってどうするのって話です」
ブカブカの腕章をつけて、文は卓上の煎餅を齧りながら目の前の黒板を眺める。
屋敷の一室に置かれた即席の捜査本部。そこで今彼女は現状についての説明を受けていた。
ガリガリに痩せた身体を絹の民族衣装に包み、狐の耳と尾を生やした少女―菅牧典がヤレヤレと首を振る。金髪の間から除く濁った瞳には呆れの色が浮かんでいる。
「それは娯楽品の製造販売に関わる人への侮辱ですよ。それに概して玩具、特にコレクション性のある物は転売のネタになりやすいのです。販売網の汚染は深刻な物があります」
「しかし何にせよ虫は付く物でしょうに。あまり苛烈にしょっぴくと銭ゲバの印象が更に強まりますよ」
文が龍への当てこすりを繰り出すと、典は少しばかり機嫌を損ねたようだ。瞳に侮蔑の色が混じる。
「我々の気も知らないで、随分と奴等の肩を持つんですね。三流記者の癖に」
片眉を吊り上げる文。しかし典は気にも止めない素振りで説明を続ける。
「共同開発者である市場の神の意向により、カードは正当な売買契約によって取引された場合でしか能力を発揮しないのです。とどのつまり正規の業者から、専用の通貨を用いて、定価で買わないとダメなんですよ。
転売や価格操作なんてしたらただの紙切れです。あまり紙切れが流通してしまうと信用に関わります」
「あ、私がモチーフのカードもあるじゃないですか。やったー、どんどん布教しちゃお」
『疾風の下駄』を見つけて文がはしゃぐ。
もはや説明を聞いていない鴉天狗に典の方でもまともなコミュニケーションを放棄したようだ。ジットリとした目をかけて攻撃する。
「貴方の手札人気低いですけどね。空白に次ぐハズレで定着してますよ。
あまりに売れ行きが渋いのでこちらも定価の引き下げを検討しているくらいです。所詮速さだけが取り柄の貴方らしい」
ねばついた狐の声。あんまりな誹りに今度は文が机に突っ伏す事となった。
「あの…もっとこう手心というか…」
「ならせめて話を聞いてください!」

「粗雑ながら方針を示すとすれば、やはり何らかの勢力が裏で糸を引いていると考えるべきだろう。自然発生で起きる規模ではない。
そして黒幕はカードのモデルとなった者の可能性が高い。他の者よりも関わりが強いからな。売り買いするにしても弾幕ごっこを知らない奴は手も出せないはずだ」
龍も入って作戦会議は仕切り直しながら続けられた。
照明代わりの天狗火の灯りに浮かび上がる龍の横顔。瞳に宿る光は鋭い。
「対象は山の中とは限らないと?」
文の言葉に龍が頷く。
机の上にアビリティカードをばらまき、改めて眺めてみる。
正式なカードは全56種類。
まず非売品を除外し、誰の能力も反映していない物や、事業関係者の物も弾いていくと40種余り。
ようやく姿勢を正した文の手元には『鬼傑組長の脅嚇』。
「真っ先に疑うべきは畜生界の連中でしょうか?」
文は彼女と直接の面識は無い。しかし黒い噂はいくつも漏れ聞いていた。あの亀もどきの組長には随分と手を焼いたと、霊夢が宴の席で愚痴っていたのを思い出す。
「そうだな、鬼傑組のトップ・吉弔八千慧に頸牙組のボス・驪駒早鬼、霊長園の新興宗教の指導者・埴安神袿姫。黒いシノギは彼等の十八番だろう。
しかし今回に限って言えば、彼等は除外しても問題ない」
首を傾げる文に龍が今までの報告書の束を見せる。
「最初は確かに彼等の手先がいた。オオカミ霊かカワウソ霊、或いはそのシンパだ。しかし最近では彼等の息のかかった者は殆どいない」
「同業者がゴミのように増えていますからね。パイの取り分の減少と締め付けの強化を察知して、いち早く撤退したのでしょう。
いずれも中々のやり手と聞きます。奈落の底でもっと金になるビジネスを発掘したのかもしれませんよ」
典の推理に龍も頷く。
「そういえば、地獄の方で石油が産出したとか何とか聞いたぞ」
一通り聞いて文は安堵の表情を浮かべた。
「じゃあ畜生界まで赴く必要もありませんね。あそこは物騒な話をよく聞きますから」
『弱肉強食の理』と『偶像防衛隊』を手に、典がしみじみと呟く。
「しかし、前の異変の黒幕が3人揃い踏みとはなんだか微笑ましいですね」
「ああ。地の底で抗争を繰り返していると聞くが、本当は仲が良いんじゃないか?」

―その頃、畜生界
「へっきし!ん…誰か私達の噂でもしてんのかな」
「驪駒。そのような事どういいですから、対剛欲同盟戦略会議を始めますよ」
「くしゃみで人の噂を連想するなんて、早鬼ちゃんったら乙女ね〜」
「うっさい埴輪マニア」

「…で、だ。改めて見ていくと、ここ最近とっ捕まえた連中はいろんな奴が入り乱れている。
一匹狼のフーテン野郎から半グレ一味、小規模な暴力団の構成員と所属も様々だ。ここに関係性を見出すのは難しい。
となると幅広い種族に働きかけられる団体が怪しい。
クサいのは守矢神社だな」
「人妖問わずコネがある宗教団体。信者を唆せばいくらでも動員できましょう」
龍は『蛇の抜け殻入りお守り』を指で弾く。傍らの典も続いた。
守矢神社は天狗社会のパートナーでありライバルだ。中間管理職の龍とは昔から折り合いが良くない。
今回の異変を察知した早苗と交戦しただけでなく、彼の神社は龍が放逐した神・天弓千亦と手を組んで市場を開く事になった。
天狗との関係を聞きつけた神奈子が龍の所にまでショバ代を要求しに来たのは記憶に新しい。
「あとは紅魔館も怪しいかと思われます。前に人間のメイド長が押しかけてきましたし」
「そうみみっちい事をする連中とは思えませんがね…特にレミリアさんの所はロケット作って月に行くようなメンツです。面白そうだと感じたら対抗ブランドを立ち上げるくらいはやるでしょう」
三柱及び紅魔館の連中の人となりをよく知る文は2人の推理をやんわりと遮った。
守矢神社については彼女も色々と思う事はあるが、名を傷つけ信仰に影響を及ぼす事はしないと分かっていた。手練れだが手段を選ばない連中ではない。
吸血鬼は利益よりも興味で首を突っ込んでくる質である。このような形での関わりはおよそ文には想像できなかった。
「さて射命丸よ。お前はカードのモデルとなった人物の殆どと面識がある筈だ。聞き込みに回ってくれ」


ー3.

次の次の日。
山の上空、ぽつりぽつりと雲が浮かぶ下を1人の鴉天狗が滑空する。
太陽はすっかり高くなり、暑さも厳しくなってきた。今日は比較的湿度が低いのが救いか。
適度に葉団扇で風を起こしながらダラダラと飛ぶ。いかにも気怠い様子だった。
「はあ…立場に託けて、また面倒事を押し付けてきやがった。まだ七百ぽっちだってのに、随分と偉くなっちゃって」
ぶちぶちと文句を垂れているのはやっぱり射命丸である。
万年報道部の昼行灯に徹している文に対し、今やキャリア組としてバリバリ働く龍。
文本人もリスペクトはしていた。彼女のバイタリティーには一目置いている。彼女は凝り固まった上層部で一際輝く一等星だ。
しかし、彼女が幻想郷に越してきて間もない頃に面倒を見たのは他ならぬ文であった。その頃の記憶のせいで、今でも若造扱いが抜けないのである。
他の大天狗から指図されるのは割り切っているので気にもならないが、彼女から命令されるのはなんとなくしっくりこない。
そうこうする内に降り立ったのは偽天棚。カードの売買が盛んな地区だ。

案の定と言うべきか、現場に到着しても一向に気が乗らなかった。
情報収集という名目で暇潰しをしようと、場末の茶屋に入る。
煙ったく、雑然とした店内で文は見知った顔を見つけた。
「太夫さん、御無沙汰です」
彼女が声をかけたのはゾロッとした出立ちの女性。
紫の髪、妖艶な目線、あでやかな着物。龍をかたどった煙管を燻らせるのは、この地で賭場の胴元をやっている駒草山如である。
彼女は山女郎であって天狗ではない。しかし龍とは公私で交流が深く、今回の事業にも一枚噛んでいたのだった。文は賭け事は好まないが、取材を通してそれなりに面識があった。
向かい合って座った鴉天狗を一目見て、向こうはすぐにピンと来たようだ。
「文ちゃんか。調子はどうだい?」
「よくないですよ。アビリティカードの一件で飯綱丸様から探偵ごっこを押し付けられたんです。
今じゃあの方の新聞の特派員ですよ。まったく、ふざけている」
腕に付けた腕章をわざとらしく見せつけてくる文に山如は苦笑した。
「鴉天狗の旦那も相変わらずだねぇ。しかしお前さんのことだ、旦那の頼みなんてハネつけそうな物だが」
「ええ、ええ。あの方とくれば私より年下の癖に、いつも偉そうな顔してふんぞり返っていらっしゃる。そんな大天狗サマのありがた~い話なんて普段は流してますけどね。
今回くらいはポイントを稼ぐのもアリかなーと思ったんです。それだけです。力を貸してやろうなんてこれっぽっちも思ってませんからね」
心なしか普段よりも早口になる文が可笑しかった。
「ははは…鴉天狗ってのは素直じゃないなぁ」
「そりゃあ数百年の付き合いです、あの方への愛憎は一言じゃあ言い表せませんよ。
ただ権力を盾に人を使うところは大嫌いですね。それで働かされるのは気に食わない」
運ばれてきた煎茶に目を落としながら含みのある言い方をする。一皮剥けば恨みつらみに見せかけた惚気が溢れ出しそうだ。
フーッと甘ったるい煙を吹きながら、山如が口を切った。
「旦那からの依頼だけじゃ気が重いと。じゃあ私からも頼めばやってくれるかな。
実はな…先日うちの賭場に放火された」
文は口を付けたお茶を思わず噴き出した。
「あやややややややや、大ニュースじゃないですか」
「そうさ。アンタが来ないのが不思議な位だよ。
小火で済んだけどね。当分は休場さ。まあ旦那から補償をもらって話は付いてる」 
「やっぱり、カード絡みですか」
文が声を潜めて問うと、妖怪胴元は頷く。
「ああ。現場から脅迫状が見つかった。
しかも下手人はまだ捕まっていないのよ」
滴るように長い髪をかき上げる。
文はネタ帳代わりの文化帖―彼女のブン屋七つ道具の筆頭である―を取り出すとペンを走らせる。
「最初は飯綱丸様の道楽とバカにしていましたが…看過できませんね。こちらも本腰入れる気になりましたよ。
当地は不案内ですから、先導してもらえますか?」
「よしきた」

程なくして茶屋を出た2人。
「ああ空気が悪い、こんな所妖怪が生活する環境じゃあないでしょう。いるだけで肺を悪くしそうです」
文は毒づきながメインストリートを行く。高下駄に引っかかるゴミをいちいち払いながら歩いている。横で煙管を吹かしながら山如が窘めた。
「まあ、あまり悪く言いなさんな。流れ流れてココに行き着いた連中も多いんだから。
それに煙でも吸ってりゃ気にならんよ。お前さんも一服どうだい?」
「遠慮します…と。これはこれは。
徹底的に破壊されてますね。取り押さえた時にやったのだとしたら相当ですな」
「鴉天狗の治安部隊ってのは容赦しないからねぇ。一度仕事が入れば目ン玉ギラつかせて地獄の果てまで追ってくる。やくざ者よりよっぽどおっかないわ。
そういや、お前さんも以前入ってたんだろう?」
「昔の話です」
文は珍しく苦い表情をした。
しばらく廃墟の中を漁っていたが、立ち上がって首を横に振る。
「目ぼしい物は何も残ってません。検挙時に証拠品として悉く押収されたようですね」 
その時、1人の少女が廃墟の前を通り過ぎた。
高下駄を履いた文とほぼ同じ目線だから身の丈は165cm前後か。ちょっと日焼け気味の肌。サバゲ―でもやっていそうな迷彩柄のジャケットを着ている。ミリタリーキャップからカールした薄緑色の髪があふれる。背尾子に括りつけた巨大な道具箱が目を引いた。
「おや、たかねちゃんじゃないか。珍しいねぇこんな所に」
「あ、太夫さん。先日は災難でしたね。
今日は酒のつまみの乾燥尻子玉を買いに来たんですよ。ココにしか売ってないんですよね」
サラッと恐ろしい事を言うこの少女は山城たかね。秘天崖で小さな工務店を営む山童だ。彼女も正規売人の1人として事業の末端を担っている。
「横の鴉天狗サマは何用で?」
「あやや、御無沙汰しております、清く正しい射命丸です。
私は違法取引の調査に駆り出されたまでで」
文の言を聞いてたかねはほう、と息をついた。何か心当たりがあるらしい。
「そういやたかねちゃんも売人だったね。そっちはどうだい?近頃はゴロツキも多いらしいじゃないか」
「酷いもんですよ。売人は私の他にも何人かいるんですけど、みんな連中から営業妨害受けてます。
うちの商工会でも問題になってましてね。今度大天狗様に直訴しようかって話もあるんですわ」
彼女の言を聞いて文の目が光る。
「その話、詳しくお聞かせ願えますか?」

ところ移して山の中腹の大衆食堂。
「カードの売り買いも初めは平和なもんでしたよ。
私みたいに外回りのついでに売るのもいれば、自分の店に並べておくのもいたりで。みんな思い思いの売り方してました。
何日か分の売り上げを窓口で換金してもらって、契約料として上に納めて残りは生活の足しにして。まあだいたい黒字でしたねー。
客も弾幕ごっこかじってる層だから大半が顔なじみ。時たまカワウソっぽい奴がパチモン売ってるんで、大天狗様に通報するくらいのものですわ」
川魚定食についてきた浅漬けをボリボリ食べながらたかねが話す。隣で蕎麦湯を啜りながらメモを取る文。山如は横で地酒をちびちびとあおっていた。
緑茶で漬物を流し込んでからたかねが続ける。
「状況が変わったのは巫女たちが乗り込んできた頃だったかな。
あの前後から取引も増えて、動く金額がでかくなってきたんですが。
新作のカードを先行入手したとか、向こうでふっかけられたとか、変な噂がちらほら出てきたんですよね。
1枚でコスト1000超えとか。でも問い合わせてもそんな物はない、というんです。
あとは転売とか、普通の通貨で売ったりとか。ミケちゃん曰く1コスト10円が相場っぽいです。
ここ最近でヤバいのは価格操作っすね。数十人単位で叩き売りしてるようで、私達がワリを食う始末。
『なんでここのカードはこんなに高いんだ』って妖精に因縁つけられた時は閉口しましたよ。安く仕入れたいのなら私のカード買えっての」
「それはこっちでもあったねぇ。河童が押しかけてきて『あっちは安かった値段を下げろ』と五月蠅いのなんの。全員纏めて出禁にしてやったよ」
山如が援護射撃をする。ライバル達のみっともない真似にたかねは呆れた様子だった。
「両生類さぁ…ま、そんなこんなで最近は商売あがったりですわ」
一通りメモし終えた文がたかねに聞く。
「最近は業者が増えてきて、違法取引の多様化・組織化が著しいと」
「ですです。さっきお二方が見ていた露店も仲間内で話題になってましてね。相当アコギな事やってるって」
「デカいバックがケツ持ちしてるんだろうねぇ」
「違法業者というのはどのような層が多いのでしょうか」
「そうだなぁ…どうも山の外の連中が入り込んでるっぽいんですよね。近頃は見覚えの無い顔ぶれも増えました。
あと実際に会った奴曰くケモノ臭いらしいです。人間に化けてても尻尾生やしてたりとか。ただの妖怪ってよりも妖獣が多いみたいですよ」
「ふむ…」
脳内検索をかけていく。山の外、ケモノ、ダーティーな商売。その中から畜生界は除いて…
諸々の条件を入れていくと、文の脳内の人妖名鑑はある人物を指した。
「なんとなく犯人の目処が着きましたね。あとは証拠集めでしょうか」
店を出てたかねと山如にお礼を言ってから、文は徐に飛翔する。
来た時と違って勢いよく飛行しながら、脳内で今後の予定を立てていく。
たかねから得た情報の裏付けに証拠品探し。やる事は沢山ある。
急に生き生きとしはじめた文の後姿を眺めながら、山如はしみじみ呟いた。
「ああも嫌々だったのに、なんだかんだ尽くしてるじゃないか。
やっぱり鴉天狗ってのは素直じゃないねぇ」


ー4.

天魔様直々の命令で、新しくこの地に移住してきた天狗の世話をする羽目になってしまった。面倒だ。
『この度山に越してきた飯綱丸だ。よろしく頼むよ』
第一印象はデカいの一言。図体も態度もデカかった。
これが自分よりずっと年下の、せいぜい四百かそこらの若造とは。
気に食わない。傍らの陰気な狐も含めて、あまり親しくなれそうになかった。
『射命丸文です。お噂はかねがね』
『まだ此方に来て間もないから暮らしぶりも分からん。案内してくれないか』
『はいはい、仰せの通りに』
聞けば信州で妖怪の頭目を張っていたという。尊大な態度はそれゆえか。
しかしこの山で外のやり方が通ると思ったら大間違いだ。近い将来、若気の至りを後悔するだろう。
今に自信も矜持も捨て去って、この天狗社会の中に埋没していく。
せいぜいいい夢見る事だな。

奴が越してきて半年もした頃だったか。知らせを聞いて飛んでいった。
『大蜈蚣を討伐したと聞きましたよ。我々の誰もが手を出せなかったのに』
手酷くやられていた。見ているこちらも目を背けたくなるほどだ。
それだのに嬉しそうに笑っていた。
『百々世というらしいぞ。
可愛いなあの子は。お前が生を全うした暁には、是非俺に喰われてくれとアプローチされてしまった。この山で初めて天狗以外の友人ができたよ』
『…お受けしたので?』
『自分の行く末くらい自分で決めるさ。
ついでに彼女と取引をした。前述の約束と引き換えに今後は山で暴れない、とね。彼奴は名目上は私の配下となる。
お前たち彼奴には随分と悩まされていたんだろう?これで安心して過ごせるぞ』
嗚呼、バカだ。此奴は馬鹿だ。大莫迦者だ。
どこの世界に我が身を喰われても構わないなんて奴がいるんだ。
兎や龍や釈迦ならいざ知らず、我等は妖怪だ。天狗だ。喰う側であり食われる対象ではない。
しかも、よりによってあの大蜈蚣に。醜悪な姿に不快な毒。この山きっての鼻つまみ者だ。
よしんばあの蜈蚣と約束をしただと?無駄だ。アレを統制できるとでもいうのか。
分からない。
こいつは一体何なんだ。
『…どうも飯綱丸様は巷の天狗と一味違うようだ』
『一生ヒラでいるつもりは無いからね』
こんなやり取りをした数日後、奴は何事も無かったかのように復帰していた。

『随分と沈んだ顔をしているな。どうしたんだ?』
ひときわ憂鬱な午後に、彼女が声をかけてきた。
普段なら追い返すところだが、これからの事を思うと気力が湧かない。
『3日後、月に一度の鬼との宴があるんですよ。それで私達にまた接待を任されたのです』
『良かったじゃないか。お前酒好きだろう』
そうじゃないのだ。ああ腹立たしい。
感情的にまくしたてる。
『ちっとも良くないですよ。最低の宴会です。彼等は加減という物を知らないのです。何が正々堂々だ、自分達以外のやり方を受け付けないだけじゃないか。
…それで、鬼と対等に飲める天狗は限られてますから、私達数人がいつもその役目を遣わされるのです』
『へーえ、そうかそうか』
それだけ言うとどこかに飛んでいってしまった。
所詮彼女は新参者。我等の…私達の事情に興味なんて無いか。

彼女が再び姿を現したのは5日後だった。
『龍さん、大丈夫でしたか』
『ああ。百々世と2人で鬼相手に大立ち回りを演じてやったぞ』
それは晴れ晴れとした表情だった。
『え、え。え?何やってるんですか』
『上も下も酒は楽しく飲みたいだろう。だから直談判してきた。拳でな』
『え、ちょ。マジで何やってんすか』
焦る私に彼女は顔を近づけてくる。
『いいか、言葉が通じない相手には然るべき手段で訴えろ。目には目をって奴だ。
なーに、そうは言っても彼等とて話が全く通じない相手ではない、筋が通る要求なら向こうも受け入れるさ。星熊童子だったか。あれはよくできた御仁だな』
私達を思っての行動、なのだろうか。
この5年間、彼女には驚かされてばかりだ。
若造のクセに。
否、むしろ若いからこそか。
『はぁ〜…今頃天魔や他の大天狗は胃に穴空いてますよ』
『お前達の肝臓に穴が空くよりはマシだろう。なあ、文』


『…あや!おい、射命丸!起きろ、まだ会議中だぞ」
肩を揺さぶられる。目を開けるとそこには上等なお召し物を纏う大天狗。
文は口元の涎を拭うと姿勢を立て直した。
どうやら居眠りしている内に昔の日々を夢に見ていたらしい。
もう数百年も前なのに、龍が妖怪の山に引っ越してきた頃の光景は今でもたまに夢に見る。それだけ強く残っている記憶なのだ。
同時にあの頃のような関係に戻る事はもう無い。幻想郷でも時間の流れは一方通行だ。歳月による変貌ぶりは嘆かわしいほどだった。
「はあ…あの頃の飯綱丸様は勇敢で格好良かったのに。
今じゃパワハラの権化。全自動三脚ぶん殴り機じゃないですか。年月と権力は人を変える」
嘆息する文に龍は呆れたように息を吐いた。
「少しは自分の所業も省みてくれよ。本当に多いんだぞお前の取材と記事への苦情。ついでに言えば今月の報道部の会費また滞納してるだろう」
「知りましぇ〜ん」
「まあそれは今の本題ではない。特派員に任命して1週間経ったが、進展はあったか」
「はい。偽天棚の木賃宿に泊まって、あれこれ嗅ぎ回ってきましたがね。面白い絵が浮かび上がってきましたよ。
近頃のさばる違法業者。生まれも育ちもバラバラなんですが、その多くはとある金貸しに借りがあるようで…」
調査内容でいつの間にかビッシリと埋められた文化帖を片手に朗々と報告する文。
妖怪向けの金貸し。
彼女の報告に黙って耳を傾けていた龍はハッとする。
「おい、それってまさか」
「ええ、そのまさかです―」


ー5.

翌日。
「今回は特別に山童のカードを無料配布するよー。これを使えばどんなカードも半額。『不死鳥の尾』も『やんごとなき威光』もおトクに手に入るよ~」
「今なら招き猫のカードも特典でつけちゃう。選択肢が増えればアタリも増える!3日間だけの限定キャンペーンよ~」
山の中腹、往来の多い通り沿い。無駄に立派な露店を構えて商売する2人の妖怪少女の姿があった。
思わぬイベントが気を引いたのか、事前予告一切なしだったのにも関わらず、店の前には既に幾人も集まっていた。
「近頃は価格操作が深刻化しているというからな。此方も対抗策を打つ。
山童のカードを大量に流して、相場を下落させるんだ。更に招き猫のカードでSSRの価値も下げる。こうも半額カードが出回れば連中も頭を抱えるだろうさ」
2人のうち大柄な方…キャンギャルに扮した龍が得意顔で説明する。
たかねのアビリティカード『山童式買い物術』はカードを半額で購入できる効果があり、ミケのアビリティカード『商売上手な招き猫』は取り扱うカードの枚数を増やす効果がある。
両人のカードは市場操作が可能なので流通には規制がかけられていた。それを一時的に無料で大量配布する事で、違法業者への打撃を狙ったのである。
揚々と語る龍をもう1人…やはり変装した文が睨む。
「それだけじゃないでしょ。…こうも目に付く所にわざわざ配置して。囮ですよね」
彼女の指摘に龍は目を細めて笑う。この管狐にしてこの主人ありともいうべき狡猾な目つき。
山如の賭場に火をつけるような過激な連中なら、シノギに影響を及ぼす真似をしている2人を見逃すはずがない。遅かれ早かれちょっかいをかけてくるというのが彼女の目算である。
そこをひっ捕らえて手っ取り早く害虫を除去する。どちらかというとそれが目的だった。
「黒幕の目星がついてから急に生き生きしはじめましたね」
「現時点では奴が暗躍している証拠は何も無い。お前はよく嗅ぎつけたと思うが、偶然の一致と言われたらそれまでだろ。これで証人が引っかかればしめたもの」
生き生きとカードを配る上司を前に、文はやれやれと肩を竦めた。

キャンペーンの体をした囮捜査を始めて数時間。進展は無し。
「もう、今日は終わりにしませんか~?」
すっかり飽きた様子の文が傍らの龍に話しかける。
「おいおい、ようやく日の入りじゃないか。これからが待ちわびた逢魔が時だってのに―」
すると店の奥でこっくりこっくりと舟を漕いでいた典が徐に目を見開く。
「お客ですよ」
現れたのは女2人組。背丈も体格も全く違ったが、お揃いの黒い半天を羽織っている。
周囲に立ち込める獣の臭い。人の形を取っているが、両人とも元は妖獣らしい。
「どうも、飯綱丸さん。カードを売ってる者です」
「期間限定で無償配布していると聞きまして。何枚か譲ってくださいませんか」
「おお、お疲れさん。耳が早いな。遠慮はいらん。思う存分持っていけ」
公認の業者にこんな奴いたか?
文が目で典に尋ねると、管狐は不思議そうに首を傾げた。
猜疑心が膨れ上がる。
まさか、こいつら。
一方の龍はお構いなしに世間話を続けながら、何枚かカードを束ねていく。
向こうがボロを出すのを待っているようだ。
「ところで、最近の売れ行きはどうだい?誰のカードが人気かな」
「ぼちぼちといった所ですな。ここ1週間では鈴仙のカードを求める人が多いようです」
刹那。
龍は妖獣女の2人組の内、大きい方の眉間にデコピンを放つ。
「馬鹿。永遠亭の玉兎のカードは企画段階でボツになったんだ。そんな物はどこにもない筈だぞ」
大天狗のデコピンを受けて、妖獣女の瞳から光が消える。
そのまま一言も発さないまま、膝から崩れ落ちる。
倒れ込む頃には気を失っていた。
もう1人は舌打ちすると、地面に何か叩きつける。
立ち上る煙幕。
しかも唐辛子か何か仕込んでいるようだった。
思わずその場に座り込んで咳き込む文と典。
2人が目を開けた時にはもう1人と龍の姿は消えていた。
8時の方向、全速力で必死に逃げる妖獣女を、地面スレスレの超低空飛行で追跡する龍。いつの間にか得物の三脚を振りかざしていた。
総重量10kgのアルミ製パイプが妖獣女の頭に振り下ろされる。
鈍い音が響く。
打撃音は数百メートル離れた露店でも聞こえた。
妖獣女が倒れる。
次の瞬間に物陰から5人の妖獣が飛び出した。
全員身の丈は3メートル近くあった。咆哮を上げながら一斉に飛びかかる。
「龍!」
文が叫ぶ。
本能で身体が飛び出していた。
龍を取り囲む妖獣の元へと突っ込んでいく。

勝負はあっけなかった。
天狗社会有数の武闘派2人にとって、ゴロツキの相手は児戯にも等しい。
まず先頭の1体目。
龍は間合いを見切ると、予備動作なしでいきなりドロップキック。妖獣はそのまま地面にめり込んだ。
2体目。
龍の背後から襲い掛かってきたのを文が間一髪で止めた。
相手が雄と見るや思いっきり金的。
あれでは当分用を足せないだろう。股間を押さえて絶叫しながら墜落した。
3体目。
何やら金属製のゲバ棒のような物を振り回している。振り下ろされたゲバ棒を龍が三脚で受けると、横っ腹を強か打ち込む。
妖獣は身体を三日月形に仰け反らせて倒れ伏した。
4体目。
文は妖獣が手にしていた角棒を叩き落とすと、丸腰の相手にすかさずアッパーカット。
妖獣は断末魔を上げる暇もなく、どうと倒れ込んだ。
その直後に5体目が長ドスを喉元目掛けて突き出す。
龍は素早く回避すると、三脚で応戦する。
数合の打ち合い。
その速さはもはや当事者以外には視認できない。
龍が相手の手元を思い切り打ち据える。
打撃は手首にクリティカルヒットし、敵の動きは思わず止まった。
長ドスが地面に落ちる。
次の瞬間、龍が三脚で相手の頭を殴り飛ばした。
この間、30秒。
一連の戦いを見届けた典は苦笑する。
まあ、2割8分ってところか。主人にとってはほんのお遊びだろう。
意識を飛ばす程度で済ませているのである。昔ならそのまま命を刈り取っていたろうに。すっかり丸くなったなぁ、と思う。
誰よりも長く密接に付き添っている管狐ならではの感慨であった。

気を失った下手人達を前に肩で呼吸する文と、悠然と屹立している龍。
「大丈夫ですか?」
少し呼吸が落ち着いてきたところで心配そうに尋ねる文に向かって、右手でOKサインを作る。
「目が少々かゆいが、この位はなんとかなるさ。しかし不意打ちとはいえ、射命丸が不覚を取るとは珍しいな」
「めぐむ、ですって。そんな呼び方をするのは百々世殿以外に存じ上げませんが。
さぞ親密な関係を築かれているのでしょうね?」
彼女等の所まで近づいてきた典はいやらしい笑みを浮かべながら文を茶化す。とっておきのネタを手に入れたと目で語っていた。
今更ながらそれに気付いた文は羞恥に顔を真っ赤に染めた。
一瞬で頭が沸騰し、てっぺんから湯気が立ち上る。
二の句を告げなくなった彼女に、龍はしみじみとした表情で笑いかける。
「久しぶりだな、その呼び方。一気に数百年戻ったようだ。思えばお前は昔からよく私に目をかけてくれたな」
「か、勘違いしないでください!めぐむ…飯綱丸様だってあの目くらましを喰らっている訳ですから。敵を視認できていないのを危惧しただけです」
珍しく感情的になりながら必死に弁明する文の肩に、龍はポンと手を置いた。一切の打算の無い、彼女らしからぬ温かい眼差し。
「あっはっは。本当に素直じゃないな。しかし助かったよ。ありがとう、文」
惚気る2人を横目に、あちらこちらで伸びている下手人を見分していた典が声をかける。
「それでこの獣達って…狸ですか?」
「やっぱりな。これでピースは全て揃った。行くぞ」


ー6.

確固たる証拠を掴んだ。
あの後典が、意識を取り戻した下手人に―口にするのも憚られるような方法で―吐かせて、言質を取ったのだ。
佐渡の二ッ岩こと、二ッ岩マミゾウ。
それが、ここ最近のカード販売網汚染の黒幕である。
その日の深夜。
「見計らったかのように声をかけてきましたね」
「向こうも察したんじゃないか?大事な子分が何人も行方不明なんだ」
龍と文、典の3人が静まりかえった大通りを闊歩する。マミゾウから突然会合を打診されたのだ。
夜明けもほど近い時間帯で、人気は殆ど無かった。
人里は中立地帯であり、妖怪がトラブルを起こす事は許されない。戦闘なんて以ての外だ。
此処を会談場所に指定するあたり、むこうも穏便に済ませたいのだろう。
夜空に瞬く星を見上げながら、文が傍らを歩く龍に話しかける。
「そういえば、私がマミゾウさんの名を出してから事態が急転直下していますが。何か因縁でもあるんですか?」
「ああ、佐渡の二ッ岩か。あいつとは確執があってな。
私が父上の跡を継いで、飯綱権現二世として信州で張っていた頃だ。ざっと400年前かな。
飯縄神社で保管していた軍資金が忽然と消えるという事件があってな。
あちこち探し回った挙句、最終的に行き着いたのが奴だった。
手下の化け狸に変化術を仕込んで忍び込ませ、ぬけぬけと盗んでいったんだよ。分かった時にはもう遅かったがな」
急に羽振りが良くなった化け狸の親分と対照的に、龍とその配下は大いに窮した。勢力の回復には10年を要した。
それからである。龍が銭ゲバと評されるほどに金儲けに走るようになったのは。
「その頃に銭の稼ぎ方を覚えたおかげで今こうして天狗社会の金融を管轄しているのだから、人生何がどう転ぶか分かったものじゃないな」
自嘲めかして語る龍。
マミゾウが数年前に幻想郷に移り住み、今や化け狸の顔役となっているとは龍も聞いていた。幻想入り以来直接会った訳ではない。しかし、カードに彼女の能力を写した物が紛れ込んでおり、改めて同じ天蓋の下にいる事を痛感した次第である。
「しかしだ。いくら盗まれたなんてのは正直どうでもいいんだ。その件で本当に腹が立ったのはな―」
「着きました。此処です」
典が声をかける。
目的地は一件の大きな質屋であった。

乱暴に引き扉を開け放つと、いくつもの部屋をズカズカと通り抜け、邸の最奥部に位置する応接室に辿り着いた。
「おう来おったか。400年ぶりじゃのう、銭ゲバ鴉」
「お前にだけは言われたくないね」
顔を合わせて早々に両者の間で火花が散る。
捕らぬ狸のディスガイザー、二ッ岩マミゾウは部屋の真ん中で煙草を燻らせていた。
人間に化けた姿で、トレードマークの尻尾も頭に乗せた葉も無い。ゆったりとした着物を着ている。萌黄色の紋付き羽織。
年を取って雰囲気は昔よりも丸くなっていたが、眼光の鋭さは衰えていない。
「こりゃこりゃ。管狐もすっかり美しい娘に成長したのう。キツネらしいひん曲がった眼だけが残念じゃ」
「生まれつきですよーだ」
あっかんべーをする典。
「巷で跋扈するモグリの総元締めはお前だな。
捕らえた売人の殆どがお前の息のかかった奴だったぞ」
「儂は少しばかり"びじねすちゃんす"を与えてやったまでじゃ。彼奴等も食うに困っとったからのう」
「真っ当な手段で稼げ。ともかく資金は全て回収させてもらう」
「飯綱丸様、彼女の所有する証文を押収しましたが、貸先の殆どが大工になってます」
ガサガサと部屋中を漁っていた典が報告する。
想定外の事態に目をむく龍。
そんな彼女に一瞥を加えながら、煙管を灰皿に軽く叩きつけると、マミゾウは語り始めた。
「…ふむ。
確かに儂は"あびりてぃかーど"の裏取引に一枚噛んでおった。
そうじゃな、話は1年前に遡るかのう。昨夏も相変わらず暑かったな。
そして雨も酷かったのう。山からの土砂で麓の村が半分埋もれてしもうたわい。死人が出なかっただけマシじゃったが」
滔々と話すマミゾウ。
「まあ洪水で家を流された者、文無しになった者。色々いる訳じゃ。彼奴等にすれば当然山の連中が憎い。しかし声を上げた所で誰も取り合わん。
勇気を出して天狗殿に直訴しても管轄外と追い返される始末。縦割り行政の悪しき例じゃな」
マミゾウの言葉は事実であった。
昨夏に発生した豪雨は幻想郷各地で土砂崩れを引き起こし、特に妖怪の山では土石流が発生した。それによって山の麓にある、ごく少数の人間が棲む小さな集落が被害を蒙ったのだ。
勿論天狗達もただ手をこまねいていた訳ではない。守矢神社と共に洪水を食い止める為に粉骨砕身していたのである。
しかし天狗の人海戦術も、河童の技術も、神の力を以てしても、川の治水能力はどうにもならなかった。荒ぶる龍神はもはや誰の手に追えない物となっていたのだ。
洪水は誰が悪かったのか。誰も悪くない。自分達の責任じゃないから、補償をする筋合いも無い。そもそも人間でありながら人里の外に住む者達は独立自助が基本だ。
被災した集落の住人は途方に暮れた。
「寺の救援活動にくっついていく内に儂はそれを知った。
そこでじゃ。儂は"あびりてぃかーど"に目を付けた。麓の民の苦しみも露知らず、山の頂で金儲けに邁進する銭ゲバ天狗がいると聞いてな。
そんな輩に少しばかり手間をかけさせても、お天道様は見逃してくれるじゃろ。
儂は出入りする商売人共に"あびりてぃかーど"の取引を唆した。既に散々流行っとったからな。面白いくらいに食いついたわい。
そいでもって儂のところに上がってきた金は、村の復興の為に融資する訳じゃ。美しい義賊の所業じゃな」
「お前の事だ、半分は懐に入れてるだろ。ピンハネする義賊なんて子供が泣くわ」
「労働の対価ってヤツじゃよ。儂がやらなきゃ誰も彼の村を助けなかったろうに」
マミゾウは呵々と笑った。
彼女はアビリティカードの違法取引で儲けるだけでなく、洪水に遭った集落をダシにマネーロンダリングをしていたのだ。大義名分がある以上、迂闊に手を出せないのだった。
江戸時代に張り合った時もそうだった。彼女は当時近隣で発生した地震の復興をネタにして盗んだ金を洗濯していた。結果として軍資金はごく一部しか回収できなかった。
『元和偃武のこの時勢に戦の為の銭なんぞ無意味じゃろ。儂は傾奇者の箪笥貯金を有効に使ってやったまでじゃ』。
彼女の哄笑は今でも龍の耳に彫り付けられたかのように残っている。
一通り語り終えたマミゾウは煙管を吹かすと、嫌がらせのように3人に煙を吐きかける。
「それで、お主は儂を表彰するどころか金をむしり取ると言う。
しかしな、最早儂だけで済む話じゃあない。
ただ己の私腹を肥やす為だけに彼等から家を取り上げるのか?ん?」
「飯綱丸様、資金洗浄を禁じる法は現在のところ山にはありませんよ」
龍の傍らにいた典が耳打ちする。
「山の外に持ち出された金は手をつけるべきではありません」
文もまた静かに言い放った。
一気に旗色の悪くなった龍が狂ったように吠える。
「…畜生!お前たちといったら、どっちの肩を持つんだよ!?
たぶらかされるなよ射命丸、本当に我欲で動いてるのはどっちだ!?」
「此方に大義名分がある分お主は儂に勝てんよ。ふぉっふぉっふぉっ」
部屋の床に蹲って心底悔しそうな声を出す龍を見下ろしながら高笑いするマミゾウ。
文はそんな様子を黙りこくって見つめていたが、徐に目の前の狸に言い放つ。
「言い分はこの際置いておいて。マミゾウさん、今回ばかりは調子に乗り過ぎたようですね」
文が目配せする。
次の瞬間、応接室の襖が勢いよく開け放たれた。

「ひゅい!?」
襖の向こうに立っていた人物を一目見ると、化け狸の親分は思わず河童のような情けない声を上げる。
煙管の煙を思い切り吸い込み、しこたまむせた。
紫と金のグラデーションがついた髪。鍛えられた身体を収める紺色の法衣。
マミゾウが居候している命蓮寺の住職、聖白蓮である。
立場上、彼女の監督からはどうしても逃れられないのだった。
狼狽する同居人を真っ直ぐ見据えながら白蓮が口を開く。穏やかな、不気味なくらいに静かな声色。
「お話は聞かせていただきました。
マミゾウさん、貴方の慧眼と行動力にはいつも驚かされます。貴方が興した活動が人間の方々の救済に役立っているのですから、その点は大いに賞賛されるべきでありましょう。
―しかし貴方が原因となって、他の妖怪に迷惑がかかっているとしたら話は別ですよ?」
めっ、と。粗相をやらかした弟子たちを叱る仕草をする白蓮。
しかしマミゾウは彼女の背後に不動明王の幻影を見た。
「あまり和尚を怒らせない方がいいんじゃないですかね?
それにこれ以上事態を引っかき回して小競り合いを続けるようなら、八雲にも目を付けられますよ」
文の深紅の瞳。猛禽類の如き鋭い眼差しで射抜く。
前門の阿闍梨、後門の天狗。逃げ場は無かった。
やはり小賢しい真似をしていると、お天道様が見逃さないのだ。
観念したマミゾウは煙管を投げ捨てると喚いた。
「わあった、わあった!ひとまず懐に収めた分は返すわ。返せばいいんじゃろ!
ええい、数百年ぶりにしてやられたわ。鴉に一本取られたわい」


ー7.

数日後。
文は事の顛末を記した報告書を龍の屋敷に届けに行った。
あの夜の会合の後に、損失に対する補償分としてマミゾウから手持ちの資金を回収した。残りは数か月かけて返済させる予定だ。
村の復興の為にバラ撒いた金を引き上げる訳にもいかないから、当分はマミゾウも資金繰りに苦労することになる。
龍が仕留めた子分たちは、今後二度と山に近づかないことを条件に釈放された。
山如への賭場に放火したのも彼等の犯行だという。本当は山の地下牢にぶち込んでやりたかったと龍はぼやいた。
マミゾウの息のかかった売人は軒並み引き揚げたため、カードの販売網は浄化が進んでいる。
全体で見ると、文を助手に据えた龍の捜査活動は大きな成果を上げたと言えるだろう。

分厚い報告書を受け取った龍は、しみじみと目の前に立つ年上の部下を見やる。
「こういうの何だが、いつも反抗的なお前が窮地で助けてくれたのは意外だったぞ。私が最初に仕事を回した時はあれほど嫌々だったというのに」
「『正攻法が通じない相手には然るべき手段に訴えろ』と教えてくれたのは飯綱丸様ご自身ですよ?」
「そういえばそんな事も言ったかな」
あの夜、マミゾウに対する切り札として白蓮を呼び寄せたのは文だった。
少し前に中傷記事を出していたので、彼女は当初なかなか首を縦に振らなかった。しかし、普段とまるで違う熱心な説得を受けて、最終的には協力する形となったのである。
一念岩をも通す。
表面では生意気言っているものの、文の龍への思いは並大抵ではないのだ。
「射命丸よ、今回はつくづくよくやってくれたな。お手柄だ。褒美に寿司でも奢ろう」
「権力に屈さない姿勢がジャーナリストの前提です。ブン屋が大天狗から接待を受けるなんてよろしくありません」
労いの言葉をかける龍に対し、文は普段のツンとした態度を取る。そんな彼女を優しく見つめながら笑いかけた。
「なに1日くらいは休んでも構わないさ。今日ばかりはお互い龍と文として過ごそう。なあ、文」
「そういう事なら、喜んでお受けします」
文も相好を崩す。
2人の朗らかな笑い声が部屋にこだました。


<終>

この度はお読みいただきありがとうございます。また前作ではたくさんのコメント・評価ありがとうございました。2作目になります。
この話は昨年秋頃から構想していたのですが、着地点を見出せずに長らく放置していました。前作で龍と椛の話を書きましたので、今度は文を出してみたいと思い、この度龍と典のコンビに射命丸を加えて書き直してみました。
今回ヒール役のマミゾウさんですが、酔蝶華の直近の回で山如さんと仲良くしていて焦りました。それ以前のプロットとして大目に見ていただければと思います。
相変わらず拙作ではございますがコメント・評価いただけると幸いです。よろしくお願いいたします。
へっぽこプレイヤー
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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.70竹者削除
よかったです
5.100名前が無い程度の能力削除
話が転がっていく感じが面白かったです
7.100南条削除
面白かったです
飯綱丸と射命丸の往年のコンビ感が素晴らしかったです
マミゾウの悪役もいい感じで似合ってました
9.80福哭傀のクロ削除
文と龍の関係が素敵でした。
アビリティカードのお話もあーこういうの確かにありそうという意味ではすごくリアルっぽく感じたのですが、リアルを追求しすぎて物語としては若干盛り上がりに欠けるというかなんというか。
自県発生→華麗に解決という構成であるからこそ、そこが少しだけ気になりました。